GATEKEEPERS  四神奇譚

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第一部

第二幕 都市部上空

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それから少しの時間の後、居住のマンションの屋上には二人の人影があった。上をタイミングよく見上げた人間がいれば、二人の人間が屋上で唐突に炎を上げて燃え上がったのが見えた事だろう。しかし、二人の体は屋上の入り口近くにいて、隣のマンションの屋上にでもいなければ、見ることはかなわない。不意に二人の体がそれぞれに色の異なる炎にもにた妖炎を放ったかと思うと、それはそれぞれの体を包み込み特殊な織り方をされた衣類に変化する。
黒衣と青衣を纏った二人の姿が、冷えた夜気をはらんだ風の中に体をさらしていた。あまり気が進まない様子だが玄武は西の空を眺め、変化していく必要があるなと呟く。

「悪いが乗せてってもらわねぇとならないな、青龍。」

玄武はそう言うと一瞬何かに集中するように目を閉じたかと思うと、その体の周囲を囲むように球形に水が沸き上がる。その水が玄武の体を飲み込んだ瞬間、水球が弾けて異形の姿に変貌した。
それは体長二メートルもあるだろう黒い羽衣の様に蛇を体に巻きつかせた巨大な亀の様な姿で、寺院の壁画などにもよくみられる北天の守護神玄武の姿だ。玄武の言葉にはいと小さく答えた青龍の肢体から一気に風が溢れ、その姿は天に雷光のように一直線に駆け昇った。かと思うと次の瞬間、雷雲を肢体にまとわりつかせた蒼い鱗を燦然と輝かせた青龍が宙から滑るように舞い降りた。伸びあがる様に両端の蛇の衣を上手く使い玄武が音もなくその背に飛び上がると、青龍は間をおかず雷の速さで四肢を伸ばし西へと駆け始めた。

『他の人達は?玄武』
『白虎はもう出てる。』

視界のはるか全方に四つ足の巨大な白銀の塊が屋根の上を跳び移りながら、凄まじい速さで駆けていく。一跳びで何百メートルもの宙を駆ける姿がもし人の視界に映ったとしても、白い残像位にしか判別できないだろう。

『流石に白虎は速い、これじゃ離されそうですね。』

ビュルと激しく風が巻き青龍の飛ぶ速度は増しているのに、白虎の白影はドンドンと距離を引き離し小さくなっていく。備わった能力を操る事に長け、しかも一番長くその役目を背負ってきた白虎が本気で駆ける速度は四人のうち誰よりも速いのだ。

『先走るなってあれほど言ってるのに。困った奴だ。』

玄武の苦々しい声に青龍が僅かに視線を向ける。普段の玄武の人をからかうような物言いと今の口調は異なり、本心から白虎の行動を苦々しく感じているのが伝わる。普段のゲートであれば気にもしない行動が、相手によってここまで警戒する玄武に青龍は目を細めて更に速度をあげた。

『朱雀はどうです?』
『そろそろ来る、悪いな、やっぱり俺が重いか。』

全長十メートルにも及ぶ青龍の巨体とはいえ、その背に二メートルもある巨大な玄武を乗せているのは事実。お互いに質量を無視した存在ではあるが、重さが全く無いわけではない。それでも、ビョウッと風をその肢体から放ちながら蒼い一筋の閃光が、雷の様に夜空の雲を切り裂きながら西へ西へと宙を駆け抜けていた。その時もし、その姿を見る事が出来る者がいたとしたら、間違いなく宙を駆ける蒼い鱗の龍を見たと話しただろうが、その体は黒い雷雲がまとわりつき人では見定める事が出来ない。もちろんその背の異形の亀の姿も言うに及ばずだ。どちらにせよ注視していたとしても、この速度を目で完全に捉えることはできないだろう。

『移動速度にはそれほど支障ありませんよ。白虎が速すぎるんです。』
『まぁな。今度至急の時はあいつに運んでもらう。』
『それは名案ですね。』

白虎の背にのる玄武の姿を想像した青龍の低い笑いに、玄武は次の機会の時は必ずそうしてやると誓う。その後方、雲海の上空を彼方から紅蓮の炎の双翼を真一文字に広げ矢のような速さで真紅の巨鳥が風に乗り舞う様に飛び、炎の残り火をキラキラと彗星の尾の様に散らしながら二人に迫った。両翼を風に膨らませた朱雀の羽根は、片翼だけ五メートルにはなりそうだ。羽ばたきの音もたてずに風に乗る朱雀の金に縁取られた深紅の瞳が、龍の姿を横に眺め並行する。

『なぁ戦うなって、どういう事なんだよ?玄武』

追いついた紅蓮の巨鳥の口から溢れる不満を滲ませる言葉に、同じように宝玉のような青い瞳で青龍も視線だけを背中に向けたのを感じる。黒曜石の瞳で玄武は首を巡らし、纏う帯のような蛇の黒い鱗を煌めかせながら二人を順繰りに見た。月明かりのない雲の中を切り裂き跳び続ける暗闇の中でも、玄武にはそれぞれに光を放つ姿がはっきりと見えている。

『奴らは一部、人の姿をしている事が多い。』
『何だよ?それで、俺らが戸惑うっての?』

火の粉をまき散らし朱雀が玄武の横を飛来すると、彼は重苦しく首を振った。

『人の姿に近ければ近いほど、あいつらは本来強い妖力を持つ。』

朱雀と青龍にはまだ上手く理解が出来ないのを見てとると、青龍の背の上で雲を切り風をその身に一身に受けながら玄武は暗い夜空を見上げた。暗い夜空にまるで遠い過去を見るかのように、微かにその黒曜石の瞳が曇り暫くして彼は囁くように呟いた。

