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間章 ソノサキの合間の話
間話49.夏の終わりに3
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「去年もさー、このまま二次会って雪崩れ込んで怪談になったんだよ。」
なんてことを食材が殆んど無くなったグリルの僅かな残り火を囲んで呑気に話しているのは、相変わらずの料理番長の鈴徳良二と今年初参加だった槙山忠志の2人。そして散々に食い付くした高級海鮮と国産和牛の後だというのに、デザートはベツバラと言うことでスイカとかき氷を楽しみつつ、そういう話しに興味津々な様子を伺わせるのは狭山明良と庄司陸斗。そして子供の頃からスプラッタは平気でもジャパニーズホラーは苦手な筈の榊仁聖とスリルとサスペンスはオッケーでもホラーは完全アウトの結城晴も何故かこちらに加わっている。
「へー、怪談ねー。」
「忠志なら、経験わんさとあんだろ?」
「えー?俺よりは良二の方があるって。俺のは怪談とはいえないもん。」
どうにもこういう経験というものは誰にも満遍なく訪れるというよりは、何故か限定的に個別に経験が集中するものらしい。そう言うものを時には世の中では霊感なんて呼んだり、自分はそういうモノや経験を『呼び』易いなんていう言い方をするもののようである。そう言う意味では去年も散々経験談を話した良二は勿論呼び易い体質であり、良二曰く今回初参加の忠志も経験豊富なタイプのようだ。そして今更ながらに気が付いたが、年の差はありつつ忠志と良二は気の合う友人でもあるようである。そういえば忠志は、鳥飼信哉とも土志田悌順とも友人関係にあるのだ。一見するとキツくて目付きの悪いヤンキー紛いの外見の割に、誰とでも案外簡単に友人関係を築ける人柄なのかもしれない。それでも怪談とはいえない体験談って一体何?と仁聖が問いかけると、忠志が苦笑いして口を開く。
「俺のって独り恐怖ってより、どっちかってーと大騒ぎ系なんだよ。」
霊的な話をしていた筈なのに大騒ぎって一体何事?そう素直に首を傾げる仁聖に、忠志は明らかに苦笑いしながらなんていったらいいのかなぁと肩を竦めて見せる。
「あー分かる分かる。」
「なんで、そこ納得なわけ?酷くね?良二。」
何故か良二がその訳の分からない説明に呆れたように同意するから、尚更仁聖は不思議そうにどういうことなの?と問いかける。それに明良や他の面々も大騒ぎ系体験談ってどういうことなのかと興味津々で身を乗り出す。
「俺の経験って、大概妖怪みたいなのが一気に大勢ワチャワチャーって来る感じなんだよなな、ザッツ百鬼夜行!!みたいなさ?」
「ええー?日本でもそう言うのあるの?」
呑気にそんなことを話す忠志に目を丸くして晴がそれってどんなのが来るのと珍しく声をあげていて、それに忠志はそうだなぁと笑いながら答える。その話しはこれまた普通の幽霊が出てくるベーシックな日本的な怪談話とは訳が違う。
「なんかゾンビみたいなのとかでっかいスライムみたいなのとかがワーッて。」
「ゲームじゃん。」
「それっぽいんだよな。だからホントの事だけど話しても嘘臭いんだ。」
確かに日本国内でゾンビに追っかけられたとかスライムが襲ってきたなんて怪談はほぼ聞いたことがないし、そんな話をすると大概の人間の頭にはどうしても既存のテレビゲームなんかが浮かぶのは仕方がない。基本テレビゲームをしたことの無い筈の仁聖にだって某有名ホラー系シューティングタイプのバイオなハザードゲームとか某有名シリーズロールプレイングゲームのブルーな雫型モンスターキャラと言われれば、直ぐに想像できる。その程度にはそれぞれがイメージとしては硬い定番中の定番。お陰でモンスター的にはとっても想像はしやすいが、それが現代日本の街中でどこでどうやって出会うのかお言う点では流石に想像が出来ない。
「どこで会うの?そういうの。」
「んー、ちょっと出先の地下道とかさ。後体育館みたいなとことか。」
「…………ゲームの定番だよね、地下道。後、体育館って学校に何しに行くの?」
「で、そういうのに会ったらどう対処すんの?」
「色々使って火炎放射とか。」
「ぶーッ!絶対ゲームだって!!それー!!!」
呑気すぎる忠志のホラー現象への対処法にそれぞれから爆笑が起こっているけれど、忠志としては大真面目らしく『やっぱり火って効果的なんだよな!』と当然のように話している。どうにも話し自体と言うよりは性格的に怪談が向かないらしい忠志に、結果的に日本的な百鬼夜行スライム話は水で流すなんてあり得ない笑い話で『水洗?!!』等と締め括られてしまう有り様だ。ところがその後を引き継いで怖がらせるのが得意な良二に語り部が変わると、途端に周囲の明暗が一段階暗くなったように見えるのが不思議としか言えない。
どうにも怪談というやつには周囲の明るさを吸いとる力でもあるみたいだな
と、苦笑いしながら榊恭平と外崎宏太・了は少し離れて縁台のカウチでノンビリその様子を眺めているわけだが、当然怪談チームにこの系統の話が取り分け苦手なのが一人いるのは言わなくとも分かる。何しろ良二に変わった途端遠目で見ていても分かるくらい顔色が青ざめるし、ツツツッと隣に座る明良に身体ごと音もなく寄ったのがちゃんと見えているからだ。
「…………晴さぁ?そこ暗くない?」
「ふぇ?!何?!暗いって!?」
何もかにも。ただ単に明良の背後に隠れるように動いたから、照らしている残り火から遠くなって暗くないかと忠志は聞いただけである。単純に聞かれただけなのだが、相変わらず怖い話は完全拒絶の晴は飛び上がって隣の明良にひっしと縋りつく。怯える小動物か跳ねる玩具みたいな反応をする晴が面白くないわけがないので、当然だが良二が怪談に本腰をいれただけでなく、そりゃホラーじゃない半分はリアルスプラッタじゃないの?という話で陸斗まで参戦してくる有り様。先日まで刑事していた陸斗が、実体験したという玄関ドアの下から溢れ出てきた血液を見つけて現場に飛び込んだ話ものをオドロオドロしくホラー仕立てにして聞かせる始末だ。
「そ、それはさぁ?!普通に殺人とかさっ!!怪我とかさっ!!」
「だろ?そう思うよな?でもさぁ…………そのアパートのドアさ?内側から針金で縛ってあって……、しかも窓は全部内側から板で塞いでて…………。」
それって警察はどこから突入したの?と先ずは聞いた方がいい話なのだが、語り方1つで現実も完全に怪談に化けてしまう。現実としては玄関に大量の出血をした遺体が1つあって、そこが完全密室状態で見つかったという話しなのだ。ところが話し方だけで思わず聞いている方も、それってどんな怪談?幽霊に殺された?それとも殺人?と興味深く身を乗り出している。ただし晴だけは明らかに質が違う完全な恐怖で震え上がっていて、明良の右腕を必死に抱き締めたまま目に見えて青ざめている。晴は公然とスリルとサスペンス大好きと宣言している筈なのだが簡単にホラーテイストに変えられてしまったサスペンスの筈の経験談に既に完璧にビビっている訳だ。
「しかも…………その血味ミドロの玄関から背後を振り返ると…………風呂場のガラス戸にも血で手形がベットリ…………と。」
「ふふぇ…………っ。」
ある意味では怪談めいた語り口調だが、結論としては玄関先に血ミドロのご遺体があって玄関は閉鎖されており、他の窓も板で内側から塞がれていたという。室内には他には人の気配もなく、遺体は入り口ドアにもたれ掛かって玄関の上がり框に踞っていたというのだ。
「な、な、なんで…………っ?」
晴が震えた声で何が起こっていたのと言うのを、横で真顔で聞いていた忠志がケロッとした顔で暫し考え込んでた答えが出たみたいに『あ』と納得の声を出す。
「玄関先の遺体が犯人か。」
「あ、よく分かりましたね。」
「ふぁ?」
やはり現実の事件の話なので不可思議な存在の仕業というわけではなく、自ら閉鎖空間にした中での自死だったというオチだったらしい。ついでに言うと男女の説明もなかったので窓の内側の板貼りについても自分で出来なくはないものだし、風呂場のガラス戸の血の跡も自分の手で触れたということだったそうだ
結末としちゃかなりありがちでお粗末な話ではあるが、それもこれも語り部次第じゃ怪談話いうになるのかと忠志が楽しげにケラケラしている。お陰で少し恐怖から復帰した晴に向かって、一見人相が悪く見えなくもない忠志が人懐っこい笑顔で笑いかける。
※※※
その後外での食事はお開きにするの同時に忠志が夜の仕事があるからと帰途について、残りの面々は庭から室内に入っての二次会に雪崩れ込む。庭での怪談はわりと軽めで済んでいたのは忠志が大概の雰囲気を存在1つで覆してしまうからで、どうも忠志が人を怯えさせるのが好きではないという一面もあるのかもと仁聖は思う。人柄なのか話していてもカラッとしていて陽気な空気感を醸しているので、晴もそれほど怯えていなかったが人懐っこい笑顔で晴にも笑いかけるから明良が少し不機嫌そうな気がするのはやむを得ない。それに今回は宏太が去年のように怪談話に参戦してこないのも、恐怖の緩和作用としては大きいのだろう。何しろ宏太ときたら人の気配を図りながら怯えさせる語りをするのだから、間の取り方とか妙な気配を察したふりとか怖いことこの上ないのだ。恐らく今回は途中で出ていった藤咲信夫のことを気にかけているから、こちらに加わる気分にならないのだろう。
そして酔いが回って真っ先に撃沈した良二をソファーに荷物よろしく置いて、残りの5人で部屋割りとなったのだが、互いにくじ引きとかじゃんけんとか言い出す前に明良が自分達は座敷でいいと言う。
「去年と同じでいいです、俺と晴は。」
「でも、陸斗は?」
「あ、俺はこっちのソファーで横になるんで。」
何でか全く喧嘩にもならず悶着もなく決定した部屋割りで大人しくそれぞれが風呂に入って、それぞれに部屋に引き下がった後。了は最後に風呂を使ってから後始末をして、タオルで濡れた髪を拭いながら2人の寝室に足を踏み入れる。
「寝てる?こぉた。」
「いや、起きてる。」
ベットに横になっていた宏太に声をかけると、宏太は当然みたいな即答と共にムクリと起き上がり了に向けて手招く。
今夜が去年と比較して、別段盛り上りが悪かったわけではない。というか賑やかさで言えば、実際には今夜の方が盛り上がっていたくらいだ。それでもこんな風に大人しくそれぞれが二次会から部屋に引き上げたのは、食べる量とペースが去年以上のハイペースだったからだろうと思う。何しろ藤咲が準備していたものに加えて良二が事前に肴として作り込んでいた大量の料理の持ち込みと、実は誘ったが今回は子供が手がかかるからと断った鳥飼信哉が忠志に食材として肉を持たせてきていたのだ。結果として量的に言うと人数としては2人だけ増なのに食材の総量は去年の3倍近くて、最初の搬入直後了が一体どこの大パーティーなんだと思ったのはここだけの話し(とは言え殆んどの食材を食い付くした辺りが呆れる)。あの量の食材をほぼ食い付くして酒まで飲んだメンツが、早々に眠くなるのは当然だなと了も笑ってしまう。
「何がおかしい?ん?」
手招かれ宏太の膝の間に座らされて、了の濡れたままの髪を頭に被っていたタオルで丁寧に拭い始めた宏太が、了の身体の微かな揺れに笑いを察したように問いかけてくる。思っていたことを了が話すと、そんな量だったのか?と宏太も笑いを含んだような声を溢す。それでもいつものようには会話が続かずに、ふっと宏太が黙り込んでしまったのに了は何となく目を細めている。
「…………ノブさんのこと気にしてんの?宏太。」
「まぁ、少しな。焚き付けた手前。」
ちゃんと藤咲を焚き付けてた自覚はあったんだと言いながら了が背後の宏太に凭れかかると、了の頭を撫でながら宏太は少しはと低く呟く。ここを出ていく時に連絡が来なければ上手く行った証拠とは思うとは言ったものの、何分宏太としては幼馴染みの昔からの性分も知っているつもりだ。もし結果として上手く行かなかったとしても即時藤咲から連絡が来るとは、正直言うと……あるともないともいえない。というよりはどちらかと言えば、『ない』という方が確率としては高めだ。
「まぁ……ノブが自分で何とかするしかないことだけどな……。」
「そうだな。」
藤咲達に何が起こっているのかは一応聞いているし、了としては十分に江刺家八重子は藤咲に気があると見ていても思う。ただ長年の付き合いでお互いに意地っ張りなところもあり奥手な面もあるから、藤咲がそれを何とかするしかないだろうとも思っている。そこら辺はこうなればもう後は2人次第というところなのだ。とはいえ幼馴染みの中では唯一独身のまま(自分はまぁ妻帯経験者だし、今は嫁として了がいるので宏太自身が自分を独身とはみなしていないのは言うまでもない。)の最後の一人の大事な踏ん張りどころに、焚き付けをして最後のけしかけをした宏太が気にかかってしまう気持ちも分からなくない。丁寧な手付きで髪を拭う宏太のなすがままにされながら、了は瞳を閉じたまま宏太に身体を預けて呟く。
「ふふ、でも大丈夫だよ。な?」
「そうか?」
そうそうと微笑みながら答えながら、もしかしたら後から急遽結婚式なんて話しになるかもなと内心で思う。すると背後から抱き締めてくる手が腹の前で指を組んで、髪に顔を埋めてくる。
なんてことを食材が殆んど無くなったグリルの僅かな残り火を囲んで呑気に話しているのは、相変わらずの料理番長の鈴徳良二と今年初参加だった槙山忠志の2人。そして散々に食い付くした高級海鮮と国産和牛の後だというのに、デザートはベツバラと言うことでスイカとかき氷を楽しみつつ、そういう話しに興味津々な様子を伺わせるのは狭山明良と庄司陸斗。そして子供の頃からスプラッタは平気でもジャパニーズホラーは苦手な筈の榊仁聖とスリルとサスペンスはオッケーでもホラーは完全アウトの結城晴も何故かこちらに加わっている。
「へー、怪談ねー。」
「忠志なら、経験わんさとあんだろ?」
「えー?俺よりは良二の方があるって。俺のは怪談とはいえないもん。」
どうにもこういう経験というものは誰にも満遍なく訪れるというよりは、何故か限定的に個別に経験が集中するものらしい。そう言うものを時には世の中では霊感なんて呼んだり、自分はそういうモノや経験を『呼び』易いなんていう言い方をするもののようである。そう言う意味では去年も散々経験談を話した良二は勿論呼び易い体質であり、良二曰く今回初参加の忠志も経験豊富なタイプのようだ。そして今更ながらに気が付いたが、年の差はありつつ忠志と良二は気の合う友人でもあるようである。そういえば忠志は、鳥飼信哉とも土志田悌順とも友人関係にあるのだ。一見するとキツくて目付きの悪いヤンキー紛いの外見の割に、誰とでも案外簡単に友人関係を築ける人柄なのかもしれない。それでも怪談とはいえない体験談って一体何?と仁聖が問いかけると、忠志が苦笑いして口を開く。
「俺のって独り恐怖ってより、どっちかってーと大騒ぎ系なんだよ。」
霊的な話をしていた筈なのに大騒ぎって一体何事?そう素直に首を傾げる仁聖に、忠志は明らかに苦笑いしながらなんていったらいいのかなぁと肩を竦めて見せる。
「あー分かる分かる。」
「なんで、そこ納得なわけ?酷くね?良二。」
何故か良二がその訳の分からない説明に呆れたように同意するから、尚更仁聖は不思議そうにどういうことなの?と問いかける。それに明良や他の面々も大騒ぎ系体験談ってどういうことなのかと興味津々で身を乗り出す。
「俺の経験って、大概妖怪みたいなのが一気に大勢ワチャワチャーって来る感じなんだよなな、ザッツ百鬼夜行!!みたいなさ?」
「ええー?日本でもそう言うのあるの?」
呑気にそんなことを話す忠志に目を丸くして晴がそれってどんなのが来るのと珍しく声をあげていて、それに忠志はそうだなぁと笑いながら答える。その話しはこれまた普通の幽霊が出てくるベーシックな日本的な怪談話とは訳が違う。
「なんかゾンビみたいなのとかでっかいスライムみたいなのとかがワーッて。」
「ゲームじゃん。」
「それっぽいんだよな。だからホントの事だけど話しても嘘臭いんだ。」
確かに日本国内でゾンビに追っかけられたとかスライムが襲ってきたなんて怪談はほぼ聞いたことがないし、そんな話をすると大概の人間の頭にはどうしても既存のテレビゲームなんかが浮かぶのは仕方がない。基本テレビゲームをしたことの無い筈の仁聖にだって某有名ホラー系シューティングタイプのバイオなハザードゲームとか某有名シリーズロールプレイングゲームのブルーな雫型モンスターキャラと言われれば、直ぐに想像できる。その程度にはそれぞれがイメージとしては硬い定番中の定番。お陰でモンスター的にはとっても想像はしやすいが、それが現代日本の街中でどこでどうやって出会うのかお言う点では流石に想像が出来ない。
「どこで会うの?そういうの。」
「んー、ちょっと出先の地下道とかさ。後体育館みたいなとことか。」
「…………ゲームの定番だよね、地下道。後、体育館って学校に何しに行くの?」
「で、そういうのに会ったらどう対処すんの?」
「色々使って火炎放射とか。」
「ぶーッ!絶対ゲームだって!!それー!!!」
呑気すぎる忠志のホラー現象への対処法にそれぞれから爆笑が起こっているけれど、忠志としては大真面目らしく『やっぱり火って効果的なんだよな!』と当然のように話している。どうにも話し自体と言うよりは性格的に怪談が向かないらしい忠志に、結果的に日本的な百鬼夜行スライム話は水で流すなんてあり得ない笑い話で『水洗?!!』等と締め括られてしまう有り様だ。ところがその後を引き継いで怖がらせるのが得意な良二に語り部が変わると、途端に周囲の明暗が一段階暗くなったように見えるのが不思議としか言えない。
どうにも怪談というやつには周囲の明るさを吸いとる力でもあるみたいだな
と、苦笑いしながら榊恭平と外崎宏太・了は少し離れて縁台のカウチでノンビリその様子を眺めているわけだが、当然怪談チームにこの系統の話が取り分け苦手なのが一人いるのは言わなくとも分かる。何しろ良二に変わった途端遠目で見ていても分かるくらい顔色が青ざめるし、ツツツッと隣に座る明良に身体ごと音もなく寄ったのがちゃんと見えているからだ。
「…………晴さぁ?そこ暗くない?」
「ふぇ?!何?!暗いって!?」
何もかにも。ただ単に明良の背後に隠れるように動いたから、照らしている残り火から遠くなって暗くないかと忠志は聞いただけである。単純に聞かれただけなのだが、相変わらず怖い話は完全拒絶の晴は飛び上がって隣の明良にひっしと縋りつく。怯える小動物か跳ねる玩具みたいな反応をする晴が面白くないわけがないので、当然だが良二が怪談に本腰をいれただけでなく、そりゃホラーじゃない半分はリアルスプラッタじゃないの?という話で陸斗まで参戦してくる有り様。先日まで刑事していた陸斗が、実体験したという玄関ドアの下から溢れ出てきた血液を見つけて現場に飛び込んだ話ものをオドロオドロしくホラー仕立てにして聞かせる始末だ。
「そ、それはさぁ?!普通に殺人とかさっ!!怪我とかさっ!!」
「だろ?そう思うよな?でもさぁ…………そのアパートのドアさ?内側から針金で縛ってあって……、しかも窓は全部内側から板で塞いでて…………。」
それって警察はどこから突入したの?と先ずは聞いた方がいい話なのだが、語り方1つで現実も完全に怪談に化けてしまう。現実としては玄関に大量の出血をした遺体が1つあって、そこが完全密室状態で見つかったという話しなのだ。ところが話し方だけで思わず聞いている方も、それってどんな怪談?幽霊に殺された?それとも殺人?と興味深く身を乗り出している。ただし晴だけは明らかに質が違う完全な恐怖で震え上がっていて、明良の右腕を必死に抱き締めたまま目に見えて青ざめている。晴は公然とスリルとサスペンス大好きと宣言している筈なのだが簡単にホラーテイストに変えられてしまったサスペンスの筈の経験談に既に完璧にビビっている訳だ。
「しかも…………その血味ミドロの玄関から背後を振り返ると…………風呂場のガラス戸にも血で手形がベットリ…………と。」
「ふふぇ…………っ。」
ある意味では怪談めいた語り口調だが、結論としては玄関先に血ミドロのご遺体があって玄関は閉鎖されており、他の窓も板で内側から塞がれていたという。室内には他には人の気配もなく、遺体は入り口ドアにもたれ掛かって玄関の上がり框に踞っていたというのだ。
「な、な、なんで…………っ?」
晴が震えた声で何が起こっていたのと言うのを、横で真顔で聞いていた忠志がケロッとした顔で暫し考え込んでた答えが出たみたいに『あ』と納得の声を出す。
「玄関先の遺体が犯人か。」
「あ、よく分かりましたね。」
「ふぁ?」
やはり現実の事件の話なので不可思議な存在の仕業というわけではなく、自ら閉鎖空間にした中での自死だったというオチだったらしい。ついでに言うと男女の説明もなかったので窓の内側の板貼りについても自分で出来なくはないものだし、風呂場のガラス戸の血の跡も自分の手で触れたということだったそうだ
結末としちゃかなりありがちでお粗末な話ではあるが、それもこれも語り部次第じゃ怪談話いうになるのかと忠志が楽しげにケラケラしている。お陰で少し恐怖から復帰した晴に向かって、一見人相が悪く見えなくもない忠志が人懐っこい笑顔で笑いかける。
※※※
その後外での食事はお開きにするの同時に忠志が夜の仕事があるからと帰途について、残りの面々は庭から室内に入っての二次会に雪崩れ込む。庭での怪談はわりと軽めで済んでいたのは忠志が大概の雰囲気を存在1つで覆してしまうからで、どうも忠志が人を怯えさせるのが好きではないという一面もあるのかもと仁聖は思う。人柄なのか話していてもカラッとしていて陽気な空気感を醸しているので、晴もそれほど怯えていなかったが人懐っこい笑顔で晴にも笑いかけるから明良が少し不機嫌そうな気がするのはやむを得ない。それに今回は宏太が去年のように怪談話に参戦してこないのも、恐怖の緩和作用としては大きいのだろう。何しろ宏太ときたら人の気配を図りながら怯えさせる語りをするのだから、間の取り方とか妙な気配を察したふりとか怖いことこの上ないのだ。恐らく今回は途中で出ていった藤咲信夫のことを気にかけているから、こちらに加わる気分にならないのだろう。
そして酔いが回って真っ先に撃沈した良二をソファーに荷物よろしく置いて、残りの5人で部屋割りとなったのだが、互いにくじ引きとかじゃんけんとか言い出す前に明良が自分達は座敷でいいと言う。
「去年と同じでいいです、俺と晴は。」
「でも、陸斗は?」
「あ、俺はこっちのソファーで横になるんで。」
何でか全く喧嘩にもならず悶着もなく決定した部屋割りで大人しくそれぞれが風呂に入って、それぞれに部屋に引き下がった後。了は最後に風呂を使ってから後始末をして、タオルで濡れた髪を拭いながら2人の寝室に足を踏み入れる。
「寝てる?こぉた。」
「いや、起きてる。」
ベットに横になっていた宏太に声をかけると、宏太は当然みたいな即答と共にムクリと起き上がり了に向けて手招く。
今夜が去年と比較して、別段盛り上りが悪かったわけではない。というか賑やかさで言えば、実際には今夜の方が盛り上がっていたくらいだ。それでもこんな風に大人しくそれぞれが二次会から部屋に引き上げたのは、食べる量とペースが去年以上のハイペースだったからだろうと思う。何しろ藤咲が準備していたものに加えて良二が事前に肴として作り込んでいた大量の料理の持ち込みと、実は誘ったが今回は子供が手がかかるからと断った鳥飼信哉が忠志に食材として肉を持たせてきていたのだ。結果として量的に言うと人数としては2人だけ増なのに食材の総量は去年の3倍近くて、最初の搬入直後了が一体どこの大パーティーなんだと思ったのはここだけの話し(とは言え殆んどの食材を食い付くした辺りが呆れる)。あの量の食材をほぼ食い付くして酒まで飲んだメンツが、早々に眠くなるのは当然だなと了も笑ってしまう。
「何がおかしい?ん?」
手招かれ宏太の膝の間に座らされて、了の濡れたままの髪を頭に被っていたタオルで丁寧に拭い始めた宏太が、了の身体の微かな揺れに笑いを察したように問いかけてくる。思っていたことを了が話すと、そんな量だったのか?と宏太も笑いを含んだような声を溢す。それでもいつものようには会話が続かずに、ふっと宏太が黙り込んでしまったのに了は何となく目を細めている。
「…………ノブさんのこと気にしてんの?宏太。」
「まぁ、少しな。焚き付けた手前。」
ちゃんと藤咲を焚き付けてた自覚はあったんだと言いながら了が背後の宏太に凭れかかると、了の頭を撫でながら宏太は少しはと低く呟く。ここを出ていく時に連絡が来なければ上手く行った証拠とは思うとは言ったものの、何分宏太としては幼馴染みの昔からの性分も知っているつもりだ。もし結果として上手く行かなかったとしても即時藤咲から連絡が来るとは、正直言うと……あるともないともいえない。というよりはどちらかと言えば、『ない』という方が確率としては高めだ。
「まぁ……ノブが自分で何とかするしかないことだけどな……。」
「そうだな。」
藤咲達に何が起こっているのかは一応聞いているし、了としては十分に江刺家八重子は藤咲に気があると見ていても思う。ただ長年の付き合いでお互いに意地っ張りなところもあり奥手な面もあるから、藤咲がそれを何とかするしかないだろうとも思っている。そこら辺はこうなればもう後は2人次第というところなのだ。とはいえ幼馴染みの中では唯一独身のまま(自分はまぁ妻帯経験者だし、今は嫁として了がいるので宏太自身が自分を独身とはみなしていないのは言うまでもない。)の最後の一人の大事な踏ん張りどころに、焚き付けをして最後のけしかけをした宏太が気にかかってしまう気持ちも分からなくない。丁寧な手付きで髪を拭う宏太のなすがままにされながら、了は瞳を閉じたまま宏太に身体を預けて呟く。
「ふふ、でも大丈夫だよ。な?」
「そうか?」
そうそうと微笑みながら答えながら、もしかしたら後から急遽結婚式なんて話しになるかもなと内心で思う。すると背後から抱き締めてくる手が腹の前で指を組んで、髪に顔を埋めてくる。
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