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間章 ソノサキの合間の話
間話95.猫科彼氏?
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時々…………いや、ある意味定期的に榊仁聖が邑上悠生と邑上誠が暮らす家に、差し入れの野菜やらお手製作り置きシリーズを詰め込んだタッパーと共に訪れる。どうやらその影では藤咲信夫が悠生のことを半端なく心配していて、見知らぬゴツい男が行って誠を驚かせるくらいなら、悠生と歳の近くて仲の良い仁聖の方が誠も怯えないだろうと配慮しての向かわせているということだったみたいだ。勿論仁聖の方だって、友人として悠生のことを親身に心配しているのもある。何しろ初心者の悠生が初めての家事だけでなく、誠の介護なんてものを一人でやろうとしているのを気遣ってくれてもいるのだ。
仁聖が一人で全部やれなくていいんだと何気なく言ってくれて気が楽になった
悠生としては比較対照に出来るものが何もないし、悠生自身も身内が誠しか居ないから世の中の普通のことなんて全く分からない。そんな何もかも手探り状態だというのに、一人で完璧にやるしかないとどこかでは思っていた。けれど、同じ様な家庭環境で育った仁聖が『いや、そんなの無理だし!』と一笑に付して、家事はこの程度で大丈夫だからと良い意味で手抜きすることを教えてくれたのはとても大きい。1つ違いなだけの歳の差しかない仁聖とのLINEが、目下悠生の家事相談に溢れているのは笑い話だ。何しろ悠生だって独り暮らしの時の家事は殆んど手をつけてないに等しいのだから、賞味期限と消費期限の違いって何?から分からないことだらけ。いや、調べれば良いとか言わないでほしい。これまではこれが自分の事だけだったら、あー捨てれば良いのかね?食べてみる?あ、腹壊したなー位の判断で済むけれど、今の誠の身体はそんなことには絶対対応しきれないし誠に少しでも体力をつけさせたいのは言うまでもない。そしてこれからのことを真剣に考えれば節約だって、ちゃんと考えなきゃならないと思う。そりゃぁ検索すりゃいいだけのことだと思うだろう?でも相談相手が一人くらい欲しくなるのは、初心者マークの人間としては仕方ない事だ。
とは言え相談は兎も角家に来るとなると、最初の対面で誠が完璧な人馴れしていない野良猫状態になってしまったのには流石に苦笑いするしかない。お陰で……実はあの事件の拉致で仁聖に怪我をさせる事態を引き起こしていた誠なのだけれど……、仁聖から誠は前に悪いことをしていた人というよりは、最早スッカリ『猫みたいな人』で認定されてしまっている。
「あ、こんちは、猫みたいな兄さん。」
しかも仁聖がその個人的な認定を何一つ隠すことなく誠に向かっても呼び名として口にするから、誠は絶妙に再び猫のような威嚇状態に陥っていて遠巻きに仁聖を伺う始末だ。まぁ仁聖の人柄は元々こうなんだし、威嚇しているわりに視界にはいるのだから案外問題無さそうである。それにしても人好きするというか、初対面から数回で家に来ても問題ないと認識はされているところが凄い。
こういうところが、天性というか天然というか。
江刺家八重子が仁聖のことを『無意識の天性の人たらし』と笑いながら話していたが、仁聖は誰に教えられたわけでもなく無意識に相手が警戒しなくていい距離感を本能的にとれるようだという。悠生みたいに常に人からわりと誤解されやすいタイプとは真逆で、仁聖は無意識に相手を不快にさせない距離とか行動の最善を選び出せるらしい。悠生だったら慣れない相手とは虚勢を張って警戒し更に広く距離をとるのを普
通だが、仁聖は対話や接触の合間に相手が不快にならないポイントを見つけられてしまう。だからあまり人に警戒させないし、直ぐに誰とでも仲良くなれてしまうということなのだ。
えー?何でって…………なんとなく?
