GATEKEEPERS  四神奇譚

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第一部

第二幕 護法院奥の院

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驚いたように自分を呼ぶ忠志の声に、悌順は何時もと変わらぬ人を食った様な笑みを浮かべる。悌順はクイッと首で寝室の方を促す様に示した。

「じゃ、今日は解散な。悪いが、義人は信哉を看ててくれ。」

これからまだ熱が出るだろうからなと呟きながら、悌順は立ち上がりグゥッと大きく伸びをする。不思議そうに自分を見上げている二人を知ってか知らずか、彼はふと苦笑を浮かべた。それはつい数時間前に、自分自身が信哉にこれに関して先走るなと言ったのだ。それなのに結果として、自分が率先して先走ることになってしまったのに内心気がついたのだ。

「何処か行くんですか?悌順さん。」

ソファの上で自分を見上げながら言う義人の不思議そうな声に、彼はにっと何時ものように笑いながらああと頷く。

「今から、院に行ってくる。」
「お、俺も行くっ!!」

思わず弾かれた様に立ち上がり声をあげた忠志に、悌順は呆れたように目を細めて一言ばぁーかと言い放つ。食い下がろうとする忠志の額に、一発綺麗なデコピンを喰らわせる。いてぇっと声をあげて額を抑える忠志を見おろしながら、悌順は呆れたように眺めた。院に彼ら二人の事を通達させないように、二人と内通者がどれだけ気を配って来たかを忘れられては困る。

「せっかく俺達が苦労してお前等の事隠してんのに、何言ってやがる。」

痛みに両手で額を抑えた忠志の憮然とした顔を見下ろし、彼はニヤッと笑い、じゃ・頼むなと義人を振り返る。躊躇うことなく悌順は、スタスタと物の少ない簡素なリビングを横切り扉を閉じる。扉の少し向こうで微かに玄関の音が閉まるのを聞きながら、二人は半ば唖然と立ち尽くしていた。
院という組織がどういう物なのか、実態がどういう場所なのかは、二人とも信哉達から聞かされてはいる。過去はゲートキーパーを一人でも確保すると、恐ろしいことに人体実験を繰り返していたという。そんなこと現代の日本で有り得るのかと初めて聞いた時は驚いたが、信哉達が彼らに嘘をいう必要性は全くない。当の信哉達が身体実験を受けたというのだから、疑いようもなかった。実際には以前は居住地すらも奪われた能力者もいたというが、そんな隔離紛いが出来る組織だと言うことなのだ。苦労して信哉達が院との表だった関係を断ち二人を隠しているのは、まだ一部に実験を必要だと考える輩が組織にいるからだということも理解している。
しかし、取り残された忠志の顔を見ていた義人が、思わず苦笑を浮かべた。そして気安い仲間の顔で仕方がないなぁと言いたげな溜め息をつく。

「そんなに行きたいなら行ったら?ただ、ヤスさんに怒られても僕は知らないよ?」

義人の言葉が後押しになったように、パッと忠志の顔に明るい表情が満面に浮かぶ。そして、行ってくるとバッと義人の言葉の続きも聞かずに、忠志は悌順を追うように部屋を駆けだした。忠志のその後ろ姿を見送りながら義人は苦笑を浮かべたまま、信哉の冷罨法のための氷の準備を始め肩をすくめた。

「まぁいいよね、仲間だし。僕はしーらないっと。」



※※※



都内某市の丘の上にある表門には『御法院』とだけ書かれた古い寺院にも見える建物がひっそりと建っていた。一見すると寺院に見えるが、その門は固く閉ざされ滅多なことでは他者に向けては開かない。周囲には民家もなく人気のない山林と竹林の中に建物がヒッソリと沈むかように存在している。
その建物には寺院に普通にある墓地もなく、檀家すらも存在していないがそれを知っている者は僅かだった。同時にその建物が何を生業に保たれているか、詳細を知るものは近郊には数えるほどしかいない。
人気のない山林を抜け竹林の裏手からスッと二人の人影が闇にまぎれて、その古風な土塀に滑る様に近付く。何処に何が配置されていて、何処を通れば邸内に関知されるのかを知り尽くした動き。音もなく塀の上に身軽に飛び乗った影の一人が、不機嫌を露骨に表わしながら、もう一人を見やると深い溜め息をついた。

