GATEKEEPERS  四神奇譚

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第一部

第五幕 大都市下

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『何故だぁあああ!!』

足元の今や金の光に塞がれてしまった穴を再度見回しながら、饕餮は絶叫して黒い液体を吹き上げながら地表に這いつくばった。犬が地面を掘ろうとするように、爪をたて金の光の蓋を激しくかきむしる。しかし、金の光に負けた爪の方が捲れ上がり、指の先から黒い液体が滲む。
狼狽し困惑の表情を隠せず、四つん這いの饕餮は牙を剥き出して上目遣いに視線を上げた。整っていた顔立ちは既に様相を変え、憤怒とも憎悪とも取れる歪んだ顔は苦悩めいた呻きを上げる。四つん這いの背の肉が歪に盛り上がり、まるでせむしの瘤のように膨れ上がっていく。饕餮は青龍の背後で未だに清廉な天上の音楽を奏でる青年の姿を見すえ、慄く様な呻き声をこぼした。

『何故だ……?何故…ここにいる……?』

音色は留まる事を知らず空間の中の全てを満たし、そこに存在した全ての邪気を削ぎ砕き散らす。ただ一つの音にしか過ぎないその音色が、饕餮にとっては神経をささくれ立たせ脳髄に矢となって深々と突き刺さる。

体内にある己の命とも言える妖炎に、清廉な清水を延々とかぶせられて続けているようだ。

激しい苦痛を感じとりながら呻きを口から発すると同時に、滴り落ちる黒い血が再び音をたてて地面に向かって吐瀉される。既に対極図は元の様相に塗り替えられていた。陽に反転させられないだけましかと言えば、そうではないのだ。対極図を完成させられてしまっては、大量の妖力を使ってまで陰に塗り替えた全てが徒労に終わる。しかも、砕かれ底に落ちるどころか、目の前の存在がいては饕餮自身の根元すら浄化されかねない。

『貴様は……消えたはずだぁあぁ!!』

悲痛に叫んだ饕餮の口から溢れ出す黒い血液が、口から首元の真っ白な肌を黒々と染める。その哀れな姿を四神は呆然と立ち尽くし見つめていた。
天上の音色そう表現するしかできない、今迄に聞いた事のない音階は不思議な波となって地表を滑る様に撫でていく。音階が地面に沁みわたり当たりを駆け抜けたかと思うと、ジワリと周囲の全てを癒し始める。それは四神だけでなく、地脈に開けられた傷すらも直接癒し始めて浄化の波を打ちよせていく。そのあまりにも強い気の流れに、ハッとした様に白虎は仁の姿を見つめ言葉を溢した。

「……土気。」

溢れ落ちるその言葉に白虎の体を支える朱雀も、思わず仁の姿に視線を向ける。そこには不思議な金の光が、陽炎のように青龍の背後で立ち上り始めていた。天上の音色を根元に持つ陽炎は、やがて鋭く精悍な狼の様な面差しを持ちながら鋭い1本角を天へと突き上げる。その背中には五彩に彩られた緩やかに揺れる鬣を宙にたなびかせている。その前身は龍の鱗にも似ているが、金色に煌めく鱗に包まれた不思議な獣の姿は、時折金鱗を鮮やかな鮮紅色に輝かせ今も歌い続けていた。

「あれは。」

その陽炎の様な世にも神々しい姿を見つめながら、変化を解いて立ち尽くす玄武が言葉を溢す。白虎はその四神とは異なる神々しい姿を見つめ、感嘆を含む吐息を溢した。

それは瑞獣の一つ、麒麟と呼ばれるもの。

玄武の溢れ落ちていく言葉すらその音色に溶けていくのも気づかず、その姿を四人は不思議なそれでいて何処か体内の奥深くで懐かしさを感じながら見守っていた。

『ぁあぁ!ああああ!!』

自分が命がけで開いた穴を見事に閉じられ、浄化されつつある。それを眼前に叩きつけられた饕餮は、狂ったように膝をついたまま己の顔を爪で引き裂きながら苦悶の絶叫を上げた。その声に呆然と青年を見ていた四神の注意が、再び自分に戻る事も饕餮にとっては最早もうどうでもいい事だ。

あれの存在で全てが、塗り替えられてしまった。

しかも、あれの力が強すぎて身の内に溜め込んだ自分の妖力が、どんどん勢いよく削ぎ落とされていく。あの存在は自分をただ封じるだけでは飽き足らず、完全に消し去る事すら可能にするものでそのつもりだとしか思えない。



