GATEKEEPERS  四神奇譚

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第二部

第一幕 土志田邸

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二人だけで暫く会話を続けていたものの、やがて話題はなくなり夜の街をガラス越しに二人は眺めていた。窓の向こうには一ヶ月前に半球体の闇に包まれ異界に取り込まれた筈の高層ビル群が、幾つもの窓の明かりとネオンで照らし上げられている。まるで、ついこの間の事件なんて何も無かったかのようだ。人間の再生能力の高さを誉めればいいのか、それとも被害を少なくできた自分達を誉めればいいのか。それでもあの事件では何十人か死傷者がでていて、ビルの倒壊に関しては裁判にもなっているようだ。勿論饕餮が原因等とは社会としては言えないし、院の存在も自分達の存在も表に出せる存在ではない。
それにあの時に至るまでに饕餮が、何人の人間を餌にしたかは正確には分かっていない。人間を餌にして生きる存在の漫画が流行っているのは知っているが、人間を餌にしてどんどん成長する化け物がいるとしたら。それを認めてしまったら社会はとんでもない騒ぎになってしまう。野生の熊がタイミングで人を襲って喰うのとはまた違う、あれらは確実に人間だけを狙うし跡も残さないのだ。しかも、喰った分あの化け物は喰った者の知恵を得る。狡猾さも周到さも増すし、姿も人間に近づいていく。そして、今の世の中では人一人消えても暫く気がつかれないことまであるのだ。昔のように神隠し何て騒ぎも起こらず、いつの間にか消えてしまう人間。あの街の光の下で何人が消えたのか分からないが、今目に映る街の明かりは何も以前とは変わりがない。

「不思議だよな。」
「ん?何が?」
「あの時の事なんて、無かったみたいに見える。」

忠志の言葉に義人もつられて窓の向こうを眺める。

「何もなく見えるなら良いことなのかもよ?」
「ん。そうなんだけどな。」

楽観的な口調で頭を後ろで手を組んだ忠志は、考え込むように黙り込むと義人の事を眺める。

「義人はあんまし俺みたいに怒んねぇよな、俺なんか血が昇りやすいから直ぐカッとするのに。」

予想外の言葉に義人は、微かに驚いたように彼を見つめた。戦闘中の頭に血が昇りやすいのは朱雀の気質ではあるが、基本的に五情が楽で、五志が喜や笑いの彼の方がずっと人当たりも良く人好きされる。

「そんなことないよ、僕も結構怒ってるし。」
「そうかねぇ?」
「うん、この間勝手に家のビール飲んだのも怒ってるしね。」

その言葉にヤバいという顔で慌てて忠志が視線を反らす。それにあまり表だって怒ることは避けたいんだと、その様子を眺めながら義人は心の中でそっと呟く。
それから暫くしてやっと戻ってきた鳥飼信哉と土志田悌順の姿に安心した表情を浮かべたのも束の間、信哉から仮定を聞いた時義人と忠志の反応は思ったより冷静なものだった。恐らく彼ら二人も仲間の二人が戻ってくる前に、話している内に何処かで同じ結論に思い至っていたのだろう。そのことに気がつきながら白虎である信哉、そして玄武である悌順は今丁度訪れた院でも同じ結論を伝えてきた事を話す。

「要ってのは、幾つ位あんのかなァ?」

ふっと腕を組みながら天井を見上げた槙山忠志が呟くと、義人も気遣わしげに二人の姿を見下ろす。看護師である彼の手は手当てが必要ならと準備していた救急箱を抱きかかえ、視線はその言葉に不安を隠せない光を抱いている。

「どうだろうな?一つではないとは饕餮は言っていたが。」

饕餮はあの時要を一つ砕いてやったと嘲笑った。と言うことは少なくとも要は一つではなく、幾つか同じような岩が存在することだけは確かだ。一個が砕かれる事でどんな変化が呼び起こされるのかも分からない状況で、地脈に潜む岩があと何個あるかは想定のしようがない。

「…今のトコ院も手詰まりらしいしな。」
「一先ずは出来ることをするってことでしょうね。」

そうだなと義人の言葉に、悌順が考え込むように低い声で答えを返す。その様子に気がついたように義人は、不安を隠せない瞳で彼を見つめ返し気遣わしげな微笑みをしいた。それは何かを怖がっているかのような表情に見え、義人の内面を写すかのような気がする。その視線を見上げながら信哉が、微かに息をついて微笑を浮かべた。横にいた悌順もそれに気がついたように苦笑を浮かべ口を開く。

「まだ仮定の話なんだ。そんな顔すんなって、義人。」
「慎重になる必要はあるだろうが、確信でもないからな。」

二人の声に微かに弱い微笑を浮かべながら義人が、気遣わしげに救急箱を片付けながら瞳を伏せる。その様子に気がついた三人がふっと口をつぐんだのに気がつきながら、彼は微かに苦悩に満ちた言葉を繋ぐ。それは暖かい筈の室内をひんやりと感じさせるかのような硬く強ばった声音だった。

