GATEKEEPERS  四神奇譚

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第二部

第二幕 真見塚邸

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様々な場所で様々な変化が起きていたその日の真昼の最中。街中の往来で見かけたその姿に、まだ何も知らない忠志は迷わず大きな声を上げる。

「し~んやァ!」

往来での予想外の大声に一瞬、彼自身の内面を示すかのような当惑したままのモデルのような長身と秀麗な顔立ちは振り返った。忠志はその表情に訝しげにきつい目元を潜ませて歩み寄る。一瞬浮かべていた当惑の表情は何時もの冷静な表情の下に直ぐ隠れるように消えて、目の前の青年は静かに穏やかな表情で彼を見返す。ふと溜め息混じりに口を開いた時には、もう彼は普段の鳥飼信哉に戻っていた。

「忠志、往来で大声で呼ぶな。恥ずかしい。」
「信哉が足速いから、声で呼ぶしかないんだろォ?で、何処行くんだ?」

問いかけた言葉に微かに信哉が戸惑う表情を再び浮かべるのに気がついて、忠志はおやと表情を変えた。その表情の向こうに何か個人的に動こうとしている彼の姿を見た気がして、忠志はにっと愛嬌のある笑みを浮かべて信哉を見上げる。その表情は一人で先走った行動はさせないぞと言い放っているような気がして、信哉は微かに溜め息をついた。

「親父に会いに行くだけだ、話は後でするから。」
「親父さん?あ、そう言えば合気道の道場に紹介してくれる約束!」
「……今日でなくていいだろ?」
「まぁた先延ばししたら、俺の燃え上がった意欲が燃え尽きちゃうじゃん。」

どうにも引く気配のない忠志の様子に、信哉は深々と溜め息をついて渋々同行を承諾させられていた。そうして暫くぶりに訪れた真見塚家の仰々しい門構えに、同行者は感嘆の言葉を漏らす。横にいる信哉と真見塚孝の関係は一応知っているもののこうして真見塚家を見たのは初めてのことだったのだ。それにしても古くから続く道場らしいのは聞いていたが、お屋敷と呼んだ方がしっくりする大邸宅に思わず呆れたように見上げる。
表の門から見える広い庭は、完全な秋の装いの染まり始めた紅葉が鮮やかな日本庭園だ。その先には道場らしい大きな建物が木立の向こうに見える。
正面の門をさっさと通り過ぎて慣れたように邸宅の入り口に回った信哉が一瞬躊躇うよにしてから呼び鈴を押す姿を、何だか不思議な気持ちで眺める。

『はい。』

呼び鈴の向こうから聞こえた穏やかな声に、一瞬信哉の表情が硬くなるのに気がつく。

「…ご無沙汰してます、杜幾子さん。信哉です。」
『…まぁ!ちょっとまってね?』

華やいだ声が帰ってきたことに余計硬くなるその表情を見やりながら、頭の上で腕を組んだままでいた忠志の視界の玄関の引き戸が音をたてて開く。その先に酷く幼いようにも見える線の細い美しい人が楚々とした様子で、玄関から顔を出したのに気がついた。そこで、はっとしたように信哉は忠志を見やったが、時遅しと諦めるかのような表情を浮かべたのに気がつく。恐らく家人の目に触れる前に少し離れておきたかったのだろう。その小柄で可憐な花のような女性は、色白な細身の全身から温和そうな空気を放ちながら緩やかに編みこんだ長い黒髪を揺らしながら三十センチ以上も背の高い信哉を上目遣いに見上げる。

「久しぶりね、信哉君。中々会いに来てくれないから、タカちゃんも私も寂しがってたのよ?」
「すみません、でも。」
「でもじゃないの、貴方も家の子だと私は思ってるんですからね、私は。」
「…すみません。」

まるで蒲公英のように愛らしい笑顔を浮かべるその小柄な女性の言葉の勢いに負ける信哉の珍しい姿。唖然としている忠志に、ふっと彼女はその笑みを投げた。まるで彼の異母弟である青年とは似ていないような気がするが、恐らくこの女性が真見塚孝の母親なのだろうと今更ながらに忠志は気がつく。

「信哉君のお友達?」
「あ…はい。槙山忠志といいます。」
「真見塚杜幾子と申します。信哉君が何時もお世話になってます。どうぞお入りになって。」

勢いに飲まれるように思わず名前を告げた忠志に彼女は歳の想定も出来ないほど愛らしく、それでいて有無を言わせぬ気配でそう爽やかに言い放っていた。
真見塚家の妻女の勢いに負けて美しい庭園を望む整理された奥座敷に案内された後。暫し二人になった状態でも落ちつか無げな忠志は、一気に疲労困憊という表情の信哉ににじり寄った。

「な、信哉。あの人って孝の母さんだろ?」
「ああ。」
「随分、孝と似てない人だな?明るいし人懐っこいし。」

その言葉に毒気を抜かれたように信哉も珍しく苦笑を浮かべる。忠志も愛嬌のある笑顔を浮かべ、その広々とした縁側から中庭を眺め呆れたような感嘆の溜め息をつく。縁側ににじり寄っていく姿を信哉から窘められるのも気にせずに、忠志は縁側から庭をながめ、世の中には様々な生活環境があるもんだと感心する。
ドラマやバラエティーなんかで大豪邸が世の中に存在するのは事実だが、直に目にすると驚くほかない。こんな大きな家に産まれた優等生ときたら、まさにお坊ちゃまというものなんだろうとふと思う。その青年の妾腹とはいえ兄に当たる彼の仲間の境遇を僅かに不思議に思ってしまうのは当然の事だ。先ほどの彼の様子ではこの家に拒否されているのではなく、彼自身が望んで拒否しているようだ。それは家族のもういない彼にとってはもったいない事のようにすら思える。

