鮮明な月

文字の大きさ
上 下
668 / 693
間章 ソノサキの合間の話

間話114.甘え方を教えて。

しおりを挟む
それは改めてこうして真っ正直に問いかけられてみると、榊仁聖でも相手である榊恭平に一度聞いてみたいなぁと思う事ではあった。そう仁聖はスマホの画面を眺めながら、ムゥ……と唸り考え込んでしまっていた。その文面は本当に何気ない問いかけの文章で。

『甘える方法って、どうしたら相手に教えられるもの?』

この世にも難しい問題をサラッと問いかけてきたLINEの相手は、最近ではただの友人というよりは主夫友になりつつある邑上悠生である。そして中身をこれ以上詳しく聞かなくても彼がいう甘えられない相手は、悠生の血の繋がらない義理の兄で今は悠生の最愛の猫彼氏・邑上誠の事だろう。
悠生から言われるまでもなく仁聖は悠生が謝罪と共に誠と暮らすと宣言した時から、あぁ悠生は誠のことが好きなんだなと思っていた。そうでもなければ二十歳そこそこにしかならない悠生が何も恩義もない血の繋がらない相手を大切にして、2人きりで暮らせる家まで探して一緒に暮らそうなんて考えることは出来ないと思う。いや、勿論日本人的義理人情やら何やらが絡むとあり得ない事ではないとは仁聖だって思うけれど、かといってこれ迄は暴君としか思えないでいた筈の相手が大きな障害を持ったからと言って、自分のこれ迄とこれからの生活をあんな風に全て犠牲に出来るものだろうか?しかも相手の身体のことを考えてやったこともない自炊を始めて、家事から身の回りの全てを独りで面倒をみるなんて。家を買えるような金があるなら、確実に施設とかを探す方が若い悠生にしてみたら簡単な筈だ。それに相手の誠の方だって記憶がないと言う時点から、既に悠生しか絶対に受け付けなかったという。つまりは最初から相思相愛だったんだろ?と正直仁聖としては思うわけで。そうでもなきゃこれからやっと売れっ子になりそうな忙しい仕事を(しかもライバルの仁聖をどうにかしてでもしたかった仕事を……だ。)休業してでも、世話をしたい程の理由にはならないと最初から思っていた。大体にしてその後自宅を訪ねて一目で分かったけど、どう考えても愛し合ってるとしか思えない視線と互いを労る行動で隠しようもないだろ?と経験者として言ってやりたいところだ。

まぁこの関係性だけ聞いてしまうと義理の兄弟で恋人ってどうなの?

なんてマトモな人なら思うかもしれないが、仁聖と榊恭平だって今は戸籍上は義理の親子なわけで。おっと……こう言うことをここで長々と言いたいわけではなく、記憶喪失になる前の義理の兄・邑上誠のことはさておき、今の誠は完全な猫兄さんで人見知りが強く感情の起伏の激しい、まるで子供のまま急に大人の身体にポンッと投げ込まれでもしたような人なのだ。とは言え子供のようだからと言って彼自身が甘え上手かと言われると、自分の恋人でもある恭平のように昔から常識的で大人びているが故に人には甘えるのが下手なタイプの人間だって世の中には沢山いる。

流石にケーキのお強請りはしてたけど。

先日退院してから始めての外出でやって来たという『茶樹』では、オズオズと一個だけじゃなくて何個かダメ?と悠生にお強請りしていた。それにしたって大した我儘でもないし、メロメロの悠生は下手するとショーケースの中くらい全部買いそうな勢いだったわけだが。
恐らくは元々誠も恭平のように甘え下手なのだろうし、更に今のあの人見知りでは簡単には人には慣れないだろうというのは言わずもがなだ。そんな状態の誠が誰かに甘えるなんて無理なのは言われなくても……だ。そう言う意味では唯一完全に心を許している筈の悠生が、なんとか自分にだけは誠に甘えて欲しいと思う気持ちも仁聖には分かる。なんたって仁聖だってなんとか恭平には甘えて欲しくて、日々四苦八苦していたからだ。

とは言え……最近の恭平は結構甘えてくれるけど………………

最近の恭平は確かに仁聖には甘えてくれていて、時々恭平の方から一緒にお風呂にも誘ってくれたりするし、何より仁聖にこうしたいとかこうしてと直接言葉にして伝えてくれる。いや、お風呂だけが恭平の甘えるポイントではないが、目に見えて変わったのはそこからだと思う訳で。何しろ最初の頃は絶対にそこは不可侵で、一緒に入ろうと強請り続けていたのは仁聖の方だった。2人で暮らし始めてからも行為の後の風呂は兎も角、普段のお風呂だけは中々一緒にとはいかなかったのだ。一緒に寝るとか家事とかは案外スルリと2人でするのに慣れてくれた恭平が自分からお風呂に誘ってくれるようになったのは暫く後の事で、誘われた時は正直有頂天になったのは言うまでもない。とは言え仁聖から強請ることは多くても、恭平から自然に強請られたという記憶が余りないのは恭平の方が甘えることが少ないからなのか。

んんん、どうにかしたから……今甘えてくれてる訳じゃない……よなぁ…………

どちらかというと恭平と仁聖では、常に自分の方が甘やかされているという自覚はある。そうは言いつつ自分が甘え上手なのかと問われると、実は仁聖自身も少し心許ない。というのは恭平がかなり甘やかし上手なので、自分が意図して甘えているという意識が仁聖には全くないからかもしれない。

「甘える、方法ねぇ…………。」
「ん?何が甘える?」

そう大きな銀のスプーンをまるっと口に咥えつつ首を傾げて問いかけたのは、大学での一番の友人・佐久間翔悟である。本日の学食名物Bランチは冬の名物クリームシチューで、仁聖の頼んだAランチの方はネギたっぷりの油淋鶏定食。それを長閑に2人で食べながら、何気なくLINEを確認したら冒頭の問が仁聖の元に飛んできていたわけだ。そう言えば目の前の翔悟は兄姉弟妹のいる5人兄弟の上に、祖父母だけでなく曾祖父母迄共に暮らす11人家族の一員。誰かに甘えたり甘えさせたりする方法なんて熟知してても、おかしくなさそうな気がする。

「なぁ翔悟、お前さ?」
「ん?」
「甘え上手?」

ブフッと仁聖の質問に盛大にムセ込んだ翔悟に、仁聖の方は自分の質問はそんなに変だったのかと首を傾げる。暫く復旧迄時間を要した翔悟が呆れたようになんだそりゃというのに、素直に多人数家族だから甘え方を知ってるかなと思ってと告げる仁聖に翔悟は苦笑いするしかない。

「甘え上手って自覚するもんじゃなくない?端から見て、あの人って甘え上手だねーじゃないの?つまりは他人からみた評価でしょ。ってか、私甘え上手だから~とか平然と面と向かって言われたら、俺は引く。ドン引きする。」

成る程自分が甘え上手だと自覚しているってことは、意図して他人に甘えているということになる。それを自負する人間は、実質ちょっと嫌なやつなのかもしれない。でもこの場合は甘え下手な人に自分に甘えて欲しいって話だから、またそれとは少し話が違う。

「あぁ成る程、そういうこと?」
「うん、だからどうやったら甘えてもらえるのかなって話。」
「んんん?一緒に暮らして世話して貰ってるって時点で、その人的には十分甘えてるんじゃないの?」

おお、確かにそう言われればそうかも。なんて素直に翔悟の言葉に納得してしまう辺りが、視点の差なのだろう。確かにこれ迄は全く互いの事を見ることもなく生活していたのに、施設にはいるとか方法があったのをスルーして誠は悠生に世話をして貰うことを選択した。それは歳の差を考えてみても誠が悠生にだけ頼っているということだから、一番の甘えと言えなくもない。とはいえそれはベースとして、悠生が欲しがっているのは、恋人としての『甘え』…………つまりは猫系彼氏の『デレ』が欲しいのではなかろうか。

「デレ…………?」
「いや、あるでしょ?付き合い始めた恋人が思ってるよりしっかりしすぎてて、ちょっと自分には甘えてほしいなぁってやつ。」
「…………リア充はぜろ。」

不機嫌感を全身から発してプイッとそっぽを向いてしまった翔悟に、仁聖はこれは自分のことじゃないのにーと泣きつく。翔悟の方だって決してモテないわけではない。確かに仁聖と比較したらなんにもならないけれど、顔はそれなりに整っていて背だって高い。けれど何分大概キャンパスで一緒にいるのがこの仁聖だと、世の中の普通程度のイケメンではどうしたって霞んでしまうのは否めないのだ。そりゃそうだ、相手は目下盗難必死の人気モデルで、しかも実物は五割増しのピカピカ王子様。ただし口を開かせると微妙な残念感が常にあるため、まるで嫌いにもなれない人好きする人柄ときた。

仁聖の方が甘え方なんて知ってると思うけど…………

と思うが恐らくは仁聖は意図せず甘えられる天然記念物なので、誰かに甘え方をレクチャーできるような人間ではない。それに言った通り仁聖は天然の甘え上手ではあるが、相手の榊恭平の方も天然の甘やかし上手なので…………うん、これはリア充はぜろの世界だ。まぁ翔悟自身が上手く恋に至れない事を気にかける訳でもなく、日々を過ごしているのは言うまでもない。それにバイトの塾講師も忙しくて、そっちにかまけている暇がない…………ということにしておく。

