599 / 693
間章 ソノサキの合間の話
間話45.聞こえるもの2
しおりを挟む
それは時系列で言えば、数日という程度の前になる時の流れの話。
夏の暑さの抜け始めた空気は肌に僅かに感じるが、コンクリートに覆われて熱を蓄積した街は未だに湿った熱気の闇に飲まれている。ジメジメとした湿度を含む闇の中の空気を嗅ぎ取りながら、薄く碧く闇に光るような瞳をした人物は深く1つ溜め息をついた。気がつけばシトシトと弱く湿度を増すだけの雨が降り始めていて、身体が濡れ始めていたのだ。
何でか定期的に、こういう時には男に絡まれる…………
まるで最悪の不幸を自ら呼び求めて何も望みもしないのに、独りで街角で立ち尽くしている。すると通りがかりに自分の身体に向けられる視線に気がつく。
纏わりつく下卑た粘着質の視線。
相手は常にそんな風に誰かを見る人間ではないかもしれないが、何故か自分の気配にそんな反応を示す人間が定期的に存在する。
そんな男を見ていると、今では必ずある男が脳裏に浮かぶ。身体の奥底の身の内から腐り続けて呼気から吐き気を催すドブのような臭気を放ちながら、沢山の人間を意図して苛んできたあの件の男。自分としてはその男に直に接したことは、実はそれほどはない。だが、普段なら淡雪のように消え去る筈の自分の記憶は、あれからまるで消えないまま脳裏に鮮明に刻まれてしまった。
たぶん…………アイツも…………だから………………
これについては途轍もなく腹立たしいことだが、好き嫌いに関わらずある程度の基準を満たすと自分の記憶回路は正常に作動するように組み変わっているようだ。勿論そのお陰で時々基準を満たす人間と出逢うことが出きるから、こうしてこの街で好ましい交流を何人かと続けることも出きる。だが、基準は好ましい好ましくないを選んではくれない。好ましくはなくても基準さえ満たせば、記憶に残る。基準を大きく満たせば満たす程その存在は刻み込まれていて、脳にくっきりと浮かぶ。幼馴染みやその友人である奴らとか、自分が好ましい存在なら本当に大歓迎だが、ことこの男の事になると不快でたまらない。男でも女でも関係なく人を傷付けることしか出来ないあの男は、元来プライドばかり高い身の丈をしらない男だった。その癖自分の欲望にだけは忠実で、自分にとって大事な人を何度も何度も傷付けて来たことも知っている。そしてあの男が欲望を満たすために、どんな濁った眼をして人を見るか。
そんなのばっかり記憶に残るなんてなぁ……
どうせならクオッカみたいな純真なクリクリの瞳の方だけ記憶しておきたい。そう思ってもそうはならないのが自分で、この身体も思う通りにはならないのも自分。しかも、世の中にはアイツと同じような視線で、自分を文字通り舐め回すようにみる奴らが掃いて棄てるほどいるのに気がついてしまう。そして遂にその臨界点を越えた男が一人、フラフラと自分に歩み寄る。
残念だ……放っておいてくれたらいいのに……
以前に一度だけ他意がなく濡れた自分を助けた人間も、いたにはいた。何をするでもなく風呂を貸して服を着せ、飯を食わせて一晩保護しただけで、自分と話しはしたが性的な興味すら匂わなかった。もう顔は覚えていないし会っても分からないだろうけれど、そう言う人間ばかりならいいのに。
「ねぇ、濡れてるよ?雨宿りしてこ?ホテルいく?」
濡れた服の張り付く身体を舐めるように見回しながら口にした言葉には、すっかり欲望が透けて見えていて男とわかっていて誘う人間が随分と増えたものだと思う。勿論世界的には昔から衆道とかなんとか言う言葉で同性愛はあったが、現代社会では随分とハードルが下がって簡単に男同士でも性行為ができると踏み込んでくるようになった。頼りなげで儚そうな面立ちに、濡れた髪を張り付け色っぽく見上げる。それに相手が性欲も露に喉を鳴らすのを聞き付けながら、唇からひょう……と微かな鳴き声が溢れていく。
悪夢…………不幸…………
