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第一部
第二幕 護法院奥の院
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都内某市の丘の上にある古い寺院にも見える建物の裏手にある古めかしい家屋。その奥まった一室を私室に与えられ古い書物に目を落としていた和装に僧衣を纏った青年は、ハッと弾かれる様に視線をあげた。艶やかな黒髪が微かな音を立てるのも構わず、友村礼慈は身じろぎもせず黒曜石の瞳で宙に視線を投げる。そして、まるで何かを見ているかのように、壁のはるか向こうを感じ取るとでも言いたげに西方に顔を向ける。
何だ…?この感じは……。
礼慈は宙にじっと集中して何かを見つめているように目を細める。礼慈の瞳は黒水晶の様に澄んだまま、不意に強い気を放ち星のような輝きをたたえ始めた。
穴?いや、しかし、これは穴の気配ではない。
物の少ない礼慈の居室である室内に、凛とした強い気が満ち黒曜石の瞳が更に強い気を放つ。まるで、圧力がかかる様にミシミシと書架が音をたてて撓み、バラリと音をたてて積まれた古書が崩れ落ちていく。それでもその瞳の放つ気は強まり、何かを見定めようと輝きが増していく。
地に開く穴とは違う異質な何かは未だに感じたことのない強い気配で、それは言うなればゲートキーパー達が生まれるのに似ている。そう礼慈が心の中で思考した瞬間、何かを見定めた様に礼慈は目を見張った。そこに重なるようにもう一つ違う気配の存在が沸き上がるように、地上に競り上がってくる。
…来る……何かが……。
そう確信を持って呟く頭の中の声に、カタンと音をたてて彼は立ちあがる。嵐の後のように乱雑に乱れた室内を気にもせずに放置したまま、優雅だが素早い動きでスルリと足音もたてず部屋を出た。そのまま礼慈は着替えるわけでもなく、僧衣の衣擦れの音を立てながら長く暗い廊下を歩きだす。その長い廊下を過ぎる途中で、何人か同じような僧服の者たちが頭を下げるのも気にせず一直線に目的の場所へと通り過ぎていく。僧服でなければならない訳ではないが、人間にはその為の衣装であるという認識が必要なものらしい。過去に護法院という寺であると表で名乗っていたせいもあって、未だに僧服で活動する者も多いが礼装以外は個人の自由でもある。その古めかしい習慣を実は最も嫌う相手のいる奥の院の最深部にある何時もの部屋の前に立つ。自分より遥かに年上の僧服の男を見上げ礼慈は、厳しい視線を投げた。
「星読様、何か?」
『院』の中での彼の役職とも言える名で礼慈を呼ぶ目の前の男は、礼慈のただならぬ雰囲気に不安げに声をかける。しかし、礼慈は有無を言わさぬ勢いで、夜の闇を払うように口を開いた。
「式読殿は中か?!」
はいと答えた男に鋭く下がりなさいと礼慈は強く言い放つ。礼慈の声音に慌てて姿を消す男を横目にしながら、礼慈は音をたてて二連につながる引き戸の扉を開いた。そこにはいつもの薄暗い室内にそれぞれの光を放つモニターの群れがあり、その前には『式読』と呼ばれたこの組織の若い現当主香坂智美の小さな背中が見える。
「智美さん!」
モニターの前で無造作に飴玉を咥え、何時もと同じ軽装の智美は椅子を鳴らして振り返る。そうしながら、その僧服のまま珍しくこの部屋にきた礼慈の表情に、微かに顔色を変え表情を硬くした。
「何を見た?」
硬く緊張した表情の礼慈に、智美はそれだけを簡潔に問う。緊張に青ざめた礼慈の顔にただならぬ自体を感じ取った、智美の表情も硬く強ばっていく。
「一つは今までにないモノです。西。」
「今までにない?」
礼慈の言葉を珍しく彼が復唱するのを耳に、眉を潜める智美に礼慈はあわだたしく歩み寄った。
「ゲートキーパーが生まれるのと良く似ています。」
その言葉に智美が目を見開き自分の記憶の中に、それと同様の事態が今迄にあったか目間苦しく確認する。勿論分かりきっていた事ではあるが、四人のゲートキーパーが既に現在している状態では新しいゲートキーパーの出現ではない。つまりは似通った力を持つ災厄の危険性が高い。そうほんの数秒の内に記憶の検索を終えた智美が、後一つはと鋭く礼慈に問う。
