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第二部
第三幕 土志田邸
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先に戻った悌順から暫く経って、明け方になって戻ってきた忠志が欠伸をしながらソファーに転がったのと殆ど同時。唐突に予想外の電話がかかってきていた。悌順が目を丸くして電話に出ると何時になく焦った様子の信哉が、力を借りたいという。義人が本調子ならきっと義人に頼みたかっただろうが、夜半の事もあって悌順に頼んだのだろう。ベットで休んでいた義人に、悌順が顔だけ覗かせて声をあげる。
「悪い、何かあったらしいから、ちょっと出るな。」
何かあったら忠志がリビングで死んでるから、叩き起こしてくれと告げ慌ただしく駆け出していく従兄の姿に義人は体を起こしていた。普段なら様々なものが見えたり、感覚に障る筈なのに今の義人には何故か何も感じない。信哉が言うには恐らく人外の妖気に当てられたのだろうとの事だが、こんなに何も見えないのは生まれて初めてのことだった。
世界ってこんなに静かなものなのか……。
視界に見えるのがこの部屋だけで、リビングにいる忠志の気配すら感じ取れない。リビングで寝ているらしいが、普段なら壁越しに火気の気配が見えるのだ。それが今は全く感じ取れないのは、正直なところ不安だった。義人は手を膝の上に置き気を練ると、直ぐ様手の上で弱い風が巻くのに思わず安堵の吐息が溢れる。そうしながら自分の行動に、苦笑が浮かびあがった。
いらないと思っているのに、いざ失ったかもと思うとこれか。
能力なんかいらないと思っているのに、いざ失ってしまったかもと考えた途端不安感に襲われた自分に自己嫌悪する。そうして義人は溜め息混じりにもう一度、ベットに丸くなって眠りに落ちていた。
※※※
夢の中だと義人は理解していた。
目の前には数年前の自分。親を失って代わりに得た青龍の力のせいで、幼い時からの目標だった医師になるのは困難だと理解した当時。良い医者になってみせるつもりだった、それが閉ざされた。だから自分の夢は違う形で、人を救うことに刷り変わっていく。
何度も信哉と悌順から、体を休めるようにと忠告されていた。無理をしても何も特にならないのだとも言われていたが、義人には聞こえない。病から人を救えないなら、闇からは何とか救えるのだと信じていた。
駄目だ、今夜は俺達二人で行く。お前は休め。
そう言われたのに聞くつもりもなかった。何故二人がそう言うのかすらも理解しようとしなかったから、過ちを起こしたのは義人自身だ。
《お前はまだ、人の皮を被って人のふりをして生きているのが好きなのか?青龍。》
そうじゃない、自分は人間だと言い返したい。なのに、夢の中の自分はその言葉が胸に突き刺さる矢のように、その言葉を受け入れてしまう。人の皮を株っているのは人外達の筈なのに、自分もそれと同じもののような気がする。
《お前の人から外れる力は何処から来た?そんなことは承知の上か?》
そんなことは知らない。知らないけど、本能のどこかで知っている気がする。自分達は贄を捧げてこの力を持つのなら、それは人間を餌にする人外達と何も変わらないのではないだろうか。そう考えている自分は、その事実に気がついた時からずっと怒りすら感じている。
だから、違うと証明しようとした
流れ落ちる血の臭いが記憶の底から沸き上がり、強い不快感が胸の奥に溢れた。それは過去の記憶なのだと知っていて、義人は呆然と立ち尽くしたまま。
※※※
その瞬間不意に眠りの底から引きずり出されるように、何時もの感覚が全身に走って義人は目を開けた。妖気に当てられ一時眠っていたような青龍の力が、唐突に体に溢れて違和感を捉えたのだと気がつく。義人は体を起こすとその違和感が何なのか、辺りを見渡しベットから滑り出す。
「忠志?」