どうやって人との距離感を判断してるんだ?と問いかけてみたら、サラリとこう答えられてしまうのが仁聖だ。これを同じようにしろと言われても、悠生には絶対に同じような行動も判断も出来ない。その仁聖固有の特技のお陰か誠がチラチラ視界を右往左往しているのには、悠生としては苦笑いするしかない。しかも仁聖が持ってくるものが絶妙に美味しい物だと気がついてもいる誠が、ジリジリと2人と距離を詰め始めているのが尚更猫っぽい。まぁ見ていて距離をチリチリ詰める誠は可愛いので、視界の端で堪能しつつ仁聖の持ち込んだタッパーを覗いてみる。
「猫じゃない…………。」
「あ、喋った。」
そして遂に仁聖の言葉にぶっきらぼうにとはいえポソリと小声で返答した誠に、何でだろうかこれまで遠巻きにしか餌を与えられなかった野良猫が足元までやって来た感が否めない。クルリと振り返って誠のことを眺めて喋ったと笑う仁聖に、相変わらずシャーッと毛を逆立てた猫みたいに誠が警戒しているのが段々可笑しくなってきた。
「黒猫っぽいかな?でもどっちかって言うと、ロシアンブルーとかっぽいよな。」
「……確かに……でもシンガプーラとかっぽい気も。」
どちらにしても少し毛足の短いスラッとした印象の猫で、マンチカンやら見たいなズングリという感じではない。そんなことを話しているのに誠が2人から猫扱いされているのに気がついてムーッとした顔をしている。その顔も可愛いから、誠ってば。
それにしても仁聖の料理のレパートリーの広さには、初心者の悠生としては大分助けられている。それに2人暮らしの食材配分とか、地味に調べるにも余り表には出てこないことを教えてもらえることも多い。しかもお互いの相手が状況は違えど食が細くて、脂っこいものが少し苦手だったりもするから悠生にはとても助かる。
「そうだ、この間のやつ誠が喜んで食べたんだ、ありがとな。」
「あぁ、あれ、作り置きして出汁ごと凍らせとくと常備しやすいぞ。」
「え、出汁ごと凍らせていいもんなの?」
前回仁聖が里芋入りの豚汁を作ってきてくれたのだが、出汁が良かったのか誠は美味しいと喜んで何時もよりも多く食べたのだ。仁聖が冷凍に向かない食材を避けて作ってると教えてくれて、しかも味をつけずに出汁だけで煮ておき冷凍しておけばいいという。その後の味は味噌でも醤油でもいけると言うし、今回のような汁物以外にも煮物とか他のメニューにも転用できてしまうとか。こんな主夫トークで同じ年頃の友人と盛り上がる日が来るなんて思いもしなかったが、仁聖のバックにはシュフ友だけでなく他にも敏腕シェフやら時短調理の名人やらが揃っているらしい。簡単調理で出来る物から慣れて次第にレベルアップするのが一番らしくて、仁聖も料理を初めてから2年しか経ってないという。となれば気負わなくてもやっていれば悠生も腕は上がるだろうし、上手く時間をこなせれば他の事だって余裕も出来る。
「まぁ、そこんとこが家事ってやつだよなぁ。」
「俺、料理の次は洗濯が苦手かも。」
「あー、分からんでもない。化繊やらウールやらだろ?」
しかもこんな風に悠生と仁聖で盛り上がって話していても、仁聖はちゃんと誠の動向を敏感に察知しているのにはちょっと驚く。最初の頃は立ち回りが上手い奴だ位にしか思わなかったが、仁聖自身が周囲を良く見る質なのだろう。賑やかに愛想の良い笑顔を誠に振り向け、ねぇと問いかけている。人好きする笑顔に逃げ出す隙を奪われたらしい誠が、不思議そうに仁聖を見上げて首を可愛く傾げて見せた。
「猫の兄さんは、何が好きなの?」
「猫じゃない…………。」
「だって、行動が猫だよ?で?何が好きだった?」
「…………すき、なの?」
そう、好きなの。どれが美味しかった?と問いかけられ、誠が神妙な顔で考え込んでいるが、寸前まで悠生達が誠には加われない話で盛り上がっていたのを寂しそうに見上げたのを仁聖はちゃんと視界に入れていたようだ。だからあえて誠の意識を自分の方に引いて、会話に巻き込んでくれたらしい。
「好きなの分かったら、悠生に好きそうなののレシピ教えるからさ?」
「悠生に?」
「そ、そしたら、悠生が沢山猫の兄さんの好きなもの作れるでしょ?」
そう言われると、誠としては何処か惹かれる部分があったらしい。好きなものに近い物を色々作って貰えるのに、どことなくウキウキしている風にも見えて何だか微笑ましい。あぁ、因みに誠が悠生を思い出して悠生を認識しているというのは、速攻でLINEで仁聖には教えてある。仁聖はよかったなぁとすぐに返答してくれたが、『そうなるような気がしてた』なんて予言みたいなことを言う。なんでそう感じたんだ?と問いかけたら、仁聖は『いや、記憶がなくても大事な人は大事なものだから』なんて不思議なことを言う。というのも仁聖の友人に以前一過性で誠と同じ様に、部分的に記憶喪失のような状態になった人がいたらしい。その人は大事な家族のことを忘れていたらしいけれど、忘れていても常にその人のことを目で追いその人との暮らしを無意識にしていたそうだ。そして、あっさりと大事な人だと認識したら記憶も元通りになったという。だから誠が記憶がなくても悠生を必要としているから、そんなに心配することはないんじゃないかと思ったという。
思い違いってのはさぁ?お前を別な人と認識し続ける筈ないって俺は思ったから
そう仁聖はいう。何しろ誠は四六時中悠生のことを目で追っていたし、誠が仁聖に威嚇してるのは悠生を守らないとと思うからだと思ったからだという。つまりは誠は悠生と認識していなくても、以前悠生のために仁聖を排除しようとした時と何も行動が変わっていない。だから暫く一緒に過ごして気持ちが落ち着いたら、悠生の事は思い出すだろう。だから永遠に別人と認識して生きていくなんてあり得ないと思ったらしい。流石にそれを面と向かって仁聖から言われたら何かとても恥ずかしくなってしまったのは、ここだけの話し。仁聖が端からみていて直ぐにそう思えたのに、自分はまるで盲目のように誠の事が見えていなかった訳だ。
「さいしょの方の……卵の……が美味しかった……。」
「あぁ、卵とじ?そっか、猫の兄さんは和食党ってことかぁ。」
なら和食中心にレシピ送るわと呑気に笑う仁聖に誠は少しだけ考え込んだ気配を滲ませたが、猫じゃないともう一度小さな声で繰り返す。そして思いきったように視線を上げると、仁聖に向かって珍しく誠の方が口を開いていた。
「僕……誠…………だから。」
「ん、誠さんね。俺は仁聖でいいよ。」
「じん、せ。」
辿々しく名前を確認するみたいに仁聖と呟き名前を呼ぶ誠の姿に、悠生の方が驚いて目を丸くしてしまう。仁聖のコミュニケーション能力が悠生と比較しなくても異常に高いのは知っているけど、野生の野良猫を人間になつかせるのは正直こんな早く簡単にこなされては困ってしまうところだ。
「そんな顔しなくても、誠さんは悠生しか見えてないよ?ね?」
「ふぁ?!!」
仁聖から呑気にそんなことを言われて、悠生は嫉妬心が諸に顔に出てしまっていたらしいのに気がつく。でも、自分よりも仁聖に指摘されてしまった誠の方が、湯で上がったみたいに真っ赤になってしまった。お陰で再び威嚇する猫のようにフシャーッと毛を逆立てて、あっという間に車椅子で逃げ去ってしまう。今更だが誠はこうして仁聖から逃げるお陰で、段々と車椅子操作が上手くなっている気がしなくもない。
「面白い人だなぁ、誠さん。」
「いや、あんまり興奮させないでくれよ。」
「見たまんまを言ってるだけなんだけど。恭平とはタイプが違うから新鮮。」
そんなことを言うからお前のところの恭平さんとやらは、どんな人?と問いかけてみたら、とんでもなく惚気られた。どうやら仁聖の大事な榊恭平さんという人は、同じ猫科でも誠のような家猫系というよりは、どうも『白い虎』のような人らしい。いや、その表現は恋人として流石にどうなのかなぁと思うけれど、気に入らない相手には容赦ないが気を許すと懐の広い強い人なのだとヘラヘラと幸せ満載の笑顔でいう。
「いや、虎って……。」
「だって恭平ってば白い袴着て古武術やっててさぁ、もう本当に綺麗で超格好いいんだよ。怒らせたら凄く怖いけど、優しいし、俺には甘えたになるしさぁ。もう、」
もういいです。と申し上げても止まりそうにない。しまった、これが仁聖の地雷なのかと思うくらいの、仁聖の完璧な惚気っぷりに逃げた誠が不思議そうに再びソロソロ近寄ってきている。それにしても白虎のような人と称される恋人と当たり前のように惚気られる仁聖も大概なんではないだろうか。それとも好きな人の話しというのは、誰しも実は気がつかずにこんな風に惚気ているものなのだろうか?
