GATEKEEPERS  四神奇譚

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第二部

第三幕 護法院奥の院

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智美は何気なくスマホを手にとると、リダイヤルを押した。自室の窓辺に座り込んでそうする姿は、普段からすれば余り見られる姿ではない。先日あの場で何か出来ればよかった事はわかっていたが、あの薄暗い部屋ではあれ以上会話を続ける事もできなかったのも事実だ。結局何かあったとは思えても、四神からの連絡は未だなにもない。
何度目かの呼び出し音の後に切り替わる無機質な留守番電話の音声に、智美は溜め息をつきながら電話を切る。

「悪いけど、白虎なら今手が離せないぜ?」

不意に振り落ちた声に智美は一瞬過去に戻ったような錯覚を覚えながらその月影になった紅玉の瞳をもつ姿を見上げた。まるで過去が舞い戻ったかのような錯覚すら覚える気配と空気が漂い、智美は驚いて月明かりに陰る姿をまじまじと見つめなおす。フワリと音もなく庭先に現れた青年の姿を何度も瞬きして見つめなおした智美の姿に、相手も不思議そうに眉を潜めながら微かな玉砂利を踏む音すらもなく舞い降りる。

「……す………朱雀?」

智美の言葉に普段着なのだろう黒系で統一された服の裾をひらめかせた彼は、よおと気さくに聞こえる声で話しかけた。
暫しの時間のあと智美は礼慈も自室に呼び寄せて、直後に来た玄武も加え四人となっていた。

「お前、勝手に先走んな、見つかるとこだっただろ。」
「え?マジ?気がつかなかった、どこら辺で?」

能天気な返答をする朱雀の姿に、智美は何か思うことがある様子で眺めている。以前姿を見せた時は玄武に言われていたのだろう全く一言も発してなかったが、こうして話しているとその雰囲気は智美の消えない記憶を揺り動かす。そんな智美の自室の庭先で誰も気がつかない間に密やかな会合を始める。

「で…この間何が起きたのか教えてくれないか?」
「一先ず、この間の予測があたっていた事がわかった。」

玄武の硬い声音は何処かぎこちなく聞こえたが、それを問いただす間もなく彼は言葉を繋ぐ。

「青龍に接触を図ってきた。そっちの機転のお陰で白虎が早かったからな、何もせず消えたようだ。」

それは先日のモニター上の動きで既に予想されていた事ではあったが、智美と礼慈は微かに息を呑んで、険しい目つきでその言葉の先を促す。そして二人の来訪者は順にその晩の出来事から、つい先ほど起きた新しい変事までの顛末を二人が知りうる限りで説明を始めていたのだった。
その夜までの不可思議な変事の顛末を語り終えた直後、困惑と同時に緊張した面持ちの智美と礼慈に向かって、玄武は酷く言いづらそうな風に口を開いた。それは夜の風の温度を一瞬下げるかのような硬い声音となって響く。

「……白虎が言うには…その女はゲートキーパーに薄々勘づいてそうだと。」

玄武の放った言葉に二人が一瞬奇妙な凍りつく様な表情を浮かべたのに朱雀は眉を潜める。

「勘づいてたらヤバいのか?」

頭に手を組んだ不思議そうな視線を浮かべた朱雀の姿に、一瞬躊躇いの色を浮かべた長身の青年は微かに苦悩の滲む表情を浮かべて、縁側に座る2人をちらりと眺めながら重い口を開く。

「…人外なんてものの存在を社会に広めたらパニックだぞ?」
「しかも、都市停電のような事態を起こす化け物で餌は人間。政府はそれを隠蔽、非合法の院という組織まであって、そこには四神という人外に近い能力をもった存在もいる。表沙汰になったら、改めて四神は異端として狩られるだろうし、僕らも異端者だね。」

玄武と式読の言葉の意味に気がついて驚きながら思わず手をおろした朱雀に、溜め息をつきながら玄武は目を伏せた。そうして玄武は過去の想いを引きずるかのような重い口ぶりで、夜の風に微かにその短い髪を揺らしながら言葉を繋ぎ始めた。

