105 / 206
第二部
終幕 都市下
しおりを挟む
時間が過ぎていくと同時にその都市で起こった高校への爆破物を仕掛けた犯人探しは何時の間にか掻き消していった。それを疑問に思う隙も与えない様に、世間には芸能人のゴシップやら政財界の汚職やらと様々な情報が飛び交い、あまつさえ世界的な感染症なんていう大きな規模のニュースが巷を包み結局そのニュースは数日だけの一騒ぎを残して収束していく。それを疑問に思うものがいたとしても、その殆どは闇の中に忙殺されてしまうのだろう。
そうして、多くの人々は結局何も変わらない、今までと同じ日々に帰ろうとしているのだ。
その合間、それは鳥飼信哉にもたらされた。
鳥飼信哉宛ててはないが、湾曲な表現ではあっても意図はハッキリした汲み取れる手紙。それを手渡したいと連絡が来たのに、信哉は少なからず戸惑う。木崎蒼子からの手紙を受け取り、その処遇が中に書いてあったと連絡をしてきたのは宇野の恋人である宮井麻希子からだった。唯一竜胆貴理子と何も忌憚なく会話を交わせた彼女宛に、日付指定で手紙が届いたのは事件から僅か六日後の事だ。その連絡を受けて信哉は戸惑いながらも悌順を呼び出した。勿論当の宮井麻希子も二人で迎えたことに、戸惑いを浮かばせたが一通の手紙を差し出す。
《前略、宮井麻希子様》
その書き出しで始まる手紙は、ある人の追憶についてしたためられていた。その手紙を書いた時、恐らく彼女は木崎蒼子として意思を持っていたのだと思う。
《沢山貴女と話したけれど、恐らくこの手紙が届く頃には私はこの世にいないと思います。もしいたとしても、きっと極悪非道な女になっていて、竜胆貴理子とは何者かって騒ぎになっているかもね。》
その考えは概ね的を獲ている。高校を襲撃したテロリストと断定されてしまったが、彼女の身元は不確かで調べることも出来ない。
《まず謝らせてください、私幾つか本当では無いことを貴女に話してたの、本当にごめんなさい。でも、嘘を話したつもりではなくて、おかしいと思うでしょうけど私が貴女に話した事は、真実だと私もずっと思い込んでいたのよ。それに本当の事も沢山混じっているの、8年前の恋人が船員だったのも船舶航行プログラミングをしたのも、私なのは本当の事。》
本当の事と、本当でないのに木崎蒼子自身が真実だと信じこんでいたこと。窮奇が妖力で操り都合のいいように組み替えてしまった彼女の中の記憶は、木崎蒼子自身を蝕み続けていた。
《ただ私の両親が死んだのは船舶事故じゃなかった、もっと前。二十三年も前の事で交通事故だったし、私もその車に同乗していたの。何故私が助かったかは説明できないけど、その事故の後戸籍謄本を調べたのは本当なの。》
五代武が朱雀になった時、既に木崎蒼子も家族ごと事故死する運命にあったのだと言うことは分かった。そこに偶然なのか必然なのか、窮奇が木崎蒼子を取り込んでしまったのだ。
《私は双子の片割れで、その下にもう一人弟がいたことを知ったわ。しかも、私の交通事故とほぼ同時期に本当の両親も双子の片割れも、有名なホテルの火災に巻き込まれていたことを知ったの。双子の姉、彼女の結婚式のために親戚も皆ホテルにいて、その火災の唯一の生存者が私の弟なの。私は最初はずっと弟を探していた筈なの、いつの間にか探すものが刷りかわっていたことにも気がつかなかった。》
木崎蒼子は五代武に会うことを望んで、そのために生き残ることを選んだ。それを窮奇は利用して、結果として五代武と出会ったのかどうなのかも分からない。
《いいように利用されていたのにも、貴女に改めて何が知りたいのと問いかけられる迄自分で気がつけなかったのよ。おかしいと思うだろうけど、それが真実なの。それにね、私はパソコンを習ったこともなければ、文章を書く能力もなかったわ。私ね、本当は保育士になるところだったのよ、それが何でこんな事になったか今は自分でも信じられない。》
自分で望んでいない姿に変わって、それでも弟に会うことを願った彼女は、一時我に返って自分がどんな立場にいるのかに気がついたに違いない。
