かのじょの物語

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10代の話

9.狂気

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 自分が奪うものだと知らされたその日から、クラスは一変した。女王様の指示で女子が一人を除き全員敵になり、虐めが始まったのだ。男子は面白そうに虐められる私を眺め、一部がそれに加わった。
ノートや教科書はズタズタになり、机の中は知らない内にゴミが詰め込まれる。内履きは朝になるとあのメモを捨てた屑入れに棄てられたり、どこかに消えたりした。
 私はそれをどう対応していいか分からなくて、それが更に彼女たちの勘に障るとも考えずに、すぐさま担任の女教師に相談した。

彼女はその当時まだ30代になったばかりだったと思う。そして、初めて副担任から担任になったばかりだったと記憶している。そんな状態でクラスの7割近くが絡む虐めを、上手く裁けるはずがない。ベテランだとしても昨今の虐めの解決の難しさは手に余ることだと、今だったら理解はできる。理解は……だ。

彼女は長い休憩時間の際は私を職員室に呼び出し保護した。時には叱っているようにみせるため、職員室の冷たい床に正座して時間を潰した。他のクラスの教師には日に何回も職員室にくる私を訝しげに思う教師もあったろうし、それが保護であると女王様たちにばれるのはたいした時間はかからなかった。


再び下駄箱の中に朝一番でメモ書きが置かれていた。
以前と違うのは、そのメモの下に内履きが無いこと位だ。私は震える指先でそれを開く。前回と同じ文面に眩暈がしたのを覚えている。

嫌だった。
怖かった。
次にあの場所にいって何をされるのか分からない。
だから、正直に『嫌です』とそのメモに付け足すように書いた。今思えばなんとばか正直だと思うが、そう書いて私は女王様の下駄箱にそれをそっと置いた。
今日一日をなんとかしのいで、一番に逃げ帰る。
それだけを目標に、休憩に入ったら脱兎のごとく職員室に逃げる。そう、自分の中でスケジュールをたてて、私はなんとかしのぎきろうとしていた。
だが、既に朝のホームルームの時点で、ヒソヒソと私がしたことを伝えあっているクラスメイトに気がついていた。
怖い。
心の中で何度も自分がそういう。
不穏な空気に怯えながら、必死に耐える。
怖い。
何かが起きそうな気がする。
怖い。怖い。
休憩時間の挨拶もソコソコに教師よりも早く教室を飛び出し、職員室に飛び込む。次の教科の教師が教室の扉に手をかけるのとほぼ同時に教室の中で、座面を払い擦るようにして貼り付けられたセロテープとそれに中空へ向けて突き出された針の見える画ビョウを払い落とす。そうすると、更に視線が悪意を伴って身体中に刺さってくる。
怖い。怖い。怖い。
過剰な不安と恐怖感が次第に心に付加をかけていく。
やっとのことで、昼の休憩を終え残りの教科はあと一つ。自分達の担任が受け持つ家庭科の授業だけだった。
しかし、授業が始まった途端、授業自体が崩壊した。

今で言えば学級崩壊なのだろう、担任教師を教師としてクラスメイトはみていない。バカにして真面目に授業さえ受けないクラスメイトは大声で喋り笑う。その中で授業をする担任も苦痛だったろう。
だけど、授業の形をなさないその時間は私にとっても最悪の時間だった。最初の内は消ゴムの小さな塊を投げつけられ、ヒソヒソと陰口をたたかれる。次第にあからさまに大きな声で悪態をつかれる。小学校時代の同級生が伝えたのだろうオカルトに関した悪態が聞こえ始めた。
聞きたくなくて視線を黒板から下げる。そこまで何度も何度も黒板から振り返った担任には、周囲の手に終えない状況も私の助けを求める視線も見えているのは分かっていた。何度も目があっているのに、あえてそらしたのは彼女の方だったから。
不意に視界に影が射して、目の前の席の生徒が腰を浮かす。担任が教壇から降りたのかと視線を浮かすと、視線の先には教壇で筆紙に黒板にチョークを走らせる担任と、それを本の数人見ているかどうかで友達同士戯れ大騒ぎしているクラスメイト。そして、自分の目の前には残忍な笑顔を浮かべた女王様がいた。目の前の席の生徒を退けさせたのが彼女であることに気がつき、血の気が一気にひいていく。
カタン
軽い椅子の音の後で、まるで視線を俯かせた私と内緒話でもするように彼女は前の席から私の机に片腕をのせて身を乗り出した。
「おまえのこと」
ヒヤリとするような声が私の頭の向こうから落ちてくる。知ってるんだから、と顔もみていないのに柔らかい笑いを含んだ声が言う。
「オバケが見えちゃうんだって?」
ハッとしたように顔をあげた私と女王様の視線がかち合う。それは、彼女にとって予期しなかったことのようだった。思ったよりも長く見つめあったような気がする。やがて、見つめあっていた彼女の瞳の奥が不安に揺らいだと私が感じた瞬間、女王様の表情は何故か不機嫌に歪んだ。
「キチガイ!!」
大きな叫び声と一緒に自分の机を蹴りあげられて、叫ばれた言葉がどうかよりも机を蹴られたのがどうかよりも私は不安と恐怖感で自分自身の心の限界を感じていた。

プツンと何かが切れたような気がした。
スイッチがオフになったような、そんな暗転。
実際には最初に呼び出されてから、その日までの期間はたった9日間。
虐めと言うには期間としてはあまりにも短い、のかもしれない。だけど、私にとっては十分な過負荷の帰還で、限界を感じた瞬間、私は全ての外界からの情報をシャットアウトしたようだ。

授業が終わり、ホームルームが終わっても私は席を立とうとしなかった。担任が最後の授業もホームルームも行っているが、起立の号令に従わない私を咎めもしなかったのは事実だ。放課後の呼び出しをしていた女王様と取り巻きは私が帰ろうとしたらトイレに引きずり込もうと教室の二つの扉の辺りで待ち受けていたが、当の私が身動ぎひとつしないのに眉をひそめた。
そして、驚いたことに先ほど私と視線をあわせた女王様が帰ると言い出した。
「あんたら、あいつがどうするかちゃんと見てなさいよ?!」
そう、言い残しさっさと帰途についた女王様を、カナエとマユとチヒロが顔を見合わせる。その後来たユカと4人で遠巻きに様子を伺うが、私は全く動こうとしない。時間が経つ毎に違和感が増していくその状況に4人は帰るかどうか話し合い始めた。帰りたいけど、女王様が見ていろといったのを無視したら、今度は自分がアキコにならなきゃいけないかも………暗に臭うその思考に4人ともが動けないでいた。
そこから3時間、ついに巡回の年嵩の教師が来たことで私が異常な状況にあることがばれた。午後3時前から身動ぎひとつしない、物音に反応しない、凍りついた人形のような状態で私は発見された。その教師が両親に電話連絡し、両親が呼び出され車にのせられる。残っていた4人から事情を聞き出した年嵩の教師が、担任を呼び出し状況を説明させたという。この時私自身両親には何も話していなかった。

自宅に帰ってからも私は全く両親の声にすら反応を示さず人形のように座ったままだった。父は状況を更に詳しく知ろうと、あの場にいたカナエやマユ、ユカの家に電話をかけていた。肩を揺さぶる母が、耐えきれなくなったように私の頬を平手で打つ。
「しっかりしなさい!!!お前はキチガイなの?!!」
叱咤激励を含んだはずのその言葉は棘のように心に刺さり、更に私の心を打ち砕いて私は涙を溢した。あふれでる涙を良しとしたのか、母が私を抱き締める。
良かったと言う母の腕の中で、私自身は何一つ安堵できずに涙を溢し続けていた。
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