鮮明な月

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間章 ソノサキの合間の話

間話112.おまけ おうちデート6

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何とか必死に訓練を繰り返して繰り返して、邑上誠は何時でも一人で車椅子に乗れるようになったし自由に家の中も動けるようになってきた。だから今朝は独りで先に起きて車椅子に乗り換え、服もなんとか自力で着替えたし、顔も洗ったし。後これで家事が何か出来るくらい指先が上手く動かせるくらいになれば、そう自分でやったことに満足してシュルシュルと音を立てて寝室に戻ったところ。そうしたらやっと目が覚めたらしい邑上悠生が呆気にとられてこっちを見ていて、誠は自分がしてきたことを説明しようとして笑顔を向けたのだけれど。あえて説明しなくても、服を自分で着替えたのは見れば分かるし、戻ってきた方向が洗面所なのも分かったのだろう。何故か見る間に誠の姿に安堵していた様子に見えた悠生の顔が曇り、明らかに不満そうに変わっていく。

「ゆぅ、き?おはよ。」
「…………おはよう。」

リハビリを繰り返し自分のことを自分でやれるようになればなるほど、一緒に暮らす邑上悠生がこんな風に不満そうな顔をするのには一寸誠も困ってしまう。おはようとは言ってくれたけれど、不満そうな顔をしたままの悠生がベットから滑らかな動きで滑り降り入れ違いに顔を洗いに行ってしまうのを戸惑いながら見つめる。戻ってきた悠生は不満顔ではなくなったけれど、スルリと横をすり抜けてキッチンに向かってしまう。

「…………ゆぅき?」
「なに。」

今日も朝から時分で車椅子に乗りちゃんと自分で朝の準備をして見せただけなのだけど、逆にこんな風に不機嫌になられてしまう。というか普通に出来るようになったことを喜んで貰えるかと思いきや、後から起きた悠生が愕然とした顔になったのに誠の方が驚く。

「…………なんで、怒ってる?」
「怒ってない。」

どう見ても怒ってないとう顔ではないし、どう見たって不機嫌なのは説明されなくても分かっている。だけど、それを指摘しても尚更不機嫌そうになるばかりで、誠は戸惑いながらソロソロと車椅子を近づけ悠生の顔を見上げるようにして首を傾げた。

「頑張った…………けど、だめ?」

自分なりに出来ることを頑張ってみたつもりだったのだが、世話をしてくれている悠生としたら何か逆に手間になることをしてしまったのかもしれない。その問いかけにグゥッと悠生が何か物でも詰まったみたいな顔をして、その後深々と溜め息混じりに大きく息を吐き出してくる。

「悠生?」
「怒ってないよ、全然。目が覚めたら…………いなくて焦った。」

あぁ、そういうことだったのかと誠が目を丸くしながら見上げているのに、悠生が溜め息混じりに苦笑いして見せる。目が覚めたら誠が傍にいなくて今の2人の幸せな暮らしが全部夢だったんじゃないかと思ったのだと呟く悠生に、誠は慌てたようにプルプルと首を降って悠生の腰の辺りを抱き締める。悠生は元々誠よりも背が高い上に、今の誠は車椅子生活なのでどうしてもこのまま抱き締めるとどう見ても腹の辺りに誠の方が抱きついているみたいに見えてしまうけれど。

「夢、じゃないから、ちゃんといる。僕は。」

キュウッとしがみついて誠が必死に伝えて見上げると、フニャリと悠生の顔が幸せそうに緩んだのが見える。悠生が独りぼっちにされてしまって不安だったのだと言うのに驚かせてゴメンと素直に謝る誠に、悠生はもう大丈夫だよと柔らかな微笑みで返してくれた。確かにこれまでも子供の頃から悠生は独りで寝起きしていたのだから、改めてこうして2人で暮らし始めてやっとこの2人でいるという環境に慣れ始めたのだろう。自分もまだ悠生の世話にならないとならないのだし、悠生の表情が緩んだからと誠は必死に自分で今朝の準備は出来たと伝える。

「それで。ちゃんと、できた。」
「うん、分かってる。出来たのは。」

あれ?折角必死に出来たと伝えてみたら逆にまた再び悠生の顔に不機嫌そうな気配が戻ってきてしまって、誠は戸惑いながらその顔をマジマジと見つめてしまう。なんで不機嫌なのかと問いかけようとしたら、ハァーと深々と溜め息をついて悠生が目の前にしゃがみこみ悠生は誠の膝に額を乗せてしまう。

「もーぉ…………、あんまり頑張んないでよ。」
「うん?頑張った…………けど。」

膝に額を押し付けた悠生の言葉に、こんな風に頑張らないでと言われる誠は戸惑いしかない。何しろただでさえお荷物にしかならない障害者の自分の世話で、悠生は日々を費やし慣れない家事まで全部してくれているのだ。せめて自分の事くらいさっさと出来るようになって、悠生の負担を少しでも少なくしないとならないと必死なのに。

「…………あー、もう。」
「悠生……?…………ふぁ?!わ!!」

唐突に腰を抱えられ車椅子の上から抱き上げられてしまった誠が、驚きの声をあげて慌てて首筋に腕を回して縋りつく。以前からだけど悠生はこんな風に唐突に、しかも軽々と誠の事を掬い抱き上げてしまう。痩せぎすというにもまだまだ羸痩という方が適切な誠とは言え、成人男子の身体を容易く持ち上げられるのは若さ故なのか鍛えられた筋力のせいなのか。

「今日はもう、やめ。ベットでゴロゴロする。」
「ふぁ?!」

裸は互いのものは見ている訳だけれど悠生の身体は見事に鍛え上げられていて、誠としては惚れ惚れする反面羨ましくもある。何しろ自分は昔からどんなに鍛えても筋肉がつきにくく太りにくい体質で、それが逆に相手の加虐心を煽るとか言われていて。それが誠の本音としては、どんなに不満だったか。そういう意味では誠としては口にはしないけれど、悠生は父親である邑上祐市によく似ているのだと思う。勿論祐市より栄養状態よく育ち、悠生の方が遥かに背も高くスタイルもいい。いや、そんなことは決して当人には口にしては言わないけれど、祐市よりずっと男ぶりもいいし、無邪気な笑顔とかも可愛いし。…………おっと、話がズレた。

「ゆ、ゆうき、ちょ、こわい!」
「はは、だいじょーぶ!」
「わぁ!ゆ、ゆぅ、き!!」

悠生は苦笑い混じりの笑顔で器用に誠を抱き上げたまま、リビングの真ん中でクルクルと滑らかに回って見せる。人を抱き上げた不安定な状態だというのに、そんなことをするから誠は一層慌てふためき更に確りと悠生に抱きつくしかない。

「ゆ、うき!やっ!こわ、い!!」
「怖くないって、誠が抱きついてくれて最高!」

そのままボスンッとベットに背面から倒れこむ悠生に抱きついたまま、折角自分で降りた筈のベットに逆戻りしてしまう。なんで?と思うしかない。けれど、誠がなんとかベットから戻るにしても、リビングの真ん中に置き去りにされてしまった車椅子にはどうやっても戻りようがない。抱き上げられ回られたせいで目が回っているのか、身体をユラユラと揺らしながら悠生の腕の中から誠が車椅子を振り返る。そんな戸惑っている誠の視線を追った悠生が、あぁそうかと小さく低く呟くのが誠の耳にも聞こえていた。

「これから、毎晩こうして寝ればいいんだ。」
「ふぁ?!」

何を突然に言い出したかと思えば、毎晩これをする?!毎晩抱き上げて回る必要なんかあるのだろうか?そんなに年寄りの三半規管を鍛える必要なんかあるのか?三半規管を鍛えたら、身体の動きがよくなるとか?未だにグルグルしている頭で、そう誠が考える。

「まわ、るのは、やだ。」
「ふふ、そう?やだった?楽しくない?」

吐きそうな程ではないが、事前に宣言でもしてからやって貰わないと。そう誠の顔に出ていたのか、悠生が微笑みながら寝転がったまま自分の上にいる誠の頬に指を滑らせてくる。その悠生の指先がスゥッと頬をなぞる動きが、少しだけ昨夜の睦言を思い起こさせてしまってピクッと誠の身体が無意識に戦く。

「誠が何処かに行っちゃわないように、車椅子を離しておかなきゃ。」

毎晩する=車椅子を離して置くなのだと言われて、誠はそんな……と明らかな驚きと落胆の感情を浮かべてしまう。折角独りで出来るようになってきたというのに悠生はそれをさせないと言っていて、その理由が何なのか誠には理解が出来ない。何処かに行くなんて言っているけれど、誠にはまだ家の中すら完全に動けるわけでもないのに。そんな戸惑いを隠せない誠に、無造作に上半身を起こした悠生が唐突に唇を奪う。噛みつくように、それでいて絡み付くようなキスに、誠はあっという間に悠生の胸元に縋りつくしかなくなっていく。

