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外伝 思緋の色
第三幕 父親
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澪が院に連れてこられてから既に四年。
幼かった信哉の成長は目覚ましく、澪は最近言うことを聞かないと嘆いてばかりだ。それには武も優輝も苦笑するしかないが、時々空手とカポエラを教えてよと再びせがまれこっそり教えているのはここだけの話。最近では既に武の方は教えることもなくなりつつある程なのだ。
夕刻のその真見塚という古武術道場は、顔を出してみると結構な活気を漂わせていた。
恐ろしい程の巨大な門構えは何度か迎えがてら潜ったことはあったが、道場の中まではみたことがなかった武は興味津々でその庭の先にある大きな建物に向かう。道場の入り口で対応した青年に鳥飼澪の友人で信哉を迎えに来たと名乗ったものの、道場の門下生とはいえ自分より年嵩の青年の訝しげな視線に少し居心地が悪い。そう感じつつ促されるままにこっそりと畳の青さが目に沁みる道場の中を覗くと、予想よりずっと本格的で厳格な雰囲気の漂う道場の様子に武は思わず唖然とする。
時間なのかそれともそういう状態が当然なのか、子供の姿は皆無といっていい。室内の空間はピンと張り詰めた空気を持って、自分と同年齢以上の者達が組み手をしたり指導を受けたりしているのを見回す。
子供いないぞ?はァ?まじかよ?
思わず彼は唖然とその張り詰めた空気の中に居る若干九歳の幼い姿を見つけ唖然とする。どう見てもその場には一人浮いて見える幼さだが、その指導はどう見ても他の者より厳しい。しかもそれに信哉は疑問もなく頷き、演武とか言う動きを始め思わず息を呑む。案内もしてくれるらしい玄関で自分を胡散臭そうに見た青年は、その様子に微かな微笑を浮かべて口を開いた。
「信哉君は、この中では一番有望ですよ?技も大人顔負けですし、既に師範代以上かもしれません。」
そういえば以前澪は古武術の唯一の伝承者だと聞いたことがあったが、やはり鷹の子供は鷹らしい。思わず武は呆れ半分で見つめる。そして、何故案内の青年が訝しげに自分を見たわりに、すんなり道場の中を見せたか判る気がした。
確かに今の信哉の腕前なら損所そこらの不良程度簡単にのしてしまう事が可能だろうし、実際に随分昔には不審者を撃退したらしいと澪が脱力していた。
澪の心配は信哉の身の危険というよりは、信哉はまだ子供で手加減を知らないからフルパワーで撃退したら相手の骨でも折ってるかもというのが正直なところだったらしい。当の信哉曰く「踵落とししようとしたら、ヤスの声でずれたから股の間に落ちたんだよ。」との話。武が踵ってカポエラかと問うと、信哉は胸を張って「うん。だって合気道は人に使わないって約束してるもん。」ときたのだ。お陰でその後、澪にしこたま説教をされた記憶がある。ちなみに後日ここだと教えられた場所に行ってみたら、数日経ったというのに信哉の踵の跡が綺麗に残っていて確かにこれはいかんと思ったのはここだけの話だ。あの踵が股間にヒットしていたら、申し訳ないが不審者は救急車で運ばれてもそれ以降の性行為は諦めるしかなかっただろう。その点では信哉の幼馴染みの土志田悌順に感謝した方がいい。
それから大分経って自分の能力や筋力等も十分理解し始めた信哉は、つい去年大きな合気道の大会に出る程になっていた。
事実、今組み手をする信哉の相手は、どう見ても武より年上でなんと白髪混じりの男性なのだ。彼はまるで柳の枝のようにしなやかな動きで、年上の男性をを軽々と投げている。合気道とは相手の勢いを使って投げるとどこかで聞いたことがあるが、それだけとも思えない動きだ。随分前に道場に通わせた理由を澪に聞いたら、自分が教えられる事はもう吸収しちゃったのよと呆れたように答えた事を更に思い出した。
末恐ろしいぞ………?信哉、お前って。
思わず心の中でそう思いつつ、暫し様子を見つめる。
やがて修練を一通り終えたのだろう、きちんとした折り目をつける信哉の正座での挨拶の後、彼が着替えに動いた瞬間その正面にいた道場主でもあり師範もしているという三十代後半にしか見えない人物とはたと眼が合った。
道場の中で凛とした清々しさを感じさせるその姿は流石としか言いようがないが、その不思議そうに武を見つめる瞳はどこか人懐っこさすら感じさせる。あわてて頭を下げると彼は温和に微笑み同じように会釈して他の門下生に視線を移す。だが、一瞬とは言え真見塚というその道場主の信哉を見る視線が、門下生を見る視線とは違うのを武は見逃さなかった。
あぁ…そうか、そういうことなのか。
その妻女もいるという道場主の姿に酷く不快な気分を感じたのは事実だ。理解したが、理解したからこそ余計に納得できない。信哉が九歳ということは、澪が妊娠したのはまだ十八歳で目の前の男だって三十になるかならないかの筈だ。そんな関係がありうるのだろうか。
何故、あんたは彼女を一人にしたんだ?