そんなものを呼び込む獣の鳴き声は、何故か目の前の男の耳には届いていないようで男は何も気にしていない。この声は大事な彼女が自分を守り与えてくれたものだけれど、同時にこの声を使えば使うほど彼女をここへ呼び戻す。そしてこの声は彼女への合図にもなるのだけれど、同時にこういう屑達を惹き付けてしまう。この声に反応しない癖に、こうして自分に近寄ってくる男には大概共通点があるのだ。それは易怒性とか易暴力性、虚栄心が強かったりもする。つまりはプライドが高く、簡単なことで怒りだし暴力を振るう。
「ねぇ、震えてるよ?ほら、暖めて上げるから。」
下卑た声に、淫らな妄想にまみれた脳髄が濁った目に透けて見える。勿論自分としては別段無視してもいいが、この手の男を放置しておくと後が更に悪くなるのだ。こういうヤツは他の弱い者を捕獲し、痛め付け欲望のままに扱う。
昔自分をそう扱った者達と一緒、自分を裏切った奴らと一緒。あの部屋で自分を王様から奴隷にした奴らと、あの白い部屋で自分を拘束して傷付けた奴らと。
仕方がないわ、そんな奴らは殺してしまうしかないわよ
頭の中で誰かの朗らかに聞こえる声が響き、そうだねと自分が無意識に返す。弱い者が酷い目に遭わされるのがわかっているから、先に自分が刈り取る。相手はそんなことはしないかも?そうではないことが自分にはわかっているから、そんな言葉は聴かない。だからこそ弱々しくも艶やかに媚を含んで笑いかけて、逆にこの男を狩ることにさっさと頭を切り替える。
仕方がない……だって、こいつは俺を犯すのだから…………
※※※
遺体が見つかったのは恐らくは事件から数時間後だろう。ホテルにでも入ったらまた違ったのだろうけれど、男が性急に事を運びたかったのか気分なのか、雨を避けた路地の奥に男だったものが血だまりをつくっていた。
偶々店の裏口からゴミを棄てに出てきた従業員が、路地の奥に何でマネキン?誰かが見えないところだと思って放置したのか?と思って歩み寄ったのだ。さぞかし自分が見たものがなんかのか理解した従業員は、数日どころか一生ものの災難だったろう。誰にしても解体された遺体を発見するなんて最悪の経験だろうと風間祥太も思うが、被害者の股間が裸になっていたところを察すると結局は欲望に負けて三浦和希に突っ込んだのが大きな間違いという事で。自業自得とは言えないが、性行為さえしなければお茶をするだけですませられる殺人鬼でもある。しかも性行為したくなるのは、何故か男だけで結果として殺されるのも男だけ。女で三浦和希に怪我をさせられた経験があるのは、実はこれまでの事件で証明されているのはたった2人だけなのだ。まあ内1人は既に故人であり、三浦は自分を助ける為にナイフを刺したと話していたのはここだけの話である。というか
何で、そんなことをしたくなるんだか…………
何度か自分も直に三浦和希という男を見たことはあるが、弱々しく見えなくもないがどこから見ても男の優男だ。勿論時には女装していたりすることもあるが、性行為には大概が裸になるのではないのだろうか?三浦は別に身体自体は何も去勢などもしていないわけで、それなのに股間に同性のモノをつけていても、更に行為を続けたくなる理由はなんだか理解できない。理解できないからこそ、こうして捜査を続けるしかないでいる。被害者も勿論だが、遺体を発見した方にとって最悪だなと考えながら辺りを見渡した風間は、視界の先に鈍く光を反射するレンズを見つけていたのだった。
※※※