《多分私はこの後使い捨てられる事になる。そうしたら誰も私の事を覚えていないと思ったら、貴女の事を思い出したわ。小動物みたいに怯えてるかと思えば、素直で真っ直ぐ問いかける貴女が羨ましかった。》
自分達のように不信感や敵意ではなく、素直に彼女が何を求めていて何を願っているのかを問いかけた宮井麻希子に揺り動かされた木崎蒼子。それは自分の本当の姿を誰も知らないこの世界では、唯一の光に見えたことだろう。
《この手紙を警察に渡してくれてもいいんだけど、木崎蒼子は二十三年前の交通事故で死んだことになっているの。だからきっとただの悪戯だと思われると思うわ。多分貴女優しいから、どうしようって困るわよね?犯人が別にいるのにとか、でも犯人の方はね、ちゃんと相手をする人がいるから貴女が気にしなくていいの。私はちょっとだけ意地悪で貴女の反応が楽しみたくて手紙を送りたくなっただけ。》
どうしてだろう、一緒に育ったこともないのにその口調はどうしても五代武によくにている。普段は呑気そうで陽気で人をくったような口調でよく笑っていた五代武の姿が浮かぶ。
《貴女きっと手紙の処分に困ると思うから、この手紙は鳥飼信哉に渡してくれるかしら。五代武の姉からの手紙と言えば、彼は素直に受けとるわ。》
窮奇が逃げるために放った言葉が、実際には二人の胸に棘となって突き刺さったままだった。五代武を贄のように殺したというのは、それを願ったわけではないが確かに事実なのだ。それを知っているのなら、彼女にどんな罵倒の言葉をかけられても仕方がない。そう考えているが、もし罵倒の言葉が呪詛のように続かれているなら、木崎蒼子はその手紙を出さなかっただろうとも思う。
《ついでに彼らにもお礼を言わないとならないの、弟の最後を看取ってくれてありがとうって。それじゃ長々とごめんなさい。貴女と話せて楽しかったわ。早々 竜胆貴理子》
彼女がおかれた二十三年の時を思うと胸が痛んだ。闇にとらわれて唯一の血縁者の弟に会うことだけを願った彼女は、二十三年も孤独に過ごしていたのに最後には既に五代武が死んでいたことすらも知っている自分に気がつかされたのだろう。そして、五代武を看取ったのが自分達二人と言うことも、知っていたに違いない。それなのにそれに恨み言すらいいもせずに、ついでにとアッサリとありがとうの一言で済ませてしまう。
武兄……木崎さんと会えたのか?……あんた達ほんと姉弟だよ、そんなとこまで似なくてもいいのに。
小学生の頃から傍にいた五代武は、自分にとっては兄と同じだった。兄と慕って彼が何を想っているかも知っていて、傍にずっと居続けたのだ。それを失った痛みも強かった、だけど彼もアッサリと仕方がねぇなぁと笑って逝ってしまった。幾つもの思い出の中には、母やもう一人の青年と共にいた五代の姿があるのを木崎にも伝えたかったと切に思う。そう思うと不覚にも涙が溢れ落ち、手で顔を覆うしか出来ない。
「信哉…。」
心配そうに横で声をかける悌順に信哉は涙を拭いながら、手紙を差し出した。
「ああ、悪い…武兄の姉さんから、看取ってくれてありがとうと、お前にもだ。」
「そうか…」
手渡された手紙を無言で読み進める悌順の瞳も揺らぐのがわかる。仕方がない、あとを頼むと仄かに微笑んだように告げた五代武の顔が、もう一度脳裏に浮かんだのを感じていた。
※※※
夜の月のない空に煙るようにその身の回りに青白い光を纏って、青年は静かに高圧電線の鉄塔の頭頂部にいるとは思えない仕草でその青い異装の裾をはためかせながら、遠くを見透かすかのように眼を細めた。
あれから数日の後、彼らに麒麟・聳孤の出現を引き起こした結果、星読が対価として視力を失ったと連絡がもたらされた。どういう意味かと問いたが、言葉そのままの意味で星読友村礼慈は視力を失ったのだと言う。体にはそれ以外大きな障害はなく、院に訪れた白虎達の気配も感知できたので今のところ星読としての立場は代わりなくこなせそうだ。それにしてもあの戦闘の直ぐ傍でそんな事態が起きていた事に、四神も大きな動揺を感じている。