リビングに居る筈の忠志に声をかけながら、まだふらつく足でリビングに繋がるドアに手をかけた瞬間。違和感がリビングの中なのだと目を見開き、急いでドアを開け放つ。
室内にいた友人でもある青年は、球体の火気の塊になっていた。気を練るのが不得意な槙山忠志には、そんなことは出来る筈がないことはよく分かっている。何しろ槙山忠志は集中して気を練ろうとすると、全身から炎自体が吹き上がってしまうのだ。気だけを練り上げるというイメージが上手く出来ていないのだと信哉は話していて、何か合気道や武道をした方が良さそうだと考えている様子だった。そんな忠志が周囲を燃やす事もない火気だけを球形に保つなんて、どう考えても無理なのに目の前に実際にそれが起きている。球形の中心にいる忠志はボンヤリと虚空を眺めたまま、まるで眠っているようにも見えた。
「…忠志?」
戸惑いながら声をかける義人の目の前で、忠志の瞳が不意に紅玉の光を放ち陽光の中で鮮やかに煌いた。不意にその時今まで見えなかったものがその眼に映るのを義人は、凍りついたように見つめる。それは、その体から噴き出すような紅蓮の炎だった。全てを燃やし尽くそうとするような鮮やかで激しい炎の化身のような気が、目の前の友人の体から渦を巻くように噴き出している。それが現実のものでなく火気の塊だと分かっていても、義人は息を呑みその炎に包まれた忠志を見つめた。
「忠志っ!!!」
鋭い声音が室内に響き、忠志は不意に瞬きしたかと思うと我に返った。瞬間その気配は宙に四散し紅玉に輝いていた虹彩も普通の瞳となんら代わりのないものに変化して、普段と同じ友人の姿がそこにある。キョトンとした顔で自分を見つめる忠志の姿に、義人は青ざめながら額に手を当てて思わずよろめく。
「義人?!大丈夫か?」
普段と変わりない忠志の声に、答えようとして義人は声が喉に貼りつくのを感じる。駆け寄ってきた忠志は普段と全く変わりなく、驚いたようによろめいた義人の顔を覗きこむ。背筋を走る悪寒のような不安感に、自分の中の青龍が危険を感じて更に蠢きだそうとしている気がするのだ。
「義人…?」
「どうして…。」
その言葉は続く事もなく滲んで消える。
不安そうに自分を覗き込み歩み寄った忠志の瞳の中に揺れる自分を見つけて義人は、不意に不快な眩暈を感じた。
僕はどうしたらいいんだろう…。
心の中の呟きは不意に過去の痛みを引き起こしてふら付く義人の体を慌てたように忠志が支える。優しく真っ直ぐな友人の手の暖かさを感じながら義人は貼りつけたように微笑んだ。
「ごめん、大丈夫だよ。」
しかし、その義人の言葉の裏側を忠志の瞳は見透かすかのように酷く真剣な眼差しで見つめながら厳しい表情を浮かべる。突然彼は支える手の片方を持ち上げて義人の頬を撫でるかのような優しい手つきでペチンと叩く。
「大丈夫ッて言うなら、大丈夫な顔してからにしろよ。」
心を射抜くような忠志の言葉に義人の表情が凍る。普段は見せない真剣な表情は怒っているかのようにも見えるが、その瞳に宿る色は酷く暖かく自分を案じているような気がした。手に込めた力もそのままに真っ直ぐに彼は義人を見つめ、微かに溜め息をついた。
「俺はお前程色々なものは見えない。でも、仲間だし気持ちくらいは分かるはずだよな?」
「忠志…。」
「だから、一人で全部背負い込むなよな?わかったか?」
きっぱりと言い切るその言葉に張り詰めた気持ちが解け、義人の顔に微かな苦笑が浮かぶ。それを見届けて友人で仲間でもある忠志は、きつい目元に何時もの愛嬌のある笑みを浮かべて肩をすくめて見せる。忠志らしい元気づけ方に苦笑しながら、気を取り直したように義人はソファーに座り彼に問いかける。
「今…何を見てたの?忠志。」
義人の様子に安心したような忠志は床に座りなおすと、その言葉に初めてキョトンとしたように首を捻った。どうやら忠志には今の出来事は記憶にない様子なのに気がついて、義人は眉を潜める。
「今、俺夢見てたような気がすんだよなぁ。」