そこにあったのは路地裏に裏口が設置された店舗の監視カメラで、数ヵ月前に別店舗の裏口から空き巣が入ったために偶々設置されたものだった。センサー付きで何かが動き続けていると自動で録画の始まる高性能。でも大概は野良猫の優雅な野生生活のウォーキング撮影程度しか効果を成していなかったものに、今回の事件が起きてしまった。流石に現場の映像は角度も距離もあって直に全ては写りはしなかったが、もしかしたら音声がとなったのだ。更に残念ながらその奥に入り込んだ時の被疑者と被害者の姿も写っていないのは微妙に雨のせいでセンサーをかわしたからか、それとも他の道のりだったかはわからない。せめて足音があるかとか、何か話していないかとか、そんな望みをかけたけれど警察の捜査には時間がかかる。だからとって密かに外部委託なんて許されないのは分かっているけれど、それでも今回のものが何故か気にかかっていた。実際ここ数ヵ月のところ三浦和希は、余り殺人鬼らしい行動を起こしていなかったのだ。下手をすれば白鞘の事件のように人助けめいた行動をしておることの方が多いくらいで、もしかしてとすら思っていた。いや、殺人鬼であったことは変わらないし、その罪は恐らく死刑に当たるだろう。それでもあの男が変わる理由の1つに心当たりがあるから、もしかしてその死んだ筈の人物をあの男が見つけ出したのかと…………期待してしまってもいた。
そんな最中の久々のこれだ。
勿論数日かかる画像分析に証拠として提出はしていた。だけど外崎宏太に頼んだのは、あの男の耳が何故か三浦のことに関しては何よりも特化しているからだ。そうして渡してほんの半日後、夕暮れ過ぎに外崎の恋人だけが残った自宅に呼び込まれる。
「何が聞き取れた?」
暗い中僅かに顔色が悪く見える宏太が、様々音量を弄り普通に聞こえる表だった音を排除していく。雨の音、車の音、そしてビルのエアコンの音、それだけでなく僅かな店舗から漏れる喧騒の音、表通りの足音。どれだけの音がこの中に入っているのだろうと思うような音の重なりを、あっという間に排除していけるのは、宏太が『この音』と分かっていて探しているからだ。普通の捜査で時間がかかるのは、何より探す音が分からないからでもある。
「この足音だな、特徴がある。一緒に歩いているのは男……無意識に足を引きずる癖があるが怪我ではないな。」
歩幅から想定される年代は被害者と同じ。画像には何も写ってないのか?と問われるが、残念ながらそこでは雨の雫のせいか画面はボヤけて人らしき形は見えなかった。それでも雨音の中路地を進む足音がいる。
『いいか…………、…………ここ通り抜けられ…………。』
ノイズを消して浮かんでくるのは、被害者になった方の男の声。期待に震えて興奮した声を上げ自ら自分が被害者になり変わる場所に、何よりも最悪の男を連れ込もうとしている。そしてそこから少しの会話。こんな風に現場の音声が残るのは実は久々の事で、それこそ以前に三浦が女装して男を引き込んだカラオケボックス・エコーでのものが最後だった筈だ。そう言えばあの時の音声は外崎が盗聴機を密かに仕込んでいる店舗での話しで、外崎が録音していたからのこったものであって、今回のように偶々残ったのは初めての事かもしれない。
「行為……は、まぁいいだろ。まぁ30分弱か…………。」
結局は通り抜けられると話した男は我慢しきれず、半分無理矢理の勢いでその場で事に及んだ。相手は僅かな抵抗はしたが最後までは抵抗しきれずに、その場で逸物を捩じ込まれる羽目になっていた。
嫌がって抵抗している
それでも捩じ込んでしまったら、被害者の方が下卑た笑い声で『誘ったくせに』やら『本当はこうされたいんだろ?』やら胸がむかつく事を平然と投げつけていく。そうして最後まで快楽を貪って射精した途端に、立場が逆転するのだ。当然に何か乾いた木材のようなものが割れる音がして、無音になる。
「骨が折れた。折られても一瞬訳が分からん状態だったんだな、唖然としてる。」
次の瞬間大きく息を吸い悲鳴を上げようとしたのに、雨に紛れるような水の溢れるゴボゴボという音に変わる。大きな悲鳴を上げられたくないから被害者の喉をナイフで切り裂いたのだと、掠れた声で宏太が呟きながら無意識に喉を押さえたのに外崎了が肩をそっと支えていた。その後は手慣れたものだ。直ぐには死なせないように、苦しむ時間を長く保たせるように。
『…………しかた……ない……ね、…………かずき……は、…………だもん。』