自分達は妖気に曝されて体調を崩すことはあっても、強い妖気に当てられた人間が昏倒し意識不明に陥ったと言うのにも衝撃を覚えた。同時に正反対の麒麟の放つ気でも昏倒した人間が出たと言うのも、彼らの中に僅かに動揺を与える。
麒麟の存在が全てにおいて万能ではないという事も確かになった。何よりも当の麒麟を宿した青年の記憶も再び全く消え去ってしまい、麒麟の名乗った聳孤に関する真相は再び闇の中に消え去ってしまう。
そして、目の前で灰に変わった竜胆霧子という名前を使った木崎蒼子という女性の残した痛みと、その姿を模して闇の奥底に消え去り音沙汰のない人外・窮奇の存在。
全ては手の届きそうで届かない闇の中に漂っている。
力のための対価…そして、人に与えられた恩恵…。
そんなもの欲していないのに無理やり奪われ与えられる自分達の存在は、まるで人柱のようだと彼は心の中で思いながら口にはしていない。恐らく彼の仲間も薄々同じことを感じているのではないかと分かっているから口にするまででもないとすら考えている。
風を切るその身の変化を如実に感じながら、蒼水晶の瞳は風の流れを見定めるかのように視線を上げ、視力を失った星読に対比するように自分が密かに得た見る力を分けられたらいいのにと微かな溜め息をつく。例え今まで見えるものが人以上であったとしても、今までの世界が闇に閉ざされるとしたらどれだけ恐ろしいだろう。そう思うと胸が痛んだ。
力を封じる者。知らぬ者・迷う者…憎む者。だけど力を望まずに与えられて運命まで…。
青龍は微かに唇を噛んで目を伏せる。
僕らは玩具じゃない。僕等にだって選ぶ権利はあるはずだ。なら僕は…。
それは青龍ですら出来るかどうかは判らない、賭けのような願いだった。
月のない星だけの空を見上げながら青龍は微かに息をついて、前に己の中に深く封じ込めていた全ての力を解放した。衝動的な力の溢れる感覚を感じながら彼は静かにその全てを自分の中で掌握しようと眼を閉じる。そうして次第に全てが同化して自分の体内でひとつにより合わさっていくのを感じながら静かに息をついて、その四肢から澄みわたるような風を放った。そうして全てを過去にあった姿に戻しながら彼は自分の中にある青龍の核のような心に向かってその願いを囁く。
僕が最後になる…出来るかどうかは判らないけど……でも……。
暫しの間の後、彼は深みを増した蒼水晶の瞳を開いて、微かに苦悩に満ちた表情を上げた。けして望んだわけではないが、だからといって自分以外の誰かを更に犠牲にすることも出来ない。そう青龍の表情は静かに悟って、それは何処か自分達より長い月日を重ねた仲間にも通じるもののような気がした。
フワリとその体はまるで風に乗るように宙に浮かび、音もなく滑るように空を切って他の三つの光が集まろうとしている場所に向かって矢のように宙を駆ける。その姿はまるで蒼い彗星の様に微かに煌く尾のような光をひいて、夜空を真っ直ぐに切り裂いていた。そこには大きく地表に口を開いた、地の底に向かうような闇の淵が存在している。それを院の者達は穴と呼ぶが、以前からゲートと彼等は呼んでいた。
ゲート……門……
無意識に穴ではなくそう呼んでいるのには何か理由があるのではないかと、青龍は思う。当然のようにそう呼び、それに違和感も感じないのは、あれが門で元々窮奇や饕餮がしたように、異界と繋げられるのを自分達は知っていたような気がする。
彼ら四神の未だ行く先で、未来で、闇は深く、音もなくぽっかりと深淵の口を開けて彼等がやって来るのを待っている。
そして今夜も星空の下の何処か闇の下で、人知れず異能を持つ者が闇を切り裂く彗星の様に光の尾を引いて飛び回る。
彼等は人知れず大地に流れる『地脈』に開かれた『穴』を閉じ続け、地脈を守り続けていく。そして、それはけして人間に知られることのない、闇の中での出来事なのだ。
それは史実には残らない歴史の陰の出来事、そうして今もまだ続く長い物語の一部。僅かながらそれを知る者は、彼等を異能の門番『ゲートキーパー』と呼ぶ……。
To be continued.
