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間章 ソノサキの合間の話
間話130.人間枠?
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吐息と混じる低く甘い囁き。目の前にある脂の乗りきって見事に引き締まった身体には多くの傷跡が刻まれているのに、それすら魅惑的に欲望をそそる色香に変容して全身から芳醇に漂う。
「こぉ、た…………や。」
「ふふ、ここは嫌か?ん?」
最近になって時折鳥飼信哉の道場に出向いてコンスタントに身体を動かすようになったから、元々筋肉質でもあった外崎宏太の身体に再びしなやかな筋肉を付け始めたのだ。お陰で年甲斐もなく一層肉体美に磨きがかかっているのに、目のみえない事もあるせいか残念ながら宏太自身は全くもって自分のことには無頓着でもある。
「じゃぁ、ここは?ん?」
「くふっう!んん、やぁ。」
「可愛いな、ここが良かったか?ん?」
実は街中を杖をつき歩いている宏太の姿に周囲が次第に慣れ始めていて、大通りでは地味に周囲から『ほら、あの盲目の人よ』と注目されてる。以前は気難しそうな障害者と遠巻きにされ続けてきた癖に、最近では体当たりしてきた子供なんかに『気をつけて歩けよ?ん?』なんて優しく甘く微笑みかけたりするものだから
やだ、ちょっと格好いいんじゃない?
紳士的で目が見えてないわりにスマートに動けて、しかも身なりもかなり裕福で。一緒に歩いている外崎了としては、その女性達の視線が一寸だけ鬱陶しく思えてくるようになりつつある。
何しろ『茶樹』は女性人気の店でもあるのだ。そんなあの店でマスターと旧知でもあり、和やかに鳥飼信哉をはじめとした無駄にハイレベルなイケメンズ達と遜色無く会話が出来ている宏太が目立たない筈もない。
お陰で盲目でありながら、あそこにいるイケメンの一人として周知され、密かな人気がひろまりはじめていたりする。だが、全くもって当人はそこら辺は気にもかけていないのだけが、ちょっと救いでもある辺りが情けない。反面宏太が何も気にもかけていないからこそ、周囲もチラチラ眺めていられるわけであって。
子供好きなのね、あの人
なんてヒソヒソ噂されているのは、宇野智雪の息子の宇野衛だけでなく同僚の菊池直人の息子の菊池奏多なんかにも宏太は割りと人気だからだ。狭山明良の甥っ子・高城光輝も何故か宏太を『海賊のおじさん』と呼んで懐いているし。というか、今更だがの宏太は表立っては子供なんか知るかと言う体ではあるが、実際のところはかなりの子供好きなんじゃないだろうか?何しろ久保田家や鳥飼家のベビーズにも人気で、人見知り無しのゼロ距離認定なんだけれども?なんて話しはさておき
「あ、ぅ……んんっ!ば、かぁ!」
その見事な身体を露にした宏太が自分の身体にかしずき丁寧な愛撫を施し続けているのを目に、されている方の了だって冷静ではいられない。言うまでもないことだけれど昼間の事で嫉妬したんだからと宏太に風呂場で濃厚でディープなベーゼに腰抜けされた了は、あっという間に更に本職の愛撫に骨抜きにされてベットに拐われてきた。そうして『俺が晴にしたことで嫉妬したんだもんな?』と上から妖艶に微笑みかけた宏太に当然の如く、大人しく寝ていて手を繋ぐだけで済ませる気なんか微塵もない。そんな程度で済ます気がある筈がない事くらい、言われなくても分かるけど。
なら、前の晩のもちゃんと、……タップリ……体験しとかないとな?