不意に差し込まれた女の声。ハスキーではあるが普段の三浦の話し声を知っていれば、まるで別人の女の声に聞こえる。ただ三浦が女装して出歩く時の声を知っていれば、これも三浦のものとも分かるのは言うまでもない。自らの行動を自ら容認するようなことを、呟いているのかと眼を細めて更に先を聞き取る。
『だって、……は、……のこる……もんね…………。』
どんなに調整してもそれ以上ハッキリとは聞き取れない。宏太を見ると偶々そこには外部の音声が被って、その音だけとしては潰れて拾えなくなってしまうのだという。それでも宏太はそのまま元の音声で、全てを聞き取り一応こう言っているのではないかと呟く。
「くだんは記憶に残る。」
「くだん?」
そう聞こえると思うと宏太が呟き、今更ながら青ざめた顔をしているのだと気がついてしまう。『くだん』が土地の事なのか、人の名前なのか、はたまた別なものなのかは独り言からは察することが出来ない。それにもし直に聞けるタイミングがあったとして、この言葉に触れて聴いた方が生き残れる確証もないのだ。そして何よりも記憶障害だからこそ逃れられていた面が、記憶に残るという言葉を聴いて不安を覚えたのは言うまでもない。
夏の暑さの抜け始めた空気は肌に僅かに感じるが、コンクリートに覆われて熱を蓄積した街は未だに湿った熱気の闇に飲まれている。ジメジメとした湿度を含む闇の中の空気を嗅ぎ取りながら、薄く碧く闇に光るような瞳をした人物は深く1つ溜め息をついた。気がつけばシトシトと弱く湿度を増すだけの雨が降り始めていて、身体が濡れ始めていたのだ。
何でか定期的に、こういう時には男に絡まれる…………
まるで最悪の不幸を自ら呼び求めて何も望みもしないのに、独りで街角で立ち尽くしている。すると通りがかりに自分の身体に向けられる視線に気がつく。
纏わりつく下卑た粘着質の視線。
相手は常にそんな風に誰かを見る人間ではないかもしれないが、何故か自分の気配にそんな反応を示す人間が定期的に存在する。
そんな男を見ていると、今では必ずある男が脳裏に浮かぶ。身体の奥底の身の内から腐り続けて呼気から吐き気を催すドブのような臭気を放ちながら、沢山の人間を意図して苛んできたあの件の男。自分としてはその男に直に接したことは、実はそれほどはない。だが、普段なら淡雪のように消え去る筈の自分の記憶は、あれからまるで消えないまま脳裏に鮮明に刻まれてしまった。
たぶん…………アイツも…………だから………………
これについては途轍もなく腹立たしいことだが、好き嫌いに関わらずある程度の基準を満たすと自分の記憶回路は正常に作動するように組み変わっているようだ。勿論そのお陰で時々基準を満たす人間と出逢うことが出きるから、こうしてこの街で好ましい交流を何人かと続けることも出きる。だが、基準は好ましい好ましくないを選んではくれない。好ましくはなくても基準さえ満たせば、記憶に残る。基準を大きく満たせば満たす程その存在は刻み込まれていて、脳にくっきりと浮かぶ。幼馴染みやその友人である奴らとか、自分が好ましい存在なら本当に大歓迎だが、ことこの男の事になると不快でたまらない。男でも女でも関係なく人を傷付けることしか出来ないあの男は、元来プライドばかり高い身の丈をしらない男だった。その癖自分の欲望にだけは忠実で、自分にとって大事な人を何度も何度も傷付けて来たことも知っている。そしてあの男が欲望を満たすために、どんな濁った眼をして人を見るか。
そんなのばっかり記憶に残るなんてなぁ……
どうせならクオッカみたいな純真なクリクリの瞳の方だけ記憶しておきたい。そう思ってもそうはならないのが自分で、この身体も思う通りにはならないのも自分。しかも、世の中にはアイツと同じような視線で、自分を文字通り舐め回すようにみる奴らが掃いて棄てるほどいるのに気がついてしまう。そして遂にその臨界点を越えた男が一人、フラフラと自分に歩み寄る。
