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間章 ソノサキの合間の話
間話133.花の中の花
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「………ぉ…………。」
酷く甘ったるい匂いが鼻の奧にこびりついている気がする。この匂いは何処かで嗅いだことがあるけれど、どこだったろうか。靄のかかったような朧気な頭の中で、何か形になる記憶を手探りする。固有名詞が浮かばない。まるで手動でスイッチを切られたみたいな状態の記憶回路を何とか動かそうと揺り動かしていく。
子供の頃……
時間軸も何もかもがあやふやだ。一体何が起きているんだろうか。やっとのことで何故か子供の頃の記憶が、その手探りの指先を掠める。その指先が触れた記憶。そこには美しく濡れたような黒髪、そして凍りつくような暖かみのない瞳。その瞳は氷の冷たさで、自分だけではなく彼を取り巻く周囲を見ている。見つめているのではなく、ただ感情もなく見ている。それを知っていて胸の奧に、ほの暗い嫉妬と同時に苦い愉悦を感じる自分がいた。
そう、天才だった………
世の中に言う天才という奴は、『天性の才能』というやつを持った人間のことをいうそうだ。別段何かを望んだわけでもなく、生まれつき備わった優れた才能を持つなんて途轍もなく羨ましい話である。この天才というやつは、人の努力なんかでは至らないレベルの才能を秘めた人物を指す。まぁ端的には歴史や社会に影響を残すに至ったレベルの人物を指すことが多く、時には動物にも使用される場合があるそうだ。しかし、『○○の天才』といったように芸術やスポーツ等様々な分野にだけ一見限定した用法もある。天才は極めて独自性の業績を示した人物を評価したり、年若いのにあまりに高い才能を示した人への賛辞的形容に使われる言葉ってことだ。
天才………天才…なんだよ……、お前は神童だったもんな………
そう彼は天才だった。神童と呼ばれて、神から与えられた才能と持て囃されていたのに、その賛辞に彼は、アイツは氷の瞳で喜ぶこともなく辺りを眺めていたのだ。この頃よく耳にする天才の類似した表現としてギフテッド、神童、神に愛された人などの言葉が使われることが増えた。飛び抜けた能力を持つ『ギフテッド』と呼ばれる天才たち。『天から才能を授かった人』という意味で使われているのだが、これに関してはラノベ流行云々以前に昔から有ることで海外ではアインシュタインが筆頭にあげられる。まぁ本来この世界というやつには既存の多くのギフテッドが、数々のイノベーションを起こしてきたのだ。先ほど上げたアインシュタインしかり、SNSの発案者しかり、世界の大富豪なんてあげられている人間にはそう言う能力者が多いと思う。つまり最先端の何かを生み出す人間は、大概がギフテットなわけだ。
だから世界というものは、案外天才に溢れているのかもしれない。
因みにこのギフテッド、実は日本にも実際に250万人以上いるという。これを読み解くのに最も分かりやすいのは、IQ=知能指数というやつだ。IQとは、言語能力や記憶力などの知的能力を数値化したもの。アニメとか漫画で超人的な知力とか推理力を持った人間の表件にIQいくらなんて表現をしているのを見るだろう?100を平均に数字が大きいほど知能が高いとされ、中でもIQが130を超える人たちが生まれつき知的能力が高いギフテッドとされるそうだ。そして割合は人口の2パーセントほど。それが日本でいえば250万人。それがどれ程身近なものなのかと言われると、100人いれば2人がギフテッドと考えたらどうだろうか。結構な頻度で天才が存在するわけなんだ。まぁこれは知能指数的に考えればという話で、実際知能指数だけで括られない異能力なんてものもある気がする。
そんな蘊蓄はさておき、そう、これはただの言葉の流行りだ。
天才では物足りない表現の、更なる賛辞のための言葉。これが流行るのは……そうだな『俺TUEEEE』的なやつ。所謂異世界転生とかなんとかいうラノベ流行が大きな理由としてあるんじゃないだろうか。あんまり詳しくはないが、あり得ない筈の力を唐突に神様に与えられる、それが目下最近の流行りのギフテッドって奴なんだ。つまりは新しい表現は凡人の夢の形の一つってこと。
何せ凡人には普通は後から天与の才能なんて与えられないだろ?
