GATEKEEPERS  四神奇譚

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外伝 はじまりの光

第五幕 鳥飼澪三十五歳 異変

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三つの光は彗星の様に空を切って西へ西へと向かっていた。既にその姿は人のモノではなく、それぞれに蒼鱗の龍と紅蓮の羽根を持つ巨鳥・そして四肢に白銀の光をまとう巨大な白虎の神獣の姿。彼等が二度と立ち向かう八握脛を侮る気がない事は目に見えている。そして、同時に対峙するモノも確実に自分達の急激な接近を感じ取っているのは分かっていた。八握脛の妖力は強大だが、以前に比べれば遥かに小さい。知恵をつけたわりに用心深く、人気のない場所ばかりを選んで逃げ回っていたに違いない。お陰で十分な回復も得られず痺れを切らしたのは、こちらにとっての幸いだ。

『朱雀、貴方はまずゲートを。私と青龍で仕掛けるわ。』

険しいの言葉に微かに朱雀が頷きながら、その紅玉の瞳を彼女に向ける。それは微かな不安を滲ませるかの様な光を湛えながら、それでいて彼女を止める事が出来ない事も良く分かっていた。

『先走るなよ?白虎。』
『分かってるわよ、私には息子が待ってるんだから。』

硬い白虎の言葉に決意の光りを感じ取りながら、青龍が一瞬だけ表情を緩める。三人は真っ直ぐに、以前のモノとは規模の小さい恐らく人の手で開かれたばかりのゲートに向かって空を切った。八握脛にはそれを以前のように抉じ開ける力も今はないに違いない。だからこそ、規模で言えば普通よりは大きい様だが、人の手で開けられたゲートの傍に姿を現した。人の手で開けられたゲートの周りには大概、ゲートを開けたことも知らずに多くの人間がうろうろしているものだ。そして、今やそのゲートは彼等の視界に入る場所まで迫っている。

『いたわ!あいつっ!!』

忌々しげな白虎の舌を打つ声の下に、その姿はあった。
醜くひきつれた半身をまるで引きずる様なその姿は、体の見た目が美しいだけに一層不気味におぞましく見えた。人でないそのモノは、その黒い頭部から延びる髪を糸のように四方に張り巡らし、その場にいたのであろう数人の工事現場の人々の全てを既に吸いつくし空腹に喘いでいるかのようだった。ゲートの規模のわりに元々土砂崩れかなにかで生まれたゲートなのだろう工事の規模が小さく、関わっていた人間の数が八握脛の思っているよりもはるかに少なかったのだ。
それは、黒い闇の縁を思わせる瞳で三人の姿を目にとめ忌々しげに舌打ちをする。

『来おったな御方神…。』

体は酷く傷ついても一度得た知力はある程度は失わないらしい、その声を彼等は酷く冷静な瞳で見下ろした。
八握脛に最初に出会った時の様に訳も分からずに立ち向かう訳ではない。彼等の神経を酷く冷静にさせ、それでいてその感情は怒りに震えている。それが人を喰うものである事、そして彼らの大事な仲間を奪ったもの。

『行くわよ。』
『はい、白虎。』

ヒュッと空を切って白虎と青龍が二方向からその邪悪な者の髪の毛を断ち切りながら、地表に身を躍り込ませるのを横目に、朱雀は予想外に素早い二人の行動に微かに怯んだ八握脛の背後に口を開けるゲートに廻り込んだ。
生きている人間がもう既にこの場に存在していない事は、ある意味彼女達にとっては好都合であるとも言えた。この場所で戦う事に何もためらわずに全力で相手を潰しにかかれる。

ただ全力で、こいつを叩き潰す!!!

鋭い金気の刃が激しい音をたてて髪を細切れにしていき、八握脛はその凄まじい切れ味に驚きと共に苦悶の呻きをあげた。髪の根元に切り裂かれる場所が近づくほどに、その切り口から微かに黒い妖力を含む血が舞い散る。それを睨みつけながら、木気の風の刃が鋭い切っ先を唸らせていく。頼みの綱だった背後のゲートすら中空で朱雀の能力が閉じていくのに気がついた八握脛は忌々しげに呻き声をあげた。

『おのれ!御方神が!喰らえっ!!』

ゴボォッと音をたててその口が真横に開いたかと思うとタールの様な土の塊が攻撃として放たれ空を切る。しかし、まるでそれを予測していたかのように不意に白虎はその構成の前に身を躍り込ませ真正面からその土塊を見据えた。