残念だ……放っておいてくれたらいいのに……
以前に一度だけ他意がなく濡れた自分を助けた人間も、いたにはいた。何をするでもなく風呂を貸して服を着せ、飯を食わせて一晩保護しただけで、自分と話しはしたが性的な興味すら匂わなかった。もう顔は覚えていないし会っても分からないだろうけれど、そう言う人間ばかりならいいのに。
「ねぇ、濡れてるよ?雨宿りしてこ?ホテルいく?」
濡れた服の張り付く身体を舐めるように見回しながら口にした言葉には、すっかり欲望が透けて見えていて男とわかっていて誘う人間が随分と増えたものだと思う。勿論世界的には昔から衆道とかなんとか言う言葉で同性愛はあったが、現代社会では随分とハードルが下がって簡単に男同士でも性行為ができると踏み込んでくるようになった。頼りなげで儚そうな面立ちに、濡れた髪を張り付け色っぽく見上げる。それに相手が性欲も露に喉を鳴らすのを聞き付けながら、唇からひょう……と微かな鳴き声が溢れていく。
悪夢…………不幸…………
そんなものを呼び込む獣の鳴き声は、何故か目の前の男の耳には届いていないようで男は何も気にしていない。この声は大事な彼女が自分を守り与えてくれたものだけれど、同時にこの声を使えば使うほど彼女をここへ呼び戻す。そしてこの声は彼女への合図にもなるのだけれど、同時にこういう屑達を惹き付けてしまう。この声に反応しない癖に、こうして自分に近寄ってくる男には大概共通点があるのだ。それは易怒性とか易暴力性、虚栄心が強かったりもする。つまりはプライドが高く、簡単なことで怒りだし暴力を振るう。
「ねぇ、震えてるよ?ほら、暖めて上げるから。」
下卑た声に、淫らな妄想にまみれた脳髄が濁った目に透けて見える。勿論自分としては別段無視してもいいが、この手の男を放置しておくと後が更に悪くなるのだ。こういうヤツは他の弱い者を捕獲し、痛め付け欲望のままに扱う。
昔自分をそう扱った者達と一緒、自分を裏切った奴らと一緒。あの部屋で自分を王様から奴隷にした奴らと、あの白い部屋で自分を拘束して傷付けた奴らと。
仕方がないわ、そんな奴らは殺してしまうしかないわよ
頭の中で誰かの朗らかに聞こえる声が響き、そうだねと自分が無意識に返す。弱い者が酷い目に遭わされるのがわかっているから、先に自分が刈り取る。相手はそんなことはしないかも?そうではないことが自分にはわかっているから、そんな言葉は聴かない。だからこそ弱々しくも艶やかに媚を含んで笑いかけて、逆にこの男を狩ることにさっさと頭を切り替える。
仕方がない……だって、こいつは俺を犯すのだから…………
※※※
遺体が見つかったのは恐らくは事件から数時間後だろう。ホテルにでも入ったらまた違ったのだろうけれど、男が性急に事を運びたかったのか気分なのか、雨を避けた路地の奥に男だったものが血だまりをつくっていた。
偶々店の裏口からゴミを棄てに出てきた従業員が、路地の奥に何でマネキン?誰かが見えないところだと思って放置したのか?と思って歩み寄ったのだ。さぞかし自分が見たものがなんかのか理解した従業員は、数日どころか一生ものの災難だったろう。誰にしても解体された遺体を発見するなんて最悪の経験だろうと風間祥太も思うが、被害者の股間が裸になっていたところを察すると結局は欲望に負けて三浦和希に突っ込んだのが大きな間違いという事で。自業自得とは言えないが、性行為さえしなければお茶をするだけですませられる殺人鬼でもある。しかも性行為したくなるのは、何故か男だけで結果として殺されるのも男だけ。女で三浦和希に怪我をさせられた経験があるのは、実はこれまでの事件で証明されているのはたった2人だけなのだ。まあ内1人は既に故人であり、三浦は自分を助ける為にナイフを刺したと話していたのはここだけの話である。というか
何で、そんなことをしたくなるんだか…………