なんでそこ含みを持たせた?!そこは遠慮する!!と叫ぼうとしたが目の前で色気を駄々漏れにして、シィーと指先を肉感的な唇を押し当てた宏太に了が目を奪われたのは言うまでもない。
なんでもぉこんな……肉体美だよぉ……50前の癖にぃ
※※※
もし今宏太の身体に傷一つ無かったのならば。
その身体は、さぞかし彫刻のような見事な造形の身体だったに違いない。実際に過去の傷1つない姿の時には、何度も何度も了は密かに見惚れていた位だ。その身体は鍛え上げた筋骨隆々の肉体に有りがちな血管が奇妙に存在感を顕に隆起することもなく、今も傷の無い場所は滑らかでシットリとした艶のある肌をしている。古武術や合気道の道場を開く鳥飼信哉やそこで門下生になっている既知の榊恭平と良く似た、余計な筋肉は何一つつかない均整のとれた身体と四肢。こうして昔の記憶を辿れば宏太は、ずっと以前から彼らと似た体つきをしているのだと了も気がつく。
これに関しては恭平曰くだが、自分達が習得している流派では『そういう風にしか筋肉をつけられない』のだという。勿論武術としてある程度の動きをするために、どうしても筋肉は必要。しかし、少しでも余計な筋肉がつくと身体が重くなり、流派に必要な連携する動きが出来なくなってしまうのだという。なのでそれを極めていくとどうしても筋肉の付き具合が、似てくるのはやむを得ない。そう言う意味では過去に恭平に惚れてた了としては、宏太に似ている部分に無意識に惹かれてしまったと言われても仕方がないかも。
同じような筋肉のつきかた…………ねぇ
この3人だけでなく時々鳥飼道場にやってくる真見塚成孝や宮内慶恭という人物達も還暦前後の歳だと聞いたが、了の目には歳も関係無く全体的に似た体型をしている。まぁ、道着の上から見て分かると言うのも限界が有るとは思うが、還暦間近の壮年男性が背筋をピンと伸ばして立つ姿をみれば中年太りとは全く縁がなさそうなのは分かると言うもの。
「宏太、あの人達って誰?結構来るよね?」
「あぁ、成孝さん達か?」
「時々来てるよね?あの人達。」
「ん、成孝さんは信哉の親父さんで、慶恭さんは恭平の親父さんだ。」
その宏太の周知の事実と言わんばかりに平然と放つ言葉に、隣で聞いていた了が一瞬の空白の後に顔には出さずに激しく戸惑ったのはいうまでもない。
んんん?真見塚成孝が鳥飼信哉の父親で、宮内慶恭が榊恭平の父親?
いや、鳥飼信哉の方はそうなんだーですませられる。それほど長い付き合いではないし、了は余り積極的な関わりというよりは宏太の家族的扱いだし。どちらかと言えば了は信哉より鳥飼梨央やベビーズとの方が仲がいいところを見ると、鳥飼家には了は言い換えれば性別は兎も角『嫁ポジション』なのだ。
それより了の知っている榊恭平は、母子家庭で既に母親を亡くした天涯孤独と記憶している。それなのに実は父親がまだ生きていて、同じく武術をやってますとは。しかも、一緒の道場で鍛練出来る間柄なの?思わずマジマジと見つめてしまうけれど、了と成田哲のような乾ききって乾物にもならない関係性ではなさそうだ。
「まぁ色々あったみたいだけどな、慶恭さんとこも。」
ちょっと待て。宏太は何故2人のことを名前で呼んでいるのだ?しかもあの宏太にしては、随分相手をたてるような呼び方なのも少し疑問だ。久保田惣一ですら呼び捨てとか愛称で呼ぶような宏太が、丁寧に『さん』付けで呼ぶなんて。
「…………昔同じ道場に通ってたんだよ。ガキの頃、信哉の爺さんの道場にな。」