「じんせ、なに話してる?」
「あぁ、俺のね、大事な恭平のこと。」
「大事……?じんせ、の大事なひと?」
「そうそう、俺の大事な家族で恋人。」
へぇと感心したように誠が、近寄ってきて仁聖の惚気をマトモに聞こうとしている。いや、誠それは聞かない方がいい。多分日暮れになっても仁聖の惚気は、絶対に止まらない気がするから。
仁聖が一人で全部やれなくていいんだと何気なく言ってくれて気が楽になった
悠生としては比較対照に出来るものが何もないし、悠生自身も身内が誠しか居ないから世の中の普通のことなんて全く分からない。そんな何もかも手探り状態だというのに、一人で完璧にやるしかないとどこかでは思っていた。けれど、同じ様な家庭環境で育った仁聖が『いや、そんなの無理だし!』と一笑に付して、家事はこの程度で大丈夫だからと良い意味で手抜きすることを教えてくれたのはとても大きい。1つ違いなだけの歳の差しかない仁聖とのLINEが、目下悠生の家事相談に溢れているのは笑い話だ。何しろ悠生だって独り暮らしの時の家事は殆んど手をつけてないに等しいのだから、賞味期限と消費期限の違いって何?から分からないことだらけ。いや、調べれば良いとか言わないでほしい。これまではこれが自分の事だけだったら、あー捨てれば良いのかね?食べてみる?あ、腹壊したなー位の判断で済むけれど、今の誠の身体はそんなことには絶対対応しきれないし誠に少しでも体力をつけさせたいのは言うまでもない。そしてこれからのことを真剣に考えれば節約だって、ちゃんと考えなきゃならないと思う。そりゃぁ検索すりゃいいだけのことだと思うだろう?でも相談相手が一人くらい欲しくなるのは、初心者マークの人間としては仕方ない事だ。
とは言え相談は兎も角家に来るとなると、最初の対面で誠が完璧な人馴れしていない野良猫状態になってしまったのには流石に苦笑いするしかない。お陰で……実はあの事件の拉致で仁聖に怪我をさせる事態を引き起こしていた誠なのだけれど……、仁聖から誠は前に悪いことをしていた人というよりは、最早スッカリ『猫みたいな人』で認定されてしまっている。
「あ、こんちは、猫みたいな兄さん。」
しかも仁聖がその個人的な認定を何一つ隠すことなく誠に向かっても呼び名として口にするから、誠は絶妙に再び猫のような威嚇状態に陥っていて遠巻きに仁聖を伺う始末だ。まぁ仁聖の人柄は元々こうなんだし、威嚇しているわりに視界にはいるのだから案外問題無さそうである。それにしても人好きするというか、初対面から数回で家に来ても問題ないと認識はされているところが凄い。
こういうところが、天性というか天然というか。
江刺家八重子が仁聖のことを『無意識の天性の人たらし』と笑いながら話していたが、仁聖は誰に教えられたわけでもなく無意識に相手が警戒しなくていい距離感を本能的にとれるようだという。悠生みたいに常に人からわりと誤解されやすいタイプとは真逆で、仁聖は無意識に相手を不快にさせない距離とか行動の最善を選び出せるらしい。悠生だったら慣れない相手とは虚勢を張って警戒し更に広く距離をとるのを普
通だが、仁聖は対話や接触の合間に相手が不快にならないポイントを見つけられてしまう。だからあまり人に警戒させないし、直ぐに誰とでも仲良くなれてしまうということなのだ。
えー?何でって…………なんとなく?
