GATEKEEPERS  四神奇譚

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第二部

第三幕 東南東 山間部

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真っ暗い闇の中に闇色の瞳が存在していた。自分を嘲笑う半円の月が地を這う様な低い声を放ち、声は自分の足元から体に向かって這い上る。それは響き心を揺さぶる闇からの囁きだ。

人のふりをして……

邪悪な囁きが不安に呑まれる脳を揺らす。
そうじゃない、自分は人間だ。そう叫びたいのに言葉が喉に張り付いたかのようだ。言葉は形にならずに凍りつき佇んでいる自分の足元で、低い声は月夜の下で風に溶けて消えた。
不意に自分の背後に居る巨大な気配に振り替えると、そこには自分よりも遥に巨大な蒼い鱗を煌めかせた蒼い水晶のような輝きを放つ瞳をもつ存在が自分を見下ろしているのが分かっている。それは蒼さを増し自分に覆い被さるようにして、長くうねる尾を逃さないと言いたげに足元に巻き付けていく。そして開かれる強大な口の中は鋭い牙と、血のように赤い喉をの奥までが見える。

やめろ!僕は…。

続けたかった言葉が自分の中の疑問に遮られる。
背後にいた筈の蒼い力の塊は、沢山の人間の魄を吸いこんで更に蒼さを増していく。それは自分達が敵として戦うモノ達となにも変わらない。彼の目の前に浮かぶ龍の姿に、彼は見たものの理解に震えながら絶句した。

お前の力は何処から来た?

あの低く嘲笑う声が何故か龍の口から放たれて、愕然としながらかれは自身の中に宿っている筈の龍を見上げる。

お前も四神も贄によって力を得ていることくらい分かっているだろう?お前が捧げた贄は何だ?親か?兄弟か?

咄嗟に青年は耳を塞ぐが、その声は怯みもせずに頭の中に響き渡った。

やめろ!

彼の当惑し拒絶に叫ぶ声を、闇色の瞳は嘲笑うかのように暗い世界の奥から見つめている気がした。



※※※



ハッと目を見開いた彼の視界はまだ闇夜の中に包まれていて、一瞬自分がどこに居るのかが分からなかった。起き上った上半身が周囲を探り、目が暗さになじみ始めるとそこが自分の部屋のベットの上である事が分かり微かに息をつく。義人はリビングの気配をふと感じながら、微かにふらつく足元に気がつきながら眩しい人工の光があふれる室内への扉を開いた。

「気がついたか……大丈夫か?」

穏やかな声音に義人は微かに目を細める。未だ白の衣装を纏う彼の姿に、義人は我に返ったように額に手を当てながら戸惑う様にその姿を見つめ返した。

「僕は…?あのゲートは?」
「俺が到着した途端お前が気を失った、…ゲートは今二人が残って閉じにかかるところだ。」

その言葉に義人は微かに苦悩をにじませた表情で、彼の顔を見つめながら唇を噛み俯いた。彼の様子を眺めながら白の異装を翻した青年は滑らかな動作で、彼に歩み寄るとそ肩に大きな手を置く。いたわるようなその手の動きに弾かれた様に義人は視線を上げた。

「…もう少し休め、今夜の事は後で教えてくれるか?」

青年は静かに、だが有無を言わさぬ声音でそう言い自分はまた仕事に戻るからと小さく付け加えた。その言葉に微かに彼の瞳が震えたのに気がついて、青年は静かに言葉を繋ぐ。

「落ち着いたら何があったかを教えてくれればいい。大体見当はついてる。」

一瞬言葉を口にしようとした義人は、そのまま視線を落として口を噤むと促されるままに室内に戻る。ベットの中に戻ったその姿を微かな溜め息と共に見つめていた青年は、暫しそのまま立ちつくしていた様子だったが何時しか身を翻し再び月夜の下に姿を消す。安堵する筈のベットの中でその気配を確実に読み取りながら義人は大きな不安と疑問を抱えたままじっと身じろぎも出来ずに凍りついていた。



※※※


ふっと息をついてゲートを閉じ終えて気を緩めた黒曜石の輝きが、一瞬雷光の様に弾けて四散する。白虎がこちらに向かう気配を感じ取った彼は、既に閉じたゲートの場所に目を細めた。その場所は数年の間に少し様相を変えてはいたが、白虎も玄武も初めての場所ではないのだ。ゲートを閉じ終えた源武の何時にない気配に、隣で宙を舞う朱雀は眉を潜めた。
眺める山間部の山林の隙間から、微かな潮騒の音が響く。どうやら海が近いのだと気がついた朱雀は、訝しげに玄武の隣に舞い降りた。

