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第一部
第三幕 同時刻 鳥飼邸
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鳥飼信哉と土志田悌順の二人に頼まれるという形で宇佐川義人は、主の不在の部屋で居候の青年のお守という建前で信哉宅を来訪していた。使いやすく整理されたキッチンのカウンター越しにリビングで本棚を眺める青年の様子を眺める。確かに人とは一風違う不思議な気配を放つ青年に、思わず小さく首を傾げていた。
確かに人外じゃぁない事はわかるんだけど…?
この部屋に来てからもう、何度も青年の気配の末端を手繰り寄せ触れようとして義人は失敗していた。気配を掴んだと思うと目の前の青年の気配は、スルリと上手く義人の手をすり抜けて逃げてしまう。確かに人外のモノでないという事は何とかつかめたが、それ以外の事は全く掴むことが出来ない。実質視覚で視ている訳だから、こういう事は義人にとっても初めての経験だ。普通の人であれば、大体の事は見通せる。やる気になって上手くいけば。と言っても大概義人がやる時には上手くいくのだが、相手の心の表層くらいまでは軽々と読みとく事が義人には出来た。下手すると体内の胎児の生命に対する原初の気配を読み取ってしまい、母体が知る前に妊娠に気がついてしまうほどなのだ。
そこまですると、幾ら元々勘が鋭いと言われていても、相手の視線が変わる。そのため普段は義人自身セーブしているくらいなのだ。仲間でも調子によっては普段の仲間の心の機微くらいまでは、感じ取ることができる。その能力を何度駆使しても何も掴むことができず、視えたと思うと全てがすり抜けるように捕らえられない。義人の力を知っていて触れられない様に相手がしているのかとすら思わせる。
確かに、不思議な気だ。
しかし、見ている限り彼が意識的に視えないように、触れられない様に意識した様子はない。つまりは彼自身の中で意識しているわけではないのだ。彼の中の何かが、無意識にそうしているのだろう。そんな風に色々と考えながらも、義人のその手は休むことなく料理をこなしている。
油から揚げたての唐揚げをひきあげながら、他にサラダや汁物を手早く作りあげて、油の切れた唐揚げを少し取り分けておいてから大皿に盛り付ける。突然カウンターの向こうから何時の間にか傍に近寄っていた忠志の手が、ヒョイと唐揚げを一個摘み上げた。
「ちょっと、忠志、つまみ食いは下品だよ。」
「いーじゃんかァ、一個くらい。なァ、仁。」
つい先程来訪した槙山忠志は、いつもと変わらぬ陽気さで当然のように鳥飼邸に姿を表した。知らなかったがここ数日毎日鳥飼邸に通っていたと話すところは、恐らく家主の怪我を気にして通っていたのだろうと義人は思う。忠志は普段から陽気でそういう気遣いをしないタイプに見られ勝ちだが、実は長靴入院している友人を定期的に見舞いに行ったりと案外気遣いの細やかな面がある。信哉の怪我が自分のせいだと、本当は凄く気にかけているのだと思う。
火傷をする様子もなく揚げたての唐揚げを咥えるところは、暢気過ぎる嫌いだけど、ね。
注意をする義人の声はどこ吹く風で、元々拾って来たのと既に何度も顔を合わせているせいか打ち解けた様子で忠志が仁に声をかける。ソファーの青年は忠志の声に、楽しそうな笑顔を見せる。そうして見る分には、全くそこらへんに居る普通の高校生にしか見えない。
「あちィッ!!!」
「当たり前だろ?揚げたばかりなんだから。」
内心火気のくせに猫舌?しかも今更?と思いながら呆れた声をあげる義人を尻目に忠志はヒョイッと青年に近寄り、何か共通の話題でもあるのかテレビ番組の話で二人で盛り上がり始めた。
ふっつうに兄弟みたいだ、この二人。
呆れた様にその様子を見ていると信哉と悌順に頼まれてやっているとはいえ、今まで真剣に気配を探ろうとしている自分の行動がだんだん馬鹿馬鹿しいものの様な気がしてくる。ついに、諦めた様に思わず義人は深い溜め息をついた。それを聞きつけたのか忠志が少し心配気な顔でキッチンに滑りこんでくる。
「どしたァ?元気ないのな。」