なるほど。つまりは鳥飼信哉の祖父・千羽哉氏の鳥飼道場の門下生だった訳で、真見塚氏も宮内氏も宏太が習得したモノとはそれぞれ少し違うものをそれぞれが伝授されてもいるそうである。それにしても宏太は先に抜刀術を習えたのに、真見塚氏も宮内氏も他に棒術とか十手術なんてマニアックなモノは習得しているとか。それなのに二人は、抜刀術の免許皆伝に至れなかったのだと聞く。お陰で宏太にそれを伝授して欲しくて、ここにやってきてもいるというから宏太がここに通わなくなるにはまだまだ時間が必要そうだ。それにしてもそれらの全てを教える立場だった鳥飼千羽哉と言う人物は、一体どんな人間だったの?とつい問いかけてしまう。
「…………まぁ、千羽哉先生は人間枠じゃないからな。」
ポソリと宏太が苦い顔で珍しく言う時点で了的にもどんなだよと思うし、この街ってとんでもない人間ばかり住んでるんじゃなかろうかとも内心では思う。因みに真見塚氏と宮内氏は年齢は宮内氏の方が少し上だが、技能的には真見塚氏の方が兄弟子で収得したモノも多いとか。基本的には宮内氏は性格的にも少し内向的な面があって……と聞くと、そう言うところは恭平に少し似ているかもしれない。
「千羽哉先生がいない今じゃ、今の信哉と対抗できるのは、…………恭平か成孝さんくらいだな…………。」
「え?……宏太は?」
素直にそこに恭平の名前が並ぶのに少し驚く。大学時代の初対面で骨を折られたことはさておき、実際には大学の時の少し険のある恭平と今の恭平だと、今の恭平の方が穏健で柔らかい印象が強い。しかも三浦和希と直接対決して怪我無しで帰還してきた宏太が、自分をそこには歯牙にも掛けず交えないのにも驚く。その了の素直な驚きの言葉に、あからさまに宏太は眉を潜めて見えない視線を了に投げる。
「…………お前、俺はあんな化け物どもと並列だと言いたいのか?あ?」
知り合いや昔馴染みを化け物扱いもどうかと思うが、還暦前後の年齢でも体つきが似ていると感じるのは、多少収得の内容に違いはあるが同じ系統の流派をそれぞれが幼い頃から鍛練を重ね習得してきたかららしい。そういう意味では高校生で道場から離れた宏太は、他の面々と比較して全体的に筋肉質な感がある。少し余計な筋肉だけでなく、何処についているのか分からないが怠惰のための脂肪もあると宏太は言う。
「化け物って…………酷くない?」
「あれはな、人間枠じゃねぇんだよ。俺は相手をしたら死ぬ。自信がある。」
そこに恭平が入ってるの?と正直に問いかけると、入りかけだなと宏太は当然と言いたげに答えるのだ。そんなことを言われてしまうと大学の時肋骨2本で済んだ了は、誠にもって幸運なんじゃないだろうか。というか、そういう恭平を容易くやり込めてしまう榊仁聖も、実はかなり破格の人間なのでは?そう呟く了に宏太は苦笑いする。
「春仁さんも、ある意味で普通とはかけ離れた人だからなぁ…………。」
源川春仁は久保田惣一の昔からの知人でもある国際的な一級建築士だが、確かに少し普通の人とは言いがたい一面がある。鳥飼家のようなあからさまな武力を身に付けた人ではなかったそうだが、久保田から言っても非常に頭の良い人だったらしい。その癖何故か、本気で秘密基地を方々に作り歩くという特殊な嗜好の持ち主。
あの人を敵に回すとね、色々大変なことになるんだよね
そう言って久保田も宏太も遠い目で笑うのは、何かそれぞれに昔あったからのようだが2人はそれに関しては口を割らない。了も一度春仁の写真を見たことがあるがその顔立ちは今の仁聖そっくりで、性格もそっくりなのだと密かに久保田からは聞いている。そういう意味では、正に遺伝子恐るべし。了なんか両親のどちらにもちっとも似てない訳で、ある意味でそう言う親子関係って少し羨ましい気もする。ただし宏太としては、了が成田哲にも母親にも1ミリも似なくてとても満足らしい。
「…………信哉の方は父親とよく似てるけど、…………恭平はあんまり親父さんとは似てないんだな…………。」
「そうなのか?梨央から信哉は澪そっくりだと聞いてたがな。」
そうだった、ここにも別な遺伝子恐るべしがいた。鳥飼信哉の顔立ちは母親鳥飼澪に瓜二つだと言うのは、宏太の幼馴染みの面々から聞いていたし、宏太に言わせると鳥飼澪はその父親・千羽哉氏にそっくりだったそうだ。件の千羽哉先生は昔から紅顔の美丈夫。合気道の業界内では、その娘・澪と引けをとらないほどのとんでもない有名人だったらしい。お陰でその唯一の忘れ形見の信哉が表舞台に顔を出した途端、鳥飼千羽哉と鳥飼澪に心酔していた多くの面々が道場に鍛練の申し入れの雨を降らせている。それでもこうして父子が並んでみれば、確かに信哉と真見塚氏が父子なのが良く分かるもんなのだなと了は思う。(千羽哉氏の妻女に関しては余り表立って話しには上がらないが、妻女はどちらかと言えば可愛らしい方だった模様。梨央とは真逆だと宏太が言ったのに、梨央の容赦ない突っ込みが入ったのは言うまでもない。)
方や恭平の方は、言われると似てるかもとは思う程度でもある。恭平は母親似だと家に行ったことがある了は、良く似た顔立ちの母親の写真も見た事があるから言われなくともだ。
似てるから、どうこうって訳じゃないけどな
でもこうして他所の道場で、一緒になっても問題ないくらいの関係性ではあるのか。恭平の顔には不快感は浮かんでいないように見えるから、まぁそんな程度には安定した関係なのかとは思う。
まぁそんな事はさておきだ。まだ明らかに新たな門下生を受けていない筈の鳥飼道場には、宇野智雪の息子……宇野衛もやってきていたりもする。そしてそれ以外にも先程言った鍛練をと希望する電話では飽きたらず、直接やってくる者もいる訳で(そして大概そうやって飛び込んでくる奴らに限って、早々に吐き気を催すような状態になり倒れ込む。『何でなんだ?体力無さすぎじゃないか?』なんて平然としている信哉や恭平達を見ると、確かに既に恭平も宏太の言う人間枠を外れ初めているに納得だ。)
「こぉ、た…………や。」
「ふふ、ここは嫌か?ん?」
最近になって時折鳥飼信哉の道場に出向いてコンスタントに身体を動かすようになったから、元々筋肉質でもあった外崎宏太の身体に再びしなやかな筋肉を付け始めたのだ。お陰で年甲斐もなく一層肉体美に磨きがかかっているのに、目のみえない事もあるせいか残念ながら宏太自身は全くもって自分のことには無頓着でもある。
「じゃぁ、ここは?ん?」
「くふっう!んん、やぁ。」
「可愛いな、ここが良かったか?ん?」
実は街中を杖をつき歩いている宏太の姿に周囲が次第に慣れ始めていて、大通りでは地味に周囲から『ほら、あの盲目の人よ』と注目されてる。以前は気難しそうな障害者と遠巻きにされ続けてきた癖に、最近では体当たりしてきた子供なんかに『気をつけて歩けよ?ん?』なんて優しく甘く微笑みかけたりするものだから
やだ、ちょっと格好いいんじゃない?
紳士的で目が見えてないわりにスマートに動けて、しかも身なりもかなり裕福で。一緒に歩いている外崎了としては、その女性達の視線が一寸だけ鬱陶しく思えてくるようになりつつある。
何しろ『茶樹』は女性人気の店でもあるのだ。そんなあの店でマスターと旧知でもあり、和やかに鳥飼信哉をはじめとした無駄にハイレベルなイケメンズ達と遜色無く会話が出来ている宏太が目立たない筈もない。
お陰で盲目でありながら、あそこにいるイケメンの一人として周知され、密かな人気がひろまりはじめていたりする。だが、全くもって当人はそこら辺は気にもかけていないのだけが、ちょっと救いでもある辺りが情けない。反面宏太が何も気にもかけていないからこそ、周囲もチラチラ眺めていられるわけであって。
子供好きなのね、あの人
なんてヒソヒソ噂されているのは、宇野智雪の息子の宇野衛だけでなく同僚の菊池直人の息子の菊池奏多なんかにも宏太は割りと人気だからだ。狭山明良の甥っ子・高城光輝も何故か宏太を『海賊のおじさん』と呼んで懐いているし。というか、今更だがの宏太は表立っては子供なんか知るかと言う体ではあるが、実際のところはかなりの子供好きなんじゃないだろうか?何しろ久保田家や鳥飼家のベビーズにも人気で、人見知り無しのゼロ距離認定なんだけれども?なんて話しはさておき
「あ、ぅ……んんっ!ば、かぁ!」
その見事な身体を露にした宏太が自分の身体にかしずき丁寧な愛撫を施し続けているのを目に、されている方の了だって冷静ではいられない。言うまでもないことだけれど昼間の事で嫉妬したんだからと宏太に風呂場で濃厚でディープなベーゼに腰抜けされた了は、あっという間に更に本職の愛撫に骨抜きにされてベットに拐われてきた。そうして『俺が晴にしたことで嫉妬したんだもんな?』と上から妖艶に微笑みかけた宏太に当然の如く、大人しく寝ていて手を繋ぐだけで済ませる気なんか微塵もない。そんな程度で済ます気がある筈がない事くらい、言われなくても分かるけど。
なら、前の晩のもちゃんと、……タップリ……体験しとかないとな?
なんでそこ含みを持たせた?!そこは遠慮する!!と叫ぼうとしたが目の前で色気を駄々漏れにして、シィーと指先を肉感的な唇を押し当てた宏太に了が目を奪われたのは言うまでもない。
なんでもぉこんな……肉体美だよぉ……50前の癖にぃ
※※※
もし今宏太の身体に傷一つ無かったのならば。
その身体は、さぞかし彫刻のような見事な造形の身体だったに違いない。実際に過去の傷1つない姿の時には、何度も何度も了は密かに見惚れていた位だ。その身体は鍛え上げた筋骨隆々の肉体に有りがちな血管が奇妙に存在感を顕に隆起することもなく、今も傷の無い場所は滑らかでシットリとした艶のある肌をしている。古武術や合気道の道場を開く鳥飼信哉やそこで門下生になっている既知の榊恭平と良く似た、余計な筋肉は何一つつかない均整のとれた身体と四肢。こうして昔の記憶を辿れば宏太は、ずっと以前から彼らと似た体つきをしているのだと了も気がつく。
これに関しては恭平曰くだが、自分達が習得している流派では『そういう風にしか筋肉をつけられない』のだという。勿論武術としてある程度の動きをするために、どうしても筋肉は必要。しかし、少しでも余計な筋肉がつくと身体が重くなり、流派に必要な連携する動きが出来なくなってしまうのだという。なのでそれを極めていくとどうしても筋肉の付き具合が、似てくるのはやむを得ない。そう言う意味では過去に恭平に惚れてた了としては、宏太に似ている部分に無意識に惹かれてしまったと言われても仕方がないかも。
同じような筋肉のつきかた…………ねぇ
この3人だけでなく時々鳥飼道場にやってくる真見塚成孝や宮内慶恭という人物達も還暦前後の歳だと聞いたが、了の目には歳も関係無く全体的に似た体型をしている。まぁ、道着の上から見て分かると言うのも限界が有るとは思うが、還暦間近の壮年男性が背筋をピンと伸ばして立つ姿をみれば中年太りとは全く縁がなさそうなのは分かると言うもの。
「宏太、あの人達って誰?結構来るよね?」
「あぁ、成孝さん達か?」
「時々来てるよね?あの人達。」
「ん、成孝さんは信哉の親父さんで、慶恭さんは恭平の親父さんだ。」
その宏太の周知の事実と言わんばかりに平然と放つ言葉に、隣で聞いていた了が一瞬の空白の後に顔には出さずに激しく戸惑ったのはいうまでもない。
んんん?真見塚成孝が鳥飼信哉の父親で、宮内慶恭が榊恭平の父親?
いや、鳥飼信哉の方はそうなんだーですませられる。それほど長い付き合いではないし、了は余り積極的な関わりというよりは宏太の家族的扱いだし。どちらかと言えば了は信哉より鳥飼梨央やベビーズとの方が仲がいいところを見ると、鳥飼家には了は言い換えれば性別は兎も角『嫁ポジション』なのだ。
それより了の知っている榊恭平は、母子家庭で既に母親を亡くした天涯孤独と記憶している。それなのに実は父親がまだ生きていて、同じく武術をやってますとは。しかも、一緒の道場で鍛練出来る間柄なの?思わずマジマジと見つめてしまうけれど、了と成田哲のような乾ききって乾物にもならない関係性ではなさそうだ。
「まぁ色々あったみたいだけどな、慶恭さんとこも。」
ちょっと待て。宏太は何故2人のことを名前で呼んでいるのだ?しかもあの宏太にしては、随分相手をたてるような呼び方なのも少し疑問だ。久保田惣一ですら呼び捨てとか愛称で呼ぶような宏太が、丁寧に『さん』付けで呼ぶなんて。
「…………昔同じ道場に通ってたんだよ。ガキの頃、信哉の爺さんの道場にな。」
なるほど。つまりは鳥飼信哉の祖父・千羽哉氏の鳥飼道場の門下生だった訳で、真見塚氏も宮内氏も宏太が習得したモノとはそれぞれ少し違うものをそれぞれが伝授されてもいるそうである。それにしても宏太は先に抜刀術を習えたのに、真見塚氏も宮内氏も他に棒術とか十手術なんてマニアックなモノは習得しているとか。それなのに二人は、抜刀術の免許皆伝に至れなかったのだと聞く。お陰で宏太にそれを伝授して欲しくて、ここにやってきてもいるというから宏太がここに通わなくなるにはまだまだ時間が必要そうだ。それにしてもそれらの全てを教える立場だった鳥飼千羽哉と言う人物は、一体どんな人間だったの?とつい問いかけてしまう。
「…………まぁ、千羽哉先生は人間枠じゃないからな。」
ポソリと宏太が苦い顔で珍しく言う時点で了的にもどんなだよと思うし、この街ってとんでもない人間ばかり住んでるんじゃなかろうかとも内心では思う。因みに真見塚氏と宮内氏は年齢は宮内氏の方が少し上だが、技能的には真見塚氏の方が兄弟子で収得したモノも多いとか。基本的には宮内氏は性格的にも少し内向的な面があって……と聞くと、そう言うところは恭平に少し似ているかもしれない。
「千羽哉先生がいない今じゃ、今の信哉と対抗できるのは、…………恭平か成孝さんくらいだな…………。」
「え?……宏太は?」
素直にそこに恭平の名前が並ぶのに少し驚く。大学時代の初対面で骨を折られたことはさておき、実際には大学の時の少し険のある恭平と今の恭平だと、今の恭平の方が穏健で柔らかい印象が強い。しかも三浦和希と直接対決して怪我無しで帰還してきた宏太が、自分をそこには歯牙にも掛けず交えないのにも驚く。その了の素直な驚きの言葉に、あからさまに宏太は眉を潜めて見えない視線を了に投げる。
「…………お前、俺はあんな化け物どもと並列だと言いたいのか?あ?」
知り合いや昔馴染みを化け物扱いもどうかと思うが、還暦前後の年齢でも体つきが似ていると感じるのは、多少収得の内容に違いはあるが同じ系統の流派をそれぞれが幼い頃から鍛練を重ね習得してきたかららしい。そういう意味では高校生で道場から離れた宏太は、他の面々と比較して全体的に筋肉質な感がある。少し余計な筋肉だけでなく、何処についているのか分からないが怠惰のための脂肪もあると宏太は言う。
「化け物って…………酷くない?」
「あれはな、人間枠じゃねぇんだよ。俺は相手をしたら死ぬ。自信がある。」
そこに恭平が入ってるの?と正直に問いかけると、入りかけだなと宏太は当然と言いたげに答えるのだ。そんなことを言われてしまうと大学の時肋骨2本で済んだ了は、誠にもって幸運なんじゃないだろうか。というか、そういう恭平を容易くやり込めてしまう榊仁聖も、実はかなり破格の人間なのでは?そう呟く了に宏太は苦笑いする。
「春仁さんも、ある意味で普通とはかけ離れた人だからなぁ…………。」
源川春仁は久保田惣一の昔からの知人でもある国際的な一級建築士だが、確かに少し普通の人とは言いがたい一面がある。鳥飼家のようなあからさまな武力を身に付けた人ではなかったそうだが、久保田から言っても非常に頭の良い人だったらしい。その癖何故か、本気で秘密基地を方々に作り歩くという特殊な嗜好の持ち主。
あの人を敵に回すとね、色々大変なことになるんだよね
そう言って久保田も宏太も遠い目で笑うのは、何かそれぞれに昔あったからのようだが2人はそれに関しては口を割らない。了も一度春仁の写真を見たことがあるがその顔立ちは今の仁聖そっくりで、性格もそっくりなのだと密かに久保田からは聞いている。そういう意味では、正に遺伝子恐るべし。了なんか両親のどちらにもちっとも似てない訳で、ある意味でそう言う親子関係って少し羨ましい気もする。ただし宏太としては、了が成田哲にも母親にも1ミリも似なくてとても満足らしい。
「…………信哉の方は父親とよく似てるけど、…………恭平はあんまり親父さんとは似てないんだな…………。」
「そうなのか?梨央から信哉は澪そっくりだと聞いてたがな。」
そうだった、ここにも別な遺伝子恐るべしがいた。鳥飼信哉の顔立ちは母親鳥飼澪に瓜二つだと言うのは、宏太の幼馴染みの面々から聞いていたし、宏太に言わせると鳥飼澪はその父親・千羽哉氏にそっくりだったそうだ。件の千羽哉先生は昔から紅顔の美丈夫。合気道の業界内では、その娘・澪と引けをとらないほどのとんでもない有名人だったらしい。お陰でその唯一の忘れ形見の信哉が表舞台に顔を出した途端、鳥飼千羽哉と鳥飼澪に心酔していた多くの面々が道場に鍛練の申し入れの雨を降らせている。それでもこうして父子が並んでみれば、確かに信哉と真見塚氏が父子なのが良く分かるもんなのだなと了は思う。(千羽哉氏の妻女に関しては余り表立って話しには上がらないが、妻女はどちらかと言えば可愛らしい方だった模様。梨央とは真逆だと宏太が言ったのに、梨央の容赦ない突っ込みが入ったのは言うまでもない。)
方や恭平の方は、言われると似てるかもとは思う程度でもある。恭平は母親似だと家に行ったことがある了は、良く似た顔立ちの母親の写真も見た事があるから言われなくともだ。
似てるから、どうこうって訳じゃないけどな
でもこうして他所の道場で、一緒になっても問題ないくらいの関係性ではあるのか。恭平の顔には不快感は浮かんでいないように見えるから、まぁそんな程度には安定した関係なのかとは思う。
まぁそんな事はさておきだ。まだ明らかに新たな門下生を受けていない筈の鳥飼道場には、宇野智雪の息子……宇野衛もやってきていたりもする。そしてそれ以外にも先程言った鍛練をと希望する電話では飽きたらず、直接やってくる者もいる訳で(そして大概そうやって飛び込んでくる奴らに限って、早々に吐き気を催すような状態になり倒れ込む。『何でなんだ?体力無さすぎじゃないか?』なんて平然としている信哉や恭平達を見ると、確かに既に恭平も宏太の言う人間枠を外れ初めているに納得だ。)
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