そう問いかけてみたかった。できはしない事ではあるが、心の底から問いただしたいと武は心の中で呟きながらその姿を見つめる。
「武兄!」
何時もより高揚しているのか子供らしい喜びの声に、武は思わず笑う。あんな様子で鍛錬していてもやはり子供は子供だなと思うと、少しませてきた少年は何?と自分の顔に向かって微かな子供らしい不満の顔を見せる。ふとその時彼は、その背後で道場主である目にしみるほどに白い道着を着た道場主が、一瞬自分達の仲のよい様子に物悲しそうな表情を浮かべたのを見逃さなかった。
※※※
日々はいつも留まる事を知らず、流転して流れ続ける河の様に時にゆったりと時に酷く激しく流れ続けていく。その月日の中で、武自身の成長よりずっと早い勢いで信哉は成長し、かの人の母親は逆に時を過ごす事を止めたかのように澄んだ美しさを保ち続けている。白銀の聡明さも純白の純粋さもそのままに、ただ穏やかに周囲を包み込む。それは時に鋭く眩い様な気がして、時々武は彼女を見ながら眼を細める。
「武。」
ふと、かけられた声に彼は我に返った。
宵闇の中で既に先行して移動を始め光の点になってしまった白虎を見送る自分の横に、何時の間にかもう一人の仲間が黒衣の裾を揺らしもせずにしゃがみ込んでいる。普段は異装を纏った時には、けして昼の名前は呼ばない。おかしな約束に聞こえるかもしれないが、過去にたった一人名前を呼んだことで社会的に問題に巻き込まれた事があるとかないとか。詳しくは自分達は知らないが、人間とは違う能力が迫害の危険性を持っていると言うこともあるらしい。兎も角稀に周りに人気がない時呼ぶことは無いこともないが、突然の声に驚いたのは事実だ。
「な……なんだよ、仕事中に名前呼ぶなよっ。」
「だったら、ぼんやり見つめてるんじゃないよ、全く。」
見つめてなんかないと言い返そうとした彼を下からしゃがんだままの彼は、頬杖をついて上目遣いに見上げる。造型もいい彼が自分の生活の中で結構もてるのは知っているが浮ついた話一つない玄武が、微かな溜め息混じりに朱雀である今の彼を見上げて口を開く。
「澪が仲間になって、そろそろ四年だ。で、相変わらず青龍も見つからないし星読の爺は死んだ。」
事実、彼等を縛る院という組織の長である式読と呼ばれる古老はかなりの高齢だった。星読と呼ばれる『異能を感知する能力を持つ』古老は、先日長く病床で臥していたが遂に死んだ。跡継ぎを選ぶには同じ能力を持つ人間を探し出さなければならないと言うが、今のとこその後継者は見つかっていなかった。そして四神の東の一席である東の守護者・青龍も、白虎がこの役目に少し前に死亡したため、もう四年近く空席のままになっている。生まれたのは分かっていたが今のところ表だって気を放つことがない上に、元々青龍は気を操るのに長けていることが多く玄武と朱雀にはまだ見つけ出せないでいるのだ。
「ま、これも一つのチャンスだよな?澪が好きなら。」
「はァ??!な・何言ってんだよ?!」
思わぬほどに自分が狼狽する声が響き、思わず朱雀は口を噤んだ。玄武はふっともう姿は影も形も見えない白虎が消えた西の空を眺め、頬杖をついたままポツリと言葉を漏らす。
「凄い事だよな、俺なんかもう結婚も出来ないって思ってたのに……澪には信哉がいる。」
青年は酷く感慨深げに、まるで羨ましそうにも聞こえる言葉を繋ぐ。
「凄い事だよ……。俺はもう諦めきっていた……。」
ふとその言葉の響きに玄武の姿を朱雀は見下ろした。
