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間章 ソノサキの合間の話
間話96.○○彼氏?
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残念なイケメン……この評価は強ち間違っていないと大概彼のことをよく知るようになる相手は言う。何しろ口を開かずにいれば途轍もないイケメンなのだ。お陰で仁聖がモデルをしたポスターは、常に数日・早ければ数時間でハンター……もといファンに狩られるという逸話まで最近では作っている訳で。…………それなのに当人と友人になって会話を交わし、彼の大切な彼氏の話しなんかさせた日には一気に印象が残念なイケメンに変更されてしまうのである。普段はクールで感情の揺らぎすら見せない完璧なイケメンで過ごしている訳なのに、まぁ大事な恭平の話を始めた途端ヘニャと相好を崩して弾丸のように矢継ぎ早に惚気始める有り様だ。
それを知っている面々には、まぁこのギャップになんとも残念な感じが否めない。
そして結論としては付き合いが長くなる程に、残念なイケメン扱いになっていく訳である。そんな榊仁聖の件の大事な大事な彼氏というのが榊恭平というわけで。恭平のことを仁聖は、日頃鍛練を続ける合気道や古武術の時に身に付ける白袴姿から猫科とは言え『白い虎』みたいな人と称した訳である。彼氏が虎というのはどうなんだ?と思うだろうけれども、合気道をしている人間には今も昔も天才・鳥飼信哉という男は有名人で、その鳥飼信哉と共に恭平は一時は『東の鳥飼、西の榊』とまで呼ばれていたとか。しかも、その信哉本人から『自分よりも天才』と称されいている恭平は、実際のところ10年以上のブランクがあったとは思えない速度で再び合気道と古武術を身に付け始めている。仁聖の高校時代色々あって人間兵器とか無敵師範なんて密かに呼ばれている信哉より、行く末は強くなってしまうということもないわけではなさそうだ。
…………ってなるとやっぱり白猫とか言う話じゃないよなぁ……
と良い意味でも思うわけで、かといって熊とか他の動物の印象も浮かばない。そうなってくるとしなやかで敏捷で、しかも強くて、あの独特の足音のない動き。やっぱり猫科なんだけれども、何処か物音のたちそうな場所でもスルスルと動けて…………豹とか?いやでももうすこし一撃が強そうな…………とか考えていくと、仁聖としては『白い虎』と称するに至った訳である。まぁこんな珍妙な話しになったのは仁聖の友人の邑上悠生の義理の兄で目下恋人成り立ての邑上誠が、仁聖が訪ねる度に人見知りの猫のような行動をする人だったのを猫科彼氏と2人で称したからでもある。
「…………恭平が虎ねぇ……。」
「ぽくない?」
「どっちかって言うと雪豹っぽいけど。」
どちらにしても猫科じゃんと思わずその言葉に仁聖が突っ込んで笑いだしたのは、相変わらずの珈琲と紅茶のいい香りの漂う喫茶店『茶樹』のカウンター。アイドルタイムで人気がまばらな店内で、カウンターに並んで座っているのは仁聖と外﨑了の2人である。他にはプツリと客足が途切れたお陰で、目下普段はフロア担当の松尾さつきと佐倉ら昼食休憩中で、鈴徳良二は厨房で夜の部の仕込み中。カウンターの中には久保田惣一がニコニコしながら、二人の話を聞いているところ。
「それにしても仁聖君は誰とでも仲良くなりますね。」
「えー?そう?惣一さん。」
仁聖の父親・源川春仁と友人であった惣一は今はロマンスグレーの中年といった面持ちではあるが、昔はわりとヤンチャなここいら近郊では有名人だったのはここだけの話し。とは言え最近は最愛の妻・松理と愛娘・碧希の家族が増えて、別人のようにデレる事が増えた。そして妻と娘のためなら何ともするイクメンイケメンなので様々な家事対応にも長けていて、仁聖と了の師匠のようになりつつある。
悠生の内に届くあの野菜のわけっこをする『シュフ』友の了と仁聖が顔を会わせたのも、当然の事ながら何か出来ないかなと呟いた仁聖に惣一がそれくらいなら相手も気を遣わずに済むんじゃないですか?と進言してくれたからでもある。了の方も外﨑宏太と暮らすようになってから家事を始めた口で、それまでは料理は最低限だった。だけれど宏太が了の料理なら食べると言い出し、今ではスッカリ了の料理もプロ顔負けである。それに了としては、同居人が何ならかの障害があるという点では介護する悠生の事が少し気にかかるというのもあるようだ。
