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外伝 思緋の色
第三幕 標本
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院という組織は、はるか昔から歴史の影で存在してきたものだと玄武が以前話してくれた。それは、史実には全く姿を見せないが院に残された文献には平安時代らしき記述があるらしいとのことだ。とは言え実際四神達が、それを直に眼にする事はない。優輝自身も直に見たのではなく、先代四神の一人から聴いたのだという。その古書を眼にする事ができるのは院の中でもたった二人。組織の長である式読とそれに続く星読だけで、それがどうしてそう決まっているのかすら彼らは教えられる事はない。勿論聞いて答えるような爺どもでない事も確かだが、あえて聞く気がないのも事実だ。はるかな過去に四神の仕事の補佐をするために生まれたという院は、今では世の中の影の存在である四神よりずっと政治や経済などとも密接な関係があって、ある意味では政府との橋渡し役のような役割もしている。市外とはいえ人気のある場所で自分達が能力を使うには目立ちすぎるし、人目につけば仕事に触る。しかも、仕事が滞れば最終的に困るのはそこに生活する人々なのだし、強いては政府の経済にかかわるというのが結論なのだろう。
組織の二本の大黒柱のうち一本が折れたのは、ちょうど澪が白虎になって四年目を迎えた日の事だった。その日呼び出された院は蜂の巣をつついたような騒ぎだったが、白と黒そして紅の衣をまとった四神は特に感慨に耽るでもなくそれを聞き流す。自分達に自分達の能力が何なのかを話して聞かせた者、そして特に澪にとっては白虎になる為に信哉を盾に取った者でもある。それが死んだことに何の同情が沸くというのだろう。
それに正直星読が死んだという事の方が、玄武と朱雀には大事だった。式読は組織の表立った統率を司ると同時に全ての知識を持つ者。そして星読は自分達の異能や地脈の穴、そして人外と呼ばれる異形のものを感知する特殊な能力を持ったいわばレーダーのようなものだ。
レーダーがないならその隙を掻い潜ってできる事がある。
実は武たち二人は、その話をあえてまだ澪にはしていなかった。もし、何らかの事情でばれた時に起こる結果が彼女達親子にまで及ぶのを避けるための苦肉の策ではある。
「それで?この騒ぎの中、どこに行く気だよ?」
そう帰途の途中に引き留められヒソヒソと話しかける朱雀に、玄武はいいからついてこいとだけ言うと音もなく闇に紛れる。あえて澪には言わなかったのは、彼女には知られたくないものなのだろうとは理解できた。やがて二人は院の本院ではなく少し離れた自分達が通いなれた場所に、闇に紛れるようにして忍び込む。そこは朱雀にとってもいい思いのない場所・院の研究施設の今まで足を踏み入れることのない場所だった。
「何だよ?研究所になんの…。」
「この間やっと見つけた。」
玄武は硬い顔つきで、その扉の先に進む。そこは研究所の責任者がふんぞり返っている部屋の更に奥に繋がる廊下で、普段は物陰になっていて知らないものには通路の存在すらわからない。しかも半地下の構想で建物の外部からでは、そこがあることも見えないようになっている。そんな場所を密かに玄武が探していた事自体驚きではあるが、頭のいい玄武は何かしらこんな場所が何処かに在る筈と思っていたという。
一人なら忍び込むのはもっと容易いだろうが、能力を使い活動すれば星読にバレる可能性が高い。だから、最近になってやっと病床で星読が動けなくなるのと共に調べられる範囲が広がったのだという。言えば手伝ったのにと言うと、彼はお前は顔に出るから澪にバレるといい放つ。
研究所の責任者でもあるハゲた爺も星読の逝去で院に集められていたから、今こうして朱雀を伴ったのは爺がここにいないと知っての事なのだろう。進む程に地下の薄暗さと温度が奇妙に下げられているのが分かる。
重い金属の扉を押し開けて中に踏み入れた瞬間、目に見えた様々な展示物のような空間に朱雀はポカーンと立ち尽くす。まるで理科の準備室みたいだと子供のように考えるが、それが何なのかよくわからないのだ。透明な瓶に浮かぶ眼球、切断されたような手足、グロテスクな展示品の数々には正直吐き気を催してしまう。
