鮮明な月

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間章 ソノサキの合間の話

間話59.件3

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シトシトと雨脚は弱い癖に、一向に雨は降り止ま見そうな気配もない。そんな身体の芯まで冷やしてしまうような、季節を忘れた初秋を向かえた夜の雨の中。
あの矢根尾俊一が放っていた悪臭を記憶の中から思い出した瞬間に、茂木公太は自分の気が変わればよかったと後になって後悔する。思わず何故か掴んでしまった優男の手首を、咄嗟にでも何でもいいから離してしまえばよかったのだ。まぁせめて温かいココアをありがとう程度に礼を言って、さっさとその場を立ち去り帰宅してしまえば、この場は何もかも終わりになった筈。

よって…………件の如し…………

それなのに優男の手首を掴んだ茂木の脳裏には、ついこの間唐突に連絡してきた古い友人・貞友晴一の狂ったような笑いを纏った言葉が甦る。

今更だがあの言葉の意味は、一体なんだったのだろう。

本当かどうかは兎も角として、矢根尾俊一という男は国語の教師の免許を持っていると以前何かにつけて話していた。その癖学校で教師をするのではなく塾で講師をし続けていた矢根尾俊一は、茂木より確かに様々な言葉を理解して…………いたかどうかは兎も角……というか以前は信じていたものも、こんなに簡単に覆って全く違って見えるなんてのは驚きだ………………使ってたのは事実だ。一度何故学校の教師をしないのと茂木から問いかけた事があるが、矢根尾曰く教師では四六時中何だかんだと拘束されるから自由に雌奴隷を調教する暇がなくなる。だから、あえて塾講師をして時間を作る必要が自分にはあるとかなんとか…………。昔は素直にその言葉を信じていて、自分の嗜好のためにライフスタイルまでコントロールするなんて凄いなんて考えていた馬鹿みたいな時期があった。こうして改めて就活してマトモに暮らそうとしてみれば、あの言葉が嘘っぱちだったのは言われなくとも分かる。あれはマトモに就職活動すら出来なかった人生の落後者のせめてもの言い訳に過ぎず、矢根尾が何時までもアルバイトの塾講師てしかなったのはそれしか出来なかったからだ。もしマトモに働ける人間なら、最初はアルバイトの塾講師でも長年同じ仕事で四十も過ぎれば何らかの地位には辿り着けた筈だ。せめてアルバイトから正社員位になったっておかしくない。それくらいは分かるくらいには、茂木も周りが見えるようにはなったのだ

何もかもが出鱈目の嘘っぱちだった…………

そんな嘘っぱちだらけの矢根尾をリスペクトし続けていた貞友晴一という男も、様々な難解な言葉を意図しているのか多用する人間だった。何処か矢根尾に似た一面を持つ貞友は、矢根尾のような暮らしをしたいとか奴隷を飼いたいとか矢根尾に似た嗜好を常に持っていたのだと思う。だからこそ貞友との縁はあの時真っ先に切ったつもりだったし、連絡先も全て消して着信すら拒否にしておいたはすだったのだ。それなのに、貞友は何も変わらず普通に電話をかけてきた。

よって件の如し

この間の言葉もそれの一端にすぎないのだろうが、ワザワザあんな風に矢根尾の話を持ちかけ最後に怒鳴り狂ったように笑い続けた。それが、茂木としても気にならないわけではない。そしてそれをあの時聞いたせいなのか、何故かその後の何もかもが狂い出して、自分は落とし穴にかかったように人生を転げ落ちていく。そんなのは御免だ・嫌だと茂木がどんなに思っていても、1つ悪い事が起きると連鎖して幾つも幾つも悪い事ばかり重なってしまう。

よって…………

よってって一体何なんだ?そんな言葉の使い方があるのか?何かに近寄ってとか?それとも何とかによって?もしかして悪い出来事によって?その前に何かを使ってちゃんと調べろと矢根尾からは言われそうだけど、調べたからって茂木には理解できるか分からない。『よって』って何の事なんだかちっとも分からないし、その後の言葉だってチンプンカンプンだ。くだんってのは何なんだ?九段坂とか?クダン?響きからしてもしかして、果物とかの名前なのか?それに最後の『ごとし』ってのは何なんだ?それこそ名前なのか?何か意味があるのか?どうせ叫ぶ位なら貞友も自分に分かるように意味を説明してくれたらいいのに。これまでだって茂木が貞友や矢根尾の使っている言葉の意味が分からないってことは何度もあったし、矢根尾に国語が出来ないなんてと散々に馬鹿にされもした。

