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第二部
第八幕 都立第三高校 第一体育館
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すり抜ける様に金気の斬撃の合間を抜ける窮奇の動きの先を読む様に木気を鋭く放ちながら、青龍の視線はその場に流れる気の全てをとらえ息をつく間の無い鋭さでその鱗を激しく震わせる。ジグザグに飛び退く窮奇は足を着く先々を風に狭められ、忌々しげに口を歪ませた。
呼気を詰めるように鋭い息を吹くような音をさせて、その風の合間に身を隠しながら唐突な鋭さで反転した白虎の体が窮奇との間合いを一瞬で詰める。その動きは獲物を狩る虎そのもののしなやかさで、自分と対になる様な黒い闇を感じさせる窮奇の体を白虎の爪が捕らえていた。
《?!!》
一瞬の動きに驚きに歪む半円の口の先で白銀の弧線が前足に深々と切り込み、遅れて切り口からドパッという激しい勢いで黒い血液が迸った。
今や清廉な風を感じさせる空気の中で、窮奇は漏れ落ちる妖気を含むその黒い血を見据えた。やがて窮奇は歪んだ視線で虚空に舞う青龍ではない蒼いもう一つの光を、地の底から恨めしく人じみた視線で見上げる。その視線の先に居る者は酷く冷静な感情の無い瞳で、蒼い輝きと共に天上の調べを放ちながら静かに見下ろしている。
《くそ……、ここまでか……》
不意に窮奇の体から迸る黒い血液が、まるで意志を持ったかのように霧状に変化して撒き上がった。かと思うとそれは黒い靄に変化して、一時にその場にいる者全ての視界を包み込んだ。
『?!くそっ!!』
『駄目だ!逃げるっ!』
咆哮と共に放たれた木気の風の鋭さに切り裂かれた黒い霧の先は、まるでその存在自体が霧散したかの様にその場から掻き消していた。一瞬の間も置かず目を見張る白虎の視線が鋭く周囲を見回し、弾かれた様に地を蹴り素早く身を翻す。それに視界を走らせたの青龍は、虚空を見上げ声を張る。
『玄武!白虎の方を!朱雀は僕が!!』
既にほぼ閉じたゲートの前から身を翻した玄武の姿を横目に、一直線に龍の体が虚空に舞い上がった。その蒼く煌めく鱗は、夜の澄んだ風の中でシャラシャラと擦れて澄んだ音を立てる。青龍の視界にはまるで操られた様に虚空に舞う緋色の双翼と、もう一つの澄んだ気の入り乱れる者の存在があった。
『朱雀!!麒麟!やめろ!!』
その声音にひかれる様に揺らめく天上の調べは音階を涼やかに刻み上げて、全てを見透かすような視線で青龍の体を貫く様に見据えたかと思うと口を閉じた。調べが途絶えると同時に我に返ったように双翼をはばたかせた朱雀が、困惑しながら辺りを見回し息をつく。
『…せ…青龍?』
何が起こったのか戸惑う紅玉の瞳を見やりながら、青龍は再び虚空に浮かぶその青年の姿を見やった。
緩やかに穏やかにその体から四散される光の帯は、確かに一度目にした事があった。天上の音色を声に持つそれは、鋭く精悍な狼の様な面差しを持ちながら鋭い一本角を天へと突き上げ、背中には五彩に彩られたたて髪を中になびかせている。その前身は龍の鱗にも似ているが、金色に煌めく鱗に包まれた不思議な獣の姿を浮かべ、時折金鱗を鮮やかな蒼水晶の瞳と同じ蒼玉に煌めかせた。神獣に変容する自分達と違うのは、これほどハッキリと顕現して見えるのにその奥に核のように青年の姿が見えること。麒麟の陽炎が音階を放てば、核の青年も同じように口を開いている。もしかしたら神獣に変容している時の自分達も、内部はこんな風になっているのかもしれない。
『あなたは…何者なんですか?………麒麟。』
空を舞う巨大な龍の姿に不意に陽炎のように揺らめくその光を放つ者は、感情もなく瞳を細めながら微かに探る様に見つめる。その混在して渦を巻く気の流れに目を凝らしながら青龍は、自分が息を呑むのを感じた。そして不意に虚空の雲すらも払う様な風をその体を微かに揺らす。