そうして、多くの人々は結局何も変わらない、今までと同じ日々に帰ろうとしているのだ。
その合間、それは鳥飼信哉にもたらされた。
鳥飼信哉宛ててはないが、湾曲な表現ではあっても意図はハッキリした汲み取れる手紙。それを手渡したいと連絡が来たのに、信哉は少なからず戸惑う。木崎蒼子からの手紙を受け取り、その処遇が中に書いてあったと連絡をしてきたのは宇野の恋人である宮井麻希子からだった。唯一竜胆貴理子と何も忌憚なく会話を交わせた彼女宛に、日付指定で手紙が届いたのは事件から僅か六日後の事だ。その連絡を受けて信哉は戸惑いながらも悌順を呼び出した。勿論当の宮井麻希子も二人で迎えたことに、戸惑いを浮かばせたが一通の手紙を差し出す。
《前略、宮井麻希子様》
その書き出しで始まる手紙は、ある人の追憶についてしたためられていた。その手紙を書いた時、恐らく彼女は木崎蒼子として意思を持っていたのだと思う。
《沢山貴女と話したけれど、恐らくこの手紙が届く頃には私はこの世にいないと思います。もしいたとしても、きっと極悪非道な女になっていて、竜胆貴理子とは何者かって騒ぎになっているかもね。》
その考えは概ね的を獲ている。高校を襲撃したテロリストと断定されてしまったが、彼女の身元は不確かで調べることも出来ない。
《まず謝らせてください、私幾つか本当では無いことを貴女に話してたの、本当にごめんなさい。でも、嘘を話したつもりではなくて、おかしいと思うでしょうけど私が貴女に話した事は、真実だと私もずっと思い込んでいたのよ。それに本当の事も沢山混じっているの、8年前の恋人が船員だったのも船舶航行プログラミングをしたのも、私なのは本当の事。》
本当の事と、本当でないのに木崎蒼子自身が真実だと信じこんでいたこと。窮奇が妖力で操り都合のいいように組み替えてしまった彼女の中の記憶は、木崎蒼子自身を蝕み続けていた。
《ただ私の両親が死んだのは船舶事故じゃなかった、もっと前。二十三年も前の事で交通事故だったし、私もその車に同乗していたの。何故私が助かったかは説明できないけど、その事故の後戸籍謄本を調べたのは本当なの。》
五代武が朱雀になった時、既に木崎蒼子も家族ごと事故死する運命にあったのだと言うことは分かった。そこに偶然なのか必然なのか、窮奇が木崎蒼子を取り込んでしまったのだ。
《私は双子の片割れで、その下にもう一人弟がいたことを知ったわ。しかも、私の交通事故とほぼ同時期に本当の両親も双子の片割れも、有名なホテルの火災に巻き込まれていたことを知ったの。双子の姉、彼女の結婚式のために親戚も皆ホテルにいて、その火災の唯一の生存者が私の弟なの。私は最初はずっと弟を探していた筈なの、いつの間にか探すものが刷りかわっていたことにも気がつかなかった。》
木崎蒼子は五代武に会うことを望んで、そのために生き残ることを選んだ。それを窮奇は利用して、結果として五代武と出会ったのかどうなのかも分からない。
《いいように利用されていたのにも、貴女に改めて何が知りたいのと問いかけられる迄自分で気がつけなかったのよ。おかしいと思うだろうけど、それが真実なの。それにね、私はパソコンを習ったこともなければ、文章を書く能力もなかったわ。私ね、本当は保育士になるところだったのよ、それが何でこんな事になったか今は自分でも信じられない。》
自分で望んでいない姿に変わって、それでも弟に会うことを願った彼女は、一時我に返って自分がどんな立場にいるのかに気がついたに違いない。
