45 / 206
外伝 はじまりの光
第四幕 鳥飼澪三十四歳 死線
しおりを挟む
人外の出現
その言葉と悪寒に戦きを感じながら、四神は一直線に月明かりの下を北へと彗星の様に光の尾を引きながら駆けていた。玄武の重く暗い表情に何かを問いかけようとした澪を、彼は「一先ず、先に手は絶対に出すな」とだけ言いきってそれ以上の質問をさせないまま院を後にしている。
横をかける玄武の思いつめた様な表情を横眼で見つめ、そしてふと宙を舞う朱雀の表情を視界にとらえた時、不意に彼女の中で故人である先代の星読の言葉が脳裏に鮮やかに浮かび上がった。
玄武殿と先代朱雀殿・青龍殿と伴に
あの時の二人のあの奇妙な動揺を現わす気配がふと心の中に湧きあがり、それは思い不安となって彼女の心に沈みこんだ。あの後も一度も先代と呼ばれた者達の事を仲間の間で話した事はなかった。
彼女が四神となって十年一度もその話題をした事がないのは、その答えを知っている者があえて話題にしなかったからではないのかという疑問が不意に湧き上がる。それが、今初めて対峙しようとしている人外という存在と伴って黒い闇の様な不安となって心の中を漂う。澪が口を開こうとした瞬間、はるか彼方の山麓の中に不意に巨大な闇の口が開いているのが視界に入った。
「あそこだ!!」
声に導かれる様に視線を投げるとその口の手前に黒々とした何かが蛇の様にとぐろを巻いているのが、視界に入り彼等は思わず目を見開く。それは、まさに地獄絵図の惨状だった。
何かがその闇の中央にポツンと立っている。
それは近付くにつれ人に似た形をしているのが分かった。
美しい中性的な顔立ち。
そして、細くたおやかな肢体。
だが、一目で人間と違うのはその頭部から蠢く髪の様なものだった。まるで意志を持ち触手の様にうねり、蛇のように顎を開き工事現場の関係者であろう人間を次々とその髪で捕らえると、喰らいつき人形の様にその体を引き裂く。ちっっと一瞬玄武の口から舌打ちが零れたかと思うと彼は一瞬にして黒い光をその全身から放ち、黒蛇を羽衣の様に体に絡みつかせた巨大な亀の姿に変化した。
『気をつけろ!!まだ奴は化けるぞ!!』
そう言い放った瞬間、不意にその者はギロリと黒眼だけの深い闇色の瞳を彼等に向けて睨みつけ、まさに耳まで裂けるような異形の口腔をガフリと音をたてて開く。
それはまるで悪夢の様な姿だった。
ギリシャ神話のゴーゴンのような禍々しい姿でありながら人に似た形態を持ち、それは酷く邪悪に地の底から響く様な声で含み笑いをこぼすと、人を目の前で引き裂いて見せる。
『やハリ、来タか…ゴ方神どモが…。』
そん声はどこかぎこちなさを持っていたが、確かに邪悪な知性が閃くのを感じさせる。次の瞬間、玄武が放った激しい水流を人外はまるで蛇が獲物を丸呑みにするかの様にゲロンと音をたてて飲み込んだ。ハッとした様に玄武が身を固め、あまりの事態に呆然とする三人に向かって鋭い声を放つ。
『奴は土気だ!!青龍!白虎!!奴を抑えろ!!朱雀は俺とゲートだ!!!』
その言葉に我に返り弾かれた様に三人はそれぞれに神獣の姿に変化して三方へと散らばる。しかし、その瞬間を待ち構えていたかのように人外は、不意にその意思を持つような髪を細く蜘蛛の糸のように四方へと張り巡らせた。
人外は、邪悪にニヤリと微笑み彼等を見据えると糸に絡みついた人間を喰らいながらみちみちと音をたててその姿を更に人に近いものへと変貌させていく。それと伴に妖力を増し、更に邪悪な存在になっていく人外という存在を、初めて見る者達は驚愕の目で見つめていた。
『わガ…名は…≪八握脛(やつかはぎ)≫…。』
蜘蛛の糸の合間をすり抜ける様にかけながら四肢に白銀の光を纏った白虎はその姿をまじまじと見つめる。人の表面を持った人外は、周囲にいた人間の血を吸う毎に着実に妖気を増し、今や知性すらも増しているのが目に見えて分かった。それはまさに妖怪の様な未知の存在で、未だ病んではいないながらも未知の力の奔流をただ溢し続けるゲートの前で、それが病むのを待ち構えているかのようだ。