そして仁聖が悠生のところに差し入れに行っているを了もちゃんと知っているから、『どうなってるんだ?』と近況を問いかけての、何故かのここに来ての猫科彼氏話なのである。
「仁聖の社交能力は桁外れだもんな。晴なみ。」
「えー?晴のは異常でしょ!あんなの俺は無理だよ!コミュ力お化けだよ!?」
それにしても仁聖からコミュ力お化けと言われている結城晴は、申し訳ないが今回の話しには全く関係がない。そうは言っても晴と来たら先日直に怪我までさせられた当人と当たり前のように友人になったり、巷で有名な殺人鬼ともお茶をするような友人になってしまったり。恋人の狭山明良が頭を抱えて苦悩するほどの学校そういう明良自身がかなり実はコミュ力が低いので、良い塩梅な気がしなくもないのだが)、コミュニケーション能力なのだ。何せ初めて出会った人男女構わずで5分もあると友人になれるという、晴のコミュニケーション能力は確かに規格外ではある。世の中にはそういうことが得意な人間がいるとはしっているが、本気で実践されるのを見ると魔法みたいにあっという間に晴は仲良くなるのだ。
そういう意味では実は自分に害意があった人間でも友人にしてしまう仁聖も似たような面は少しはあるのだが、仁聖に限って言えば自分にどんな意味でも幾分かは興味がある人が相手なので晴みたいに何にも自分に興味を持ってなかった人まで友人になれるなんてのは無理だと思っているとのこと。同時に仁聖はわりと自分への悪意には鈍感な方らしく何年もストーカーされていても全く気がつかず、逆にストーカーを無意識で『そんなことしてたの?』等と煽る有り様なのである。そういう意味では害を与えられてしまったら中々切り替えが聞かないのが普通なのであって、晴みたいに顔に痣を付けられた相手を家に泊めて世話するなんて仁聖には絶対無理なのだ。例えそれが、どんなにその後自分が骨を折ったからと言ってである。それに関しては恭平も『俺はそれは無理だなぁ』と苦笑いしていたが、骨折させたとしても『お前が悪い』で済ませるに違いない。
「それにしても、あの男が猫みたいな……ねぇ。」
ツイッと指先で目の前のグラスの縁をなぞる了の口調に、そういえば了自身は事件の夜に以前の誠に直に対面していたと言うのを仁聖も思い出す。事件当時の邑上誠は『悪夢の薬』も流通を企む氷の暴君のような男だったと仁聖は一応聞いているが、正直今の誠との交流がある仁聖には全くその姿が想像も出来ない。
今の誠は感情の起伏が大きく、しかも感情を全く隠す事も出来ない子供っぽい人で、その上極度の人見知りの悠生一筋の猫科彼氏。先日も仁聖が来たのに気がついて時間をかけてチリチリと距離を縮めてきたはいいが、途中まできて仁聖のスマホが鳴り出したせいでビャッと毛を逆立てて飛び上がって逃げたした有り様なのだ。まぁ元々邑上悠生のために仁聖を排除しようとしていただけで、誠自身は実は外﨑宏太に害意があったらしいとは後から聞いたのだが。過去の宏太の事を知っていて、今の宏太が幸せそうにしているのが気にくわなかったらしいとはいう。けれど今の誠は悠生のことしか見てないし、しかも仁聖が余り悠生に構いすぎると寂しくなって拗ねてしまう。宏太の事なんか全く頭になさそうに見えてしまうけれど、それは過去の記憶が殆んどないからなのだろう。
「でも、そこら辺の記憶は全く覚えてないって。」
そう悠生は話していたし、記憶しているのなら仁聖だって記憶に少しは残っていてもおかしくない筈だろう。でも最近の誠は慣れてきて何となく美味しいものを食べさせてくれる仁聖と認識されて、『じんせの恋人、あってみたい。』なんてヘロンと子供みたいな顔で笑うようにまでなった。何となく仁聖が美味しいものを食べさせたいと料理を頑張ることになった理由である、その当人を誠も見てみたいらしい。
