GATEKEEPERS  四神奇譚

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外伝 思緋の色

第一幕 母と子

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初めてその女性を頭上から見下ろしたのは自分達が集まるために昔から設えられた薄暗い部屋だった。


その部屋がどういう意図で出来上がったかは、自分も仲間である青年達も知る由も無かった。昼でも何時もその室内は薄暗い。電気位つければいいんじゃないかと思う薄暗さに、試しに一度聞いてみたがにべも無く無視されて何を聴くんだと言うような顔をされた。どうもこの組織のハゲくそ爺は、こちらを獣のように思っているとしか思えない。まあ確かに何度となく繰り返される検査という名の人体実験にムカついて、何度か計器を燃やしてやったのは事実だが。

大体にして人間が人間をモルモット扱いってどうよ?

この現代社会の世の中に人体実験。
マトモな顔してぶっ倒れるほどの温度に人を投げ込んだり、人に着火材を着けて燃やすっていう神経が分からない。分からないが、それに何ともない自分も人間なのかどうか不安なところもないわけではないのだ。その気になればガラス一枚しかないのだから、腹が立ってキレたらどうなるか分かったもんじゃない。大体にして自分は何もない空間に焔を出せるのに、どうして窓ガラス一枚で遮断できると考えるのかと玄武に聞いたらやらないと分かっているからだと言う。

俺達は本能的に人間でありたいと考えるから、人間に害を与えるのを避けるんだよ、それをあいつらは知ってるんだ。

院の者も人外とやらもあいつらと呼ぶのは、どちらも自分達には害意があるからじゃないかと正直思う。青龍が人体実験の最中に大量出血で死んだのはつい半年前の事で、そこから自分達二人と院の関係は悪化の一途を辿っていた。

五行に即した実験なら兎も角、死ぬほど血を抜くって殺人っていうんじゃねぇのかよ?

そう言ったが怒りをどんなに持っても確かに院の者を含めて、焔を手足に点けることは出来なかった。だから、計器を燃やすくらいは、多目に見てもらいたい範疇だ。
それでも大概一人が死ぬと次の者が現れる。
四神というのに四人が揃うのは中々ないらしく、自分が朱雀になった時には既に空席だった白虎が現れたと聞いたのは数日前のことだった。

おかしいな……出現の気配は感じなかった……

そう玄武が言ったが、どうやら四神出現の時には独特の気配がするものらしい。そんな玄武の言葉に自分は自分以外の四神出現自体が初めてだから、こんなものなのか程度にしか考えていなかった。

しなやかな背筋の伸びた背中、艶やかな長く揺れる黒髪、上から見下ろしても暗がりの中で瞬きが分かる長い睫毛。連れてこられた白虎だと言う人間は、驚くほど綺麗な女性だった。四神には男しかならないと聞かされていたのに、思わず見とれるほどの美女。
鳥飼澪という名の白虎は、険しい気を四方に放ちながら自分達の前に姿を見せたのだ。実は彼女が室内にゆっくり入って来た時、一瞬差し込んだ白銀色の光を彼女自身が放って四方を照らしたような気がした。彼女自身が光を放つような眩い美しさを持った人だったのは事実だが、実際に四方の壁が一瞬浮かび上がって見えたのだから光を放ったのも事実だ。壁にはよく分からない紋様が、一瞬彼女を中心に駆けるように四方に走る。
両壁に微かに浮かび上がった紋様が何を示すのかは分からないが、今まで気がつかなかったこの部屋自体にも何か不思議な仕掛けか何かがあるのだろう。この話は後日玄武にもしたが、床に立ち影に潜んでいた玄武には見えなかったという。自分は大屋根の梁に逆さまになって下を見ていたから、偶々気がついたわけだが今までこうして見ていた人間が居たかどうかは分からない。
まぁ、それは余談なのかも知れない。



※※※



兎も角、武がその直後にとった軽薄な物言いと軽率な急襲という行動の結果、後々迄続くとは思わなかったが自分の立場が彼女にとっては弟分になってしまった。大体にしてあんな美人の癖に滅法強いってのはどうなんだろうか。
二階建てアパートの階段を身軽に駆け上がり目的のドアの前に辿り着くと、武は物怖じもせずにドアの横のチャイムを鳴らす。

「ちゃーす。」

チャイムを押して室内から出てきた鳥飼澪は、彼の顔を唖然とした顔でまじまじと見つめ目を丸くした。
その彼女の姿は先日初めて見た時とは、違う柔らかな淡い色合いの服を着た姿。だけど闇夜ではない陽射しの中で、目を見張るような美しさを持った人だと思う。思わぬ来訪者の姿にあからさまに戸惑いを隠せない彼女に、手土産代わりに買って来た淡い桃色のケーキの箱を押し付け武はにっと笑う。

「何で、家知ってるの?」
「だって、俺んちも直ぐ傍だぜ?」

ひょいっと横をすり抜ける武に、いやそういう意味じゃないわよと澪が呆れたように声をかける。つい先日仲間になったとはいえ、まだ彼らに自分の全てを明かしたわけでもなく、ましてや自分より五歳年下の十九歳の青年が、不意打ちで自宅に来るなどと想像もできなかったのだろう。しかし、そんな彼女の同様もそこ吹く風で彼はひょいと奥を覗き込んだ。