「お前ね、俺と信哉の苦労をどうしてくれんだよ?」

二人の姿は闇夜に紛れる黒衣と紛れそうにもない緋色の衣だが、今のところ人目に触れた気配はない。本来ならこの異装だと人の目には触れなくなるのだが、ここは残念ながら視える能力者達の本拠地だ。ブツブツとぼやく玄武に、普段どおりのケロッとした顔で朱雀が答える。

「どうせ、真正面から行く気じゃないんだろ?じゃ、ダイジョブじゃね?」
「お前なぁ…もしもってこともあんだろうがよ。」

その声にも朱雀は我関せずという風に広大な敷地を珍しそうに目を細め闇を透かす様に見つめる。その瞳が意識を集中したためかあからさまに紅玉に染まるのに気がついて、玄武は再び深く溜め息をついた。その溜め息の後に、朱雀の額にデコピンを喰らわせる。

「いってェ!!」
「うるせえよ、そんな眼してたら見つかんだろうが、鳥目。」

あ、そうかと呟いた朱雀の瞳が、気を調整してスゥッと普段の黒い瞳に戻る。全く出来るなら言われる前にやれよと呆れ混じりに玄武が朱雀の顔を見据えて、再度念を押し直す。

「いいか?絶対お前は喋るなよ?ただついて来るだけだぞ。」

溜息をつきつつ玄武は、聞いているのかいないのか暢気に辺りを眺める朱雀を見やる。無駄でも改めて言っておかないと勝手についてきた上に、朱雀の性格だと何か失敗しかねないと玄武は内心文句を言う。来いと呟いて玄武はヒュっと音もたてずに、玉砂利の庭園に降り立った。それに続いて同じく音もなく広大な庭園に朱雀も降り立つ。立派な日本庭園は玉砂利の敷石が敷かれただけでなく、小さな滝のような水の流れも造形されていてシトシトと水の流れる音がしている。時折水の跳ねる音が響くところを見ると、鯉かなにかを放している様子だ。所々にポツリと灯る庭園の灯篭を避ける様に植え込みの木立の暗がりを縫う様にして夜の闇に紛れる。
庭を横切り奥の手の大きな建物に辿り着くと、玄武が素早い動作で地を蹴る。一瞬で家屋の屋根と柱の間に登り、そこに作り付けられた通風孔にスルリと滑り込んだ。高い屋根裏から天井に走る太い柱の上に滑り出て、眼下に薄暗い廊下を見下ろす。時折僧衣の男たちが廊下を静々と通り過ぎるのを、眼下に音もたてず二人は先に進み続ける。

「泥棒みたいじゃね?俺ら。」
「うるせぇ、お前のせいだろうが。白虎とだったらもう少し楽に入るに決まってんだろ。」

あ、そうなんだと変に納得しながら、能力を使っての隠密行動という珍しい状況に朱雀は少し楽しげだ。上手くやれば何処ぞの怪盗何とかが地で可能かもしれない。楽しそうな朱雀の様子に、思わず頭痛が起きた玄武がこめかみを押さえる。
長い渡り廊下を越え再び下を見下ろすと、珍しく目的の部屋の扉の前に誰も居ない。それを見てとると玄武は一足先に、廊下を軋ませもせず床に降り立つ。扉の前に立ち中の気配を伺ってから、天井の朱雀を手招いた。同じように音もたてず羽根が舞い降りる様にフワリと廊下に降りた朱雀が、振り返りながら声を潜める。

「寺なのか?ここって。」
「いや、見た目だけだ。中身は違う。」

それだけ言うと玄武は朱雀を後ろに、微かにキシと音をさせて扉を押し開く。後ろ手に一枚目の扉を閉じ、二枚目の扉を開くと二人の前には薄暗い室内が広がる。その室内の奥には山の様なモニターの群れと、一人その前に座っている小さな人影があった。
二人の気配にキィッと椅子を軋ませ、振り返った美少女然としたその部屋に全く似つかわしくない容貌。朱雀がその姿に驚いたように目を丸くする。対して玄武は全く動じた様子もなく、その自分達を見つめた姿に声をかけた。

「よぉ、香坂。」

振り返った部屋の主・香坂智美は、珍しい組み合わせの訪問者に微かに驚いた様に眼鏡越しの色素の薄い瞳でまじまじと見つめていた。やがてサラリと柔らかい栗毛を揺らしニッコリと美しい笑顔を浮かべた。その顔に思わずドギマギしてしまった朱雀の様子に気がついて、玄武が苦笑して相手には聞こえない程度の声で小さく囁いた。

「香坂は、男だぞ。」

えっと言葉に詰まった朱雀の背後にスッと人影がさす。

「入口ではなんですから、どうぞお入りください。御二方。」

気配もなく何時の間にやって来ていたのか、友村礼慈が二人の背後に音もなく立っている。二人は言葉に促され薄暗い室内に足を踏み入れた。黒髪を緩く束ねた青年はおくれ毛をサラリと揺らしながら、僧衣を纏ったまま優雅な動きで扉の内に体を滑らせ音を微かにさせて扉を閉じる。そして、再びゆったりと来訪者たちを穏やかな視線で見つめ微笑んだ。

「今、お茶を差し上げましょう。智美さんも。」

僧衣の衣擦れの音をさせながら、礼慈が優雅な手慣れた手つきで茶の支度をしている。それを横に玄武は朱雀を手近な空いている椅子に座らせ、自分は立ったまま智美を見下ろす。智美は椅子の背もたれに寄りかかり、肘をつきながら珍しそうに二人目を見ていたかと思うと口を開いた。

「彼は朱雀だよね?玄武。初めて会うんだから紹介してよ。」

その古風な建物に似合わない異質な薄暗い部屋の主は、山の様なモニターを背に子供っぽい興味心を露わにした笑顔を浮かべて言う。その横で二人にお茶を勧めてから智美にも湯呑を差し出して、自分も少し離れた場所に腰かけると礼慈もその穏やかな黒曜石の瞳で珍しい来客を興味深気に見つめている。しかし玄武は、彼の普段を知る朱雀の目には酷く奇異に映る態度を現した。智美の言葉にあまり興味が無さそうな視線で、その言葉の主を見つめ返す。目の前の朱雀の事を興味深気に見つめる視線に玄武は小さく溜息をつく。あからさまに仕方ないと言いたげな表情を浮かべて重い口を開いた。

「こいつは朱雀。朱雀、こいつは式読の香坂智美。」

玄武の言葉に機嫌よさげに智美は極上の微笑を浮かべ、ヨロシクーと少年らしく軽く手を上げて言う。

「で、こっちは星読の友村礼慈。」

僧衣の青年がサラリと音をさせながら黒髪を揺らし、穏やかな表情でゆったりと頭を下げる。一応軽く返礼してみたものの、今一つ理解できていないという様子を朱雀が浮かべる。それを見ていた智美が、玄武に説明不足だよと口を尖らせた。そして智美は極上の笑みのまま口を開いた。

「僕は知識や法術・理りを知る者。まぁ主に統計やデータを見て穴のあきそうな場所を予測したり、」

そう言いながらふとモニターを指さしてみせると、そのうちのいくつかに地図が映し出されたり熱源の監視する画面が映し出されたりしているのが朱雀にも分かる。彼は一口お茶で口を潤してから言葉をつないだ。

「小さい穴を院の者に封じさせる指示を出したり、君達の活躍の全てを観察する役目をしてる。」

その言葉に暗に何時も彼らを監視していると告げられたような気がして、朱雀の表情が微かに変わる。玄武達が始終院の監視と言うのは、事実だったんだと内心驚く。

「僕は院では式読と呼ばれていて、一応ここの責任者だ。」

朱雀より十歳近く若いであろう彼は、恐らく高校生位な筈なのに年に似合わぬ大人びた表情を浮かべた。それは一瞬彼の中にある非凡な策士たる、強い知性を秘めた素地を垣間見せる。
五年前の青龍、そして三年前の朱雀が院に素性がばれないまま隠し通せたのも、彼から院でのモルモットにならずにすんだのも、齢十歳にして式読となった智美の助力が過分にあったため成された。それは、彼自身も幼い時にここに連れ込まれ、社会と隔離される生活を強いられる。そんな異常な生活を過ごす中で、実際に彼自身がその非凡な才智を余すことなく活用した結果なのだ。周囲から奇異の目で見られ孤立していたからこそ、そしてその経験があったからこそ白虎と玄武の言葉に耳を貸してくれたのに他ならないのだ。