「どしたんだよ?なんか、考え込んで。」
「………ここら辺の近くに以前もゲートが開いたことがあるんだ。もう、随分前になるけどな。」

へえと感心したように朱雀は辺りを見渡した。再度近郊でゲートが開くには地脈はそれほど近くには感じないし、道路の造成やゴルフ場の誘致があるわけでもない。繰り返しゲートが開く条件には余り当てはまらない辺りを、朱雀は不思議そうに眺め回す。ふと玄武が何気なく振り返ると、木々の合間から音もなく白虎が歩みでて二人に近づいた。

「アイツは?」
「目は覚ました。」

玄武の問いかけに白虎が溜め息混じりに呟く。そして玄武の視線に同じ辺りを見つめた。

「なぁ、何でこんなとこで何度もゲートが開くんだ?」

最もな問いかけに玄武が先に帰ると踵を返すのに、白虎が青龍に気を付けてくれと呟き彼は無言のまま姿を消す。二人きりになった白虎が、あそこが見えるか?と静かに問いかける。静まり返った森の一部が岩肌を露にしている場所が、月光で白々と浮かんで見えていた。

「あそこが何?」
「以前ゲートが開いた場所だ。七年位前のことだ。」

そこも普段ゲートが開く条件とはかけ離れた岩場で、朱雀は眉を潜めて白虎に思ったとおりに呟く。さっきも思ったが人気もなく地脈も傍には感じられないし、何か工事が施工される気配もない。

「……そうだな、何時もの条件には全く当てはまらない。あの時は気がつく余裕もなかったが、今になるとあの時あそこに開いた理由が分かる。」

白虎の静かな言葉に朱雀は目を細める。近くに行こうと低く告げた白虎がまるで苦もなく一跳びで岩場に向かうのに、慌てて朱雀も空を舞い後を追う。巨大な岩場には太く半分枯れたような蔦が絡み付き、まるで岩と枝葉がすっかり一体化している異様な様相。それを興味深そうに見上げた朱雀に、溜め息混じりに白虎が呟く。

「俺も玄武も先代の朱雀も、あの時この蔦でゲートを塞いだのは長月さんだと思ったんだ。」
「蔦って木気ってことか?先代の青龍?」

そっと撫でるように蔦に触れた白虎が、過去を思うように月光に光る瞳でそれを見上げる。そこにまるで話している長月と言う人物が居るように、まるで彼の目には直にその姿が見えているように囁く。

「そうだ、先代の青龍。俺達がここに辿り着いた時には、長月さんはもう意識もなかった。何が起きたのか聞けないまま、長月さんの体を枝葉と根から外し、俺達で荼毘に付したんだ。」

唖然としたように朱雀が目を丸くする。ここで死んだ者がいることも驚きだが、それ以上に白虎の言葉の方が予想外だ。人の遺体を勝手に燃やしてしまっていいのかと問う視線に、白虎は静かに言葉を続けた。

「その当時は遺体は全て研究所に、検体として永遠に墓にすら入れてももらえなかったんだ。」

その言葉に呆気にとられた朱雀に気がつかないように、白虎は微かに過去を思うように語る。

「五代さんと長月さんが居なければ、俺のお袋も骨すらも奪われるところだったんだ。五代さんがあの時そうしたのは、長月さんと約束があったんだろうな。」
「そんなの……ありなのかよ?現代社会だぞ…?」
「そのために俺や玄武、五代さんが必死で院との繋がりを切ったんだ。」

悲しげな言葉に朱雀は黙ったまま、太く絡んだ蔦を見上げる。以前は院に身元がばれると、研究所に連れていかれて人体実験をされるとは聞いたことはあった。ただ、直に経験したことのない事は、それほど実感を伴わなかったことに気がつく。自分と青龍はそんな目に遭ったことはないから、何処か作り事めいて聞いていたようだ。
研究所の奥に幾つも並ぶ自分達と同じ能力をした人間の遺体。保存液に浸けられ幾つもそれが並ぶ姿を考えると、吐き気を催す気がする。そんな思いを紅玉に光る瞳は何処か、五代を思わせて白虎は苦い微笑みを浮かべた。

「あの時長月さんは人外と一人で戦って人外をゲートに封じ込めたか、少なくも闇に逃げ込む程度には追い込んだのだと俺達は考えた。少なくともまだそれほど成長していないのと遭遇したのだと。」
「違うってのか?」
「恐らく饕餮以上……、それと一人で対峙して殺されたんだ。」