「あ、ううん、何でもないんだ。さて、タダで食べたいなら運んでくれる?」
その言葉にへいへいと能天気な返事をして忠志が、目の前の大皿を持ち上げた。瞬間ソファーから二人を眺めていた仁が、ポツリと呟く。その声は酷く室内に響いた。
「二人とも不思議な目なんだね。」
ギクッとその言葉に二人の動きが凍りついた様に固まり、思わず一瞬二人は顔を見合わせた。どう見ても今の二人の瞳は異能を発現していない、瞳は普段の黒と茶の光彩にしか見えない。そして、少し神妙な表情で義人はフッとその声の主に視線を向ける。
彼は二人の様子に気がつかない風で、何処にでもいる少年の様にニコニコとしたままだ。そして再び二人の姿をリビングのソファに座ったまま、光を見るように少し眩しそうな表情で見上げ口を開いた。
「紅玉に、蒼い水晶…二人とも宝石みたいに輝いてる。あの人の目も白銀っていうか金っていうか…綺麗だ。」
あの人というのが、この部屋の主である鳥飼信哉の事を指しているのは言うまでもない事だ。しかし、それより何より今義人と忠志の二人は、光彩の色どころか異能の片鱗さえ匂わせていない。つまり、今ここに立つ二人はただの人間と何も変わりないのだ。
その時、不意に仁の持つ不思議な気が強まり波のように押し寄せてくる感覚にとらわれた。仁の持つ不思議な気配は波のうねりの様に強く、義人と忠志の二人に押し寄せていた。その気配に呑まれ二人は凍り付いた様にキッチンに佇んだまま、その青年のリビングのソファから眩しそうに自分達を見つめる視線を見返している。
彼は自分では全く気が付いていないんだ…。
フッと義人はその彼の表情に理解した。
記憶が無いせいという可能性も確かにあるが、今恐らく彼自身は自分の能力が何なのか知らないでいる。無意識で力が表に溢れ出してるのに違いないと、義人は理解し判断した。
「仁…お前には何が見えてんだ?」
緊張を織り交ぜた様に呆然と見張る視線で、横にいた忠志が問いかける。仁は今やっと二人の緊張した様子に気がついて、初めて不安そうな表情を浮かべ首を傾げる。彼ら二人の凍りついたような表情に困惑した様子を浮かべ、何ってと言い淀む彼にとっては当たり前に見える世界なのだろう。だからこそ彼は不思議な事と認識せずに今まで過ごしていたのが、ありありと分かった。
「宝石が光ってる、そうだな、光…みたいな感じ。」
彼は暫く言葉の表現に詰まる様な様子を見せたが暫くして、今だ困惑の表情で答える。
「二人は紅玉と青い水晶みたいに光って見える。」
その瞬間まるで何かが龍の逆鱗に触れたかのような強い違和感が、目の前の青年から義人の体に押し寄せた。何か得体のしれない激しい強い違和感と何か大きなモノの気配が大波のように押し寄せ、義人の体を透過して駆け抜けていこうとする。義人は思わず、その駆け抜けようとする末端を強く握りしめた。
それは激しく強く大きな何かの気配の一端だった。
今まで一度も出会った事のない、何かとても不思議なモノ・人ではないモノ・しかし人外とも異なる何か。
自分が握りしめた末端を見つめ、それが一体何なのか、何者なのか、義人は龍の能力を使い見定めようと力を込める。しかし、それはあまりにも強すぎて一瞬のうちに義人の龍の気を振り払い、義人の体を透過して駆け抜けあっという間に消え去った。あっさりと振り払われるほどの強い力は、姿どころか影すらも見定める事が出来ず、義人ば呆然と立ちすくむ。
「義人サン?」
不思議そうにオズオズとかけられた仁の声に、義人はハッと我に返る。心配げに見つめる忠志を横にその青年の顔をまじまじと見つめ返していた。
それから約一時間後。
悌順・義人宅のリビングに院から直接、向かった信哉と悌順・そして義人の三人の姿がある。一先ず仁のいない場所でと連絡した義人の判断を聞くため、信哉は不承不承ではあるものの忠志に青年のお守と留守番をさせ集まる事にしたのだ。義人はつい先程までの事の顛末と仁の能力らしいその視界の話を聞いた二人は目を丸くする。
「てぇと、その仁ってのは、異能を目で見る事が出来るってわけか?」
発現していない能力を見抜く程の能力は、今までに一人しか頭に浮かばない。月読の友村礼慈一人だ。早々、友村レベルの人間が生まれないのは、彼が特別な役職にあることからでも想像は難しくないだろう。
そんなの暫く聞いた事ねえなと驚き交じりに溜息をつく悌順に義人が小さく頷き言葉を繋ぐ。友村に直接会ったことのない義人には、こんな事態は初めてだったのだから未だ困惑の表情が隠せないでいるのもやむを得ない事なのかもしれない。
「そのようです。ただ、霊感とか、所謂院の能力者、そういうのとは違うと思います。」
困惑の中でも義人は、先ほどの仁が放った気配を思い出してキッパリと言い切った。義人のハッキリと言い切った言葉が悌順・義人宅のリビングに凛と響き、悌順の横で腕を組んで何かを考え込んでいた信哉がその声の強さに目をあげる。悌順もおやと言いたげな表情で、義人の顔を見つめなおし言葉の先を促した。
「普通は大概本質が見抜ける。でも彼は何度やってもどうしても見えなかった。」
へぇと心底驚いた様子で悌順が声をあげる。悌順は仕事上思春期の若い年頃に接することが多い。若い頃に有りがちな霊感と称したものが、稀に彼の片鱗を見たような気になって騒ぎになることがある。あからさまに蛇がとりついているだのと騒がれて、いやいやその蛇は自分の一部だ説明する訳はない。が、そういうものは大概は一時の騒ぎで消える、そこが思春期というものの恐ろしい部分だ。だが、四人のうちで一番気を読むのに長けている義人が、それとは違うと言い切ったのだ。信哉は今の言葉で、先日彼が自分を見上げた時に見せたあの眩しそうな視線を思い出して納得したかのようにふと眼を細めた。そうして、彼は暫く無言のまま考え込んでいたが、やがて小さく呟いた。
「悪い者ではなさそうだが、何か特殊な人間ではありそうだな。」
その言葉の声音に、横の悌順がふと片眉をあげる。
信哉の脳裏には悌順と同じく、異能としてゲートの開く気配を感知したり・自分達にも分からない人外の気配を感知する事の出来る黒曜石の目を持った青年・友村 礼慈が浮かんでいるのだろう。もしかしたら、稀ではあるが星読と同じ能力を持った人間の可能性もあるという事なのだろう。となると『院』との関係があるものの可能性も出てくることになる。
「院に該当する者がいないかそれとなく聞き出す必要はありそうだなぁ。」
悌順の言葉にまぁなと呟いた信哉が小さな溜息をつく。院に積極的に関わりたくはないが、どうしても最近は連絡を密にする必要性はあることになった訳である。ただ、記憶がない事でハッキリしないうえに、仁が全く院と関係のない可能性もまだぬぐい去れない。もしも全く関係ないとしたら、院に新しい新種の能力者をただ提供してしまう事にもなりかねない。
なので、結局・方法としては≪それとなく≫聞き出すという事になるわけだ。勿論、それは悌順だと感づかれてしまう可能性が高いので、結局は場数を踏んだ信哉がすることになる。
「で一先ず、当人はもう少し信哉が様子を見るってわけだ。」
ニンマリと笑って茶化すように言う悌順に、彼は少し気まり悪そうな表情を微かに浮かべる。手伝いますからと取り成した義人の言葉が更にその表情を深めてしまい、横の悌順が声を立てて笑うのにジロッと冷たい視線を彼が投げつけた。
義人は今日触れ合ってみて、確かにあの不思議な気配が有無を言わせない力がある様な気がすると言った忠志の言葉の意味が分かった気がする。
「じゃぁ、俺も一度会いに行ってみるかな。」
それに正直なところ、悌順自身も興味があるのだろう。信哉の威嚇のような冷たい視線から逃れる様に、のんびりとそう言った悌順につられ立ち上がろうとした瞬間、あと義人が思い出したような声を上げた。二人が不思議そうにその顔を見なおすと義人は今思い出したというように口を開いた。
「そう言えば、その後一つ思い出したって。」
その言葉に動き出そうとしていた二人の動きが止まる。
「僕らの光を目指して歩いて来たって、仁君言ってました。」
出会った時の傷だらけで泥まみれだった仁の姿が、ふと信哉の脳裏に浮かぶ。確かに何処か遠くから歩いてきた姿といえば、あの姿はそう取れなくもない。そして、再び言葉として異能を光と表現された自分達の存在に、信哉と悌順は思わず顔を見合わせていた。
確かに人外じゃぁない事はわかるんだけど…?