それに手足も不自由ではあるが大分自分で何かをすることも出きるようになって、不安定ながらもマグカップを持てるようになったし車椅子を動かすことも出きるようになった。それでと殆んど家からは出ないから肌の色は、ある意味恭平よりも病的に抜けるように白い。
「だから、体調が良いときここにも来てみたいって。甘党だしケーキが並んでるのみたいんだってさ。」
少しずつ体力を取り戻しつつある誠と悠生が少し散歩に出てくるには、駅前くらいならという話しになって。なら『茶樹』なんかいいかも?と話したのはこの間の事だ。わりと和食好きではあるけれど甘いものも好きだと誠が言うから、『茶樹』のケーキを一度仁聖が差し入れたのだ。そうしたら子供のようにふぁぁ!!と感動しきりになった誠を見た悠生が、その誠の余りの可愛さに悶絶したのは言うまでもない。その後悠生がたまに色々と買って帰っているそうだけれど、ショーケースに並んだケーキが見てみたいと誠が言う気持ちもわからなくない。ここは時間によってはそれほど人気もないし、食べ物も美味しいから誠が喜びそうだと仁聖は思ったのだけれど。
「ここ、ですか?」
うんと、仁聖が答えると珍しく惣一が言葉に詰まって考え込む。常に穏やかな笑顔の惣一なら誠もそんなに怯えないだろうと思ったのに、案外と即決で許可にならなかったのに仁聖が目を丸くする横で、了の方が何かに気がついたように視線を向ける。
「惣一さん、昔の店で会ってるんだ?邑上誠。」
え?という顔をする仁聖と納得顔の了の向かいで、少しだけほろ苦い微笑み浮かべた惣一がまぁそうですねぇと口にした。
好好爺めいた現在の久保田惣一しか知らないと、目の前の男が過去にアンダーグラウンドの総元締め的な事をしていた男だと気がつかないのは仕方がない。しかも惣一は過去にはSMをショーにした店を駅の北側で経営し、その店には邑上祐市と外﨑宏太が一時期調教師のして在籍していて、それ以外にも多方面に後ろめたい仕事ばかり手掛けてもいた。まぁそんなことから手を引いて既に何年にもなるのだが、未だにその当時の部下達からは『兄貴』と慕われ続けていたりもする。それはさておき惣一は勿論だが邑上市玄は過去のお得意様であり祐市とも店に来る前からの知り合いで、無論誠が市玄に買われた当時の事からその後もよく知っているのだと答えることが出来てしまう。
勿論、ここで言いはしないが
今後に誠が惣一や惣一の大事な弟達に敵対するなら勿論情報は有効に遣わせてもらうが、今の誠にはその力が何一つないというのは聞けばわかるし、それが何から引き起こされているかも知っている。しかも目下惣一としては少しだけ身の回りに面倒な事件も起こっている最中なので、完全に無力になってしまった誠に余計なことをするつもりはない。それでも記憶がない誠がやって来て、惣一の顔で何かを思い出さないとは言いきれないということなのだ。
「…………私でなく良二がカウンタ-にいる時に、くるといいと思いますよ?」
最近は惣一が育児のために、少し店を開けることもある。その間は厨房の鈴徳良二が店長代理ということでカウンタ-に立つことがあるし、わりとその期間は定期的にとっているからタイミングはとりやすい。その時に来たら問題はないだろうと言う惣一に、暗に過去に顔見知りでしたという言葉が垣間見えて仁聖は改めて目を丸くしている。
「惣一さんって…………本当底知れない…………。」
「はは、昔のおいたですよ、そんなことを言ったら君のお父さんの方が。」
話が自分の父親の昔の武勇伝になりそうなので、慌てて仁聖が話を遮る。いや、以前は自分の父親の昔の話しと惣一の話をワクワクして聞いていたのだが、次第にちょっとそれはヤバいということを父がしていたのに気がついて最近は聞くのを控えるようにしているのだ。そりゃそうだろう?どこぞの家から人知れず逃げるための脱出口を内密に作っていたとか、どこぞの国有地の山林の中に秘密の施設を建築していた噂とか、ちょっと段々父親の武勇伝がサスペンスとかの域に入り始めているのだ。
「それにしても恭平が虎かぁ……。」
「了君の大事な宏太はなんですかね?」
「え?宏太?」
何とはなく話を猫科彼氏に戻していた了に、呑気な笑顔で話を切り替えた惣一がサラリと言う。いや、慣れてはきたが大事なとかつけられると恥ずかしいからと了が頬を染めたのはさておき。そういわれてしまうと外﨑宏太は何のイメージなんだろうと神妙な顔で了が考え込むのに、仁聖も同じく考え込む。