「せめて人間を守ってることは理解してほしいが、全て信じられはしないだろうな。下手すれば違う組織のモルモットになるか。」

そして、言葉はさらに重く暗く夜風に滲んでいくかの様な気配がする。先代のたどった現実が、下手をすれば違う面から迫る可能性に朱雀の表情が微かに強張る。玄武は一先ず視線の先を二人に向け、目の前の二人は戸惑いを浮かべながらもそれぞれに思いを巡らせるかの様子だ。

「…一先ず、僕ができる範囲で調べて見るよ……。だけどその人は……。」
「確かに俺も見たが、どう見ても俺等と歳は大して変わりない様な気がしたな。」
「空虚……ですか。」

その言葉を呟いた礼慈が戸惑う様に視線を伏せながら呟く。フワリと温度を吹き返したかの様な夜風に舞うその言葉には何処か思う事があるかのような響きが含まれている。それに微かに周囲にいた者は目を細めた。

「何かあるのか?礼慈。」
「いえ、実際に会ってみない事には正確な事は…ただ、気になる事はあります。」

自分なりに調べてみますと口にした彼の姿に、一先ずその場は散会する事にして二人の来訪者は音もなくそれぞれに闇の中に紛れるかのよう軽い動作で宙を舞うように姿を消す。その後ろ姿を見送りながら、智美は思わず月に向かって小さな溜め息をついて淡く苦い微笑みを浮かべた。

「…少し似てますね、彼は。」
「ああ、一瞬彼が帰ってきたかと思った。髪の色は全く違うのにな。」

見透かすような礼慈の言葉に智美は柔らかい栗色の髪をかきあげながら目を伏せる。けして消えはしない過去の残像が目の前にある様に、院の二人にも感じるものは存在しているのだ。
それにしても奸智に長けた存在は何を考えるかすら予想できないものなのかもしれない。もしかしたら、自分達が考えている以上にもう既に傍に存在しているのかもしれない。ふとそう思いながら智美は、二人の来訪者が消えた夜空を眼鏡越しの世界で静かに見つめていた。



※※※



「二人が戻るまで少し横になった方がいいですよ?」

不意にかけられた声に家主である青年はソファに深く腰をおろしたまま顔を上げた。心配に陰る様な色を浮かべた義人の瞳の色に、信哉は溜め息交じりに青ざめた表情に笑みを敷く。元々あまり日に当たらない生活をしているとはいえ、あまりにも青ざめた表情は見ていて痛々しいほどで信哉の普段は見せない心中を隠しきれずにいる。

「孝君は少し強い気にあたっただけですから、少しすれば目が覚めます。僕もいますから。」

一度仁の放ったと思われる気に当たって意識を失った孝は、その後に唐突に眠り込んでしまっていた。倒れたわけではないが、あまりにも唐突過ぎて気を失ったようにしか見えない状況に一番慌てたのは兄である信哉で、一番冷静だったのは看護師の義人だ。

「悪いな、義人。」
「何も、看護師なら当然ですよ?信哉さん。さ、少し休んでおいてください。」

年長で一番長い時間を過ごしてきたが故に信哉は一番責任を被ってしまいがちだという事は分かっていた。しかし、ここ数日の出来事は一度に起こり過ぎて、流石の彼にも許容しきれないのかもしれないと義人は小さな溜め息をついた。自分の事でもきっと彼は何か思う事はあるに違いない事も分かりながら、それをどうにもできないでいるのがもどかしい気もする。そう義人が考えた事を見透かした信哉は微かに視線を緩めた。

「…少し、義人に甘える事にしておくよ。流石に疲れた。」
「そうしてください、二人が戻ったら起こしますから。」

自分の声音が安堵した響きを浮かべたのに苦笑しながら彼がフワリとした空気を揺らすような動きで普段は仕事部屋にしている部屋に向かうの背中を眺める。数時間前から彼自身のベットは彼の弟に占領される結果になっていたので、あと他に横になれるといえば仕事部屋のソファだけなのだろう。その疲労困憊とはいえ洗練された動作にある意味感嘆しながら見送って、義人は家主が半分義理的にいったものの本当に疲れ切っている事を感じた。

ある意味では、こういう事態が起こらない為に僕等はこの状況に置かれるのかな…。

ふと寂しい心の中が呟く。
それは現実に双極をなす考えでもあった。全てを失う孤独。だがそれはこうして、自分の為に傍に居る者が傷つくのを防ぐことにもなる。だが、その考えは同時に痛みも感じる。夢で見たものの様な激しい心の痛みを感じさせる考えでもあった。

