GATEKEEPERS  四神奇譚

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外伝 思緋の色

第六幕 決意

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日々は穏やかだが確実に過ぎ去っていく。しかし、どれだけ時を過ごしても想いは深く心に一際鮮やかな色だけを残して刻み込まれている。
優輝が逝き澪が彼岸の彼方に旅立ち、そして新しい白虎と玄武が生れ落ちる。次は自分の番なのかもしれないと心の何処かで感じつつ、それでも幼かった星読・そして式読となるべくして育つ者の中に確かな彼女の残した意思を感じていた。それは、過去にいたはずの者達の思いでもあり、自分や今の者達の望みでもある次の世代への希望のような気もしていたのだ。
やがて新しい玄武が仲間になって一年が過ぎようとしていた頃。
昼間の仕事の合間に電話をしてきたその相手の声に昨夜夜半過ぎまで活動していた武は、寝ぼけ眼を擦りながら受話器を肩にはさむ。

『武さん?僕です。』

次第に夕闇の気配が漂い始める窓辺を眺めながら、一つ欠伸を噛み殺しながら武は想の硬い声に耳を傾けた。白虎を継いだ信哉の姿を見てから電話の向こうの長月想は、大分物思いにふけることが多くなった。それは立て続けに仲間をなくした状況で、尚且つ≪四神≫の中では最も気をよむ事に長ける繊細な彼の性質ではやむを得ない事の様にも思える。だが、その時の彼の奇異に聞こえる声音は、今までとは微かに違うもののような気がして武は我に返ったように眉を寄せた。

「どうした?想。」
『僕は………、試してみようと思うんです。』

その言葉の先は想像に難しくない気がした。武は微かに息を呑み、彼の言葉の先を待つ。

『信哉君も悌順君も、もう力を使うことに問題も無い。だから…今夜の仕事が終わったら……。』

微かな緊張の言葉の先が解けるように滲んで消える。自分達という存在のあり方に想はずっと思い悩んできたのだ。そして、新しい仲間が何の問題も無く動けるようになった事と式読が、もう直ぐ代替わりするに違いないと思われるこのタイミングを待ったのだろう。
武は、ただこの立場を続ける事、誰かを守る事・そして仲間を守ることを選んだ。
想は、≪四神≫としての存在を・戦いを拒否する道を選んだ。
結論は彼と自分が同じ道を選ぼうとしなかっただけという差にしか過ぎない。そして、想は時間をかけて自分の心に結論をつけたのだろうということもよく分かっていた。

「もう、決めたんだな?」
『はい。今夜で、最後にするつもりです。』
「そうか…煩そうだな決めたんなら、俺には何も言う事はない…ただ。」

引き止めることは容易い。しかし、その決意までの道のりを知っている武にはそれも出来ない。そして、それは逆に選んだ道をともに行こうというのを想が出来ないのと同じことだった。

「……ただ、気をつけろ?生きていく為に…だ。」
『……ありがとう……武さん。』

決意と同時に胸に抱いているのであろう不安を滲ませながら、受話器の向こうで想が微かに息をついた。やっと言えましたと彼は小さく自嘲気味に笑う声を聞きながら、恐らく受話器の向こうでも同じものを見ているのだろう澪が逝った日の夕方に見た赤い血のような夕日を武は眺める。
もし彼が普通に生活をすることが可能で、このまま青龍の存在が永久の時間の中に紛れて消えていくとしたら、自分以外の仲間にも同じ道を進ませる事はできるだろうと彼は微かに苦い微笑を浮かべる。
武は普通に戻るにはこの世界に長く居過ぎてしまった気もした。
十八の歳で朱雀になって既に十六年もの時が流れ、彼は様々な思いを抱えすぎてしまった気もする。そういう意味では六歳年下のこの青年には、同じ思いを抱えてもまだ自分の道を変えようとする意思があるのだから実際は自分よりもずっと大人なのかもしれないと心の中で呟く。

『武さん?』
「あァ、わりィな……少し考え事していた。」

彼の口調に電話の向こうの青年が笑う。

『じゃ、今夜また。』
「ああ、じゃあな後でな?」

受話器を置き再び茜に染まる室内で夕日を眺めながら武は、己の膝に身を預けるようにして無言のまま空を見上げた。ただ彼に出来るのは、今の想の決意と彼の進む先行きが明るいものであることを祈ることだけしかなかったのだ。
夕方からの電話から数時間の後。
音もなく風もない夜空の下で各地に散って自分の分の仕事を終えた朱雀は移動能力でどうしても時間を食う事になってしまう玄武の丁度行われている仕事の傍らにいた。
四神には明確な区域の境は無いが本能的に自分のテリトリーがあるような感があり、誰が言わずとも自分の範囲だと思う場所にはまずは仲間も手を出さない。しかし、そうは言っても移動の方法や気の動かし方では仕事の速度に差が出るのも事実で、朱雀自身も過去には気を使いこなすまでは大分時を費やしたし、眼下の玄武も同様である。

「手伝うかあ?玄武?」

眺めながら声をかける朱雀に気を練りながら大丈夫ですと答える青年の姿を、紅玉の瞳は感慨深いような気持ちで見下ろした。やっとゲートを閉じた青年は頭上を降りあおぐようにして、朱雀を見上げる。

「朱雀さん、白虎は?」

幼馴染でもある青年をそう呼ぶ姿に、朱雀は目を細め西の空を伺う。大分自分の気を使うことは上達したが、未だに他の者の気をよむのを仕事とは同時におこなえないらしい彼の声音に促されて、虚空に意識を集中した瞬間不意に朱雀の紅玉の瞳は異変に真紅の光を放った。
彼は今まで見ていたのとは違う、今の彼等の位置からでは東南東に近い方向へと視線を向けその目を見開く。その姿に訝しげに眉を潜めた玄武が閉じたゲートの傍で同じように、その方向に視線を向ける。