「夢?」
首を捻りながらそう呟く忠志に、義人は訝しげに目を細めた。目の前にいる忠志は何時もと何も変わりない、気の動きも普段の彼のままのように見える。先程までの濃密な火気の気配は室内には微塵も感じられず、まるでさっきの炎の塊のような濃密な気を放ったれていたとは思えない。周囲の家具も家電もそんなこと事態なかったように、普段と何一つ変わりないのだ。しかし、自分も夢を見ていたが、ほぼ同時に槙山忠志がどんな夢を見ていたのだろう。
「内容、覚えてる?」
「んー……内容ってもなぁ…。」
ふと視線を何かを思い浮かべるかのように宙を彷徨わせ、忠志は何気ない仕草で頭をかいた。
「いや…、なんか呼ばれたような気がしたんだよな…。何か見えてたわけじゃねーと思うんだけど。」
「呼ばれた?」
問い返された言葉に自分でも分からないというように、彼が再び肩をすくめるのを見つめながら義人は微かに眉を潜めた。そう言われれば先程の姿は何かに呼応しているともとれなくもない。何かが忠志の中のまだ眠ったままの火気を引き出していたようにもとれなくもないのだ。
「忠志、呼ばれたのってどんな声?」
「んー……、もう、よく覚えてない…。」
ふぁと大きな欠伸をしながら、再びウトウトし始める忠志の姿に義人は不思議な気分で彼を見つめる。もう一度眠ったらまた、彼は何かに呼ばれるのだろうかと少し不安にも感じた。だが、夜通し活動していて幾つもバイトを掛け持ちしている忠志に、眠いのに寝るなと言うのも酷な話だ。
「忠志、ベット使ったら?」
「うー、……いい、…ここでじゅーぶん。」
呑気にそう言いながらクッションに顔を埋める。
彼自身は気がついていないのかもしれないが、一ヶ月前の事件以降朱雀の能力は少しずつ強くなっている気もしていた。そう考えると呼応していたのは、炎駒の可能性も捨てきれない。
そう言えば、信哉が助けを求めたのは一体何だったのだろう。
あれから大分時間が過ぎているようだが、未だに悌順が帰ってくる様子もない。もしかしたら、信哉の預かっている炎駒を出現させた青年に、何かが起きたのかもしれないと義人は一人考える。それが何を意味するのか、彼は友人がまた自分を心配する事は分かりながら思わず深い溜め息をついていた。
「悪い、何かあったらしいから、ちょっと出るな。」
何かあったら忠志がリビングで死んでるから、叩き起こしてくれと告げ慌ただしく駆け出していく従兄の姿に義人は体を起こしていた。普段なら様々なものが見えたり、感覚に障る筈なのに今の義人には何故か何も感じない。信哉が言うには恐らく人外の妖気に当てられたのだろうとの事だが、こんなに何も見えないのは生まれて初めてのことだった。
世界ってこんなに静かなものなのか……。
視界に見えるのがこの部屋だけで、リビングにいる忠志の気配すら感じ取れない。リビングで寝ているらしいが、普段なら壁越しに火気の気配が見えるのだ。それが今は全く感じ取れないのは、正直なところ不安だった。義人は手を膝の上に置き気を練ると、直ぐ様手の上で弱い風が巻くのに思わず安堵の吐息が溢れる。そうしながら自分の行動に、苦笑が浮かびあがった。
いらないと思っているのに、いざ失ったかもと思うとこれか。
能力なんかいらないと思っているのに、いざ失ってしまったかもと考えた途端不安感に襲われた自分に自己嫌悪する。そうして義人は溜め息混じりにもう一度、ベットに丸くなって眠りに落ちていた。
※※※
夢の中だと義人は理解していた。
目の前には数年前の自分。親を失って代わりに得た青龍の力のせいで、幼い時からの目標だった医師になるのは困難だと理解した当時。良い医者になってみせるつもりだった、それが閉ざされた。だから自分の夢は違う形で、人を救うことに刷り変わっていく。
何度も信哉と悌順から、体を休めるようにと忠告されていた。無理をしても何も特にならないのだとも言われていたが、義人には聞こえない。病から人を救えないなら、闇からは何とか救えるのだと信じていた。