『………助けた……と思うがな?四神。』
静かに今までに聞いた事無い声音に、再び意識を引き寄せられそうになる朱雀が戸惑いながらその身を離す。それを見やりながら、青龍は息を呑んだ。そのハッキリとした声音は、以前聞いた覚束無いのものとは全く異なった深みを持っている。ふっと緩めた視線でその者は静かに、その体からまるで二人に向かって力を示すかの様に気を放った。
『せ……青龍?!』
戸惑う仲間の声の意味が手に取るように分かる。
そこにある者は大きく膨れ上がる土気の塊の中に確実にその場にいる自分達を同じ後二つの気を身に纏い、それがまるで帯のように揺らめき風を生みだし熱を生む。
息を呑んで引き寄せられ体の奥底をざわつかせる気配に、青龍は無理やり神獣の変容を解いた。その行為にわずかに眉を動かした麒麟は、初めて穏やかに微笑む。
「あなたは………炎駒ではない。何者ですか?炎駒はどうなったのです?」
『私は私だ、青龍。記憶はたとえ痛みであっても人に与えられた恩恵、そう言ったな。』
朱雀の意思を再びひきよせるその姿に自分も呑み込まれることを恐れながら、青龍はその言葉に戸惑いを覚えキツく唇を噛んで引き寄せられる衝動を抑え込む。その姿を穏やかにその者はジッと見つめて、月明かりの中で鮮やかにその蒼さを増した。
「だけど…あなたは炎駒ではない。」
『……名が大事か?青龍。………では、私を呼ぶなら聳孤(しょうこ)と呼べばいい。』
己を聳孤と名乗った穏やかに微笑む声音を放つその者を、青龍は戸惑いを覚えながら闇を見透かすかそうとでもするかのように見つめていた。
聳孤は土気の先を地表に伸ばしたかと思うと、まるで布を織り込んでいく様に地表に綻びを生んだその『ゲート』の跡をより合わせ塞いでいく。細かな糸と糸を組み合わせ布地のように塞がっていく地表と、地脈自体がまるで押しやられるように遠ざかっていくのが感じられる。容易くそれをしてのける土気の強さに息をのみながら自分達も同じことをしているが、これほどの綿密で緻密な操作は難しいと気がつく。
それを見下ろした視覚でも感じ取り、同時に少し離れた空中に浮かびながら再びその気に引き付けられている紅玉の炎に不安を抱く。青龍はもう一度麒麟の中に潜む見慣れた筈の青年の姿を見つめる。
その存在を探ろうとしても、これだけ巨大な気を放っているその者の気は、自分の指先をすり抜けて全く掴むことが出来ないでいた。しかも、相手は青龍が探ろうとしているのを知っていて、わざとすり抜けて見せているような気すらする。
「何が…目的なんですか?……あなたは。」
敵では無い筈のその者に対峙して畏怖に近い思いを抱きながら、微かに宙を舞う自分の体が震えているのを感じる。それを押さえるように青龍は腕を抱く。穏やかな視線でその様子を眺める瞳は、ふっと眼を細め虚空に漂う月を眺めた。
『目的…か……、私にも…それは………。』
不意に月を見つめたその声音が頼りなく月明かりに舞い上がり溶けていくのに気がついた瞬間、その気の呪縛から解き放たれた朱雀が身震いするのを感じる。それとほとんど同時にまるで眠る様に目の前の青年が瞳を閉じるのを目にして、その体は空中で均衡を崩した。
「仁君!!!」
咄嗟に叫びながらその手を掴み抱きあげ青龍は腕の中に抱きとめた青年の顔を覗きこむ。思わぬ状況に意表を疲れて戸惑う青龍と、呪縛から解き放たれて戸惑いに満ちた瞳で変化を解いた朱雀が同じように飛んできて腕の中を覗き込む。二人は青龍が抱きかかえた青年の顔を覗きこみ、思わず顔を見合わせていた。
何故なら青龍の腕の中の青年は、まるで何事もなかったかのように穏やかな寝息を立てているのだ。そして、ハッと気がついた様に二人は、それぞれに人外を追った仲間の様子を地表に視線を向けて探った。