盲目で足に障害がある癖に、ちゃんと合気道はつかえるし抜刀術なんてとんでもないことも出来てしまう。ハイスペックの頭があるし、スタイルも良いし、でもちょっと一部了に固執し過ぎるところは暴走気味な外﨑宏太。
「…………動きとかは……猫科っぽくない?」
それを知っている面々には、まぁこのギャップになんとも残念な感じが否めない。
そして結論としては付き合いが長くなる程に、残念なイケメン扱いになっていく訳である。そんな榊仁聖の件の大事な大事な彼氏というのが榊恭平というわけで。恭平のことを仁聖は、日頃鍛練を続ける合気道や古武術の時に身に付ける白袴姿から猫科とは言え『白い虎』みたいな人と称した訳である。彼氏が虎というのはどうなんだ?と思うだろうけれども、合気道をしている人間には今も昔も天才・鳥飼信哉という男は有名人で、その鳥飼信哉と共に恭平は一時は『東の鳥飼、西の榊』とまで呼ばれていたとか。しかも、その信哉本人から『自分よりも天才』と称されいている恭平は、実際のところ10年以上のブランクがあったとは思えない速度で再び合気道と古武術を身に付け始めている。仁聖の高校時代色々あって人間兵器とか無敵師範なんて密かに呼ばれている信哉より、行く末は強くなってしまうということもないわけではなさそうだ。
…………ってなるとやっぱり白猫とか言う話じゃないよなぁ……
と良い意味でも思うわけで、かといって熊とか他の動物の印象も浮かばない。そうなってくるとしなやかで敏捷で、しかも強くて、あの独特の足音のない動き。やっぱり猫科なんだけれども、何処か物音のたちそうな場所でもスルスルと動けて…………豹とか?いやでももうすこし一撃が強そうな…………とか考えていくと、仁聖としては『白い虎』と称するに至った訳である。まぁこんな珍妙な話しになったのは仁聖の友人の邑上悠生の義理の兄で目下恋人成り立ての邑上誠が、仁聖が訪ねる度に人見知りの猫のような行動をする人だったのを猫科彼氏と2人で称したからでもある。
「…………恭平が虎ねぇ……。」
「ぽくない?」
「どっちかって言うと雪豹っぽいけど。」
どちらにしても猫科じゃんと思わずその言葉に仁聖が突っ込んで笑いだしたのは、相変わらずの珈琲と紅茶のいい香りの漂う喫茶店『茶樹』のカウンター。アイドルタイムで人気がまばらな店内で、カウンターに並んで座っているのは仁聖と外﨑了の2人である。他にはプツリと客足が途切れたお陰で、目下普段はフロア担当の松尾さつきと佐倉ら昼食休憩中で、鈴徳良二は厨房で夜の部の仕込み中。カウンターの中には久保田惣一がニコニコしながら、二人の話を聞いているところ。
「それにしても仁聖君は誰とでも仲良くなりますね。」
「えー?そう?惣一さん。」
仁聖の父親・源川春仁と友人であった惣一は今はロマンスグレーの中年といった面持ちではあるが、昔はわりとヤンチャなここいら近郊では有名人だったのはここだけの話し。とは言え最近は最愛の妻・松理と愛娘・碧希の家族が増えて、別人のようにデレる事が増えた。そして妻と娘のためなら何ともするイクメンイケメンなので様々な家事対応にも長けていて、仁聖と了の師匠のようになりつつある。
悠生の内に届くあの野菜のわけっこをする『シュフ』友の了と仁聖が顔を会わせたのも、当然の事ながら何か出来ないかなと呟いた仁聖に惣一がそれくらいなら相手も気を遣わずに済むんじゃないですか?と進言してくれたからでもある。了の方も外﨑宏太と暮らすようになってから家事を始めた口で、それまでは料理は最低限だった。だけれど宏太が了の料理なら食べると言い出し、今ではスッカリ了の料理もプロ顔負けである。それに了としては、同居人が何ならかの障害があるという点では介護する悠生の事が少し気にかかるというのもあるようだ。
そして仁聖が悠生のところに差し入れに行っているを了もちゃんと知っているから、『どうなってるんだ?』と近況を問いかけての、何故かのここに来ての猫科彼氏話なのである。
「仁聖の社交能力は桁外れだもんな。晴なみ。」