駄目だ、今夜は俺達二人で行く。お前は休め。
そう言われたのに聞くつもりもなかった。何故二人がそう言うのかすらも理解しようとしなかったから、過ちを起こしたのは義人自身だ。
《お前はまだ、人の皮を被って人のふりをして生きているのが好きなのか?青龍。》
そうじゃない、自分は人間だと言い返したい。なのに、夢の中の自分はその言葉が胸に突き刺さる矢のように、その言葉を受け入れてしまう。人の皮を株っているのは人外達の筈なのに、自分もそれと同じもののような気がする。
《お前の人から外れる力は何処から来た?そんなことは承知の上か?》
そんなことは知らない。知らないけど、本能のどこかで知っている気がする。自分達は贄を捧げてこの力を持つのなら、それは人間を餌にする人外達と何も変わらないのではないだろうか。そう考えている自分は、その事実に気がついた時からずっと怒りすら感じている。
だから、違うと証明しようとした
流れ落ちる血の臭いが記憶の底から沸き上がり、強い不快感が胸の奥に溢れた。それは過去の記憶なのだと知っていて、義人は呆然と立ち尽くしたまま。
※※※
その瞬間不意に眠りの底から引きずり出されるように、何時もの感覚が全身に走って義人は目を開けた。妖気に当てられ一時眠っていたような青龍の力が、唐突に体に溢れて違和感を捉えたのだと気がつく。義人は体を起こすとその違和感が何なのか、辺りを見渡しベットから滑り出す。
「忠志?」
リビングに居る筈の忠志に声をかけながら、まだふらつく足でリビングに繋がるドアに手をかけた瞬間。違和感がリビングの中なのだと目を見開き、急いでドアを開け放つ。
室内にいた友人でもある青年は、球体の火気の塊になっていた。気を練るのが不得意な槙山忠志には、そんなことは出来る筈がないことはよく分かっている。何しろ槙山忠志は集中して気を練ろうとすると、全身から炎自体が吹き上がってしまうのだ。気だけを練り上げるというイメージが上手く出来ていないのだと信哉は話していて、何か合気道や武道をした方が良さそうだと考えている様子だった。そんな忠志が周囲を燃やす事もない火気だけを球形に保つなんて、どう考えても無理なのに目の前に実際にそれが起きている。球形の中心にいる忠志はボンヤリと虚空を眺めたまま、まるで眠っているようにも見えた。
「…忠志?」
戸惑いながら声をかける義人の目の前で、忠志の瞳が不意に紅玉の光を放ち陽光の中で鮮やかに煌いた。不意にその時今まで見えなかったものがその眼に映るのを義人は、凍りついたように見つめる。それは、その体から噴き出すような紅蓮の炎だった。全てを燃やし尽くそうとするような鮮やかで激しい炎の化身のような気が、目の前の友人の体から渦を巻くように噴き出している。それが現実のものでなく火気の塊だと分かっていても、義人は息を呑みその炎に包まれた忠志を見つめた。
「忠志っ!!!」
鋭い声音が室内に響き、忠志は不意に瞬きしたかと思うと我に返った。瞬間その気配は宙に四散し紅玉に輝いていた虹彩も普通の瞳となんら代わりのないものに変化して、普段と同じ友人の姿がそこにある。キョトンとした顔で自分を見つめる忠志の姿に、義人は青ざめながら額に手を当てて思わずよろめく。
「義人?!大丈夫か?」
普段と変わりない忠志の声に、答えようとして義人は声が喉に貼りつくのを感じる。駆け寄ってきた忠志は普段と全く変わりなく、驚いたようによろめいた義人の顔を覗きこむ。背筋を走る悪寒のような不安感に、自分の中の青龍が危険を感じて更に蠢きだそうとしている気がするのだ。
「義人…?」
「どうして…。」
その言葉は続く事もなく滲んで消える。
不安そうに自分を覗き込み歩み寄った忠志の瞳の中に揺れる自分を見つけて義人は、不意に不快な眩暈を感じた。
僕はどうしたらいいんだろう…。