「信哉はどうして、このうちに来ないんだ?」
「……分かってて聞くな。」

聞いてしまってから、改めて自分達の境遇を思い出して思わず悪いと呟く。もし信哉がこの家に身を置いたら、下手すると家族に害が生じる可能性があったことを失念していたのだ。それでも、こうして家族と認められている分で害がないのは、随分と優遇なのだろうか。それとも逆に家族になれないと分かっているのだから、残酷なことなのだろうか。
微かな建具の音をさせて茶菓子を盆にのせたお手伝いさんが姿を見せたのに、忠志は改めて目を丸くしている。世の中に本当にお手伝いさんがいる家があるなんてと、興味津々の忠志に信哉が苦笑いを浮かべた。

「すっごいなぁ、本物のお手伝いさんなんて初めて見た。」
「そうかね?まあ、家族だけでは手が回らんからなぁ。」

忠志が言葉を放った瞬間、不意にかけられた人懐っこい声に忠志が慌てて信哉の隣に戻って頭を下げる。珍し気に忠志の姿を眺めてから、壮年のわりにしなやかな体つきをした信哉に似た面差しをもった男性の姿。音も立てないしなやかな動作は培った武術が体表から滲み出る精悍な身体つきを持ちながら、ゆったりとして何処となく信哉の立ち振る舞いにも似ているかのような気がする。確かにその男性は彼の異母弟にも何処となく似ていたが、それよりも目の前の青年のほうが良く似ている気がするのは年齢のものなのかどうなのかはわからない。ただ、似ていると素直に思えるのだ。

「珍しいな、信哉が家の方に顔を出すなんて。独り暮らしが寂しくなったか?」

穏やかな声音にふと信哉がその姿を仰ぐように見やったかと思うと、普段よりももっと静かな声音ではっきりと言葉を口にする。

「馬鹿な事言わないでください、悠々自適で快適に暮らしてますから。」
「そう言わずたまには夕食ぐらい食いにくれば、上手いもんでも出してやるぞ?」
「そう何度も食でつられませんよ?」

思いもよらない会話の口調とその表情に驚きながら横で目を丸くする忠志の姿に、一寸後悔するような光が信哉の瞳に浮かぶ。しかし、そのことより先に話しを続けたいらしく、彼はがお茶を含むと目の前に座る真見塚成孝を正面から見つめた。室内の暖かい空気など何処吹く風という様子のそのまるで刃物のように研ぎ澄まされた気配すら滲ませる視線を真正面から受けても、その男性は動揺する事もなく微かに目を細める。

「少しお伺いしたい事があってきました、先生。」

信哉の声音の真剣さに、成孝は目を細めこれ以上世間話の余地がないことに気がついたように居住まいを正しながら彼の言葉の先を促した。

「先だって孝から聞きましたが、道場に通う門下生が数名行方不明になったそうですが、その後はどうなりましたか?」

その言葉に忠志は微かに眉を潜め、当の質問の相手も予想外の質問に微かに目を丸くする。忠志も暫く前に都市部での行方不明者が増えたという話は聞いていたが、ここでその話がまた持ち上がるとは思っても見なかった。それは、質問を投げられた方も同じだった様子がありありと分かった。

「その後も何も音沙汰はない…な、変わらずというところだ。」
「では、その行方不明者に何か共通するような事はありますか?」

その質問の真意を図る様子で成孝は微かに口元に手を当てて考え込む。それぞれを何処まで詳しく理解出来ているかは兎も角、暫くするとゆったりと成孝は首を横に振った。

「それぞれ家庭に少し事情はあったらしいようだが、どれも大きな問題ではないな。だが共通しているといえば、それくらいなものだな。」

その答えはわかりきっていたという様子で、信哉は暫し思いに沈むように考え込む。やがて思い切ったように彼は静かに視線を上げると目の前の実父である男性を真正面から真摯な眼差しで見つめた。

「知人から気になる話を聞きました。俺の身辺を探っている者が居るそうです。」
「お前の?」
「理由はわかりませんが、その行方不明にも幾分関連しているようなんです。」

信哉の言葉に、忠志が目を丸くする。それを横に初めて信哉は表情を緩めて体を乗り出すと声を落とす。

「親父、暫く孝の身辺に気をつけたほうがいい。家には来ないようにさせてくれないか。」

その言葉の深い響きに微かに驚いたように成孝は目の前の信哉の姿を見つめ返す。呼べと請われても今まで消して呼ばなかった彼があえてそう口にしたのは本心から、異母弟の身を案じている証明である事に気がついて彼は静かに頷き、その言葉の説明を促していた。そして、その横で最初は場違いに悩みつつ耳を貸していた信哉の友人でもあり仲間でもある青年は、その理由を耳にした瞬間何だかいやな予感に胸がうずいたのに気がついていたのだった。



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