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間章 ソノサキの合間の話
間話136.正しいクリスマスって?
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………こほん、話がだいぶ大きくずれてしまっていたが。とはいえ、恋愛関係には疎い筈の榊恭平から盛大に惚気られ、久保田惣一には散々そういうイベントは大事と追い討ちをかけられてしまった。そんな訳で外崎了は、次のクリスマスこそ完璧な恋人たちのクリスマスを過ごしてやる!!と内心強く強く誓った訳である。
うーん……でもクリスマスか……クリスマスねぇ
了自身の経験値に関してはさておき、相手である外崎宏太もそれこそマイノリティな人間の見本みたいな男なのだ。元々の傷のないイケメンぶりを知っていても、当人の性格を知っていればそれは納得するしかない。何しろ本人だって、これまではそういう催しにはまるで興味を持ちえなかったと言う有り様だ。宏太の性格を知っていれば、それもそうだろうなぁと了だって思う。
だって宏太だもんなぁ………
実際には了は自分の意図では何かを出来ない筈の宏太の子供時代だけでなく、成長して成人した後の宏太もそれほどには詳しく知っているわけではない。何しろ宏太にであったのは了が高校生とはいえ、相手の宏太は既に『random face』の店長だった。つまりは若かりし頃の一流金融商社時代のハイスペ外崎宏太の姿なんて見たこともない。それでもこういう関係性になってから、宏太の幼馴染みの故人である遠坂喜一だけでなく藤咲信夫や鳥飼澪・久保田惣一達からチラホラと宏太の若かりし頃の話は聞くことが出来るようになった。
結論としては、まだ一流金融マンだった若い宏太は周囲の盛り上がりには一応は参加しながら、本人の内心としては何が楽しいんだかとシラーッとスルーして流していた様子。一応子供の自分は、何時も幼馴染み達とワラワラしていた気がすると宏太自身話していた(が、鳥飼梨央曰くクリスマスを祝うなんて雰囲気で仲間で屯したことは、流石に幼馴染み同士でも余りなかったそうだ)。歳を重ねて調教師になった後や店舗経営の時にも、経営的にイベント絡みの催しは様々していたようだが、やはりそこは楽しむ方ではなく主催者側。イベントをそつなくこなす裏方ではあっても、自分が楽しむという方向性では全くなかったらしい。
それになぁ………
しかも今では宏太は、怪我のせいで目が見えない。そのハンディキャップのせいでイルミネーションも装飾も見えないから、こんな風に街の賑わいに満ちた景色が無意味……といわれるとその通りでしかない。とは言えそれなら宏太特有の聴力で、音なら!!とも思うが、クリスマスを音だけで楽しむってのはどうしたらいいものか。
かといってパーティー………とか言ってもなぁ
確かに宏太はここ暫くになって周囲の人と関わることに、彼なりの楽しみをジワジワと感じつつある。結城晴達や榊仁聖達を誘ってという手がない訳じゃない。だが自分達のクリスマスを楽しみたいとは確かに思うが、そのために他の恋人達のクリスマスを邪魔するつもりもないのだ。おまけに言えば鳥飼家や久保田家なんかみたいな新婚夫婦……まぁ新婚が何年までを指すのかはそれぞれだが……達の、流石に我が子供との初めてのクリスマスは其々に大切だろう筈。
……あ、プレゼント贈んないとなぁ
年の暮れに歳暮は勿論だが、当然のことながらベビーズにはそれぞれプレゼントを準備した。というのも実は了達の身のまわりには、わりと今年産まれのベビーが多かったのがある。鳥飼家のツインズ鳥飼仁・澪に久保田家の宝娘・碧希、おまけにここにきて交流が再開してみたらいつの間にか結婚して同じ年の娘・真緒が産まれていた村瀬篠。それにそれだけでなく、最近の交流範囲からだって宇野衛や高城光輝達みたいな小児世代がいる家庭もあるのだ。了としては自分が貰ったことのないクリスマスプレゼントを、ここにきて逆にサンタクロース宜しくあげる方になるなんて正直驚く。
世の中のブラックフライデー騒ぎの理由が分かるよなぁ、うん。
