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間章 ソノサキの合間の話
間話61.増える
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秋の頼りが此処彼処からニュースとしても伝わり始めていて、目にしている空の高さも秋の気配を感じさせて。危篤から脱して療養生活を送っていた白鞘千佳が退院と同時に遠方に療養の場所を変えたと結城晴が人伝に耳にしたのは暫く前の事。
晴の身の回りの面々は相変わらず。
勿論狭山明良とは変わらずのラブラブだし、相変わらず限界知らずの外崎宏太を外崎了の方も上手く転がしている。榊恭平と榊仁聖の2人も仲睦まじい、『ふうふ』っぷりは変わらない。そうそう、右手の骨折がよくなった庄司陸斗は晴達の愛の巣居候生活から爽やかに離脱。
もうさ、2人の夜の営み聞いてんのが限界
そう賑やかに微笑まれて何故か可哀想にねという憐れみの視線で見られたのには、流石の晴も不本意である。とは言え実家から通うのは面倒だし実家も広すぎてということで、早々に近くにマンションを借りて再び独り暮らしを始めた。どうも陸斗は最初は、あの広大な外崎邸に居候を狙っていたらしい。けれどバーベキューのお泊まりで考えを改めたと、あの恐怖の分類を続けていた最中に陸斗から青い顔でボソボソと話してくれた。
いや、あり得ないし。
何が?とは思うが、陸斗が尚更顔色を悪くしたのに晴も黙る。ソコに関しては余り追求するのに嫌な予感がするので、晴もそれ以上は追求しない。それに何故かこの話しになると、目が見えない筈の宏太の視線のような気配を肌に感じるのでやめた方が無難だ。こういう気配を放っている宏太は録な事をしないし、逆らうと絶対に後が怖い。何しろ晴としては宏太の仕返しの怖さは、あの『五十嵐ハル』で引っ掛けた溝臭いおっさんの件を知っているわけで。ノン気のおっさんがウィークリーマンションの一室に監禁され、その後何をされたのかは直に…………というか画面越しだが見ていたのだから、宏太は絶対に怒らせないに限る。ある意味では自業自得の事なのだけど、(何しろあの男は何人も男女構わず性的な悪戯をしてきたし、最近でも女子高生に乱暴もしていたという。何より小学生時代の了に性的悪戯をしていたとなれば、宏太の仕返しは当然受けて貰うしかない。)突然気がついたら屈強な若者3人に寄って集ってレイプされ続けるというのは、こうして考えると結構キツい。
流石に今は宏太もそう言うことはしなさそうだけど…………
あの時も仕返しをしているという割には宏太はそれ程スッキリもしていなかった様子だったし、今の宏太は余りそう言うことを好まなくなっている気がする。ただ怒らせるとどうなるか分からないのも宏太なので、晴としても正確なところは分からない。なので宏太が何か悪事を働いた場合は、速やかに了に連絡して自分は即離脱するのが絶対に正しいからと陸斗にも話しておいた。
因みに陸斗は先日やっと、あの画像がただ単に久保田惣一さんの愛娘・碧希ちゃんの画像アルバム集だと気がついたらしい。1枚1枚丁寧に何か共通項がないのか画像を隅から隅まで確認し続けていた陸斗が、遂に端とこの画像には何もないと気がついて煮え湯を飲まされたように呻吟したのは流石に可哀想だった。まぁそれにしても3つある情報媒体の2つを殆んど確認してしまったというから、陸斗が異様に頑張り屋なのか集中しすぎて視野が狭かったのかはあえて言明は避けておいてやろう。
兎も角、晴の身の回りは変わらず。狭山家も高城家も相変わらず。
そして今何故こんな風に結城晴がモノローグのように現状報告をしているのかというと、晴がちょっと目の前の状況から現実逃避をしているからである。目下晴の目の前には胸焼けしそうな『秋の生クリームてんこ盛りフルーツパフェスペシャル』というものを単独制覇しようとしている男がいた。ジャンボパフェ専用として売られている物ではない筈の器に、てんこ盛りの生クリームだけでなく秋の味覚代表として大量の栗のクリーム……所謂モンブランが山を作っていて。サイズ感が酷すぎて見ている晴の遠近感まで狂っているが、どう見ても容器はグラスでははなくパーティーで出てくるピッチャーとしか見えない。