※※※



あの存在は人外と呼ばれるモノにとっては、正反対の場所にある。我々が生じる混沌の渦の中とは、まさに正反対の存在。そんな事は、はるか昔我らがまだ闇を闊歩していた頃から知っていた。何しろあれは我らが生まれると同時に存在するものだからだ。我らが細かく別れ大本の力をそれぞれに分散させたのと、あれが長い月日で世界から消え去ったのは確かだった筈。
何しろそれは、互いの両端の根元。対極図の点のような存在な筈だった。



※※※



この長い月日で世界から消え去ったはずの力だったのに、それは今や目の前で自分を消す準備をしている。本能の叫ぶ恐怖に己の無様な姿を歯噛みしながら饕餮は憤怒の形相で、その美しかった人間の姿をした顔の皮膚を己の爪で引き裂きつづけた。

『お…のれ………おのれぇぇぇえ!!』

ぶつりと音をたててその皮膚が爪の先で引きむしられ、その下の黒い肉が隙間から覗く。おぞましい顔にに四神は思わず顔をしかめるが、饕餮にとってはそれは既にどうでもいい事だ。饕餮は迷わず外側の皮を破り捨てるようにずたずたにその顔を引き裂いた。黒い血に染まった全身は、まるで闇の一部の様に黒々と金の光の中で滑って鈍く光を反射する。

『おのれぇぇえええぇっ!!きさまぁ!!』

はるか昔の片鱗を知っている饕餮が苦悶の絶叫を迸らせたかと思うと、その口からゴボォッと黒い血の塊を大量に吐瀉した。それが切っ掛けのように突然饕餮の顔が突然醜く歪み、あり得ない形に変形する。醜く歪み変形していくその美しかった顔を気にする様子もなく饕餮は、その顔を引き裂きつづけた。終にはその皮膚を引きちぎり、隙間から垣間見える黒い肉がせり上がる様に盛り上がり表面に向かって泡立つように湧き上がる。

「なっっ!!」

眼前で醜く崩れ出す饕餮の人から異形への変貌は、さながらホラー映画の様な悪夢の光景だった。思わず青龍は変化を解いて人の姿で仁をその背に庇いながら後退る。玄武が地をけたたてて再び饕餮の背後に回り込みながら、朱雀に向かって大きな声で「白虎を連れてさがれ!」と叫ぶ声が空間の中に響く。朱雀の目の前でムクムクと全身から黒い肉を湧きださせ、見る間に肥大化していく。巨大化していく饕餮の体から逃れる様に、白虎の体を抱えたまま朱雀は宙へと舞い上がった。

「玄武っ!!これは何なんですか!!?」

後退りながら青龍の戸惑い困惑する声に、金の光の舞台に立ったままの暗闇が更に波立つ。音もなく肉の塊をうねらせて饕餮は肥大化を続けている。既に巨体に隠れ背後に微かに垣間見えた玄武の再び変容する煌めく黒耀の光が声だけとなってその場に響いた。

『奴の本体だっ!!』

青龍の巨体と同等程度に膨れ上がり、表面がブクブクと泡立つように蠢く。巨大な闇の塊からニュルリと曲った太い山羊の様な角が突き出し、顔らしい場所には真一文字の口が不意にグパァと湿った音をたてて開かれた。その口からまるで早回しで映像を見るかのように、鋭く歪に曲った牙が巨大な鍾乳石のように生えそろう。巨大な体はあの人の姿の何処に潜んでいたのだろうか、まるで牛の様な肢体へと変貌し目の前で鈍い地響きのような咆哮を上げた。
それは饕餮が一番初めに自我を得た時の姿だった。
少妖から邪気を吸い成長し、初めて自我を持った姿。饕餮はこの姿で生まれ、大量の人を貪り喰う事で強い妖力を持ち、やがて人の姿を得る事が出来たのだ。過去の饕餮は過去の強き者達に身を砕かれ、地の底に封じられ長い月日を耐えて闇の底を我が身を寄せ集めながら這いつくばった。
何時までかかるか分からない永劫の闇のそこで、手探りしてかき集めた我が身の欠片。記憶すらも欠片を集めないと覚束ないあの恐怖。
そしてかき集めた我が身で、遂にこの場所に甦った。餌はふんだんにあり、自分を封じるほどの能力を持つ者がほとんどいないこの現代という世界に。しかし、今や饕餮には人の姿を保つことよりも、目の前の存在を消す事が必要だった。その存在は人外にとって最大の脅威といっても過言ではない。あの存在がこの世界まして自分の直ぐ目の前にいる事は、自分の完全な『消滅』を意味しているのだ。