「そちらも西です。先程のものより手前。こちらも強い気配を感じます。」
きっぱりと西と言い放った礼慈の口調に智美は無言で目を細める。彼はクルリと椅子を回すと、目にも止まらない程の勢いでキーを打ち始めた。そのキーに反応してモニターは激しく点滅するように、一瞬ずつ様々な地図とサーモグラフィーの画面とを交互に映しだす。まともには色の判別すら不可能な速度でモニターを変えながら、智美の色素の薄い瞳はその全てを判別していく。そうしながら、横に立つ硬い表情の礼慈に飴玉もそのままに囁きかける。
「彼らは気が付いている?」
「いいえ、おそらく気がつかないでしょう。穴とは違うんてす。」
その言葉に智美は小さく舌打ちした。穴とは違うということは、どんなにサーモグラフィを確認しても智美にも発見できない。智美は素早く地図を切り替え、国内の全ての工事の着工と進行を比較し始める。同時に土砂崩れや降雨などの災害の状況の比較も進行させていく。
ゲートキーパー四人は穴の存在には酷く敏感だが、彼らにも直ぐ様に感知出来ないものがある。彼らが気がつかない、しかも穴ではない何かとすればその言葉をそのまま受け取ったとしたら、人間にとっても大きな問題を抱える事になる。
「彼らと同種かもしくは似た力を持つ何かです。」
それは、遥か昔から『ゲートキーパー』と呼ばれる四神にかかわり続けてきた院の者が一番に恐れている事態に他ならない。穴を開き力を蓄えたわけではない場所で、唐突に出現するゲートキーパーと同種かもしくは似た力を持つ何か。それは何らかの理由で、巨大な壺の口が開かれたという表現が似つかわしいかもしれない。
「封じられたモノが出てくる。しかも、二つか。」
災厄の出現を予期する星読の言葉は、否定する材料を持たない。星を読む程の緻密さで気配を察知する高度な能力を、否定できる化学技術は今のところ見いだせないのだ。そうなると星読の言葉は、現状ではほぼ完璧な預言者とも言えた。
今彼ら二人にできる事は、何時ものように院の者を動かし開く穴を封じることではない。早くその問題となるモノの居場所を突き止め、周囲に必要な対応をする事。そして、何かが起きる前に、起きたとしても早いうちにゲートキーパー達にそれを伝える事だけだった。
何だ…?この感じは……。
礼慈は宙にじっと集中して何かを見つめているように目を細める。礼慈の瞳は黒水晶の様に澄んだまま、不意に強い気を放ち星のような輝きをたたえ始めた。
穴?いや、しかし、これは穴の気配ではない。
物の少ない礼慈の居室である室内に、凛とした強い気が満ち黒曜石の瞳が更に強い気を放つ。まるで、圧力がかかる様にミシミシと書架が音をたてて撓み、バラリと音をたてて積まれた古書が崩れ落ちていく。それでもその瞳の放つ気は強まり、何かを見定めようと輝きが増していく。
地に開く穴とは違う異質な何かは未だに感じたことのない強い気配で、それは言うなればゲートキーパー達が生まれるのに似ている。そう礼慈が心の中で思考した瞬間、何かを見定めた様に礼慈は目を見張った。そこに重なるようにもう一つ違う気配の存在が沸き上がるように、地上に競り上がってくる。
…来る……何かが……。
そう確信を持って呟く頭の中の声に、カタンと音をたてて彼は立ちあがる。嵐の後のように乱雑に乱れた室内を気にもせずに放置したまま、優雅だが素早い動きでスルリと足音もたてず部屋を出た。そのまま礼慈は着替えるわけでもなく、僧衣の衣擦れの音を立てながら長く暗い廊下を歩きだす。その長い廊下を過ぎる途中で、何人か同じような僧服の者たちが頭を下げるのも気にせず一直線に目的の場所へと通り過ぎていく。僧服でなければならない訳ではないが、人間にはその為の衣装であるという認識が必要なものらしい。過去に護法院という寺であると表で名乗っていたせいもあって、未だに僧服で活動する者も多いが礼装以外は個人の自由でもある。その古めかしい習慣を実は最も嫌う相手のいる奥の院の最深部にある何時もの部屋の前に立つ。自分より遥かに年上の僧服の男を見上げ礼慈は、厳しい視線を投げた。
