鮮明な月

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間章 ソノサキの合間の話

間話128.全然ついていけてない

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外崎邸の広々としたリビングのソファの上、いまここにいるのは外崎宏太と外崎了の2人きり。昨夜の騒動のため已む無く今夜も外崎邸に宿泊となった結城晴と狭山明良には、早々に風呂を使わせて『今夜は大人しく!』と厳命しゲストルームに押し込んだ。まぁもし今夜も2人が罷り間違って事に及んだとしても、ゲストルームの中の今夜の出来事に関しては彼らの自己責任で済ませようと思う次第。
そしてリビングに2人きりになって、宏太が了の機嫌を何とかとりなそうとしているのは言うまでもない。了としては寸前まで怒っていた筈なのに、宏太の膝の上に乗せられ何度もあやすように『悪かった』と囁き口付けられて、あっという間に絆されそうになってもいた。結局は今回の原因と言えば宏太がこれ迄と大きく変わってしまったせいと、晴が持つ人のパーソナルスペースを無視して相手に近づけてしまう特異な性質。そのせいで宏太がまるで意識せずに熱をだして傍に寝ていた晴に寄り添っていたのを、了は目の当たりにしてしまったのが嫌だったのだ。そんな子供染みた嫉妬に近い感情で、これ迄と違い他人とも接するように変わってきた宏太を不服に思うのはどうなのかとは思う。それでも普段の仲良く子供の喧嘩みたいに話している位なら平気で見ていられても、宏太の手を握ったまま眠っている晴にそっと寄り添う宏太の姿なんて見せつけられて我慢なんか無理だ。

「嘘つき…………全然俺が……何が、やなのか……分かってない、癖に。」

そして了の言葉の通り宏太は了が嫌な気分になったことは察していても、何がそうしたのか何が嫌だったのか迄は一向に気がついていないのだ。何故ならこう不貞腐れても、宏太は何がその原因なのかまだ思い付いていない。もし宏太の目が見えているのならば、宏太の手を握っている晴の傍に黙って座る宏太の姿をみた瞬間に了の表情があからさまに不機嫌になったのが宏太にだってちゃんと見えていた筈だ。

でも宏太には、見えない。どうしても、見えない。

もしかしてあの時の宏太としては、夢現に手を握ってきた晴の様子を心配して伺っていただけなのかもしれない。その可能性があると分かっていて何も聞かずに歩み寄って、晴と宏太の手を振り払ったのは了だ。そしてそれが咄嗟のことで、それ以上何も言わなかったし、了はその後も宏太に何も状況を聞こうとしなかった。

でもあの姿を見たのが、嫌だったのは嫌だったのだ。

理由を聞けば納得できる理由なのかもしれないけれど、その光景自体が嫌なものだったのだから理由に納得出来ても嫌なのは変わらない。そして同時に了が本当に嫌だったのなら、嫌だと宏太に伝えないと宏太はきっとずっと何が嫌なのか分からないまま。

「そうか?なら、教えて貰う。お前が何が嫌だったか……な?」

スルリと膝の上のまま抱き上げ立ち上がった宏太がそう言うのに素直に頷くのではなく、ほらみろと思わず了は不機嫌に頬を膨らませる。ヤッパリ宏太は了が嫌な気分になったというところ迄は空気で察したのだけれど、何が一番嫌だったのか迄は分かってない。だから教えろと正直に口にした宏太に、逆に了は少しだけ内心で安堵してしまう。分からないから教えろと言う方が宏太らしいのだし、こうやって素直に問いかけてくるのも自分だけなのも分かっているから。そう思うことで少しだけ『俺だけの宏太』と、安心してしまう嫉妬深い自分がいる。

「ほんと、狡い。宏太のバカ。」
「ん、お前が嫉妬したってのは、分かったぞ?…………可愛いヤツだな。」

そうじゃねぇしとどんなに不貞腐れた声で呟いてみても、答えは宏太が言う通り。そして晴との何かに了が嫉妬したという事実に、宏太は少しだけだが嬉しそうに見えもする。それに気がついた了が何だよとどんなに腕の中から更に不満を投げつけても、どことなくニヤニヤしている宏太は幸せそうに微笑んでいて全く嫌味も効果がないのだ。そうしてサッサと連れ込まれたのは普段ならベッドルームな筈なのに、今夜に限っては宏太の脚が向いたのは未だ湯気のくゆる風呂場。

「………………何で風呂?話し合いなら向こうの方がよくない?」
「…………ん?」

何気なく了の問いかけを宏太は疑問符で反らして聞き流し、あっという間に了の服をひっぺがして抱き上げたまま掛け湯までしてノンビリとジャクジーを動かして風呂に浸かる有り様だ。

「こういうのも、まぁいいだろ?ん?」

そう言われると割合事後に風呂に一緒に入る機会は多いけれど、何だかんだと何もしないうちにユッタリと2人で風呂に浸かるのは珍しいかもしれない。何しろ普段は家事を一手に担う了は宏太が風呂に入っている間に、未だ色々と洗濯とか他の家事をしていたりする事も多い。それに何度も言うが先にシャワーをそれぞれ浴びておいて、まぁ色々いたして後から2人で風呂に入るようなパターンの方がわりと多かったりするのだ。
腕の中に囲われながら湯船に浸かり宏太の事を見上げると、外の空気に面したジャクジーに肩まで浸かり、冷たい冬の外気に白く煙るような吐息を吐き出しながら宏太の指がスルリと湯の中で了の腕をなぞる。そしてまるでユックリと撫でるように滑るように、宏太の指がヤワヤワと了の腕を揉み始めている。どうやら宏太としては風呂に浸かりながらスキンシップを図るつもりなのか、了は脚の間に座らされ大人しく宏太のすることを眺めていた。

「昔……ガキの頃…………。」

唐突に子供の頃を話し始めた宏太に珍しいなと了は腕を揉まれながら背を預け、宏太はその力の抜け具合を確認したみたいに更に話を続ける。宏太がそんな話をするのはわりと珍しく、幼い頃幼馴染みの面々とよくある童話の話をしたのだという話をポツリポツリと話し始める。それは誰もが子供の時に1度か2度は聞く筈の童話で、子供に聞かせるにはホンの少し報われない悲恋の物語。

「人魚姫ってヤツだ、聞いたことあるだろ?ん?」
「っていうか、宏太の口から『人魚姫』って出た方が驚く。」
「まぁ、そこらはおいとけ。どんな話かは分かるか?ん?」

誰もが聞いたことのある人魚姫という物語。事の発端は嵐の海に落ちた王子様を助けた人魚姫が、その王子様に恋をすることから始まる。王子様を浜辺まで運んで助けた人魚姫は王子様の事が忘れられず、魔女と取引をして美しい声と引き換えに人間の足を手にいれ恋する王子様のもとに辿り着いた。でも声を失った人魚姫は自分が海に落ちた王子様を助けたのだと話すことが出来ない。そして既に王子様は自分を浜辺で助けたという別な姫君と恋に落ちて、結婚することになっていた。
そうして恋心を伝えることも出来ず、恋の叶わないまま遂に王子様の結婚式の夜。
このままでは朝日と共に海の泡になって消えてしまうと人魚姫は、人魚の仲間達から伝えられたのだった。人魚姫は仲間達から王子様を殺して海に戻ってくるようにと、短剣を手渡される。
この後の最後は最近では微妙に違うものも出ているという話なのだが、宏太の知っている物語は人魚姫は結局は王子様を殺すのは諦め、自ら日の光に当たり海の泡になって消えていくという話だ。

「ん、知ってるけど……?」

唐突にどうしたのだろうと思ったら、宏太は何処かほろ苦い笑みを強いて見せる。どうやら宏太は幼馴染みの面々と、人魚姫の話になったことを話ながら思い出しているようだ。

「あれの最後がな……俺にはいまいち納得できなくてな。」
「人魚姫の最後?」
「あぁ。何で自分が泡になって消えちまうのを選ぶんだ?俺には今もそこんとこは納得できないし、納得できるなんて思ってもいない。」

何でそんな話?と少しだけ了としては思うけれど、まぁ確かに宏太の性格では人魚姫の選択は納得できないものだろう。何で自分が幸せになろうとしないんだろうと子供心にも疑問で、仕方がなかったらしい。

「何でなんだ?と他の奴らに聞いてみてな…………。」

そう宏太は問いかけ、その当時の他の幼馴染みはそれぞれが違う答えを出したのだと話を続けた。
遠坂喜一は、真っ先にそれが王子様のためだから人魚姫の選択は最良で仕方がないと言った。四倉梨央は最後の選択は仕方がないが、そんなことなら最初から人魚姫は声を失わない別な方法で会いに行けばよかったのだし、何としても王子様に気持ちを伝える方法を探すべきだと言った。藤咲信夫は、そんなことになるくらいなら最初から王子様を助けなければよかったといい、もし人命救助と王子を助けても2度と会いに行かなければよかったのだと言った。つまり喜一と梨央は泡になって消えるのは仕方がないといい、信夫は物語の発端からなければよかったのだと言ったのだ。そしてどちらかと言えば宏太は信夫の考えの方が理解できて、自分の利にならなければ接触しなければいいのにと思ったのだった。

「ふふ、まぁ宏太らしい、かな。」
「だろうな。」

自分でもそう思うと宏太は、湯の中でユルユル了の肩を揉みながら呟く。
そして幼馴染みの一人・鳥飼澪は暫く考えてから、泡になってしまったのだから人魚姫は不幸なのだとは自分は思わないかもと答えたのだ。

ここにいなくなったとしても、人魚姫は泡になって傍にいるんでしょう?

泡になったら何もかもなくなると思っているのは自分達の勝手な想像だものと澪は答えて、それには宏太も他の3人もなるほどと関心もしていたのだという。それにしても何で今この話?と了が宏太を見上げると、宏太は何となく言葉にしにくそうにポツリと呟く。

「時々、お前が何も言わずに尽くしてくれるのが、その…………。」
「ん?」
「人魚姫みたいだと……思う。」

はぁ?と思わず声を上げてしまう了に、宏太は時々だと慌てて言葉を繋ぐ。それでも何だそれは?と思う了の呆れた顔に、宏太はいつになくあわてふためいて言わなきゃ良かったと思っているのは明らかだった。けれど良く良く聞けば宏太に言わせると、了は不意に妖精とか何かみたいにフワリと宏太の前に降りてきて、宏太に沢山色々なモノを分け与えてくれる。それが不意に当然人魚姫のように泡になって消えてしまいそうで、時々不安にもなるというのだ。

「…………突拍子なくて、宏太の話に全然ついてけてない、俺。」
「ぅ…………、分かってる、変なこと言い出したのは。」
「酔ってる?」
「酔ってない……何時も時々頭を過ってただけだ……。」

自分でもおかしな感覚と分かっているが、これ迄もふとこの話が頭を過っていたのだと宏太はいう。時折頭の中で繰り返し鳥飼澪を初めとした面々の笑顔と言葉を思い浮かべるというが、ヤッパリどうしても宏太にしてみたらこの話は澪の言葉には同意できないという感情だけか後味悪く脳裏に残る。そして同時に幸せだと感じる今が、泡のように突然に消えてしまうのではと不安に包まれるのだ。

「納得したんじゃないの?泡になっても……?」
「それはそう言う考えかたもあるんだなって…程度で。……………俺がそれに納得出来るわけじゃない。」

んん?それならこれは一体何の話な訳?了の気配がそう問いかけているのに気がついたのか、宏太は更に言葉を詰まらせながら何とか上手く伝えたいことを伝えようと必死になっている。

「ただ、その…………俺は泡になって消えても幸せとは思えない人間だ…………から、了にはもっと…………。」

宏太が何がいいたいのか、何となくだけど分からなくもない気がしてきた。つまりはスッゴク回りくどいけど、思ったことを飲み込むなと言いたいわけで。不満があるならちゃんと言えと言いたいのだろう。人魚姫みたいに我慢して思いや飲み込んで、やがて泡になって消えてしまわないように。

「ばぁか…………そんなこと、しない。」

呆れたように了が呟くのに、宏太はそうか?と顔を覗き込むようにしてくる。全くもって鈍感なんだか繊細なんだかと了は、呆れ顔で腕をなぞる宏太の指を捕まえ指を絡めて握りこむ。

「お前……俺の男なんだからな。」
「んん?」
「人が見てないとこで、他の男の手なんか握ってんじゃねぇよ。バカ。」

その言葉にやっと宏太は了が何に怒り続けていたのか分かったようで、僅かに眉を上げてからフワリと笑みに変わる。笑うなと了が不機嫌そうに言いはなったのにすら、ヘラリと幸せそうに笑って見せるのに了は不満そうに頬を膨らませてしまう。宏太にしてみたら他愛のない嫉妬にしか思えてないのだろうけれど、これを繰り返されるなんて御免だと呟く了に宏太は辛めあった指を少し力をいれて握りしめる。

「…………そうだな、俺も同じ場面にぶち当たったら、我慢できないな。」

そう柔らかな声で宏太に耳元で囁かれたのに、そんならもうするなと了はホンノリ頬を染めて俯き呟く。




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