GATEKEEPERS  四神奇譚

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第二部

第四幕 東南東森林部

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戸惑いの表情を浮かべ立ち尽くしている青龍と朱雀の姿に、木立の合間から姿を見せた白虎は眉を潜めた。かと思うと僅かにその場に残る気配を嗅ぎ付けたように、不意に鋭い動きで今はいない者がいた場所を振り仰ぐ。二人からの言葉もまだないのに先に鋭敏な知覚を発揮する姿を、朱雀は畏怖にも似た思いで見やる。その視線は二人に背を向けるようにして、青年の消えた木立の方を探すように巡っていく。
同時に移動能力に劣る玄武も微かに息を切らせて、その場に姿を現したのに青龍は目を向けた。

「大丈夫か?青龍。」

気遣う言葉に微かに青龍は頷く。青龍に歩み寄った黒衣の青年は当てられた緋色の布の上から青龍の傷口を押さえ、痛みに眉をしかめたその姿に表情を変えた。微かにその手から水気を放ち傷を癒しながら、青龍の傷口に滲む気の気配に更に険しい表情を浮かべた。玄武は何もない空間に何かを見透かそうとするかのように、立ち尽くす白銀のしなやかな白虎の背中を見やった。玄武の手には青龍の傷には明らかに白虎とは質の違う金気の気配が漂い、木気の存在に響く痛みを与えているのが分かるのだ。その二人の横を抜けるようにしてまるで宙を踏むようにして歩み寄った朱雀が、白虎の横に並ぶ。それに視線を向けるわけでもなく、白虎は訝しげに眉を潜めたままつぶやきように問いかける。

「………ここに……何が居た?朱雀。」

闇夜に響く酷く何時になく慎重な言葉。白虎の言葉を聞きつけて視線を上げると、彼の表情には普段みることのない困惑に満ちている。その問いかけに、朱雀は闇の中にいたつい先ほど見た姿を脳裏に思い浮かべた。

院の者がよく着ている僧衣姿の栗毛の青年。
顔には薄いソバカスの痕が見え、恐らく自分より年下に感じられた。年下ではあるけど、どこか傲慢さを滲ませた気配は確かに金気なのだが何処か白虎とは異質で好きになれない。
大体にして院の者をあんなに間近に見ることは殆どないが、その者達が持つ一種独特の雰囲気は分かるような気がする。ゲートを関知したり閉じたりする力には、何処か似通った感じを受けるのだ。しかし、先程の青年はそれとは別物だと、朱雀は感じていた。僧服を着ていて表面上はそうであっても、その中にある中身は違う。

「院の人間だった。でも…なんか変な感じだ。」
「変?」

白虎が白銀に光る瞳で朱雀を見下ろす。白虎が表にそんな反応を滲ませるのは、直ぐ瞳が紅玉に変わる自分とは違ってかなり珍しい。白虎はまるで相手は人外であると言うように、強い緊迫感を全身から放って朱雀の事を見つめている。

「他の院の奴等が着てるやつと同じの着てたけど、中身は別もんって気がした。」

朱雀の言葉に白虎は白銀の瞳を、再びその青年がいた方向へ向ける。その場所は奇妙な鋭い刃物で切り裂かれたような、無惨な傷跡に白虎は目を細めた。地面や木々に切りつけたような跡には、自分と似通った金気の気配が残る。だが、それをこうしてみるのは、白虎にとっても産まれて初めてのことだ。何しろ自分が白虎になった以降、自分以外に金気を持つ者など見たことも出会ったこともない。

「そいつは金気を持っていた…か?」
「あァ、それで青龍に仕掛けてやがった。」

その言葉を耳にしながら、一瞬月明かりの下で白虎は意表をつかれたような驚きの表情を浮かべた。少なくとも院の服を着たものが、自分達に攻撃してくるなんて話は聞いたこともない。だが、背後の青龍の傷は幻でもなく、相剋の金気の攻撃は青龍を確かに傷つけている。

「ちぃと炎で脅かしてやろうとしてけど、こっちが当てないと知ってるみたいで全然。」

肩を竦めた朱雀の言葉の意図に白虎は柔らかい微笑を浮かべて、ポンとその肩を叩きながら酷く無造作に乱雑に閉じられたゲートに視線を返した。水気で金気を中和されたのか痛みの緩和された様子の青龍から、その場で起きた事を聞いたのであろう黒衣の長身がそれに並ぶ。

「なんだこりゃ…確かに閉じちゃいるが…。」

その綴じられた穴は奇妙だった。綴じたという言葉が最も相応しく、閉じられている訳ではない。無理やり両端を重ねて数ヵ所を杭のような金気で綴じられたそのゲートは、既に微かな綻びを見せてゲートの向こうの蜘蛛のような人外がキチキチと音をたてているのが分かる。こんな方法を今までに見たこともない上に、どうやったらこうできるのかも実は四人には理解できない。
四神の本能としてゲートを閉じるためには、ゆっくりと周囲から覆うように空間を引いていく。何故そうするかは自分達にも説明はできないが、その引いていく空間に自分達の気を織り込んでいるのではないかとも思う。つまり補強をしながらゆっくりと覆っていくのだ。覆うようにという意味では、血管のような地脈自体を治癒するわけではない。だから、その得体の知れない青年が言った、地脈に空いた穴を完全に治しているわけではないというのはある意味では事実だ。何せ玄武も時折それを考え、薄くなったゲートの跡はどうなんだろうと思案する位なのだから。だが、

「こんなやり方じゃ、あっという間に更に大きな穴が開くぞ?」

玄武が呆れたように針のような杭のような乱雑な金気を見下ろす。引き連れるような空間の歪みをどう修正したものかと見上げる玄武と朱雀の横で、残りの二人が無言で気を練り始める。四人係でも普段よりもはるかに時間のかかる修正に、舌打ち混じりに白虎が呟く。

「…青龍を院に連れて行かなきゃならないかもしれない。」

その言葉の意味に気がついた玄武が、ハッとした様に白虎の顔を見つめ返す。顔を見たという点では朱雀がいれば事足りるかもしれなかったが、金気が絡んでくると状況は大きく変わる。その場に最初に居合わせたのが白虎であればまた話は変わっていたが、実際に気を感じ取れて相手の顔も確認出来るのは他ならぬ青龍だけだ。
本当に院の人間が金気を宿しているのであれば、四神以外に同じような存在がドンドン生まれ始める可能性がある。同時に言い方は悪いが、院の者となると自然発生なのか人工的なものなのかも、知らないとならない。それが攻撃を仕掛けてくるとなれば、今までの院との関係は更に悪化する可能性も高い。式読や星読がそれを計画するとは考えにくく、そうなると院の中での内部分裂も視野にいれる必要性もある。

「ちっ……これも偶然とかって言わねぇよな?流石に。」
「偶然でも、重なれば必然だろうな。」

玄武の苦々しい声に、白虎は暗い声で呟く。
これは既に饕餮の出現等と言う短期間的なものではない。既に幾つかの異例と呼ばれるモノが起こり始めた時点から、変異が始まっているのだとしか考えられなくなりつつある。そうなると変異は既に二十年以上も前から、少しずつ始まりはじめていた事になってしまうのだ。

「…気の残滓で探ってみようとしたが…、普通じゃなさ過ぎる。この金気は……まるで……。」

呟きに呼応するように冷たい身を切るような風が音を立てて、周囲の木立を大きく揺らす。その先の言葉を耳にしたそれぞれは、言葉を失ったまま消え去った青年が残した無惨な跡を見下ろした。今の状況では青龍自身が相手を確認した上で、それがなんなのかを改めて判断するしかない。それは得てして今まで白虎と玄武が必死で隠して来た者を、あえてそこに連れて行かなくてはならないという事に他ならない。

「……しょうがないですよ、早くすませられるならすませましょう。」

呟くように言う青龍に、玄武と白虎は深い溜め息をつく。その二人の思いが理解できている朱雀と青龍も、困惑した表情でもう一度あの青年が無理矢理綴じた場所を見つめる。一瞬だけは綴じたように見えても、直ぐ様周囲を引き裂き更に大きなゲートになる方法だと相手は説明して理解的るのだろうか。その乱暴な方法をとる彼の存在をなんと表現するのが、最も分かりやすいか。
気を見ることに長けた青龍、そして気を扱う事に秀でる白虎。
その二人がお互いに出した結論は酷く似通っていて、得体の知れないものだった。形は違えど、同じ表現をするしかないものの存在を二人は一致した答えとして出した。

「でも…。」

その答えの後、微かに言いよどむ様に青龍は自分の腕を見下ろしながら、迷うような言葉を繋ぐ。
そうして四つの彗星は躊躇いを滲ませながらも、一直線に同じ場所を目指してそれぞれの動きを始める。一つは闇を切り裂くように木立をジグザグに駆け、一つは風を切るように羽ばたく。そして、一つの手をとり、一つは優雅に空を泳ぐように雲をぬっていく。

「青龍……。」
「移動はこの方が速いですよ?」

分かりきっているといたいけに呟く青龍に、玄武は溜め息混じりに囁く。

「先に言っとくが、信哉とお袋さんは異例中の異例だ。」

闇夜の中だからとあえて昼の呼び方で口にする玄武に、青龍はほんの少し目を丸くして一直線に空を進む。手を繋ぎその能力で運ばれながら、玄武は小さく言葉を繋ぐ。

「だが、同じ血縁者から玄武と青龍ってのも、本当は前例がねぇんだよ。」

今まで青龍の身元が割れていなかったから、その点は触れないで来たんだと玄武は苦悩に満ちた声で呟く。内心青龍はそれを聞いて、今更ながら彼らが自分を院と関わらせないように必死だった理由が掴めた。血縁者は全て失われ四神になる筈なのに、ここにも実は異例の存在があった訳だ。呆れるほどの異例続きに、先に四神となっていた彼ら二人も対応に戸惑ったに違いない。

「今まで黙ってて悪かった……。」
「その話は家でゆっくりしましょうか、信哉さんと忠志も一緒に四人で。」

冷静に聞こえる青龍の声に、玄武は苦い表情のまま分かったとだけ呟く。二人の考えは理解的ないわけではない。青龍と朱雀と違い、彼ら二人は院に散々な目に遭わされたのは分かっている。それでも、自分に関わることを何年も隠されるのは、正直なところ余りいい気分ではない。だが、今ここでする話ではないとも思う。先ずは目前の問題から解決していくしかない、そう青龍は溜め息混じりの頭脳で考えていた。
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