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間章 ソノサキの合間の話
間話87.悲しい恋の行方11
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深い眠りの底で何かを思い出して、何度も夢の中で繰り返していた気がする。何かをいわないと、伝えないとと繰り返していて、目覚めた時には僅かにまだ記憶に残っていた気がしていた。それなのに目覚めて身体を引き起こしてくれた祐市が突然に邑上誠の唇を奪ってきたせいで、何もかもが彼方に吹っ飛んでしまったのだ。柔らかな少し自分より厚い唇が押し当てられ、そのまま微かに舌が探るように動くのを感じてしまう。そのせいで昨日の夜も激しく唇を奪われて、何度となく舌を射し込まれ絡められて吸い上げられたのまで生々しく思い出してしまった。
な、何で…………
そう何度も言ったけれど祐市は、過去にはそういう行為を誠とは一度もしたことのない相手だった。何度も何度も猛る怒張を口に捩じ込まれ、喉の奥まで激しく腰を振り突き込まれたことはある。祐市の声でされる市玄の命令で他の男の怒張を何本も咥えたこともあるし、その男が望むように自ら舌を出して口付けをしたことも数えきれない。そんなのはまだ可愛いもので、言葉に出来ないような行為を強いられていたのだから、キスなんてと思うだろう。でも正直、こんな風に恋人にするようなキスはしたことがない。
キスなんて……っ
何しろ祐市の別な恋人は女であって、自分は愛すらない。誠はただの哀れな出来損ないの同朋に過ぎなかったし、祐市にとっては誠が市玄の気を引き続けられれば尚更都合がいいのだ。祐市が調教師であり続け誠が性的に虐げられることに歓喜する身体であれば、市玄は新たな刺激をあえて求めようとはしない。それが分かっているから逆にそうあり続けて貰わないと、他に守りたい者がいた祐市には困るのだ。
それなのにここに来て、大きく変わってしまっている。勿論市玄が居なくなったのが大きいのは分かっているけれど、愛してもいなかった筈の誠に対する祐市の行動がおかしいのだ。
甲斐甲斐しく世話を焼いてくれたり何故か祐市は寝ている自分にそっとキスしてみたり、昨日みたいに腰が抜けてしまいそうな心地良い激しいキスをしてみたり。
しかも、寝起きに、寝起きっ
そうだ、先日もう一緒に寝ないと宣言したのは祐市の方なのに、何故抱き締めるみたいにして寝ていたのか。いや、泣きじゃくった自分をあやすためなのは分かっているけれど、泣き止んだのが分かっていたら夜には離してくれれば良かったのだ。何てことを頭の中で繰り返し考えているうち顔が酷く熱をもった感じになって誠は、思わずまだ寝起きでぎこちない指先で顔に触れてみる。
「…………ちょっと……誠…………っ。」
何が?とその言葉に思うけれど、その誠の仕草を間近に眺めていた祐市が視線を背けてホンノリと頬を染めるのが間近に見えていた。何かおかしな事をしたのだろうかと誠が小さく首を傾げたのに、祐市は『もう』とまた小さく低く呟くのが聞こえる。
「それ、ちょっと………………可愛いから…………。」
可愛い?一体祐市は何を言っているんだとポカンとする誠に、何故か祐市が手を伸ばしてきてそっと誠の強ばっている手を包み込む。そしてきっとこれは祐市が自分よりも、恐らく完全に寝ぼけているのだろうとしか誠にも思えない行動をしたのだ。祐市は誠の指先を大きな手で包み引き寄せたかと思うと、恋人にするみたいにそっと唇に押し当ててきた。
「ちょ、に、さん?」
そう泡を食って慌てて口から必死に声を絞り出した誠に、フッと我に返ったみたいに祐市がどこか悲しげな顔をしたのが見える。まるで『兄さん』と呼ばれたのに傷ついたみたいな瞳をして、祐市は誠の顔を見つめて深い溜め息をつく。何が起きているんだろうと呆気にとられている誠を置き去りにして、祐市はスルリとベットからしなやかな動きで降りて車椅子に向かって歩きだしている。
兄さんって呼ばれたくない?……でも、
祐市と呼ばれるのも嫌なんじゃないだろうか。どうしたらいいか分からなくて戸惑っている誠を他所に、祐市はさっさと車椅子を近づけていて苦笑い混じりの微笑みで誠の顔を覗き込む。
