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第三部
第一幕 土志田邸
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昨日の組み合わせは良くなかったか……。
そう思わず苦く悌順が考えてしまうのは仕方がなかった。自分達の方も実際のところ何もなかったわけではないのだが、帰宅した義人の様子に悌順は何かあったのか?と即座に聞いてしまったくらいだ。子供の頃のように俯いて泣きながら帰宅したわけではないが、今にも泣き出しそうな顔は昔から義人が落ち込んで帰ってきた時の顔だ。そうして呟くように義人は項垂れ口を開く。
言い過ぎてしまったんです…………つい……
義人と忠志の口喧嘩ならいつもの事なのだが、昨夜は普段とは少し様子が違った。何時もだとゲートキーパーの仕事を終えそのまま忠志が一緒に戻ってきて夜食を強請って帰るのは、割合必然の流れで悌順が戻ったら夜食を一人先に掻き込んでいたりする事も多々ある。それなのに昨夜は後から一人でしょんぼりと帰ってきた義人が、忠志は今晩は来ないと思いますと呟いてリビングのソファーに力なく座り込んでいた。
何があったんだ?話せるか?
悌順の声に義人は深い溜め息をつくと、南海の海の上で二人に何があったのかを話して聞かせたのだ。予想外の海底火山の引き起こした地殻変動で偶発的に生まれた巨大なゲートと、既に生まれていた金気の人外の存在。そして二人の行動と結果。確かに何時もとは違って二人の行動も思いも噛み合わなかったのは理解したが、全てを聞いても悌順が何時ものこととたかを括っていたのは事実だった。
同じ年の槙山忠志と宇佐川義人は、四神にならなければ全く接点のない人生を送ってきていた。どちらもここいら近郊で産まれ育っているが、幼稚園も学校も大学ですら違う。槙山忠志は体操で大会に出たりしてはいたものの、基本としては美術や音楽に興味のある男で、将来の志望もクリエイティブなものを目指していた。宇佐川義人の方は元々堅実に医師を目指していて、四神にならなければ今頃医師として暮らしていたに違いない。それほどまで全く接点のない二人が、この能力によって出会ったわけだが、正反対の二人は上手く相手と付き合っている風に見えた。
元から幼馴染みの信哉と悌順と、悌順の従弟の義人、そこに違和感なく馴染んだのは忠志の人柄にずいぶん助けられていると悌順だって分かる。裏表がなく何でも話すし不機嫌な時には喧嘩もよくしていたが、義人の話では昨日の忠志は言い返しもせずにその場を立ち去った。
金気の人外相手に木気の青龍は部が悪いし、相剋の火気がいるなら自分がやるべき
そう言い返すことは可能だ。でも青龍の目では生まれたての人外は相性の悪い自分でも容易く屠れると判断できていたともいうが、それを口にして言うほどの時間もなかった。
これが白虎なら、どうしていたかと問われると難しい。自分なら先ずはゲートを完全に閉じて加勢にはいるだろうが、朱雀のようなゲートの閉じ方は恐らくしない。だが、それをその場にいなかった自分がどうこう言えるものでもないのだ。それでも相手が忠志だから、翌日には元通りになるだろうとたかを括っていた。そう考えていた矢先、信哉から電話があって悪いが仁を預かってくれないかと言われたのだ。
「どうした?こんな遅く。」
『さっきまで忠志がいたんだが、帰った途端……呼び出されたんだ。』
呼び出し?と問い返すと悌順と信哉の幼馴染み・宇野智雪を経由して、何故か信哉の母親の古くからの知人に至急来て欲しいと連絡が来たのだという。
先月末に宇野智雪の最愛の人が巻き込まれる失踪事件が起きて、その際に有力な情報をくれた人物が実は鳥飼澪の幼馴染みだったのだ。世間は広いようで狭いと信哉は呆れ返っていたが、その人物から至急の用があるから来てくれという連絡だったらしい。とはいえ寸前まで鳥飼家に忠志がいたと聞いて、悌順はこれは普段とは少し違うと感じていた。
「…………様子は……どうだった?」
何気なくそれだけを問いかけた悌順に、電話口の信哉は何を問いたいか直ぐに察した風だ。恐らくは忠志から昨夜の話は聞いていて、忠志が義人と顔を会わせなくない状況なのだと知っている。信哉は溜め息混じりに忠志には真見塚道場で組み打ちを教えて、丹田に気を集める方法を練習させてみたという。
『内包する気が急に大きくなり過ぎて、集めきれないんだ。何しろ火気は基本的に大本の感知が鈍いから、解放は得意でも収束がな。』
ここ最近急激に忠志の能力が上がったのは、勿論手合わせしたこともある悌順も気がついていた。段々と身に付けたのではなく唐突に底上げされたような形の忠志は、それをなんとか操ろうと合気道を改めて習い始めている。だが合気道の鍛練ではなくその数段先の組み打ちを指導したと言うことは、予想より忠志の身体能力は高く習得が早い証拠でもあると言うことだ。
「…………上手くいきそうか?」
『一先ずガス抜きはしてやったが、根本的な喧嘩は別問題だろ?そっちは?ガス抜きは必要そうか?』
忠志の話を聞いて一先ず体を動かしてストレス発散を図ったと言う信哉が、こちらの喧嘩相手の方はと心配しているのは分かる。義人はきほんてきに外に向けて感情を発散するタイプではないから、気を付けてやらないと内に溜め込んで爆発してしまいかねないのだ。
恐らくこの電話が信哉なのは既に気がついているだろうから、悌順はあえて電話口から少し口を離して義人に仁を預かるとリビングに向かって声をかける。それにいつもと同じくはいと返事をした声を電話口から向こうに聞こえるようにしておいて、判断は信哉に任せることにした。
『…………必要なら何か考えないとな。』
「了解……。お前はどうなんだ?大丈夫か?」
昨日地脈に飲まれて意識を失った時に何かを見た気がすると信哉は言うのだが、それがなんだったのかまるっきり思い出せないらしい。何しろあんな風に無防備に信哉が地脈に飲まれるなんて見たことがないから、悌順にしてもそれがどういう事なのか判断がつきかねているのだ。
それにしたって……信哉らしくない。
あんな風にあからさまに地脈が溢れる場所でボンヤリするなんて、今まで一度もなかったのにここ暫く悪化する地脈の塞ぎ損ないばかり処理し続けていて流石に疲労が蓄積しているのかもしれない。何しろ教師や看護師の自分と違って時間に余裕がある信哉が何も言わず何時もより活動を増やしてくれているのに、随分助けられているのだ。せめて四月の喧騒さえ過ぎてくれればと思うが、何分予想と違う進学クラスの担任に転入生、腹立たしいことに問題児の生徒が繁華街を彷徨くのに夜回りまでしている有り様。
『大丈夫もなにも、覚えてない。』
「体は?」
『なんともない。仁の気持ちが初めて分かったとこだよ、じゃ、悪いが頼む。』
分かったと答えて電話を切ったものの、何故か信哉の最後の言葉が脳裏に引っ掛かっているのを感じていた。
記憶喪失の澤江仁。
本人の話からは、恐らく西の方角から東に向かって歩いてきたという。警察にも届けを出しているが、全くそれらしき人物の照会もないまま。高校生位の青年の家族が、子供が行方不明なのに全く何もしていないとは思えない。可能性としては自分達と同じ天涯孤独という可能性もあるが、それでもここまで暮らしてきた周囲は何も感じないのだろうか。こうして暮らしていると人懐っこく、頭も良く、素行も悪くないから、ちゃんとした環境で育てられてきた筈なのに、もう半年以上も経って何も動きがないのだ。
まるで何もないとこから産まれ落ちたみたいな……。
そんな小説みたいな話があってたまるかと思うが、全国的に相応の人間が探されていないなんて事があり得るか?それとも警察は探してすらいないのかなんて考えたくなってしまう。溜め息をつきながら受話器を戻した悌順が、ままならない状況に沈み込んでいると戸惑うような声がかかる。
「悌さん?」
客間から出てきた義人の声に我に帰り、忠志がついさっきまで信哉の家にいたようだけど今日は帰ったらしいと話す。それに僅かに驚いたような表情を浮かべる義人の表情が困惑に揺れるのを、再び溜め息混じりに眺めながら頭をかきながら歩み寄る。
「まぁ、昨日の今日だ、流石に少し気まずいんだろうな、あいつも。」