ブラックフライデーとは、ここ数年日本でも流行り始めたアメリカ発信のクリスマス商戦目的のバーゲンセールみたいなものだ。勿論歳末向けのバーゲンセールとしては玩具だけでなく、ボーナス狙いの家電や衣料品などもブラックフライデーに乗って賑わいを見せている。それにしても自分以外の誰かのためにブラックフライデーを大活用するなんて考えもしなかったが、これが所謂家庭持ちということなのかな等と苦笑いしてしまう。いや、別に今の外﨑家は金銭面でどうこういう家計ではないし、セールで安価に購入しないとなんて言う話ではない。ただ、そういう時期にはこの年代にはこれがいいと店舗では大々的に告知するので、随分感心したし勉強になったと言うことなのだ。何しろ宏太と了にはどう足掻いても子供は出来ないので(以前宏太が男でも妊娠できるなら速攻作るなんて夢物語を語っていたが、流石にどんだけ宏太が想定外の男でもそれは無理だろうと了としては思う。)、こうして交流のある夫妻や子供達はちょっと特別枠。赤ん坊達と子供達に贈り物なんて何がいいのか想像もつかなかったが、ブラックフライデー騒ぎにかまけて其々年に合わせて贈り物を考えてみるなんてのは中々経験できないことだ。おっと、さっきから話が何度も大きくずれているが、今の話は既に選び終わったクリスマスプレゼントの話。了がこうして思い悩むのは今年のクリスマスをどう過ごすのかだ。
宏太と2人でどうやったらクリスマスを楽しめるか……だよ。
クリスマスは、世界中の人々が楽しみに待つ年に一度の大きなイベントだ。その国ならではという独自のクリスマスの習慣や過ごし方が沢山あるようだが、元はローマ帝国の国教化により広がりを見せたキリスト教の行事であるクリスマス。やはりヨーロッパが本場で、クリスマスの盛り上がりは世界最大規模。クリスマスの雰囲気を肌で感じようと、クリスマスの時期にヨーロッパへ旅行する方は少なくないらしい。とはいえ了としては海外に旅行に出たいわけではないし、イブを教会で過ごすクリスチャンな訳でもない。となれば自分に出来そうなのは料理くらいなもので、クリスマスの料理と言えば………大概はチキンやら七面鳥、後はブッシュ・ド・ノエルやホールケーキやらが浮かぶ。
ま、クリスマスケーキは良二さんのだろうしな。
流石に製菓に関しては腕を上げる経験値は了には稼げないし、『茶樹』の鈴徳良二の特製ケーキの存在をアピールされれば断るつもりもない。何しろ年末年始のお節料理とオードブル詰め合わせは、予約する前から頭数に入れられているくらいなのだ。そういう点では大体にして世の中の各家庭だって、クリスマスケーキやお節を全て自作するのはそうそう多くない筈。そうじゃなきゃここまで、世の中で有名パティスリーのクリスマスケーキや有名料亭のお節料理をアピールする必要もない。となるとそれ以外に2人きりで何か贅沢な料理でも?
でもなぁ……特別な料理って言ってもなぁ……
宏太は密かに持っていた味覚障害なんてもののせいで、世の中の人々が舌鼓をうってきた山海の美味すらまだよく分からないのだ。勿論以前は眼で見て食べていたので、視覚的な知識としては理解していて食べたことがあるものは多い。だけど今は味覚だけでそれを確認するわけで、まだ経験したことが無いものは宏太にとっては初体験になってしまう。今も少しずつ色々新しいものを食べてみて好ましい味を模索しているようなもので、最近は少しずつ子供舌の感覚から成長期を迎えているところだ。
というのもやはり最初はわりとハッキリした味わいの子供が好む味…つまりはハンバーグとかカレーとか、オムライスのフワトロにケチャップみたいな味わいだ…そういうのを好んで食べていたふしがあった。最初は刺身なんかの生物は生臭く感じるのか忌避している様子だったが、函館の外崎秀隆・綾夫妻から新鮮な魚介類が送られてくる事が増えて口にする機会が増えたのもある。了が料理の腕を上げたのもあってか次第に様々なものを食べるようになり、段々とそこから和食の出汁の味なども分かって、これも旨いと気がつき始めた感じなのだ。そういう意味だと、何を作ってやっても新鮮な驚きで喜ぶので了としては料理をするのも楽しみなのだが、少人数だからこそ旨いものと多人数でこそ旨いものがあるわけで。
鍋なんか、量がある方が旨いもんなぁ……大概