《多分私はこの後使い捨てられる事になる。そうしたら誰も私の事を覚えていないと思ったら、貴女の事を思い出したわ。小動物みたいに怯えてるかと思えば、素直で真っ直ぐ問いかける貴女が羨ましかった。》
自分達のように不信感や敵意ではなく、素直に彼女が何を求めていて何を願っているのかを問いかけた宮井麻希子に揺り動かされた木崎蒼子。それは自分の本当の姿を誰も知らないこの世界では、唯一の光に見えたことだろう。
《この手紙を警察に渡してくれてもいいんだけど、木崎蒼子は二十三年前の交通事故で死んだことになっているの。だからきっとただの悪戯だと思われると思うわ。多分貴女優しいから、どうしようって困るわよね?犯人が別にいるのにとか、でも犯人の方はね、ちゃんと相手をする人がいるから貴女が気にしなくていいの。私はちょっとだけ意地悪で貴女の反応が楽しみたくて手紙を送りたくなっただけ。》
どうしてだろう、一緒に育ったこともないのにその口調はどうしても五代武によくにている。普段は呑気そうで陽気で人をくったような口調でよく笑っていた五代武の姿が浮かぶ。
《貴女きっと手紙の処分に困ると思うから、この手紙は鳥飼信哉に渡してくれるかしら。五代武の姉からの手紙と言えば、彼は素直に受けとるわ。》
窮奇が逃げるために放った言葉が、実際には二人の胸に棘となって突き刺さったままだった。五代武を贄のように殺したというのは、それを願ったわけではないが確かに事実なのだ。それを知っているのなら、彼女にどんな罵倒の言葉をかけられても仕方がない。そう考えているが、もし罵倒の言葉が呪詛のように続かれているなら、木崎蒼子はその手紙を出さなかっただろうとも思う。
《ついでに彼らにもお礼を言わないとならないの、弟の最後を看取ってくれてありがとうって。それじゃ長々とごめんなさい。貴女と話せて楽しかったわ。早々 竜胆貴理子》
彼女がおかれた二十三年の時を思うと胸が痛んだ。闇にとらわれて唯一の血縁者の弟に会うことだけを願った彼女は、二十三年も孤独に過ごしていたのに最後には既に五代武が死んでいたことすらも知っている自分に気がつかされたのだろう。そして、五代武を看取ったのが自分達二人と言うことも、知っていたに違いない。それなのにそれに恨み言すらいいもせずに、ついでにとアッサリとありがとうの一言で済ませてしまう。
武兄……木崎さんと会えたのか?……あんた達ほんと姉弟だよ、そんなとこまで似なくてもいいのに。
小学生の頃から傍にいた五代武は、自分にとっては兄と同じだった。兄と慕って彼が何を想っているかも知っていて、傍にずっと居続けたのだ。それを失った痛みも強かった、だけど彼もアッサリと仕方がねぇなぁと笑って逝ってしまった。幾つもの思い出の中には、母やもう一人の青年と共にいた五代の姿があるのを木崎にも伝えたかったと切に思う。そう思うと不覚にも涙が溢れ落ち、手で顔を覆うしか出来ない。
「信哉…。」
心配そうに横で声をかける悌順に信哉は涙を拭いながら、手紙を差し出した。
「ああ、悪い…武兄の姉さんから、看取ってくれてありがとうと、お前にもだ。」
「そうか…」
手渡された手紙を無言で読み進める悌順の瞳も揺らぐのがわかる。仕方がない、あとを頼むと仄かに微笑んだように告げた五代武の顔が、もう一度脳裏に浮かんだのを感じていた。
※※※
夜の月のない空に煙るようにその身の回りに青白い光を纏って、青年は静かに高圧電線の鉄塔の頭頂部にいるとは思えない仕草でその青い異装の裾をはためかせながら、遠くを見透かすかのように眼を細めた。