朱雀は振り返り悲しげな白虎の顔を見据える。

「しかも、それはまるで青龍に傷を負わされたように見せかけて闇に潜んでいたわけだ。少なくとも七年…いや、二十年以上かもしれないな。」
「何で二十年?」
「院の星読なら、人外がゲートを潜る時の妖力は感知する。闇に紛れるだけなら大した妖力は使わないから、感知から漏れてもおかしくはない。」

二十年も人間の世界で潜んでいるものが、何で七年も前に四神に関わり今も態々出てきたのか朱雀には全く理解できない。その表情に気がついたように、白虎は暗い声で呟く。

「何か目的があるんだろう、青龍だけを狙う理由がな。」

夜風に白虎が張りつめた気持ちを解きながら、まだ月の光のさす天を仰ぐ。まだ、どこか自分の腕の中に倒れ込んだ青龍の蒼ざめた顔が脳裏にチラつく気がして、白虎は微かな溜め息をついた。それは何処か過去にあった様々な事すら彷彿とさせて白虎自身の気持ちまで暗く重く沈ませていく気がしてならないのだ。

「白虎、でもさぁどうして青龍なんだよ?」

不意に背後から降り落ちた声に彼は視線を返し、その紅玉の瞳を見つめる。誰を狙うかと言えば正直なところ、気を練る事も操ることも下手な自分の方がはるかに容易い。気を練る事に長けていると言うことは、自身の能力を最大限に使いこなせることが出来ると言うことだ。その差は大きく違うことくらい朱雀でも理解できる。まるで闇夜に光る星の様にその瞳は鮮やかに光りを放ち、以前よりずっと強まった気の気配に白虎は不意に気がついた。白虎の視線に気がついた朱雀は微かに訝しげな表情を浮かべながら音もなく、彼の傍に舞い降りると宙に微かに体を浮かべたまま白虎の顔を覗き込んだ。

「白虎?」
「あぁ、いや………。恐らく青龍でないと得られないものがあるんだろうな、敵に。」

夜の闇に光を指す様に紅玉の瞳が驚きに見開かれ、微かにその色を深める。朱雀は硬く張りつめた様な視線を浮かべながら、その知らぬ者が見たらきつく見える視線で目の前の青年を見つめた。

「でも、戦ってはいないんだろ?戦ってたら……」
「そうだな、戦っていたら青龍がやられていたろう。態々姿を見せたからには、何か企んでいるんだろうな。」
「奴らにそんな頭があるのかよ?」

訝しげな彼の問いかけに白虎は、小さな溜め息と共に再び天を仰ぐ。その仕草の向こうに彼自身にも戸惑いがあるのが垣間見えたのか朱雀は、思わず押し黙り夜の中でも微かに白く光を放っているかのようにも見える青年の様子を伺う。
暫しの逡巡の後、その青年は重い口を開いた。

「蘇って二十年以上も身を隠す知能があれば、妖力の蓄えも多いだろうし、様々策を考えるくらい容易くするだろうな。」
「青龍でしか得られないことって、今の状態でわかんねぇの?それを守りゃいいじゃん。」

朱雀の言葉に込められた憤りにも似た感情に気がついた白虎は、彼が憤っている訳でもなく仲間を心配しているのが分かって思わず微笑む。

「お前、素直と言うか、優しいな。」

不意に何時もとは違ってそんなことを言い出した白虎に、朱雀は驚いたように頬を染める、

「だから、青龍の何が欲しいんだよ?奴等はさ。」

一度質問をはぐらかされた様な状態になった朱雀が憮然とした表情を浮かべる。その言葉に白虎は岩に張り巡らされた蔦を眺めると、仮定の話だがと呟く。

「闇に潜んでいる奴が木気だとしたら、だ。」

サワリと周囲の山林の枝が、潮騒に微かな音をたてて揺れる。棚引くような薄い雲が、帯のように流れ月の光を薄いベールで遮るのを白虎は目を細めて見上げた。可能性ではあるが先だっての饕餮も、朱雀の火気を取り込もうとしている。あの時は朱雀が気を練るのが不得手だったが故に、逆に火気が収束しておらず相手にも取り込めなかったのだ。では気を練るのに長けている青龍ならどうだろう。勿論宇佐川義人も気を練るのは長けているが、先代の長月想も同等に気を練ることに長けた人物だった。五代武があっという間に気の操作で負けたと話していたのを聞いたことがあるが、基本朱雀は余り気を練ることが得意ではないのだ。同時に青龍は大概が気を練ることに長ける。

「こちらの木気を取り込んで、妖気に変換するつもりでいるかもしれない。」

その言葉に朱雀は唖然とした顔で、言葉を失っていた。



歳かさの2人は微かに顔を見合せながら小さな溜息をつく。
そうして、人気のない月明かりの下で2人が知りうる過去と彼等が抱く不安とを話していた。


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