「えー?晴のは異常でしょ!あんなの俺は無理だよ!コミュ力お化けだよ!?」
それにしても仁聖からコミュ力お化けと言われている結城晴は、申し訳ないが今回の話しには全く関係がない。そうは言っても晴と来たら先日直に怪我までさせられた当人と当たり前のように友人になったり、巷で有名な殺人鬼ともお茶をするような友人になってしまったり。恋人の狭山明良が頭を抱えて苦悩するほどの学校そういう明良自身がかなり実はコミュ力が低いので、良い塩梅な気がしなくもないのだが)、コミュニケーション能力なのだ。何せ初めて出会った人男女構わずで5分もあると友人になれるという、晴のコミュニケーション能力は確かに規格外ではある。世の中にはそういうことが得意な人間がいるとはしっているが、本気で実践されるのを見ると魔法みたいにあっという間に晴は仲良くなるのだ。
そういう意味では実は自分に害意があった人間でも友人にしてしまう仁聖も似たような面は少しはあるのだが、仁聖に限って言えば自分にどんな意味でも幾分かは興味がある人が相手なので晴みたいに何にも自分に興味を持ってなかった人まで友人になれるなんてのは無理だと思っているとのこと。同時に仁聖はわりと自分への悪意には鈍感な方らしく何年もストーカーされていても全く気がつかず、逆にストーカーを無意識で『そんなことしてたの?』等と煽る有り様なのである。そういう意味では害を与えられてしまったら中々切り替えが聞かないのが普通なのであって、晴みたいに顔に痣を付けられた相手を家に泊めて世話するなんて仁聖には絶対無理なのだ。例えそれが、どんなにその後自分が骨を折ったからと言ってである。それに関しては恭平も『俺はそれは無理だなぁ』と苦笑いしていたが、骨折させたとしても『お前が悪い』で済ませるに違いない。
「それにしても、あの男が猫みたいな……ねぇ。」
ツイッと指先で目の前のグラスの縁をなぞる了の口調に、そういえば了自身は事件の夜に以前の誠に直に対面していたと言うのを仁聖も思い出す。事件当時の邑上誠は『悪夢の薬』も流通を企む氷の暴君のような男だったと仁聖は一応聞いているが、正直今の誠との交流がある仁聖には全くその姿が想像も出来ない。
今の誠は感情の起伏が大きく、しかも感情を全く隠す事も出来ない子供っぽい人で、その上極度の人見知りの悠生一筋の猫科彼氏。先日も仁聖が来たのに気がついて時間をかけてチリチリと距離を縮めてきたはいいが、途中まできて仁聖のスマホが鳴り出したせいでビャッと毛を逆立てて飛び上がって逃げたした有り様なのだ。まぁ元々邑上悠生のために仁聖を排除しようとしていただけで、誠自身は実は外﨑宏太に害意があったらしいとは後から聞いたのだが。過去の宏太の事を知っていて、今の宏太が幸せそうにしているのが気にくわなかったらしいとはいう。けれど今の誠は悠生のことしか見てないし、しかも仁聖が余り悠生に構いすぎると寂しくなって拗ねてしまう。宏太の事なんか全く頭になさそうに見えてしまうけれど、それは過去の記憶が殆んどないからなのだろう。
「でも、そこら辺の記憶は全く覚えてないって。」
そう悠生は話していたし、記憶しているのなら仁聖だって記憶に少しは残っていてもおかしくない筈だろう。でも最近の誠は慣れてきて何となく美味しいものを食べさせてくれる仁聖と認識されて、『じんせの恋人、あってみたい。』なんてヘロンと子供みたいな顔で笑うようにまでなった。何となく仁聖が美味しいものを食べさせたいと料理を頑張ることになった理由である、その当人を誠も見てみたいらしい。
それに手足も不自由ではあるが大分自分で何かをすることも出きるようになって、不安定ながらもマグカップを持てるようになったし車椅子を動かすことも出きるようになった。それでと殆んど家からは出ないから肌の色は、ある意味恭平よりも病的に抜けるように白い。
「だから、体調が良いときここにも来てみたいって。甘党だしケーキが並んでるのみたいんだってさ。」