1.8Lのピッチャーじゃないかなぁ……これって…………
どう見てもビールとか烏龍茶を仲間内で飲む時なんかに使うものであって、それにしたから上までミッチリとした層ができているのだ。一番下は恐らく紅茶のゼリーで次が洋梨のコンポート、その月がカスタードか何かの黄色い層。その上には再び紅茶のゼリーの層が乗り断面の美しいシャインマスカットが模様を作っている。その上には再び黄色の層と白い層が続き、今度は黄桃らしいフルーツが見える。その上には恐らくアイスクリームなのだろう、2種類の濃い黄色のアイスと薄い黄色のアイス(後から聞いたら、濃い方の黄色はカボチャとサツマイモ。薄い方の黄色は洋梨のソルベなのだそうである。)その上には再び生クリームとマロンクリームの山。その山ノ上にはソフトクリームらしき土台で、上には林檎、梨、洋梨、葡萄と栗の甘露煮が飾り切りされている。
…………生クリームと栗のだけで、もう胸焼けしそう
それを単独制覇しようとしているのは言うまでもなく三浦和希。最近は黒に近い栗色の髪に変えているようだが、赤い縁の伊達眼鏡が然り気無く洒落ている。それにしてもこれが最初の1つでなく、既に生クリームふんだんに使ったケーキを3つとフルーツとカボチャのタルトをそれぞれ1つずつ食べて、他のノーマルサイズパフェも食べてからのこのジャンボパフェなのだ。店員も何度目かの衝撃なので生暖かな視線で見ているけれど、真正面で見ている晴としても和希の胃袋ってどうなってんのかな~とは思う。
「和希って、他の食べ物でも同じくらい食べるの?」
「ふぁ?ふぁひ?」
モックモックと生クリームを掘り口に頬張りながらの姿に思わず晴が苦笑いしてしまうと、和希は不思議そうにモフッと大匙でマロンクリームをすくいとりながら首を傾げてみせる。
「何?晴。」
「んー、だから甘いもの以外でもそんなに食べるの?」
自分が普通ではない食事量なのだと自覚がない様子で、和希はこれくらい普通じゃないの?と聞き返してくる有り様だ。それにしてもつい最近同じような食いっぷりに何処かで驚いた気がする。
「あ。」
「ん?」
「そっか、忠志だ。」
その名前に和希がギョッとしたように、リスのように頬を膨らませてた物を妙な音を立てて飲み下す。そうだった、槙山忠志は三浦和希の幼馴染みで、和希が警察から逃げ出した後もずっと和希の事を密かに探し続けている。和希の方も探されているのは重々承知していて、あえて幼馴染みの目を盗んで逃げ回っているのだというのは晴も知っていた。その名前が唐突に晴の口から飛び出たので、何処かに忠志がいるのかと勘違いしたのだ。
「ごめんごめん、その食べっぷり見ててさ。」
「ビックリさせないでよ、まだ食べ終わってないのに逃げなきゃなんないかと思ったじゃん。」
記憶障害がある和希が、未だに記憶に残しておける幼馴染みの存在。それを何故こんなにも和希が必死に避け続けている理由は晴には分からないが、呑気に笑いながらパフェを頬張っている和希なりの何かがあるのだろう。それにしても先日バーベキューで肉や海鮮を頬張り続けていた忠志の食いっぷりと、目の前の和希の食いっぷりには何処か通じる部分がある気がしてしまう。
「幼馴染みってそう言うとこも似るのかなぁ?」
「まふぁかぁ、らまらまひゃない?」
偶々でしょと言われれば、確かに他にも鈴徳良二も忠志と同じくらいに食べるのを思い出す。それ程食べ続けたら太らないのかと良二には問いかけたけれど、良二は毎日毎回これ程食べるわけでなく稀にしかここまで食べないのだという。その稀なとこだけを見ているから尋常じゃないように見えるだけで、普段は大豆バー1本でもう食べないということも多いとか。それならまぁ旨いものは沢山食べてるということで。何となく理解できなくもない。因みに羨ましいんだか何なんだか忠志の方は、身体の燃費が悪いので割合毎回大量に食べるが、痩せの大食いというやつで太らないそうだ。そう言う意味ではこの甘味の量を摂取している和希も、実は普段は殆んど食べないという可能性もなくはない。
「ふぉれにひへもさ?このあいらさ?」
「食べながらは止めなよ、待ってるからさ。」
「ふぁい。」