日本人だろ?お前

そんな風に言われてムッとしたこともあるけれど、言い返せば尚更馬鹿にされる。しかも貞友まで一緒になって馬鹿にするのは、更に腹立たしかった。でもワザと難解な言葉を使う癖に、噛み砕いて説明する手間を毎回毎回面倒臭がる矢根尾や貞友も友達としてはどんなものだろうか。自分を馬鹿にしたいから説明しなかったんだろ?と今では思っているくらいなんだと頭の中で考えながら、それでも気が付けば目の前の優男の腕を掴んだまま。

「…………あの、…………ココア嫌いだった?」

戸惑う訳ではなく、穏やかでハスキーな声が問いかけてくる。雨に降られて寒いのだろうと思い買って手渡したココアが嫌いなのか?と、腕を掴まれた青年は問いているのだ。確かに正直言えばココアよりは珈琲の方がよかったかもしれないが、飲めないわけではないし温かさを感じるのは甘い味の方がより強い気がする。そう言えば唐突だが矢根尾もどちらかと言えば珈琲よりココアとかコーンスープのような味のハッキリしたものを好んでいたという記憶があった。

何故こんなにも矢根尾の記憶が急に過るのだろう…………?

それはきっと雨の中にカビたような、あの溝臭い矢根尾の臭いを嗅ぎ付けたからなのだろう。それに、先日のあの貞友の電話のせいでもある筈だ。
それでも現実には茂木の目の前にいるのは、矢根尾俊一でもなく貞友晴一でもない。矢根尾は殺人犯として警察に捕まっている筈だし、貞友とは交通事故の後は連絡すら取り合っていない。
茂木の前には見ず知らずの何処と無く全身から妙な色気を漂わせる若い優男がいるだけで、しかもその青年は自分にただ濡れて寒そうだからと親切にしただけなのだ。そして何時までもシトシトと降り続ける雨の中で、冷たく全身濡れ鼠になっている自分達を茂木は戸惑いながら見回す。

「そ、そういう、つもりじゃ…………なくて…………。」

なら一体どういうつもり?なんて相手が冷ややかに指摘してくれれば茂木だって流石に我に返った筈なのに、手首を捉えられたままの青年は茂木に向かって不意に花が咲くようにフワリと言葉にならない程の強い色気を漂わせる笑みを敷いた。その色気の強さに呑まれて、目の前が真っ赤な別の感情に染まっていく気がする。まるでそれは全て分かっていて承諾するような笑顔に茂木には見えたのだ。

まるで…………性欲の塊みたいな…………淫靡で蠱惑的で…………

何故か男だというのに、目の前の身体が自分の本能に誘いかけている。華奢でしなやかだとはいえ目の前の身体は男だと理解できている筈なのに、青年の濡れた肌が媚薬でも被っているみたいな甘い香りを漂わせていて。

目の前の白い肌を性欲で上気させたら、さぞかし淫らで官能的な筈だ。

早く目の前の男を組み敷き四つん這いにさせ乱暴に思うまま犯せと、ここ暫く久しく機能していなかった本能を揺さぶっていく。自分の中にそんなものが存在することが信じられなかったけれど、この際男でも相手にしてもいいんじゃないかと頭の中が囁く。何しろこの青年は自ら突然ココアなんて買って、ワザワザ自分に声をかけてきたのだ。

つまりは…………俺に気があるんだろ?俺に抱かれたいんだろう?

何をおかしな事を考えているんだと反論する理性があるのに、同時にその考えは当たっている筈だと確信する本能がいる。さっさと犯せ、滅茶苦茶に犯せと頭の中で木霊しているのは、本当に自分の声なのだろうか。もしかして貞友なのか矢根尾の声なのかとすら思えるけれど、真実は今は分からない。

「…………濡れてるから…………雨宿りでも……。」

躊躇い勝ちに紡ぐ言葉に、それでも青年が拒絶してくれたら我に返った筈だと言い訳する。でも手首を掴まれたままの青年は、少しだけ首を傾げながら麗しい色気を漂わせる視線で上目遣いに見つめてくるだけだ。その姿はどう考えてもやはり自分に気があって、そのつもりで声をかけてきたのだと茂木はその視線に更に確信を深めるしかない。それに嫌なら、男同士なんだから殴るなりなんなりして、茂木の手を振り払い逃げ出せばいいだけだ。

