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間章 ソノサキの合間の話
間話129.予感5
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それにしたってなぁ…………そろそろ俺だって30目前なんだし
何時ものごとく抱きかかえられつつ一緒に風呂に浸かり、丁寧に腕やら何やらをマッサージされていた外崎了は少しだけ苦笑いしながら上目遣いで見上げる。勿論了を抱きかかえているのは外崎宏太で、何時もと違うのは風呂にはいったのが事後ではなく事前であるということくらいか。少し2人でユックリ会話がしたかったのか、はたまた改めてコミュニケーションでもとりたくてスキンシップを図ろうとしたのか?理由は兎も角唐突だが2人で風呂に浸かりつつ、結果的には了が今日の午後不機嫌になった理由を改めて説明する羽目になった。
というのも昨夜宏太が突然に結城晴に『秘蔵の媚薬』なんてものを使用したが故に、晴は恋人狭山明良の無茶のお陰で今朝から熱を出してしまい、昼間は外崎邸に留め置かれたのである。午前中和室の炬燵に入っていた晴は、更に逆上せてしまい和室に布団を敷いて横になっていたのだが。物音がしなくなったなと何気なく歩み寄った了は、宏太が晴の手を握っていた姿を見せられる羽目になってしまった。
どんなんだよ?他所の男の手を握り見守ってるなんて?
どれだけ晴がお気に入りとは言え流石にそれはどうかと不機嫌になった了なのだが、宏太の方がそれには気がついていなかったため奇妙な食い違いを生じてしまった。まぁその後の事は兎も角、晴の手を握っていた宏太の姿をみたのが嫌だったというのは、宏太も了の言葉で理解しただろう。それにしても突然宏太が始めた『人魚姫』の話は少し…………というか、かなり了の想像を飛び越えていて、驚かずに入られないところだ。
「流石にさぁ……?」
「ん?」
人魚姫と言って想像されるのは、大概は絶世の美女もしくは海の泡となり消える運命の薄幸の美女。つまりどちらとしても造形の整った美しい女性を思い浮かべるわけだが、そう考えるとその美女が恋心を伝えることが出来なかった王子様の結婚相手は一体どんな美人なのだろうか。勿論浜辺で命を助けられたと思っているのだから恩義はあるのだろうけれど、綺麗な人魚姫でも振り向かせられない程王子様の心を惹き付けたもう一人のお姫様も大したものだ。なんて話はさておき人魚姫なんて言うだけあって、やはり人魚姫は女性であって。それを自分と重ねられて話されても、流石にどうかなと思うのは当然の話。
「男に人魚姫はなくない?」
「何でだ?」
「なんでって、そりゃ…………。」
こういうのは普通なら女に言うべきだろうけど、物語が物語だから『人魚姫』みたいと言われて喜ぶ女は余りいないかもしれない。どちらかと言えば王子様と結ばれる大団円のハッピーエンドの物語の主人公に例えて貰った方が喜びそうなものだ。とは言え宏太みたいな男女の性別にそれほど差を感じてないタイプの人間には、どう感じるものなのだろうか?でも、普通は人魚は姫であって王子ではないので、やはり女性な気がするのだが。
「だから……人魚姫って普通女性のことだろ?美人な、さ?」
「美人な、だろ?」
んんん、ヤッパリ何だか話が噛み合っていない。美人の事を話している、という認識だけは同じみたいだけれども。参ったなと内心思っていたら、肩越しの宏太が顎を肩に乗せてきて覗き込むようにして囁く。
「お前は昔から美人だぞ?ん?」
「は?」
「初めて出逢った時から、了は美人だ。」
突然宏太が更に訳が分からないこと言い出した?!何でか突然に途轍もなく勢いよくデレはじめた宏太に、了は正に一瞬で真っ赤に湯で上がってしまっていた。何言い出してんの?と慌てて湯船から出ようと踠く了に、宏太は何も不思議なことは言っていないという顔で一緒に立ちあがる。
「お前は最初に店に来た時から、美人で、可愛いヤツだったぞ?ん?」
初めてってのは性的にかなり奔放だった高校生の了が、了の方から誘いかけた片倉右京に連れられて『random face』に行った時の事。あの時の宏太は自分にそんな風に感じていたなんて微塵も思わせなかったし、その後も常に塩対応だったような気がする。まぁその後も猛アピールする了に宏太と来たら一向に靡く様子もなく甘えさせてくれたりはしなかった。けれど、それでも了は何とか関係をもとうと、宏太にセフレにしろと強請り続けて。そんな風にして宏太と了は、長年付かず離れずの関係性をずっと続けてきた。それが大きく変わったのは右京が死んで、宏太が大怪我をして目が見えなくなって、了自身が自堕落な生活で過ちを繰り返して。そんな様々なことの積み重ねの後に、突然宏太が人が変わったみたいに了を愛してるなんて言い出した訳で。
「も、もぉ!突然何言い出してんだよ!バカ、もぉ!」
「なんだ?嘘は言ってないぞ?ん?見惚れる美人で、それに可愛いかった。」
嘘だなんて言ってはいないけれど、何でまたこういう激しいデレ方をするようになったんだろうとは思う。元々こういう行動に出るような事もなければ、見ていて誰かにデレる男ではなかった。それに、さっきも言ったが宏太は初めて出逢ってから、何年も了には塩対応で来たのだ。
もぉ!何でかなぁ!!
いや、嬉しくない訳じゃない。好かれている愛されているのだと、こんな風にハッキリ言葉と態度で伝えられて嬉しくない筈がない。ただ宏太のデレは凄く嬉しいのだけれども、とんでもなく恥ずかしい。しかもデレってヤツはデレている当人は全くもって意図していないのだ。というのを、了は宏太がデレることで痛烈に思い知らされてしまった。ツンデレがこれ程までに世の中で持て囃されるのは、それが意図して行われるのではなく無意識の行動だからなのだろう。だってこれが意図してやるツンデレなのだとしたら、それはかなりあざとい。あざとすぎて人間不信になりそうだ。
「了…………。」
さっさと立ち上がり湯船から先に逃げようとした了を、宏太の指があっという間に捉えて腰を抱き寄せ逃げ場を奪うだけでなく唇まで奪ってしまう。駄目だと言おうとした吐息ごと全て一瞬でその唇で奪われ、火照った身体に濃密な湯気を纏いながら逃げ道を考える思考までドンドン奪われていく。スルリと手を包まれ、指を絡められ、腕の中に容易く繋ぎ止められてしまう。
「…………そうだ、晴にしたことで嫉妬したんだもんな?俺の可愛い了は。」
あ、なんだろう、なんか頭の片隅で嫌な予感がしている。こういう言い方をする宏太は、録でもない方向に物事を考えているに違いない。それでも抱き寄せられる宏太の腕の力強さは心地よくて、ついついそのまま了は身を任せてしまう。
ヤバい……これ、このままだと今日の晴が明日の自分の姿になりそう
そんなことを思いながらふと頭の片隅で『そういえば……』と気にかかっていることが閃くのを、了は無意識に感じ取っていた。
※※※
バチバチと音でもなりそうな程激しく瞬くネオンサインが、闇夜に煌めき辺りを照らし上げている。こんなに眩く輝く光があっては夜眠れなくなるのではと余計な心配をしてしまうが、この街の人間は余り夜眠らないようで街の通りには何時まで経っても数えきれない程の人が溢れている。
そして逆にその光の届かない裏路地は、墨で刷り込めたような射干玉の闇の底にヒッソリと変わり果てていた。幾つも幾つもそんな闇が街のそこかしこにあり、時にはその沼のような闇に何かが潜む事もある。そんな闇の中に居るモノは、大概は無害なものではない。だから、その闇に興味本位で触れてしまったら、下手をすると闇の底に引き摺りこまれてしまう。
人間ってものは、それを薄々知っていても闇に触れたがる…………
この街はある意味とても奇妙な街なのだと思う。闇の底がほんのすぐ傍に常に存在していて、そしてその中の本来なら日の下には出てこられない・陽射しに当たれない闇の住民達が、当然の顔で普通の人間を演じながら横行し暮らしている奇妙な街。しかもその人間を演じてきたモノ達は、長い年月の内に他の人間と完全に同化して違和感無く人間として過ごし続けている。そんな場所は普通ならゴーストタウンになってもおかしくない筈なのに、この国で育った勅使河原叡という男に言わせるとこの国にはこんな類いの街が山ほどあるという。
この国はね、そういうものが隣り合って暮らすのを容認した稀有な国なんだよ
世界には同じ様に闇のモノと共存を選択した国が、実は幾つか存在はする。それでもこの国ほど当たり前のようにそれを受け入れている国は珍しく、しかもそれは土着の人間の心の中に余りにも巧妙に上手く組み込まれていた。
まほろばとか、隠れ里とかね、そういうものを簡単に容認できてしまう
島国の癖に多くの山地や険しい谷間等で分断されるのが当然の集落、厳しい気候の変動や土着の習慣、そんなもので多様化する民族を異質とは受け取らない性質。そういうものが隣に居るものを、『そういう質のモノ』として受け入れたのだという。そういうものが混じりあって、時には遺伝子の変質で別な種族の方が強く表に出てきたりする人間もいる。それすら、その血筋にはたまにそういう人間が生まれるという一言で、簡単に納得させてしまうことの出来るこの島国の特殊性。
それがこんな主要都市の直ぐ傍でも……当然のように居る。
長くこの街に居着いて既に街の顔役なんてものをこなす血族に変わった奴らもいれば、街の裏側の社会を牛耳って生きてきたものもいるという。そしてそんなものに全く気がつかず、日々を平凡に凡庸に暮らす人間も当然山のようにいるのだ。その奇妙さを闇夜に上手く溶け込ませて、様々なモノが闊歩する奇妙な街。
何処もかしこもこの国は……ゴートだらけだ
人間とは少し違うモノを自分はゴートと呼ぶが、この国ではゴートのことを様々な呼び方をしているようだ。それは例えば妖怪とかお化けとか、個別のものでなければ怪異とか心霊とか都市伝説とか。
余りにも呼び方が広すぎて面食らう。
しかも、驚いたことに自分がゴート側なのだと全く知らないモノまで山のようにいるし、ゴートが子供を作って家族を持ってすらいるのだ。親子らしく手を繋ぎ歩くものの人間の親なのに子供だけがゴートなんてのもいるし、片親がゴートで双子の子供もゴートなのに妻は普通の人間なんて事もある。それなのにこの街は全く廃れる気配もなく、活気もあり誰もが普通にここで暮らす。とある孤島みたいな現実との境界線の酷く曖昧な街なのに、誰もがそれ普通の事と疑問すらもたずに受け止めているのだ。
あの島は誰もが、向こう側の闇やゴートに恐怖して逃げ惑ったのに…………
その長身の青年は眼鏡越しのブラウンの瞳をスウッと細めると、ここに自分が立っていてもまるで気にもしないこの街の人間を眺める。ある意味ではこの国は何処よりも稀有な気質を遺伝した特殊な民族で、唯一の共存を勝ち取った国なのだろう。
「ロウ。」
背後から声をかけてきたネオンサインに金に輝く輝く髪を結い上げたリリアーヌは、目映い光に照らされて天使のような微笑みで自分を見上げる。
リリアーヌ・オフェリア・フラウンフォーファの背後には言うまでもなく彼女の護衛でも執事でも友人でもあるヴァイゼが仮面のような顔で付き従い氷の視線で、彼にとっては一番邪魔物でもあるロウ・フォードを見据えていた。
「Mr.IwaoTojoの、情報は、難しいみたい。」
漢字で書くならば、『東条巌』。人名と言うヤツを日本語で発音するのは、リリアーヌには少し難しいのかもしれない。まぁ自分も日本語はそれほど堪能な訳ではないが、ここ数日知人である『ロキ』から大分日本語でスムーズに会話が可能な状態に引き上げて貰えている。話しはそれたが件の人物に自分達の元にあった『秘薬』を分け与えたのは、既存の現実と言う時間枠で言えば途轍もなく昔の事なのだ。それにしても過去の出来事がここまで長期の問題を引き起こしただけでなく、まさかこうして海渡った国で大きな問題になっているとはロウは全く思いもよらなかった。何しろ過去に『秘薬』を分け与えた当時は、こちら側の様々な場所で『秘薬』を研究して其々に何かに利用しようとしていたのだ。そして同時にそれが活用可能かどうかと聞かれれば、恐らくは無理だろうと思ってもいた。つまりロウ達は分け与えたものを使いこなせはしないだろうと高を括っていたのだ。事実多くがあの『秘薬』を無意味に消費し、全ては闇に葬られている。なのにこの国だけが他とは異なり永い年月『秘薬』を密かに研究し続け、別な方法で似たモノを生み出し、そしてまだ現代社会で波及しているとは知りもしなかった。
「ロキからの連絡は?」
「今のところは来てないわ。professorと、話しは?」
「まだだ。」
リリアーヌの言う教授とは言うまでもなく勅使河原叡の事で、彼の勤める大学の前身である教育施設に遥か昔に東条が在籍した過去があるのを最近になって突き止めたのは勅使河原自身だ。とは言え東条は専攻の学部も違うだけでなく、東条という人間が足跡を探すには年月が経ちすぎている。ならば東条の跡継ぎが何処かに存在するかと思いきや、それらしき人間は軒並み死んだり、つい最近になって記憶がなくなったやら。何やらキナ臭いことこの上ない。
「リリアーヌ様に余り危険なことはさせないで頂きたい、Knight of the shadow。」
「ヴァイゼ、Why would you say that?」
突然のようにリリアーヌの背後の青年が口を開いたが、そろそろそう言ってくるのは想定内だ。何しろヴァイゼにしてみれば、彼女がこの国にくるといいだしたのだけでも不満なのだから。
「I am very aware of that...お姫様に危険なことはさせないさ。」
周囲の誰もが白い吐息をつきながら歩きすぎていく中、まるで吐息を見せること無く低く呟いたロウの言葉に、3人の中では唯一真綿のような白い吐息を溢すリリアーヌだけが少し不満げに眉を潜めていたのだった。
何時ものごとく抱きかかえられつつ一緒に風呂に浸かり、丁寧に腕やら何やらをマッサージされていた外崎了は少しだけ苦笑いしながら上目遣いで見上げる。勿論了を抱きかかえているのは外崎宏太で、何時もと違うのは風呂にはいったのが事後ではなく事前であるということくらいか。少し2人でユックリ会話がしたかったのか、はたまた改めてコミュニケーションでもとりたくてスキンシップを図ろうとしたのか?理由は兎も角唐突だが2人で風呂に浸かりつつ、結果的には了が今日の午後不機嫌になった理由を改めて説明する羽目になった。
というのも昨夜宏太が突然に結城晴に『秘蔵の媚薬』なんてものを使用したが故に、晴は恋人狭山明良の無茶のお陰で今朝から熱を出してしまい、昼間は外崎邸に留め置かれたのである。午前中和室の炬燵に入っていた晴は、更に逆上せてしまい和室に布団を敷いて横になっていたのだが。物音がしなくなったなと何気なく歩み寄った了は、宏太が晴の手を握っていた姿を見せられる羽目になってしまった。
どんなんだよ?他所の男の手を握り見守ってるなんて?
どれだけ晴がお気に入りとは言え流石にそれはどうかと不機嫌になった了なのだが、宏太の方がそれには気がついていなかったため奇妙な食い違いを生じてしまった。まぁその後の事は兎も角、晴の手を握っていた宏太の姿をみたのが嫌だったというのは、宏太も了の言葉で理解しただろう。それにしても突然宏太が始めた『人魚姫』の話は少し…………というか、かなり了の想像を飛び越えていて、驚かずに入られないところだ。
「流石にさぁ……?」
「ん?」
人魚姫と言って想像されるのは、大概は絶世の美女もしくは海の泡となり消える運命の薄幸の美女。つまりどちらとしても造形の整った美しい女性を思い浮かべるわけだが、そう考えるとその美女が恋心を伝えることが出来なかった王子様の結婚相手は一体どんな美人なのだろうか。勿論浜辺で命を助けられたと思っているのだから恩義はあるのだろうけれど、綺麗な人魚姫でも振り向かせられない程王子様の心を惹き付けたもう一人のお姫様も大したものだ。なんて話はさておき人魚姫なんて言うだけあって、やはり人魚姫は女性であって。それを自分と重ねられて話されても、流石にどうかなと思うのは当然の話。
「男に人魚姫はなくない?」
「何でだ?」
「なんでって、そりゃ…………。」
こういうのは普通なら女に言うべきだろうけど、物語が物語だから『人魚姫』みたいと言われて喜ぶ女は余りいないかもしれない。どちらかと言えば王子様と結ばれる大団円のハッピーエンドの物語の主人公に例えて貰った方が喜びそうなものだ。とは言え宏太みたいな男女の性別にそれほど差を感じてないタイプの人間には、どう感じるものなのだろうか?でも、普通は人魚は姫であって王子ではないので、やはり女性な気がするのだが。
「だから……人魚姫って普通女性のことだろ?美人な、さ?」
「美人な、だろ?」
んんん、ヤッパリ何だか話が噛み合っていない。美人の事を話している、という認識だけは同じみたいだけれども。参ったなと内心思っていたら、肩越しの宏太が顎を肩に乗せてきて覗き込むようにして囁く。
「お前は昔から美人だぞ?ん?」
「は?」
「初めて出逢った時から、了は美人だ。」
突然宏太が更に訳が分からないこと言い出した?!何でか突然に途轍もなく勢いよくデレはじめた宏太に、了は正に一瞬で真っ赤に湯で上がってしまっていた。何言い出してんの?と慌てて湯船から出ようと踠く了に、宏太は何も不思議なことは言っていないという顔で一緒に立ちあがる。
「お前は最初に店に来た時から、美人で、可愛いヤツだったぞ?ん?」
初めてってのは性的にかなり奔放だった高校生の了が、了の方から誘いかけた片倉右京に連れられて『random face』に行った時の事。あの時の宏太は自分にそんな風に感じていたなんて微塵も思わせなかったし、その後も常に塩対応だったような気がする。まぁその後も猛アピールする了に宏太と来たら一向に靡く様子もなく甘えさせてくれたりはしなかった。けれど、それでも了は何とか関係をもとうと、宏太にセフレにしろと強請り続けて。そんな風にして宏太と了は、長年付かず離れずの関係性をずっと続けてきた。それが大きく変わったのは右京が死んで、宏太が大怪我をして目が見えなくなって、了自身が自堕落な生活で過ちを繰り返して。そんな様々なことの積み重ねの後に、突然宏太が人が変わったみたいに了を愛してるなんて言い出した訳で。
「も、もぉ!突然何言い出してんだよ!バカ、もぉ!」
「なんだ?嘘は言ってないぞ?ん?見惚れる美人で、それに可愛いかった。」
嘘だなんて言ってはいないけれど、何でまたこういう激しいデレ方をするようになったんだろうとは思う。元々こういう行動に出るような事もなければ、見ていて誰かにデレる男ではなかった。それに、さっきも言ったが宏太は初めて出逢ってから、何年も了には塩対応で来たのだ。
もぉ!何でかなぁ!!
いや、嬉しくない訳じゃない。好かれている愛されているのだと、こんな風にハッキリ言葉と態度で伝えられて嬉しくない筈がない。ただ宏太のデレは凄く嬉しいのだけれども、とんでもなく恥ずかしい。しかもデレってヤツはデレている当人は全くもって意図していないのだ。というのを、了は宏太がデレることで痛烈に思い知らされてしまった。ツンデレがこれ程までに世の中で持て囃されるのは、それが意図して行われるのではなく無意識の行動だからなのだろう。だってこれが意図してやるツンデレなのだとしたら、それはかなりあざとい。あざとすぎて人間不信になりそうだ。
「了…………。」
さっさと立ち上がり湯船から先に逃げようとした了を、宏太の指があっという間に捉えて腰を抱き寄せ逃げ場を奪うだけでなく唇まで奪ってしまう。駄目だと言おうとした吐息ごと全て一瞬でその唇で奪われ、火照った身体に濃密な湯気を纏いながら逃げ道を考える思考までドンドン奪われていく。スルリと手を包まれ、指を絡められ、腕の中に容易く繋ぎ止められてしまう。
「…………そうだ、晴にしたことで嫉妬したんだもんな?俺の可愛い了は。」
あ、なんだろう、なんか頭の片隅で嫌な予感がしている。こういう言い方をする宏太は、録でもない方向に物事を考えているに違いない。それでも抱き寄せられる宏太の腕の力強さは心地よくて、ついついそのまま了は身を任せてしまう。
ヤバい……これ、このままだと今日の晴が明日の自分の姿になりそう
そんなことを思いながらふと頭の片隅で『そういえば……』と気にかかっていることが閃くのを、了は無意識に感じ取っていた。
※※※
バチバチと音でもなりそうな程激しく瞬くネオンサインが、闇夜に煌めき辺りを照らし上げている。こんなに眩く輝く光があっては夜眠れなくなるのではと余計な心配をしてしまうが、この街の人間は余り夜眠らないようで街の通りには何時まで経っても数えきれない程の人が溢れている。
そして逆にその光の届かない裏路地は、墨で刷り込めたような射干玉の闇の底にヒッソリと変わり果てていた。幾つも幾つもそんな闇が街のそこかしこにあり、時にはその沼のような闇に何かが潜む事もある。そんな闇の中に居るモノは、大概は無害なものではない。だから、その闇に興味本位で触れてしまったら、下手をすると闇の底に引き摺りこまれてしまう。
人間ってものは、それを薄々知っていても闇に触れたがる…………
この街はある意味とても奇妙な街なのだと思う。闇の底がほんのすぐ傍に常に存在していて、そしてその中の本来なら日の下には出てこられない・陽射しに当たれない闇の住民達が、当然の顔で普通の人間を演じながら横行し暮らしている奇妙な街。しかもその人間を演じてきたモノ達は、長い年月の内に他の人間と完全に同化して違和感無く人間として過ごし続けている。そんな場所は普通ならゴーストタウンになってもおかしくない筈なのに、この国で育った勅使河原叡という男に言わせるとこの国にはこんな類いの街が山ほどあるという。
この国はね、そういうものが隣り合って暮らすのを容認した稀有な国なんだよ
世界には同じ様に闇のモノと共存を選択した国が、実は幾つか存在はする。それでもこの国ほど当たり前のようにそれを受け入れている国は珍しく、しかもそれは土着の人間の心の中に余りにも巧妙に上手く組み込まれていた。
まほろばとか、隠れ里とかね、そういうものを簡単に容認できてしまう
島国の癖に多くの山地や険しい谷間等で分断されるのが当然の集落、厳しい気候の変動や土着の習慣、そんなもので多様化する民族を異質とは受け取らない性質。そういうものが隣に居るものを、『そういう質のモノ』として受け入れたのだという。そういうものが混じりあって、時には遺伝子の変質で別な種族の方が強く表に出てきたりする人間もいる。それすら、その血筋にはたまにそういう人間が生まれるという一言で、簡単に納得させてしまうことの出来るこの島国の特殊性。
それがこんな主要都市の直ぐ傍でも……当然のように居る。
長くこの街に居着いて既に街の顔役なんてものをこなす血族に変わった奴らもいれば、街の裏側の社会を牛耳って生きてきたものもいるという。そしてそんなものに全く気がつかず、日々を平凡に凡庸に暮らす人間も当然山のようにいるのだ。その奇妙さを闇夜に上手く溶け込ませて、様々なモノが闊歩する奇妙な街。
何処もかしこもこの国は……ゴートだらけだ
人間とは少し違うモノを自分はゴートと呼ぶが、この国ではゴートのことを様々な呼び方をしているようだ。それは例えば妖怪とかお化けとか、個別のものでなければ怪異とか心霊とか都市伝説とか。
余りにも呼び方が広すぎて面食らう。
しかも、驚いたことに自分がゴート側なのだと全く知らないモノまで山のようにいるし、ゴートが子供を作って家族を持ってすらいるのだ。親子らしく手を繋ぎ歩くものの人間の親なのに子供だけがゴートなんてのもいるし、片親がゴートで双子の子供もゴートなのに妻は普通の人間なんて事もある。それなのにこの街は全く廃れる気配もなく、活気もあり誰もが普通にここで暮らす。とある孤島みたいな現実との境界線の酷く曖昧な街なのに、誰もがそれ普通の事と疑問すらもたずに受け止めているのだ。
あの島は誰もが、向こう側の闇やゴートに恐怖して逃げ惑ったのに…………
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「ロウ。」
背後から声をかけてきたネオンサインに金に輝く輝く髪を結い上げたリリアーヌは、目映い光に照らされて天使のような微笑みで自分を見上げる。
リリアーヌ・オフェリア・フラウンフォーファの背後には言うまでもなく彼女の護衛でも執事でも友人でもあるヴァイゼが仮面のような顔で付き従い氷の視線で、彼にとっては一番邪魔物でもあるロウ・フォードを見据えていた。
「Mr.IwaoTojoの、情報は、難しいみたい。」
漢字で書くならば、『東条巌』。人名と言うヤツを日本語で発音するのは、リリアーヌには少し難しいのかもしれない。まぁ自分も日本語はそれほど堪能な訳ではないが、ここ数日知人である『ロキ』から大分日本語でスムーズに会話が可能な状態に引き上げて貰えている。話しはそれたが件の人物に自分達の元にあった『秘薬』を分け与えたのは、既存の現実と言う時間枠で言えば途轍もなく昔の事なのだ。それにしても過去の出来事がここまで長期の問題を引き起こしただけでなく、まさかこうして海渡った国で大きな問題になっているとはロウは全く思いもよらなかった。何しろ過去に『秘薬』を分け与えた当時は、こちら側の様々な場所で『秘薬』を研究して其々に何かに利用しようとしていたのだ。そして同時にそれが活用可能かどうかと聞かれれば、恐らくは無理だろうと思ってもいた。つまりロウ達は分け与えたものを使いこなせはしないだろうと高を括っていたのだ。事実多くがあの『秘薬』を無意味に消費し、全ては闇に葬られている。なのにこの国だけが他とは異なり永い年月『秘薬』を密かに研究し続け、別な方法で似たモノを生み出し、そしてまだ現代社会で波及しているとは知りもしなかった。
「ロキからの連絡は?」
「今のところは来てないわ。professorと、話しは?」
「まだだ。」
リリアーヌの言う教授とは言うまでもなく勅使河原叡の事で、彼の勤める大学の前身である教育施設に遥か昔に東条が在籍した過去があるのを最近になって突き止めたのは勅使河原自身だ。とは言え東条は専攻の学部も違うだけでなく、東条という人間が足跡を探すには年月が経ちすぎている。ならば東条の跡継ぎが何処かに存在するかと思いきや、それらしき人間は軒並み死んだり、つい最近になって記憶がなくなったやら。何やらキナ臭いことこの上ない。
「リリアーヌ様に余り危険なことはさせないで頂きたい、Knight of the shadow。」
「ヴァイゼ、Why would you say that?」
突然のようにリリアーヌの背後の青年が口を開いたが、そろそろそう言ってくるのは想定内だ。何しろヴァイゼにしてみれば、彼女がこの国にくるといいだしたのだけでも不満なのだから。
「I am very aware of that...お姫様に危険なことはさせないさ。」
周囲の誰もが白い吐息をつきながら歩きすぎていく中、まるで吐息を見せること無く低く呟いたロウの言葉に、3人の中では唯一真綿のような白い吐息を溢すリリアーヌだけが少し不満げに眉を潜めていたのだった。
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