≪己をここまで…追い詰めるとはな…。≫

猛り狂うような怒りの咆哮を黒々とした炎の息とともに吐き散らす。饕餮は今まで貯め込んだ妖力の全てを、醜く巨大なその肢体に漲らせた。そして、巨大な地響きとともに、その小型車よりも大きな蹄でモノクロの大地を掻いて踏み鳴らす。真正面から青龍とその背後でいまだ音楽を奏で気を浄化し地脈を癒していく青年を忌々しげに睨み据えて、闘牛のように頭を低くさげた饕餮は再びその口から黒炎の息を吹き散らす。

≪貴様ら全員!全て骨すら残さずに喰らい尽くしてやるわ!!≫

黒炎とともに邪悪な殺気を全身から放つ饕餮に、青龍はさらに仁の体を隠す様に立ちふさがる。青龍はその肢体から渦の様に風を放ち壁を作る様に身構える。ふとその蒼水晶の瞳が、何かを語りかけるかの様に朱雀に抱えられた上空の白虎に向けられる。直ぐ様白虎は青龍の視線のその意図を組んだ様に微かに頷いた。
怒号とともに地響きを立てて饕餮は、真正面からグアッと湿った音をたてて大きく口を開きながら攻めかかった。咄嗟に龍に変化した青龍の首に喰らいつき、龍鱗を貫きブツリと牙を突き立てる。

『青龍っ!!』

玄武の叫ぶ声が響くのを聞きながらも、怯むことなく青龍は喰らいついた饕餮の顎を龍の鉤爪としなやかにうねる尾で絡めとりギチィッと音をたてて締め付けた。ギシギシと軋む音をあげながら全力で、饕餮をその場にそのまま抑え込んだ。饕餮は押さえ込まれた事も気にも止めず、口腔から黒々とした炎を吐き散らしながら更に深く牙を突き立て硬い龍の鱗を更に喰い破ろうと力を込めた。
饕餮の歪な牙が喰い込むのも構わず青龍は、その肢体から放つ風で黒い炎を四散させながら饕餮の体を長いうねる尾で更にギリギリと締め上げる。饕餮は怒りに満ちた咆哮を上げながら、青龍の体を押し返そうと蹄を掻く。不意に青龍は饕餮の巨体の背後にいる気配に向かって叫んだ。

『今ですっ!!』

鋭い青龍の声に饕餮の目が我に返ったように見開かれたと殆ど同時。そのあまりにも巨大な牛の様な体躯に早く鋭い水の刃が幾筋もヒュバッと空間を切り裂く音をたてて、背後から突き刺さり肉に突きたつようにめり込む。

《グ…ギャアぁァァアアッ!!》

玄武の放った水の刃が、身に食い込む痛みに饕餮はおぞましい悲鳴を上げた。その姿を見下ろしていた白虎は、自分を支え抱きかかえていた腕からスルリと滑る様に地表に降り立つと玄武の背後に回る。フワリと立った彼は人の姿のままの手を異形の亀の様な玄武の背にひたりと押し当てた。

「白虎?!」

その行為に驚き交じりの声を朱雀があげると、ふと彼を振り仰いだ白虎は微かな笑みをその疲労の滲む顔に浮かべる。

「これくらいなら平気だ。」

そう言うと白虎の手から白銀の光が玄武の体に注ぎ込まれ、彼の生み出す水は激流へと勢いを増して今までより巨大な水の剣へと変化し饕餮の背中から体幹までを切り裂き体内にめり込んだ。ズシュゥという鋭くも鈍くも聞こえる音とともに饕餮の体の奥から、不意に黒い煙の様な妖気を含む火気が、その体から逃れる様に大気中へともがき立ち上る。

《ガ………ギャアアァアアッ!!グアアッ!!》

苦悶の表情で思わず牙を離した饕餮が絶叫を上げながら青龍の鉤爪から逃れようともがくが、その間にも次々と水の剣がその背に襲いかかる。その傷口から思い出したようにドロリとした膿の様な濃い黒い血が音を立てて溢れ出した。

《グアァ!!》

ヌルリと滑る体を反らせて、饕餮が青龍の爪から逃れる。途端それは口から黒炎を吹き上げながら、辺りを忙しなく見渡し始めた。それは何かを探し求めている視線で、黒血を吐き出しながら饕餮はガヂガヂと牙を打ち合わせる。

「人を探しても無駄だぞ、饕餮、喰いかからせる隙なんか与えるものか。」

白虎の冷ややかな声が天上の歌声に乗って辺りに響き、饕餮はガヂガヂと牙を噛み合わせ更に黒血を噴き上げた。その目が朱雀の姿を捉えると、饕餮は突然体を震わせて宙空の朱雀に向かって牙を向く。