誰かに怒ることなんて殆どない義人にしては、昨夜のような言い方はとても珍しい。それに制御ができてなかっただけで忠志としては、ただ仲間の義人を助けたかっただけなのだ。それが分かっているから義人も、こんな風に自己嫌悪に飲まれてもいる。
「言い過ぎたんです…………、僕も………もう少し言い方があった………。」
溜め息と共に溢れた自嘲気味な呟きを聞きながら、悌順が手荒くグシャグシャと頭を撫でると義人は微かに戸惑うような微笑を浮かべた。今までも何度か喧嘩をすることはあったが、忠志がこの環境に馴染んでからはその喧嘩自体二日と続いた記憶が無かった。それは、今までの生育も全く違う・性格も違う二人の青年にしては稀な事なのかもしれないが、そう気がつくにはこのタイミングは余りよくないもののような気がする。悌順は微かに表情を曇らせて、自分の手元で深い困惑に満ちた表情で俯く同居人の姿を眺めていた。
「…………忠志は信哉と一緒に真見塚に行ってたらしい。」
「………?」
もう一度溜息混じりに苦笑を浮かべ悌順は肩を竦めて見せる。どうやら合気道を習いに通っていることも義人には秘密にしていた様子なのは、同じ年の義人が気の扱いに長けていて自分が遅れをとっていると忠志が感じている証拠だ。実践的な武術と気を練る鍛練はそうそう素人に出来ることではないが、直接白虎が教えるというのであれば朱雀には問題はない。
それにあそこの道場は人並み外れた信哉の存在がずっと昔からあるせいで、ある程度のことは見て見ぬふりで容認されてもいる状態だ。逆に他よりずっと信哉という破格の存在もいるから、普通じゃない身体能力の忠志でも初心者として体術やら気を練る練習をしやすい場所でもあると言える。
「まぁ教えるのが信哉だから、きっついだろうが忠志には判りやすい方法だろ。体に教え込まれにいったんだ。」
「そうだったんですか……。」
決して強くなったことに、ただ暢気に過ごしているわけではない。忠志には忠志なりの考えがあって、自分なりのやり方を模索しているのだ。
「あいつだって反省してるんだ。後で仲直りしとけよ?」
その言葉の先でふと義人は頷くと、深い困惑に満ちた表情に僅かに微笑を浮かべた。
「信哉さんが指導じゃ大変そうですね。」
「あー、俺もよくスパルタで教え込まれたからな。」
最初の間気の扱いの意図が上手く掴めなかった悌順も、既に何年もゲートキーパーとして活動していた信哉に散々しごかれたものだ。苦い顔でそんなことを言うと、まるで聞いていたみたいにインターホンがなり玄関を無造作に開けて信哉と仁が顔を出す。
「悪いな!急に。」
「雪は?」
「夜には無理だろ、仁も悪い。」
バタバタしながらそういう信哉に、暢気な声で仁が子供のようにいってらっしゃーい何て言うのを眺めて思わず悌順が苦笑いを浮かべる。高校生なんだから一人で留守番もありだと思うが信哉がそれをしたくないのがこうして見るだけて分かるし、二人がまるで親子か兄弟みたいにもみえるのだ。それは幼馴染みの宇野智雪が一人息子を育てているのににてる気がする。
「悌さん、今日も夜回りですか?」
「ああ、そうだった。悪いな、義人に任せっきりで。」
「一人で夕食よりいいですよ。怪我しないようにしてくださいね。」
そう普段と同じ言葉で送り出されて、明日には仲直りすればいいがなと悌順は密かに考えていたのだった。
そう思わず苦く悌順が考えてしまうのは仕方がなかった。自分達の方も実際のところ何もなかったわけではないのだが、帰宅した義人の様子に悌順は何かあったのか?と即座に聞いてしまったくらいだ。子供の頃のように俯いて泣きながら帰宅したわけではないが、今にも泣き出しそうな顔は昔から義人が落ち込んで帰ってきた時の顔だ。そうして呟くように義人は項垂れ口を開く。
言い過ぎてしまったんです…………つい……
義人と忠志の口喧嘩ならいつもの事なのだが、昨夜は普段とは少し様子が違った。何時もだとゲートキーパーの仕事を終えそのまま忠志が一緒に戻ってきて夜食を強請って帰るのは、割合必然の流れで悌順が戻ったら夜食を一人先に掻き込んでいたりする事も多々ある。それなのに昨夜は後から一人でしょんぼりと帰ってきた義人が、忠志は今晩は来ないと思いますと呟いてリビングのソファーに力なく座り込んでいた。
何があったんだ?話せるか?
