GATEKEEPERS  四神奇譚

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外伝 思緋の色

第五幕 四神

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仲間として初めての仕事を終えて眼下を走る白銀の光を放つ青年の姿を紅玉の瞳は、微かに色を緩めながら見下ろしている。初めて四神として顕現したとは全く思えない強い白銀の光を放つ異装は、彼の母親のものと殆ど寸分違わない。それがどんなに珍しい事なのか、彼は知りもしないのだ。何しろ何人もの仲間の姿を見てきたのは、既に朱雀だけになってしまっている。同じような異装に見えても、裾や刺繍、防具は個人の気や戦い方によって微細に全員が異なっていく。幾ら同じ合気道や古武術を身に付けていても、全てが同じものにはけしてならない筈。それを知っているのは朱雀だけだ。
その時に西に開いたゲートは、初めての≪四神≫としての仕事にするにはやや大き過ぎるわら気はしていた。しかし、新しい白虎はそれに向かっても何ら臆する事もなく仕事にかかる。
その手際の良さは先代の白虎以上、まるで何年も役目をこなして熟練した者の様に迷いもなく的確な仕事ぶりだった。
相変わらず院の監視者も遠くに感じられたが、それすら別段問題にすら感じない。白虎も何一つ気にかける様子もなく、まるで全てを知っているかのような手際の良さだ。だがそれは逆に言えば、逃れようもない道に彼が既に適応してしまったとも言える様な気がする。ジワリと冬の気配を感じ始めた星明りだけが瞬く空の下で、朱雀は静かにそう思った。

「朱雀さん。」

同じように宙を舞う蒼水晶の輝きを宿した青龍が、ふっと傍に舞い寄って眼下の彼には聞こえない程度に小さな囁きを漏らした。同じように空を舞っているのに矢の様に空を切る朱雀とは異なり、青龍はまるで夜風に体を乗せる様にフワリと体を滑らせているかのようにも見える。

「ん……?」
「あの………質問の答えは何だったんですか………?」

戸惑いと同時に問いかけられるその言葉に、朱雀は微かに溜め息をつく。先程の問いの答えは、確実にその青年の心を苦しめる事は分かっていた。仲間の内でも特に人の心の機微を読むことに長けた彼だったらそれは目に見える様な気がする。それでも横に居る青年は答えを欲している事もよく分かる。
実際には彼自身も何度か問いかけはしてきたが、明確な答えが返ってきた訳ではな。ただ、答えられた全ての言葉から結論だと思った事を胸に抱いているだけではあったが、今やそれは真実の様な気がした。
たとえ、自分達が≪四神≫を拒んだとしても、≪四神≫はそれを許さない。
過去に彼の兄のような人物が口にしたように、まるで呪いにでもかかったように四神の力は定めた者に発現する。そして、その代償はその者の肉親や血縁。たとえ役目を拒んで四神になることを拒んでも、追い込まれて行くのだ。この体内に沸き上がる焦燥感や、家族を失う孤独感と罪悪感、そうして二度と同じことが起こらないように願う切望。そういうものがこの力の源なのかもしれない。そして澪だけがこの中に子を宿した希望を抱いたが、彼女は子を守る事を一番にして父親を巻き込まなかった。澪は相手に一度も父親として何かを求めなかったのだと思う。それが際どいラインの奇跡だったのか、澪だからこそ出来たことなのかは分からない。ただ武には後者なのだろうと正直なところ思うが、同時に一つだけ仮説はたてられる。

澪は白虎になってから子供を産んだ。その子供は澪の体内から、何らかの一部を奪うようにして産まれたのではないだろうか。

だから本来なら十六で天涯孤独になった澪が、院で発見したのは二十四になってからで、しかも六年程はこれが本当に白虎なのだろうかと思われるほど気配は弱かった。だらかこそ、初めて出会った時武は相手が弱いと信じて疑わずに、捩じ伏せてやるつもりで急襲したのだ。
彼女は白虎としては、実は完全ではなかったのではないだろうか。生来の合気道や古武術の才能で気を操るのが巧みだった彼女は、それでも有能な四神として役目を勤めた。同時にずっと信哉の父親のことを想い続けていたのに、結ばれていないから何も起こらなかったのはそこではないかと思う。優輝の想いは打ち砕いたのに澪はそうならなかったのは、澪が不完全でもう一人の白虎の力を秘めたものが表に出てこないからだ。不完全なものを正す力を得ていないから、不完全なまま安定を保った。そんなような気すらしている。
だが、同時にこの力の存在は、人間の願いなんかに左右されないものなのだとも今は思う。人外の存在が人間にはどうにもできないものであるのと同様に。
そして、もし自分達がこの力を完全に拒んだとしたら、結果として何が起こるかと聞かれれば、恐らくこの力は次の依り代を直ぐに求めるかもしれないと答えるしかない。意図も容易く澪から信哉を見つけ出し乗り換えたように。
普段役目を継ぐものが中々産まれないのも、何となく理解できる気がする。当人の血縁は途絶えているから、根源から探し出すのではないだろうか。同じような類推される血縁の枝葉を地脈のように流れ、これと思う人間に辿り着き吹き出す。つまりもし自分が拒否するには死を選ぶしかなく、選んだとすれば同じようにして誰かが選ばれるだけ。

呪いみたいだ

優輝が言っていたのがよくわかる。ただ、武の考え方になると、この呪いは自分だけにかけられたものではない。人間全てがかけられた呪いなのではないだろうか。そうなのだとしたら逃げたくても逃げようがない。そう話した瞬間、青龍が微かに息をのみ、ふと眼下の青年を見下ろすのを感じた。暫しの沈黙の後蒼い光を放ちながら青年は、深く重い苦悩に満ちた言葉を漏らした。

「それでも……僕はこれが正しいと思えない。」
「分かってる、だからこれから変えなくちゃいけない……。」

強い意志に満ちた言葉に自分を見やる彼の視線を感じながら、朱雀は音もなく風を切りながら頬を撫でる夜風に目を細めた。
その眼ははるか遠くを思う様に深く澄んだ紅の光を奥に潜めながら、静かに星の光を反射している。
やがて青龍が微かに苦笑交じりに口を開く。

「僕はあなたが、もう全てを諦めたのかと思いましたよ。」

青龍の言葉に含まれた驚きを含む響きに、朱雀は皮肉めいた苦笑を浮かべて彼の顔を見返した。

「そんな訳あるかよ?俺は俺である事まで、辞める気はねえよ。」

夜気の中に響き渡ったその声は酷く鮮やかに颯爽とした風に響いたが、横を舞う青龍にはその言葉の影に深く響く朱雀の彼自身の後悔と苦悩をハッキリと見てとった様な気がしていた。
一先ず出来ることから変えるしかない、そう朱雀の横顔は悲痛な思いの中で告げているように見えたのだ。
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