既にもう彼は十四年もこの生活を続けている。その時の流れの中で彼は何人かの仲間の行く末を見守り、今こうして新しい仲間に家族がいる事で微かな変化を見せ始めていた。朱雀より時間はかかったが、まるで父親が見守るように仲間の息子を見守る視線をする彼の姿。それを見るにつけ、信哉の存在が如何に自分達にも変化をもたらしたのかが分かる。
世捨て人と同じだった玄武が氷室優輝の顔で、日射しの下の親子を眺めるのはそう悪くない姿だと五代武は感じていた。こうして玄武として黒衣の服に身を包み、闇の中にしか眼を向けないよりずっといい。だから彼ら二人は次の仲間が見つかったら院より先に探し出して、身元がばれないように院との間を取ることを模索している。
「ま、だから、お前がその気なら譲ってもいいと思って。」
「な、なにをっ?!」
「信哉の父親役に決まってるだろ?他に何があるんだよ。」
確かにどちらかと言えば武は兄のように慕われているが、優輝は父親のような眼差しを向けられているような気がしないでもない。信哉は最近では優輝が読んでいる歴史書にも興味があって、読めそうなものを貸して欲しいとはにかみながら頼んでいた。武には大概体当たり状態で話しかけるのと、優輝の扱いは確かに違う。違うがそれを言われると少し傷ついてしまう。しれっと言い放つ玄武は、絶句した彼をそのままに飄々とした様子で梢の上から降りると彼を見上げた。
「澪を守るって約束してんだろ?それ位見てれば分かるし、お前の顔は感情が出すぎだ。」
捨て台詞を残してさっさと移動を始めた玄武の後姿に、思わず言葉のない口をパクパクさせた朱雀はグシャグシャと頭を掻き回しながらその場に思わず座り込んだ。
溜め息をついた朱雀は自分の本当の気持ちが何処にあるぐらい、もうだいぶ以前から気がついている。だからといって、他の人を思う彼女に何が出来るというのだろうか。あの道場主らしい男の視線を見た時その目元が信哉とよく似ているのに気がついた武は、澪に率直に問いかけていた。あの道場主が信哉の父親なのだろうと。澪はその言葉に悲しげに微笑み、いつかバレるぞと告げた武の言葉に分かっていると答えたのだ。
朱雀の姿で思わず武の表情に戻った彼は彼女のように白く輝く月が浮かぶ西の空を思わず見つめていた。
幼かった信哉の成長は目覚ましく、澪は最近言うことを聞かないと嘆いてばかりだ。それには武も優輝も苦笑するしかないが、時々空手とカポエラを教えてよと再びせがまれこっそり教えているのはここだけの話。最近では既に武の方は教えることもなくなりつつある程なのだ。
夕刻のその真見塚という古武術道場は、顔を出してみると結構な活気を漂わせていた。
恐ろしい程の巨大な門構えは何度か迎えがてら潜ったことはあったが、道場の中まではみたことがなかった武は興味津々でその庭の先にある大きな建物に向かう。道場の入り口で対応した青年に鳥飼澪の友人で信哉を迎えに来たと名乗ったものの、道場の門下生とはいえ自分より年嵩の青年の訝しげな視線に少し居心地が悪い。そう感じつつ促されるままにこっそりと畳の青さが目に沁みる道場の中を覗くと、予想よりずっと本格的で厳格な雰囲気の漂う道場の様子に武は思わず唖然とする。
時間なのかそれともそういう状態が当然なのか、子供の姿は皆無といっていい。室内の空間はピンと張り詰めた空気を持って、自分と同年齢以上の者達が組み手をしたり指導を受けたりしているのを見回す。
子供いないぞ?はァ?まじかよ?
