GATEKEEPERS  四神奇譚

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第二部

第三幕 護法院奥の院

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その僅か数時間前。
モニターの前に座った香坂智美は、表情を暗くしている。モニターに写し出された地形とゲートの出現した場所。忘れる筈もない。まだこのモニターを導入する前、自分が式読に成りたての頃の苦い思い。何とか急いで状況を変えなくてはと、幼い智美に強く決心させた場所なのだ。

それにしても、何故?

場所も気に入らないが、そこにゲートが現れたことが尚更に気に入らない。
以前の愚鈍な式読が束ねる院とは違う。智美は穴の開く場所のデータをとって、どんな場所が開きやすいのか統計学も駆使してきた。今までそれをしなかったのは式読特有の能力を無駄にしてきたとしか思えない。黴の生えた古文書を繰り返すだけの能力で、式読が院を束ねていられたことに正直呆れもする。地脈は目に見えないが、地脈を傷つけて穴が開くことが分かっているなら穴ができる場所は地脈があると言うことだ。年間数百単位の穴を七年間、万単位のデータを纏めると見えてくるのは葉脈か河川のように張り巡らされた地脈の姿だ。
そして、開いた場所に共通の条件があることに気がつけば、同じ条件に近い場所に穴が開く可能性が見える。条件が整えば整うほど、穴が開く可能性が高くなっていく。
一番は頻度の高いのは山を切り開いたりトンネルの掘削等をしているような工事現場や何らかの施設などの施工工事現場。地脈に向かって掘削したり、地中何十メートルと鉄骨を杭打ちすることが原因なんだろう。次は災害による土砂崩れや崩落。これは理由は言うまでもない。稀にあるのは事故などによる大きな衝撃によるもの。大きな爆発や巨大な機材の衝突の衝撃は、他のものと同じ効果に匹敵するらしい。そして最も稀なのが先月饕餮が引き起こした人外が抉じ開ける巨大なゲートだ。
兎も角智美が式読になって万単位のゲートのデータはまとめられ、こうして事前に穴が開きそうな場所は予測が出来つつある。その予測の的中率は今のところは六割程度だが、それでも以前のように星読頼りで開いてから動くよりははるかに迅速に動く事が出来つつあるのだ。

だけど、こいつは気に入らない、とんでもなく気に入らない。

そこは東南東の半島の一部で山林の端に辺り、海沿いの崖の突端に近い。そこに向かう道は付近には全く存在しない。そこに辿り着くには人の足では崖を登り降りする必要があり、酷く難しい上に恐らく誰もそこに行く理由がない。その場所に向かうくらいなら、普通の人間は迷わずもう少し南側の道を使って海岸線に出るだろう。その場所には人間の気配も殆ど入らなければ、道路や施設などの施工予定もない。しかも、岩場の足場には崖崩れや土砂崩れを起こす要素もなく、行くとすれば野生動物が通過する程度だろう。どうしてそんな場所に二度も数メートルと離れない穴が開くのか。前回の時はまだデータもなく岩場の崩落による偶然の産物とも考えられたが、二度目となると話は全く違う。

わざとそこを狙って開けてるのか?

そう考えた瞬間、背筋が凍る気がした。先代の青龍がその穴を閉じようとして人外と遭遇したとされ、一人で戦った彼はその場で命を落とした。炭化していたと聞いたから恐らく人外は火気で木気には相性が悪かったのだと古老どもは吐き捨て、戦闘能力が低い木気だからやむを得ないとまで言った。だが、そうではなかったら?東南東の山林は確実に青龍の守備範囲だ。前回先代の青龍が人外と遭遇して命を落とした事も計画通りの事だとしたら、ゲートキーパーを狙って何かを仕掛けようとする策を練り上げられる程の存在が闇の中に隠れているということになる。それは先だって白虎が危惧していたこと、そのままということだ。

それにしても、もしやと思ったが……

勿論目の前に以前ゲートが開いたのに、また開いた事例が無いわけではない。トンネル掘削で三度も近郊で穴を開け続けた後で、そのトンネルが完成したら幽霊トンネルとして有名になったなんて間の抜けた事例もあるのだ。だが、それは開拓され続ける場所でのこと。大規模な土砂崩れや岩壁の崩落が起きたわけでもない場所では、殆どないに等しい。
つまりは小規模なゲートを饕餮と同じく開ける可能性が高いものがそこら辺をうろついている。しかも、饕餮の方法は礼慈が知覚するのを上手く擦り付ける事が、前回の事からも分かっていた。同じ方法で尚且つ規模も三メートル程度なら、礼慈に全く気がつかれない可能性は高い。つまり、七年前のほぼ同じ場所でのゲートも同じものの可能性が高いと言うことだ。思わず智美はモニターの前で口元を片手で覆うと、鋭い舌打ちをしながら毒づいた。