『びゃ・白虎ォ!!』

振り返った朱雀の悲鳴を横に聞きながら彼女は迷わず自身の気を練るとその攻撃を睨みつけ立ちはだかる。土気をその鋭い爪をもつ前肢で空を切り裂きながら、その妖気を含む攻撃を丸ごと体内に吸いこんだ。
身の中に弾ける激しい妖気に痛みを感じながら、土気を飲み込み無理矢理彼女の中で浄化して金気に変える。それは全身に激しい苦痛をもたらしたが、まるでその素振りすら見せずに彼女は強まった様に見える金気を激しくその体から放ちながら激しい咆哮を放つと、八握脛は驚愕の表情をその人間の様にも見える顔に浮かべたじろいだ。

『貴様が火気を餌にする様に、私は貴様の土気を餌にしてやる!!』
『貴様…ぁ……。』

激しい金気の輝きにたじろぐ邪悪なモノの隙をつく様に木気の風が激しい刃となって襲いかかる。背後で塞がるゲートを感じながら八握脛は周囲を取り巻く三人の気配に怯え、その怯える事自体に激しい怒りの呻き声をあげていた。
八握脛の妖気が自分の身の内を侵食しているのを感じた。
じりじりと体内に侵食する妖気。
人外であれば一時の間にその細胞は全て妖力で生まれ変わる事が出来るが、人間の自分にはそれは不可能だ。分かり切ってはいるがそれを人外に悟らせるつもりもなく、それを止める気もなかった。2度目、3度目の土気を呑み込み無理やり浄化しながら、一直線に自分に向かってくる白虎の姿を八握脛は理解できないというような視線で見つめたじろいだ。

『……くるな………っくるなあぁあぁっ!!!』

激しい矢継ぎ早の土気を次々とその身に呑み込みながら矢のように一直線に向かってくる金気の白虎の姿。漆黒の目を丸く見開きながら見据え背後で朱雀が頼みの綱のゲートを完全に閉じられるのを感じながら、八握脛は理解できない行動に戦きの声を放つ。戻りきれず育ちきらない自分の存在を消滅させようと叩き潰そうと光を放つ者を、闇の縁の瞳で恐怖を滲ませながら悲鳴の様な声をあげる。
生まれて初めて感じる恐怖が死の恐怖であるとは思ってもみなかったというすさまじい声に、八握脛の表層の人間に似せた姿がグスリと崩れ落ちた。

目の前で変貌する人外の異形の姿はまるで悪夢を見るかのように生々しく夜の闇に浮かび上がる。その中性的で美しと思えた顔は人であったものから、まるで鬼面の様に歪んでいく。その瞳は顔の下から盛り上がり、昆虫のように幾つもの複眼が覗いた。真横に裂けた口が鋭い釘の様な歯を横並びに並べると、激しい威嚇の音をあげながらその体すらも膨れ上がらせる。
最初に見た体の数倍もおある様な体は、既に人の姿ではなく体幹は酷く細くくびれ音をたてて四肢は更に避けて4本から8本に姿を変え、まさに巨大な蜘蛛の姿が其処に存在を見せていた。

『それが、貴様の本性か!!八握脛!』

激しい宙からの青龍の怒声と共に風が闇を切り裂き光り輝く矢のように鋭く細い刃となって、雨の様に降り注そぐ。それを全身に受けながら苦悶の呻きをあげる人外が、矢継ぎ早に後退りながら土気を放つ。土気を全てその身に呑み込み続けながら白虎は揺らぎもせずに、その四肢の刃で蜘蛛の足を激しい勢いで切りつける。その鋭い痛みに苦悶の呻きをあげながら跳ね上げた足の1本が、目の前の白虎の体を音を立てて宙に跳ね上げた。

『白虎ォ!!!!』

宙を舞う朱雀が急旋回してその体を抱きとめながら、ハッとした様にその姿を見下ろす。抱き止めた彼の眼に映ったのは、白虎体内の目に見えない部分でその身を焼きつくそうとする妖気の流れに他ならない。外界に散った妖気を浄化して取り込むのとは違う、直接体内に入り込んだ妖気がその体内を焼きつくそうとしているのが目に見える様な気がして、彼はその紅玉の瞳を苦悩に歪ませた。

これ以上、土気を取り込んだら、こいつまで……っ!

しかし、それを気遣うそぶりを出す事も全てを拒絶するかの様に白銀の光を激しく放ちながら白虎はその腕から身を地表へと躍らせる。激しい光と玉のように鋭く尾を引いて青龍と共に巨大な異形のモノに向かって躍りかかっていた。もう、その場で朱雀に出来るのは、弱りゆく巨大な異形の化け物に新しい妖力の供給源が林の中に潜んでいるのを隠すために、林の木々をわずかになぎ倒し早い決着を願う事だけしかできない。
音もなく静かな夜の奇妙に血の様に赤く見える月の光の中でただ彼等の戦う音と朱雀の起こす炎で木々が爆ぜ朽ちて崩れる音だけが響く。その中で、ただ朱雀の心だけが早く早くと全てに向かって急き立てるように叫びつづけていた。