そんなわけで毎回の食事が訓練になって『甘味』『塩味』『酸味』『苦味』『旨味』の5つの基本味『五味』が理解できるようになった宏太は、昨年もだが、今年も冬場になり様々な鍋を始めると、少し楽しそうに味を楽しむ姿が実はとっても可愛い。ちなみに『辛味』や『渋味』は刺激やしびれとして感じ取る感覚のため五味には含まれないそうだが、宏太は割合それも問題がなく食べられる。乳幼児時代に味蕾というやつは最大数になり以降は減少するだけという話を良二から聞いたが、宏太の味覚障害というやつはどうやら味蕾が云々ということではなく、その感覚を受けとるメンタル的な問題だったみたいだ。そうじゃなきゃこんな風に急に味覚が分かるようになるとは思えないが、まぁそこら辺は美味しく食べられるようになった今をよしとしないとと思う。
どうも、話がずれてばっかりだよな……俺
まだ今年のクリスマスをどうするか想定すら始めていなかった了としては、街の賑やかなイルミネーションを眺めて暫し考え込んでしまう。結局は了も宏太も録に経験したことがないから、どんなクリスマスにしたら2人のクリスマスが完璧になるのか了には想定できないのだ。
「あれ?了?何ボーッとしてんの?」
不意にそんな風に背後から声をかけられて、了はボンヤリと自分がクリスマスの装いの街並みを眺めて立ち尽くし暫し考え込んでいたのに気がつく。振り返れば先程の回想にも浮かんだ榊仁聖が、大学の友人と2人並んで自分を眺めている。大学2年になって少しモデルのバイトを控える事態になった仁聖だが、その男振りはまた少し大人びたようだ。高校時代から見ている分、成長著しい。
「………全く。」
「は?」
それにしたってクリスマスイブにクリスマスツリーの下でプロポーズをする高校3年生ってのは如何なものだ。どこの恋愛小説から学んでるんだと思う。その言葉が顔に出たのか、仁聖が何か問題?とでも聞きたそうな視線を向けてくる。
「ボンヤリして何かあったのかよ?」
「いや。クリスマスだなぁと思って。で?お前んとこは今年も2人でディナーかよ?」
サラリと情報収集紛いに問いかけて見ると、何で知ってんの?と言いたげな顔を仁聖がする。うん、お前んとこの美人さんが惚気で口を滑らしたんだと教えてやりたい。とはいえ大学の友人の前で話すことでもないかと話を切り替えようと、時折一緒にいるその友人に視線を向けた。
確か佐久間なんとか……。
一応以前話をした時に名前を聞いたが、交流があるわけではないから記憶が定かではない。と思っていたら視線の先でクリスマスかぁと仁聖も辺りを見渡して、思い出したように口を開く。
「翔悟は、そこら辺は実家帰るの?」
「いやぁ塾、冬講習あるからなぁ。」
そうか、佐久間翔悟だったか。仁聖と同級でここら辺にアパートがあって、塾の講師のバイトを花街方面でしてるとか聞いた記憶もある。ということは故郷は遠方ということになるのかと納得する。まぁ了にしても榊恭平にしても、学部が違えど同じ大学の後輩に当たるわけで。学力的にも国立大学の理数系だし、かなり頭はいいに違いない。了の時も塾講師はわりと大学生としては、わりの良いバイトだった記憶がある。
「そっかぁ、え?じゃクリスマスもバイト?」
その言葉に『リア充はぜろ』と言いたげな顔をした翔悟に、相変わらずある部分で空気を読まないよなぁと了は苦笑いしてしまう。仁聖という男はある一面では恐ろしい程の才能を示すハイスペック男なのだが、時折部分的にわざとやってるんじゃないかというくらい鈍感で人の神経を逆撫でする得意技をもつ。
そういえば、ストーカー男に延々と火に油を注いでたな、コイツ。
ふと街中で立ち話をしているのに、唐突に以前の事を思い出す。さっきから何度も昔の事ばかり考えていたせいか、記憶回路が過去を振り返る体制になっているみたいだ。あのストーカー男も仁聖の同級生で長年仁聖の事を付け回して地味な嫌がらせをしていたのに、当の仁聖には全く嫌がらせを認識されていない上にストーカー男自身の事すら記憶になかった。それを仁聖がストレートで口にするものだから、火に油のストーカー君は憐れなくらい逆上して泣きそうになる有り様。
えっと……名前、なんだったか……何とか尾?
流石にかなり前の事過ぎてそっちの名前は記憶の彼方だ。目の前の佐久間翔悟みたいに普通に仁聖と交流して友人になれていたとしたら、あのストーカー君も情けない終わりかたはしなかっただろうに………なんて。そんなことを何故か了は今になって物悲しく思ってしまっていた。
うーん……でもクリスマスか……クリスマスねぇ
了自身の経験値に関してはさておき、相手である外崎宏太もそれこそマイノリティな人間の見本みたいな男なのだ。元々の傷のないイケメンぶりを知っていても、当人の性格を知っていればそれは納得するしかない。何しろ本人だって、これまではそういう催しにはまるで興味を持ちえなかったと言う有り様だ。宏太の性格を知っていれば、それもそうだろうなぁと了だって思う。
だって宏太だもんなぁ………
実際には了は自分の意図では何かを出来ない筈の宏太の子供時代だけでなく、成長して成人した後の宏太もそれほどには詳しく知っているわけではない。何しろ宏太にであったのは了が高校生とはいえ、相手の宏太は既に『random face』の店長だった。つまりは若かりし頃の一流金融商社時代のハイスペ外崎宏太の姿なんて見たこともない。それでもこういう関係性になってから、宏太の幼馴染みの故人である遠坂喜一だけでなく藤咲信夫や鳥飼澪・久保田惣一達からチラホラと宏太の若かりし頃の話は聞くことが出来るようになった。
結論としては、まだ一流金融マンだった若い宏太は周囲の盛り上がりには一応は参加しながら、本人の内心としては何が楽しいんだかとシラーッとスルーして流していた様子。一応子供の自分は、何時も幼馴染み達とワラワラしていた気がすると宏太自身話していた(が、鳥飼梨央曰くクリスマスを祝うなんて雰囲気で仲間で屯したことは、流石に幼馴染み同士でも余りなかったそうだ)。歳を重ねて調教師になった後や店舗経営の時にも、経営的にイベント絡みの催しは様々していたようだが、やはりそこは楽しむ方ではなく主催者側。イベントをそつなくこなす裏方ではあっても、自分が楽しむという方向性では全くなかったらしい。
それになぁ………
しかも今では宏太は、怪我のせいで目が見えない。そのハンディキャップのせいでイルミネーションも装飾も見えないから、こんな風に街の賑わいに満ちた景色が無意味……といわれるとその通りでしかない。とは言えそれなら宏太特有の聴力で、音なら!!とも思うが、クリスマスを音だけで楽しむってのはどうしたらいいものか。
かといってパーティー………とか言ってもなぁ
確かに宏太はここ暫くになって周囲の人と関わることに、彼なりの楽しみをジワジワと感じつつある。結城晴達や榊仁聖達を誘ってという手がない訳じゃない。だが自分達のクリスマスを楽しみたいとは確かに思うが、そのために他の恋人達のクリスマスを邪魔するつもりもないのだ。おまけに言えば鳥飼家や久保田家なんかみたいな新婚夫婦……まぁ新婚が何年までを指すのかはそれぞれだが……達の、流石に我が子供との初めてのクリスマスは其々に大切だろう筈。
……あ、プレゼント贈んないとなぁ
年の暮れに歳暮は勿論だが、当然のことながらベビーズにはそれぞれプレゼントを準備した。というのも実は了達の身のまわりには、わりと今年産まれのベビーが多かったのがある。鳥飼家のツインズ鳥飼仁・澪に久保田家の宝娘・碧希、おまけにここにきて交流が再開してみたらいつの間にか結婚して同じ年の娘・真緒が産まれていた村瀬篠。それにそれだけでなく、最近の交流範囲からだって宇野衛や高城光輝達みたいな小児世代がいる家庭もあるのだ。了としては自分が貰ったことのないクリスマスプレゼントを、ここにきて逆にサンタクロース宜しくあげる方になるなんて正直驚く。
世の中のブラックフライデー騒ぎの理由が分かるよなぁ、うん。
ブラックフライデーとは、ここ数年日本でも流行り始めたアメリカ発信のクリスマス商戦目的のバーゲンセールみたいなものだ。勿論歳末向けのバーゲンセールとしては玩具だけでなく、ボーナス狙いの家電や衣料品などもブラックフライデーに乗って賑わいを見せている。それにしても自分以外の誰かのためにブラックフライデーを大活用するなんて考えもしなかったが、これが所謂家庭持ちということなのかな等と苦笑いしてしまう。いや、別に今の外﨑家は金銭面でどうこういう家計ではないし、セールで安価に購入しないとなんて言う話ではない。ただ、そういう時期にはこの年代にはこれがいいと店舗では大々的に告知するので、随分感心したし勉強になったと言うことなのだ。何しろ宏太と了にはどう足掻いても子供は出来ないので(以前宏太が男でも妊娠できるなら速攻作るなんて夢物語を語っていたが、流石にどんだけ宏太が想定外の男でもそれは無理だろうと了としては思う。)、こうして交流のある夫妻や子供達はちょっと特別枠。赤ん坊達と子供達に贈り物なんて何がいいのか想像もつかなかったが、ブラックフライデー騒ぎにかまけて其々年に合わせて贈り物を考えてみるなんてのは中々経験できないことだ。おっと、さっきから話が何度も大きくずれているが、今の話は既に選び終わったクリスマスプレゼントの話。了がこうして思い悩むのは今年のクリスマスをどう過ごすのかだ。
宏太と2人でどうやったらクリスマスを楽しめるか……だよ。
クリスマスは、世界中の人々が楽しみに待つ年に一度の大きなイベントだ。その国ならではという独自のクリスマスの習慣や過ごし方が沢山あるようだが、元はローマ帝国の国教化により広がりを見せたキリスト教の行事であるクリスマス。やはりヨーロッパが本場で、クリスマスの盛り上がりは世界最大規模。クリスマスの雰囲気を肌で感じようと、クリスマスの時期にヨーロッパへ旅行する方は少なくないらしい。とはいえ了としては海外に旅行に出たいわけではないし、イブを教会で過ごすクリスチャンな訳でもない。となれば自分に出来そうなのは料理くらいなもので、クリスマスの料理と言えば………大概はチキンやら七面鳥、後はブッシュ・ド・ノエルやホールケーキやらが浮かぶ。
ま、クリスマスケーキは良二さんのだろうしな。
流石に製菓に関しては腕を上げる経験値は了には稼げないし、『茶樹』の鈴徳良二の特製ケーキの存在をアピールされれば断るつもりもない。何しろ年末年始のお節料理とオードブル詰め合わせは、予約する前から頭数に入れられているくらいなのだ。そういう点では大体にして世の中の各家庭だって、クリスマスケーキやお節を全て自作するのはそうそう多くない筈。そうじゃなきゃここまで、世の中で有名パティスリーのクリスマスケーキや有名料亭のお節料理をアピールする必要もない。となるとそれ以外に2人きりで何か贅沢な料理でも?
でもなぁ……特別な料理って言ってもなぁ……
宏太は密かに持っていた味覚障害なんてもののせいで、世の中の人々が舌鼓をうってきた山海の美味すらまだよく分からないのだ。勿論以前は眼で見て食べていたので、視覚的な知識としては理解していて食べたことがあるものは多い。だけど今は味覚だけでそれを確認するわけで、まだ経験したことが無いものは宏太にとっては初体験になってしまう。今も少しずつ色々新しいものを食べてみて好ましい味を模索しているようなもので、最近は少しずつ子供舌の感覚から成長期を迎えているところだ。
というのもやはり最初はわりとハッキリした味わいの子供が好む味…つまりはハンバーグとかカレーとか、オムライスのフワトロにケチャップみたいな味わいだ…そういうのを好んで食べていたふしがあった。最初は刺身なんかの生物は生臭く感じるのか忌避している様子だったが、函館の外崎秀隆・綾夫妻から新鮮な魚介類が送られてくる事が増えて口にする機会が増えたのもある。了が料理の腕を上げたのもあってか次第に様々なものを食べるようになり、段々とそこから和食の出汁の味なども分かって、これも旨いと気がつき始めた感じなのだ。そういう意味だと、何を作ってやっても新鮮な驚きで喜ぶので了としては料理をするのも楽しみなのだが、少人数だからこそ旨いものと多人数でこそ旨いものがあるわけで。
鍋なんか、量がある方が旨いもんなぁ……大概
そんなわけで毎回の食事が訓練になって『甘味』『塩味』『酸味』『苦味』『旨味』の5つの基本味『五味』が理解できるようになった宏太は、昨年もだが、今年も冬場になり様々な鍋を始めると、少し楽しそうに味を楽しむ姿が実はとっても可愛い。ちなみに『辛味』や『渋味』は刺激やしびれとして感じ取る感覚のため五味には含まれないそうだが、宏太は割合それも問題がなく食べられる。乳幼児時代に味蕾というやつは最大数になり以降は減少するだけという話を良二から聞いたが、宏太の味覚障害というやつはどうやら味蕾が云々ということではなく、その感覚を受けとるメンタル的な問題だったみたいだ。そうじゃなきゃこんな風に急に味覚が分かるようになるとは思えないが、まぁそこら辺は美味しく食べられるようになった今をよしとしないとと思う。
どうも、話がずれてばっかりだよな……俺
まだ今年のクリスマスをどうするか想定すら始めていなかった了としては、街の賑やかなイルミネーションを眺めて暫し考え込んでしまう。結局は了も宏太も録に経験したことがないから、どんなクリスマスにしたら2人のクリスマスが完璧になるのか了には想定できないのだ。
「あれ?了?何ボーッとしてんの?」
不意にそんな風に背後から声をかけられて、了はボンヤリと自分がクリスマスの装いの街並みを眺めて立ち尽くし暫し考え込んでいたのに気がつく。振り返れば先程の回想にも浮かんだ榊仁聖が、大学の友人と2人並んで自分を眺めている。大学2年になって少しモデルのバイトを控える事態になった仁聖だが、その男振りはまた少し大人びたようだ。高校時代から見ている分、成長著しい。
「………全く。」
「は?」
それにしたってクリスマスイブにクリスマスツリーの下でプロポーズをする高校3年生ってのは如何なものだ。どこの恋愛小説から学んでるんだと思う。その言葉が顔に出たのか、仁聖が何か問題?とでも聞きたそうな視線を向けてくる。
「ボンヤリして何かあったのかよ?」
「いや。クリスマスだなぁと思って。で?お前んとこは今年も2人でディナーかよ?」
サラリと情報収集紛いに問いかけて見ると、何で知ってんの?と言いたげな顔を仁聖がする。うん、お前んとこの美人さんが惚気で口を滑らしたんだと教えてやりたい。とはいえ大学の友人の前で話すことでもないかと話を切り替えようと、時折一緒にいるその友人に視線を向けた。
確か佐久間なんとか……。
一応以前話をした時に名前を聞いたが、交流があるわけではないから記憶が定かではない。と思っていたら視線の先でクリスマスかぁと仁聖も辺りを見渡して、思い出したように口を開く。
「翔悟は、そこら辺は実家帰るの?」
「いやぁ塾、冬講習あるからなぁ。」
そうか、佐久間翔悟だったか。仁聖と同級でここら辺にアパートがあって、塾の講師のバイトを花街方面でしてるとか聞いた記憶もある。ということは故郷は遠方ということになるのかと納得する。まぁ了にしても榊恭平にしても、学部が違えど同じ大学の後輩に当たるわけで。学力的にも国立大学の理数系だし、かなり頭はいいに違いない。了の時も塾講師はわりと大学生としては、わりの良いバイトだった記憶がある。
「そっかぁ、え?じゃクリスマスもバイト?」
その言葉に『リア充はぜろ』と言いたげな顔をした翔悟に、相変わらずある部分で空気を読まないよなぁと了は苦笑いしてしまう。仁聖という男はある一面では恐ろしい程の才能を示すハイスペック男なのだが、時折部分的にわざとやってるんじゃないかというくらい鈍感で人の神経を逆撫でする得意技をもつ。
そういえば、ストーカー男に延々と火に油を注いでたな、コイツ。
ふと街中で立ち話をしているのに、唐突に以前の事を思い出す。さっきから何度も昔の事ばかり考えていたせいか、記憶回路が過去を振り返る体制になっているみたいだ。あのストーカー男も仁聖の同級生で長年仁聖の事を付け回して地味な嫌がらせをしていたのに、当の仁聖には全く嫌がらせを認識されていない上にストーカー男自身の事すら記憶になかった。それを仁聖がストレートで口にするものだから、火に油のストーカー君は憐れなくらい逆上して泣きそうになる有り様。
えっと……名前、なんだったか……何とか尾?
流石にかなり前の事過ぎてそっちの名前は記憶の彼方だ。目の前の佐久間翔悟みたいに普通に仁聖と交流して友人になれていたとしたら、あのストーカー君も情けない終わりかたはしなかっただろうに………なんて。そんなことを何故か了は今になって物悲しく思ってしまっていた。
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