「腹立たしいことこの上ないな、人間だと馬鹿にしやがって。」

智美は頭をフル回転させながら、状況を思案する。
最初からゲートキーパー、しかも東方の青龍が狙いだったとして。想定できるのは木気の相剋である金気の人外なのか、もしくは比和を使えるなら木気の可能性もある。どちらだとしても、青龍一人なら容易く呑み込める程の大妖だとしたら。そう考えた瞬間、モニターの中で一人でその場所に向かっている青龍はどうなるのかと思考が赤信号を点滅させる。
何とか連絡を取りたくても白虎も玄武もこの状態では、連絡のとりようもないのだ。院の人間を差し向けるにも、もしそれほどの大妖が潜んでいたら、ただの人間は奴等にとっては餌を届けるだけ。

こんな状況を作り出してしまった院の馬鹿さ加減に反吐が出そうだ。

もっと四神と友好に関係を保てていたら、違う手があったかもしれない。だが、こうして無駄に時間をかけて、かもしれないと言う事にすがり続けるつもりはなかった。 

他の四神で最も移動速度が早く、急な異変に対応できるのは。

玄武は急な異変にも対応できるが、移動速度に劣る。朱雀は移動速度では勝るが、急な事態への対応はまだ経験が浅い。どちらも満たすのは白虎が最適だ。今白虎の向かいそうな場所に向かっている院の者がいないか咄嗟にモニターの表示を変える。誰かが白虎に接触できれば、事態は変わるかもしれないと素早く算段していた。

「智美さん?」
「礼慈、西側に派遣したのは誰だ?」

気配を感じて部屋に姿を現した礼慈に、何時にない厳しい口調で振り返りもせず問いかける。智美の声に礼慈は微かに表情を変えて、その者の名前を告げていた。至急連絡を取れと告げられて、礼慈は慌ただしく動き始める。



※※※



昨日の苛立ちは自分一人になるとあからさまに全身から気に混じって、まるで冷気紛いに四方に放たれていた。普段なら我先と噛みついて来るはずの蜘蛛のような人外の小物が、その気配に怯えキチキチと声をたてて震え上がっているのが分かる。だからと言って白虎には今、この苛立ちを全く押さえるつもりもない。

親子でこの運命を背負いたくて背負った訳ではないし。親も祖父母も傍に居られるなら、こんな能力欲しくもなんともない。

それを竜胆貴理子は何も知らずに、皮肉混じりに投げつけたのだ。欲しくてこんな力を得たわけでもなければ、失いたくて両親や身寄りを失ったわけではない。母の苦労も苦悩も知らずに、シングルマザーだと揶揄されたりするのには酷く腹が立つ。父の存在を守りたかったから母も自分もあえて縁を切っている事も知らずに、好き勝手な話を作り上げられるのは不快で仕方がない。目の前のゲートを閉じる前に、苛立ちを八つ当たりに変えて白虎は人外の殲滅に入った。それでも純白に輝く異装は、白銀の残影を纏う神楽舞のように美しく艶やかだ。その四肢が空を切るだけで人外が細切れになり、塵になるのさえなければさぞかし見事な舞いに見惚れることだろう。その最中何かに気がついたように、白虎の視線が木立の奥へ流れて動く。

「何のようだ?」

無造作に右手をかざしてゲートを塞ぎながら、その視線は怯えながらこちらを見ている目に冷ややかに問いかけた。そこにいたのは院の若い僧衣の男。普段は近くにいてもこんなに近づいてくる事はないし、態々白虎の前に姿を見せることはあり得ない。今の白虎は流麗な見た目と違い冷淡で残忍というのが、今の僧服達の共通認識の筈だ。

「あ、あの……。」

戸惑い以上の感嘆の瞳に、もし戦う姿に何かいったら即張り倒そうと内心白虎が考えているのも知らず。オズオスと青年は更に歩みより、院の者が連絡を取り合う小型のトランシーバーのような物を捧げるように差し出した。意図が分からず目を細める白虎に彼は怯えながらも、式読様からの指示ですと震えながら白虎を見上げる。

香坂の指示?