人の手で開けられ、更にこの人外によって深く抉じ開けられたゲートはただ無言のまま誰に与するでもなく、その場に中立の力を溢れさせている。しかし、次第に人外の妖気に中てられれば病み始めるのが目に見える様な気がして、白虎である彼女はおぞましさに身震いしながら、それでも怒りの咆哮を上げていた。
その白銀に光りを放ち輝く四肢で糸の様に張り巡らされた髪を断ち切りながら白虎は、絡めとられた人々を引き剥がしながら八握脛と名のった人外の土気を見定める。元来四神に土気を持つ者は存在しないが、土気から派生する金気の彼女には地中にも張り巡らされたそのモノの気の流れが腐臭のように嗅ぎとれる。
まるで、本当に蜘蛛の様だわ、地中までどこまでも張り巡らされてる
彼女はしなやかな猫科の動物然とした動きで、口に気を失った人を咥えその気から遠ざけながら、何度もその気を断ち切る様に髪の毛の糸を切り裂く。
人外とは相剋の立場である玄武と相生の立場である朱雀が、何とかゲートを閉じようと奮戦するのを感じる。土気は玄武にとっては弱点であり、朱雀はその力を強めてしまう可能性があるがために、直接人外と向き合えるのは彼女と青龍の二人だけなのは分かっていた。しかし、まだ人間が多数存在している事が、彼女達の行動を明らかに阻んでいる。
助けたいのに助けられない、そして助けなければ更に人外八握脛は、人の血を吸い妖力を増して成長し変化していく。
『く…ははははは!!餌などほおっておけばよいものを!!』
八握脛が邪悪な声を放ち笑ったのを聞いた瞬間、自分の中で血が湧きあがる様な怒りが満ちるのを彼女は感じた。それは、その他の仲間も等しく感じた怒りだったのだが、それを遮る様にそのモノは妖気をはらんだ呪詛のような言葉を放つ。
『貴様ら四神とて人外。我等と何が違おうか!!!』
その言葉に凍り付いた様に、感情が冷えるのをそれぞれが感じた。そんな事はないと思うのに、目の前に居るモノの言葉が、四人の心をそれぞれに抉り動きを緩慢にするのが分かる。自分達がどういう扱いを受けてきたかをまるで見透かされているかの様なその暗闇を湛える黒眼だけの瞳に射すくめられて、ほんの一時四神の動きは時間が止まるかのように凍り付いた。
『ふはははは!!いつの世もそう!我らも人外だが貴様らも人外に変わりない!!』
『だ……まれェ!!』
怒りに身を震わせた紅玉の光を放つ朱雀が、一際鋭い嘶きとともに叫んだ。紅蓮の炎がその感情を表すかのように火柱となって思わず人外に向けて地を走るのを、玄武の我に返った瞳が見開かれるのが他の二人にも見えた。
『駄目だ!!朱雀!!』
炎の柱を八握脛はまるで待っていたかという様にニタリと笑いながら見つめ、その美しい顔を横に真っ二つにするかの様にバクリと口を開いたかと思うと、その深淵の縁の様な闇が潜む口の中に炎の柱を全て飲みこんだ。ブスブスと音をたてて口元の皮膚を焦がしながらも、次の瞬間にはその皮膚はまるで鱗の様にバラバラとはがれおち、滑らかな皮膚が盛り上がる。
玄武の鋭い舌うちの音が響き、一瞬朱雀に向かってほんの小さな水球を弾き飛ばす。その水球が目の前で弾け、ハッとした様に朱雀が我に返り思わず苦悩の呻きを漏らしたとほとんど同時に、八握脛の姿はさらに人間に似たモノへと変化を始めていた。
相生を上手く使い朱雀の感情の性質をもうまく使い、人外が人の姿にどんどん近付いていく。その妖気が微かにゲートにも変化をもたらしつつあるのを感じながら、気を練る青龍に玄武は助勢をする方向に形を変えて方向を変えた。
朱雀が上空から独りでゲートを閉じようとするのを感じながら、糸を断ち切り人を助け上げながら自分に人外の注意を向けようと白虎は素早く身を翻しそのモノに切りかかる。
切り裂かれた腕を忌々しげに見ながら人外の髪が再び巣を張るのを避けながら、彼女は初めて自分の息が上がるのを感じた。
どうして、私達だけで戦うの?