『もし完全に人の姿をしていたら、俺達より強い可能性が高い。』

その言葉に朱雀が唖然としたように口を開ける。

『そしたら、どうすんだよ?しっぽ巻いてさっさと逃げんの?』

冗談めいた朱雀の軽口に、そうできたらいいと心の中で玄武は呟く。呻くような声は夜風の中で冷え冷えとして、深く暗い水の中に沈んでいるように響く。

『先代達の多くは、そいつ等との戦いの最中か、その戦いの傷がもとで死んだ。』

その彼の思わぬほどに重く暗い声音に、横を飛んでいた朱雀が真紅の瞳を見開き、青龍も同じように黙ったまま青水晶の瞳を見開いた。先代が何故いなくなったのか、白虎も玄武も詳しくは今まで語らなかった。戦いの中で死んでいったとは聞かされたが、『人外のモノ』との戦闘のせいとは一度も聞かされたことのない事だったからだ。

『先代達の中には一度も人外と戦わずに役目を終えた者もいる。』

玄武は苦々しい口調を隠す気配もない。人外と戦わず守る筈の人間に人体実験の被験者にされて死んだ者もいると玄武の心中で苦く呟く声がする。勿論本当に人外と出会わず、異形の蜘蛛達としか戦わなかった者もいるのだ。

『だから、白虎と俺は今までお前達に先代の亡くなった理由を言わなかった。』

この状況が訪れない限りは話さないつもりだった、と玄武は言葉を繋ぐ。その戦わずに役目を終える確率がどれだけ低いのかは、玄武の声音から聞かなくとも明らかだった。

『それで、にげらんねーのに、何で戦うななんだよ?』

まるで脳裏に過去の情景を思うように、玄武は目を閉じ顔を伏せる。痺れを切らすように朱雀が視線を投げると、玄武の黒曜石が真っ直ぐに朱雀を見た。

『俺も白虎もあいつらと先代の戦いを見てきた。だから、直ぐには戦うなといった。』
『じゃぁ、俺らはどうすんだよ?!』

チリチリと空気が焼ける気配が近く、異常な気配が風に混じり始めた。その中にはただの火災の焔の気配ではない、どす黒く濁った何かが渦を巻いているようだ。

『恐らく、相手はもう人を喰った。』
『工事現場の人ですか?』

ああと玄武が呟くと、青龍がブルリと体を緊張に震わせ青鱗を煌めかせる。力を失って地の底に落ちていたものがただ出てきただけでなく、既に力の源である餌を喰ったとなると状況は更に悪化しそうだ。

『奴らは血を飲めば大概が力を取り戻す。』

今までゲートから沸き出したものも、人ならざる不思議な力を僅かにではあったが持っていた。それは、微風を操ったり、川の水を操ったり、土砂崩れを起こしたりしてみせる。

『奴らは其々に俺らと同じように異能を持つ。基本的には俺達と同じく五行に縛られる。』

五行を宿す能力なら、それには相性が生じる。つまりは戦いの中で様々な情報から相手の能力の本性を見抜かないとならない。

『だから相手の妖力を俺と白虎が探る。能力が何か分かるまではお前達は絶対手を出すなってことだ。』

その言葉に少し苛ついた様に、暗闇に激しく火の粉をまき散らしながら朱雀が声を張り上げる。玄武の言いたいことは分かるが、言い替えれば朱雀と青龍の二人は戦いを指を咥えて見ていろと言う事になるのだ。しかも、相手が玄武の言うように強い妖力を持っていたら、二人はただ逃げ回るだけになる。

『手ェださなかったら、やられちまうだろ?!!』
『だから、俺と白虎が先に仕掛けるから、先ずは様子を見ろと言っているんだ!』

何時もとは違う闇夜に響く強く厳しい玄武の声音に、二人は思わず怯んだ様に黙り込んだ。先日よりはるかに速い速度で近づく山林全体が、赤い松明になったように夜空を照らし上げている。山林の非常線を既に院の者達が封鎖し始めているのが、はるか眼下にチラリと見えるのを確認しながら玄武は黒曜の蛇鱗がチリチリと音をたてるのを感じた。自分を乗せている青龍の鱗も同じように逆立つような触れ合う音をたて、横を舞う朱雀が音に気がつき微かに視線を向けるのがわかる。炎の外縁は深紅に火柱となっていたが、その中心はマグマのような赤黒い盆のように落ち込んでいた。材木だけでなく鉄が焼ける臭いに、激しく油の燃える気配がする。一度離れた白銀の塊が中空に浮かび上がり異形の蜘蛛を打ち払いながら、空を嗅ぐように鼻を動かしているのが視界で捉えられた。

『白虎!』

玄武の声に白虎の白金の光彩が、チラリと三人を見やりながら一気に地表に向かうのに玄武は舌打ちする。分かってて先走るなとあれほど言ってあるのに、後で必ず殴ると玄武が背の上で呟くのが青龍には聞こえる。帯のような蛇の口がカッと牙を向いて開き、その舌先に巨大な水球が渦を巻いて生じたかと思うとボッと鈍い音を放ち火柱を貫く。その火柱の穴を閃光のように玄武を乗せた青龍と朱雀が潜り抜けていく。
この先に炎の中で見た事のない初めての人外のモノが待ち構えている。しかし、朱雀も青龍もまだ本当に玄武達の真意を理解しきれてはいなかったのだ。

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