違和感が膨れ上がるが、目の前の青年が嘘を言う必要は全くない。ゲートを閉じきった彼は僧服の青年に向き直ると、その手からトランシーバーを受け取った。

『白虎?』
「ああ、珍しい事をするな?何のようだ?」
『そんな事はどうでもいい、青龍のところに直ぐ行ってくれないか?』

その言葉に一瞬不安が胸を過り、同時に式読の言葉がそれを更に膨れ上がらせたのに気がつく。白虎の頭に過るのは長月想の無惨な姿。白虎は短く礼を告げトランシーバーを僧服の青年の手に返すと、一瞬でその場から姿を消していた。



※※※



凄まじい速度で西の山陰地方から一直線に東南東に光源が移動するのと、連絡を取った僧が興奮ぎみな声で指示通り致しましたと報告するのを聞いていた。白虎の速度は航空機以上で、闇を切り裂くように駆けていく白銀の巨大な虎の姿が目に浮かぶようだ。その動きに玄武と朱雀も異変に気がついた様子で、動きが変わるのがモニターの中でも分かる。
既にゲートに辿り着いていた青龍の動きは、今のところモニターの中には変わらない。しかし、その眼前のゲートを閉じる事もなく、青龍がそこに立ち止まっていることは有り得ない事だ。礼慈は訝しげに東南東の宙を見つめて、黒曜石の瞳を細めている。

「何か感じるか?礼慈。」
「奇妙な闇の感じがしますが、……やはり妖気は上手く感じ取れません。すみません……。」

智美の言葉に礼慈は顔を伏せ、呟くように答える。やむを得ない事態なのに、自分の責任だと思ってしまうのは礼慈の生真面目さのせいだろう。智美は一瞬振り返り、礼慈に諭すように口を開く。

「謝る事じゃない、相手だってお前の有能さを擦りぬける方法を模索するんだろう。忌々しい奴等だと言うことだ。」

その瞬間ゾワリと背筋に悪寒が走ったように、礼慈は再び東南東に顔を向けた。一瞬何かが闇から指先を延ばしてきたような感覚に礼慈の肌に粟立っていく。

「…どういうことだ?」

微かな戸惑いと憤りに満ちた智美の声音に、横にいた礼慈も微かに不安を示す表情でモニターに視線を投げる。
東南東の穴の目の前に西から高熱源の1つが接近したと同時に、不意に青龍と思われる高熱源が消滅したのだ。西からた辿り着いた熱源が少し温度を落としたところを見ると、神獣の姿から人の姿に戻ったのだろう。ゲートの前から動かない白虎の熱源に他の二つがそれぞれの方向から合流すると、白虎と思われる熱源がスッとその場を離れて西に戻り始めた。
やがて自分達のいる都市部でスッと熱源が途絶えるのを見やりながら、智美は底知れない不安をその胸中に感じていた。

自分達の予想を遥かに超えた何かが起きている。

それは、不気味に足音もなく直ぐ傍までにじりよっているかのような気がしていた。

「青龍に何かあったと見えるな。」

全ての状況を頭の中で整理して智美は、小さく呟くような声音で囁く。恐らく白虎が戻ったのは青龍を運んで来たのだろう。
今だ一度もあったことのない東方の守護者・青龍。
今だ彼の素性は院でも確認されて居ないものであり、上層からそれとなく確認を求め続けられているものでもあった。しかし、一向にそうしないでいるのは、暗に智美と礼慈がそのつもりがないためでもある。だがこうして何かが起こったと見れば、そう言い切れないような気もしていた。その思いを見透かすかのように隣にいた礼慈が声を落とす。

「今夜もし、彼らが来るようなら問いかけてみましょうか?」

栗色の髪を頬に垂らしながら、ふっと眼鏡を押し上げるようにして彼は目を細める。以前の院の扱いを覚えている白虎と玄武の気持ちは、痛いほどに理解できた。だが、人外の狙いがゲートキーパー当人達になってきていると、話は変わってくる。お互いの情報を交換しないと、対応できない事になりそうだ。

何が一番大事で、何が一番今必要なのか、それを見極めて動くことが必要なのだ。

そう彼は心の中で呟いた。嫌なことは理解しているからこそ、自分が上手く動く必要がある。

「そうだな…もし、今夜彼らが来たならそうしようか、礼慈。」

しかし、その後時間は過ぎ、思い切ったような智美のその言葉に反して彼らはその夜もうその薄暗い室内には誰一人姿を見せなかった。

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