ついでと言ってはなんだが、天才と天才肌、そして秀才。よく耳にしがちなわりに混同されがちな3つの言葉だが、実は明確な違いがある。まず先程から話している『天才』は何らかの分野において凡人が真似できないような成果を残している人のことなので、基本的には何らかの成果を出した後で使われる。
そして『天才肌』と『秀才』は、一般的に後年天才と呼ばれている人間を分類する際に使われる言葉だったりする。
『天才肌』の人は個人差はあるだろうが、生まれつきの能力値が高いので、それほど努力しなくても要領良く物事をこなす。対して『秀才』と呼ばれる人は成果を出すまでに地道な努力を積み重ねて、そこにたどり着く。結果論としては突き詰めればどちらも後に結果を残す『天才』となりうる訳だが、そこまでの努力の方向性を分類されてしまう訳だな。そのため凡人から見ると努力すれば秀才にはなれるが、生粋の天才肌にはなれないという話になるようである。
なんでこんな話をしてるんだ………クドクドと………
今更だが自分の頭の中でも思考と思考が折り重なって、ハッキリしていないのが分かる。100人に2人の筈の比率が、どこか崩れているのか?今の、そう今の自分はおかしな状況にいるのだと思う。何しろ自分は努力に努力を重ねていた筈なのに、手に掴めたのはほんの僅かのこと。それなのに最初に出会う自分の幼馴染みが、所謂『天才』で。
天才の癖に何かの欠けた奴だったのに……
相手が何処かが不十分な歪だったからこそ、自分が凡人で努力の秀才であることを受け入れられた。それは良くあることなのではないだろうか。何処かが突出して優秀な『天才』だからこそ、何かが不十分な面をあわせ持つくらいのデメリットは神様だって容認してる筈だ。それこそラノベのセオリーじゃないか。それなのに今になって、その歪が愛とやらで修正されるなんて不公平だろう。しかもその相手に関わり今になって知り合う人間が、悉く人間離れな能力値を努力することなく身につけた『天才』ばかり。そんなのバランスが可笑しいと思うだろう?世の中の比率だったら、2人目迄で十分な筈だ。
「……ぉい………。」
あぁうるさい。その響く声で頭の奧を揺らすな。だって可笑しいだろう?あの男は生れつきの天才だから、その代償に感情が歪に欠けたまま生きていく筈だった。何事にも常に感情が揺れず、天才ゆえか成功体験を繰り返していく。それなのにそれに自分のように高揚もしない、相手に嫉妬すらしない。だから誰もが氷のようなアイツを遠巻きにしていて、アイツは高嶺の花のように孤高の存在として生きていく。そして後に天才と呼ばれるひとかどの人間になる筈だ。
それが妬ましく、そして誇らしい
だからそうなるべくアイツを孤立させるよう手を回してきたつもりだ。方法は簡単だ、アイツに近づく人間を悉く遠ざけるだけで、それはずっと上手くやれていて、アイツはちょっとやそっとじゃ揺るがない壁で囲われた高嶺の花になった。
「…っ……ば、……おい……。」
あぁそれなのにそれがほんの少しの期間、たった数ヶ月自分が目を離しただけで。それまで一年目を離しても変化のなかった筈のアイツが、たった3ヶ月程の隙に坂を転がる石のように大きく変容して。ヘラヘラと恋人に笑い、甘え、嫉妬して醜く怒るなんて普通の人間すぎるだろう?しかも天才のあいつの周りは、あっという間にあきれる程の別な天才ばかりに。
手探りの記憶が結び付き、他の顔が指を掠める。醜い傷だらけなのに恐ろしい程の能力を身につけている盲目の中年男、その傍らでにこやかに微笑む優男。そうだ、どうせならあっちの方がアイツには似合っている。何しろ自分が他人の作る料理を旨いと感じたのは、実はあの優男の料理が初めてだ。母親は料理をしない人間だったから自分の家庭の味といえば、なか年勤めていた家政婦位だった。でも家政婦の癖に対して旨くもない料理しか出てこないし、温かいものを温かくなんて子供の頃から食ったことがない。それを含めてはなんだろうが、歳を重ねれば彼女だって何人かいて、弁当なんかを作ってきたり夕飯を自宅まで作りに来た女もいた。けれどどれもこれも出来合いのタレという化学調味料の味でごまかされていたり、下手すると買ってきた料理や冷凍食品を別の容器に詰め替えただけの物だったりもした。