「車椅子に動くよ?いい?」
「は、はぃ…………。」
思わずそう答えると苦笑いが更に広がって、ちょっと寝ぼけてただけだからと祐市が謝ってくる。やっぱり寝ぼけてたのかと安堵するけれど、同時にあんな寝ぼけかたってあるのだろうかと首を捻ってしまう。名前を呼んで、しかも自分を可愛いとか訳の分からないことを言って…………でも寝ぼけてたと言われれば納得するしかない。大人しく何時もされるように手を伸ばして首筋に手を掛ける誠に、何故か祐市はもう一度深い溜め息をついている。
「あの、……にぃさん…………?」
「あぁ、ごめん、移すね?掴まって。」
車椅子移動には座面に向かって身体をターンさせるのが1番安定しているから、どうしても向かい合って抱きかかえられるかたちになってしまう。もしかしてこんな風に自分を抱き上げるのは、昨日の事もあるから気分が悪いのかもしれない。戸惑いが首筋に掴まっている誠の腕に出ていたのか、身体を抱き上げようとした祐市が少しだけ眉を寄せるのが視界の端に見えていた。
「誠。」
ちゃんと掴まってと言われるのかと思って慌ててしがみつく誠に、腰を抱き上げた祐市は何故か身体をターンさせずにそのまま太股に腕を回して掬い上げていた。ひょいっと急に身体をかかえ上げられて、慌てた誠がバランスをとろうと必死に首に縋りつく。
「にぃ、さ!な、なに、して。」
「なんか……黙ってるの辛い。」
唐突に見上げるようにして祐市が口を開いたのに、その顔を見下ろした誠は戸惑いに満ちた瞳を揺らめかせていた。何を黙っているのが辛いのかと聞くのが怖い。もし、祐市が自分と暮らすのが嫌になったと言うとしたら、何もない誠にはどうしようもなくなってしまう。せめて自分の事が自分で出きるようなら分かったと告げて立ち去ることも出きるだろうけれど、歩くことすらままならない上に言葉も上手く話せない。そんな自分を優しく世話してくれる祐市に頼りすぎているのは分かっているけれど、まだなんとか一人で出来るなんて自信もないのに。
「ぼ、僕……もっと、がんばる……から。」
思わず泣き出しそうになってしまう誠に抱き上げ見上げていた祐市は少し驚いたように目を丸くしてみせたけれど、そうじゃないよと淡く柔らかな微笑みを浮かべてみせていた。
「違うの?にぃ、さんは、僕が、めんどうじゃない?」
「違うよ、誠。俺ね、誠が好きだよ。」
その言葉にホッとしたように誠が涙目で微笑んだのに、祐市はまた少し悲しそうな顔をしてみせる。何でそんな顔するの?と戸惑う誠の顔に、祐市は自ら顔を近づけて誠の頬にキスをおとしてみせた。突然の行動にキョトンとする誠に、再び祐市が花が咲くように笑う。
「俺、誠が好きなんだ。」
「すき?」
弟として?そう問い返した誠に、祐市は違うよと笑い掛けてくる。何を言い出しているんだろうと誠が全く理解できていないのに、祐市はまた『好きだよ』と柔らかな声で繰り返して、今度は唇に軽くキスを落とす。
すき?
どういう意味?誠はポカンとしていて、これでもまだ祐市の言葉が理解出来そうにない。仕方がないと言いたげに祐市は誠を抱き上げたまま、ベットに腰かけて誠の顔を覗き込んでみせる。
「誠の事が好きだから、ここで2人で暮らそうと思ったんだ。これから、ずっと。」
『黙っていようと思ったけど、黙ってる方が辛いから言うね』と耳元で囁く祐市の声に、やっと祐市が何を言っているのか頭に伝わってきたみたいに誠の顔がジワジワと赤くなり始めている。何を突然言い出して、しかも事もあろうに自分の事を好きだなんて…………何かおかしな事をしようと企んでいるのだろうか?そう思って視線を祐市に向けるけれど。視線の先の祐市は言ってスッキリしたみたいにニコニコと笑いながら、誠の事を眺めるばかりである。
「に、ぃさん。あの…………、それ。」
「好きだよ、だからこれからは時々キスしてもいい?」
「ふぁ?!」
何を突然言い出すのかと真っ赤になって面食らう誠に、眺めていた祐市は楽しそうにクスクス笑っていて。これはからかわれてるんだと誠が思わず顔をしかめて眉を潜めたのに、祐市と来たら嬉しそうに膝の上に抱き上げた腰を引き寄せ軽くキスして来る有り様だ。祐市はもしかして酔っている?もしかして何か熱でもある?昨日からそういえば突然おかしなキスをして来たりしてるし、慣れない家事とか自分の世話で疲れておかしくなっているのか。それにしても流石に誠をからかうにしたって、言うことに程度がある。
