GATEKEEPERS  四神奇譚

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第二部

第一幕 護法院奥の院

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背後を深い竹林に覆われ西の丘の上にある寺院風の家屋。表からでは全くその場所は見ることも出来ないくらいに、細く折れ曲がる長い廊下の先。
入り口の門柱には護法院とし書かれておらず、滅多にその門が来訪者のために開かれるのは見たことがない。そんな闇の中で仄かな照明に庭園だけを照らされ、人間の気配は時折廊下を歩く僧衣の姿だけだ。
そんな闇の中で当然のように庭園の中腹を音もなく二つの気配が横切り、決まった経路のように音もなく屋根に向かい飛び上がる。柱の軋みもなく屋根瓦を揺らすこともない、まるで重みのない羽がそこを動くように二つの気配は先に進む。誰も下を歩いている人間は二つの気配が頭上を滑るように移動していることなど気がつく節もない。
ひっそりと静まり返った家屋の庭園の更に奥に、長く続く廊下に繋がるようにしてその薄暗い一室は存在する。特定の人間にしかそこに足を踏み入れる事は許されない特別な一室。過去には四神と式読、星読が対面する場として特別にあてがわれていた。それに適した方位とかエネルギーがあると言う話だったが、それがどこまで本当の話なのかは実際には誰も調べた事はない。四神は誰しも人間よりはるかに身体能力が高いから、梁の高さ迄飛び上がるのは容易かった。なので殆どがその部屋の扉を開けて出入りするより、大梁の上にある棟木の間から入り込む。
音もなく室内に降り立った二人を、今日は事前に来ると予測していたのだろう。部屋の中でモニターの群れの前に腰掛けていた青年は夜の来訪者の姿に座っていた椅子を回すと、入り口の傍に置かれた椅子に彼らが珍しく腰をかけたのに気がつく。普段の彼らは必要なことだけを告げて、足早に姿を消すことが多く椅子の存在など気にもかけないことの方が多い。ただ、たまにこうして意図的に座ることもあるのだ。
香坂智美は言葉も出さずにモニターの幾つかを動かすと、横にいた黒曜石の瞳の青年に目配せして自分の変わりに座らせると、音を立てないようにそっと椅子から立ち上がった。
そうして礼慈をその場に残したまま普段よりも音を立てないようにそっと杖をつきながら、不自由な足を庇うようにして智美は二人の来訪者に歩み寄る。
部屋の奥の一角にあるそこに彼らが座るのには確固たる理由があった。彼らは何か聞かれたくない事を話そうとする時は何も言わずに音も立てずに訪れてそこに立つ。この奥座敷はとても広く、隅から隅までの距離で言えば十メートルでは足りない。ところがここにモニターを設置するための工事の際に、智美はこの部屋の幾つかの秘密に気がついていた。前室と呼ばれるこの部屋の前の空間には、監視カメラがついていて四神がより集まっている様子を監視する目があったのだ。それを見ることができたのは式読と星読の二人だけだが、以前は四神と敵対していたのなら彼らの計画などお見通しだったことになる。勿論それは自分の権限で取り外し、他の場所に仕掛けさせて有効利用させて貰っているのだが。幾つかと述べた通りこの部屋にも逆に式読や星読の動きを探ろうとする盗聴器やら何やらが仕掛けられていた。こちらの方は実は玄武と白虎が一役かってくれたのだ。何せ能力をフルに使わなくても耳も鼻も鋭い白虎と、五感の耳のお陰で聴力が鋭い玄武の二人が微かなハウリングを聞き取ってあっという間に全ての盗聴器をはずしてしまったのだ。その行動に唖然とするより何より、その個数の方が呆れ返る。つまりは、強健政治な組織の中で、虎視眈々と式読に成り代わろうとしている人間の多さというわけだ。その後も何度か盗聴器はしかけられているが、性能のいいモノは確実に二人が外す。ところが少しだけわざと外さずに残しているものがある。それとモニターやパソコンを挟んだ部屋の反対側、それが今彼らのいる一角だ。機械の作動音や室外機の作動音、後は建物の反響、普段のように智美がモニターの前に座って話す分にはおおよそだが盗聴が可能だ。だが、今彼らの顔を会わせている場所に限っては、様々な機械音のせいでほぼ会話は聞き取れないと智美は知っている。何故それを知っているかは、智美自身が直に聞いてみて知っているからとだけ言えば充分だろう。
傍に座った智美の姿に白い薄絹の衣装を纏った涼しげな目元をした青年が、視線を向け小さく彼にしか聞こえない程度の声音でそっと口を開いた。


「……北のゲート、見ていて何か変化はあったか?香坂。」
「温度の変化。」

智美の言葉に白虎は目を細め、玄武は微かに眉を潜める。

「温度はどれくらい変わった?」
「目の錯覚かと思う位、微細。」
「微細…か。」
「土砂崩れ現場だったんだよね?出来たばかりの。」
「院が向かってなくて何よりだった。」

どういうことと智美が問いかけると、玄武が低く呟く。

「二日前にできた筈のゲートがすっかり腐ってやがった。」

壁にもたれるようにした黒衣を纏う長身の青年の言葉に智美は微かに眉を潜め、目の前に座り手を組んだ白虎に視線を向ける。彼は微かにモニターのほうを一瞬一瞥しながら、更に声音を下げた。

「大妖は這い出してはいなかったが、大妖の卵みたいなのが生まれ落ちていた。こっち側にだ。」
「こちら側に?ゲートの向こうで生まれたのが這い出したんじゃなく?」

智美の驚きを含んだ問いかけに、二人は低く囁くように言葉を続ける。

「ゲートに向かう前に何かがシャボン玉みたいに弾ける気配を感じた。その後同じ気配が集束してムカデの化け物が生まれたんだ。」

その言葉に智美が目を見開くのと同時に、傍にいた玄武も思わぬ言葉に目を見開く。しかし、白虎は迷う事無く言葉を繋ぎながら再びモニターの前にいる礼慈を微かに見る。

「まるで饕餮が要を砕いた後のような、膿み方だった。」

静かな彼の声音に玄武は、先ほどの状況を思い返し納得したかのように微かに頷きその言葉に同意を示したのを智美は驚きを隠せない様子で見つめた。
一個ではないと考えられた≪要≫と呼ばれる不思議な岩の存在。再びそれが、ここでこんなに姿を現したとでもいうのだろうか、しかもそれが簡単に出現し壊されるという事がありうるのかと智美の瞳が問うのを白虎は静かに見つめ返す。しかし、そうであれば幾つかの自体はつじつまがうことも事実だった。
開いたばかりのゲートが、酷く膿んで腐り果てた地脈の気を垂れ流していたこと。病んでいたからこそ、新しい忌まわしきものが生まれてしまったのも事実だった。しかし、それだけでは説明がつかない事もある。それを確認するかのように白虎は、彼をその全てを見透かそうとするかのような視線で真っ直ぐに見つめ重い口を開いた。

「友村は事前には何も感じてないんだな?」
「……今回に関して言えば、穴の変化は関知していた。その後生まれたモノも関知はしていたけど?どういう事?」

訝しげな智美の声音に、暫し白虎は考え込むように視線を伏せる。何か思い付きがある様子だが同時にそれを認めたくないと言いたげな彼の様子に、智美だけでなく玄武も眉を潜めた。

「仮定の話ではあるが…あの大妖と同レベルのモノが、友村が役目につく前に蘇っているとしたら?」
「…?!……まさか……星読だってそれほど間隔を空けている訳じゃないんだ。」

星読・友村 礼慈の能力は地脈の穴が開く気配を感知する以外に、彼ら≪四神≫の生まれる気配、そして≪人外≫が生まれる蘇る気配を感じることができる特殊な能力を持つ人間である。ただ、その力も万能ではなく四神だと能力を発揮する際の波動しか感知出来ないらしいし、人外でいえばそのモノが外界に向けて妖力を放った時・例えば地脈の穴を抉じ開けたり開くような行為がないと詳細まで特定できないという弱点はある。つまり何もせず大人しく闇に潜んでいるモノまでは感知できないのだ。そして同時に贄になるものを闇に連れ込んで、妖力を使われてもハッキリと関知できない事もある。

「もう一つの過程は先代青龍と戦ったモノが、あれから闇に潜んでいたら、だ。」

先代青龍であった長月想が、一人でゲートを閉じるために向かった先で遭遇した人外。白虎達が加勢に辿り着いた時には既に長月想は虫の息で、録に会話もできない状態だった。ゲートは想の体から直に張られた木気の枝葉で幾重にも硬く包み込まれ、まるで想自身が木の幹の一部に飲み込まれてしまったかのようなあの光景。血が流れていなければ、作り物にしか見えないその光景にあの時の玄武、白虎、朱雀は言葉を失った。自分自身を木に変えて、塞がれてはいなかったが気を外に流す事のない状態のゲート。想と戦った筈の相手は僅かな千切れて細切れになった肉塊を残すだけで、それらしい姿は何処にもない。残された妖気の欠片から相手も木気であったと想定され、お互い木気同士での戦いに恐らく長月想と相討ちになったのではないかと思われたのだ。ゲートを三人が塞いだ後朱雀は院のモノが辿り着いていなかったのを幸いに、長月想が以前から彼に願っていた通りのことをした。その理由は白虎も玄武も良く理解していたから、それについては口をつぐんだ。そしてその後更に朱雀がしたことについても、同様に一つも口を挟むこともしなかった。

「確かに…可能性はある。饕餮と同じ位に大妖で、同程度に知恵が回れば…。」

同意を示しながら微かに視線を向け、智美は不意に思いつめるような視線で微かに眼鏡を押し上げた。彼自身そういわれてしまえばその可能性を否定はできないのだろう。それは暗く沈んだ、その表情からも伺える。しかし、それは同時に彼ら全てに対して大きな問題をもたらす仮定でもあった。それほど迄に周到に闇に隠れる知恵を持つ人外だとすれば、今日生まれたてのムカデ擬きなど何程のモノではない。もしかしたら饕餮よりはるかに強大な災厄を、虎視眈々と準備して狙い続けている可能性があるのだ。つまりは都市停電もビル一つの崩落も、ただのお遊びにしか過ぎないほどの災厄の可能性がある。

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