思わず彼は唖然とその張り詰めた空気の中に居る若干九歳の幼い姿を見つけ唖然とする。どう見てもその場には一人浮いて見える幼さだが、その指導はどう見ても他の者より厳しい。しかもそれに信哉は疑問もなく頷き、演武とか言う動きを始め思わず息を呑む。案内もしてくれるらしい玄関で自分を胡散臭そうに見た青年は、その様子に微かな微笑を浮かべて口を開いた。
「信哉君は、この中では一番有望ですよ?技も大人顔負けですし、既に師範代以上かもしれません。」
そういえば以前澪は古武術の唯一の伝承者だと聞いたことがあったが、やはり鷹の子供は鷹らしい。思わず武は呆れ半分で見つめる。そして、何故案内の青年が訝しげに自分を見たわりに、すんなり道場の中を見せたか判る気がした。
確かに今の信哉の腕前なら損所そこらの不良程度簡単にのしてしまう事が可能だろうし、実際に随分昔には不審者を撃退したらしいと澪が脱力していた。
澪の心配は信哉の身の危険というよりは、信哉はまだ子供で手加減を知らないからフルパワーで撃退したら相手の骨でも折ってるかもというのが正直なところだったらしい。当の信哉曰く「踵落とししようとしたら、ヤスの声でずれたから股の間に落ちたんだよ。」との話。武が踵ってカポエラかと問うと、信哉は胸を張って「うん。だって合気道は人に使わないって約束してるもん。」ときたのだ。お陰でその後、澪にしこたま説教をされた記憶がある。ちなみに後日ここだと教えられた場所に行ってみたら、数日経ったというのに信哉の踵の跡が綺麗に残っていて確かにこれはいかんと思ったのはここだけの話だ。あの踵が股間にヒットしていたら、申し訳ないが不審者は救急車で運ばれてもそれ以降の性行為は諦めるしかなかっただろう。その点では信哉の幼馴染みの土志田悌順に感謝した方がいい。
それから大分経って自分の能力や筋力等も十分理解し始めた信哉は、つい去年大きな合気道の大会に出る程になっていた。
事実、今組み手をする信哉の相手は、どう見ても武より年上でなんと白髪混じりの男性なのだ。彼はまるで柳の枝のようにしなやかな動きで、年上の男性をを軽々と投げている。合気道とは相手の勢いを使って投げるとどこかで聞いたことがあるが、それだけとも思えない動きだ。随分前に道場に通わせた理由を澪に聞いたら、自分が教えられる事はもう吸収しちゃったのよと呆れたように答えた事を更に思い出した。
末恐ろしいぞ………?信哉、お前って。
思わず心の中でそう思いつつ、暫し様子を見つめる。
やがて修練を一通り終えたのだろう、きちんとした折り目をつける信哉の正座での挨拶の後、彼が着替えに動いた瞬間その正面にいた道場主でもあり師範もしているという三十代後半にしか見えない人物とはたと眼が合った。
道場の中で凛とした清々しさを感じさせるその姿は流石としか言いようがないが、その不思議そうに武を見つめる瞳はどこか人懐っこさすら感じさせる。あわてて頭を下げると彼は温和に微笑み同じように会釈して他の門下生に視線を移す。だが、一瞬とは言え真見塚というその道場主の信哉を見る視線が、門下生を見る視線とは違うのを武は見逃さなかった。
あぁ…そうか、そういうことなのか。
その妻女もいるという道場主の姿に酷く不快な気分を感じたのは事実だ。理解したが、理解したからこそ余計に納得できない。信哉が九歳ということは、澪が妊娠したのはまだ十八歳で目の前の男だって三十になるかならないかの筈だ。そんな関係がありうるのだろうか。
何故、あんたは彼女を一人にしたんだ?
そう問いかけてみたかった。できはしない事ではあるが、心の底から問いただしたいと武は心の中で呟きながらその姿を見つめる。
「武兄!」
何時もより高揚しているのか子供らしい喜びの声に、武は思わず笑う。あんな様子で鍛錬していてもやはり子供は子供だなと思うと、少しませてきた少年は何?と自分の顔に向かって微かな子供らしい不満の顔を見せる。ふとその時彼は、その背後で道場主である目にしみるほどに白い道着を着た道場主が、一瞬自分達の仲のよい様子に物悲しそうな表情を浮かべたのを見逃さなかった。
※※※
日々はいつも留まる事を知らず、流転して流れ続ける河の様に時にゆったりと時に酷く激しく流れ続けていく。その月日の中で、武自身の成長よりずっと早い勢いで信哉は成長し、かの人の母親は逆に時を過ごす事を止めたかのように澄んだ美しさを保ち続けている。白銀の聡明さも純白の純粋さもそのままに、ただ穏やかに周囲を包み込む。それは時に鋭く眩い様な気がして、時々武は彼女を見ながら眼を細める。
「武。」
ふと、かけられた声に彼は我に返った。