悌順の声に義人は深い溜め息をつくと、南海の海の上で二人に何があったのかを話して聞かせたのだ。予想外の海底火山の引き起こした地殻変動で偶発的に生まれた巨大なゲートと、既に生まれていた金気の人外の存在。そして二人の行動と結果。確かに何時もとは違って二人の行動も思いも噛み合わなかったのは理解したが、全てを聞いても悌順が何時ものこととたかを括っていたのは事実だった。
同じ年の槙山忠志と宇佐川義人は、四神にならなければ全く接点のない人生を送ってきていた。どちらもここいら近郊で産まれ育っているが、幼稚園も学校も大学ですら違う。槙山忠志は体操で大会に出たりしてはいたものの、基本としては美術や音楽に興味のある男で、将来の志望もクリエイティブなものを目指していた。宇佐川義人の方は元々堅実に医師を目指していて、四神にならなければ今頃医師として暮らしていたに違いない。それほどまで全く接点のない二人が、この能力によって出会ったわけだが、正反対の二人は上手く相手と付き合っている風に見えた。
元から幼馴染みの信哉と悌順と、悌順の従弟の義人、そこに違和感なく馴染んだのは忠志の人柄にずいぶん助けられていると悌順だって分かる。裏表がなく何でも話すし不機嫌な時には喧嘩もよくしていたが、義人の話では昨日の忠志は言い返しもせずにその場を立ち去った。
金気の人外相手に木気の青龍は部が悪いし、相剋の火気がいるなら自分がやるべき
そう言い返すことは可能だ。でも青龍の目では生まれたての人外は相性の悪い自分でも容易く屠れると判断できていたともいうが、それを口にして言うほどの時間もなかった。
これが白虎なら、どうしていたかと問われると難しい。自分なら先ずはゲートを完全に閉じて加勢にはいるだろうが、朱雀のようなゲートの閉じ方は恐らくしない。だが、それをその場にいなかった自分がどうこう言えるものでもないのだ。それでも相手が忠志だから、翌日には元通りになるだろうとたかを括っていた。そう考えていた矢先、信哉から電話があって悪いが仁を預かってくれないかと言われたのだ。
「どうした?こんな遅く。」
『さっきまで忠志がいたんだが、帰った途端……呼び出されたんだ。』
呼び出し?と問い返すと悌順と信哉の幼馴染み・宇野智雪を経由して、何故か信哉の母親の古くからの知人に至急来て欲しいと連絡が来たのだという。
先月末に宇野智雪の最愛の人が巻き込まれる失踪事件が起きて、その際に有力な情報をくれた人物が実は鳥飼澪の幼馴染みだったのだ。世間は広いようで狭いと信哉は呆れ返っていたが、その人物から至急の用があるから来てくれという連絡だったらしい。とはいえ寸前まで鳥飼家に忠志がいたと聞いて、悌順はこれは普段とは少し違うと感じていた。
「…………様子は……どうだった?」
何気なくそれだけを問いかけた悌順に、電話口の信哉は何を問いたいか直ぐに察した風だ。恐らくは忠志から昨夜の話は聞いていて、忠志が義人と顔を会わせなくない状況なのだと知っている。信哉は溜め息混じりに忠志には真見塚道場で組み打ちを教えて、丹田に気を集める方法を練習させてみたという。
『内包する気が急に大きくなり過ぎて、集めきれないんだ。何しろ火気は基本的に大本の感知が鈍いから、解放は得意でも収束がな。』