どうやって人との距離感を判断してるんだ?と問いかけてみたら、サラリとこう答えられてしまうのが仁聖だ。これを同じようにしろと言われても、悠生には絶対に同じような行動も判断も出来ない。その仁聖固有の特技のお陰か誠がチラチラ視界を右往左往しているのには、悠生としては苦笑いするしかない。しかも仁聖が持ってくるものが絶妙に美味しい物だと気がついてもいる誠が、ジリジリと2人と距離を詰め始めているのが尚更猫っぽい。まぁ見ていて距離をチリチリ詰める誠は可愛いので、視界の端で堪能しつつ仁聖の持ち込んだタッパーを覗いてみる。
「猫じゃない…………。」
「あ、喋った。」
そして遂に仁聖の言葉にぶっきらぼうにとはいえポソリと小声で返答した誠に、何でだろうかこれまで遠巻きにしか餌を与えられなかった野良猫が足元までやって来た感が否めない。クルリと振り返って誠のことを眺めて喋ったと笑う仁聖に、相変わらずシャーッと毛を逆立てた猫みたいに誠が警戒しているのが段々可笑しくなってきた。
「黒猫っぽいかな?でもどっちかって言うと、ロシアンブルーとかっぽいよな。」
「……確かに……でもシンガプーラとかっぽい気も。」
どちらにしても少し毛足の短いスラッとした印象の猫で、マンチカンやら見たいなズングリという感じではない。そんなことを話しているのに誠が2人から猫扱いされているのに気がついてムーッとした顔をしている。その顔も可愛いから、誠ってば。
それにしても仁聖の料理のレパートリーの広さには、初心者の悠生としては大分助けられている。それに2人暮らしの食材配分とか、地味に調べるにも余り表には出てこないことを教えてもらえることも多い。しかもお互いの相手が状況は違えど食が細くて、脂っこいものが少し苦手だったりもするから悠生にはとても助かる。
「そうだ、この間のやつ誠が喜んで食べたんだ、ありがとな。」
「あぁ、あれ、作り置きして出汁ごと凍らせとくと常備しやすいぞ。」
「え、出汁ごと凍らせていいもんなの?」
前回仁聖が里芋入りの豚汁を作ってきてくれたのだが、出汁が良かったのか誠は美味しいと喜んで何時もよりも多く食べたのだ。仁聖が冷凍に向かない食材を避けて作ってると教えてくれて、しかも味をつけずに出汁だけで煮ておき冷凍しておけばいいという。その後の味は味噌でも醤油でもいけると言うし、今回のような汁物以外にも煮物とか他のメニューにも転用できてしまうとか。こんな主夫トークで同じ年頃の友人と盛り上がる日が来るなんて思いもしなかったが、仁聖のバックにはシュフ友だけでなく他にも敏腕シェフやら時短調理の名人やらが揃っているらしい。簡単調理で出来る物から慣れて次第にレベルアップするのが一番らしくて、仁聖も料理を初めてから2年しか経ってないという。となれば気負わなくてもやっていれば悠生も腕は上がるだろうし、上手く時間をこなせれば他の事だって余裕も出来る。
「まぁ、そこんとこが家事ってやつだよなぁ。」
「俺、料理の次は洗濯が苦手かも。」
「あー、分からんでもない。化繊やらウールやらだろ?」
しかもこんな風に悠生と仁聖で盛り上がって話していても、仁聖はちゃんと誠の動向を敏感に察知しているのにはちょっと驚く。最初の頃は立ち回りが上手い奴だ位にしか思わなかったが、仁聖自身が周囲を良く見る質なのだろう。賑やかに愛想の良い笑顔を誠に振り向け、ねぇと問いかけている。人好きする笑顔に逃げ出す隙を奪われたらしい誠が、不思議そうに仁聖を見上げて首を可愛く傾げて見せた。
「猫の兄さんは、何が好きなの?」
「猫じゃない…………。」
「だって、行動が猫だよ?で?何が好きだった?」
「…………すき、なの?」
そう、好きなの。どれが美味しかった?と問いかけられ、誠が神妙な顔で考え込んでいるが、寸前まで悠生達が誠には加われない話で盛り上がっていたのを寂しそうに見上げたのを仁聖はちゃんと視界に入れていたようだ。だからあえて誠の意識を自分の方に引いて、会話に巻き込んでくれたらしい。
「好きなの分かったら、悠生に好きそうなののレシピ教えるからさ?」
「悠生に?」
「そ、そしたら、悠生が沢山猫の兄さんの好きなもの作れるでしょ?」