「礼慈は君達と同じく穴の開く気配を感知できる。」

賑やかに微笑んでいる礼慈は折り目正しく正座しながら、朱雀を眺めている。

「それに君等にも感知できない特殊な気配を見ることのできる唯一の能力者だ。」

自分達に感知できない?と顔に浮かんだのだろう、智美が賑やかに指を立てた。

「一つは君ら御方神、四神、ゲートキーパーの存在が感知できる。」

その言葉に朱雀は彼の協力もなければ、自分と青龍の存在は隠せない事に気づく。智美はそれに気がついていないのか、指をもう一本立てた。

「一つは君らの生死の気配も感知できる。」

思わぬ言葉に玄武の表情が少し変わる。智美の指がまた一本増える。

「一つは君らの代替わりが生まれた瞬間も感知する。」

四本目の指が立つのを見つめながら、それじゃその気なら直ぐ様自分の居場所は分かるのかと朱雀は眉を潜めた。

「一つは封印や巨体な妖気が動く気配も感知できる。」

にこやかに微笑んだ智美が有能なんだよと爽やかに告げながら、過去はそれを感知するのを星を読むと言ったらしいと前置く。

「で、院では星読と呼ばれている。僕よりはるかに院のヒヒ爺どもへの発言力がある。朱雀さん。」

にこにこと笑いながら簡訳して分かりやすい説明をする智美に、思わず感心したようにへぇと朱雀が声をあげた。納得した様子の朱雀に満足気に微笑んでから、智美はふと玄武を見やる。智美のその薄い色素の瞳が眼鏡のレンズ越しに澄んだ知性の光を放って、何かを見定めようとして細められた。

「それにしても、玄武が他の仲間を連れてくるなんてどういう気のかわりようかな?もしかして、白虎に何かあったの?」

鋭く痛い処をついた智美の問いに、思わず朱雀の表情が曇る。それを横目に玄武は無表情のままに、たいした理由じゃないとサラッと言ってのけた。もちろん朱雀の表情を、二人に見られた事は玄武にも分かっている。本当の事を話す気は更々ないらしい様子を見せる玄武に気がついた朱雀は訝しげな表情を浮かべた。らしくないと朱雀には見える、何時もの玄武らしくないがそうしないといけない理由があるのだ。

「俺だけで来るはずが、こいつが勝手について来た。」

とりつく隙を与えないような玄武の物言いは、朱雀にはやはり奇異なものに見えて眉をひそめてしまう。それは相手にまるで関わりたくない。自分達に関わるなと無言で、彼らに言っているみたいに見える。しかし、それがここでの何時もの受け答えなのか、ふぅんと智美は見透かすような視線で彼を見つめた。智美は問いただすでもなく眼鏡を中指で押し上げながら、頬杖をついたまま首をかしげる。

「で?玄武がわざわざここまで出向いてきた理由は?」

その一瞬ヒヤリとするような鋭い視線を投げた智美を全く意に介さず、玄武は茶をすするとそっけなく言った。

「報告と後は頼み事だ、な。」

へぇ、と声をあげて智美が微かに目を細めるとキィと椅子を軋ませ座りなおすと、不意に真剣な表情に打って変わった。

「じゃぁ、僕の嫌いそうな報告から聞こう。」
「人外が一匹世に出た。」

サラリと言った玄武に智美と礼慈の表情が硬く張りつめたものに変わり、室内の空気が一気に張りつめた様な感覚が室内に満ちる。ぴんと張った弦の様な張りつめた空気に、朱雀は思わず息をのんだ。改めて人外の存在がそれほどのモノだと目の前に突きつけられた。そんな気がしたのだ。