「何だよ、これ。グロ……。」
「今までの、四神の遺体だ。」
「はぁ?!」
唖然としてその空間を見渡すが、地下に広がる空間の奥はかなり大きく、しかも更に階段が下に降りているのまで見える。その中にあるのが全てが遺体?そう問いたげな視線に玄武が重い口を開く。
「遺体だけじゃない、俺達の精子やらも凍結保存されてる。」
その言葉に朱雀は、ハッキリとした吐き気を催す。流石に澪のものは阻止してるから無いようだと呟いた玄武に、青ざめた顔で朱雀は目を細めた。顔に出るから駄目だと言った筈なのに何故今ここに連れてきたのか、今ここを破壊しようものなら自分達がやったことなのは目に見えている気がする。
「武、俺はそろそろ十四年役目を勤めている。………もしかしたら明日死ぬかもしれないし、澪もお前だって何時何が有るか分からない。」
なに言ってんだよと怒鳴りたいが、それは紛れもない事実だ。四神は大概短命で二十歳前後で役目について、十年から二十年程で死んでしまう。その理由は様々だが、戦闘で死ぬこともあれば院の実験で殺される事すらある。そういう意味では玄武は大分長く役目を勤めているが、何故突然こんな話を自分にするのだろう。
「俺は少し気になっているんだ……何故平均的な間隔で四神は死ぬのか……、そして院のやつらがここに俺達の仲間の体を保存しておいた意味も気になる。」
「遺伝するって考えてる奴がいるってことだろ?」
「しない……そう教えられてきたけどな、異例があるなら遺伝の可能性はゼロじゃないよな?」
その言葉に武は目を丸くした。つまり、澪に何かあったら白虎の子供は白虎になるのではと優輝は考えている。信哉にまでこの業を背負わせるなんて、そんな訳有るかと言ってやりたいのに信哉の破格の運動能力を知っている武は完全な否定が出来ない。信哉は子供とは思えない能力があるが、それは両親が元々素晴らしい能力があったからだけなのか。
「もし、そうだとしても……。」
「問題はそこじゃない。もし遺伝性があると確認されたら、いや、されなくてもだ、確実にあいつらが保存に躍起になるのは卵子だ。」
「まさか…。」
「無いと言えるか?俺達や前の何十か四神の精子までご丁寧に保存してやがるんだぞ?」
吐き気は更に増して、不快感に体が震えるのが分かる。澪に何かあったらその遺体を弄くり回す気でいる爺がいると知って不快に思わないはずがない。
「だから、約束してくれ。もし澪を見送る事になったら、遺体は奴等には渡さない。俺かお前か、もしくは新しい仲間か、必ずここには入れさせない。」
「そんなの……当然だろ。」
約束どころの話ではない。そんなことさせてたまるかと呟いた武に、優輝は安堵したように弱く微笑んでいた。
組織の二本の大黒柱のうち一本が折れたのは、ちょうど澪が白虎になって四年目を迎えた日の事だった。その日呼び出された院は蜂の巣をつついたような騒ぎだったが、白と黒そして紅の衣をまとった四神は特に感慨に耽るでもなくそれを聞き流す。自分達に自分達の能力が何なのかを話して聞かせた者、そして特に澪にとっては白虎になる為に信哉を盾に取った者でもある。それが死んだことに何の同情が沸くというのだろう。
それに正直星読が死んだという事の方が、玄武と朱雀には大事だった。式読は組織の表立った統率を司ると同時に全ての知識を持つ者。そして星読は自分達の異能や地脈の穴、そして人外と呼ばれる異形のものを感知する特殊な能力を持ったいわばレーダーのようなものだ。
レーダーがないならその隙を掻い潜ってできる事がある。
実は武たち二人は、その話をあえてまだ澪にはしていなかった。もし、何らかの事情でばれた時に起こる結果が彼女達親子にまで及ぶのを避けるための苦肉の策ではある。
「それで?この騒ぎの中、どこに行く気だよ?」
そう帰途の途中に引き留められヒソヒソと話しかける朱雀に、玄武はいいからついてこいとだけ言うと音もなく闇に紛れる。あえて澪には言わなかったのは、彼女には知られたくないものなのだろうとは理解できた。やがて二人は院の本院ではなく少し離れた自分達が通いなれた場所に、闇に紛れるようにして忍び込む。そこは朱雀にとってもいい思いのない場所・院の研究施設の今まで足を踏み入れることのない場所だった。