体は動かしながら、思考だけがそう彼女の心の中で悲鳴をあげる。人を助けながらゲートも封じ、人外をも相手にする、それを四人だけでするのが正しいの?そう心が悲鳴を上げ始めていた。
せめて、ゲートだけでも誰か手伝ってよ、私達はそこまで万能じゃない!!
それは、澪自身にも酷く虚しい心の叫び。だがそう叫ばずにはいられなかった。しかし、その瞬間水気を得て激しい木気の生み出した風が巨大な刃の様に地表を抉りあげながら人外に襲いかかるのを、澪は感じていた。
今までに見た事のない激しい巨大な風の刃が轟音をあげて地面を抉りあげながら、八握脛の体に襲いかかり体を切り裂く。自分の相剋である木気の風に半身を切り裂かれて、八握脛は初めて微かな苦悶の呻きをあげたたらを踏んだ。それは、そのモノにとっては未だ考えの及ばない攻撃だったかのように、忌々しげに人外は、真っ黒な墨汁の様な血液に似た物を体から迸らせながら睨みつける。
『おのれ、御方神どもが……。』
その黒い血液の迸りに伴って弱る妖力の気配に微かに澪は息をつきながら、そのモノの枝葉を張る糸の様な髪の毛を断ち切り続けた。
これで、なんとか…。
その思考が閃くと同時に、微かに背後でゲートが緩やかに閉じ始めるのを感じる。
初めて戦う人外の脅威がわずかに弱まり始めた事が安著の感情を生み始め、それは月の光の下で木気の風を放った青龍の気配にも滲んだのが見えた。しかし、その一瞬の隙を八握脛は見逃そうとはしなかった。
『喰らえっ!!』
その人外の口がバクンと横に真一文字に切り開く様に裂けたかと思うと、その口の中から漆黒の闇色をした吐物の様な激しい土砂の様な物が中空に舞う青龍に向かって放たれる。
それは完全に隙をついた一撃で、確実に自分の弱点になる木気の主を狙いすましていた。それは相侮の効果を図る、そのモノの全力の攻撃だった。
『青龍!!』
青龍の背後にいた玄武の鋭い声がその場に響き、それは本当に一瞬の行為に過ぎなかった。
黒蛇の羽衣が青龍の巨体を引きあげ、その反動でその異形の亀の姿が土砂の様な奔流の前に投げ出される。その姿は宙の中で無防備にさらされて、一時時間は凍り付いた様な気がした。
『玄武!!』
貫かれた玄武の体を見上げ澪が悲鳴のように叫ぶ声が、その場に氷の様に響きわたる。四神の動揺をつく様に八握脛の姿が闇にズブズブと沈み消えていくのを見ながらも、たまらず澪は宙を真っ逆さまに落ちてくる変化の解けた玄武の体を自身も変化を解いた体で抱きとめた。
ゲートが他の二人の仲間の手で閉じられ、人外消え去ったその場所は、ただ人外の残した惨状が静けさと伴に存在している。
多くの人の吸い尽くされ乾いたミイラの様な死骸と乾いた風が舞うその工事現場の一角。
腕の中の玄武の体は左の半身を深く抉られ、千切れ落ちそうな腕からは赤い血液が勢いよく溢れていく。抱きかかえる澪の白銀の両腕を熱い血潮が染めていく。
優輝は微かに熱く擦れそうになりながら息をつきながら、閉じていくゲートを見つめている。
「優輝さん。」
痺れた様な感覚の中で空を見上げる玄武である青年の姿を、澪は震えながら見下ろす。彼は微かな微笑みを浮かべて、反動のように口から大量の血液をあふれさせた。内臓もかなりの損傷があるのが腕を通して分かる。力を貸せる筈の澪の気すら、優輝の体は既に受け付けられないでいた。
躊躇う事もなく青年の体から生命の光が失われていくのが、抱きとめている彼女の手に伝わる。土気に侵された水気はその清廉さを濁し、土気に浸食され水気の生命ごと吸い尽くされようとしていた。
「今、手当てを。」
知らないうちに泣き声になる自分の声を感じながら澪は、その青年に語りかける。しかし、青年は既にその声も聞こえないかのように深い溜め息をついた。
「そろそろ…俺も…こんな日が…来るんじゃないかと……。」
切れ切れの声は夜の闇に吸い込まれるように消えていく。