……まさか……。

それは閉じられるはずのゲートが奇異な感覚を伴って再度抉じ開けられるような不快な感覚だった。そして、そのゲートの直ぐ傍に自分達の仲間の気配が確かにする。朱雀は背筋に走った強い悪寒に、自分の肌が粟立つのを感じる。
今までこんな時にはどうして来たのだろう。
そう考える心の余裕も時間すらもないほどの圧迫感を感じながら、朱雀は空を裂く音を立てて全身から紅の炎を一瞬にして吹き出したかと思うと、真紅の双翼を持った巨鳥にその身を変える。

『玄武!!足につかまれっ!!』

水気の玄武が掴まれるよう足だけ微かに火気を緩めて鋭い声を放つ朱雀に慌てた様に玄武が従う。自分の足に玄武の手がかかったのを感じ取って、やおら双翼を羽ばたかせた朱雀は矢の様な速さでわき目も振らず、一直線にそのゲートの場所に向かって空を切っていた。
もう一人の仲間も同じ場所に向かい動き始めたのを感覚の隅で感じながら、彼は足に掴まる玄武に言うまで手は出すなよとキツク念を押しながら、夜の闇を赤い閃光のように切り裂いていく。
冷たい夜気の中に飛ぶ木気と得体の知れない存在の影に眉を潜める玄武に気がつきながらも彼は心の中で叫んでいた。

青龍ッ………想!!一人で戦うなっ!!

だが、その言葉の相手がけして、そこから逃げようとしないだろう事は朱雀にも分かっていた。それは、もし自分が同じ立場だったら、同じことをすると朱雀自身も考えるからだ。朱雀はそれでもその場に少しでも早くたどり着こうと焦り、苦悩の嘶きを夜空に向かって張り上げていた。



※※※



立ち尽くした山間部の山林の隙間から、微かな潮騒の音が響く。どうやら海が近いのだと分かっても朱雀は、その姿に言葉もなく歩み寄る。地脈の気配は遠く、こんなところでゲートが開くには崖崩れでも起きていたのかもしれない。
少し後から辿り着いた白虎が跳ねるように岩場に着地するのを感じとりながら、朱雀はその蔦の塊に向かって手を伸ばす。巨大な岩を絡めとるように太い蔦の根が、縦横無尽に異様なほど繁って揺れている。その根の中心にはつい数時間前に、今夜で四神を辞めると決心した筈の長月想が血の気のない顔で項垂れていた。崩壊した岩場の中にゲートが存在していたのか、まるで岩と一体化したようにすら見える姿に手が震える。

「青……。」

フワリと浮き上がった朱雀の手が蔦を引きちぎり、その体を引き出そうとしても一本程度では飲み込まれた体はビクともしない。

独りで戦って全部使いきって、自分の魂と引き換えにゲートを閉じたのか?お前。

そんなことをしたら辞めると言った言葉は、どうなるんだと叫びだしたかった。新しく生きてみると決心した筈じゃないのかと、ギチギチと蔦を引きちぎろうと朱雀の手が掴む。ミッチリと蔦が絡み付いたその体を、隣に半分蔦にぶら下がるようにした白虎が切り裂いて玄武も手を差しのべてくる。
先頭で傷ついた傷から生えたようなその蔦は、恐らく青龍が限界に達して最後の方法として自分の生命と引き換えに急激に成長させたのだとしか思えなかった。ゲートを抉じ開けたと思われるモノの残渣は微かな気配しか読めず、地面に飛び散る大量の血の痕で青龍が独りでそれと戦ったのに朱雀は言葉を失う。

なんで、独りで戦った……?白虎や玄武を巻き込みたくなかったからか?

恐らくそうなのだろうと朱雀はやっとのことで、蔦から解放した青龍の体を地面に抱き下ろす。人外と戦うにはまだ白虎も玄武も早過ぎると青龍なら考えるだろう、それでもこんな最後を迎えるなんて馬鹿だろ?と囁く。

「離れてろ……。」

朱雀の低い言葉に数歩、朱雀から二人が離れたのを感じながら、朱雀は迷わず彼の体を抱き止めたまま全身を焔に変えた。玄武が驚きに声をあげるのに、白虎が意図を推し量ったように肩をひく。

なあ。想、先に行って優輝や澪に、俺がこれからすることを伝えておいてくれるか?

激しく青く燃える高温の焔に、青龍の力を失った長月想の遺体はみる間に焼け崩れて行くのが分かる。抱きかかえたままの朱雀の表情が、二人には眩く伺うことが出来ないのは分かっていて武は目を固く閉じたままだった。想の体をみすみす院に渡すつもりもないし、これ以上院のモルモットに仲間を曝すつもりももうない。澪だけじゃ駄目だ、全員だ、そう武は心の中で呟く。

それから数日の間に院の研究所と呼ばれる建物の一部で、原因不明の失火が起こった。焔は突然走るようにその部屋を飲み込んで大きな音と共に、破裂音を響かせて通路に向かって焔を吹き出したのだと言う。表からでは見えない半地下の入り口しかないその場所の火災をおさめるには、スプリンクラーは無意味だったようだ。やがてそれは火柱を地面から上げで、その地下に何かがあると辺りに告げようとするように見えただろう。
研究所の責任者である古老が唾を撒き散らしながら、早く止めろと叫んでいるのが聞こえる。だが、その焔を止めるこ事は誰にも出来ず、燃え尽きるのを待つだけだった。
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