宵闇の中で既に先行して移動を始め光の点になってしまった白虎を見送る自分の横に、何時の間にかもう一人の仲間が黒衣の裾を揺らしもせずにしゃがみ込んでいる。普段は異装を纏った時には、けして昼の名前は呼ばない。おかしな約束に聞こえるかもしれないが、過去にたった一人名前を呼んだことで社会的に問題に巻き込まれた事があるとかないとか。詳しくは自分達は知らないが、人間とは違う能力が迫害の危険性を持っていると言うこともあるらしい。兎も角稀に周りに人気がない時呼ぶことは無いこともないが、突然の声に驚いたのは事実だ。
「な……なんだよ、仕事中に名前呼ぶなよっ。」
「だったら、ぼんやり見つめてるんじゃないよ、全く。」
見つめてなんかないと言い返そうとした彼を下からしゃがんだままの彼は、頬杖をついて上目遣いに見上げる。造型もいい彼が自分の生活の中で結構もてるのは知っているが浮ついた話一つない玄武が、微かな溜め息混じりに朱雀である今の彼を見上げて口を開く。
「澪が仲間になって、そろそろ四年だ。で、相変わらず青龍も見つからないし星読の爺は死んだ。」
事実、彼等を縛る院という組織の長である式読と呼ばれる古老はかなりの高齢だった。星読と呼ばれる『異能を感知する能力を持つ』古老は、先日長く病床で臥していたが遂に死んだ。跡継ぎを選ぶには同じ能力を持つ人間を探し出さなければならないと言うが、今のとこその後継者は見つかっていなかった。そして四神の東の一席である東の守護者・青龍も、白虎がこの役目に少し前に死亡したため、もう四年近く空席のままになっている。生まれたのは分かっていたが今のところ表だって気を放つことがない上に、元々青龍は気を操るのに長けていることが多く玄武と朱雀にはまだ見つけ出せないでいるのだ。
「ま、これも一つのチャンスだよな?澪が好きなら。」
「はァ??!な・何言ってんだよ?!」
思わぬほどに自分が狼狽する声が響き、思わず朱雀は口を噤んだ。玄武はふっともう姿は影も形も見えない白虎が消えた西の空を眺め、頬杖をついたままポツリと言葉を漏らす。
「凄い事だよな、俺なんかもう結婚も出来ないって思ってたのに……澪には信哉がいる。」
青年は酷く感慨深げに、まるで羨ましそうにも聞こえる言葉を繋ぐ。
「凄い事だよ……。俺はもう諦めきっていた……。」
ふとその言葉の響きに玄武の姿を朱雀は見下ろした。
既にもう彼は十四年もこの生活を続けている。その時の流れの中で彼は何人かの仲間の行く末を見守り、今こうして新しい仲間に家族がいる事で微かな変化を見せ始めていた。朱雀より時間はかかったが、まるで父親が見守るように仲間の息子を見守る視線をする彼の姿。それを見るにつけ、信哉の存在が如何に自分達にも変化をもたらしたのかが分かる。
世捨て人と同じだった玄武が氷室優輝の顔で、日射しの下の親子を眺めるのはそう悪くない姿だと五代武は感じていた。こうして玄武として黒衣の服に身を包み、闇の中にしか眼を向けないよりずっといい。だから彼ら二人は次の仲間が見つかったら院より先に探し出して、身元がばれないように院との間を取ることを模索している。
「ま、だから、お前がその気なら譲ってもいいと思って。」
「な、なにをっ?!」
「信哉の父親役に決まってるだろ?他に何があるんだよ。」
確かにどちらかと言えば武は兄のように慕われているが、優輝は父親のような眼差しを向けられているような気がしないでもない。信哉は最近では優輝が読んでいる歴史書にも興味があって、読めそうなものを貸して欲しいとはにかみながら頼んでいた。武には大概体当たり状態で話しかけるのと、優輝の扱いは確かに違う。違うがそれを言われると少し傷ついてしまう。しれっと言い放つ玄武は、絶句した彼をそのままに飄々とした様子で梢の上から降りると彼を見上げた。
「澪を守るって約束してんだろ?それ位見てれば分かるし、お前の顔は感情が出すぎだ。」
捨て台詞を残してさっさと移動を始めた玄武の後姿に、思わず言葉のない口をパクパクさせた朱雀はグシャグシャと頭を掻き回しながらその場に思わず座り込んだ。
溜め息をついた朱雀は自分の本当の気持ちが何処にあるぐらい、もうだいぶ以前から気がついている。だからといって、他の人を思う彼女に何が出来るというのだろうか。あの道場主らしい男の視線を見た時その目元が信哉とよく似ているのに気がついた武は、澪に率直に問いかけていた。あの道場主が信哉の父親なのだろうと。澪はその言葉に悲しげに微笑み、いつかバレるぞと告げた武の言葉に分かっていると答えたのだ。
朱雀の姿で思わず武の表情に戻った彼は彼女のように白く輝く月が浮かぶ西の空を思わず見つめていた。
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