何度か自分も直に三浦和希という男を見たことはあるが、弱々しく見えなくもないがどこから見ても男の優男だ。勿論時には女装していたりすることもあるが、性行為には大概が裸になるのではないのだろうか?三浦は別に身体自体は何も去勢などもしていないわけで、それなのに股間に同性のモノをつけていても、更に行為を続けたくなる理由はなんだか理解できない。理解できないからこそ、こうして捜査を続けるしかないでいる。被害者も勿論だが、遺体を発見した方にとって最悪だなと考えながら辺りを見渡した風間は、視界の先に鈍く光を反射するレンズを見つけていたのだった。
※※※
そこにあったのは路地裏に裏口が設置された店舗の監視カメラで、数ヵ月前に別店舗の裏口から空き巣が入ったために偶々設置されたものだった。センサー付きで何かが動き続けていると自動で録画の始まる高性能。でも大概は野良猫の優雅な野生生活のウォーキング撮影程度しか効果を成していなかったものに、今回の事件が起きてしまった。流石に現場の映像は角度も距離もあって直に全ては写りはしなかったが、もしかしたら音声がとなったのだ。更に残念ながらその奥に入り込んだ時の被疑者と被害者の姿も写っていないのは微妙に雨のせいでセンサーをかわしたからか、それとも他の道のりだったかはわからない。せめて足音があるかとか、何か話していないかとか、そんな望みをかけたけれど警察の捜査には時間がかかる。だからとって密かに外部委託なんて許されないのは分かっているけれど、それでも今回のものが何故か気にかかっていた。実際ここ数ヵ月のところ三浦和希は、余り殺人鬼らしい行動を起こしていなかったのだ。下手をすれば白鞘の事件のように人助けめいた行動をしておることの方が多いくらいで、もしかしてとすら思っていた。いや、殺人鬼であったことは変わらないし、その罪は恐らく死刑に当たるだろう。それでもあの男が変わる理由の1つに心当たりがあるから、もしかしてその死んだ筈の人物をあの男が見つけ出したのかと…………期待してしまってもいた。
そんな最中の久々のこれだ。
勿論数日かかる画像分析に証拠として提出はしていた。だけど外崎宏太に頼んだのは、あの男の耳が何故か三浦のことに関しては何よりも特化しているからだ。そうして渡してほんの半日後、夕暮れ過ぎに外崎の恋人だけが残った自宅に呼び込まれる。
「何が聞き取れた?」
暗い中僅かに顔色が悪く見える宏太が、様々音量を弄り普通に聞こえる表だった音を排除していく。雨の音、車の音、そしてビルのエアコンの音、それだけでなく僅かな店舗から漏れる喧騒の音、表通りの足音。どれだけの音がこの中に入っているのだろうと思うような音の重なりを、あっという間に排除していけるのは、宏太が『この音』と分かっていて探しているからだ。普通の捜査で時間がかかるのは、何より探す音が分からないからでもある。
「この足音だな、特徴がある。一緒に歩いているのは男……無意識に足を引きずる癖があるが怪我ではないな。」
歩幅から想定される年代は被害者と同じ。画像には何も写ってないのか?と問われるが、残念ながらそこでは雨の雫のせいか画面はボヤけて人らしき形は見えなかった。それでも雨音の中路地を進む足音がいる。
『いいか…………、…………ここ通り抜けられ…………。』
ノイズを消して浮かんでくるのは、被害者になった方の男の声。期待に震えて興奮した声を上げ自ら自分が被害者になり変わる場所に、何よりも最悪の男を連れ込もうとしている。そしてそこから少しの会話。こんな風に現場の音声が残るのは実は久々の事で、それこそ以前に三浦が女装して男を引き込んだカラオケボックス・エコーでのものが最後だった筈だ。そう言えばあの時の音声は外崎が盗聴機を密かに仕込んでいる店舗での話しで、外崎が録音していたからのこったものであって、今回のように偶々残ったのは初めての事かもしれない。
「行為……は、まぁいいだろ。まぁ30分弱か…………。」
結局は通り抜けられると話した男は我慢しきれず、半分無理矢理の勢いでその場で事に及んだ。相手は僅かな抵抗はしたが最後までは抵抗しきれずに、その場で逸物を捩じ込まれる羽目になっていた。