「……つらそうだ。」

突然の声に義人は、弾かれる様にその声の主を見上げた。そこには仁が何の気配もさせず、室内の空気に解け込んでいる。ある意味では空虚でもあり、ある意味では満ちた者でもある存在が立っている。声音は普段と変わりないのに、その瞳はまるで朱雀の瞳に似た紅玉の輝きが渦を巻いているように見えた。

「……仁君……いや…君は……炎駒…か?」
「……記憶は人に与えられた恩恵。たとえ痛みであっても……。」

ふっとその物は目を細め、紅玉に輝く瞳で見透かす様に義人を見た。それはまごう事無く火気の気配を併せ持つ光で、彼はハッとしたようにその姿を見つめなおす。昼間に朱雀の力を呼んだのは目の前の姿ではないかと思い至ったのだ。

「君は…いったい……。」

そう彼が口にしかけた瞬間、その瞳が不意に色を黒く落とし自我を取り戻した様にキョトンとした表情が表層に浮かび上がる。

「……あれ?義人?」

まるで目に見えるかの様なその変化に、目の前にいた義人も唖然としながら彼の姿を見つめ返す。不意に現れたかのような不可思議の存在は、他の誰に気がつかせる隙もない様に不意に再びかき消してしまっていた。今目の前に居るのは、もう普段の義人もよく知る仁の姿でしかなかったのだ。意識が飛んだことをしきりに首をひねりながら考えるその青年の姿を、義人は暫し何も言う事も出来ずにただ見つめるだけだった。



※※※



何時もとは違う感触の夜具の中でふと意識が浮上した。
薄闇に眼が慣れてそこが見覚えのない部屋だという事に気がつきながら、規格より大き目のベットの上で身を起こすと辺りを見回す。簡素で余り物のない整頓された室内は彼には見覚えのない場所で、微かに戸惑いながら肌触りのいい夜具から身を滑らせる。まるでその音を聞きつけたかのように、ドアが開いてみた事のある顔が逆光の中で顔を覗かせた。

「気がついたのか?大丈夫かよ?」
「仁…?」

戸惑う孝に何時もの喧嘩をする気も失せた表情で、同級生でもある青年は肩をすくめ背後に向かって気がついたと声を上げる。その彼の姿に孝はやっと状況を理解したように周囲を見回した。彼は慌てたようにベットから滑り降りるとリビングに通じる扉に歩み寄り、仁の肩越しにそこを眺めた。

「あぁ、大丈夫?孝君。」

穏やかな見知った笑顔に迎えられた孝は、更に戸惑うようにその場にいる二人の顔を順番に眺める。その視線の意味を理解したかのように、柔らかな室内の光の中で義人は光よりも柔らかな微笑でソファに座るように促しながら立ち上がる。

「信哉さんなら、少し休んでるよ?御家には信哉さんが遅くなるようなら泊まらせるって連絡してくれてる。」
「あ…あの、僕は…。」
「貧血起こしたみたいだね?今は気分はどう?何か食べれそうかな?」

その言葉に微かに首を捻りながらも孝は促されるままにソファに腰かけ、キッチンに向かう青年の後ろ姿を眺めながら珍しい事に隣に座った仁の姿にふと声を潜め話しかける。

「なぁ、僕は何があったんだ?」
「さぁ?」
「さぁって…。」
「だって、俺もさっき眼が覚めたとこだし。」

言葉の意味を考え直し想像したのか一気に孝の表情が青ざめたり赤くなったりするのを、横の仁は珍しそうに眺めている。

「ど……どうしよう。兄さんに迷惑かけてるよな?」
「仕方ないんじゃないのか?」
「そ…そりゃそうかもしれないけど……。」

ある意味わけの分からない動揺の姿に半ば呆れながら仁は、義人が簡単に準備した食事を前に普段と変わりのない様子で笑顔を向けている。ふとその姿を見た瞬間孝は何か思い出しそうな感覚に囚われた自分に気がついて、微かに今までとは違う戸惑いの色を瞳に浮かべながら彼を見つめていた。
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