鮮明な月

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間章 ソノサキの合間の話

間話55.夏の定番への疑問

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…………そんなに怖いなら離れて聞かなきゃ良いのに。

毎回狭山明良としては地味にそうおもっているのだが、何故か皆の怖い話にプルプルしながらも最後まで参加する結城晴。まぁ明良には自分に縋りついて頼りきりの晴を存分に堪能出来るので、それはそれで文句はない。それに実は今年はさっさとバーベキューが盛り上がる前に、終わったら和室は2人で占領することで鈴徳良二とは話を付けておいた。いや、2階の客間という話もなくはないが、そうなると榊仁聖達とも話を付けなきゃならないし、そこまでの裏工作をするには時間が足りない。話を持ちかけると実は良二の方も昨年の夏のあの晩、晴と明良がちょっぴりイチャイチャし始めたのに気が付いていて。どのタイミングで外に出たら良いかなぁと地道に困っていたらしく、今年はさっさとリビングソファーで寝ようと密かに決めていたらしい。

だってさ?明良達でなくても仁聖達だろ?酔ってたら何あるか分かんないじゃん!

うん、至極ごもっともな意見である。良二としては恋人同士の睦言を邪魔するつもりはないし、自分だって安眠したい。勿論帰宅という手も考えはしたらしいが、自分の酒の弱さとか満腹になった後の眠気の強さを自覚しているので、泊まるのが無難なことも理解しているわけで。だったら最初からカップルとは別場所に陣取るのがベストで。しかも去年の藤咲信夫は朝まで安眠だった訳だから、あの高級ソファーは寝床に最適な筈!そう最初から考えていたという。
それに何でか急遽藤咲が戦線離脱で宿泊組から抜けた。なら、リビングのソファーでは後一人余裕ができる。実は寝場所選択の時点でさっさと和室占拠を明良が宣言したら、影で良二がヒソヒソと庄司陸斗にも耳打ちしていたのには気が付いていた。恐らくあれは先手を打ってこの家で一晩過ごすつもりなら、下手にカップルと一緒にならない方が絶対に安全だぞと陸斗に囁いたに違いない。お陰で自分がそう何とか誘導しようとしていたのも実行に移さずとも、陸斗は『リビングのソファー』を素直に選択してくれた。というか、ここ数日の陸斗は最初の時とまるで違っていて、随分と態度が軟化して変わった気がする。

…………晴のことは、諦めたのか?

晴に惚れたなんて訳の分からないことを言い出していたが、それらしきアプローチは今のところ全くないし、取り分け今は少し線を引いて自分達と接している気がする。勿論それくらいで明良の厳重警戒が解けるわけではないけれども、最初のように明良の不在を狙って晴に自慰を無理矢理手伝わせるなんてこともないし、無理矢理晴と2人きりになろうともしていない。というか現状では外﨑宏太の出した『分類』仕事に手一杯で、他のことに頭が回らないというのも理由なのかもしれないと思う。(因みにこっそりと晴は、陸斗がやり始めているのは実は面倒くさい方の分類ではないかと思うんだと話していた。晴としては陸斗が見ている赤ちゃん画像は久保田惣一の仕掛けたトラップのようなもので、恐らく万単位の『久保田家の天使・碧希ちゃん画像アルバム』なだけ。画像に何か分類の理由が仕込まれているのではと、延々と見続けても何もその中には分類理由はないのではないかと思うと。晴曰く『あの画像は碧希ちゃんの可愛い画像って分類なんだと思う』とのこと。それを聞いて流石にそれは最悪だなとは思うが、そこを教えてやるほど明良は陸斗には優しくない。せいぜい万単位の赤ちゃん写真を堪能して時間を稼いで貰いたい。)それに掛かりきりの内に、骨折が良くなれば陸斗を追い出すことも可能になる。そんな事は置いておき、めでたく和室を2人きりで占拠することになって風呂から上がってきて、さぁ布団も敷いたし寝ようとなったのだが相変わらず怯えに怯えた晴が明良の腰から手を離さない。

「晴?」
「ふぁい。」

しかもかなりの勢いで飲みまくった晴は、甘えた晴も加わっていて。ウルウルした瞳で上目遣いに自分を見上げ、しかも怯えに小動物みたいにプルプルしながら縋りつく。いや、何なの?この可愛いの。今年は何故かお泊まり客用フリーサイズ甚平なんてものが用意されていて、何でか淡い桃色の甚平が割り当てられた晴は正直似合いすぎてとんでもない。しかも甚平というやつは、少し上から見ると胸元が諸に見えてしまうわけで。素肌に直に甚平を着ている訳だから、晴は胸元からホンノリ酔いと風呂上がりの色気を駄々漏れにしている。