「…ゲートが前に比べて開いた時点で少し病んでいる気がするんです。」

確信ではなく感覚の問題であって、少し病んでいる気がするという感覚なのだ。勿論以前と全く変わりのないこともあって断定することもできないが、無視出来るほどの状況でもない。

「要が壊されたせいの気はします。遠ければ遠いほど病んでいる気がする。」
「遠く?」
「単純に言えば富士山を始点にして遠ければ遠いほど、そんな風に感じてるんです。西と南はどうですか?」

ふっと継いだ言葉に、忠志と信哉は自分達の範囲のゲートを思い浮かべている様子だ。

「俺んとこはそんなに気になる程変化はないなぁ、俺で間に合うくらいだし。」
「こっちもそんなに変化はない。大きさより出来る数は増えてる気はするけどな。」

視線を向けられた玄武も考え込んだようだが、答えは他の二人と大差はないようで今日のゲートが初めての異変だった様子だ。三人はそれぞれに眉を潜め義人の表情を見つめる。

「気のせいですかね……僕の。」
「いや、お前がそう感じるならその可能性が高いだろう。」

一番気を見ることに長けた青龍の言葉は、時に確信をつく事も多い事を彼ら自身が経験から知っている。それに今日の事を考えれば、その言葉には十分に納得が出来るような気がした。義人の深い不安を同じように感じ取り、信哉は内心で微かに溜め息をつく。
その直感にも等しい認識の超感覚は青龍の秀でた能力でもあるが、彼の元々の気質で言えば諸刃の剣にも成り得る。空間認識と同時に見るつもりであれば、全て気の流れも視認することの出来る能力。でも、見てしまうからこそ、鼻や耳や舌の自分達とは異なる捉え方が出来てしまうのだ。そして義人は、何においても優しすぎる。能力を得た直後の事を忘れることは出来ないだろうが、無理をして同じことを繰り返しかねない。しかも繰り返したら事故犠牲も厭わない危うさは、今までの青龍がそうであったのと同じ。全てにおいて青龍は他の者とは、段違いに優し過ぎる。それを気遣うのを悟られないよう、信哉が仲間を元気づけるように口を開く。

「俺達も俺達なりに調べられる事は調べてみる必要がありそうだな。」
「調べる?!」

溜め息交じりの信哉の言葉に反応して欲しかった者とは別に、硬くきつかった目元を緩めたのは忠志の方だった。少し興味深そうに信哉の顔を見やり、イキイキした瞳で忠志が身を乗り出す。その場の凍っていた雰囲気すら全て温めるように好奇心をあからさまにした彼の行動に、思わず義人の不安げな表情が緩み悌順もつられて呆れたような苦笑を浮かべる。

「調べるって?何を?どうすんだよ?探偵みたいな事?」
「馬鹿。何処からそういう思考になるんだ、お前は。」
「だって、調べるったって院とか政府相手だろ?名探偵!みたいな!」
「お前は名探偵になるより、簡単に情報を漏らすおっちょこちょいの役割だな。」

忠志の興味に呆れたような信哉の冷静な言葉の一刀両断に、忠志がワザとらしく膨れっ面をして見せる。そんな忠志の様子にやっと緩んだ不安と緊張の糸を感じながら義人が微笑む。そんな義人の姿に微かに安堵を覚えつつも気遣わしげな視線を、その同居人でもある青年が浮かべていた。
帰途につく信哉と忠志を義人達が見送ろうとした矢先、隙をつく様に悌順を不意に信哉が腕を引いて物陰に呼ぶ。その二人の姿に気がついてはいるのだろうが、後の二人は二人で何事かを話している。それを横目に信哉は、声音を落とし囁くように口を開いた。

「ヤス、義人の様子に気をつけておけよ?」
「…分かってる。あいつはお前以上に一人で背負いこむからな、気をつけておく。」
「俺のことは関係ないだろ、今は。」
「冗談だよ、……分かってる。」

答えに安心はしたものの夜の帳の影で微かに気遣わしげに、信哉はその青年を見やりながら小さく溜め息をつく。長身の信哉よりもまた少し背の高い悌順も、ゆったりした動作で頭をかきながら同じように気遣うような視線で義人を眺める。自分達の様子には気がつかず、笑いながら話す義人と忠志の姿を無言のまま見やった。それは一見すれば何も変哲のない友人同士の会話の姿のようにも見える穏やかで和やかな会話の様子だ。その見た目どおりであれば彼らにも何も言う事はないのだと、信哉と悌順は心の中で思う。

「もし、何か起きて一番先に気がつくなら義人か……?」
「わからん、これから何がどう変化するかも、全く分からないからな。」
「そうか、確かにな。」
「でも、あの時のようなのは、繰り返したくはないな…ヤス。」

それが何を指すのか、何に向けて言う言葉なのかその先を繋ぐ事なく信哉は視線を俯かせる。その全てを理解しているかのように目の前の悌順は微かに頷き、ポンと幼馴染の青年の肩を叩きもう一度「気をつける」と囁く。まるでその言葉は自分に言い聞かせてもしているかのように、酷く重く暗い声音で口にする。そして、彼らはその後の言葉を繋ぐでもなく、義人と忠志に歩み寄るとそれぞれに帰途の方向へと足を向けていた。

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