それは、まるで遠くを見るかのような虚ろな哀しい、寂しい視線だった。言葉が詰まり、何も音になって出てこない自分を感じながら彼女は唇から血が出るほどに強く噛む。それは、聞けなかった先代たちの姿を朧ながらに感じさせる言葉にならなかった。
「奴を…必ず……、頼む……な。」
舞い降りた二人の仲間の気配を知っているように微かな声が、三人の間に響きその最後の灯火が掻き消す。それをその手で感じながら、その時初めて澪は絶望とともに嗚咽をこぼした。
青年の冷たくなり始めた体を抱き締めながら、彼女の心の中には何故という二文字だけが何度も何度も激しく悲鳴のように叫ばれる。彼に出会ってからの歳月が激しく記憶の中で閃き、澪の悲しげな嗚咽はさらに増した。
その時、木陰から現れた数人の人影に嗚咽をこぼし青年の体を抱きしめている彼女以外の二人に見て止められる。それは、僧衣の院の者の姿に変わりなかった。
「玄武殿をこちらへ。」
その言葉に彼女はハッとした様に視線をあげる。
月光の下で僧衣の男達は無表情な視線のままに、彼女たちを囲み見下ろしていた。その意味に気がついた澪はその双眸を怒りにたぎらせた。
彼等はけして傍にいなかった訳ではない。遠巻きにただ自分達の苦境を物陰から見守っていたのだ。けして力を貸そうとしていた訳でもなく、ただ息を潜めて眺めていただけ。その現実が彼女の目には信じられなかった。それは、同じく傍にいる青龍の目にもありありと浮かびあがる。
「何故っ!!何故見ていてっ!!」
彼女の憤りを意にも反さない様子の僧衣の男達に、朱雀である青年がそっと彼女の腕を引きとめ哀しい視線で引きとめる。ただ一人、その現実を知っていたかのような朱雀の視線は酷く哀しい紅玉の光を放ちながら堪える涙に揺れていた。しかし、澪の慟哭は闇を切り裂くように激しい光を放つ。彼女の声は怒りを含みながら止まる事を知らないように男達に向かって放たれ続けていた。
その言葉と悪寒に戦きを感じながら、四神は一直線に月明かりの下を北へと彗星の様に光の尾を引きながら駆けていた。玄武の重く暗い表情に何かを問いかけようとした澪を、彼は「一先ず、先に手は絶対に出すな」とだけ言いきってそれ以上の質問をさせないまま院を後にしている。
横をかける玄武の思いつめた様な表情を横眼で見つめ、そしてふと宙を舞う朱雀の表情を視界にとらえた時、不意に彼女の中で故人である先代の星読の言葉が脳裏に鮮やかに浮かび上がった。
玄武殿と先代朱雀殿・青龍殿と伴に
あの時の二人のあの奇妙な動揺を現わす気配がふと心の中に湧きあがり、それは思い不安となって彼女の心に沈みこんだ。あの後も一度も先代と呼ばれた者達の事を仲間の間で話した事はなかった。
彼女が四神となって十年一度もその話題をした事がないのは、その答えを知っている者があえて話題にしなかったからではないのかという疑問が不意に湧き上がる。それが、今初めて対峙しようとしている人外という存在と伴って黒い闇の様な不安となって心の中を漂う。澪が口を開こうとした瞬間、はるか彼方の山麓の中に不意に巨大な闇の口が開いているのが視界に入った。
「あそこだ!!」
声に導かれる様に視線を投げるとその口の手前に黒々とした何かが蛇の様にとぐろを巻いているのが、視界に入り彼等は思わず目を見開く。それは、まさに地獄絵図の惨状だった。
何かがその闇の中央にポツンと立っている。
それは近付くにつれ人に似た形をしているのが分かった。
美しい中性的な顔立ち。
そして、細くたおやかな肢体。
だが、一目で人間と違うのはその頭部から蠢く髪の様なものだった。まるで意志を持ち触手の様にうねり、蛇のように顎を開き工事現場の関係者であろう人間を次々とその髪で捕らえると、喰らいつき人形の様にその体を引き裂く。ちっっと一瞬玄武の口から舌打ちが零れたかと思うと彼は一瞬にして黒い光をその全身から放ち、黒蛇を羽衣の様に体に絡みつかせた巨大な亀の姿に変化した。