「…どの程度?」
「今まで見た事がない程度。6年前の奴よりもずっと質が悪そうだ。」

静かに話を聞いていた礼慈が微かに息を呑むのが、朱雀にも分かった。しかし、話を受け止める智美の方は、動揺した様子はない。至極冷静な瞳を眼鏡の奥に潜めて玄武を見つめながら、椅子に寄りかかり頬杖をつく。それは、まるで今まで予期していた事が起こった、それだけの事と言っているかのようにも見える。実際に智美は内心その通りの事を囁いていた。

「知恵はかなり回りそう?」

目を細めながらその様子を見つめていた玄武は、抑揚のない声音で話しかけるその内心を見透かしたように智美を見返した。その眼は酷く冷静な輝きを見せて智美を真正面から見つめると無造作に言い放った。

「言ったろ?6年前よりずっと質が悪そうだって。」

ふぅんと頬杖をついたまま智美は声をあげ、微かに目を伏せ考え込むような仕草を見せた。その様子で若く見える智美等も、既に六年前の人外の知識も持っている事が朱雀には理解できる。しかし、何がどのように悪いのかを教えてほしいと朱雀はふと心の内で呟いた。だが、それは今ではなく後で玄武か白虎に聞けばいい事なのだ。そう気がついて彼は口をつぐんだまま、周囲を見つめた。今更ながら、玄武が話すなと言った意味が朱雀にも何となく理解できた気がした。何故かここの空気には、自分の事を探りだそうとしているような気分がする。そのつもりでなくとも、多くを話せば何かを奪い取ろうと待ち構えているみたいだ。

「奴は≪トウテツ≫と名乗った。」

智美は名前に聞き覚えがあったのか目をあげると、う…んと少し考え込む様に暫く宙を見つめる。やがて思い出したようにその細い指が薄暗い室内の空中を台紙にして、まるで暗号の様にも見える漢字を大きくゆっくりと書き始めた。それは玄武も朱雀も、今まで目にしたことのない不思議な形をした二文字の漢字だ。

「≪饕餮≫……中国の神話の四凶の一つだ。」

式読の名に恥じない博識さを示しながら智美は、まるで記憶と言う棚の中から知識と言う書類を引き出す様にゆっくりと言葉を紡ぐ。それは名前だけではなく、その姿まで思い起こすかのような口ぶりだった。

「体は牛か羊・曲った角・虎の牙・人の爪・人の顔などを持つ獣。財も食物も全てを貪欲に喰らう、四柱の悪神の名だ。」

智美のその言葉に、玄武はフンと呆れたように目を細めた。それはつい数時間前の出来事である、あの童子の姿をした敵を思い起こしての動作だった。
あの敵の行為も周囲の様子も、まさに全てを貪欲に喰らい尽くそうとするモノそのものだったではないか。忌々しい奴だな、と彼は心中で独りごちた。強い妖力を持つ本体がまだ蘇る前に、影みたいな状態であれだけの狡猾な方法を使う敵。あれは本体でもないのに、手近にいた何十人もの人間を一度に喰いまわったのだ。

「字名にしては、確かに知恵が回る奴だな。」

大部分の人外は妖力で人より優れるためか、力に頼り知恵が回らないモノが多い。だが、人の姿に近いものほど更に妖力は強く膨れ、その上で人から奪うのか知恵をつけより狡猾になっていく。つまり人に近い姿をすればするほど狡猾で邪悪な存在となるのだ。
玄武自身の過去の記憶に痛いほどに刻み込まれているそれは、今夜は朱雀の心にも新しい傷をつけた。ふぅと一つ智美が溜息をついて頬杖のまま玄武を見つめる。

「で?頼み事って何?」

話をスルリと振り替えながら、彼の頭脳が未だ人外の動向を予測しようとフル回転しているのが玄武と礼慈には見て取れる。しかし、それには構わず玄武は、白虎との会話や青龍の言葉をふっと心によぎらせた。静かに言葉を選ぶように重く口を開いた。

「俺達が失くしたモノを捜し出して欲しい。」

予期しなかった玄武の協力の要請の言葉に智美と礼慈は、微かに眉をひそめ顔を見合わせた。

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