…………このままじゃここで速攻で押し倒してしまいたくなるんだけど

ここが外﨑邸でとんでもなく耳の良い家主が2階から地獄耳センサーを働かせているのと、襖1枚向こうで明良の天敵が寝ているのをつい忘れそうだ。そう思うけれども甘えたの晴の可愛らしさは、抜群に明良の本能を掴み離そうとはしてくれない。したい、けれどもここはそうできない場所だからを頭の中で交互に繰り返してしまう。

「はる?ちょっと…………。」
「はぁい。」

くそ、それでもダメだ、凄い可愛い。名前を呼ばれるのが嬉しいのかニヨニヨしている晴が、腰の辺りに腕を回したままクリクリと頭を擦り付けてくる。何なんだろうなぁ、この晴の可愛さは。染々眺めている明良に向けて、晴は花が咲くように満面の笑顔を浮かべて見せる。

「あきらぁ、あのね、怖いの。」

想定とは違う晴の言葉に幸か不幸か、明良は端と我に返った。だから、なんで怖い話が苦手なのに、晴は参加してしまうのだろう。怖い話が嫌なら怖い話組からは離れて、話を聞かないようにしたら良いような気もしなくもない。素朴に明良がその点を指摘してみたら、晴はホンノリ頬を染めて拗ねたように頬を膨らませる。

「恐いの、やだけど、あきらと離れてるのもっとやなんだもん。」
「俺?」
「ん。」

どういうこと?と明良が改めて問い返すと、晴は頬を更に薔薇色に染めて明良の傍がいいから一緒にいたのなんてプチプチと呟く。ってことは自分と一緒にいたくて怖い話を我慢していたと?確かにどちらかと言えば明良は怖い話には興味津々の体だったから、確かに話から離れて向こうに行こうとは言いにくかったかもしれない。そうだとすれば、明良が晴の変化を堪能してる場合ではなかったわけだ。

「そっか、ごめんね?俺が気が付いてあげなくて。」
「いい。」
「でも、怖かったろ?」
「いいの、あきらが一緒にいてくれる。」

そんなことを良いながら甘えるように微笑み抱きついてくる晴を、ヒョイと抱き込むようにして布団に2人でコロンと横になる。腕の中の晴のフワフワの栗毛を撫でてやると、撫でられるのが気持ちいいのか晴は目を細めてウットリとした顔を浮かべた。そんな可愛らしいが過ぎる晴を存分に愛でながら、そう言えばなんで怖い話がそんなに苦手なの?と明良が問いかける。

「なんで…………?」

そんな質問をされたことがなかったのか、晴は不思議そうに首をコテンと傾げて見せるけれど。

「うん、何でそんなに苦手?だってスリルとサスペンスはオッケーでしょ?」

以前から晴は、『スリルとサスペンスは大好物』を堂々と豪語している。けれど、こと幽霊なんて関係になってくると、それこそ実話だろうとフィクションだろうと卒倒しそうな程の拒絶をするのだ。でも明良からしてみると、ある意味スリルとサスペンスなんてものの中には、ホラーと紙一重なんて事が多々あるとおもう。理由のないスリルとか解明できないサスペンスなんか普通にあり得て、世の中はそんなものゴロゴロしていて。



※※※



去年の夏。
まだ明良が会社で成田了と再会する前のこと。
その頃の明良はイベントに絡む様々な出来事の最中にあって、精神的に大分追い詰められつつあった。

瑞咲凜。

大人しそうな黒髪の清楚な美人。企画は和装小物の店舗促販イベントだから、イメージは相応だった。問題はその企業企画の協賛として加わっていた職場の上司・高橋至が、その瑞咲に不埒な行動をとったことだ。しかも瑞咲は恐らくは仕事のためと必死だったから、最初の不埒なボディタッチを黙認してしまった。男ってのは調子がいいもので、そうなると瑞咲はそういう系統の行為を受容したと勘違いする。
明良はまだ4月から部所移動してきたばかりで、高橋至という人間を理解しきっていなかった。何処と無く常に高橋の視線が舐めるように自分を見ている様な気迫は感じていたけれど、とは言え自分は男だし何も起きないだろうと思っていたのだ。それでも高橋が余りにもイベントのコンパニオンガールをしている瑞咲にあからさまに不埒な行為をするので思わず諫めた。

女性にそういうのは……

そう言われて高橋がハッとすればまだよかったのだろうが、宴席だったものだから憮然とし高橋をそのまま放置することになったのは事実だ。そして高橋は明良が何気なくトイレに立ったのを追ってきて。そこで殴りかかるとかなら事はずっと簡単だったかもしれないが、トイレで狭山は高橋に性的な行為を強いられたのだ。

そんなのできません!
うるさい!平の癖に!言うこと聞かないと握り潰すぞ!!