家柄だけは完璧だから、ある程度良いもん食ってんだよ
とは言えシェフやら調理人が作った既製品。それなのにこの歳になってバイトという名で潜り込んだあの魔の家で、当たり前みたいに出された賄い料理という話の料理に自分は目を丸くした。
『何が食いたい?あるものなら何とかするけど?』
何でもいいと答えたら、あっという間に目の前に温かな料理が差し出された。それに他人数でワイワイと鍋を囲むなんて、これまでは経験もないことだ。新鮮な素材を選んでいるのは事実なんだろうけれど、鍋にしても丁寧に出汁から準備して調理したなんて聞いて驚く。
『朝から鶏ガラ煮込んでたもんね、これ去年も最高だった。』
『〆はちゃんぽん麺がいい。』
『えー!うどん!!うどん!!』
水炊きなんて素で作ったら簡単なのに、その方が旨いからと笑う。結果そのどれもが本当に旨い。これは下手をすると胃袋を掴まれるのかと思うが、その当人はあの盲人と身の回りに食事を振る舞うだけで満足らしい。
『だって、旨そうに食べてくれるのがいいんだよ。』
そんな単純な話でいいんだろうか。ならここまで来たら小料理屋でも居酒屋ても、やれば良いんじゃないか。あれが食べたいこれが食べたいと、当然みたいに話している他の奴らの姿を見ていて思う。
そうでもなきゃ自分もあっという間に絆され懐いてしまいそうだ………
いやいや、懐くとはいっても心を許すつもりな訳じゃない。そう思っているのに、誰かに笑いかけられるのに心が緩む。いや、それにしたって別段ヘテロだろうとバイだろうと気にするわけでもないが、何で幼馴染みはアイツを選んだんだ?あのハムスターみたいなポエポエ笑顔の栗毛より、あの元とは言え政治家の息子という身分を持っていた奴の方がどう考えたって有益だろうに。
「おい。」
そう、それだけじゃない、他にもおかしな程幼馴染みの周囲に、ある意味『天才』ばかり溢れている。社会に出てからの自分は人を調べるのが仕事だったんだから、ある意味身元調査なんてお手のもの。殺人事件の生存者でもあるあの醜い傷だらけの男が、どれだけの能力を有して資産を溜め込んでいるか。その方法がほぼほぼ合法の範囲で行われ、違法性を証明しきれないのには開いた口が塞がらない。しかもあの男の周りには調べると、今ではブラックボックスばかりの集団が垣間見える。アンダーグラウンドの集団は過去20年程の空白期間を作りつつあるが、未だに名前をだすと怯える者達がいる。確信は持てないとは言えアンダーグラウンドの主として名前をあげられたことのある者が、あの男の友人としてヘラヘラ笑いながら喫茶店を経営しているのだ。その上過去には警察学校でも武道の抗議をしたことがある捕縛術を伝授することの出きる合気道の道場、そこのこれまでは表に出てこなかった麒麟児が現れる。
あり得ない数の天才。
勿論頭脳的な天才というやつも何人か存在してはいるけれど、この街は昔から何かがおかしい。狂ってる。街に人が多すぎるせいなのか、おかしな奴らが引き寄せられるみたいに次々と集まってくるのだ。
「おいってば、聞こえてるか?」
何なんだ、さっきから人の考えを何度も何度も断ち切るみたいに声をかけてきてるよな。うるさい。しかも今気がついたがもしかして声をかけながら、自分の体を揺らしているんじゃないか?いや違うのか?グラグラグラグラ、何だか身体が横に揺れている気がする。それでなのか?この気分の悪さは。
「おい、まだ……酔ってるのか?」
耳の底に響く声にガツンと頭が殴られ奥の奧が大きく揺れた気がして、『酔っている』と言われたのを証明するように勢いよく吐き気を催すのが分かる。
いや、酒に酔っているのではない。
相手の溜め息が聞こえて、自分が目を閉じたまま頭の中で呟いているのに気がつく。周囲に漂う匂いに酔っているのだと何故か頭の片隅が告げていて、その甘ったるい匂いが周りの空気を汚染しているのに気がつく。花のような甘ったるく東洋系な印象を受ける濃い匂いは、どことなく嗅いだことがある気がするのに未だに思い出せない。
「おい。」
止めてくれ、大きな声を出されると気持ちが悪い。何でこんなことになってるんだ?そうだ、何かをみた気がするけれど、みた。見た、視た。頭の中で何度か繰り返していくうち、自分が目を閉じたままなのに気がつく。そこでやっと無理矢理に膠で貼り付けられたような瞼をこじ開けてみると……