「何だよ?研究所になんの…。」
「この間やっと見つけた。」
玄武は硬い顔つきで、その扉の先に進む。そこは研究所の責任者がふんぞり返っている部屋の更に奥に繋がる廊下で、普段は物陰になっていて知らないものには通路の存在すらわからない。しかも半地下の構想で建物の外部からでは、そこがあることも見えないようになっている。そんな場所を密かに玄武が探していた事自体驚きではあるが、頭のいい玄武は何かしらこんな場所が何処かに在る筈と思っていたという。
一人なら忍び込むのはもっと容易いだろうが、能力を使い活動すれば星読にバレる可能性が高い。だから、最近になってやっと病床で星読が動けなくなるのと共に調べられる範囲が広がったのだという。言えば手伝ったのにと言うと、彼はお前は顔に出るから澪にバレるといい放つ。
研究所の責任者でもあるハゲた爺も星読の逝去で院に集められていたから、今こうして朱雀を伴ったのは爺がここにいないと知っての事なのだろう。進む程に地下の薄暗さと温度が奇妙に下げられているのが分かる。
重い金属の扉を押し開けて中に踏み入れた瞬間、目に見えた様々な展示物のような空間に朱雀はポカーンと立ち尽くす。まるで理科の準備室みたいだと子供のように考えるが、それが何なのかよくわからないのだ。透明な瓶に浮かぶ眼球、切断されたような手足、グロテスクな展示品の数々には正直吐き気を催してしまう。
「何だよ、これ。グロ……。」
「今までの、四神の遺体だ。」
「はぁ?!」
唖然としてその空間を見渡すが、地下に広がる空間の奥はかなり大きく、しかも更に階段が下に降りているのまで見える。その中にあるのが全てが遺体?そう問いたげな視線に玄武が重い口を開く。
「遺体だけじゃない、俺達の精子やらも凍結保存されてる。」
その言葉に朱雀は、ハッキリとした吐き気を催す。流石に澪のものは阻止してるから無いようだと呟いた玄武に、青ざめた顔で朱雀は目を細めた。顔に出るから駄目だと言った筈なのに何故今ここに連れてきたのか、今ここを破壊しようものなら自分達がやったことなのは目に見えている気がする。
「武、俺はそろそろ十四年役目を勤めている。………もしかしたら明日死ぬかもしれないし、澪もお前だって何時何が有るか分からない。」
なに言ってんだよと怒鳴りたいが、それは紛れもない事実だ。四神は大概短命で二十歳前後で役目について、十年から二十年程で死んでしまう。その理由は様々だが、戦闘で死ぬこともあれば院の実験で殺される事すらある。そういう意味では玄武は大分長く役目を勤めているが、何故突然こんな話を自分にするのだろう。
「俺は少し気になっているんだ……何故平均的な間隔で四神は死ぬのか……、そして院のやつらがここに俺達の仲間の体を保存しておいた意味も気になる。」
「遺伝するって考えてる奴がいるってことだろ?」
「しない……そう教えられてきたけどな、異例があるなら遺伝の可能性はゼロじゃないよな?」
その言葉に武は目を丸くした。つまり、澪に何かあったら白虎の子供は白虎になるのではと優輝は考えている。信哉にまでこの業を背負わせるなんて、そんな訳有るかと言ってやりたいのに信哉の破格の運動能力を知っている武は完全な否定が出来ない。信哉は子供とは思えない能力があるが、それは両親が元々素晴らしい能力があったからだけなのか。
「もし、そうだとしても……。」
「問題はそこじゃない。もし遺伝性があると確認されたら、いや、されなくてもだ、確実にあいつらが保存に躍起になるのは卵子だ。」
「まさか…。」
「無いと言えるか?俺達や前の何十か四神の精子までご丁寧に保存してやがるんだぞ?」
吐き気は更に増して、不快感に体が震えるのが分かる。澪に何かあったらその遺体を弄くり回す気でいる爺がいると知って不快に思わないはずがない。
「だから、約束してくれ。もし澪を見送る事になったら、遺体は奴等には渡さない。俺かお前か、もしくは新しい仲間か、必ずここには入れさせない。」
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