※※※
屋根の上を音もなくを行ったり来たりしながら闇へとのがれようとする窮奇の先を白虎は追い続けていた。既に市街地を外れ丘陵にはいりつつあるのは、白虎が街側に向かおうとすると闇に飛び込む前に進行方向を塞ぐためだ。闇に飛び込もうとするとあざとく先を塞がれるのが、心底忌々しい。浅い闇に上手く飛び込んでも瞬間的に金気の輝きに弾き飛ばされ、妖気が弱い身を隠しきることができないのだ。そして、窮奇好みの漆黒の闇は、街中にこそ多い。
丘陵前の最後の大きな闇に向かおうと足掻く窮奇の意図に先に気がつき、白虎は再びそこを塞ぐように一気にその体を追い抜き立ち塞がると牙を向く。
先程の攻撃で前足の片方を失って逃げる速度を落としている窮奇はその体から滲み落ちる妖気を風に変えながら、忌々しげにその白銀の姿を睨みつける。数秒の差で背後に追いついた玄武の気配をも同様に感じながら、その体は低く呻きながら溢れ落ちる黒い血液を地表に音を立てて闇に繋がる様な染みを刻みながら低い呻吟めいた呻りをこぼす。しかし、苦痛ではなくそれは苛立ちから出たもののようで、二人に挟まれたままわざとらしい嘲笑を放った。
《忌々しい下っ端どもめ。………四神、貴様らが先代から記憶を繋げないのは何故か……知りたくはないか?》
『貴様が何を話そうが、俺達には関係ないね。』
鋭く遮る様な玄武の声に一瞬押し黙った窮奇は、相剋の白虎から消して視線を外さないままに、呻く様に地を滑る声を放つ。
《何故、四神は全てを失うのか知らぬだろ?》
その言葉にピクリと白虎と玄武の視線が、微かな動きを見せる。四神が自分以外の血縁を失う理由。香坂は周囲を生け贄にした代償が、四神の継承の条件なのではないかと話していた。つまりは血縁は能力を与える何かへの生け贄といえると。
《貴様らは贄、高尚なる贄よ。》
嘲笑うその声に一瞬、自分達の方が贄という言葉の意図が汲み取りきれない。同時にその僅かな動揺を見透かされた様な気がして二人の瞳に戸惑いが浮かんだ。それをそのものは見逃さずに、言葉を繋ぎ二人の心を揺さぶろうと口元を歪めた。
《お前達は彼奴と我らの駒。》
真っ黒な虎は嘲るように言葉を続ける。
《貴様らが生まれたのは、我らか彼奴が力を得るための長年の布石。》
『ふ……せき?』
《対極の狭間を泳ぐ贄。我らの力を宿す血肉を取り合うためのただの駒よ。》
ただの駒?我らの力を宿す血肉?対極の狭間?高尚な贄?
『お前の言葉のどこを信じろと…?』
白虎の激しい怒声と同時に放たれる白銀の弧線を寸でのところでかわしながら、不意にそのものはかなぐり捨てた筈の女性の姿に収束した。それは透き通る様に青みをおびたもう灰になって四散した筈の女性の姿で、二人は微かに息をのんだ。
ゆっくりと表を上げたその瞳は二人が最後に見た憂いに満ちた彼女と同じもので、その瞳は揺れながら瞬く。サクリと丘陵の土を踏む音を立ててその素足は戸惑う様に立つ。
薄衣の様な黒衣を纏うその姿は、失った腕を包みこんで細くしなやかな肢体を震わせながら二人の姿を交互に見やると、その表情を苦悩と憂いに満ちたものに変えた。そしてまるで人間の様に怯えに似た声音で微かな非難じみた言葉を浮かべる。
「……贄として、貴方達が私の弟を殺したのよ。」
二人の目が驚愕に見開かれ凍りつくのを見やったその姿はほんの一瞬の隙に不意をつく様に闇の中に四散するかの様に輪郭を溶け込ませていた。ハッと我に返った白虎が弧線を再び放った先に既にその姿はなく、困惑した瞳で二人はその闇を呆然と見つめ立ち竦む。
それがどれだけ重要でどれだけ好機であったかも分かっていたし、どれだけその機会を逸した事がその後に問題になるかもよく分かっていた。だがそれ以上に信じるべきではない鋭くえぐられた言葉の意味が、その場にいる青年の心には眩暈と吐き気を覚えるほどの痛みを伴い突き刺さっていた。
そして酷く揺れる幾つもの気持ちを闇の中に抱きながら、十二月の寒く長い一夜は次第に明け始めていく。
呼気を詰めるように鋭い息を吹くような音をさせて、その風の合間に身を隠しながら唐突な鋭さで反転した白虎の体が窮奇との間合いを一瞬で詰める。その動きは獲物を狩る虎そのもののしなやかさで、自分と対になる様な黒い闇を感じさせる窮奇の体を白虎の爪が捕らえていた。
《?!!》
一瞬の動きに驚きに歪む半円の口の先で白銀の弧線が前足に深々と切り込み、遅れて切り口からドパッという激しい勢いで黒い血液が迸った。
今や清廉な風を感じさせる空気の中で、窮奇は漏れ落ちる妖気を含むその黒い血を見据えた。やがて窮奇は歪んだ視線で虚空に舞う青龍ではない蒼いもう一つの光を、地の底から恨めしく人じみた視線で見上げる。その視線の先に居る者は酷く冷静な感情の無い瞳で、蒼い輝きと共に天上の調べを放ちながら静かに見下ろしている。
《くそ……、ここまでか……》
不意に窮奇の体から迸る黒い血液が、まるで意志を持ったかのように霧状に変化して撒き上がった。かと思うとそれは黒い靄に変化して、一時にその場にいる者全ての視界を包み込んだ。
『?!くそっ!!』
『駄目だ!逃げるっ!』
咆哮と共に放たれた木気の風の鋭さに切り裂かれた黒い霧の先は、まるでその存在自体が霧散したかの様にその場から掻き消していた。一瞬の間も置かず目を見張る白虎の視線が鋭く周囲を見回し、弾かれた様に地を蹴り素早く身を翻す。それに視界を走らせたの青龍は、虚空を見上げ声を張る。
『玄武!白虎の方を!朱雀は僕が!!』
既にほぼ閉じたゲートの前から身を翻した玄武の姿を横目に、一直線に龍の体が虚空に舞い上がった。その蒼く煌めく鱗は、夜の澄んだ風の中でシャラシャラと擦れて澄んだ音を立てる。青龍の視界にはまるで操られた様に虚空に舞う緋色の双翼と、もう一つの澄んだ気の入り乱れる者の存在があった。
『朱雀!!麒麟!やめろ!!』
その声音にひかれる様に揺らめく天上の調べは音階を涼やかに刻み上げて、全てを見透かすような視線で青龍の体を貫く様に見据えたかと思うと口を閉じた。調べが途絶えると同時に我に返ったように双翼をはばたかせた朱雀が、困惑しながら辺りを見回し息をつく。
『…せ…青龍?』
何が起こったのか戸惑う紅玉の瞳を見やりながら、青龍は再び虚空に浮かぶその青年の姿を見やった。
緩やかに穏やかにその体から四散される光の帯は、確かに一度目にした事があった。天上の音色を声に持つそれは、鋭く精悍な狼の様な面差しを持ちながら鋭い一本角を天へと突き上げ、背中には五彩に彩られたたて髪を中になびかせている。その前身は龍の鱗にも似ているが、金色に煌めく鱗に包まれた不思議な獣の姿を浮かべ、時折金鱗を鮮やかな蒼水晶の瞳と同じ蒼玉に煌めかせた。神獣に変容する自分達と違うのは、これほどハッキリと顕現して見えるのにその奥に核のように青年の姿が見えること。麒麟の陽炎が音階を放てば、核の青年も同じように口を開いている。もしかしたら神獣に変容している時の自分達も、内部はこんな風になっているのかもしれない。
『あなたは…何者なんですか?………麒麟。』
空を舞う巨大な龍の姿に不意に陽炎のように揺らめくその光を放つ者は、感情もなく瞳を細めながら微かに探る様に見つめる。その混在して渦を巻く気の流れに目を凝らしながら青龍は、自分が息を呑むのを感じた。そして不意に虚空の雲すらも払う様な風をその体を微かに揺らす。
『………助けた……と思うがな?四神。』
静かに今までに聞いた事無い声音に、再び意識を引き寄せられそうになる朱雀が戸惑いながらその身を離す。それを見やりながら、青龍は息を呑んだ。そのハッキリとした声音は、以前聞いた覚束無いのものとは全く異なった深みを持っている。ふっと緩めた視線でその者は静かに、その体からまるで二人に向かって力を示すかの様に気を放った。
『せ……青龍?!』
戸惑う仲間の声の意味が手に取るように分かる。
そこにある者は大きく膨れ上がる土気の塊の中に確実にその場にいる自分達を同じ後二つの気を身に纏い、それがまるで帯のように揺らめき風を生みだし熱を生む。
息を呑んで引き寄せられ体の奥底をざわつかせる気配に、青龍は無理やり神獣の変容を解いた。その行為にわずかに眉を動かした麒麟は、初めて穏やかに微笑む。
「あなたは………炎駒ではない。何者ですか?炎駒はどうなったのです?」
『私は私だ、青龍。記憶はたとえ痛みであっても人に与えられた恩恵、そう言ったな。』
朱雀の意思を再びひきよせるその姿に自分も呑み込まれることを恐れながら、青龍はその言葉に戸惑いを覚えキツく唇を噛んで引き寄せられる衝動を抑え込む。その姿を穏やかにその者はジッと見つめて、月明かりの中で鮮やかにその蒼さを増した。
「だけど…あなたは炎駒ではない。」
『……名が大事か?青龍。………では、私を呼ぶなら聳孤(しょうこ)と呼べばいい。』
己を聳孤と名乗った穏やかに微笑む声音を放つその者を、青龍は戸惑いを覚えながら闇を見透かすかそうとでもするかのように見つめていた。
聳孤は土気の先を地表に伸ばしたかと思うと、まるで布を織り込んでいく様に地表に綻びを生んだその『ゲート』の跡をより合わせ塞いでいく。細かな糸と糸を組み合わせ布地のように塞がっていく地表と、地脈自体がまるで押しやられるように遠ざかっていくのが感じられる。容易くそれをしてのける土気の強さに息をのみながら自分達も同じことをしているが、これほどの綿密で緻密な操作は難しいと気がつく。
それを見下ろした視覚でも感じ取り、同時に少し離れた空中に浮かびながら再びその気に引き付けられている紅玉の炎に不安を抱く。青龍はもう一度麒麟の中に潜む見慣れた筈の青年の姿を見つめる。
その存在を探ろうとしても、これだけ巨大な気を放っているその者の気は、自分の指先をすり抜けて全く掴むことが出来ないでいた。しかも、相手は青龍が探ろうとしているのを知っていて、わざとすり抜けて見せているような気すらする。
「何が…目的なんですか?……あなたは。」
敵では無い筈のその者に対峙して畏怖に近い思いを抱きながら、微かに宙を舞う自分の体が震えているのを感じる。それを押さえるように青龍は腕を抱く。穏やかな視線でその様子を眺める瞳は、ふっと眼を細め虚空に漂う月を眺めた。
『目的…か……、私にも…それは………。』
不意に月を見つめたその声音が頼りなく月明かりに舞い上がり溶けていくのに気がついた瞬間、その気の呪縛から解き放たれた朱雀が身震いするのを感じる。それとほとんど同時にまるで眠る様に目の前の青年が瞳を閉じるのを目にして、その体は空中で均衡を崩した。
「仁君!!!」
咄嗟に叫びながらその手を掴み抱きあげ青龍は腕の中に抱きとめた青年の顔を覗きこむ。思わぬ状況に意表を疲れて戸惑う青龍と、呪縛から解き放たれて戸惑いに満ちた瞳で変化を解いた朱雀が同じように飛んできて腕の中を覗き込む。二人は青龍が抱きかかえた青年の顔を覗きこみ、思わず顔を見合わせていた。
何故なら青龍の腕の中の青年は、まるで何事もなかったかのように穏やかな寝息を立てているのだ。そして、ハッと気がついた様に二人は、それぞれに人外を追った仲間の様子を地表に視線を向けて探った。
※※※
屋根の上を音もなくを行ったり来たりしながら闇へとのがれようとする窮奇の先を白虎は追い続けていた。既に市街地を外れ丘陵にはいりつつあるのは、白虎が街側に向かおうとすると闇に飛び込む前に進行方向を塞ぐためだ。闇に飛び込もうとするとあざとく先を塞がれるのが、心底忌々しい。浅い闇に上手く飛び込んでも瞬間的に金気の輝きに弾き飛ばされ、妖気が弱い身を隠しきることができないのだ。そして、窮奇好みの漆黒の闇は、街中にこそ多い。