あれから数日の後、彼らに麒麟・聳孤の出現を引き起こした結果、星読が対価として視力を失ったと連絡がもたらされた。どういう意味かと問いたが、言葉そのままの意味で星読友村礼慈は視力を失ったのだと言う。体にはそれ以外大きな障害はなく、院に訪れた白虎達の気配も感知できたので今のところ星読としての立場は代わりなくこなせそうだ。それにしてもあの戦闘の直ぐ傍でそんな事態が起きていた事に、四神も大きな動揺を感じている。
自分達は妖気に曝されて体調を崩すことはあっても、強い妖気に当てられた人間が昏倒し意識不明に陥ったと言うのにも衝撃を覚えた。同時に正反対の麒麟の放つ気でも昏倒した人間が出たと言うのも、彼らの中に僅かに動揺を与える。
麒麟の存在が全てにおいて万能ではないという事も確かになった。何よりも当の麒麟を宿した青年の記憶も再び全く消え去ってしまい、麒麟の名乗った聳孤に関する真相は再び闇の中に消え去ってしまう。
そして、目の前で灰に変わった竜胆霧子という名前を使った木崎蒼子という女性の残した痛みと、その姿を模して闇の奥底に消え去り音沙汰のない人外・窮奇の存在。
全ては手の届きそうで届かない闇の中に漂っている。
力のための対価…そして、人に与えられた恩恵…。
そんなもの欲していないのに無理やり奪われ与えられる自分達の存在は、まるで人柱のようだと彼は心の中で思いながら口にはしていない。恐らく彼の仲間も薄々同じことを感じているのではないかと分かっているから口にするまででもないとすら考えている。
風を切るその身の変化を如実に感じながら、蒼水晶の瞳は風の流れを見定めるかのように視線を上げ、視力を失った星読に対比するように自分が密かに得た見る力を分けられたらいいのにと微かな溜め息をつく。例え今まで見えるものが人以上であったとしても、今までの世界が闇に閉ざされるとしたらどれだけ恐ろしいだろう。そう思うと胸が痛んだ。
力を封じる者。知らぬ者・迷う者…憎む者。だけど力を望まずに与えられて運命まで…。
青龍は微かに唇を噛んで目を伏せる。
僕らは玩具じゃない。僕等にだって選ぶ権利はあるはずだ。なら僕は…。
それは青龍ですら出来るかどうかは判らない、賭けのような願いだった。
月のない星だけの空を見上げながら青龍は微かに息をついて、前に己の中に深く封じ込めていた全ての力を解放した。衝動的な力の溢れる感覚を感じながら彼は静かにその全てを自分の中で掌握しようと眼を閉じる。そうして次第に全てが同化して自分の体内でひとつにより合わさっていくのを感じながら静かに息をついて、その四肢から澄みわたるような風を放った。そうして全てを過去にあった姿に戻しながら彼は自分の中にある青龍の核のような心に向かってその願いを囁く。
僕が最後になる…出来るかどうかは判らないけど……でも……。
暫しの間の後、彼は深みを増した蒼水晶の瞳を開いて、微かに苦悩に満ちた表情を上げた。けして望んだわけではないが、だからといって自分以外の誰かを更に犠牲にすることも出来ない。そう青龍の表情は静かに悟って、それは何処か自分達より長い月日を重ねた仲間にも通じるもののような気がした。
フワリとその体はまるで風に乗るように宙に浮かび、音もなく滑るように空を切って他の三つの光が集まろうとしている場所に向かって矢のように宙を駆ける。その姿はまるで蒼い彗星の様に微かに煌く尾のような光をひいて、夜空を真っ直ぐに切り裂いていた。そこには大きく地表に口を開いた、地の底に向かうような闇の淵が存在している。それを院の者達は穴と呼ぶが、以前からゲートと彼等は呼んでいた。
ゲート……門……
