GATEKEEPERS  四神奇譚

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第二部

第一幕 北北東 山間部

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目的地は北北東の山野の奥深く辺りだと、頭の中で地図を思い浮かべる。他の仲間の気配もそれぞれそこを目指している気配で、雲の上を滑るように飛ぶ青龍の瞳には雲海の下を移動する気配が映っていた。

流石に速いな。

雲海の下の山林を一足跳びにジグザグに突き進む白虎の気配は、航空機以上の速度で上空を飛ぶ青龍を軽々と追い抜いていく。目的地を確かめようと目を細めた青龍はふと視線を地表に向けたかと思うと、音もなく地表に向かって弾丸のように自由落下を始めた。雲海の上からの自由落下は背中に落下傘でもつけているのかと思うほど無造作で戸惑いのない動きで、雲を切りその四肢に切り裂いた雲を纏わせた姿は闇夜でなければ飛行機雲のようだろう。そのままでは地面に激突するしかないはずの青い衣の青年は、その身から雲を剥ぐようにして一直線に音もなく滑る様に地表に舞い降りた。突然現れた蒼水晶の瞳をもつ青年の姿に、地表を駆けていた黒衣の薄衣を閃かせた青年が視線をあげる。
移動能力で劣る玄武と直に言葉を交わさず、差しのべられた青龍の手につかまる。するとその体は音もなく舞い降りたのと同じく、再び2人分の体の重力すら関係ないかのように舞い上がった。それは自分よりも二回りも大きくもある体格を片手で釣り上げた者の動作とは思えないほど流麗な仕草にすら見える。

「わりぃな、助かる、青龍。」
「どういたしまして、でも何でしょう?あの気配…。」

訝しげに問う彼の声に玄武も微かに首をひねる。
つい直前に彼ら自身が感じた奇妙な気配は一瞬の事で、目的地のゲートの中が膨らみ弾けるような感覚だった。弾けたものは広がるわけではなく、そのままシャボン玉でも弾けるように闇に溶け込むように消えたようだ。それは今まで彼等が感じた事のない奇妙な感覚であり、理由の想像できないものではある。

「白虎も知らねェってよ?」

不意に背後にかけられた声に蒼水晶の瞳が、宙を裂いて飛ぶ朱色の四肢が炎を時折散らす青年の姿を見て止めた。どうやら途中で白虎と言葉を交わした様子だが、白虎の速度に引き離され今追い付いたというところだ。
朱雀の言葉で眼下に目を落とすと、随分先の山麓をぬうように白銀の光源がしなやかな猫科の動物の動きで目的地に向かって駆けて行くのが分かる。白虎が知らないという事は結論的には彼等の中では誰もその気配が起きた理由を知らないという証明に他ならない。

「白虎も知らないか……、まずい事になってなきゃいいがな。」

低く呟くように言った玄武の声音に微かにその手の先の蒼水晶が色を増して、その目的の場所に向かって目を細め何かを探る様な表情を浮かべたのに、横を舞う紅玉の瞳が微かに気遣わしげな視線を向けていた。

夜の空気を裂く様にしなやかな動きで地表を蹴り上げた白銀の影は、不意にその場所の暫く手前で足を止めた。その涼しげな整った目鼻立ちをした青年は微かに形の良い柳眉を潜め、自分が向かおうとしていた先の空気を嗅ぐように視線を闇を見透かす。消えた筈のシャボンの泡じみた闇の気配が、ジワリと寄り集まり収束し始めるのを空気に嗅ぎとる。

まさか……、これは。

背筋が凍りつくような腐敗の気配が、形をなそうとしているのに白虎は息を飲んだ。一歩送れて上空を舞う三人の仲間がその姿に音もなく地表に降下して、それぞれの能力で眉を潜める。目や耳、そして鼻の五感の能力の高い青龍と玄武、白虎は目的地で蠢いている気の気配に顔をこわばらせた。

「白虎?」
「っ!?……白虎……この気配は…。」

朱雀も感知が出来ないわけではない。紅玉の瞳を細めて、その先の違和感に顔が強ばっていく。
たった今向かっていた筈のその行き先から、樹木を縫い足元を這うようにあふれ出る気は、まるで長い年月を放置されたような酷く病み生みきった気配を放っていた。毒気に変わりつつあるその気が近づくにつれて、木々を枯らし冬枯れではなく常緑樹の根を腐らせている。