この部屋に来てからもう、何度も青年の気配の末端を手繰り寄せ触れようとして義人は失敗していた。気配を掴んだと思うと目の前の青年の気配は、スルリと上手く義人の手をすり抜けて逃げてしまう。確かに人外のモノでないという事は何とかつかめたが、それ以外の事は全く掴むことが出来ない。実質視覚で視ている訳だから、こういう事は義人にとっても初めての経験だ。普通の人であれば、大体の事は見通せる。やる気になって上手くいけば。と言っても大概義人がやる時には上手くいくのだが、相手の心の表層くらいまでは軽々と読みとく事が義人には出来た。下手すると体内の胎児の生命に対する原初の気配を読み取ってしまい、母体が知る前に妊娠に気がついてしまうほどなのだ。
そこまですると、幾ら元々勘が鋭いと言われていても、相手の視線が変わる。そのため普段は義人自身セーブしているくらいなのだ。仲間でも調子によっては普段の仲間の心の機微くらいまでは、感じ取ることができる。その能力を何度駆使しても何も掴むことができず、視えたと思うと全てがすり抜けるように捕らえられない。義人の力を知っていて触れられない様に相手がしているのかとすら思わせる。
確かに、不思議な気だ。
しかし、見ている限り彼が意識的に視えないように、触れられない様に意識した様子はない。つまりは彼自身の中で意識しているわけではないのだ。彼の中の何かが、無意識にそうしているのだろう。そんな風に色々と考えながらも、義人のその手は休むことなく料理をこなしている。
油から揚げたての唐揚げをひきあげながら、他にサラダや汁物を手早く作りあげて、油の切れた唐揚げを少し取り分けておいてから大皿に盛り付ける。突然カウンターの向こうから何時の間にか傍に近寄っていた忠志の手が、ヒョイと唐揚げを一個摘み上げた。
「ちょっと、忠志、つまみ食いは下品だよ。」
「いーじゃんかァ、一個くらい。なァ、仁。」
つい先程来訪した槙山忠志は、いつもと変わらぬ陽気さで当然のように鳥飼邸に姿を表した。知らなかったがここ数日毎日鳥飼邸に通っていたと話すところは、恐らく家主の怪我を気にして通っていたのだろうと義人は思う。忠志は普段から陽気でそういう気遣いをしないタイプに見られ勝ちだが、実は長靴入院している友人を定期的に見舞いに行ったりと案外気遣いの細やかな面がある。信哉の怪我が自分のせいだと、本当は凄く気にかけているのだと思う。
火傷をする様子もなく揚げたての唐揚げを咥えるところは、暢気過ぎる嫌いだけど、ね。
注意をする義人の声はどこ吹く風で、元々拾って来たのと既に何度も顔を合わせているせいか打ち解けた様子で忠志が仁に声をかける。ソファーの青年は忠志の声に、楽しそうな笑顔を見せる。そうして見る分には、全くそこらへんに居る普通の高校生にしか見えない。
「あちィッ!!!」
「当たり前だろ?揚げたばかりなんだから。」
内心火気のくせに猫舌?しかも今更?と思いながら呆れた声をあげる義人を尻目に忠志はヒョイッと青年に近寄り、何か共通の話題でもあるのかテレビ番組の話で二人で盛り上がり始めた。
ふっつうに兄弟みたいだ、この二人。
呆れた様にその様子を見ていると信哉と悌順に頼まれてやっているとはいえ、今まで真剣に気配を探ろうとしている自分の行動がだんだん馬鹿馬鹿しいものの様な気がしてくる。ついに、諦めた様に思わず義人は深い溜め息をついた。それを聞きつけたのか忠志が少し心配気な顔でキッチンに滑りこんでくる。
「どしたァ?元気ないのな。」
「あ、ううん、何でもないんだ。さて、タダで食べたいなら運んでくれる?」
その言葉にへいへいと能天気な返事をして忠志が、目の前の大皿を持ち上げた。瞬間ソファーから二人を眺めていた仁が、ポツリと呟く。その声は酷く室内に響いた。
「二人とも不思議な目なんだね。」
ギクッとその言葉に二人の動きが凍りついた様に固まり、思わず一瞬二人は顔を見合わせた。どう見ても今の二人の瞳は異能を発現していない、瞳は普段の黒と茶の光彩にしか見えない。そして、少し神妙な表情で義人はフッとその声の主に視線を向ける。
彼は二人の様子に気がつかない風で、何処にでもいる少年の様にニコニコとしたままだ。そして再び二人の姿をリビングのソファに座ったまま、光を見るように少し眩しそうな表情で見上げ口を開いた。
「紅玉に、蒼い水晶…二人とも宝石みたいに輝いてる。あの人の目も白銀っていうか金っていうか…綺麗だ。」
あの人というのが、この部屋の主である鳥飼信哉の事を指しているのは言うまでもない事だ。しかし、それより何より今義人と忠志の二人は、光彩の色どころか異能の片鱗さえ匂わせていない。つまり、今ここに立つ二人はただの人間と何も変わりないのだ。
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彼は自分では全く気が付いていないんだ…。
フッと義人はその彼の表情に理解した。
記憶が無いせいという可能性も確かにあるが、今恐らく彼自身は自分の能力が何なのか知らないでいる。無意識で力が表に溢れ出してるのに違いないと、義人は理解し判断した。
「仁…お前には何が見えてんだ?」
緊張を織り交ぜた様に呆然と見張る視線で、横にいた忠志が問いかける。仁は今やっと二人の緊張した様子に気がついて、初めて不安そうな表情を浮かべ首を傾げる。彼ら二人の凍りついたような表情に困惑した様子を浮かべ、何ってと言い淀む彼にとっては当たり前に見える世界なのだろう。だからこそ彼は不思議な事と認識せずに今まで過ごしていたのが、ありありと分かった。
「宝石が光ってる、そうだな、光…みたいな感じ。」
彼は暫く言葉の表現に詰まる様な様子を見せたが暫くして、今だ困惑の表情で答える。
「二人は紅玉と青い水晶みたいに光って見える。」
その瞬間まるで何かが龍の逆鱗に触れたかのような強い違和感が、目の前の青年から義人の体に押し寄せた。何か得体のしれない激しい強い違和感と何か大きなモノの気配が大波のように押し寄せ、義人の体を透過して駆け抜けていこうとする。義人は思わず、その駆け抜けようとする末端を強く握りしめた。
それは激しく強く大きな何かの気配の一端だった。
今まで一度も出会った事のない、何かとても不思議なモノ・人ではないモノ・しかし人外とも異なる何か。
自分が握りしめた末端を見つめ、それが一体何なのか、何者なのか、義人は龍の能力を使い見定めようと力を込める。しかし、それはあまりにも強すぎて一瞬のうちに義人の龍の気を振り払い、義人の体を透過して駆け抜けあっという間に消え去った。あっさりと振り払われるほどの強い力は、姿どころか影すらも見定める事が出来ず、義人ば呆然と立ちすくむ。
「義人サン?」
不思議そうにオズオズとかけられた仁の声に、義人はハッと我に返る。心配げに見つめる忠志を横にその青年の顔をまじまじと見つめ返していた。
それから約一時間後。
悌順・義人宅のリビングに院から直接、向かった信哉と悌順・そして義人の三人の姿がある。一先ず仁のいない場所でと連絡した義人の判断を聞くため、信哉は不承不承ではあるものの忠志に青年のお守と留守番をさせ集まる事にしたのだ。義人はつい先程までの事の顛末と仁の能力らしいその視界の話を聞いた二人は目を丸くする。
「てぇと、その仁ってのは、異能を目で見る事が出来るってわけか?」
発現していない能力を見抜く程の能力は、今までに一人しか頭に浮かばない。月読の友村礼慈一人だ。早々、友村レベルの人間が生まれないのは、彼が特別な役職にあることからでも想像は難しくないだろう。
そんなの暫く聞いた事ねえなと驚き交じりに溜息をつく悌順に義人が小さく頷き言葉を繋ぐ。友村に直接会ったことのない義人には、こんな事態は初めてだったのだから未だ困惑の表情が隠せないでいるのもやむを得ない事なのかもしれない。
「そのようです。ただ、霊感とか、所謂院の能力者、そういうのとは違うと思います。」
困惑の中でも義人は、先ほどの仁が放った気配を思い出してキッパリと言い切った。義人のハッキリと言い切った言葉が悌順・義人宅のリビングに凛と響き、悌順の横で腕を組んで何かを考え込んでいた信哉がその声の強さに目をあげる。悌順もおやと言いたげな表情で、義人の顔を見つめなおし言葉の先を促した。
「普通は大概本質が見抜ける。でも彼は何度やってもどうしても見えなかった。」
へぇと心底驚いた様子で悌順が声をあげる。悌順は仕事上思春期の若い年頃に接することが多い。若い頃に有りがちな霊感と称したものが、稀に彼の片鱗を見たような気になって騒ぎになることがある。あからさまに蛇がとりついているだのと騒がれて、いやいやその蛇は自分の一部だ説明する訳はない。が、そういうものは大概は一時の騒ぎで消える、そこが思春期というものの恐ろしい部分だ。だが、四人のうちで一番気を読むのに長けている義人が、それとは違うと言い切ったのだ。信哉は今の言葉で、先日彼が自分を見上げた時に見せたあの眩しそうな視線を思い出して納得したかのようにふと眼を細めた。そうして、彼は暫く無言のまま考え込んでいたが、やがて小さく呟いた。
「悪い者ではなさそうだが、何か特殊な人間ではありそうだな。」
その言葉の声音に、横の悌順がふと片眉をあげる。
信哉の脳裏には悌順と同じく、異能としてゲートの開く気配を感知したり・自分達にも分からない人外の気配を感知する事の出来る黒曜石の目を持った青年・友村 礼慈が浮かんでいるのだろう。もしかしたら、稀ではあるが星読と同じ能力を持った人間の可能性もあるという事なのだろう。となると『院』との関係があるものの可能性も出てくることになる。
「院に該当する者がいないかそれとなく聞き出す必要はありそうだなぁ。」
悌順の言葉にまぁなと呟いた信哉が小さな溜息をつく。院に積極的に関わりたくはないが、どうしても最近は連絡を密にする必要性はあることになった訳である。ただ、記憶がない事でハッキリしないうえに、仁が全く院と関係のない可能性もまだぬぐい去れない。もしも全く関係ないとしたら、院に新しい新種の能力者をただ提供してしまう事にもなりかねない。
なので、結局・方法としては≪それとなく≫聞き出すという事になるわけだ。勿論、それは悌順だと感づかれてしまう可能性が高いので、結局は場数を踏んだ信哉がすることになる。
「で一先ず、当人はもう少し信哉が様子を見るってわけだ。」
ニンマリと笑って茶化すように言う悌順に、彼は少し気まり悪そうな表情を微かに浮かべる。手伝いますからと取り成した義人の言葉が更にその表情を深めてしまい、横の悌順が声を立てて笑うのにジロッと冷たい視線を彼が投げつけた。
義人は今日触れ合ってみて、確かにあの不思議な気配が有無を言わせない力がある様な気がすると言った忠志の言葉の意味が分かった気がする。
「じゃぁ、俺も一度会いに行ってみるかな。」
それに正直なところ、悌順自身も興味があるのだろう。信哉の威嚇のような冷たい視線から逃れる様に、のんびりとそう言った悌順につられ立ち上がろうとした瞬間、あと義人が思い出したような声を上げた。二人が不思議そうにその顔を見なおすと義人は今思い出したというように口を開いた。
「そう言えば、その後一つ思い出したって。」
その言葉に動き出そうとしていた二人の動きが止まる。
「僕らの光を目指して歩いて来たって、仁君言ってました。」
出会った時の傷だらけで泥まみれだった仁の姿が、ふと信哉の脳裏に浮かぶ。確かに何処か遠くから歩いてきた姿といえば、あの姿はそう取れなくもない。そして、再び言葉として異能を光と表現された自分達の存在に、信哉と悌順は思わず顔を見合わせていた。
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