「ん、…………ふ、ぅ…………ゆ、……ぅき。」
「自分で出来るのは分かってるし、やりたいのも分かるよ。」

そう囁きながら、熱い吐息が耳朶を擽っていく。そうして気がつけば折角自分で着替えた筈の服の前も大きくはだけられてしまっていて、誠は慌てて身体を離そうとするけれど悠生の腰を跨がったまま抱き寄せられている。折角頑張ったのにと辿々しく訴える誠の胸元や喉元に唇を押し付け、薔薇の花弁のような痕を刻み付ける悠生の視線に射抜かれて息が詰まりそうになってしまう。執着心を隠しもしない獣のような欲望に満ちた瞳は過去に祐市が悠生の母親を見ていたのと変わらない輝きを持っていて、それが今は悠生の瞳で自分だけを見据えているのだ。

「う、………………ど、して。僕……は。」

迷惑をかけたくないのにと必死で訴えようとする誠に、悠生は明らかに誠を抱こうとしている動きで賑やかに微笑みかける。分かってると繰り返す悠生は、確かに誠が何とか自分で自分の事をやろうと努力していることは認めていた。ちゃんとそれを認めてはいるけれど、それと悠生が持っている自分の感情とは別物だ。

「だって、誠。自分の事自分で出来るようになったら、俺から離れていくかも知れないでしょ?」
「ふぁ?」
「そんなの、俺がやだ。」

何を突然言い出すかと思えば、なんとまぁとんでもない事を。大体にして自分の事が出来るようになったらなんていうけれど、それにこれからどれだけ時間がかかると思っているのか。やっと誠は家の中を自分の意図で動けるようになった程度で、外にも出られなければ食事やなにかをどうにかする手段もない。

「そんなの、俺が全部面倒見るから。」
「そう、いう問題じゃ、ない。」

大体にして今もっと頑張って身体の動きを取り戻さないと、誠は今後は老化でドンドン失っていくばかりだというのに。呆気にとられながら誠がそう言っても、悠生は平然とした顔で全部面倒見るから大丈夫の一点張り。いやいや、そう思ってくれるのはありがたいことだろうけれど、今は若さと恋の勢いで言い張っているだけで、今後あっという間に誠が爺になって…………何でこんなことを誠が心配しないとならないのかと気がついてしまうが、悠生が嫌になったら誠はサッサと施設にでも追いやられるのは言われなくても分かる。

「最初から言ってるでしょ?俺がこれからの全部面倒見るって。」

いや、確かにそういわれてここで暮らし始めたけれども。それだって記憶がなくて精神的にも不安定な誠を落ち着かせるためであって、こうして…………そう反論しようとした誠を悠生はアッサリとコロリとベットに転がしてしまう。そしてハァと明らかにわざとらしく悠生が溜め息をついて見せた。

「誠ってこれまでの経験のわりに…………案外考え方が古いって言うか、常識でガチガチなタイプなんだね、…………よく分かった。」
「な、にいって。」

わりにって言われたのは不本意で、古いも何もこっちは四十路なわけで20代の思考と一緒にされても困る。大体にして確かに自分は普通の人間のような人生は送ってこれなかったのは事実だけれど、なるべく悠生にはマトモに育って貰いたいと努力した筈なのに何でまた悠生のこの思考回路は破天荒なのだ。っていうか、その執着と言うか、思考回路は父親譲りなのか?確かに祐市も似たような目で彼女を見つめてはいたけれど、行動は…………いや、最終的には彼女と同じ病気で死んだ祐市はある意味満足げな顔ではあったのは事実だが…………かといって悠生も同じ様に死なば諸とものタイプ……なのか?そういうことなのか?!

「今日は、もう何もしないからね。もう誠はベットから出しません。」
「はぁあ?なに言ってる?そんな、の。」

悠生の宣言にどう反応したら言いか分からずアワアワしている誠を完璧に華麗にスルーして、悠生は手早く誠の折角独りで着こんだ服を全て引き剥がしてしまう。

「今日はおうちデートだから。そして誠の動けるのはもうベットの中だけー。はい、決定!あ、トイレの時は言ってくれたら、ちゃんと連れてってあげるからね。」

必死て抵抗しようにも誠はあっという間に、昨日の夜の痕跡だらけの全裸を朝日の中に曝されてしまう。しかも誠が抵抗する余地をそれでも一瞬も与えず、悠生の容赦ない愛撫が夜以上の熱を含んで再開される。

「や、ぁ!あ!」
「ほらほら、誠はベットの中だけだって言ったでしょ?逃がさないから。」

そんなことを満面の笑顔で言われたけれども、おうちデートって何なんだ!っていうか、デートなのにセックス以外には何もしないつもりなのか?!デートってそんなものじゃないだろ!!そう大きな声で叫びたいけれども、口から溢れ落ちるのは既に喘ぎ声だけに塗り替えられてしまっていた。
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