嫌がって抵抗している
それでも捩じ込んでしまったら、被害者の方が下卑た笑い声で『誘ったくせに』やら『本当はこうされたいんだろ?』やら胸がむかつく事を平然と投げつけていく。そうして最後まで快楽を貪って射精した途端に、立場が逆転するのだ。当然に何か乾いた木材のようなものが割れる音がして、無音になる。
「骨が折れた。折られても一瞬訳が分からん状態だったんだな、唖然としてる。」
次の瞬間大きく息を吸い悲鳴を上げようとしたのに、雨に紛れるような水の溢れるゴボゴボという音に変わる。大きな悲鳴を上げられたくないから被害者の喉をナイフで切り裂いたのだと、掠れた声で宏太が呟きながら無意識に喉を押さえたのに外崎了が肩をそっと支えていた。その後は手慣れたものだ。直ぐには死なせないように、苦しむ時間を長く保たせるように。
『…………しかた……ない……ね、…………かずき……は、…………だもん。』
不意に差し込まれた女の声。ハスキーではあるが普段の三浦の話し声を知っていれば、まるで別人の女の声に聞こえる。ただ三浦が女装して出歩く時の声を知っていれば、これも三浦のものとも分かるのは言うまでもない。自らの行動を自ら容認するようなことを、呟いているのかと眼を細めて更に先を聞き取る。
『だって、……は、……のこる……もんね…………。』
どんなに調整してもそれ以上ハッキリとは聞き取れない。宏太を見ると偶々そこには外部の音声が被って、その音だけとしては潰れて拾えなくなってしまうのだという。それでも宏太はそのまま元の音声で、全てを聞き取り一応こう言っているのではないかと呟く。
「くだんは記憶に残る。」
「くだん?」
そう聞こえると思うと宏太が呟き、今更ながら青ざめた顔をしているのだと気がついてしまう。『くだん』が土地の事なのか、人の名前なのか、はたまた別なものなのかは独り言からは察することが出来ない。それにもし直に聞けるタイミングがあったとして、この言葉に触れて聴いた方が生き残れる確証もないのだ。そして何よりも記憶障害だからこそ逃れられていた面が、記憶に残るという言葉を聴いて不安を覚えたのは言うまでもない。
0
お気に入りに追加
249
あなたにおすすめの小説
塾の先生を舐めてはいけません(性的な意味で)
ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
個別指導塾で講師のアルバイトを始めたが、妙にスキンシップ多めで懐いてくる生徒がいた。
そしてやがてその生徒の行為はエスカレートし、ついに一線を超えてくる――。
【BL】国民的アイドルグループ内でBLなんて勘弁してください。
白猫
BL
国民的アイドルグループ【kasis】のメンバーである、片桐悠真(18)は悩んでいた。
最近どうも自分がおかしい。まさに悪い夢のようだ。ノーマルだったはずのこの自分が。
(同じグループにいる王子様系アイドルに恋をしてしまったかもしれないなんて……!)
(勘違いだよな? そうに決まってる!)
気のせいであることを確認しようとすればするほどドツボにハマっていき……。
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
変態高校生♂〜俺、親友やめます!〜
ゆきみまんじゅう
BL
学校中の男子たちから、俺、狙われちゃいます!?
※この小説は『変態村♂〜俺、やられます!〜』の続編です。
いろいろあって、何とか村から脱出できた翔馬。
しかしまだ問題が残っていた。
その問題を解決しようとした結果、学校中の男子たちに身体を狙われてしまう事に。
果たして翔馬は、無事、平穏を取り戻せるのか?
また、恋の行方は如何に。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる