鮮明な月

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間章 ソノサキの合間の話

間話117.甘え方を教えて。2

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「あれ?誠さんだけ?」

玄関先に現れ驚いたような声を上げたのは何時もの如く差し入れタッパーとケーキの箱をお土産にした榊仁聖で、言うまでもなくここは邑上誠と邑上悠生が2人で暮らす家だ。そろそろ家事にも慣れてきた悠生にはもう差し入れは必要ないかもしれないけれど、実際にはこの差し入れは仁聖だけの気持ちではなく事務所の社長の藤咲信夫が悠生のことを心配していて『行ってこい』と指令が下されていたりもする。そんな訳で仕事を一定期間休むことにしている悠生が、恐らく復帰するまではこの訪問は続けられるのだろうと仁聖は思っている。
そうして定期的にここを訪れるお陰で仁聖に、すっかり人見知りの誠も慣れてしまったので、今日もインターホンの画像で仁聖だと確認した誠が鍵と扉を開けてくれたのだ。本来なら他人を家にいれないことと言われている筈だろうけれど……とは思うが、開けてくれたものは仕方がない。

「ゆうき、ちょっと出てくるって……。」

何しろ上り框も誠が通りやすいように殆ど大きな傾斜はないのだし、玄関のドアノブも手で握る形ではないバータイプなのだ。だからこそまだまだ手の不自由な誠でも開けられてしまうとも言える。そう言う意味では誠のリハビリの方も順調以上に早く回復しているから、悠生の仕事復帰もそれ程先のことでは無さそうである。まぁ悠生が誠をどれくらい一人に出来るかという点では、まだまだ問題はありそうだけれど。

「あ、そうなんだ。誠さん、お留守番ご苦労様。」
「うん、ちゃんとしてる、よ。」

最近の誠は家の中なら自由にこうして活動できるようになりつつあるし、普段は人見知りなので知らない相手にはインターホンを見ても絶対に反応も返答もしないのはわかっている。それに仁聖が通う前から悠生がちょっと何か買い物の時には、こうして一人で留守番もしていたから短時間なら一人で居るのにはそれ程の問題ではない。

「おかしいなぁ、この時間って言っておいたけど。」
「そなの?でも、いつものじかん。じんせ、だと思った。」

それにしてもこの時間に家に行くからとLINEしておいた筈なのにとスマホの画面に視線を落とすと、LINEの画面が既読にもなっていない有り様だ。誠の言う通り仁聖がここを訪れるのは大概曜日も同じだし時間的にも同じ時間に来ているからとは言え、一応連絡したつもりでも相手が見ていないのまでは想定していなかった。

「悠生、何か忙しそうだった?誠さん。」
「ん?わからない……電話してたけど。」

そうなんだ?と返した仁聖が当然みたいに入っても良い?と問いかけるのに、誠は素直に頷いてから器用に車椅子をその場で反転させている。随分スムーズに車椅子動かせるようになったと褒めると、嬉しそうに誠は笑って頑張ってると胸を張った。

「最近は他に何してるの?誠さん。」
「リハビリ、と、読書。あと、ゲーム。」
「え?ゲームするの?!」

指のリハビリだとゲーム機のコントローラーを操作しているのだと辿々しく説明して誠が、指をコントローラーを握る仕草をして見せる。ここにも当然のようにゲーム機かぁと目を丸くする仁聖に向かって誠は賑やかに『結構うまい。』とドヤ顔をして見せ、じゃ今度対戦してみなきゃと返す仁聖に頷き笑う。まぁ確かに指先でそれぞれのボタンを押したりするのは、指先を動かすのが上手く出来ない誠には良いリハビリの一貫なのだろう。

「後で悠生には言うけど、冷蔵庫に物いれて良い?誠さん。」
「いい、よ。なに作ってきたの?」

何度も顔を会わせて料理を作ってきてくれるのにも馴染んでしまったのか、まるで警戒することもない様子で車椅子を動かし、リビングに向かう誠に仁聖はこれも悠生が拗れる原因だったりしてと思わなくもない。とは言え仁聖にしてみたら悠生の大事な人程度にしか思ってないのは事実だし、悠生が日々一人で悶々しながら家事に苦悩するのも心配なのだ。そういうタイプだとは実は思ってなかったけれど、悠生は真面目で必死に誠のために尽くしている。それを見ているとどうしても以前の自分が頭に過る仁聖としては、少し助けてやりたくなってしまうのだ。テキパキとタッパーに詰めてきた食材を引き出し並べていく仁聖の横に、キュルキュルと車輪を微調整して誠が覗き込んでくる姿は子供っぽくてあどけないとは思う。

「これ、なに?」
「ホウレン草ね。茹でてあるから、味付けは食べる時に悠生にしてもらってね。食べきれないのは冷凍保存しておくといいよ。」
「なにだと、美味しい?」
「このままなら胡麻和えとかマスタードマヨとか?後は色々調理。」

胡麻和えがいい……と呟く誠は、基本的には和風の味付けが好みなのはもう仁聖にも分かっている。悠生には既に和食レシピは教えているから、それ程手間なく胡麻和えくらいは今なら作れるだろう。それにしても正直この反応とかを見てこれで甘えてないとか言われても、それってどうなんだろう?とは思う。これで誠が甘えていないとか言われると、恭平なんか塩対応と言われても可笑しくない気がしてしまう。

「それは?」
「これは鳥つくね。肉団子みたいなのだから、甘辛に味付けしても良いしスープに浮かしてもいいよ。」

子供みたいに素直にそっかぁと反応している誠と接していると、実際は仁聖よりもかなり歳上なのはちゃんと知っているけれど、下手なことをいうと弟とかそんな風にも感じる位だ。それでも甘えて欲しいって悠生があれ程までに思うのは、どこら辺のことを言っているものなのか。まぁそんなことを思うって言うことは、悠生が自分が誠に甘えられて貰えないと思っているのは言われなくてもわかる。何しろ仁聖もそんな風にずっと恭平に思い続けていて、何とか自分が大人になれば恭平に甘えて貰えると思っていたのだから。

「ねぇ、誠さん。」
「ん。」

並べられていくタッパーを興味津々で覗き込んでいる誠が、名前を呼ばれて見上げてくる。その先にあった少し青味がかった仁聖の瞳が真っ直ぐに自分を見つめているのに気がついて、誠は少しだけ驚いたように目を丸くした。

「悠生は誠さんにもっと甘えて欲しいんだって。」
「ふぁ?!」
「俺としては、わりと甘えてくれてるように見えてるけどね。悠生はもっともっと甘えて欲しいみたい。」

その言葉の意味が飲み込めてきたのか、目の前でブワブワッと誠の顔が見る間に真っ赤に染まっていく。仁聖に悠生がそう言うことを相談しているというのと、甘え下手な誠にしたらこれ以上どうやって甘えたら良いかわからないと思っているのだろう。何しろ恭平だって仁聖がもっと甘えてと強請ったら、『これ以上どうやって甘えたら良いか分からない』なんて答えていた。それでも恭平は今はわりと頻度を上げて甘えてくれるようになったけれど、恭平よりも遥かに歳上……それこそ外崎宏太とそれ程変わらない誠は恭平以上に甘え方を知らないだろう。

そうだよなぁ、この人本当は宏太さんと同じくらいなんだもんな。

今更だけどその年頃の人にこれ迄してこなかったことを、急にしろと強請っても難しい。何しろ宏太だって、今になってと言うことがわりとあると自分でも言っていたわけだし。

「だから、今度1回こういってやるといいよ?誠さん。」

ニッコリ笑いながら仁聖にこう告げられて、暫し誠は真っ赤になったまま口をパクパクさせていたのは言うまでもない。



※※※



「あ、おかえりー。悠生。」
「おかえり、ゆぅき。」

ゼイゼイと肩で息をしながら自宅に駆け込んできた悠生に、呑気な様子で振り返った仁聖と誠の2人が並んでリビングで仲良くテレビゲームに興じている。それを見て悠生としては、全力で脱力しかけてしまう。藤咲事務所から契約上どうしてもサインが欲しいものがあると急な連絡が来て、ほんのサインだけで帰れると思ったのに事務所で久々に顔を会わせた栄利彩花や五十嵐海翔に捕まり、おまけに藤咲信夫にまで捕まってしまったのだ。しかも早く帰らないとと焦る悠生は、これまでなかった自分の身体を心配する皆の好意に驚いてしまった。しかも今の生活は大丈夫なのか?不便がないか?とか皆から心配されるなんて思わない。

無理してないの?!何か手伝えることあるなら言いなさいよ!?
そうだよ、三科さん一人で介護って平気?!寝れてる?!

まぁ介護のための休暇届を出しているわけだから、事務所の誰もが悠生が介護休暇なのは知っているのは仕方がない。でもこんな風に心配されるような関係性ではなかったと思っていたのに、栄利やら五十嵐まで本気で何かあったら手伝う!言え!と心配してくれたのに何だか泣きそうになってしまった。しかもそれ以上に今は自分の結婚やら何やらで忙しい筈の藤咲まで、困ったことがあれば直ぐに電話しろと身を乗り出して心配してくれるのだ。そんなこんなで直ぐに帰るつもりが中々話が切れず、しかも帰途につく直前に仁聖からLINEが来ていたのに気がつく有り様だったのだ。

しまった!今日!!

大概同じ曜日の同じ時間に訪れるのは、その日のその時間が大学の講義が無いからだと仁聖からはちゃんと聞いていた。それをスッカリ失念していたのだ。もしかしたら誰も出てこなくて帰ってしまったかもとは思いながら、慌てて駆け戻ってみたら想定外の状況になっていた訳で。

「な…………んで?」
「あ、誠さんが開けてくれた。タッパー勝手に冷蔵庫にいれちゃったし、持ってきたもののレシピはカウンターに置いてある。わかんなかったらLINEして?」
「僕、聞いたから、せつめいする。」
「あ、そだね。誠さんに説明したとこもあるからー。」

ケーキは今日中に食べてねと仁聖が立ち上がりコントローラーを戻しそれじゃあと帰途につく様子なのに、誠もニコニコしながらお見送りの体勢になっている。確かに普段ならとうに帰る時間を過ぎていて、それこそ扉を誠が開けてしまったから逆に悠生が帰ってきて安全だと判断できるまで仁聖が待っていてくれたのだと気がつく。

「悪かった、LINE見てなくて。事務所に呼ばれてて。」
「あ、そうだったのか。皆も凄い心配してたからなぁ。」
「………………うん、……凄く心配してくれてた。」

なんか泣きそうともう一度心の中で呟きながら悠生がありがとうと声を溢すと、靴を履きながら仁聖が何故か意味深にニッコリと笑いかけてくる。そしてまだ追い付いてこない誠のことを伺うようにして、小さな声で悠生に向かって仁聖が囁く。

「ハッキリ言った方がいいと思うぞ。」

唐突な言葉に何の事だと聞こうとしたが、背後から一生懸命に車椅子を押してくる誠の気配がして仁聖が賑やかにそれじゃあと笑顔を浮かべる。そうして颯爽と手を振りながら帰途につく仁聖を2人で見送って、悠生は仁聖が何をハッキリ言った方がいいと言うのか首を傾げてしまう。

「ゆぅき?」
「あ、ごめん、何?誠。」

クイクイと太腿辺りの服を引かれる感触に悠生が我に返ると、誠が戸惑いながら見上げているのに気がつく。どうやら一瞬ボンヤリ考え込んでしまっていたらしくて、戸口に並んだ誠が不思議そうに自分を見上げているのだ。扉も開いたままだったから外の冷たい空気が流れ込んで、一緒に隣にいる誠の華奢な指先が少し色を落としている気がする。

「あぁ、ごめん、冷えちゃう。」

扉を閉めて車椅子を家の中へ悠生が押そうとすると、誠が戸惑いから我に返って自分でするよと口にするのが聞こえる。そうだった、大分家の中に慣れた誠は上り框で反転も出来てしまうし、大体にして自分が不在の間に来訪した仁聖をインターホンて確認して鍵を開け扉を開けて迎え入れたのだ。以前ならそう言うことは人見知りがあってやらなかったけれど、こうして仁聖みたいに慣れた人なら対応できる程に誠は回復しつつある。

それは喜ばしい筈の事なのに…………

介護で休んでいると言うことを心配されたのに調子に乗ってしまって、自分が頑張っているつもりになっていた。でも誠の方がずっと必死に直向きに努力して、普通に自分の事を出来るようになりつつあるのを見ないふりをしている。

「ゆぅき。」

自己嫌悪に揺らぐ悠生に上り框の上に戻った誠が振り返り、少しだけ心配そうな表情で名前を呼ぶ。いけない……心配かけてしまう。そう心の中で呟く自分の声を振り払おうと笑みを浮かべようとしたら、誠が少しだけ見たことがない不満そうな顔を浮かべたのに気がついた。

「悠生、あんまり、そーだんダメ。」
「はい?」

ホンノリ頬を染めて不満そうに眉をしかめる可愛い仕草。いや、ちょっとそれ可愛いといいそうになるけれど、何が駄目?そーだん?相談?何?誠の言葉に混乱している悠生に向かって、不意に誠がこれまではしたことのない仕草をした。まだ上手く動かない両手を自分から大きく広げて、真っ直ぐに自分を見つめているのだ。

「誠?」
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