酷く甘ったるい匂いが鼻の奧にこびりついている気がする。この匂いは何処かで嗅いだことがあるけれど、どこだったろうか。靄のかかったような朧気な頭の中で、何か形になる記憶を手探りする。固有名詞が浮かばない。まるで手動でスイッチを切られたみたいな状態の記憶回路を何とか動かそうと揺り動かしていく。
子供の頃……
時間軸も何もかもがあやふやだ。一体何が起きているんだろうか。やっとのことで何故か子供の頃の記憶が、その手探りの指先を掠める。その指先が触れた記憶。そこには美しく濡れたような黒髪、そして凍りつくような暖かみのない瞳。その瞳は氷の冷たさで、自分だけではなく彼を取り巻く周囲を見ている。見つめているのではなく、ただ感情もなく見ている。それを知っていて胸の奧に、ほの暗い嫉妬と同時に苦い愉悦を感じる自分がいた。
そう、天才だった………
世の中に言う天才という奴は、『天性の才能』というやつを持った人間のことをいうそうだ。別段何かを望んだわけでもなく、生まれつき備わった優れた才能を持つなんて途轍もなく羨ましい話である。この天才というやつは、人の努力なんかでは至らないレベルの才能を秘めた人物を指す。まぁ端的には歴史や社会に影響を残すに至ったレベルの人物を指すことが多く、時には動物にも使用される場合があるそうだ。しかし、『○○の天才』といったように芸術やスポーツ等様々な分野にだけ一見限定した用法もある。天才は極めて独自性の業績を示した人物を評価したり、年若いのにあまりに高い才能を示した人への賛辞的形容に使われる言葉ってことだ。
天才………天才…なんだよ……、お前は神童だったもんな………
そう彼は天才だった。神童と呼ばれて、神から与えられた才能と持て囃されていたのに、その賛辞に彼は、アイツは氷の瞳で喜ぶこともなく辺りを眺めていたのだ。この頃よく耳にする天才の類似した表現としてギフテッド、神童、神に愛された人などの言葉が使われることが増えた。飛び抜けた能力を持つ『ギフテッド』と呼ばれる天才たち。『天から才能を授かった人』という意味で使われているのだが、これに関してはラノベ流行云々以前に昔から有ることで海外ではアインシュタインが筆頭にあげられる。まぁ本来この世界というやつには既存の多くのギフテッドが、数々のイノベーションを起こしてきたのだ。先ほど上げたアインシュタインしかり、SNSの発案者しかり、世界の大富豪なんてあげられている人間にはそう言う能力者が多いと思う。つまり最先端の何かを生み出す人間は、大概がギフテットなわけだ。
だから世界というものは、案外天才に溢れているのかもしれない。
因みにこのギフテッド、実は日本にも実際に250万人以上いるという。これを読み解くのに最も分かりやすいのは、IQ=知能指数というやつだ。IQとは、言語能力や記憶力などの知的能力を数値化したもの。アニメとか漫画で超人的な知力とか推理力を持った人間の表件にIQいくらなんて表現をしているのを見るだろう?100を平均に数字が大きいほど知能が高いとされ、中でもIQが130を超える人たちが生まれつき知的能力が高いギフテッドとされるそうだ。そして割合は人口の2パーセントほど。それが日本でいえば250万人。それがどれ程身近なものなのかと言われると、100人いれば2人がギフテッドと考えたらどうだろうか。結構な頻度で天才が存在するわけなんだ。まぁこれは知能指数的に考えればという話で、実際知能指数だけで括られない異能力なんてものもある気がする。
そんな蘊蓄はさておき、そう、これはただの言葉の流行りだ。
天才では物足りない表現の、更なる賛辞のための言葉。これが流行るのは……そうだな『俺TUEEEE』的なやつ。所謂異世界転生とかなんとかいうラノベ流行が大きな理由としてあるんじゃないだろうか。あんまり詳しくはないが、あり得ない筈の力を唐突に神様に与えられる、それが目下最近の流行りのギフテッドって奴なんだ。つまりは新しい表現は凡人の夢の形の一つってこと。
何せ凡人には普通は後から天与の才能なんて与えられないだろ?