少しずつ体力を取り戻しつつある誠と悠生が少し散歩に出てくるには、駅前くらいならという話しになって。なら『茶樹』なんかいいかも?と話したのはこの間の事だ。わりと和食好きではあるけれど甘いものも好きだと誠が言うから、『茶樹』のケーキを一度仁聖が差し入れたのだ。そうしたら子供のようにふぁぁ!!と感動しきりになった誠を見た悠生が、その誠の余りの可愛さに悶絶したのは言うまでもない。その後悠生がたまに色々と買って帰っているそうだけれど、ショーケースに並んだケーキが見てみたいと誠が言う気持ちもわからなくない。ここは時間によってはそれほど人気もないし、食べ物も美味しいから誠が喜びそうだと仁聖は思ったのだけれど。
「ここ、ですか?」
うんと、仁聖が答えると珍しく惣一が言葉に詰まって考え込む。常に穏やかな笑顔の惣一なら誠もそんなに怯えないだろうと思ったのに、案外と即決で許可にならなかったのに仁聖が目を丸くする横で、了の方が何かに気がついたように視線を向ける。
「惣一さん、昔の店で会ってるんだ?邑上誠。」
え?という顔をする仁聖と納得顔の了の向かいで、少しだけほろ苦い微笑み浮かべた惣一がまぁそうですねぇと口にした。
好好爺めいた現在の久保田惣一しか知らないと、目の前の男が過去にアンダーグラウンドの総元締め的な事をしていた男だと気がつかないのは仕方がない。しかも惣一は過去にはSMをショーにした店を駅の北側で経営し、その店には邑上祐市と外﨑宏太が一時期調教師のして在籍していて、それ以外にも多方面に後ろめたい仕事ばかり手掛けてもいた。まぁそんなことから手を引いて既に何年にもなるのだが、未だにその当時の部下達からは『兄貴』と慕われ続けていたりもする。それはさておき惣一は勿論だが邑上市玄は過去のお得意様であり祐市とも店に来る前からの知り合いで、無論誠が市玄に買われた当時の事からその後もよく知っているのだと答えることが出来てしまう。
勿論、ここで言いはしないが
今後に誠が惣一や惣一の大事な弟達に敵対するなら勿論情報は有効に遣わせてもらうが、今の誠にはその力が何一つないというのは聞けばわかるし、それが何から引き起こされているかも知っている。しかも目下惣一としては少しだけ身の回りに面倒な事件も起こっている最中なので、完全に無力になってしまった誠に余計なことをするつもりはない。それでも記憶がない誠がやって来て、惣一の顔で何かを思い出さないとは言いきれないということなのだ。
「…………私でなく良二がカウンタ-にいる時に、くるといいと思いますよ?」
最近は惣一が育児のために、少し店を開けることもある。その間は厨房の鈴徳良二が店長代理ということでカウンタ-に立つことがあるし、わりとその期間は定期的にとっているからタイミングはとりやすい。その時に来たら問題はないだろうと言う惣一に、暗に過去に顔見知りでしたという言葉が垣間見えて仁聖は改めて目を丸くしている。
「惣一さんって…………本当底知れない…………。」
「はは、昔のおいたですよ、そんなことを言ったら君のお父さんの方が。」
話が自分の父親の昔の武勇伝になりそうなので、慌てて仁聖が話を遮る。いや、以前は自分の父親の昔の話しと惣一の話をワクワクして聞いていたのだが、次第にちょっとそれはヤバいということを父がしていたのに気がついて最近は聞くのを控えるようにしているのだ。そりゃそうだろう?どこぞの家から人知れず逃げるための脱出口を内密に作っていたとか、どこぞの国有地の山林の中に秘密の施設を建築していた噂とか、ちょっと段々父親の武勇伝がサスペンスとかの域に入り始めているのだ。
「それにしても恭平が虎かぁ……。」
「了君の大事な宏太はなんですかね?」
「え?宏太?」
何とはなく話を猫科彼氏に戻していた了に、呑気な笑顔で話を切り替えた惣一がサラリと言う。いや、慣れてはきたが大事なとかつけられると恥ずかしいからと了が頬を染めたのはさておき。そういわれてしまうと外﨑宏太は何のイメージなんだろうと神妙な顔で了が考え込むのに、仁聖も同じく考え込む。
盲目で足に障害がある癖に、ちゃんと合気道はつかえるし抜刀術なんてとんでもないことも出来てしまう。ハイスペックの頭があるし、スタイルも良いし、でもちょっと一部了に固執し過ぎるところは暴走気味な外﨑宏太。
「…………動きとかは……猫科っぽくない?」
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