「…………行こう。向こうにさ、安いけどいいホテルがあるんだ。」

その言葉に青年は微笑むだけで何も返事をしなかったが、茂木の手に引かれるがまま素直に迷うことなく歩きだしていた。



※※※



そこから先は、もう何も詳しい説明なんか必要ない。

当たり前みたいに手近なブティックホテルの入り口を通り抜け、当然みたいに空き室の部屋を選ぶ。装飾も設備も何もお構いなしで、真っ先に目についた空き室のボタンを押して鍵を受けとる。最近では最初から最後まで、全くスタッフと顔を会わせずに済むブティックホテルも多くなったと思う。そう言うのは勿論ただならぬ関係性だったりするのもあるだろうが、結局こんな風に同性とホテルにしけこむ人間も増えたせいなのかもしれない。ずっと手を引かれたままの青年は何も言うでもなく、茂木の方も何も問いかけないまま。辿り着いた部屋の扉を性急に開けて青年の事を押し込むようにして中にはいると、目の前の青年の濡れた衣服を破くような勢いで引き剥がしにかかる。

「待って……自分で脱ぐから…………。」

身体に張り付いた衣類を無理に引き裂かれるのは、流石に帰りの事もあるし青年も困るのだろう。低く諌めるように言った声に、茂木は少しだけ我に返り青年の服から手を離していた。それに青年は少しだけ安堵したように微笑むと、当然みたいに室内にスタスタと歩いていく。そして部屋のベットの直ぐ傍に立つと、迷うことなく自らパサパサと服を脱ぎ始めていた。茂木は思わず扉の傍に立ち尽くしたまま、その姿に見とれてしまう。

凄い…………

青年は自分よりは恐らく10キロ以上も体重は軽いに違いない。これまで1度も筋肉という存在を知らないまま成長したような細くて華奢な背中。けれど、それは何故か白磁の陶器のように滑らかで、言い換えると余計なモノのついていない洗練された造形美だった。ブヨブヨとした贅肉1つない削ぎ落としたようなシャープさなのに、同時にそれが全身から色香を滲ませている。歪みのない腰のなだらかなラインに、少年のような長く折れそうな程に細い手足。そして薄暗い灯りの下では、濡れた髪は黒く沈んで漆黒のようにみえる。

何処かで…………見たことがある…………

何故かそう今更だが、青年の整った横顔を見て思う。何処かでその顔を見たことがあるような、それが何だったかは分からないが何処かで出会っているような。そんなことをボンヤリと考えていたら、少女のように長い睫毛が瞬き薄暗がりに青年が意味深に肩越しに振り返ったので、彼が既に素肌を全て晒し終わったのに茂木も気が付く。そして彼が前を向いてこちらに全て晒さないのは、前身を見せることで改めて男だからと認識させて茂木の気持ちが萎えるのを気にかけているのに違いない。そんな気遣いなんかが不要なのは言うまでもなく、茂木の股間は既に熱く滾り始めている。それを恐らく知らない青年は何も言わずにベットに向かうと、微かにベットを軋ませて上にあがり肩をベットに落として腰を突き上げて見せていた。

ヤバい…………これは…………

四つん這いになり、誘うように室内に響く淫らな吐息。それ用にとベットの側に置かれていたジェルを塗りたくった指を、手慣れた手付きで菊華のようなすぼまりに自ら突き入れて見せる。そしてまるで菊門で自慰をしているように、淫らに指を突き動かし始めていた。

「は、ぅん……っんんっくぅん……っ。」

その行動に随分と男を誘い慣れているんだなとは内心で思ったのだけれど、お陰で男同士という戸惑いが吹き飛んでしまったのは事実だ。クチュクチュと女の性器を掻き回すような粘着性のある音をさせて、慎ましやかな小さな穴を指で盛んに寛げながら青年は悩ましく喘ぐ。しかもあっという間に見ている前で穴に入れられる指は2本に増えていて、キツく狭そうなのに掻き回され拡げられる様がよく見えていた。自らの指に拡げられ、熟れた秘肉めいた薔薇色の体内を垣間見せる。もしかしたら何人もの男と寝ていて、何か偶々茂木を誘いたくなったのかもしれないとふと思う。もしかしたら長年付き合っていた彼氏と別れて、誰かと寝たくなったところに茂木が立ち止まったとか?

「んん、ふ、ぅんん、あ、ん。」

そんな理由は後でも何とかなる。それにもしかしたら本気で茂木とセックスしたいだけなのかもしれない。目の前に真っ白く浮き立つような陶器にも似た肌と誘いかけるように甘く喘ぐ声につられて、茂木は無造作に服を脱ぎ捨て始めていく。
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