ついでと言ってはなんだが、天才と天才肌、そして秀才。よく耳にしがちなわりに混同されがちな3つの言葉だが、実は明確な違いがある。まず先程から話している『天才』は何らかの分野において凡人が真似できないような成果を残している人のことなので、基本的には何らかの成果を出した後で使われる。
そして『天才肌』と『秀才』は、一般的に後年天才と呼ばれている人間を分類する際に使われる言葉だったりする。
『天才肌』の人は個人差はあるだろうが、生まれつきの能力値が高いので、それほど努力しなくても要領良く物事をこなす。対して『秀才』と呼ばれる人は成果を出すまでに地道な努力を積み重ねて、そこにたどり着く。結果論としては突き詰めればどちらも後に結果を残す『天才』となりうる訳だが、そこまでの努力の方向性を分類されてしまう訳だな。そのため凡人から見ると努力すれば秀才にはなれるが、生粋の天才肌にはなれないという話になるようである。
なんでこんな話をしてるんだ………クドクドと………
今更だが自分の頭の中でも思考と思考が折り重なって、ハッキリしていないのが分かる。100人に2人の筈の比率が、どこか崩れているのか?今の、そう今の自分はおかしな状況にいるのだと思う。何しろ自分は努力に努力を重ねていた筈なのに、手に掴めたのはほんの僅かのこと。それなのに最初に出会う自分の幼馴染みが、所謂『天才』で。
天才の癖に何かの欠けた奴だったのに……
相手が何処かが不十分な歪だったからこそ、自分が凡人で努力の秀才であることを受け入れられた。それは良くあることなのではないだろうか。何処かが突出して優秀な『天才』だからこそ、何かが不十分な面をあわせ持つくらいのデメリットは神様だって容認してる筈だ。それこそラノベのセオリーじゃないか。それなのに今になって、その歪が愛とやらで修正されるなんて不公平だろう。しかもその相手に関わり今になって知り合う人間が、悉く人間離れな能力値を努力することなく身につけた『天才』ばかり。そんなのバランスが可笑しいと思うだろう?世の中の比率だったら、2人目迄で十分な筈だ。
「……ぉい………。」
あぁうるさい。その響く声で頭の奧を揺らすな。だって可笑しいだろう?あの男は生れつきの天才だから、その代償に感情が歪に欠けたまま生きていく筈だった。何事にも常に感情が揺れず、天才ゆえか成功体験を繰り返していく。それなのにそれに自分のように高揚もしない、相手に嫉妬すらしない。だから誰もが氷のようなアイツを遠巻きにしていて、アイツは高嶺の花のように孤高の存在として生きていく。そして後に天才と呼ばれるひとかどの人間になる筈だ。
それが妬ましく、そして誇らしい
だからそうなるべくアイツを孤立させるよう手を回してきたつもりだ。方法は簡単だ、アイツに近づく人間を悉く遠ざけるだけで、それはずっと上手くやれていて、アイツはちょっとやそっとじゃ揺るがない壁で囲われた高嶺の花になった。
「…っ……ば、……おい……。」
あぁそれなのにそれがほんの少しの期間、たった数ヶ月自分が目を離しただけで。それまで一年目を離しても変化のなかった筈のアイツが、たった3ヶ月程の隙に坂を転がる石のように大きく変容して。ヘラヘラと恋人に笑い、甘え、嫉妬して醜く怒るなんて普通の人間すぎるだろう?しかも天才のあいつの周りは、あっという間にあきれる程の別な天才ばかりに。
手探りの記憶が結び付き、他の顔が指を掠める。醜い傷だらけなのに恐ろしい程の能力を身につけている盲目の中年男、その傍らでにこやかに微笑む優男。そうだ、どうせならあっちの方がアイツには似合っている。何しろ自分が他人の作る料理を旨いと感じたのは、実はあの優男の料理が初めてだ。母親は料理をしない人間だったから自分の家庭の味といえば、なか年勤めていた家政婦位だった。でも家政婦の癖に対して旨くもない料理しか出てこないし、温かいものを温かくなんて子供の頃から食ったことがない。それを含めてはなんだろうが、歳を重ねれば彼女だって何人かいて、弁当なんかを作ってきたり夕飯を自宅まで作りに来た女もいた。けれどどれもこれも出来合いのタレという化学調味料の味でごまかされていたり、下手すると買ってきた料理や冷凍食品を別の容器に詰め替えただけの物だったりもした。
家柄だけは完璧だから、ある程度良いもん食ってんだよ
とは言えシェフやら調理人が作った既製品。それなのにこの歳になってバイトという名で潜り込んだあの魔の家で、当たり前みたいに出された賄い料理という話の料理に自分は目を丸くした。
『何が食いたい?あるものなら何とかするけど?』
何でもいいと答えたら、あっという間に目の前に温かな料理が差し出された。それに他人数でワイワイと鍋を囲むなんて、これまでは経験もないことだ。新鮮な素材を選んでいるのは事実なんだろうけれど、鍋にしても丁寧に出汁から準備して調理したなんて聞いて驚く。
『朝から鶏ガラ煮込んでたもんね、これ去年も最高だった。』
『〆はちゃんぽん麺がいい。』
『えー!うどん!!うどん!!』
水炊きなんて素で作ったら簡単なのに、その方が旨いからと笑う。結果そのどれもが本当に旨い。これは下手をすると胃袋を掴まれるのかと思うが、その当人はあの盲人と身の回りに食事を振る舞うだけで満足らしい。
『だって、旨そうに食べてくれるのがいいんだよ。』
そんな単純な話でいいんだろうか。ならここまで来たら小料理屋でも居酒屋ても、やれば良いんじゃないか。あれが食べたいこれが食べたいと、当然みたいに話している他の奴らの姿を見ていて思う。
そうでもなきゃ自分もあっという間に絆され懐いてしまいそうだ………
いやいや、懐くとはいっても心を許すつもりな訳じゃない。そう思っているのに、誰かに笑いかけられるのに心が緩む。いや、それにしたって別段ヘテロだろうとバイだろうと気にするわけでもないが、何で幼馴染みはアイツを選んだんだ?あのハムスターみたいなポエポエ笑顔の栗毛より、あの元とは言え政治家の息子という身分を持っていた奴の方がどう考えたって有益だろうに。
「おい。」
そう、それだけじゃない、他にもおかしな程幼馴染みの周囲に、ある意味『天才』ばかり溢れている。社会に出てからの自分は人を調べるのが仕事だったんだから、ある意味身元調査なんてお手のもの。殺人事件の生存者でもあるあの醜い傷だらけの男が、どれだけの能力を有して資産を溜め込んでいるか。その方法がほぼほぼ合法の範囲で行われ、違法性を証明しきれないのには開いた口が塞がらない。しかもあの男の周りには調べると、今ではブラックボックスばかりの集団が垣間見える。アンダーグラウンドの集団は過去20年程の空白期間を作りつつあるが、未だに名前をだすと怯える者達がいる。確信は持てないとは言えアンダーグラウンドの主として名前をあげられたことのある者が、あの男の友人としてヘラヘラ笑いながら喫茶店を経営しているのだ。その上過去には警察学校でも武道の抗議をしたことがある捕縛術を伝授することの出きる合気道の道場、そこのこれまでは表に出てこなかった麒麟児が現れる。
あり得ない数の天才。
勿論頭脳的な天才というやつも何人か存在してはいるけれど、この街は昔から何かがおかしい。狂ってる。街に人が多すぎるせいなのか、おかしな奴らが引き寄せられるみたいに次々と集まってくるのだ。
「おいってば、聞こえてるか?」
何なんだ、さっきから人の考えを何度も何度も断ち切るみたいに声をかけてきてるよな。うるさい。しかも今気がついたがもしかして声をかけながら、自分の体を揺らしているんじゃないか?いや違うのか?グラグラグラグラ、何だか身体が横に揺れている気がする。それでなのか?この気分の悪さは。
「おい、まだ……酔ってるのか?」
耳の底に響く声にガツンと頭が殴られ奥の奧が大きく揺れた気がして、『酔っている』と言われたのを証明するように勢いよく吐き気を催すのが分かる。
いや、酒に酔っているのではない。
相手の溜め息が聞こえて、自分が目を閉じたまま頭の中で呟いているのに気がつく。周囲に漂う匂いに酔っているのだと何故か頭の片隅が告げていて、その甘ったるい匂いが周りの空気を汚染しているのに気がつく。花のような甘ったるく東洋系な印象を受ける濃い匂いは、どことなく嗅いだことがある気がするのに未だに思い出せない。
「おい。」
止めてくれ、大きな声を出されると気持ちが悪い。何でこんなことになってるんだ?そうだ、何かをみた気がするけれど、みた。見た、視た。頭の中で何度か繰り返していくうち、自分が目を閉じたままなのに気がつく。そこでやっと無理矢理に膠で貼り付けられたような瞼をこじ開けてみると……
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