丘陵前の最後の大きな闇に向かおうと足掻く窮奇の意図に先に気がつき、白虎は再びそこを塞ぐように一気にその体を追い抜き立ち塞がると牙を向く。
先程の攻撃で前足の片方を失って逃げる速度を落としている窮奇はその体から滲み落ちる妖気を風に変えながら、忌々しげにその白銀の姿を睨みつける。数秒の差で背後に追いついた玄武の気配をも同様に感じながら、その体は低く呻きながら溢れ落ちる黒い血液を地表に音を立てて闇に繋がる様な染みを刻みながら低い呻吟めいた呻りをこぼす。しかし、苦痛ではなくそれは苛立ちから出たもののようで、二人に挟まれたままわざとらしい嘲笑を放った。
《忌々しい下っ端どもめ。………四神、貴様らが先代から記憶を繋げないのは何故か……知りたくはないか?》
『貴様が何を話そうが、俺達には関係ないね。』
鋭く遮る様な玄武の声に一瞬押し黙った窮奇は、相剋の白虎から消して視線を外さないままに、呻く様に地を滑る声を放つ。
《何故、四神は全てを失うのか知らぬだろ?》
その言葉にピクリと白虎と玄武の視線が、微かな動きを見せる。四神が自分以外の血縁を失う理由。香坂は周囲を生け贄にした代償が、四神の継承の条件なのではないかと話していた。つまりは血縁は能力を与える何かへの生け贄といえると。
《貴様らは贄、高尚なる贄よ。》
嘲笑うその声に一瞬、自分達の方が贄という言葉の意図が汲み取りきれない。同時にその僅かな動揺を見透かされた様な気がして二人の瞳に戸惑いが浮かんだ。それをそのものは見逃さずに、言葉を繋ぎ二人の心を揺さぶろうと口元を歪めた。
《お前達は彼奴と我らの駒。》
真っ黒な虎は嘲るように言葉を続ける。
《貴様らが生まれたのは、我らか彼奴が力を得るための長年の布石。》
『ふ……せき?』
《対極の狭間を泳ぐ贄。我らの力を宿す血肉を取り合うためのただの駒よ。》
ただの駒?我らの力を宿す血肉?対極の狭間?高尚な贄?
『お前の言葉のどこを信じろと…?』
白虎の激しい怒声と同時に放たれる白銀の弧線を寸でのところでかわしながら、不意にそのものはかなぐり捨てた筈の女性の姿に収束した。それは透き通る様に青みをおびたもう灰になって四散した筈の女性の姿で、二人は微かに息をのんだ。
ゆっくりと表を上げたその瞳は二人が最後に見た憂いに満ちた彼女と同じもので、その瞳は揺れながら瞬く。サクリと丘陵の土を踏む音を立ててその素足は戸惑う様に立つ。
薄衣の様な黒衣を纏うその姿は、失った腕を包みこんで細くしなやかな肢体を震わせながら二人の姿を交互に見やると、その表情を苦悩と憂いに満ちたものに変えた。そしてまるで人間の様に怯えに似た声音で微かな非難じみた言葉を浮かべる。
「……贄として、貴方達が私の弟を殺したのよ。」
二人の目が驚愕に見開かれ凍りつくのを見やったその姿はほんの一瞬の隙に不意をつく様に闇の中に四散するかの様に輪郭を溶け込ませていた。ハッと我に返った白虎が弧線を再び放った先に既にその姿はなく、困惑した瞳で二人はその闇を呆然と見つめ立ち竦む。
それがどれだけ重要でどれだけ好機であったかも分かっていたし、どれだけその機会を逸した事がその後に問題になるかもよく分かっていた。だがそれ以上に信じるべきではない鋭くえぐられた言葉の意味が、その場にいる青年の心には眩暈と吐き気を覚えるほどの痛みを伴い突き刺さっていた。
そして酷く揺れる幾つもの気持ちを闇の中に抱きながら、十二月の寒く長い一夜は次第に明け始めていく。
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