そう言われると、誠としては何処か惹かれる部分があったらしい。好きなものに近い物を色々作って貰えるのに、どことなくウキウキしている風にも見えて何だか微笑ましい。あぁ、因みに誠が悠生を思い出して悠生を認識しているというのは、速攻でLINEで仁聖には教えてある。仁聖はよかったなぁとすぐに返答してくれたが、『そうなるような気がしてた』なんて予言みたいなことを言う。なんでそう感じたんだ?と問いかけたら、仁聖は『いや、記憶がなくても大事な人は大事なものだから』なんて不思議なことを言う。というのも仁聖の友人に以前一過性で誠と同じ様に、部分的に記憶喪失のような状態になった人がいたらしい。その人は大事な家族のことを忘れていたらしいけれど、忘れていても常にその人のことを目で追いその人との暮らしを無意識にしていたそうだ。そして、あっさりと大事な人だと認識したら記憶も元通りになったという。だから誠が記憶がなくても悠生を必要としているから、そんなに心配することはないんじゃないかと思ったという。
思い違いってのはさぁ?お前を別な人と認識し続ける筈ないって俺は思ったから
そう仁聖はいう。何しろ誠は四六時中悠生のことを目で追っていたし、誠が仁聖に威嚇してるのは悠生を守らないとと思うからだと思ったからだという。つまりは誠は悠生と認識していなくても、以前悠生のために仁聖を排除しようとした時と何も行動が変わっていない。だから暫く一緒に過ごして気持ちが落ち着いたら、悠生の事は思い出すだろう。だから永遠に別人と認識して生きていくなんてあり得ないと思ったらしい。流石にそれを面と向かって仁聖から言われたら何かとても恥ずかしくなってしまったのは、ここだけの話し。仁聖が端からみていて直ぐにそう思えたのに、自分はまるで盲目のように誠の事が見えていなかった訳だ。
「さいしょの方の……卵の……が美味しかった……。」
「あぁ、卵とじ?そっか、猫の兄さんは和食党ってことかぁ。」
なら和食中心にレシピ送るわと呑気に笑う仁聖に誠は少しだけ考え込んだ気配を滲ませたが、猫じゃないともう一度小さな声で繰り返す。そして思いきったように視線を上げると、仁聖に向かって珍しく誠の方が口を開いていた。
「僕……誠…………だから。」
「ん、誠さんね。俺は仁聖でいいよ。」
「じん、せ。」
辿々しく名前を確認するみたいに仁聖と呟き名前を呼ぶ誠の姿に、悠生の方が驚いて目を丸くしてしまう。仁聖のコミュニケーション能力が悠生と比較しなくても異常に高いのは知っているけど、野生の野良猫を人間になつかせるのは正直こんな早く簡単にこなされては困ってしまうところだ。
「そんな顔しなくても、誠さんは悠生しか見えてないよ?ね?」
「ふぁ?!!」
仁聖から呑気にそんなことを言われて、悠生は嫉妬心が諸に顔に出てしまっていたらしいのに気がつく。でも、自分よりも仁聖に指摘されてしまった誠の方が、湯で上がったみたいに真っ赤になってしまった。お陰で再び威嚇する猫のようにフシャーッと毛を逆立てて、あっという間に車椅子で逃げ去ってしまう。今更だが誠はこうして仁聖から逃げるお陰で、段々と車椅子操作が上手くなっている気がしなくもない。
「面白い人だなぁ、誠さん。」
「いや、あんまり興奮させないでくれよ。」
「見たまんまを言ってるだけなんだけど。恭平とはタイプが違うから新鮮。」
そんなことを言うからお前のところの恭平さんとやらは、どんな人?と問いかけてみたら、とんでもなく惚気られた。どうやら仁聖の大事な榊恭平さんという人は、同じ猫科でも誠のような家猫系というよりは、どうも『白い虎』のような人らしい。いや、その表現は恋人として流石にどうなのかなぁと思うけれど、気に入らない相手には容赦ないが気を許すと懐の広い強い人なのだとヘラヘラと幸せ満載の笑顔でいう。
「いや、虎って……。」
「だって恭平ってば白い袴着て古武術やっててさぁ、もう本当に綺麗で超格好いいんだよ。怒らせたら凄く怖いけど、優しいし、俺には甘えたになるしさぁ。もう、」
もういいです。と申し上げても止まりそうにない。しまった、これが仁聖の地雷なのかと思うくらいの、仁聖の完璧な惚気っぷりに逃げた誠が不思議そうに再びソロソロ近寄ってきている。それにしても白虎のような人と称される恋人と当たり前のように惚気られる仁聖も大概なんではないだろうか。それとも好きな人の話しというのは、誰しも実は気がつかずにこんな風に惚気ているものなのだろうか?
「じんせ、なに話してる?」
「あぁ、俺のね、大事な恭平のこと。」
「大事……?じんせ、の大事なひと?」
「そうそう、俺の大事な家族で恋人。」
へぇと感心したように誠が、近寄ってきて仁聖の惚気をマトモに聞こうとしている。いや、誠それは聞かない方がいい。多分日暮れになっても仁聖の惚気は、絶対に止まらない気がするから。
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