「なっ!?何だよ?!急にっ!!」

咄嗟に身を翻した朱雀を饕餮の牙が追いかけ、蹄が地面を蹴りあげる。唐突な動きに青龍が目を丸くして、その体を取り押さえようと風を肢体から放つが饕餮の蹄は地を蹴るのを引き留められない。白虎が玄武の背に乗ったまま、宙空の朱雀に向かって声を張りあげた。

「朱雀!やつの狙いはお前の炎だ!」

身を翻し宙を舞う朱雀が舌打ちしながら、舐めやがってと饕餮の動きをすんでのところで交わしながらビルの屋上迄飛び上がる。コンクリートの建造物すら気にかけもせずに、巨大な牛のような体が更に一際大きく膨れ上がり玄武が呆れたように鎌首を持ち上げた。

『何処まででかい本体だよ、くそったれが!』

水の刃が切り裂いた場所からは、ドロドロと膿のような血が溢れ出しはするが膨れ上がった巨体は動きを止める事もなくビルの一つを蹴り崩す。ビルの屋上にいた朱雀が慌てたように飛び出すのを、再び牙が追いかけ崩れた建物ごと噛み砕く。

「埒があかないな、妖力を溜め込みすぎてる。」
『分かってるけど、頭が見えねえよ!』

玄武が苛立つように叫ぶ。玄武の言う頭は、暴れる饕餮の弱点とも言える場所で、白虎もその背の上で目を細め激しく暴れる巨体を見回す。暴れまわる饕餮のガチガチとかち合う牙の音と、蹄の大地を蹴る振動が地響きとなって続く。執拗に追い回される朱雀が、舌打ちしながら身を翻すのに白虎が声を放つ。

「朱雀!」
「こいつ!なんだよ!!白虎!」
「お前が火気をなんとか浄化しないと、何時までもそのままだぞ!朱雀!」

白虎の言葉に朱雀が鋭く舌打ちして、牙から身を翻しながら集中しようとするのが分かった。白虎の力を上乗せしながら玄武が、その巨大な四肢を食い止めようと水刃を乱発する。前足が切り刻まれ体勢を崩した饕餮に向けて朱雀が紅玉の瞳を向けた瞬間、青龍の背後にいた青年の瞳が同調するように深紅に変化した。

「?!」

目を見開いた朱雀の瞳が、紅玉から更に深紅に燃え盛るように輝きを増し光を放つ。前足を折った饕餮が引き込まれるように朱雀を見上げ、朱雀の瞳に飲まれるようにワナワナと全身を震わせた。



※※※



そこにあったのは記憶の断片。
巨大な力を得て知恵を得た後の、永劫にも思える栄華の記憶だった。山間に広がる金色の不夜城めいた、巨大な領土で人を操る快楽。身から作り上げた汚泥の表を変えた金銀を振り撒き、人が堕ちて行くのを眺める。
その先にあったのは、同じく力を得たモノとの闘争の日々。
唐突に同族に食らいつかれて自分の一部を削られる苦痛。そして、遂に不遇の重なりで身を砕かれた。
元通りになろうと、地の底を這い回り探り続けた孤独と焦燥。
形になって自分の破片を身に潜めたものに、襲いかかり共食いを重ねてやっと自分という自我を取り戻す。
だが、元通りにはならない。
何故なら元通りになるには、



※※※



「朱雀!!もう十分だ!」

白虎の言葉に我に帰った朱雀は、紅玉の瞳で眼下を見下ろした。全身に巻き付く炎は既に清廉なモノに変換され、朱雀の体に脈打つように吸い込まれていく。眼下ではグズグズに溶けだしたような黒い肉の山に、マグマの中から沸き出すように崩れた顔が浮かび上がる。その体は青龍が放つ風に地表に向けて押さえ込まれ、苦悶の呻きを延々と叫ぶ。

《は…ハなセェ!!ハナせぇええぇッ!!いやだぁ!消されるぅ!消されたくないぃいいいいぃ!》

くぐもる声音の変化する声で妖力が水刃に切り裂かれ、ドロドロと音を立てて体から流れだしていく。既に本体よりももっと根元に近い部分を現していた饕餮は、身に降り注ぐ水気に苦痛の呻きと苦悶の絶叫を上げる。

《いやだぁ!消えたくないいいいぃ!完全に消えるのはいやだぁああああぁ!》

見る間に弱っていく己の火気の残火に何とかすがりつこうと饕餮が足掻く。大気中に攻撃で儚く散った妖気を含む火気を、自分の能力で吸い上げ浄化しながら朱雀は目を細める。

さっきのは、あいつの記憶……?