無意識に穴ではなくそう呼んでいるのには何か理由があるのではないかと、青龍は思う。当然のようにそう呼び、それに違和感も感じないのは、あれが門で元々窮奇や饕餮がしたように、異界と繋げられるのを自分達は知っていたような気がする。
彼ら四神の未だ行く先で、未来で、闇は深く、音もなくぽっかりと深淵の口を開けて彼等がやって来るのを待っている。
そして今夜も星空の下の何処か闇の下で、人知れず異能を持つ者が闇を切り裂く彗星の様に光の尾を引いて飛び回る。
彼等は人知れず大地に流れる『地脈』に開かれた『穴』を閉じ続け、地脈を守り続けていく。そして、それはけして人間に知られることのない、闇の中での出来事なのだ。
それは史実には残らない歴史の陰の出来事、そうして今もまだ続く長い物語の一部。僅かながらそれを知る者は、彼等を異能の門番『ゲートキーパー』と呼ぶ……。
To be continued.
0
お気に入りに追加
17
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/horror.png?id=d742d2f035dd0b8efefe)
未明の駅
ゆずさくら
ホラー
Webサイトに記事をアップしている俺は、趣味の小説ばかり書いて仕事が進んでいなかった。サイト主催者から炊きつけられ、ネットで見つけたネタを記事する為、夜中の地下鉄の取材を始めるのだが、そこで思わぬトラブルが発生して、地下の闇を彷徨うことになってしまう。俺は闇の中、先に見えてきた謎のホームへと向かうのだが……
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/essay.png?id=5ada788558fa89228aea)
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/horror.png?id=d742d2f035dd0b8efefe)
僕が見た怪物たち1997-2018
サトウ・レン
ホラー
初めて先生と会ったのは、1997年の秋頃のことで、僕は田舎の寂れた村に住む少年だった。
怪物を探す先生と、行動を共にしてきた僕が見てきた世界はどこまでも――。
※作品内の一部エピソードは元々「死を招く写真の話」「或るホラー作家の死」「二流には分からない」として他のサイトに載せていたものを、大幅にリライトしたものになります。
〈参考〉
「廃屋等の取り壊しに係る積極的な行政の関与」
https://www.soumu.go.jp/jitidai/image/pdf/2-160-16hann.pdf
不労の家
千年砂漠
ホラー
高校を卒業したばかりの隆志は母を急な病で亡くした数日後、訳も分からず母に連れられて夜逃げして以来八年間全く会わなかった父も亡くし、父の実家の世久家を継ぐことになった。
世久家はかなりの資産家で、古くから続く名家だったが、当主には絶対守らなければならない奇妙なしきたりがあった。
それは「一生働かないこと」。
世久の家には富をもたらす神が住んでおり、その神との約束で代々の世久家の当主は働かずに暮らしていた。
初めは戸惑っていた隆志も裕福に暮らせる楽しさを覚え、昔一年だけこの土地に住んでいたときの同級生と遊び回っていたが、やがて恐ろしい出来事が隆志の周りで起こり始める。
経済的に豊かであっても、心まで満たされるとは限らない。
望んでもいないのに生まれたときから背負わされた宿命に、流されるか。抗うか。
彼の最後の選択を見て欲しい。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる