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間章 ソノサキの合間の話
間話116.試してみれば
しおりを挟む芸能事務所社長・藤咲信夫が唐突に外﨑邸を訪れたのは、つい先程のこと。週末の長閑な外﨑邸の和室で呑気に昼食後のお茶を楽しんでいた外﨑宏太と外﨑了は、神妙な顔で訪れた信夫に何事?と首を捻っている。そうして何故か外﨑邸のリビングで幼馴染みの宏太を目の前に、信夫は頭を抱えているのだ。
「何なんだ?あ?」
「いや、その……だな。」
「夫婦喧嘩か?」
「……まだ入籍してない。」
まだなのかと宏太が呆れ返った顔をするが、破天荒な行動で親とは既に縁が遠い宏太とは違い、藤咲家も江刺家家も古風な性質の旧家と呼ばれる家系なのだ。どちらも既に弟やら兄が家督は継いでいるから、直接家を継ぐ立場にはいないとは言え、結婚の言葉を出せば結納から何からがズラリと待ち構えていたらしい。そう言うことは撥ね飛ばして無視したらと宏太は思いもしなくはないが、藤咲信夫という男は実はそこら辺は見た目とは違いかなり真面目なのだ。
何せ夏の終わりのバーベキューを宏太に後押しされて抜け出し、外﨑了の指示で花屋に入って一番江刺家八重子っぽいと思った花を両手に抱えるような花束にして持っていけと指令され。追い込まれていた信夫は、今回は素直にそれを実行したら八重子には唖然とされたのは言うまでもない。というか暫し八重子は自分が居ることすら信じられなかったみたいで、実のところは直後に驚愕の悲鳴を上げられたらしいが。
持っていったのは、なんの花だったの?
後からそう了に聞かれて深紅の薔薇と素直に答えたら、宏太からは昭和の恋愛ドラマかと大爆笑されたのが腑に落ちない。何しろ目が見えない宏太には悪いが、江刺家八重子は大輪の薔薇みたいな華やかで美しい女性なのだ。他に彼女をイメージするのに適切なのは牡丹とか芍薬の大輪の花だろうけど、花屋で買えるのは薔薇が1番近い筈だ。そう答えたら尚更宏太は大爆笑で、本当に恋愛関係はお前もポンコツだなとまで言われる有り様。目下了にたいして同じようなポンコツぶりをさらしている宏太にだけは言われたくないと思うが、了の方は薔薇は良いチョイスだったと思うよとサムズアップで微笑まれたわけで。
そしてそこから直ぐ様交際=結婚にはならなくて、当然のように長年の知り合いという部分は加味されたものの、『結婚を前提に』の交際宣言から始まったからプロポーズは良いとしてそこからが長い道のりなのだ。良くドラマではプロポーズと共に指輪を差し出すなんてのが定番だが、古式ゆかしき交際の手順としては交際からプロポーズ。そして次にやってくるのは『お互いの両親に報告とあいさつ』である。これにも一応一般的作法があり、女性側の両親に先に報告と挨拶をするのが一般的。ただし家や地域の習慣がある場合もあるので遠方のご両親にあう時は注意が必要らしいが、藤咲家と江刺家家は長年の付き合いがあるのでそこはなんともない。そして次かここでやっと『婚約指輪の購入』なのである。基本的には自分の収入に見合ったものでいいとされているが給料の1~3カ月分程度を目安にすると良いとされ、価格帯でいうなら20万~50万円程度のものが人気らしい。結婚指輪と重ねづけしやすいシンプルなデザインが好まれるというが、何分どちらも会社社長……経営者な訳で価格帯が微妙な上に片方はデザイナーでもあり互いが元モデル。
信夫の感性を期待してるから
なんて現職デザイナーに言われた信夫が、速攻で宏太に助けを求めてきたのは言うまでもない。お前が選べば良いんだろうが!と怒鳴られてもテンパっている信夫には通じず縋りつかれ、了の目も気にせず『このポンコツ!!』と何度宏太が叫んだことか。何せ宏太が倉橋希和に婚約指輪を贈ったのは遥か昔のことで、参考にするには古すぎる。それに先に言ったが信夫も八重子も会社の経営者なのだから、通常の一般的な相手とは比較になる筈がない。それなのに宏太が再三自分の好きなものを買え・八重子に似合う物を買えと怒鳴り付けても、テンパりすぎている信夫には選ぶに選べない有り様なのだ。結果的には面倒臭くなってもう一人の幼馴染み・鳥飼梨央まで招聘したものだから『お前ら揃いも揃ってアホだ』と呆れられ一喝されるなんて珍道中を経て、信夫の指輪選びは何とか行われたのだった。
そしてそこでは終わらないのが、結婚までの道のり。
ここでやっとというか、ついに『両家の顔合わせと結納』に進めるわけである。信夫はやっと先月吉日に日本庭園の紅葉の美しく映える料亭・花泉で結納に漕ぎ着けたところ。まぁ顔合わせに関しては、家族ぐるみで空手関係の顔見知りなのでそれ程問題はない。が実際のところ両家共に信夫と八重子は犬猿の仲と信じきっていた長年の付き合いなので、何がどう転んでどこから恋愛になったのか根掘り葉掘りされたというのが笑い話だ。
幾久しくなんて言ってる脇から、ところでどこで気が変わったんだ?だそ?!
それは結納の時にする会話じゃない!!と信夫は心の底から叫びたかったらしいが、それを聞いた宏太が再び爆笑したのは言うまでもない。因みに結納はホテルや式場などで行うことが多いものだが、地域によっては女性側の自宅で行うというケースも見られる。顔合わせや結納になるとそれぞれの家の風習や両親の考え方が出てくることも増えてくるので、当人たちに任されている場合はよく相談し家の風習や両親の希望がある場合には意見を聞きながら決めないとならない。
そうしてやっと今は『入籍や結婚式の日取り決めと式場選び』の段階で、入籍や結婚式の日取りを決めているところ。同時に『結婚指輪を選ぶ』が再びやってきたのだが、前回とは違い今度は2人がつけるものなので八重子と一緒に選べるので問題はなさそうだ。入籍や結婚の報告に関しては2人共に経営者なので、面倒な上司云々はないのだけれど仕事上の関係は広範囲にあるので早めに何とかしたいところなのだ。
そんな信夫が何故ここで頭を抱えているのかと言うと結婚式で自分が着るタキシードを目下未来の嫁が血眼でデザインしている状況で、江刺家家の親から神前結婚の話になったからだという。
「神前?」
「あぁ。祝詞のやつか。」
『神前式』は神道の神々に誓いを立てる日本ならではの挙式スタイルのことである。神道とは、古来から続く八百万の神への信仰に、仏教などが影響して受け継がれてきた日本独自の信仰だ。神事を行う神主が結婚を伝える祝詞を奏上し、三三九度の杯を交わして玉串をささげ、夫婦の契りを結ぶのが基本。現在のような神社で行う形に整えられたのは、1900(明治33)年に行われた大正天皇のご成婚が最初といわれている。その後にこの方式が一般に広まったのは第二次世界大戦後で、それまでの日本の結婚式は新郎の自宅に身内の者が集まり床の間に祀られた神様の前で行う形だったそうだ。
「白無垢のやつ?」
「そう。」
そう所謂和式の結婚式というやつで、新郎は紋付きの羽織袴・新婦は白無垢か色打掛というあれである。江刺家家がそれを持ち出したのは神前式を行う場所は最近ではホテルの中や式場の中の神社で行うことが多いのだが、江刺家家では長年近郊の神社で行うことが通例だったという。だから自分達の娘もそこでと思ったのは別段不思議なことではないし、長年の通例と言われると理解できる面もある。因みに藤咲家はそう言う面には余り頓着しない家系なのか、藤咲の弟は普通にホテルで結婚式を上げていて式場にあったチャペルで教会式を行っていた。まぁ和装も見たいという理由で、別撮りで色打掛と白無垢の写真は撮影したが、式を行うという点では嫁に来る義妹の希望で教会式を選んだのだ。
…………うちは基本的に神前式なんだよ。
そう江刺家家の現家長が言うのに、確かに当人達の式も家を継ぐ長男夫妻の式も神前式だったのだと気がついた八重子は明らかに苦い顔をしたのだ。そしてそれを貫こうとする父親に対して、最近の江刺家家では最も破天荒だとされる末娘は断固として神前結婚を却下したのである。
「あー、わかる。八重子だもんな。」
「何で人の嫁を呼び捨てだよ。」
「まだ嫁じゃねぇんだろ?」
そして神前式を拒絶する八重子に、やはりそこは親子なのだろう。しかもその場で江刺家の父親は断固として教会式や人前式は許さないと宣言したものだから、八重子の顔付きが一瞬で変わったのである。
そんな古くさい仕来たり知るもんですか!結婚するのは父さんじゃなくて私なの!!私が着たいのは黴の生えた着物じゃなくて純白のドレスなの!!
そんなものこれまで嫌って程着ただろ!お陰で婚期が遅くなったろうが!!
はぁぁ?!!遅くなってません!!信夫狙いだっただけですぅ!
父親としては大事な娘の白無垢姿を見たかったのもあるのだろう。が、娘の反論が癇に触ったのか、モデルとしてウェディングドレスを着たことがあるから三十路まで結婚できなかったんだと切り返してしまった。お陰でちょっとした喧嘩腰が本気の口論に変わり、そんなわけで江刺家の父親と八重子が直接激突したものだから全くもって折り合いがつかなくなってしまったのだ。ここで婿がなんとかとりなせたら良かったのだろうが、何分信夫は実はゴツい男前な顔に似合わずいざこざ自体が全然得意ではない。結果として信夫とその他では江刺家父娘を全く納められなかった。父親から披露宴で好きなだけドレスを着れば良かろうと言われても、何しろ乙女の夢はバージンロードを美しいウェディングドレス姿でヴェールを引き歩くことなのだ。それと白無垢の花嫁を求める父では、どこを折れようと折り合いがつく筈もない。
「まぁ着るのは、八重子さんだしねぇ。」
「そうなんだ…………八重子が着るんだし…………。」
信夫だって一生に1度のことなのだから優先するのは嫁の夢をとは思うが、義理の父親の言う一族郎党の歴史の積み重ねの方も無下にも出来ない。そんなことをグチグチ言いあっていたら話し合いはあっという間に泥沼化してしまい、気がつくと何でか双方が双方の準備を始めるという訳のわからない状況になってしまった。いや、このままいくとどちらかは確実にブッキングでドタキャンになってしまうなんてことになると、わかっててやっている自分達は結婚早々罰当たりなんではなかろうか。こういうことは普通両家の両親と要相談なのだろうが、藤咲家の両親はこういうことに関してはとってもとってもおおらかな質なのである。こと空手に関しては藤咲の父親も厳しい人ではあるが、弟の結婚式に頓着しなかったところからもわかるように『好きな方ですれば良いんじゃないかね?』のスタンスで。何しろ子供の頃から宏太が澪の家で面倒を見てもらえない時の、二次避難場所とされていた藤咲家は『おや、今夜は一人か二人多いね?』程度で宏太が泊まっても気にしないおおらかさが特徴である。何せ自分の息子がおネエ言葉で話していても、『おや、信夫は随分たおやかな話し方になったんだね?』でサラァッと流せてしまうのが藤咲の父・義信氏である。因みに信夫は結婚を決めた辺りから、普段の話し方もおネエを止めた。元々周囲の目を欺くための仮おネエなので止めるのには問題はないし、結婚するつもりだと公言した辺りから男振りが少し位上がっても問題はないと思っている。
まぁ、それは兎も角そうしてどうしたら良いか追い詰められてしまった信夫は、相変わらず相談相手を求めて宏太に縋りに来た訳である。
「………………ぶっ…………くっくくく…………くくっ。」
「笑うなよ…………コータ…………。」
「ふはっ!ふはははっ!本当ポンコツだな!!ノブ!!」
「笑うな!お前に言われたかない!!」
呼び慣れた名前で腹を抱えて大笑いする宏太に、頬を赤くしてプルプルしている信夫が声を張り上げる。実際のところ高校時代なんかには宏太は全く声をたてて笑う質ではなかったので、こんな風に腹を抱えて笑う宏太の姿なんて信夫には信じられないものだった。恐らくは梨央にしても同じことを思うに違いないとは思うが、それは今の問題とは別だ。
「…………それってさぁ?試着に一緒に行けば?」
「試着?」
「そ、ドレスとか着物の試着。よくするでしょ?」
何気ない了の言葉に笑い転げる宏太をボコボコ叩きながら、信夫が不思議そうに視線を向ける。どっちかに決めなきゃならないのに試着なんかしてる場合じゃないだろと顔には書いてあるけれど、和装小物の販促イベントやらウェディングイベントなんかも昔の仕事では手掛けたことのある了には経験があるのだ。勿論金額的に問題がない2人なら購入という可能性もあるのだが、基本的には婚礼衣装はレンタルも多い。最終的に自分達の物は買うとしても、こんな風に見えるんだと言うのを理解するのにも試着するのはありだ。それに2人だけでなく、両親もつれていけと了は言う。
「わりと衣装の試着してから方向性が変わること多いんだよ?結婚式。」
最初は着物には興味がなくても試着をしてみたら気が変わって神前式を選択したとか言う事もあるし、和装にするつもりだったけどウェディングドレスを来てみたら教会式にしたと言う話しもある。勿論最初から教会式は変わらない人もいるが、試着してみて和装の写真だけ撮りたいなんて事もあるのだ。着ている姿を見て、どちらが見てみたいか直に考えてみるのもありだろう。その話しを聞いて信夫は、そんなものなのかと感心して、試してみると答えたのだった。
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