素直に食べることに集中している和希を眺め晴は胸焼けを忘れようと爽やか香りの漂う紅茶を口に含みながら、和希が物凄い勢いで凶悪な甘味ジャンボパフェをペロリと平らげるのを待ったのだった。そうして前回からそれ程の期間を明けずに晴の前に現れた理由を、和希は頬杖をついてメニューを再び眺めながら口にする。
「なんかさぁ、最近増えてんだよね?」
「増えてる?」
パフェ用のスプーンを咥えて既に制覇した筈のパフェのページを眺める和希は、不貞腐れたように『そう、増える』と繰り返す。和希が言う増えている『もの』は、言うまでもないかもしれないが和希に誘われる男の事だった。こういう話をしていないと和希が何をしたのか全く想像もつかないが、目の前の男は現実社会の中では悪名を馳せた稀有の殺人鬼。しかも殺すのは全て男で、その上必ず和希と性交渉をしているのだと言う。自分が成田了のセフレであり、今は狭山明良と交際している立場でなければ正直男同士で?!と言ってしまいそうだ。現実として過去の三浦和希は性的被害により、おかしくなってそのレイプ相手を殺した殺人鬼とされていた。そして宏太曰く今もそのルールにのっとって行動するから、晴のように性的な関係がなく関わる分には恐らく危険性は低いとまで言う。
その和希が自分に性的な行為を求める男が増えていると言うのだ。
「どういうこと?そう言う趣味の人間が増えたってこと?」
「俺にそう言う気分になる男にはさぁ?決まりごとがあってさ?」
呑気な口調で合間に平然とチョコレートパフェを注文してから、和希は指を折りながら自分に靡く男の条件というものを口にする。それは和希の事を知らなければ、荒唐無稽と呆れてしまいそうな事だと晴は思う。何しろ性的にはヘテロであることから始まり、その後はそれ程表立ってはいなくても基本的に懐疑心が強く、易怒性があり暴力的になる傾向があるとかプライドが高く利己主義の傾向があるとか。そんなのは普通の人間なら誰しも持ち得ているし、それが和希に惹かれる理由とはなり得ない。そうは分かっているけれど、和希の奇妙な魅力を考えれば待ったくないとも言えないのに気がつく。何処と無く無意識に人を惹き付ける和希の笑顔が、ある特定の条件を満たした男には別の効果をもたらすといわれてしまうと否定の仕様がないのだ。
「まぁ、これもそうかな~位にしか頼りにならないけどさ。」
「そうなの?」
「だってこの間の男は読み違えたんだ。常識的に対応されてさ。」
「常識?」
「ちゃぁんとゴム着けてセックスするし、終わった後は身体まで心配された。」
んぁ?!と妙な声を出してしまったが、どうやらここ最近命懸けのセックスを試した強者がいたらしい。しかも和希曰く他の男と同じで我武者羅に犯してきて自分勝手な行動をすると踏んでいたのに、常識的な対応をされて身体まで心配されてしまったと言う。行きずりの男と性行為をして射精したら殺してしまうという殺人鬼が、常識的にコンドームを着けてセックスして更に身体の心配をされてヤル気を完璧に削がれたわけだ。
「良かった…………の?」
「良くないよ、中イキしないと物足りないしさ。」
いやいや、そっちの事じゃなくてという晴に、和希はそっちの事じゃないのかと頬杖をついたままで不満げな顔をして見せる。セックスが良かったかどうかということよりも、罪を重ねなくて良かったといっている晴に和希は絶妙に不満が残る顔をして見せるのだ。
「逆にそんなことされると何だかワケわかんなくなっちゃうよ、俺の方が。」
最初からそうではない筈と思って接していたから、急激に頭は冷めるしヤル気は削がれてしまうしでさっさと逃げ出すように別れたという。別段顔が好みなわけでもなかったと思うしと和希が不貞腐れているのは、その後何日間かは何とか相手の顔と名前は覚えていたのだが流石に一週間は記憶できなかったからのようだ。
「覚えてたかったの?」
何となくそんな風に聞こえて晴がそう問いかけると、和希は少しだけ頬をホンノリ染めて何となくねと呟く。これまでない対応をされた相手だからちょっとだけ記憶しておいてもいいかなと思ったようだけれど、やはり何か切っ掛けがないと晴のように長期の記憶には繋がらないらしい。
「俺って…………何でそんなに記憶されてるの?」
「さぁ?そこら辺の基準は俺も良く分かんない。」
運ばれてきたチョコレートパフェに手を着けながら呑気に言う和希に、晴も不思議だねと言うしかない。結局2順目のパフェをパクつきながらの和希を眺めて、確かになんでその人だけは他の人と違ったのかなぁと晴も首を傾げるのだった。
晴の身の回りの面々は相変わらず。
勿論狭山明良とは変わらずのラブラブだし、相変わらず限界知らずの外崎宏太を外崎了の方も上手く転がしている。榊恭平と榊仁聖の2人も仲睦まじい、『ふうふ』っぷりは変わらない。そうそう、右手の骨折がよくなった庄司陸斗は晴達の愛の巣居候生活から爽やかに離脱。
もうさ、2人の夜の営み聞いてんのが限界
そう賑やかに微笑まれて何故か可哀想にねという憐れみの視線で見られたのには、流石の晴も不本意である。とは言え実家から通うのは面倒だし実家も広すぎてということで、早々に近くにマンションを借りて再び独り暮らしを始めた。どうも陸斗は最初は、あの広大な外崎邸に居候を狙っていたらしい。けれどバーベキューのお泊まりで考えを改めたと、あの恐怖の分類を続けていた最中に陸斗から青い顔でボソボソと話してくれた。
いや、あり得ないし。
何が?とは思うが、陸斗が尚更顔色を悪くしたのに晴も黙る。ソコに関しては余り追求するのに嫌な予感がするので、晴もそれ以上は追求しない。それに何故かこの話しになると、目が見えない筈の宏太の視線のような気配を肌に感じるのでやめた方が無難だ。こういう気配を放っている宏太は録な事をしないし、逆らうと絶対に後が怖い。何しろ晴としては宏太の仕返しの怖さは、あの『五十嵐ハル』で引っ掛けた溝臭いおっさんの件を知っているわけで。ノン気のおっさんがウィークリーマンションの一室に監禁され、その後何をされたのかは直に…………というか画面越しだが見ていたのだから、宏太は絶対に怒らせないに限る。ある意味では自業自得の事なのだけど、(何しろあの男は何人も男女構わず性的な悪戯をしてきたし、最近でも女子高生に乱暴もしていたという。何より小学生時代の了に性的悪戯をしていたとなれば、宏太の仕返しは当然受けて貰うしかない。)突然気がついたら屈強な若者3人に寄って集ってレイプされ続けるというのは、こうして考えると結構キツい。
流石に今は宏太もそう言うことはしなさそうだけど…………
あの時も仕返しをしているという割には宏太はそれ程スッキリもしていなかった様子だったし、今の宏太は余りそう言うことを好まなくなっている気がする。ただ怒らせるとどうなるか分からないのも宏太なので、晴としても正確なところは分からない。なので宏太が何か悪事を働いた場合は、速やかに了に連絡して自分は即離脱するのが絶対に正しいからと陸斗にも話しておいた。
因みに陸斗は先日やっと、あの画像がただ単に久保田惣一さんの愛娘・碧希ちゃんの画像アルバム集だと気がついたらしい。1枚1枚丁寧に何か共通項がないのか画像を隅から隅まで確認し続けていた陸斗が、遂に端とこの画像には何もないと気がついて煮え湯を飲まされたように呻吟したのは流石に可哀想だった。まぁそれにしても3つある情報媒体の2つを殆んど確認してしまったというから、陸斗が異様に頑張り屋なのか集中しすぎて視野が狭かったのかはあえて言明は避けておいてやろう。
兎も角、晴の身の回りは変わらず。狭山家も高城家も相変わらず。
そして今何故こんな風に結城晴がモノローグのように現状報告をしているのかというと、晴がちょっと目の前の状況から現実逃避をしているからである。目下晴の目の前には胸焼けしそうな『秋の生クリームてんこ盛りフルーツパフェスペシャル』というものを単独制覇しようとしている男がいた。ジャンボパフェ専用として売られている物ではない筈の器に、てんこ盛りの生クリームだけでなく秋の味覚代表として大量の栗のクリーム……所謂モンブランが山を作っていて。サイズ感が酷すぎて見ている晴の遠近感まで狂っているが、どう見ても容器はグラスでははなくパーティーで出てくるピッチャーとしか見えない。
1.8Lのピッチャーじゃないかなぁ……これって…………
どう見てもビールとか烏龍茶を仲間内で飲む時なんかに使うものであって、それにしたから上までミッチリとした層ができているのだ。一番下は恐らく紅茶のゼリーで次が洋梨のコンポート、その月がカスタードか何かの黄色い層。その上には再び紅茶のゼリーの層が乗り断面の美しいシャインマスカットが模様を作っている。その上には再び黄色の層と白い層が続き、今度は黄桃らしいフルーツが見える。その上には恐らくアイスクリームなのだろう、2種類の濃い黄色のアイスと薄い黄色のアイス(後から聞いたら、濃い方の黄色はカボチャとサツマイモ。薄い方の黄色は洋梨のソルベなのだそうである。)その上には再び生クリームとマロンクリームの山。その山ノ上にはソフトクリームらしき土台で、上には林檎、梨、洋梨、葡萄と栗の甘露煮が飾り切りされている。
…………生クリームと栗のだけで、もう胸焼けしそう
それを単独制覇しようとしているのは言うまでもなく三浦和希。最近は黒に近い栗色の髪に変えているようだが、赤い縁の伊達眼鏡が然り気無く洒落ている。それにしてもこれが最初の1つでなく、既に生クリームふんだんに使ったケーキを3つとフルーツとカボチャのタルトをそれぞれ1つずつ食べて、他のノーマルサイズパフェも食べてからのこのジャンボパフェなのだ。店員も何度目かの衝撃なので生暖かな視線で見ているけれど、真正面で見ている晴としても和希の胃袋ってどうなってんのかな~とは思う。
「和希って、他の食べ物でも同じくらい食べるの?」
「ふぁ?ふぁひ?」
モックモックと生クリームを掘り口に頬張りながらの姿に思わず晴が苦笑いしてしまうと、和希は不思議そうにモフッと大匙でマロンクリームをすくいとりながら首を傾げてみせる。
「何?晴。」
「んー、だから甘いもの以外でもそんなに食べるの?」
自分が普通ではない食事量なのだと自覚がない様子で、和希はこれくらい普通じゃないの?と聞き返してくる有り様だ。それにしてもつい最近同じような食いっぷりに何処かで驚いた気がする。
「あ。」
「ん?」
「そっか、忠志だ。」
その名前に和希がギョッとしたように、リスのように頬を膨らませてた物を妙な音を立てて飲み下す。そうだった、槙山忠志は三浦和希の幼馴染みで、和希が警察から逃げ出した後もずっと和希の事を密かに探し続けている。和希の方も探されているのは重々承知していて、あえて幼馴染みの目を盗んで逃げ回っているのだというのは晴も知っていた。その名前が唐突に晴の口から飛び出たので、何処かに忠志がいるのかと勘違いしたのだ。
「ごめんごめん、その食べっぷり見ててさ。」
「ビックリさせないでよ、まだ食べ終わってないのに逃げなきゃなんないかと思ったじゃん。」
記憶障害がある和希が、未だに記憶に残しておける幼馴染みの存在。それを何故こんなにも和希が必死に避け続けている理由は晴には分からないが、呑気に笑いながらパフェを頬張っている和希なりの何かがあるのだろう。それにしても先日バーベキューで肉や海鮮を頬張り続けていた忠志の食いっぷりと、目の前の和希の食いっぷりには何処か通じる部分がある気がしてしまう。
「幼馴染みってそう言うとこも似るのかなぁ?」
「まふぁかぁ、らまらまひゃない?」
偶々でしょと言われれば、確かに他にも鈴徳良二も忠志と同じくらいに食べるのを思い出す。それ程食べ続けたら太らないのかと良二には問いかけたけれど、良二は毎日毎回これ程食べるわけでなく稀にしかここまで食べないのだという。その稀なとこだけを見ているから尋常じゃないように見えるだけで、普段は大豆バー1本でもう食べないということも多いとか。それならまぁ旨いものは沢山食べてるということで。何となく理解できなくもない。因みに羨ましいんだか何なんだか忠志の方は、身体の燃費が悪いので割合毎回大量に食べるが、痩せの大食いというやつで太らないそうだ。そう言う意味ではこの甘味の量を摂取している和希も、実は普段は殆んど食べないという可能性もなくはない。
「ふぉれにひへもさ?このあいらさ?」
「食べながらは止めなよ、待ってるからさ。」
「ふぁい。」
素直に食べることに集中している和希を眺め晴は胸焼けを忘れようと爽やか香りの漂う紅茶を口に含みながら、和希が物凄い勢いで凶悪な甘味ジャンボパフェをペロリと平らげるのを待ったのだった。そうして前回からそれ程の期間を明けずに晴の前に現れた理由を、和希は頬杖をついてメニューを再び眺めながら口にする。
「なんかさぁ、最近増えてんだよね?」
「増えてる?」