何しろ居酒屋のトイレという場所での事で、明良は呆然としていたこともあって逃げるにも逃げようがなかった。何しろこんなことが現実に起こるなんて、普通考える筈もない。こんな訳の分からない事態が、突然我が身に振り掛かるなんて悪夢としか思えない。必死で拒否する明良の逸物に手を伸ばして潰す勢いで握りしめた高橋は、その場で突如豹変し明良に口淫を強いる。酔っていてマトモな思考回路じゃない上司の強要に、明良は懇願して拒否したがまるで高橋は受け入れず結局無理矢理逸物を咥えさせられたのだ。
そしてそこからが明良にとっての悪夢だったのは、高橋が口淫の後の精液をかけられた明良の顔と姿を画像として残した事だった。
イベントが終了し高橋が幾分モデル事務所と揉めたのは知っていたが瑞咲凜との接点が切れた途端、矛先が自分に向いているのに気がつかされる。明良も高橋も同性同士だというのに、何故か写真をネタに脅されるようになり何度も口で奉仕させられるようになり始めたのだ。

アイツを蹴ったら捕まる…………

自分は空手の有段者なのに、昔からキレると全く手加減の出来ない不良品であることは明良自身が理解している。しかも相手の高橋はあの偉そうな態度のわりに脂肪の塊に過ぎず、隙だらけで回し蹴りだろうと踵落としだろうと何一つ避けることも出来ないだろう。だとすればどんなに手加減しても自分の技は、一撃必殺で高橋に致命傷を与えかねない。それが分かっているから明良には、どう抵抗するのが正しいのか判断できない。あの男にこれ以上好きにさせてはいけないのは分かっているが、どう抵抗したら一番なのか。しかも自分が表だって抵抗してしまったら、あのイベントコンパニオンの女性にまで迷惑が掛かるのではと不安でもある。そして同時に男が男に性的な行為を強いられて、させられていると表だって訴えることにも実は羞恥が付きまとうのだ。

くそ…………

それでも次第に高橋の行動はエスカレートしてきていて、やがては性行為を強いられる危険性が高まっている。何しろあの男の欲望にギラつく視線を見ていると、吐き気を催すくらいなのだから。
夜の闇の中でそんなことを考えていた明良が、突然周囲に車のライトが一筋の強い光を投げ掛けたように感じて足を止めていた。

ソノサキで見たのは明良には訳の分からない世界。

突然4人組で仲良く戯れホロ酔いで歩いていた中の一人が、隣の友人らしき男に噛みつき暴れだす。2人で歩いていた片割れが突然白目を剥いて泡を吹き、頭から後ろ向きにアスファルトに向かって倒れる。かと思えば離れた場所では他の駆け寄る男の手首を捻りあげた黒髪の青年が、茶髪の若い青年に飛び付く様にしてに引き留められているのが分かった。視界に広がる阿鼻叫喚の地獄絵図というものが、本当に存在しているのに明良は立ち尽くして呆然とする。



※※※



あれを実際に目にしてしまうと、明良にしてみればスリルとサスペンスなんてホラーと紙一重だとしか思えない。あの後あの大騒動の原因は何かの薬の副作用だなんてホラ話が流れて、どうせなら高橋もその薬を飲んでたら良かったのにとすら思ったけれども。結果としてあの後暫くして成田了(既に本当は外崎了だったけれども)が会社に現れ、明良はここに誘われて晴と再会した訳で。

あの時はこんな風に晴と付き合うなんて思ってなかったけど…………

フニャフニャと笑って頭を撫でられながら、幸せそうにしている晴を眺めて思う。大体にしてここは外崎宏太のお膝元で、ある意味ホラー染みた三浦和希なんて存在にまで晴は関わってしまうありさまだ。それでなんでまたホラーだけに関して、晴はここまで断固拒否なのだろうか。

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