『気をつけろ!!まだ奴は化けるぞ!!』
そう言い放った瞬間、不意にその者はギロリと黒眼だけの深い闇色の瞳を彼等に向けて睨みつけ、まさに耳まで裂けるような異形の口腔をガフリと音をたてて開く。
それはまるで悪夢の様な姿だった。
ギリシャ神話のゴーゴンのような禍々しい姿でありながら人に似た形態を持ち、それは酷く邪悪に地の底から響く様な声で含み笑いをこぼすと、人を目の前で引き裂いて見せる。
『やハリ、来タか…ゴ方神どモが…。』
そん声はどこかぎこちなさを持っていたが、確かに邪悪な知性が閃くのを感じさせる。次の瞬間、玄武が放った激しい水流を人外はまるで蛇が獲物を丸呑みにするかの様にゲロンと音をたてて飲み込んだ。ハッとした様に玄武が身を固め、あまりの事態に呆然とする三人に向かって鋭い声を放つ。
『奴は土気だ!!青龍!白虎!!奴を抑えろ!!朱雀は俺とゲートだ!!!』
その言葉に我に返り弾かれた様に三人はそれぞれに神獣の姿に変化して三方へと散らばる。しかし、その瞬間を待ち構えていたかのように人外は、不意にその意思を持つような髪を細く蜘蛛の糸のように四方へと張り巡らせた。
人外は、邪悪にニヤリと微笑み彼等を見据えると糸に絡みついた人間を喰らいながらみちみちと音をたててその姿を更に人に近いものへと変貌させていく。それと伴に妖力を増し、更に邪悪な存在になっていく人外という存在を、初めて見る者達は驚愕の目で見つめていた。
『わガ…名は…≪八握脛(やつかはぎ)≫…。』
蜘蛛の糸の合間をすり抜ける様にかけながら四肢に白銀の光を纏った白虎はその姿をまじまじと見つめる。人の表面を持った人外は、周囲にいた人間の血を吸う毎に着実に妖気を増し、今や知性すらも増しているのが目に見えて分かった。それはまさに妖怪の様な未知の存在で、未だ病んではいないながらも未知の力の奔流をただ溢し続けるゲートの前で、それが病むのを待ち構えているかのようだ。
人の手で開けられ、更にこの人外によって深く抉じ開けられたゲートはただ無言のまま誰に与するでもなく、その場に中立の力を溢れさせている。しかし、次第に人外の妖気に中てられれば病み始めるのが目に見える様な気がして、白虎である彼女はおぞましさに身震いしながら、それでも怒りの咆哮を上げていた。
その白銀に光りを放ち輝く四肢で糸の様に張り巡らされた髪を断ち切りながら白虎は、絡めとられた人々を引き剥がしながら八握脛と名のった人外の土気を見定める。元来四神に土気を持つ者は存在しないが、土気から派生する金気の彼女には地中にも張り巡らされたそのモノの気の流れが腐臭のように嗅ぎとれる。
まるで、本当に蜘蛛の様だわ、地中までどこまでも張り巡らされてる
彼女はしなやかな猫科の動物然とした動きで、口に気を失った人を咥えその気から遠ざけながら、何度もその気を断ち切る様に髪の毛の糸を切り裂く。
人外とは相剋の立場である玄武と相生の立場である朱雀が、何とかゲートを閉じようと奮戦するのを感じる。土気は玄武にとっては弱点であり、朱雀はその力を強めてしまう可能性があるがために、直接人外と向き合えるのは彼女と青龍の二人だけなのは分かっていた。しかし、まだ人間が多数存在している事が、彼女達の行動を明らかに阻んでいる。
助けたいのに助けられない、そして助けなければ更に人外八握脛は、人の血を吸い妖力を増して成長し変化していく。
『く…ははははは!!餌などほおっておけばよいものを!!』
八握脛が邪悪な声を放ち笑ったのを聞いた瞬間、自分の中で血が湧きあがる様な怒りが満ちるのを彼女は感じた。それは、その他の仲間も等しく感じた怒りだったのだが、それを遮る様にそのモノは妖気をはらんだ呪詛のような言葉を放つ。
『貴様ら四神とて人外。我等と何が違おうか!!!』