パフェ用のスプーンを咥えて既に制覇した筈のパフェのページを眺める和希は、不貞腐れたように『そう、増える』と繰り返す。和希が言う増えている『もの』は、言うまでもないかもしれないが和希に誘われる男の事だった。こういう話をしていないと和希が何をしたのか全く想像もつかないが、目の前の男は現実社会の中では悪名を馳せた稀有の殺人鬼。しかも殺すのは全て男で、その上必ず和希と性交渉をしているのだと言う。自分が成田了のセフレであり、今は狭山明良と交際している立場でなければ正直男同士で?!と言ってしまいそうだ。現実として過去の三浦和希は性的被害により、おかしくなってそのレイプ相手を殺した殺人鬼とされていた。そして宏太曰く今もそのルールにのっとって行動するから、晴のように性的な関係がなく関わる分には恐らく危険性は低いとまで言う。
その和希が自分に性的な行為を求める男が増えていると言うのだ。
「どういうこと?そう言う趣味の人間が増えたってこと?」
「俺にそう言う気分になる男にはさぁ?決まりごとがあってさ?」
呑気な口調で合間に平然とチョコレートパフェを注文してから、和希は指を折りながら自分に靡く男の条件というものを口にする。それは和希の事を知らなければ、荒唐無稽と呆れてしまいそうな事だと晴は思う。何しろ性的にはヘテロであることから始まり、その後はそれ程表立ってはいなくても基本的に懐疑心が強く、易怒性があり暴力的になる傾向があるとかプライドが高く利己主義の傾向があるとか。そんなのは普通の人間なら誰しも持ち得ているし、それが和希に惹かれる理由とはなり得ない。そうは分かっているけれど、和希の奇妙な魅力を考えれば待ったくないとも言えないのに気がつく。何処と無く無意識に人を惹き付ける和希の笑顔が、ある特定の条件を満たした男には別の効果をもたらすといわれてしまうと否定の仕様がないのだ。
「まぁ、これもそうかな~位にしか頼りにならないけどさ。」
「そうなの?」
「だってこの間の男は読み違えたんだ。常識的に対応されてさ。」
「常識?」
「ちゃぁんとゴム着けてセックスするし、終わった後は身体まで心配された。」
んぁ?!と妙な声を出してしまったが、どうやらここ最近命懸けのセックスを試した強者がいたらしい。しかも和希曰く他の男と同じで我武者羅に犯してきて自分勝手な行動をすると踏んでいたのに、常識的な対応をされて身体まで心配されてしまったと言う。行きずりの男と性行為をして射精したら殺してしまうという殺人鬼が、常識的にコンドームを着けてセックスして更に身体の心配をされてヤル気を完璧に削がれたわけだ。
「良かった…………の?」
「良くないよ、中イキしないと物足りないしさ。」
いやいや、そっちの事じゃなくてという晴に、和希はそっちの事じゃないのかと頬杖をついたままで不満げな顔をして見せる。セックスが良かったかどうかということよりも、罪を重ねなくて良かったといっている晴に和希は絶妙に不満が残る顔をして見せるのだ。
「逆にそんなことされると何だかワケわかんなくなっちゃうよ、俺の方が。」
最初からそうではない筈と思って接していたから、急激に頭は冷めるしヤル気は削がれてしまうしでさっさと逃げ出すように別れたという。別段顔が好みなわけでもなかったと思うしと和希が不貞腐れているのは、その後何日間かは何とか相手の顔と名前は覚えていたのだが流石に一週間は記憶できなかったからのようだ。
「覚えてたかったの?」
何となくそんな風に聞こえて晴がそう問いかけると、和希は少しだけ頬をホンノリ染めて何となくねと呟く。これまでない対応をされた相手だからちょっとだけ記憶しておいてもいいかなと思ったようだけれど、やはり何か切っ掛けがないと晴のように長期の記憶には繋がらないらしい。
「俺って…………何でそんなに記憶されてるの?」
「さぁ?そこら辺の基準は俺も良く分かんない。」
運ばれてきたチョコレートパフェに手を着けながら呑気に言う和希に、晴も不思議だねと言うしかない。結局2順目のパフェをパクつきながらの和希を眺めて、確かになんでその人だけは他の人と違ったのかなぁと晴も首を傾げるのだった。
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