ここ最近急激に忠志の能力が上がったのは、勿論手合わせしたこともある悌順も気がついていた。段々と身に付けたのではなく唐突に底上げされたような形の忠志は、それをなんとか操ろうと合気道を改めて習い始めている。だが合気道の鍛練ではなくその数段先の組み打ちを指導したと言うことは、予想より忠志の身体能力は高く習得が早い証拠でもあると言うことだ。
「…………上手くいきそうか?」
『一先ずガス抜きはしてやったが、根本的な喧嘩は別問題だろ?そっちは?ガス抜きは必要そうか?』
忠志の話を聞いて一先ず体を動かしてストレス発散を図ったと言う信哉が、こちらの喧嘩相手の方はと心配しているのは分かる。義人はきほんてきに外に向けて感情を発散するタイプではないから、気を付けてやらないと内に溜め込んで爆発してしまいかねないのだ。
恐らくこの電話が信哉なのは既に気がついているだろうから、悌順はあえて電話口から少し口を離して義人に仁を預かるとリビングに向かって声をかける。それにいつもと同じくはいと返事をした声を電話口から向こうに聞こえるようにしておいて、判断は信哉に任せることにした。
『…………必要なら何か考えないとな。』
「了解……。お前はどうなんだ?大丈夫か?」
昨日地脈に飲まれて意識を失った時に何かを見た気がすると信哉は言うのだが、それがなんだったのかまるっきり思い出せないらしい。何しろあんな風に無防備に信哉が地脈に飲まれるなんて見たことがないから、悌順にしてもそれがどういう事なのか判断がつきかねているのだ。
それにしたって……信哉らしくない。
あんな風にあからさまに地脈が溢れる場所でボンヤリするなんて、今まで一度もなかったのにここ暫く悪化する地脈の塞ぎ損ないばかり処理し続けていて流石に疲労が蓄積しているのかもしれない。何しろ教師や看護師の自分と違って時間に余裕がある信哉が何も言わず何時もより活動を増やしてくれているのに、随分助けられているのだ。せめて四月の喧騒さえ過ぎてくれればと思うが、何分予想と違う進学クラスの担任に転入生、腹立たしいことに問題児の生徒が繁華街を彷徨くのに夜回りまでしている有り様。
『大丈夫もなにも、覚えてない。』
「体は?」
『なんともない。仁の気持ちが初めて分かったとこだよ、じゃ、悪いが頼む。』
分かったと答えて電話を切ったものの、何故か信哉の最後の言葉が脳裏に引っ掛かっているのを感じていた。
記憶喪失の澤江仁。
本人の話からは、恐らく西の方角から東に向かって歩いてきたという。警察にも届けを出しているが、全くそれらしき人物の照会もないまま。高校生位の青年の家族が、子供が行方不明なのに全く何もしていないとは思えない。可能性としては自分達と同じ天涯孤独という可能性もあるが、それでもここまで暮らしてきた周囲は何も感じないのだろうか。こうして暮らしていると人懐っこく、頭も良く、素行も悪くないから、ちゃんとした環境で育てられてきた筈なのに、もう半年以上も経って何も動きがないのだ。
まるで何もないとこから産まれ落ちたみたいな……。
そんな小説みたいな話があってたまるかと思うが、全国的に相応の人間が探されていないなんて事があり得るか?それとも警察は探してすらいないのかなんて考えたくなってしまう。溜め息をつきながら受話器を戻した悌順が、ままならない状況に沈み込んでいると戸惑うような声がかかる。
「悌さん?」
客間から出てきた義人の声に我に帰り、忠志がついさっきまで信哉の家にいたようだけど今日は帰ったらしいと話す。それに僅かに驚いたような表情を浮かべる義人の表情が困惑に揺れるのを、再び溜め息混じりに眺めながら頭をかきながら歩み寄る。