その言葉に凍り付いた様に、感情が冷えるのをそれぞれが感じた。そんな事はないと思うのに、目の前に居るモノの言葉が、四人の心をそれぞれに抉り動きを緩慢にするのが分かる。自分達がどういう扱いを受けてきたかをまるで見透かされているかの様なその暗闇を湛える黒眼だけの瞳に射すくめられて、ほんの一時四神の動きは時間が止まるかのように凍り付いた。
『ふはははは!!いつの世もそう!我らも人外だが貴様らも人外に変わりない!!』
『だ……まれェ!!』
怒りに身を震わせた紅玉の光を放つ朱雀が、一際鋭い嘶きとともに叫んだ。紅蓮の炎がその感情を表すかのように火柱となって思わず人外に向けて地を走るのを、玄武の我に返った瞳が見開かれるのが他の二人にも見えた。
『駄目だ!!朱雀!!』
炎の柱を八握脛はまるで待っていたかという様にニタリと笑いながら見つめ、その美しい顔を横に真っ二つにするかの様にバクリと口を開いたかと思うと、その深淵の縁の様な闇が潜む口の中に炎の柱を全て飲みこんだ。ブスブスと音をたてて口元の皮膚を焦がしながらも、次の瞬間にはその皮膚はまるで鱗の様にバラバラとはがれおち、滑らかな皮膚が盛り上がる。
玄武の鋭い舌うちの音が響き、一瞬朱雀に向かってほんの小さな水球を弾き飛ばす。その水球が目の前で弾け、ハッとした様に朱雀が我に返り思わず苦悩の呻きを漏らしたとほとんど同時に、八握脛の姿はさらに人間に似たモノへと変化を始めていた。
相生を上手く使い朱雀の感情の性質をもうまく使い、人外が人の姿にどんどん近付いていく。その妖気が微かにゲートにも変化をもたらしつつあるのを感じながら、気を練る青龍に玄武は助勢をする方向に形を変えて方向を変えた。
朱雀が上空から独りでゲートを閉じようとするのを感じながら、糸を断ち切り人を助け上げながら自分に人外の注意を向けようと白虎は素早く身を翻しそのモノに切りかかる。
切り裂かれた腕を忌々しげに見ながら人外の髪が再び巣を張るのを避けながら、彼女は初めて自分の息が上がるのを感じた。
どうして、私達だけで戦うの?
体は動かしながら、思考だけがそう彼女の心の中で悲鳴をあげる。人を助けながらゲートも封じ、人外をも相手にする、それを四人だけでするのが正しいの?そう心が悲鳴を上げ始めていた。
せめて、ゲートだけでも誰か手伝ってよ、私達はそこまで万能じゃない!!
それは、澪自身にも酷く虚しい心の叫び。だがそう叫ばずにはいられなかった。しかし、その瞬間水気を得て激しい木気の生み出した風が巨大な刃の様に地表を抉りあげながら人外に襲いかかるのを、澪は感じていた。
今までに見た事のない激しい巨大な風の刃が轟音をあげて地面を抉りあげながら、八握脛の体に襲いかかり体を切り裂く。自分の相剋である木気の風に半身を切り裂かれて、八握脛は初めて微かな苦悶の呻きをあげたたらを踏んだ。それは、そのモノにとっては未だ考えの及ばない攻撃だったかのように、忌々しげに人外は、真っ黒な墨汁の様な血液に似た物を体から迸らせながら睨みつける。
『おのれ、御方神どもが……。』
その黒い血液の迸りに伴って弱る妖力の気配に微かに澪は息をつきながら、そのモノの枝葉を張る糸の様な髪の毛を断ち切り続けた。
これで、なんとか…。
その思考が閃くと同時に、微かに背後でゲートが緩やかに閉じ始めるのを感じる。
初めて戦う人外の脅威がわずかに弱まり始めた事が安著の感情を生み始め、それは月の光の下で木気の風を放った青龍の気配にも滲んだのが見えた。しかし、その一瞬の隙を八握脛は見逃そうとはしなかった。
『喰らえっ!!』
その人外の口がバクンと横に真一文字に切り開く様に裂けたかと思うと、その口の中から漆黒の闇色をした吐物の様な激しい土砂の様な物が中空に舞う青龍に向かって放たれる。
それは完全に隙をついた一撃で、確実に自分の弱点になる木気の主を狙いすましていた。それは相侮の効果を図る、そのモノの全力の攻撃だった。
『青龍!!』
青龍の背後にいた玄武の鋭い声がその場に響き、それは本当に一瞬の行為に過ぎなかった。