「それにしても、他人に甘え方って聞くことじゃないでしょ?」
「んー、たぶん結構切羽詰まってきてるのかなぁ、あいつ。」

仁聖にも少し覚えがあるが気持ちが通じて有頂天になっているうち、知らぬ間に自分でも良く分からない迷路にはまりこんでしまうことがある。仁聖で言えば『大人に早くなりたい』の時期がそれで、甘えさせて貰ってばかりじゃダメだと必死になって大人の分別を身に付けようと足掻きに足掻いていた。しかも周りからそんなに慌てなくいいと何度も繰り返されても、今一つ仁聖自身が理解できなくて最終的には自滅した訳で。まぁ仁聖の場合は自滅した後に、ちゃんと恭平が仁聖は仁聖のままが良いんだよと教えてくれて、ゆっくり少しずつ大人になれば良いのだしこのまま変わらなくても好きだと教えてくれたから今は問題ない。

「…………案外直ぐに暴走するもんな、仁聖って。」
「最近は落ち着いたし、恭平だってそう言うもん。」

ちらほらとリア充をアピールされている気がしなくもないが、結局は仁聖としては無理に自分を変えることはないと気がついたし、焦って何か変えようとしても何も出来ないのも分かったというところ。
そして今の悠生は最初は誠が悠生の事を別な人間と誤認していた上での相思相愛だと勘違いしていたのが、誠が記憶を取り戻して自分を悠生と認識していきなり相思相愛になったと思っているのだろう。そして誠は病で衰えた現状を何とかしたいと思っているようだから、悠生がどんなに甘えて欲しくても誠自身は自分のリハビリに必死なのに違いない。



※※※



「そう言えば、アイツ暫く休むってどうしたの?」

アイツは言うまでもないが『t.corporation』のバイト・庄司陸斗のことで、問いかけたのは社員の一人・結城晴だ。同じく仕事場のパソコンで届ける用の書類を纏めている外﨑了が、振り返ることなくカチカチとキーを叩きながら口を開く。

「なんかお家の事情だと。実家をどうとか言ってたけど。」

先日狭山明良と晴のマンションで仁聖とテレビゲーム対戦をした時には、別段陸斗からは仕事を休むような話は露程も出てこなかった。まぁ身内でもないから話す必要がないと言われれば、それまでの事だけれども幼馴染みの明良位には話しても良さそうな気がしなくもない。とは言え事実としては陸斗は何も話さず、ここ暫く仕事を休んでいる。

辞めるのかな?

なんて少し心配もするけれど、正直コソッと聞いてみたが陸斗は時給という面では何も文句はなさそうだった。(と言うより、実のところは『ねぇ、これマジでバイトに払う金額?』と向こうから聞かれ、あーやっぱり破格なんだと思った次第。陸斗から聞いたが天下の公僕のお給料は大体月20万後半から40万ほどで、歳的にはまだ若い部類の陸斗は前者の方が金額が近いそうである。諸手当に関しては、差があるらしいのでさておき。因みに『t.corporation』正社員の晴は余裕で後者を越えるお給料をいただいていて、バイトの筈の陸斗も恐ろしい事に前者は余裕で越している。思うのだけれど、外﨑宏太は平均的なバイトの時給とか初任給って言うものを全く知らないに違いない。自分がどれだけ支払っている額が破格なのか、調べる気もないのだろうし、別段払っても問題ない収入があるということなのだ。まぁ貰う側としては有り難い限り。)そうしたら何か別な理由がないと、このままフェードアウトするにはもったいない。

「辞めることはないだろうな。まだ。」

振り返ることなくヘッドホンをかけたままの宏太が言うから、晴もふぅんと納得したように声を出す。実は宏太は案外面倒みがいいから何かあったと分かったら陸斗だって放置はしないだろうし、陸斗が素直に『助力が欲しい』と宏太に甘えてくれば恐らくは協力もしてくれるだろう。

まぁ、甘え方知らないって可能性はなくはないけど。

それでもこの街の周辺で何か問題が起きたのなら、少しすれば何処かから容易く耳に入りそうなものだ。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

アルバイトで実験台

夏向りん
BL
給料いいバイトあるよ、と教えてもらったバイト先は大人用玩具実験台だった! ローター、オナホ、フェラ、玩具責め、放置、等々の要素有り

壁乳

リリーブルー
BL
俺は後輩に「壁乳」に行こうと誘われた。 (作者の挿絵付きです。)

塾の先生を舐めてはいけません(性的な意味で)

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
個別指導塾で講師のアルバイトを始めたが、妙にスキンシップ多めで懐いてくる生徒がいた。 そしてやがてその生徒の行為はエスカレートし、ついに一線を超えてくる――。

二本の男根は一つの淫具の中で休み無く絶頂を強いられる

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...