「まぁ、昨日の今日だ、流石に少し気まずいんだろうな、あいつも。」
誰かに怒ることなんて殆どない義人にしては、昨夜のような言い方はとても珍しい。それに制御ができてなかっただけで忠志としては、ただ仲間の義人を助けたかっただけなのだ。それが分かっているから義人も、こんな風に自己嫌悪に飲まれてもいる。
「言い過ぎたんです…………、僕も………もう少し言い方があった………。」
溜め息と共に溢れた自嘲気味な呟きを聞きながら、悌順が手荒くグシャグシャと頭を撫でると義人は微かに戸惑うような微笑を浮かべた。今までも何度か喧嘩をすることはあったが、忠志がこの環境に馴染んでからはその喧嘩自体二日と続いた記憶が無かった。それは、今までの生育も全く違う・性格も違う二人の青年にしては稀な事なのかもしれないが、そう気がつくにはこのタイミングは余りよくないもののような気がする。悌順は微かに表情を曇らせて、自分の手元で深い困惑に満ちた表情で俯く同居人の姿を眺めていた。
「…………忠志は信哉と一緒に真見塚に行ってたらしい。」
「………?」
もう一度溜息混じりに苦笑を浮かべ悌順は肩を竦めて見せる。どうやら合気道を習いに通っていることも義人には秘密にしていた様子なのは、同じ年の義人が気の扱いに長けていて自分が遅れをとっていると忠志が感じている証拠だ。実践的な武術と気を練る鍛練はそうそう素人に出来ることではないが、直接白虎が教えるというのであれば朱雀には問題はない。
それにあそこの道場は人並み外れた信哉の存在がずっと昔からあるせいで、ある程度のことは見て見ぬふりで容認されてもいる状態だ。逆に他よりずっと信哉という破格の存在もいるから、普通じゃない身体能力の忠志でも初心者として体術やら気を練る練習をしやすい場所でもあると言える。
「まぁ教えるのが信哉だから、きっついだろうが忠志には判りやすい方法だろ。体に教え込まれにいったんだ。」
「そうだったんですか……。」
決して強くなったことに、ただ暢気に過ごしているわけではない。忠志には忠志なりの考えがあって、自分なりのやり方を模索しているのだ。
「あいつだって反省してるんだ。後で仲直りしとけよ?」
その言葉の先でふと義人は頷くと、深い困惑に満ちた表情に僅かに微笑を浮かべた。
「信哉さんが指導じゃ大変そうですね。」
「あー、俺もよくスパルタで教え込まれたからな。」
最初の間気の扱いの意図が上手く掴めなかった悌順も、既に何年もゲートキーパーとして活動していた信哉に散々しごかれたものだ。苦い顔でそんなことを言うと、まるで聞いていたみたいにインターホンがなり玄関を無造作に開けて信哉と仁が顔を出す。
「悪いな!急に。」
「雪は?」
「夜には無理だろ、仁も悪い。」
バタバタしながらそういう信哉に、暢気な声で仁が子供のようにいってらっしゃーい何て言うのを眺めて思わず悌順が苦笑いを浮かべる。高校生なんだから一人で留守番もありだと思うが信哉がそれをしたくないのがこうして見るだけて分かるし、二人がまるで親子か兄弟みたいにもみえるのだ。それは幼馴染みの宇野智雪が一人息子を育てているのににてる気がする。
「悌さん、今日も夜回りですか?」
「ああ、そうだった。悪いな、義人に任せっきりで。」
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