鮮明な月

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間章 ソノサキの合間の話

間話134.そんな季節

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見惚れるようなしなやかな体つき、その身体にキチンと合わせた仕立ての良い服。どう見ても金銭面に潤いを感じさせる身なりの上に、少し歳を重ねて色気が増しつつある顔立ち。その身なりのわりに肩には、不釣り合いなのか最近の当然なのか食材を入ったエコバックをかけていたりする。とは言えエコバックの中身の食材は主夫然とした内容で、しかもエコバック自体薄手の安価均一のバックではなく、保冷バックだったりするところが外﨑クオリティというやつか。そんな買い物のエコバックを肩に外崎了は、一人で買い物に出ている。
実は外崎宏太がついてくるのが当然みたいになった時期もあって、二人セットみたいに最寄りの行きつけスーパーなんかでも対応されることもあった。だが、言うまでもなく宏太は料理なんかはまるでしないし出来ないので、基本的な食材が云々には余り興味がない。

というか、目が見えない宏太がスーパーに何の興味があるんだ

と本心では思うが、宏太には何か宏太なりの理由があって暫く着いてきていたみたいだ。最初は流石に目が見えないのにあの棚置きの青果の間をどうやって歩くんだとビクビクしたものだけれど、考えてみると世の中の何でもそうな訳で。そういう中で宏太は、杖さえあればスルスル歩けてしまう。流石に杖なしだと家の中でも物に当たって悶絶するのを知ってはいるが、安価で物がギチギチというタイプの量販店でなければ来訪するだけなら問題はない。とは言え興味のない物を買っているのに付き合うのは、彼女の衣類の買い物に付き合う彼氏みたいなもので難題といえなくもないのだろう。兎も角、食材に関しては了に一任されているわけなので、シュフ友の宮井有希子や(実際宮井有希子にスーパーで出会った時の宏太は、了にしてみると珍妙な紳士ぶりだった。有希子の方は有希子でこの人のために了がここまで頑張ってきたのねと生暖かな視線で見守ってくれたのは言うまでもない)榊仁聖なんかと買い物をしているのに安堵したのか最近は了の気晴らしを含めたフリータイムと化している。

主婦が買い物をしてストレス解消って分かるよなぁ……

そうして本日も買い物の後スッカリ温度を下げた冬の空気の中。ふと何かを感じたようか気がして足取りが止まり、無意識にたが視線が泳ぎクルリと首が回る。了はふうわりとした真綿のような吐息を吐きながら、何気なしに街の雑踏を見つめていた。

そっか……もうそんな季節なのか………

気がつかなかったというか気にしてもいなかったからなのか、既に周囲の街路樹には金と銀のイルミネーション。ショーウィンドウや店内も赤や緑を主体にしたオーナメントばかりで溢れかえっている。一部には気も早く来年の干支らしきものも少しは覗いてはいるけれど、スッカリ恋人達と世の中の一大イベント『クリスマス』一色に染まっているのに今更ながら気がついたのだ。
まぁ毎度のこととは言え、日々何やかんやと事件の起きる外崎了を含めた面々の日常は余りにも慌ただしく。去年も割合騒動続きだったわけだが、今年なんかは夏前後の白鞘千佳絡みというか邑上誠絡みというか……了とすれば正直言えば、これも長年の進藤隆平絡みといった方が正しい気がする……騒動に巻き込まれた数ヶ月で、夏だの秋だのといっている隙がなかった気がする。

まぁ、過ぎたことは過ぎたこと。

バタバタとしていたものの結果として、宏太に執着していた様子の邑上誠は邑上悠生一筋の人畜無害な猫兄さんになり、大本だった筈の白鞘千佳捜索も大団円ではないが本人が見つかり転地治療の上でミッション完遂。まぁ進藤の置き土産というやつは、完全抹消するにはまだまだ時間と労力がかかりそうだが。
あの薬のもとは完全には断ち切れず、邑上誠の店で流通していた物は抑えたものの、まだ闇の中に流通するものがあるらしい。その現物を抑えるには、誰がそれを流通させているのか、どこにそれがあるのかが読みきれない。少なくとも邑上の牛耳っていた街の流通を担っていたダミーの倉庫業は潰したが、残っていた筈の薬の原材料がまだ掴めていないのは事実だ。結局風間祥太との結託はまだ解ける余地も見えないし、この草の根探しも暫くは続きそうではある。そうして意図せず会社には新たな元警察官のバイトが一名加わり、そっちに掛かりきりになる予定だった宏太は幼馴染みの息子である鳥飼信哉の道場を立ち上げに時々指導者的に駆り出されるようになった。