黒蛇の羽衣が青龍の巨体を引きあげ、その反動でその異形の亀の姿が土砂の様な奔流の前に投げ出される。その姿は宙の中で無防備にさらされて、一時時間は凍り付いた様な気がした。
『玄武!!』
貫かれた玄武の体を見上げ澪が悲鳴のように叫ぶ声が、その場に氷の様に響きわたる。四神の動揺をつく様に八握脛の姿が闇にズブズブと沈み消えていくのを見ながらも、たまらず澪は宙を真っ逆さまに落ちてくる変化の解けた玄武の体を自身も変化を解いた体で抱きとめた。
ゲートが他の二人の仲間の手で閉じられ、人外消え去ったその場所は、ただ人外の残した惨状が静けさと伴に存在している。
多くの人の吸い尽くされ乾いたミイラの様な死骸と乾いた風が舞うその工事現場の一角。
腕の中の玄武の体は左の半身を深く抉られ、千切れ落ちそうな腕からは赤い血液が勢いよく溢れていく。抱きかかえる澪の白銀の両腕を熱い血潮が染めていく。
優輝は微かに熱く擦れそうになりながら息をつきながら、閉じていくゲートを見つめている。
「優輝さん。」
痺れた様な感覚の中で空を見上げる玄武である青年の姿を、澪は震えながら見下ろす。彼は微かな微笑みを浮かべて、反動のように口から大量の血液をあふれさせた。内臓もかなりの損傷があるのが腕を通して分かる。力を貸せる筈の澪の気すら、優輝の体は既に受け付けられないでいた。
躊躇う事もなく青年の体から生命の光が失われていくのが、抱きとめている彼女の手に伝わる。土気に侵された水気はその清廉さを濁し、土気に浸食され水気の生命ごと吸い尽くされようとしていた。
「今、手当てを。」
知らないうちに泣き声になる自分の声を感じながら澪は、その青年に語りかける。しかし、青年は既にその声も聞こえないかのように深い溜め息をついた。
「そろそろ…俺も…こんな日が…来るんじゃないかと……。」
切れ切れの声は夜の闇に吸い込まれるように消えていく。
それは、まるで遠くを見るかのような虚ろな哀しい、寂しい視線だった。言葉が詰まり、何も音になって出てこない自分を感じながら彼女は唇から血が出るほどに強く噛む。それは、聞けなかった先代たちの姿を朧ながらに感じさせる言葉にならなかった。
「奴を…必ず……、頼む……な。」
舞い降りた二人の仲間の気配を知っているように微かな声が、三人の間に響きその最後の灯火が掻き消す。それをその手で感じながら、その時初めて澪は絶望とともに嗚咽をこぼした。
青年の冷たくなり始めた体を抱き締めながら、彼女の心の中には何故という二文字だけが何度も何度も激しく悲鳴のように叫ばれる。彼に出会ってからの歳月が激しく記憶の中で閃き、澪の悲しげな嗚咽はさらに増した。
その時、木陰から現れた数人の人影に嗚咽をこぼし青年の体を抱きしめている彼女以外の二人に見て止められる。それは、僧衣の院の者の姿に変わりなかった。
「玄武殿をこちらへ。」
その言葉に彼女はハッとした様に視線をあげる。
月光の下で僧衣の男達は無表情な視線のままに、彼女たちを囲み見下ろしていた。その意味に気がついた澪はその双眸を怒りにたぎらせた。
彼等はけして傍にいなかった訳ではない。遠巻きにただ自分達の苦境を物陰から見守っていたのだ。けして力を貸そうとしていた訳でもなく、ただ息を潜めて眺めていただけ。その現実が彼女の目には信じられなかった。それは、同じく傍にいる青龍の目にもありありと浮かびあがる。
「何故っ!!何故見ていてっ!!」
彼女の憤りを意にも反さない様子の僧衣の男達に、朱雀である青年がそっと彼女の腕を引きとめ哀しい視線で引きとめる。ただ一人、その現実を知っていたかのような朱雀の視線は酷く哀しい紅玉の光を放ちながら堪える涙に揺れていた。しかし、澪の慟哭は闇を切り裂くように激しい光を放つ。彼女の声は怒りを含みながら止まる事を知らないように男達に向かって放たれ続けていた。
0
お気に入りに追加
17