「何だこりゃ…有り得ねえ…」

玄武が木々が腐り割れていく音を聞き付け、低く呟く。彼らの中では、それはありえる事ではなかった。何故なら今から向かおうとしているゲートは、つい数日前に開いたばかりのモノなのだ。直径三メートル弱のそのゲートの位置を院で確認したのは正確には二日前の事だ。自分達が感知したのもほぼそれと大差がない。それがたった二日でこれほどの病んで膿みきった気配を放つ事はありえない。

「どうなってんだよ…これェ…。」

葉が萎れ枯れ果てて粉のように降り落ちるのを手で払いながら、思わぬ状況に舌打ちしながら朱雀が呟く。普段のように下手に火気を四肢から放っていたら、枯れ木に燃え付いてしまいそうなのだ。朱雀の戸惑う声の先で微かに白虎が表情を変えたのに他の者が気がついた。

「白虎?」
「…一先ず、行くしかあるまい。既にあれが集まり始めている。それに……、さっきの気配、戻ってきている。」

ハッとしたように青龍の瞳が、その先で収束しつつある汚泥のような気配に目を丸くする。白虎の酷く冷ややかな硬い言葉に、他の三人は表情を固くする。病んだゲートからあふれ出す地脈の気は、やがて人ならざるものを生み出すこともある。そう知っている彼らは素早い動きで、目的の場所に音もなく足を踏み入れた。
そこは酷く寒々しく、それでいて酷く吐き気を催す様な風が吹き付けるようにゲートから溢れ出していた。既に周囲の草木が萎れ腐り落ちたように、土が表に出始めたその姿の中でぽっかりと口を開く。地脈の穴は酷く深くその場の全てを呑み込もうとするかのように開け放たれ四人を無言のまま見つめている。

「っ…一先ず、穴を閉じるぞ?青龍、朱雀。」

一瞬と惑うような表情を浮かべた玄武の声に促され三人がかりで病んだその口を清浄な其々の気で包み込む。ふとその視線の脇で、青龍は微かに白虎が身構えたのに気がついた。
病みきった穴は地中に深い楔を穿ちなかなか閉まろうとしない、そう思った瞬間視界の横で白銀の弧線が鋭い音を立てた。

「白虎?!!」
「俺はいいから!閉じろっ!」

玄武の鋭い舌打ちの音が響き、鋭く声を放った青年の声音の向こうに見た事もない不定形にも見える生物がのたくっていた。泡立ち周りの矮小な仲間であるモノ迄租借しながら、地表を泡立たせているみたいに蠢く。こんな感じの足の早かったり毒を持っているモンスターが出てくる家庭用ゲームが流行っていたのを思い出し、何時もの蜘蛛のようなモノをそれが食いつくしてしまったのに気がつく。

共食いかよ?そんなの見たことねェぞ?

醜い同族の共食いをしながら、その不定形のモノはブクリと一回り震えながら膨らんだのに青龍と朱雀は目を見張る。それはまだ木陰の闇の中から、今にもこちらにもがくように自分達に向かって這いずってくる。それは、その表面に微かに人を指を思わせる一部分を持った酷く不快な造形をした、何ものにも例えがたい姿だった。人を呑み込んでやがったのか?一瞬朱雀はそう思考するが、指は様々な場所から指の順番など関係なく突きだし、それぞれか歪に宙を掻く仕草を見せている。

「朱雀!気を散らすな!急げ!!!」

鋭い玄武の怒声の向こうで、その不定形のものを白虎のしなやかな鋭い金気の斬撃が空を切る音を立てて一塊を断ち切る。断ち切られた痛みにだろうか耳に障る泣き声のような悲鳴が上がり、そのモノは鈍くも見える動きでずるりと地を這いながら前へと進み出てくると微かに身震いをした。今だ唖然とする朱雀を叱責する玄武の声音を聞きながら青龍は、そのモノが穴の気に触れて次第に形を収束し始め、何かの形をとろうとしている事に気がつき背筋に氷を押し付けられたような感覚を感じる。

まさか≪人外≫?!!

つい寸前まで不定形だったものの塊の中に漆黒の瞳らしきものが、まるでポコリと浮かび上がるように生まれ瞬きをする。何本も突きだしていた指の中で、しなやかな指の塊が不定形の肉塊の中から手首を生み出す。手首は延び上がるように肘までを月だして、ブチブチと不要な闇を掻く指を引きちぎり始める。
不定形の弛いゼリーのような塊から人の一部を模写した姿が、次第にその中に生まれ始めていく。
それは酷くおぞましい光景だった。
まるでホラー映画で不定形のものに人が飲み込まれ消化されるのの逆回しのような、歪で無様で
人ではないものが人への擬態を果たそうとしている、本当ならもっと時間がかかるはすのものが、病みきった地脈の気の力に当てられ闇から吐き出された。赤ん坊の顔なのに、手足は老人の様にしわがれて骨張って歪。その上、顔を突きだした途端、まるで早回しのようにそれは進化していく。
白虎は忌々しげに鋭く舌打ちしたかと思うと、その体を激しく一瞬発光させた。白銀の光を全身から放った次の瞬間、巨躯の白銀の毛を波打たせる巨大な虎の姿に変化する。鉄と白銀の縞の毛を逆立てて四肢に白銀の光る炎の様なものを纏わせ、その鋭い爪で飛び上がるとそのモノに迷わずに襲い掛かる。それと三人の手の元でほぼ同時にブルリとゲートが微かに身震いしたかと思うと、やっとその深遠の闇の縁を狭め始めていた。

≪あァぁアあぁぁっ!!!≫

生まれたばかりで人の言葉を持たぬ赤子のような言葉にならない絶叫が、目の前で生まれ落ちたばかりの顔の歪に開いた口から放たれる。体長の倍の長さの手足が、まるで雲か昆虫のように赤子だけの頭を着けてゲートに顔を向けた。おぞましいそれは閉じられようとする力の根源に繋がるものに向かって渇望に似た悲鳴を上げて、形を成し始めた異形の手を差し伸べる。
その手を有無を言わさぬ鋭さで透かさず切り落としながら白虎は、今まさに闇から生まれようとしたいたそのモノの持つ本質たる性質を見極めにかかっていた。
闇夜を切り裂く様な鮮やかな巨躯の白い虎の姿の陰で、密やかに白く息をつく白虎の意識は微かに目を細めながらその存在に目を凝らす。目の前で悲鳴をあげて渇望の手を伸ばす生まれおちたばかりのモノ。まだそれほどの知性の閃きはなく、それがまさに生まれおちたばかりだという事を示している事に微かな驚きと共に、確信すら感じその体はしなやかな弧線を空に描いた。狭まるゲートから零れる気が病んだ気ではなく、清浄なモノに変わって空気すら変えていく。ゲートが自分の味方とならない事に気がついたそのモノは渇望から変わった怒りの咆哮を上げて、四つの存在をねめつけ睨みつける。

≪うアぁああぁああァっ!!アぁあぁあああァ!≫

怒りにまかせた突っ込んでくる行動をいなしながら、肉塊の表面に新たに突き出た手を切り裂いて叩き落とす。やがて一本二本では叩き落とされるだけだと気がついたそれは、体表からムカデのように何本もの手を沸き上がらせた。

「うえっきもっ!!」

思わず朱雀がその異様なムカデのような姿に、吐き気を催したように吐き捨てる。
肉塊だった体は甲羅のように節を作り、その姿はまるで巨大なムカデそのものだ。ただ無数の足が人間の手の形で、その頭が歪な赤子の顔をしてさえいなければ、の話だが。

「ゲートは僕が。」

青龍の言葉に既に小さく穴を閉じかけたゲートに、背を向けて玄武と朱雀がムカデに向かって厳しい視線を向ける。怒りのためかむくむくと体をきょだいかさせていく異形のムカデを、黒曜の閃光と共にさっと黒い蛇の姿が鎌首をもたげるのと同時に地表から離れた場所に激しい炎と風の塊が姿を見せていた。その背後には一人でゲートを閉じるため、青い龍鱗をシャラシャラと打ち鳴らす龍の姿が現れる。
四つの異形の姿をまとうその自分の対ともいえる存在達にそのモノは、まるで畏怖するかの様に黒い闇色の瞳を見開き無知の中に微かな戸惑いとハッキリとした恐怖を示して見せるのが分かった。

『白虎・大丈夫か?』
『あぁ、こいつには俺が相剋だ。』

ハッキリした言葉の先にその存在の本質を見極めたという白虎の意図が分かり、彼等は鋭い視線を浮かべ深い闇の目の前の存在に向かって攻撃を始めようとしていた。


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