「か、からかって、バカにしてる。にぃさん。」
「からかってない、本気で全部言ってる。」
そんなことをこんな風に直球勝負みたいに真っ正直に言われたら、余計に困る。だって今までの事はどうなる?しかも、これまでの事は?それに前は自分の気持ちを知っていても祐市は誠に見向きもしてこなかった。自分は市玄から逃げるための隠れ蓑みたいなもので、……でも市玄がもういないのだから自分は不要の筈で。
「誠、嫌なら今のうちに教えてくれる?俺と嫌でもずっと2人っきりだし、俺あんまり自制心効かないみたいだし。」
それは一体どういう意味なの?自分に男のものを口で奉仕するのをちゃんと覚えろと四六時中怒張を咥えさせた事がある人が、何を突然マトモな恋愛みたいなことを言ってるの?まるで初心者の恋愛みたいに、そんなことを言わないで欲しい。自分がずっと祐市のことを嫌いじゃない、それどころかずっと全部捧げてもいいくらいに思っていたのは知っている癖に。そう大きな声で言ってやりたいのに、何故か言葉が喉につかえて口から出てこない。
「いい?キスしても。」
「うぅ……っ。」
「駄目?」
何でだ、何でこんな初々しい恋人に言うみたいに聞くんだ。誠のことなんて使い古し位に犯しつくして来た筈なのに、何でこんな初めてみたいに。まるで別人みたいに、本当に祐市なんだろうか。祐市の方も何か頭に障害でも起こして、自分を抱いていたことを忘れてしまったのだろうか。
「誠、いい?許してくれる?」
その言葉に何故か頭の中に別な顔が過った気がした。もっと凄く幼くて小さくて、弱くて。不安げに自分を遥かに下から見上げて、『いい?許してくれる?』と躊躇い勝ちに問いかけてくる子供の声。こんな子供の頃の祐市なんか知らないし、そんな子供に関わっていた事なんかないのに、記憶の中にいる子供は怯えた顔をしながら真っ直ぐな瞳で自分を見上げ続けている。
ねぇ……お願い…………いい?許してくれる?
自分はあの子供に、一体何を願われたのだろう。何かとても大事なことだった気がする。それを許してやったのか、許さなかったのか記憶は曖昧で思い出せないけれど。何かとても大切なことを、あの子供は自分に願っていた。
「誠?」
ほんの僅かの時間ボンヤリとしてしまったのだろう、心配そうな声で名前を呼んだ祐市が真剣な顔をして覗き込んできていた。何か無理を言って記憶が揺れるとまた気を失ってしまうと思ったのか、祐市は柔らかに微笑みながら返事は保留ねと笑いながら誠の事を抱き上げ車椅子にそっと降ろす。そうして、普段と変わらない朝のルーティンを始めていたのだった。
※※※
真っ赤になって自分の頬を両手で包む誠が途轍もなく可愛かった。そして車椅子に乗せるために抱き上げふっと見上げた誠が、心底自分を頼っているのが感じられて一気に堪らなくなってしまったのだ。
可愛くて可愛くて、堪らなく愛しい
寝起きで少し唇を突きだされただけで我慢できなくなってキスしてしまって、華奢な手を繋ぐだけでその指にすらキスしたくなる。ヤバい、我慢しなきゃとどんなに思っても、触りたくて仕方がないし、少しでいいから肌に触れたくて仕方ない。こんな風に誰かに焦がれて切羽詰まってしまったことなんか、産まれてからこのかた一度もない事だった。ある程度顔は良かったから悠生だって女に不自由したことなんかないし、別に好きだと言われれば付き合ってもいいか程度にしか人を思ったこともない。そんな自分が誰かに本気で惚れてしまったら、もうどうしようもなく欲しくて堪らないのに気がつく。
触りたい、キスしたい、抱き締めたい
そう一度感じてしまったら、悠生は何時かちょっとしたことで暴走してしまいそうだと思う。そうなるくらいだったら先に告げて宣言して、嫌なら嫌だと言って貰っておけば。そう破れかぶれで考えた自分の行動に、もっと慌てたのは実は誠の方だった。
好きだよ