「よォ、がきんちょ。」

あわてて室内に戻る彼女の目の前で、人見知りがちなのか彼女によく似た面差しの息子が突然の若い来訪者に面食らっているのが見える。一瞬澪は怯えた息子が逃げ出すのではないかと危惧するが、ふっと武が人懐っこい笑みで少年の前に屈みこむ。唐突な来訪者の行動に面食らって凍りついたままの彼女の幼い息子の頭を不意に酷く優しく撫でた。唖然とした澪の前で、同じく唖然とした表情の息子信哉が彼の顔をまじまじと大きな黒目勝ちの瞳で見つめる。

「年幾つだ?」
「六歳…。」
「そっか、俺は武っつうの。お前、名前は?」

予想外に不意打ちのわりに人懐っこい笑顔につられて、思わず素直に答えている息子とその目の前で意外と子供好きな姿をうかがわせる青年に彼女は思わす苦笑を浮かべる。不思議と武には何処か憎めない雰囲気があって、まるで弟が出来たみたいだと彼女は内心思いながら台所に戻っていく。それを知ってか知らずか初対面のはずの息子と話していた青年は、やがて打ち解けたように楽しそうな笑い声を立てていた。
もともと武には年の離れた姉がいたのだが、それは過去の事。それに、従妹弟には信哉と変わらない年頃の者もいた。それも全て彼にとっては過去の話だ。武は自分の身の上を余り他人に話したことはないし、別に表だって話す気もない。それは彼自身の心に秘める事であって、他人が知ったとしてももうどうにもならない事だと思うからだ。だが、それでも穏やかに見つめる自分の前で無邪気に笑う少年の姿は、少し武自身の過去を呼び覚ますようで切ないような気分を感じる。

「武お兄ちゃん、どうかしたの?」

不思議そうな信哉の視線に気がついて、自分が微かに揺らいでいたのに気がついて武は笑顔を浮かべる。彼女によく似た面差しは将来美形に育つだろうと思わせるし、何よりまだ何も知らない子供の彼自身も守りたいとも思う。彼が何かしたわけでもないのに、運命とかいうやつのせいで鳥飼親子は嫌でも巻き込まれるしかないのだ。
男しかならないはずの四神に初めてなった女、同時にとっくに母親だった鳥飼澪。その子供に何か能力がないか調べたがる、ゲスなハゲ頭は何人もいるに違いない。澪が仲間であるからだけではなく、大概の人間はまっとうに自分の人生を生きるのに一生懸命なのだからこそ守りたいと武は考えるのだ。

「従弟がいたんだ、お前くらいの。」
「兄弟もいた?」
「ああ、十も離れた姉貴がいたよ。」
「僕とお兄ちゃんくらい年が違うの?」

そうだなと武は苦く微笑む。もう、写真と記憶の中にしか残っていない家族や従兄弟達は、そこから二度と成長することもないのだと目の前の少年を見ると切なくなる。普段は思い出さないのに素直に真っ直ぐな瞳で見上げられると、どうしても思い出さずに入られない。

「お兄ちゃん?」
「ああ、少し考え事してた。」

口をついて出た言葉の悲しげな響きに、少年は微かに首を傾げる。台所から良い匂いが微かに漂って、それがまた自分の中の思い出を揺さぶった。それ感じた瞬間小さな少年の手が正面にしゃがみ込む青年の頭をオズオズとなでる。

「ん?」
「お母さんがね、痛いときにはこうしてくれるんだよ?」

少年がまだ少ない語彙で必死に説明しようとしている姿を、彼は不思議な気持ちで見つめる。痛みなんて訴えていないのに、子供のすることは時に不可解なものなのはよく分かっていた。合理性なんてないのが、子供の世界なのだと

「武お兄ちゃん、どこか痛いんでしょ?とっても痛いって、いってるよ?」

少年の言葉が意味することに気がついた瞬間、少し世界が揺らぐのを感じた。思わず揺らぐ世界から目を背けるかのように青年はしゃがみ込んだ姿勢のまま、膝の間に顔を伏せる。自分が感じた守りたいという感覚の一端はここにあるのかもしれない。幼い従兄弟とほぼ同じくらいのこの少年を見ているとそんな気がして、不意に何時もの仮面が剥がれ落ちる気がして怖かった。そんな武の何人もの身内の命の代わりに授かってしまった焔の熱が、胸の中で焼けつくように悲しみで揺れている。知らないままに武の琴線に触れる言葉を言ってしまった少年は不思議そうに、初めて会ったというのに心配げな表情を浮かべながら一生懸命に自分の頭を撫でてくれる。

子供の心は時として酷く確信を見抜くんだよな……

そう思いながら一瞬涙が滲みそうになるのを感じて、思わず彼は考えを振り払う。大人にならなくちゃと心の何処かで自分が言うのを聞きながら、青年はお返しとばかりにもう一度酷く優しいしぐさで目の前の少年の頭をクシャクシャと撫で回す。声をたてて笑う信哉の笑顔に、元の人懐っこい笑顔に戻った武がその小さい体を抱きかかえる。母子ではこんな風に遊ばれる事が少ないのだろう、信哉は驚きながらも歓声をあげて笑い出す。
そんな楽しげな二人の姿を三人分の料理を載せたお盆を手にした澪が不思議そうに眺めていた。

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