あなたにおすすめの小説
赤い部屋
山根利広
ホラー
YouTubeの動画広告の中に、「決してスキップしてはいけない」広告があるという。
真っ赤な背景に「あなたは好きですか?」と書かれたその広告をスキップすると、死ぬと言われている。
東京都内のある高校でも、「赤い部屋」の噂がひとり歩きしていた。
そんな中、2年生の天根凛花は「赤い部屋」の内容が自分のみた夢の内容そっくりであることに気づく。
が、クラスメイトの黒河内莉子は、噂話を一蹴し、誰かの作り話だと言う。
だが、「呪い」は実在した。
「赤い部屋」の手によって残酷な死に方をする犠牲者が、続々現れる。
凛花と莉子は、死の連鎖に歯止めをかけるため、「解決策」を見出そうとする。
そんな中、凛花のスマートフォンにも「あなたは好きですか?」という広告が表示されてしまう。
「赤い部屋」から逃れる方法はあるのか?
誰がこの「呪い」を生み出したのか?
そして彼らはなぜ、呪われたのか?
徐々に明かされる「赤い部屋」の真相。
その先にふたりが見たものは——。

百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
長期休暇で魔境制覇
篠原 皐月
ファンタジー
無事リスベラント聖騎士最高位《ディル》の一員となり、周囲の抵抗勢力を黙らせたつもりだった藍里だったが、本来求めてはいなかった地位には、もれなく義務も付いて来た。しかもそれが辺境地域の魔獣退治、身内は好き勝手し放題、反目している勢力はここぞとばかりに刺客を送り込んで来て、藍里の怒りは沸騰寸前。周囲に迷惑と困惑を振り撒きながら、藍里は取り敢えず夏休み期間中の任務達成を目指す事に。
【リスベラントへようこそ】続編。相変わらずマイペースなヒルシュ(来住)家の面々と、それに振り回される周囲の人間模様を書いていきます。
【完結】大量焼死体遺棄事件まとめサイト/裏サイド
まみ夜
ホラー
ここは、2008年2月09日朝に報道された、全国十ケ所総数六十体以上の「大量焼死体遺棄事件」のまとめサイトです。
事件の上澄みでしかない、ニュース報道とネット情報が序章であり終章。
一年以上も前に、偶然「写本」のネット検索から、オカルトな事件に巻き込まれた女性のブログ。
その家族が、彼女を探すことで、日常を踏み越える恐怖を、誰かに相談したかったブログまでが第一章。
そして、事件の、悪意の裏側が第二章です。
ホラーもミステリーと同じで、ラストがないと評価しづらいため、短編集でない長編はweb掲載には向かないジャンルです。
そのため、第一章にて、表向きのラストを用意しました。
第二章では、その裏側が明らかになり、予想を裏切れれば、とも思いますので、お付き合いください。
表紙イラストは、lllust ACより、乾大和様の「お嬢さん」を使用させていただいております。
不労の家
千年砂漠
ホラー
高校を卒業したばかりの隆志は母を急な病で亡くした数日後、訳も分からず母に連れられて夜逃げして以来八年間全く会わなかった父も亡くし、父の実家の世久家を継ぐことになった。
世久家はかなりの資産家で、古くから続く名家だったが、当主には絶対守らなければならない奇妙なしきたりがあった。
それは「一生働かないこと」。
世久の家には富をもたらす神が住んでおり、その神との約束で代々の世久家の当主は働かずに暮らしていた。
初めは戸惑っていた隆志も裕福に暮らせる楽しさを覚え、昔一年だけこの土地に住んでいたときの同級生と遊び回っていたが、やがて恐ろしい出来事が隆志の周りで起こり始める。
経済的に豊かであっても、心まで満たされるとは限らない。
望んでもいないのに生まれたときから背負わされた宿命に、流されるか。抗うか。
彼の最後の選択を見て欲しい。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる