GATEKEEPERS  四神奇譚

文字の大きさ
上 下
74 / 206
第二部

第三幕 都市下

しおりを挟む
それから信哉は二時間程仮眠をとり、他の三人が昼食を作ったり、寝ぼけた顔の仁が起きてきたりとその場には何も変わったことはなかった。孝は自分が卒倒した前後の事は何一つ思えておらず、思い出そうにも兄の転た寝を見上げてからの記憶が何一つ思い出せない。そんなことがあり得るのか看護師でもある宇佐川義人に聞くと、起立性の低血圧なのか貧血なのかなと真顔で言われてしまった。今度クリニックで採血しようかと賑やかに言われたが、即来いと言われなかった辺りは至急性はないのかもしれない。

「孝、背伸びた?」
「あ、ええ、少しですけど。」
「そのせいかもなぁ、成長してっとさぁ。」
「それは背の低い僕に対する嫌みかな?忠志。」

賑やかな笑顔で言い放つ義人に、慌てて違う違うと手を振って逃げていく。緊張したわけでもないが、精神的におかしかっただろうかと思い悩むが孝にも答えは分からない。

「仁、疲れはとれたか?」
「んん、まだ眠いけど、朝よりはいいかなぁ。腹へった。」

仁の方も何かあった風で悌順の問いかけに、背筋を伸ばしながら答えている。何があったかは分からないが、この騒ぎに全く仮眠の信哉が起きてこないあたり信哉の疲労も限界だったんだろう。義人が手早く料理をしてくれて、振る舞ってくれるのを素直に頂くことになった。食事を腹にいれてしまった後になると、何もないのに倒れるなんておかしな事があったこと事態夢だったみたいに霞んでしまう。同級生二人と担任教師、しかも話好きな忠志が加わって、十二月の二週目の火曜日7日からの期末テストの話になる。

「期末で智美意外が百点取って、黒木に見せつけにいこう。」

仁がニヤッとしながら、そんなことをいうから孝もその気になったみたいだ。クラスメイトが虐められたのは転校してきたばかりの仁にとっても実は不快なことだったらしい。いつの間にか微妙に仲良くなった様子の二人に、悌順が目を丸くする。それを聞いていた忠志が呆れたように、その言葉に口を開く。

「期末で百点ってエグい話だなぁ。」 
「そんなことないぞ、忠志。実際にほぼ毎回平気でとってた奴がいるからな。」
「エグっ!何だよ、その超天才!」
「悪かったね、エグくて。」

背後から冷ややかな声で言われて、忠志が目を丸くする。義人があきれた顔で、テストのようなものはそんなに点数とるのは難しくないという。

「問題文がちゃんと把握出来れば、あとは最低限の公式と答えさえ知ってれば大概点数はとれるんだよ。」
「嘘だぁ!俺頑張っても無理だぞー!」
「問題文をちゃんと読まないからだよ、出題者が何が聞きたいのかちゃんと理解して答えるの。」

義人が言いたいのは例えば日本についての質問が出された時、問題文にある出題者の意図をちゃんと読まないと、出題者の期待する答えにならないということらしい。
答えは日本だったとしても、質問が周辺を海に囲まれた得意な形状をした海岸線を持つのは?と問われれば日本は日本でもリアス式海岸や三陸なとど答えなきゃならない。質問が日本での言語を問いかけるものであれば、その前後で標準語のことを聞きたいのか方言について問いかけているのかも変わる。しかも、問題文には日本の特異性についてのべなさいとあったら、回答者は特異性を求めているのがなんの教科なのかで論点を選ばないとならない。

「うあー俺の頭にそんな回転数はない!」

忠志が降参と言いたげに耳を塞ぐのに、孝と仁は顔を会わせて笑っている。

「楽しそうだな…。」
「あ、悪いな、うるさかったか?」
「いいや、義人が旨そうな匂いさせたから目が覚めた。」

食材使ってすみませんと声をあげる義人に、信哉は大丈夫、気にするなと幾分ましになった顔色で笑う。忠志がアイスがないと不貞腐れるのに、家主の青年が長い足でドカッとその背中を踏んで食いたかったら自分で買って食えと言い放つのに回りが和やかな気配に包まれていた。



※※※



夕暮れ時の街並みを二人連れ立って歩きながら、少し仮眠で良くなったとはいえ未だ微かに蒼ざめたように見える青年の横顔を眺める。そうしながら、孝は少し恐縮したように目を伏せた。普段は孝は一人で帰途につくのに、今日は送ると言って譲らなかった信哉の言葉に素直に従っている。そうしてみたものの、信哉の表情はいつにもまして酷く硬く張りつめている様な気がする。それが自分が卒倒したせいもあるという事が分かっているだけに何だかいたたまれない気持ちになるのだ。

「……孝。」
「は、はいっ。」

不意にかけられた言葉に思わず視線をあげると、そこには普段の温和な光を宿した瞳が自分を見下ろしているのに気がつく。その瞳の中には、酷く自分を案じる光が宿っている。

「暫く…家には来るな。先日、先生に直接そう言っておいたんだけどな…。」

その言葉は勿論その日のうちに、父から彼にも伝わっていた。それを信じられずに無視して今日来たのは彼自身なのだが、遂に面と向かってハッキリ言われてしまった。直接の出入り禁止宣言は、やはり鋭く心が痛む。まるでその気持ちを全て見透かしているかのように青年は、微かに苦笑して足元に視線を落とした孝の頭を子供にでもする様に優しく撫でた。

「僕…迷惑ですか?やっぱり…。」

彼が言いたいのはそんなことじゃないと分かっているのに、溢れ落ちた言葉はそれだった。折角仲良くしているのに、兄として接してくれているのに、出入り禁止になるようなことをしてしまったのかと思う自分。信哉は頭を撫でながら、苦笑混じりに口を開く。

「そう言う事じゃ………。」

言いかけた言葉が不意に止まった。それに不思議そうに顔を上げた孝の腕を思った以上に強い力で、信哉は後ろ手にひき背後に回して背に庇う。驚いた孝が広い背中越しに前を見やるとそこには、つい数時間前に見た筈の女性の姿が夕日に燃える様に浮かび上がっている。
信哉は冷ややかな視線で前を見据えた。
彼女は夕焼けを背に受けながら暗く沈んだ影になったその顔に、暗い色をした瞳を浮かべてその場に立ち尽くしていた。言葉もなく二人をジッと見すえている。その様子は陽射しの中で見た不遜な姿とは違い、何か危ういガラス細工を思わせるもので信哉は眉を潜めた。彼女は数時間前とは全くの別人に見えるのだ。

「……何なんですか、しつこいな。」

冷ややかな信哉の声に、竜胆貴理子はユラリと顔を上げて暗闇のような目で二人を見据える。光の加減のせいなのかその瞳は、まるで人外のもののように真っ黒に光を映していた。それに信哉は眉を潜めながら、孝を庇い後退っていく。

この女、空虚だとは思ったが、なんか変だ……

コフュと微かにだが、彼女の足元に音をたてて風が巻くのが見える。その状況に信哉は息を詰めた。

「……私は真実が知りたいだけなのよ。」

不意に彼女は瞬きもせず、暗い目で呟く様に囁く。彼女の瞳は暗く淀んだ闇を思わせる光を湛えながら彼等を、まっすぐに見つめた。歩み寄る訳でもなく背後からの夕日に体を赤く染めているのに、目だけが真っ黒く沈んでいる。

「何故…彼がだけ生き残り…それ以外の者が全て死んだのか?」

その声は低く呻くようで不安を掻き立てる声だ。

「誰の事を言っている?あんたは…いったい。」

信哉の問いかけに彼女は始めて顔をあげた。そこにあったのは昼間の能面の様な表情とは全く違う、疲れ果てた途方にくれた様な表情で信哉の姿を眺める。その視線は真っ直ぐに当惑する青年の顔を見つめながら、疲れた自嘲気味な微笑みを形作る。

「私はずっと疑問に思ってた…。」

その瞳は光の中で普通の瞳に見えるのに、更に深く闇の色を増した。彼は微かに自分の中で本能が危機を知らせるのを感じ、背後の弟の姿を尚更隠す様に思わず身構えた。彼女はその姿にぼんやりとした視線を向けながら、歪んだ色を滲ませる瞳を瞬かせることもなく見開いている。それはまるで凍りついた仮面のような奇異な表情で、ジワジワと得体のしれない気配すら滲ませ始めていた。
普通の人間では瞬きをしないことなどあり得ない、そう気がついた孝も背筋に冷たいものが走るのを感じ、思わず信哉の背中を見上げる。既に同じ事に気が付いているのであろう青年は固くこわばった表情で彼女の姿を身じろぎもせず、一寸の隙もない様子でその女性の動きを伺っている。彼女は、呻くように唇から言葉を絞り出した。

「事件の顛末を操ってるのは誰なの……?」

竜胆貴理子と名乗った女性は微かに首を傾げながら、まるでその意味を成さない問いかけをした。直ぐ様答えが出るかの様な視線で二人を射抜くように見つめる。その時不意に孝は周囲に全く人気が無い事に今更のように気が付いていた。夕暮れ時とはいえ街中に続くこの道に今三人しかいないという事があり得るのだろうかという疑問が心に浮かぶ。土曜の午後なら街の中心地に向かう者も逆も少なくとも、道には見えてもおかしくない。それなのに夕日で血塗れに見える女の体から放たれる冷気のようなものを感じながら、全身が奇妙に震えだしていくのを感じる。それに気がついているように、信哉のしっかりした腕が庇ってくれていなければまた卒倒してしまいそうだ。

「一等航海士が乗船客も巻き込んで自殺、真新しいホテルなのに三階から火が出たら宿泊階は一瞬で炎の檻。他にもあるわよね、冬山に向かっているのに燃料が凍りついて山肌に向かってヘリが墜落。飲酒もしてないトラックの運転手が大型トラックを運転して公道を逆走して、親子三人の車を始めに何台も鉄屑にした。」

憎いものでも口にしているようにその声は妖気を放っているように、周囲を凍りつかせていく。

「どれもおかしいわよね。航海士は船と共に死亡、ホテルのスタッフ及び支配人、社長、建築関係者もホテルの中に宿泊していて死亡。トラックの運転手は家族の車を引き潰す前に心不全で死亡。」
「それが……なんの関係が?」

信哉が反応したのに竜胆は低く声を落として呟く。

「真実が知りたい、その事故を起こしたもの、その事故を握りつぶしたもの。そして、その事故の生存者のこと。」

その言葉に信哉が始めて目を丸くした。
そして、竜胆貴理子は血の様に赤く変わったかのような夕日に体を染めて、まるで童女の様に暗く不快な微笑をその口元に浮かべる。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

だんだんおかしくなった姉の話

暗黒神ゼブラ
ホラー
弟が死んだことでおかしくなった姉の話

未明の駅

ゆずさくら
ホラー
Webサイトに記事をアップしている俺は、趣味の小説ばかり書いて仕事が進んでいなかった。サイト主催者から炊きつけられ、ネットで見つけたネタを記事する為、夜中の地下鉄の取材を始めるのだが、そこで思わぬトラブルが発生して、地下の闇を彷徨うことになってしまう。俺は闇の中、先に見えてきた謎のホームへと向かうのだが……

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

僕が見た怪物たち1997-2018

サトウ・レン
ホラー
初めて先生と会ったのは、1997年の秋頃のことで、僕は田舎の寂れた村に住む少年だった。 怪物を探す先生と、行動を共にしてきた僕が見てきた世界はどこまでも――。 ※作品内の一部エピソードは元々「死を招く写真の話」「或るホラー作家の死」「二流には分からない」として他のサイトに載せていたものを、大幅にリライトしたものになります。 〈参考〉 「廃屋等の取り壊しに係る積極的な行政の関与」 https://www.soumu.go.jp/jitidai/image/pdf/2-160-16hann.pdf

実体験したオカルト話する

鳳月 眠人
ホラー
夏なのでちょっとしたオカルト話。 どれも、脚色なしの実話です。 ※期間限定再公開

不労の家

千年砂漠
ホラー
高校を卒業したばかりの隆志は母を急な病で亡くした数日後、訳も分からず母に連れられて夜逃げして以来八年間全く会わなかった父も亡くし、父の実家の世久家を継ぐことになった。  世久家はかなりの資産家で、古くから続く名家だったが、当主には絶対守らなければならない奇妙なしきたりがあった。  それは「一生働かないこと」。  世久の家には富をもたらす神が住んでおり、その神との約束で代々の世久家の当主は働かずに暮らしていた。  初めは戸惑っていた隆志も裕福に暮らせる楽しさを覚え、昔一年だけこの土地に住んでいたときの同級生と遊び回っていたが、やがて恐ろしい出来事が隆志の周りで起こり始める。  経済的に豊かであっても、心まで満たされるとは限らない。  望んでもいないのに生まれたときから背負わされた宿命に、流されるか。抗うか。  彼の最後の選択を見て欲しい。

処理中です...