西の空の赤い月の光を遮るかのように、さっとかかる雲がポツリと雫をこぼしていた。
断末魔の啜り泣く声をこぼしながら体から黒いタールの様にドロドロと血を湧きださせながら地表に崩れ落ちる八握脛の姿を三人は肩で息をしながらただ見下ろす。
それはもう既に、生命線を断たれたモノの無残な姿だった。足は形もなく崩れ、今やその体はまるで何か固い鉱石の様に黒ずんだかと思うとその端からパキンパキンと乾いた音を立てて砕けて宙に消え始めていく。

『何故だ……私は……。』

そのモノが何をいいたかったのかは彼等には分からないままに、それは音を立てて砕けて消えていき彼等は目を細めた。八握脛が何を思うのかは彼等には想像もできなかったが、ただそこに冷たい夜の雨に濡れながら立ちすくみ彼等の心の中には様々な思いが去来している。
仲間であった人の事、そして自分達の事……。
満身創痍の自分を感じながら変化を解いた白虎は、深い息をついた。

「大丈夫か?」

同じように変化を解いた朱雀の不安を滲ませた声に彼女は微かに微笑む。その視線は青龍の瞳にも浮かんでいるのはよく分かっていたが、彼女は自分がした事に何も迷いはなかったことをその微笑みで伝える。自分の身の内が未だじりじりと何かに焼かれているような感覚は続いていたし、行為自体が無謀であったのは事実だがそれでも彼女には土気が効かない事を八握脛に見せてやりたかったのだ。大事な仲間を殺した土気が効かないと見せつけてやりたかった。

「無理し過ぎですよ…、もう戻りましょう、後は彼等に任せておけばいい。」

青龍が彼にしては酷く冷やかに林の木々の隙間から雨の中を進みでてくる者達に顎をしゃくるのを、皮肉な笑みで見つめながら彼ら三人は既に形の殆どを失った人外であったものの姿を見下ろした。
人の姿をした人ではないもの。
これよりもっと強いモノもいるのだろうか…ふとそんな考えが心を過ぎるのを感じながら、彼等はおもいおもいにその場から離れ始めようとしていた。



※※※



身の内を焦がす感覚を未だ感じながら彼女は何処か微かに自分の異能が弱まる様な気がしつつ、何時もの様に星の光の下で空を切った。力を使いすぎたのか、妖気を取り込みすぎたからなのかは自分でも分からない。一先ず休みたい、そう体が叫んでいる。
人外との戦闘からわずか数時間。
朱雀と青龍はこんな日は行かなくてもと言ったが、あの薄暗い部屋で心配げに自分達を見たあの幼い少年の黒曜石の瞳の輝きがどうしても心に引っかかっていた。だから、彼女は無理を押して何時もの様に院に向かっている。

もう、大丈夫と教えてあげれば、少し安心できるわよね。

そう思いながら空を切る自分の心の中で、不意に息子の物憂げな面影が過ぎり彼女は思わず竹林に舞い降りた。
その感覚はいったい何と表現したらよいのか彼女には分からなかったが、何かが体を通り過ぎるかのような酷く心をざわめかせる感覚で、澪は胸元を抑え立ちすくむ。
体の中では痛みが弾けていた。
もしかしたら、どこか出血でもしているのかもしれない、ふとそんな事を思いながら澪は息をつく。そんな不安のせいで息子を顔が思い浮かんだのかしらと彼女は竹に手を突きながら空を仰ぐ。西では雨が降っていたが、まだここでは雨は降りそうにもない様な満天の星空が広がっているのがその視線の先に見えた。

それはまるで灯火が何処かでともる様な…

しかし、それだけが心のざわめきの理由ではない様な気がして、彼女はどこか感じた覚えのあるその気配を思い出そうと心に問いかける。
彼女はハッとした様に視線を上げた。
昔同じ感覚を感じたことが確かにあったのをハッキリと彼女は思い出す。それは青龍になる想が、力を得たあの時と同じ感覚だ。

まさか、玄武が生まれた…?でも、何だか変だわ。

彼女は痛みの強まる胸元を抑えながら眉をひそめる。
あの時の感覚とは違う酷い違和感が、あの時の感覚はまるで何処か遠くで光が点るようだった。なのに今の感覚は自分の体を通り抜けて、光が吸い寄せられていくようだ。その感覚が彼女の全身に走っていくのが分かるのだ。
全てが何か変わっていく様な酷い違和感の存在に彼女は眉をひそめ、後で二人に連絡を取らなくてはと心の中で呟いた。

しかし次の瞬間、不意に少し離れた場所を小さな息を切らす影が転びそうになりながら懸命に駆ける音が、その澪の敏感な感覚だけが聞きつけていた。


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