ジュワァと嫌な臭いを伴う黒い煙が体に開けられた傷口から次々と立ち上り、巨大だった体は崩れ落ちた。そして次第に萎びる様に、饕餮だったものは少しずつ縮み始めていた。白虎達の頭上を舞っていた朱雀は、憐れにすら見えるその姿にふっと呟く。

「火気は水気によって滅ぶ…か。」

口を突いて出た言葉をまるで聞きつけたかのように饕餮は天を仰ぎ、自分と同じ火気でありながら対極にある朱雀に向かって救いを求める様な視線を向けた。饕餮の火気は、既に燃え尽きる蝋燭の炎の様に弱々しく揺らぎ震えていた。それは間近に迫った消滅の瞬間を予期している視線で、怯えとも恐怖ともつかない感情が滲み悲しんでいるかのように見える。

死ニタクナイ…。

まるで人間の様に饕餮がそう言った様な気がして、既に縮み最初の半分にも満たないその哀れな姿を朱雀は見下ろした。その対極の炎の憐みの視線に、ハッとした様な表情が饕餮のしわがれた顔に浮かびあがる。不意に饕餮は激しい憎悪に残り火の火気を激しく閃かせ、断末魔の絶叫を上げた。空間にいるもの全てに向かって、嘲るひび割れた声を放つ。

≪カナメは、一つ砕いテやっタぞ!!このオのレが!≫

歪な笑いがその口から迸ったかと思うと、饕餮は一際高く絶叫した。その声が途切れた瞬間、縮んだ体からボロリと山羊の角がその先から崩れ出した。鈍いボキンという音をたてて萎びた未だ巨大な頭部が、首の根元から折れ地面に音をたてて転がり落ちる。首を失った巨体は触れるまでもなく、青龍の体の前でザラリと音をたてて砕け散って砂に変わり四散する。その存在自体が、モノクロの地面に向かって崩れ落ちていく。
最後まで形を残していた饕餮の頭部は最後の灯火でジロリと目を向いた。今や音を奏でる事を止めた無表情で佇み自分を見つめている青年を、ねめつける様に睨みつけたかと思うと次の瞬間バキンと音をたてて今度こそ影も形もなく砕け散った。


穴も気も浄化されたその場は、今までの全てが何もかも嘘だったかのように静けさを取り戻した。音もなく闇が薄れ始め、周囲を包む巨大な球体の壁が緩やかに天から地表に向けて縮まり始めるのが感じられ始める。勢いよく縮み始めたゲートの中で、肩口を抑え人の姿に戻った青龍と立ちつくす仁の姿に、白虎を支えた玄武、そして朱雀が人の姿で土を踏む音をたてて歩み寄った。

四人はふと饕餮だったモノの跡を振り返るが、既に何百年と経った様に風化を初めてサラサラと巻き起こる風に散り始める。やがて今や飴のように天上から溶け出しつつある半球体を見まわしながら、四人は安堵にもにた溜め息をつき空を見上げた。微かな人の呼び掛ける声が聞こえ、泣き声が遠くで微かに響く。
やがては自衛隊やら警察やらがここまで辿り着くだろうと思案しながら、ボンヤリとした表情でその身から強い土気を放つ仁の姿を見つめた。
仁の放つ土気は今もゲート自体を一人で癒して、尚且つ地脈の気を正しいものへと還していく。それが彼の意識的な行為でない事は、四人にも一目でわかった。

「仁、お前、何者なんだ…?」

モノクロの世界が狭まるほどに、外部に居る院の者達の気配が辺りを囲むのを白虎も玄武も感じ始めている。式読が早々に自分達と同時に院の能力者を動かして、外周を囲んでいた事を白虎と玄武だけが微かに感じ取っていた。
白虎のかけた言葉にふとボンヤリした青年の紅玉に輝く瞳が、四人に向けられ夢の中にいるかのようにユッタリとした口調で呟く。

『わたし…は、……炎駒。』

そう名を告げたと思った瞬間フラリと仁の体が揺らめいたかと思うと、まるで操り人形の糸が切れるかのように前のめりに倒れ込んだ。咄嗟に抱きとめた朱雀の腕の中で既に青年は意識を失っていて、彼ら四人は戸惑いながら顔を見合わせた。

炎駒?

彼が口にした聞いた事のない名を、ただ心の内でそれぞれに繰り返し噛み締める。そうしながら彼等はその場にただ立ちつくして、頬をなでる穏やかな微風を感じ初めていたのだった。
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