そう宣言してキスならしてもいいか?と問いかけてみたら、誠はこれまで見たことない真っ赤な顔になって、何いってんの?どうしたの?と慌てふためき始めたのだ。あれ?父親とは肉体関係があるって言っていた筈。それなのに誠はキスなんてと悠生の前でワタワタしていて、それがまた途轍もなく可愛らしくて愛しくて。ほんの少しボンヤリと考え込んだのは気にかかりはするものの、それでも自分の気持ちを伝えて行動の理由を伝えたので楽になった気がしたのだ。
な、何で…………
そう何度も言ったけれど祐市は、過去にはそういう行為を誠とは一度もしたことのない相手だった。何度も何度も猛る怒張を口に捩じ込まれ、喉の奥まで激しく腰を振り突き込まれたことはある。祐市の声でされる市玄の命令で他の男の怒張を何本も咥えたこともあるし、その男が望むように自ら舌を出して口付けをしたことも数えきれない。そんなのはまだ可愛いもので、言葉に出来ないような行為を強いられていたのだから、キスなんてと思うだろう。でも正直、こんな風に恋人にするようなキスはしたことがない。
キスなんて……っ
何しろ祐市の別な恋人は女であって、自分は愛すらない。誠はただの哀れな出来損ないの同朋に過ぎなかったし、祐市にとっては誠が市玄の気を引き続けられれば尚更都合がいいのだ。祐市が調教師であり続け誠が性的に虐げられることに歓喜する身体であれば、市玄は新たな刺激をあえて求めようとはしない。それが分かっているから逆にそうあり続けて貰わないと、他に守りたい者がいた祐市には困るのだ。
それなのにここに来て、大きく変わってしまっている。勿論市玄が居なくなったのが大きいのは分かっているけれど、愛してもいなかった筈の誠に対する祐市の行動がおかしいのだ。
甲斐甲斐しく世話を焼いてくれたり何故か祐市は寝ている自分にそっとキスしてみたり、昨日みたいに腰が抜けてしまいそうな心地良い激しいキスをしてみたり。
しかも、寝起きに、寝起きっ
そうだ、先日もう一緒に寝ないと宣言したのは祐市の方なのに、何故抱き締めるみたいにして寝ていたのか。いや、泣きじゃくった自分をあやすためなのは分かっているけれど、泣き止んだのが分かっていたら夜には離してくれれば良かったのだ。何てことを頭の中で繰り返し考えているうち顔が酷く熱をもった感じになって誠は、思わずまだ寝起きでぎこちない指先で顔に触れてみる。
「…………ちょっと……誠…………っ。」
何が?とその言葉に思うけれど、その誠の仕草を間近に眺めていた祐市が視線を背けてホンノリと頬を染めるのが間近に見えていた。何かおかしな事をしたのだろうかと誠が小さく首を傾げたのに、祐市は『もう』とまた小さく低く呟くのが聞こえる。
「それ、ちょっと………………可愛いから…………。」
可愛い?一体祐市は何を言っているんだとポカンとする誠に、何故か祐市が手を伸ばしてきてそっと誠の強ばっている手を包み込む。そしてきっとこれは祐市が自分よりも、恐らく完全に寝ぼけているのだろうとしか誠にも思えない行動をしたのだ。祐市は誠の指先を大きな手で包み引き寄せたかと思うと、恋人にするみたいにそっと唇に押し当ててきた。
「ちょ、に、さん?」
そう泡を食って慌てて口から必死に声を絞り出した誠に、フッと我に返ったみたいに祐市がどこか悲しげな顔をしたのが見える。まるで『兄さん』と呼ばれたのに傷ついたみたいな瞳をして、祐市は誠の顔を見つめて深い溜め息をつく。何が起きているんだろうと呆気にとられている誠を置き去りにして、祐市はスルリとベットからしなやかな動きで降りて車椅子に向かって歩きだしている。
兄さんって呼ばれたくない?……でも、
祐市と呼ばれるのも嫌なんじゃないだろうか。どうしたらいいか分からなくて戸惑っている誠を他所に、祐市はさっさと車椅子を近づけていて苦笑い混じりの微笑みで誠の顔を覗き込む。
「車椅子に動くよ?いい?」
「は、はぃ…………。」
思わずそう答えると苦笑いが更に広がって、ちょっと寝ぼけてただけだからと祐市が謝ってくる。やっぱり寝ぼけてたのかと安堵するけれど、同時にあんな寝ぼけかたってあるのだろうかと首を捻ってしまう。名前を呼んで、しかも自分を可愛いとか訳の分からないことを言って…………でも寝ぼけてたと言われれば納得するしかない。大人しく何時もされるように手を伸ばして首筋に手を掛ける誠に、何故か祐市はもう一度深い溜め息をついている。
「あの、……にぃさん…………?」
「あぁ、ごめん、移すね?掴まって。」
車椅子移動には座面に向かって身体をターンさせるのが1番安定しているから、どうしても向かい合って抱きかかえられるかたちになってしまう。もしかしてこんな風に自分を抱き上げるのは、昨日の事もあるから気分が悪いのかもしれない。戸惑いが首筋に掴まっている誠の腕に出ていたのか、身体を抱き上げようとした祐市が少しだけ眉を寄せるのが視界の端に見えていた。
「誠。」
ちゃんと掴まってと言われるのかと思って慌ててしがみつく誠に、腰を抱き上げた祐市は何故か身体をターンさせずにそのまま太股に腕を回して掬い上げていた。ひょいっと急に身体をかかえ上げられて、慌てた誠がバランスをとろうと必死に首に縋りつく。
「にぃ、さ!な、なに、して。」
「なんか……黙ってるの辛い。」
唐突に見上げるようにして祐市が口を開いたのに、その顔を見下ろした誠は戸惑いに満ちた瞳を揺らめかせていた。何を黙っているのが辛いのかと聞くのが怖い。もし、祐市が自分と暮らすのが嫌になったと言うとしたら、何もない誠にはどうしようもなくなってしまう。せめて自分の事が自分で出きるようなら分かったと告げて立ち去ることも出きるだろうけれど、歩くことすらままならない上に言葉も上手く話せない。そんな自分を優しく世話してくれる祐市に頼りすぎているのは分かっているけれど、まだなんとか一人で出来るなんて自信もないのに。
「ぼ、僕……もっと、がんばる……から。」
思わず泣き出しそうになってしまう誠に抱き上げ見上げていた祐市は少し驚いたように目を丸くしてみせたけれど、そうじゃないよと淡く柔らかな微笑みを浮かべてみせていた。
「違うの?にぃ、さんは、僕が、めんどうじゃない?」
「違うよ、誠。俺ね、誠が好きだよ。」
その言葉にホッとしたように誠が涙目で微笑んだのに、祐市はまた少し悲しそうな顔をしてみせる。何でそんな顔するの?と戸惑う誠の顔に、祐市は自ら顔を近づけて誠の頬にキスをおとしてみせた。突然の行動にキョトンとする誠に、再び祐市が花が咲くように笑う。
「俺、誠が好きなんだ。」
「すき?」
弟として?そう問い返した誠に、祐市は違うよと笑い掛けてくる。何を言い出しているんだろうと誠が全く理解できていないのに、祐市はまた『好きだよ』と柔らかな声で繰り返して、今度は唇に軽くキスを落とす。
すき?
どういう意味?誠はポカンとしていて、これでもまだ祐市の言葉が理解出来そうにない。仕方がないと言いたげに祐市は誠を抱き上げたまま、ベットに腰かけて誠の顔を覗き込んでみせる。
「誠の事が好きだから、ここで2人で暮らそうと思ったんだ。これから、ずっと。」
『黙っていようと思ったけど、黙ってる方が辛いから言うね』と耳元で囁く祐市の声に、やっと祐市が何を言っているのか頭に伝わってきたみたいに誠の顔がジワジワと赤くなり始めている。何を突然言い出して、しかも事もあろうに自分の事を好きだなんて…………何かおかしな事をしようと企んでいるのだろうか?そう思って視線を祐市に向けるけれど。視線の先の祐市は言ってスッキリしたみたいにニコニコと笑いながら、誠の事を眺めるばかりである。
「に、ぃさん。あの…………、それ。」
「好きだよ、だからこれからは時々キスしてもいい?」
「ふぁ?!」
何を突然言い出すのかと真っ赤になって面食らう誠に、眺めていた祐市は楽しそうにクスクス笑っていて。これはからかわれてるんだと誠が思わず顔をしかめて眉を潜めたのに、祐市と来たら嬉しそうに膝の上に抱き上げた腰を引き寄せ軽くキスして来る有り様だ。祐市はもしかして酔っている?もしかして何か熱でもある?昨日からそういえば突然おかしなキスをして来たりしてるし、慣れない家事とか自分の世話で疲れておかしくなっているのか。それにしても流石に誠をからかうにしたって、言うことに程度がある。
「か、からかって、バカにしてる。にぃさん。」
「からかってない、本気で全部言ってる。」