宏太が危なくないから、俺としては良いことなんだよな

宏太が進藤の置き土産を潰そうと協力を惜しまないのは、その部分的な点で自分が関係者でもあるからだ。三浦和希の件では宏太は口にはしないが、モンスターを作り上げる手助けをしたのを後悔しているのだと思う。とは言え宏太が三浦を犯して狂わせたのは事実でも、宏太自身三浦から手痛いしっぺ返しを食らって充分過ぎる程の大怪我と後遺症を受けてもいる。そしてなるべくなら宏太が危険に突っ込んで欲しくはないというのは了の本音で、その点については宏太自身も充分とは言えなくとも理解だけはしてくれている。

宏太だもんなぁ、完全には無理だけどさ。

まぁそんなことばかり思っても仕方がないので話を戻すが、身の回りには沢山幸せ家族も出来たわけだし、これまでにない交流も多々増えた。そして自分は会社的には副社長で、愛しい宏太の身の回りのことを完全独占しているわけで。

幸せっちゃぁ幸せだよな、うん。

これが2年くらい前のクリスマスの辺りを思い返せば、どっかの誰かを拉致換金めいた真似をしたお陰で住みかも仕事もおじゃんにした御先真っ暗……まぁ黒歴史ということで余り追求はしたくないことだ。相手の榊恭平や仁聖だけでなく、村瀬篠とも前程とは言えなくとも交流再開できるようになったのだから。

クリスマスかぁ……

それにしてもこの街に限ったことではないのだが、日本人というやつはこういう賑やかな催しに本当に弱いような気がする。クリスマスだけでなくハロウィーンや、最近ではイースターまで。勿論だが盆やなんやと基はと言えば海外だったり異教徒の祝祭だろうとお構いなしで、何でもこうして自分達の楽しく騒ぐための糧にしてしまうのだから。

今年は……何するかな……。

勿論了自身もその日本人の一人なので、お祭り騒ぎにのるつもりは十分だ。さっきも言ったが今年は、夏も秋もバタバタで折角の楽しみをスルーしてきた。ハロウィーンに何をするかと言われても別段なにかするわけじゃ………いや、今年はベビーズで活動は大きくなかったが、あれらがバタバタ出来るようになればなるほどハロウィーンは大騒ぎになりそうな気がする。流石に了は製菓方面には明るくないが、早めに簡単な焼き菓子くらいは作れるよう有希子の娘・宮井麻希子に指南を受けるべきか。というのも『茶樹』のシェフ・鈴徳良二曰く、簡単な焼き菓子に関しては既に宮井麻希子の方が腕が良いというのだ。いや、話が大きくずれた。

クリスマスだよ、そう!クリスマス!!

何せ言い方をかえればラブラブな恋人で伴侶の宏太と過ごすクリスマスは、まだたったの2度目なのだ。そう考えると中々に濃い日々を送って何十年と一緒にいる気がするのだけれど、実質の期間としては実はとっても短い。確かに元々の付き合い自体は、了が高校生からだから、もう十年と長い。

いや、必要だったとは分かってるけど、けどなぁ。

まぁ元が元の宏太との出会い自体が片倉右京の美人局というやつなので、拘束されて即日セックスな訳で。出会って当日に変態セックスまみれなものだから、そこから自由奔放に身体の繋がりも頻繁で結果として身体の付き合いと知り合ってからの年数は同じだ。それなのにそれにこうして真剣に心の通じあってからの期間は、なんとまぁ本当に短すぎる。

たった2回目。2度目。

そう考えてみると一緒に暮らすようになって、まだクリスマスは一回しか過ぎてない。何気なく指折り数えてしまうが、籍を外崎に変えた3月から数えても20にしかならない。つまりまだ2人は2年しか……正確には1年と9ヶ月ちょっとというところなので、もう後4ヶ月もすれば丸2年にはなるのだがそれにしたって短い……それしかまだ一緒に暮らしてないのだ。

短っ…まだそれくらいしかたってないんだけっけ?