心の中の呟きは不意に過去の痛みを引き起こしてふら付く義人の体を慌てたように忠志が支える。優しく真っ直ぐな友人の手の暖かさを感じながら義人は貼りつけたように微笑んだ。
「ごめん、大丈夫だよ。」
しかし、その義人の言葉の裏側を忠志の瞳は見透かすかのように酷く真剣な眼差しで見つめながら厳しい表情を浮かべる。突然彼は支える手の片方を持ち上げて義人の頬を撫でるかのような優しい手つきでペチンと叩く。
「大丈夫ッて言うなら、大丈夫な顔してからにしろよ。」
心を射抜くような忠志の言葉に義人の表情が凍る。普段は見せない真剣な表情は怒っているかのようにも見えるが、その瞳に宿る色は酷く暖かく自分を案じているような気がした。手に込めた力もそのままに真っ直ぐに彼は義人を見つめ、微かに溜め息をついた。
「俺はお前程色々なものは見えない。でも、仲間だし気持ちくらいは分かるはずだよな?」
「忠志…。」
「だから、一人で全部背負い込むなよな?わかったか?」
きっぱりと言い切るその言葉に張り詰めた気持ちが解け、義人の顔に微かな苦笑が浮かぶ。それを見届けて友人で仲間でもある忠志は、きつい目元に何時もの愛嬌のある笑みを浮かべて肩をすくめて見せる。忠志らしい元気づけ方に苦笑しながら、気を取り直したように義人はソファーに座り彼に問いかける。
「今…何を見てたの?忠志。」
義人の様子に安心したような忠志は床に座りなおすと、その言葉に初めてキョトンとしたように首を捻った。どうやら忠志には今の出来事は記憶にない様子なのに気がついて、義人は眉を潜める。
「今、俺夢見てたような気がすんだよなぁ。」
「夢?」
首を捻りながらそう呟く忠志に、義人は訝しげに目を細めた。目の前にいる忠志は何時もと何も変わりない、気の動きも普段の彼のままのように見える。先程までの濃密な火気の気配は室内には微塵も感じられず、まるでさっきの炎の塊のような濃密な気を放ったれていたとは思えない。周囲の家具も家電もそんなこと事態なかったように、普段と何一つ変わりないのだ。しかし、自分も夢を見ていたが、ほぼ同時に槙山忠志がどんな夢を見ていたのだろう。
「内容、覚えてる?」
「んー……内容ってもなぁ…。」
ふと視線を何かを思い浮かべるかのように宙を彷徨わせ、忠志は何気ない仕草で頭をかいた。
「いや…、なんか呼ばれたような気がしたんだよな…。何か見えてたわけじゃねーと思うんだけど。」
「呼ばれた?」
問い返された言葉に自分でも分からないというように、彼が再び肩をすくめるのを見つめながら義人は微かに眉を潜めた。そう言われれば先程の姿は何かに呼応しているともとれなくもない。何かが忠志の中のまだ眠ったままの火気を引き出していたようにもとれなくもないのだ。
「忠志、呼ばれたのってどんな声?」
「んー……、もう、よく覚えてない…。」
ふぁと大きな欠伸をしながら、再びウトウトし始める忠志の姿に義人は不思議な気分で彼を見つめる。もう一度眠ったらまた、彼は何かに呼ばれるのだろうかと少し不安にも感じた。だが、夜通し活動していて幾つもバイトを掛け持ちしている忠志に、眠いのに寝るなと言うのも酷な話だ。
「忠志、ベット使ったら?」
「うー、……いい、…ここでじゅーぶん。」
呑気にそう言いながらクッションに顔を埋める。
彼自身は気がついていないのかもしれないが、一ヶ月前の事件以降朱雀の能力は少しずつ強くなっている気もしていた。そう考えると呼応していたのは、炎駒の可能性も捨てきれない。
そう言えば、信哉が助けを求めたのは一体何だったのだろう。
あれから大分時間が過ぎているようだが、未だに悌順が帰ってくる様子もない。もしかしたら、信哉の預かっている炎駒を出現させた青年に、何かが起きたのかもしれないと義人は一人考える。それが何を意味するのか、彼は友人がまた自分を心配する事は分かりながら思わず深い溜め息をついていた。
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