そんなことをこんな風に直球勝負みたいに真っ正直に言われたら、余計に困る。だって今までの事はどうなる?しかも、これまでの事は?それに前は自分の気持ちを知っていても祐市は誠に見向きもしてこなかった。自分は市玄から逃げるための隠れ蓑みたいなもので、……でも市玄がもういないのだから自分は不要の筈で。
「誠、嫌なら今のうちに教えてくれる?俺と嫌でもずっと2人っきりだし、俺あんまり自制心効かないみたいだし。」
それは一体どういう意味なの?自分に男のものを口で奉仕するのをちゃんと覚えろと四六時中怒張を咥えさせた事がある人が、何を突然マトモな恋愛みたいなことを言ってるの?まるで初心者の恋愛みたいに、そんなことを言わないで欲しい。自分がずっと祐市のことを嫌いじゃない、それどころかずっと全部捧げてもいいくらいに思っていたのは知っている癖に。そう大きな声で言ってやりたいのに、何故か言葉が喉につかえて口から出てこない。
「いい?キスしても。」
「うぅ……っ。」
「駄目?」
何でだ、何でこんな初々しい恋人に言うみたいに聞くんだ。誠のことなんて使い古し位に犯しつくして来た筈なのに、何でこんな初めてみたいに。まるで別人みたいに、本当に祐市なんだろうか。祐市の方も何か頭に障害でも起こして、自分を抱いていたことを忘れてしまったのだろうか。
「誠、いい?許してくれる?」
その言葉に何故か頭の中に別な顔が過った気がした。もっと凄く幼くて小さくて、弱くて。不安げに自分を遥かに下から見上げて、『いい?許してくれる?』と躊躇い勝ちに問いかけてくる子供の声。こんな子供の頃の祐市なんか知らないし、そんな子供に関わっていた事なんかないのに、記憶の中にいる子供は怯えた顔をしながら真っ直ぐな瞳で自分を見上げ続けている。
ねぇ……お願い…………いい?許してくれる?
自分はあの子供に、一体何を願われたのだろう。何かとても大事なことだった気がする。それを許してやったのか、許さなかったのか記憶は曖昧で思い出せないけれど。何かとても大切なことを、あの子供は自分に願っていた。
「誠?」
ほんの僅かの時間ボンヤリとしてしまったのだろう、心配そうな声で名前を呼んだ祐市が真剣な顔をして覗き込んできていた。何か無理を言って記憶が揺れるとまた気を失ってしまうと思ったのか、祐市は柔らかに微笑みながら返事は保留ねと笑いながら誠の事を抱き上げ車椅子にそっと降ろす。そうして、普段と変わらない朝のルーティンを始めていたのだった。
※※※
真っ赤になって自分の頬を両手で包む誠が途轍もなく可愛かった。そして車椅子に乗せるために抱き上げふっと見上げた誠が、心底自分を頼っているのが感じられて一気に堪らなくなってしまったのだ。
可愛くて可愛くて、堪らなく愛しい
寝起きで少し唇を突きだされただけで我慢できなくなってキスしてしまって、華奢な手を繋ぐだけでその指にすらキスしたくなる。ヤバい、我慢しなきゃとどんなに思っても、触りたくて仕方がないし、少しでいいから肌に触れたくて仕方ない。こんな風に誰かに焦がれて切羽詰まってしまったことなんか、産まれてからこのかた一度もない事だった。ある程度顔は良かったから悠生だって女に不自由したことなんかないし、別に好きだと言われれば付き合ってもいいか程度にしか人を思ったこともない。そんな自分が誰かに本気で惚れてしまったら、もうどうしようもなく欲しくて堪らないのに気がつく。
触りたい、キスしたい、抱き締めたい
そう一度感じてしまったら、悠生は何時かちょっとしたことで暴走してしまいそうだと思う。そうなるくらいだったら先に告げて宣言して、嫌なら嫌だと言って貰っておけば。そう破れかぶれで考えた自分の行動に、もっと慌てたのは実は誠の方だった。
好きだよ
そう宣言してキスならしてもいいか?と問いかけてみたら、誠はこれまで見たことない真っ赤な顔になって、何いってんの?どうしたの?と慌てふためき始めたのだ。あれ?父親とは肉体関係があるって言っていた筈。それなのに誠はキスなんてと悠生の前でワタワタしていて、それがまた途轍もなく可愛らしくて愛しくて。ほんの少しボンヤリと考え込んだのは気にかかりはするものの、それでも自分の気持ちを伝えて行動の理由を伝えたので楽になった気がしたのだ。
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