その事実に自分自身が驚くほどだけれど、確かに成田了が外崎了になったのはその程度の時間なのだ。しかも去年のクリスマスは結城晴と狭山明良は既に交流はあったものの、秋口には自分が一過性の健忘になったり、矢根尾俊一の捜索の真っ最中宏太があの三浦和希と直接対決するとかして

………俺って、普通の生活してねぇな、ほんと

現実のところ正直了としては、そこまでの生活だって普通だったとは言いきれない。大体にして了の生まれ育った成田家からして、余りまともな家庭環境ではなかった。だから、家族の思い出なんてないに等しいのだ。
何しろ家族旅行だと思って付いていけば、結果的に成田哲の選挙の遊説もどきだったり講演だったり。そうなると連れていかれても了は、放置されることが当然になった。いや、政治家の家庭が、全部そう言うものだと言いたいわけではない。恐らく本来の政治家にはマトモに家族を大切に出来て、政治活動も出来る人間が多いはすだ。ただ成田了の父親・哲はそういうマトモな人間ではなかったというだけのこと。幼稚園やら何やらの予定を悉く無視して連れていかれ、お陰で了は遠足やらお遊戯会やらを突然休む羽目になるわけで。おまけに幼稚園に逆に来たら来たで、周囲に『清き一票』を強いる。そんなことばかりが続くのが当たり前だったので了は友達も出来なかったわけで、結果的にあの公園でのトラウマを背負いこむ羽目になった。それでも子供をつれ歩くのは成田哲が『私は家族を大事にする政治家です!』アピールだったのに、了が子供心に気がつくまで数年を無駄にしたと今では思ってる。先ずは旅行というなの政務に付いていくこと自体・続いて何らかの行事に父親が参加するのを、了が公然と拒否するようになったのは当たり前だ。
そんな成田家のクリスマスと言えば当然ながら哲の政治活動の一端であって、子供だった了に何か楽しい事があるわけではない。了のための御馳走なんてものは当然ながらあり得ないのは、母親が料理をしないことからも言うまでもないことだ。しかも以前も言ったが家にいたのは意地悪家政婦だったから、幼い了のために何かをしてくれる筈もない。勿論クリスマスプレゼントなんてある筈もない上に了に与えられたのは自由に出来る金銭のみだったわけで、サンタクロースなんて信じる余地すらもない。

しかも、なぁ………

宏太の方も似たり寄ったり……というか宏太自身がこれまではそういう催し的な物に余り興味のない人間。そんなわけで実は去年の初めての2人でのクリスマスは、何事もなく『何となーく』でスルーッと過ぎてしまった。確かに思い起こすとクリスマス的な催しは何事もせず、新しい家の大掃除を宏太の前でしていた記憶はある。

年末年始を二人っきりで穏やかにノンビリで過ごせたのは、最高だったけども………

そうしてクリスマスを過ぎてしまってから、何故こんなにも了が『やってしまった感』に包まれているのかというと……だ。今年、年を越して暫し、まぁクリスマスからは大分後々にだけれども、更に友人として妙に交流が深まってきていた榊恭平に爆弾級の惚気を投下されたからなのだった。

そう!榊仁聖ではなく、あの!恭平の方に惚気られたのだ。

あのある意味そういう点では、随分と朴念仁なんだとずっと思っていた榊恭平にだ。というのはかなり失礼だが、自分の家庭環境より恭平の家庭環境は更に厳しいものだった筈。母子家庭の上に母親が高校生の内に早逝してしまって身内のいないという恭平は、子供の頃から余りそういうことには接してこなかったと大学時代に恭平自身が話していた。(とは言えこうして交流が増え話していると、母親は愛情深い人だったようだから自分よりは遥かに家族だったろう。おまけに最近になって実の父はまだ存命していて、しかも交流があることまで知ったわけだが)
大学時代の恭平は恋人が出来ても恭平の方が淡白過ぎてフラれるを繰り返していて、余り恋人達のイベントに参加しているイメージがない。まぁ了の方といっても一人の恋人と真面目に付き合っていた事がほぼほぼないわけで、サークル仲間のクリスマスのドンチャン騒ぎとか友人同士の飲み会とか程度の経験値だったが。兎も角、少なくとも恭平よりはクリスマスはお楽しみだった自信がある。面と向かって了は『茶樹』のカウンターで、そんな恭平に惚気られてしまったのだ。
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