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第一部
第三幕 護法院奥の院
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家屋の和の佇まいには不釣り合いな山の様なモニターの落とす弱い光の中。その明かりがあるとはいえ、天井の高く薄暗い室内では人の表情まで判別できるかは分からない。暗がりの玄武の表情が少し緩んだことに気がつかない様子で、智美は少し咳払いをして気持ちを切り替える様にすると言葉を続けた。まさか電話をかけた相手が、背後から返事をするとは思っても見なかったのだ。
「調べていて…二つ気になった事がある。」
その言葉に、微かに目の前の二人の表情が変わる。
二人はけして、香坂智美を子供だと侮っているわけではない。彼ら二人は長い間をかけて香坂智美という人間と、彼の能力とその性格を熟知して把握している。その上であえて今のような接し方をしているだけなのだ。
香坂智美は見た目は確かに華奢で、少女の様に可愛らしい顔立ちをしている。しかし、彼は特異な能力を持ち素晴らしい才知を蓄え、尚且つ年相応にかなりの負けず嫌いで自分の弱みを見せる事を嫌う。それ故に今の彼の地位は確立されたのといっても過言ではない。院の古文書を全て暗記してあるのは、別段式読としては特別なことではない。彼が今までの式読と違うのは、今までの知識と結果で固められたものを改めて別の視点で解釈を考えることができる柔軟さがあるという点なのだ。
「それは五行と要という言葉。」
「五行、………と、要?」
訝しげな声で繰り返した玄武に、智美は椅子に腰かけたまま小さく頷く。玄武の横に立つ形になっていた白虎が、その言葉に目を伏せ口元に手を当てて考え込んでいた様子を暫く見せる。やがて、白虎がふと気がついた様にモニターの前に座る彼に視線を返した。
「五行は…土気の事を言っているのか?香坂。」
流石に四人のうち、最も長くゲートキーパーを続けているだけの事はある。智美が五行と告げただけでそれの何が疑問点なのか読み解いてきた白虎に、思わず智美は笑みを敷いて目を細める。
「うん。そう、土気。」
二人の会話に土気…と玄武が呟くように繰り返すを聞きながら、白虎も眉を少しひそめさせる様な表情をした。何かを思い返すような視線をふっと一瞬見せた白虎は、目の前の智美に向かって再び重い口を開く。
「だが、今まで土気を持つ異能者が現れた事はない。」
白虎は自分の記憶を辿っていたのだろう。白虎のその言葉に横にいた玄武も同意の頷きを返し、二人の姿に智美は微かに表情を曇らせる。そうして智美は一つ溜め息をついて、自分も少し困惑気味に同じように頷いた。
「確かに、今残っている四神の系譜にも一人も土気を持つ人間は存在してなかった。」
少なくともゲートキーパーが院の管理下にあった時、院はその者達の系譜図を作成していた。勿論血縁を系譜にしたわけではなく、能力を引き継いだ者を書いたものだから系統図になるわけではない。ただ、誰が何時ゲートキーパーになり、誰がその後にその能力を引き継いだのかそれが分かるだけだ。それでも最も古いゲートキーパーが、何時頃生きていたかくらいは分かる。
「それに諸説ではあるが、白虎が土気であるという説もあるだろう?」
「確かにあるね。」
陰陽五行というものを調べると西方の白虎が、金気であると同時に土の精であるという説も確かに存在する。だが、それだと現状に矛盾が生じると智美が告げた。
「土気が白虎であるなら、白虎は金気の技以外にも土気が使えることになるけど。」
そう告げられ白虎の表情は納得したように呟く。
「実際には無理だな、土気の操りかたは知らんな。」
確かに白虎には金気を使った攻撃は可能だが、土気を操ることは出来ない。指摘されれば当然なことだが、それが示す事が何かに驚きを感じずに入られない。智美の言葉に玄武は腕を組みながら、彼の背後のモニターをちらりと見やった。そこには、智美の言う四神の系譜らしきものが細かく映し出されている。何時かは自分達の名前も最下に並ぶであろう、忌まわしき力の受け継がれた証のような長い系譜図。その名前の数だけ、この任を継いで死んでいった者がいるという明確な証明書の様なものだ。
「今まで居なかった五人目が、生まれる可能性があるって事か?」
「勿論新しい存在が生まれる可能性もあるし、四人のうち誰かに宿るのかもしれないし。まだ、不確定情報だね。」
今言ったように系譜にすらのっていないのでは、土気の能力についてはこれ以上の情報はまだ得られないだろう。そう考えた様子で白虎が話を変える。
「それで、要の方は?香坂。」
しかし、白虎の言葉にふいと智美の表情が、見るからに芳しくないモノに変わった。実際にはこちらの方が、土気よりもはるかに情報が得られていない事が容易に想像できる。彼は眼鏡を押し上げながら、溜め息交じりに重い口を開いた。
「最古の古文書に何度か≪龍脈の要≫・≪要の守護≫という言葉が出てくる。」
「年代がかなり古そうな話だな。」
「まあね、院の前身みたいな集団の辺りのモノだからね。」
その言葉に暗がりの二人はそれぞれに腕を組んで息をつく。
「龍脈は地脈のようなものと推測されるけど、要がどのような役割なのかは何も推測できるものがない。」
現実にも鹿島神宮には要石と呼ばれる石が、実は存在する。それは、「山の宮」とも「御座石(みましいし)、石御座(いしのみまし)」と呼ばれる石だ。
それは神話の時代から語り継がれるもの。日本神話の葦原中国平定において天香香背男討伐にあたり、経津主神と武甕槌神は建葉槌命を遣わした。その神が降りた磐座が現在の要石、住居が鹿島神宮の原型であると伝えられている。『鹿島宮社例伝記』によれば鹿島社要石は仏教的宇宙観でいう、大地の最も深い部分である金輪際から生えている柱の一部なのだという。その柱で日本が繋ぎ止められているというのだ。同じ設定を持つ場所に琵琶湖の竹生島がある。また、日本書紀では「鹿島動石(ゆるぐいし)」「伊勢大神宮」など、漂う日本を大地に繋ぎ止める「国中の柱」とされる場所が全国に点在しているとされていた。
要石は地中深くまで伸び、地中で暴れて地震を起こす大鯰あるいは龍を押さえ、あるいは貫いて、あるいは打ち殺した・刺し殺したともいう。 同時に龍が柱に巻き付いて国土を守護しているとも言われている。要石はしば剣にたとえられ、石剣と言うことがある。なので鯰絵では、大鯰を踏みつける姿や剣を振り下ろす姿がよく描かれるのだ。
「とは言え、古文書では龍脈の要が本来は何を示して読んだのかは分からない。人なのか物なのか、何かの例えなのか。何にせよ守護が必要なものとなれば、当の要は戦力であるとは考えにくい。」
院ができる前となると、古文書の記載は千年以上前となりそうだと腕を組んだまま白虎が目を細める。ふぅんと言葉を返す玄武が無言で言葉の先を促すが、智美は小さく肩をすくめた。
「残念ながら、今のところ、こちらからは要に関しての情報は皆無、これ以上報告出来ることもないということだ。」
「八方塞がりという訳か…。」
静かな白虎の言葉に疲労のせいもあるのか、珍しく智美が年相応のムッとした表情を浮かべる。智美が珍しく負けず嫌いな本性を垣間見せて口調を荒げる。
「時間が足りないだけだ。まだ調査中!」
自分で言ってから、ハッとした様に智美は玄武の視線に気がついて口をつぐんだ。フフンと玄武が何時もと違う笑みを浮かべるのを見て、智美は本気で礼慈が今に居なくて良かったと心中思った。ニヤッと笑う玄武はここで見る何時もの玄武としてではなく、不意に彼自身の日常を滲ませてくだけた口調で言葉をこぼした。
「まぁ、調査も大事だけど、気分転換がてらでも良いからちゃんと学校に来いよ、お前。宮井達が乗り込んで来るぞ?」
グッと言葉に詰まった智美の顔は何時もの取り澄ました式読のモノではなく、十七歳の年相応のモノだった。恨めしげに上目使いに彼を睨みつけた。学力では何も問題のないとはいえ休みがちな学校で、入学して早々担任だと玄武と顔を合わせたあの時の驚きが思わず記憶によみがえる。
確かに玄武の表の仕事が教師なのは承知していたが、こんなに簡単にはちあわせるとはチラとも考えなかったのだ。これだから、何時もそっけなく接しているというのに礼慈や知らぬ者がいないと直ぐこれだ。この事実があるから、玄武が余計に智美に式読の任をさせたくないというのもあるのだろうけれど。
「そういう風に急に教師しないでくれない?先生…。」
思わず生徒の表情を浮かべてしまった彼のその様子に、ふっと苦笑する白虎を恨めしげに見上げ智美は気力が失せた様に肩を落とす。どうにも教師の顔の玄武には、智美もペースが狂わされる。世間は狭い、その言葉が今は酷く身に沁みる気が智美にはしたのだった。
「調べていて…二つ気になった事がある。」
その言葉に、微かに目の前の二人の表情が変わる。
二人はけして、香坂智美を子供だと侮っているわけではない。彼ら二人は長い間をかけて香坂智美という人間と、彼の能力とその性格を熟知して把握している。その上であえて今のような接し方をしているだけなのだ。
香坂智美は見た目は確かに華奢で、少女の様に可愛らしい顔立ちをしている。しかし、彼は特異な能力を持ち素晴らしい才知を蓄え、尚且つ年相応にかなりの負けず嫌いで自分の弱みを見せる事を嫌う。それ故に今の彼の地位は確立されたのといっても過言ではない。院の古文書を全て暗記してあるのは、別段式読としては特別なことではない。彼が今までの式読と違うのは、今までの知識と結果で固められたものを改めて別の視点で解釈を考えることができる柔軟さがあるという点なのだ。
「それは五行と要という言葉。」
「五行、………と、要?」
訝しげな声で繰り返した玄武に、智美は椅子に腰かけたまま小さく頷く。玄武の横に立つ形になっていた白虎が、その言葉に目を伏せ口元に手を当てて考え込んでいた様子を暫く見せる。やがて、白虎がふと気がついた様にモニターの前に座る彼に視線を返した。
「五行は…土気の事を言っているのか?香坂。」
流石に四人のうち、最も長くゲートキーパーを続けているだけの事はある。智美が五行と告げただけでそれの何が疑問点なのか読み解いてきた白虎に、思わず智美は笑みを敷いて目を細める。
「うん。そう、土気。」
二人の会話に土気…と玄武が呟くように繰り返すを聞きながら、白虎も眉を少しひそめさせる様な表情をした。何かを思い返すような視線をふっと一瞬見せた白虎は、目の前の智美に向かって再び重い口を開く。
「だが、今まで土気を持つ異能者が現れた事はない。」
白虎は自分の記憶を辿っていたのだろう。白虎のその言葉に横にいた玄武も同意の頷きを返し、二人の姿に智美は微かに表情を曇らせる。そうして智美は一つ溜め息をついて、自分も少し困惑気味に同じように頷いた。
「確かに、今残っている四神の系譜にも一人も土気を持つ人間は存在してなかった。」
少なくともゲートキーパーが院の管理下にあった時、院はその者達の系譜図を作成していた。勿論血縁を系譜にしたわけではなく、能力を引き継いだ者を書いたものだから系統図になるわけではない。ただ、誰が何時ゲートキーパーになり、誰がその後にその能力を引き継いだのかそれが分かるだけだ。それでも最も古いゲートキーパーが、何時頃生きていたかくらいは分かる。
「それに諸説ではあるが、白虎が土気であるという説もあるだろう?」
「確かにあるね。」
陰陽五行というものを調べると西方の白虎が、金気であると同時に土の精であるという説も確かに存在する。だが、それだと現状に矛盾が生じると智美が告げた。
「土気が白虎であるなら、白虎は金気の技以外にも土気が使えることになるけど。」
そう告げられ白虎の表情は納得したように呟く。
「実際には無理だな、土気の操りかたは知らんな。」
確かに白虎には金気を使った攻撃は可能だが、土気を操ることは出来ない。指摘されれば当然なことだが、それが示す事が何かに驚きを感じずに入られない。智美の言葉に玄武は腕を組みながら、彼の背後のモニターをちらりと見やった。そこには、智美の言う四神の系譜らしきものが細かく映し出されている。何時かは自分達の名前も最下に並ぶであろう、忌まわしき力の受け継がれた証のような長い系譜図。その名前の数だけ、この任を継いで死んでいった者がいるという明確な証明書の様なものだ。
「今まで居なかった五人目が、生まれる可能性があるって事か?」
「勿論新しい存在が生まれる可能性もあるし、四人のうち誰かに宿るのかもしれないし。まだ、不確定情報だね。」
今言ったように系譜にすらのっていないのでは、土気の能力についてはこれ以上の情報はまだ得られないだろう。そう考えた様子で白虎が話を変える。
「それで、要の方は?香坂。」
しかし、白虎の言葉にふいと智美の表情が、見るからに芳しくないモノに変わった。実際にはこちらの方が、土気よりもはるかに情報が得られていない事が容易に想像できる。彼は眼鏡を押し上げながら、溜め息交じりに重い口を開いた。
「最古の古文書に何度か≪龍脈の要≫・≪要の守護≫という言葉が出てくる。」
「年代がかなり古そうな話だな。」
「まあね、院の前身みたいな集団の辺りのモノだからね。」
その言葉に暗がりの二人はそれぞれに腕を組んで息をつく。
「龍脈は地脈のようなものと推測されるけど、要がどのような役割なのかは何も推測できるものがない。」
現実にも鹿島神宮には要石と呼ばれる石が、実は存在する。それは、「山の宮」とも「御座石(みましいし)、石御座(いしのみまし)」と呼ばれる石だ。
それは神話の時代から語り継がれるもの。日本神話の葦原中国平定において天香香背男討伐にあたり、経津主神と武甕槌神は建葉槌命を遣わした。その神が降りた磐座が現在の要石、住居が鹿島神宮の原型であると伝えられている。『鹿島宮社例伝記』によれば鹿島社要石は仏教的宇宙観でいう、大地の最も深い部分である金輪際から生えている柱の一部なのだという。その柱で日本が繋ぎ止められているというのだ。同じ設定を持つ場所に琵琶湖の竹生島がある。また、日本書紀では「鹿島動石(ゆるぐいし)」「伊勢大神宮」など、漂う日本を大地に繋ぎ止める「国中の柱」とされる場所が全国に点在しているとされていた。
要石は地中深くまで伸び、地中で暴れて地震を起こす大鯰あるいは龍を押さえ、あるいは貫いて、あるいは打ち殺した・刺し殺したともいう。 同時に龍が柱に巻き付いて国土を守護しているとも言われている。要石はしば剣にたとえられ、石剣と言うことがある。なので鯰絵では、大鯰を踏みつける姿や剣を振り下ろす姿がよく描かれるのだ。
「とは言え、古文書では龍脈の要が本来は何を示して読んだのかは分からない。人なのか物なのか、何かの例えなのか。何にせよ守護が必要なものとなれば、当の要は戦力であるとは考えにくい。」
院ができる前となると、古文書の記載は千年以上前となりそうだと腕を組んだまま白虎が目を細める。ふぅんと言葉を返す玄武が無言で言葉の先を促すが、智美は小さく肩をすくめた。
「残念ながら、今のところ、こちらからは要に関しての情報は皆無、これ以上報告出来ることもないということだ。」
「八方塞がりという訳か…。」
静かな白虎の言葉に疲労のせいもあるのか、珍しく智美が年相応のムッとした表情を浮かべる。智美が珍しく負けず嫌いな本性を垣間見せて口調を荒げる。
「時間が足りないだけだ。まだ調査中!」
自分で言ってから、ハッとした様に智美は玄武の視線に気がついて口をつぐんだ。フフンと玄武が何時もと違う笑みを浮かべるのを見て、智美は本気で礼慈が今に居なくて良かったと心中思った。ニヤッと笑う玄武はここで見る何時もの玄武としてではなく、不意に彼自身の日常を滲ませてくだけた口調で言葉をこぼした。
「まぁ、調査も大事だけど、気分転換がてらでも良いからちゃんと学校に来いよ、お前。宮井達が乗り込んで来るぞ?」
グッと言葉に詰まった智美の顔は何時もの取り澄ました式読のモノではなく、十七歳の年相応のモノだった。恨めしげに上目使いに彼を睨みつけた。学力では何も問題のないとはいえ休みがちな学校で、入学して早々担任だと玄武と顔を合わせたあの時の驚きが思わず記憶によみがえる。
確かに玄武の表の仕事が教師なのは承知していたが、こんなに簡単にはちあわせるとはチラとも考えなかったのだ。これだから、何時もそっけなく接しているというのに礼慈や知らぬ者がいないと直ぐこれだ。この事実があるから、玄武が余計に智美に式読の任をさせたくないというのもあるのだろうけれど。
「そういう風に急に教師しないでくれない?先生…。」
思わず生徒の表情を浮かべてしまった彼のその様子に、ふっと苦笑する白虎を恨めしげに見上げ智美は気力が失せた様に肩を落とす。どうにも教師の顔の玄武には、智美もペースが狂わされる。世間は狭い、その言葉が今は酷く身に沁みる気が智美にはしたのだった。
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