「星読様、何か?」
『院』の中での彼の役職とも言える名で礼慈を呼ぶ目の前の男は、礼慈のただならぬ雰囲気に不安げに声をかける。しかし、礼慈は有無を言わさぬ勢いで、夜の闇を払うように口を開いた。
「式読殿は中か?!」
はいと答えた男に鋭く下がりなさいと礼慈は強く言い放つ。礼慈の声音に慌てて姿を消す男を横目にしながら、礼慈は音をたてて二連につながる引き戸の扉を開いた。そこにはいつもの薄暗い室内にそれぞれの光を放つモニターの群れがあり、その前には『式読』と呼ばれたこの組織の若い現当主香坂智美の小さな背中が見える。
「智美さん!」
モニターの前で無造作に飴玉を咥え、何時もと同じ軽装の智美は椅子を鳴らして振り返る。そうしながら、その僧服のまま珍しくこの部屋にきた礼慈の表情に、微かに顔色を変え表情を硬くした。
「何を見た?」
硬く緊張した表情の礼慈に、智美はそれだけを簡潔に問う。緊張に青ざめた礼慈の顔にただならぬ自体を感じ取った、智美の表情も硬く強ばっていく。
「一つは今までにないモノです。西。」
「今までにない?」
礼慈の言葉を珍しく彼が復唱するのを耳に、眉を潜める智美に礼慈はあわだたしく歩み寄った。
「ゲートキーパーが生まれるのと良く似ています。」
その言葉に智美が目を見開き自分の記憶の中に、それと同様の事態が今迄にあったか目間苦しく確認する。勿論分かりきっていた事ではあるが、四人のゲートキーパーが既に現在している状態では新しいゲートキーパーの出現ではない。つまりは似通った力を持つ災厄の危険性が高い。そうほんの数秒の内に記憶の検索を終えた智美が、後一つはと鋭く礼慈に問う。
「そちらも西です。先程のものより手前。こちらも強い気配を感じます。」
きっぱりと西と言い放った礼慈の口調に智美は無言で目を細める。彼はクルリと椅子を回すと、目にも止まらない程の勢いでキーを打ち始めた。そのキーに反応してモニターは激しく点滅するように、一瞬ずつ様々な地図とサーモグラフィーの画面とを交互に映しだす。まともには色の判別すら不可能な速度でモニターを変えながら、智美の色素の薄い瞳はその全てを判別していく。そうしながら、横に立つ硬い表情の礼慈に飴玉もそのままに囁きかける。
「彼らは気が付いている?」
「いいえ、おそらく気がつかないでしょう。穴とは違うんてす。」
その言葉に智美は小さく舌打ちした。穴とは違うということは、どんなにサーモグラフィを確認しても智美にも発見できない。智美は素早く地図を切り替え、国内の全ての工事の着工と進行を比較し始める。同時に土砂崩れや降雨などの災害の状況の比較も進行させていく。
ゲートキーパー四人は穴の存在には酷く敏感だが、彼らにも直ぐ様に感知出来ないものがある。彼らが気がつかない、しかも穴ではない何かとすればその言葉をそのまま受け取ったとしたら、人間にとっても大きな問題を抱える事になる。
「彼らと同種かもしくは似た力を持つ何かです。」
それは、遥か昔から『ゲートキーパー』と呼ばれる四神にかかわり続けてきた院の者が一番に恐れている事態に他ならない。穴を開き力を蓄えたわけではない場所で、唐突に出現するゲートキーパーと同種かもしくは似た力を持つ何か。それは何らかの理由で、巨大な壺の口が開かれたという表現が似つかわしいかもしれない。
「封じられたモノが出てくる。しかも、二つか。」
災厄の出現を予期する星読の言葉は、否定する材料を持たない。星を読む程の緻密さで気配を察知する高度な能力を、否定できる化学技術は今のところ見いだせないのだ。そうなると星読の言葉は、現状ではほぼ完璧な預言者とも言えた。
今彼ら二人にできる事は、何時ものように院の者を動かし開く穴を封じることではない。早くその問題となるモノの居場所を突き止め、周囲に必要な対応をする事。そして、何かが起きる前に、起きたとしても早いうちにゲートキーパー達にそれを伝える事だけだった。
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