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間章 ソノサキの合間の話
間話42.キー2
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外崎了がキッチンで独り昼御飯の準備を呑気にしながら考えていたのは、先程放置してきた庄司陸斗の初めてのお仕事(仮)試験の事だったりする。陸斗に初仕事と与えられたのは一杯のUSBを初めとした記録媒体がみっちり詰まった10キロの段ボール。それを陸斗は2人から、説明もなくただ『分類しろ』とだけ命じられたわけだ。
まぁ見てれば気がつくとはいえ、あの山の中だし
幾ら目敏くても先ず目に入るのは、山のような同じような色形の記録媒体の数々。勿論ただ単に記録媒体の種類で分類するとい方法がないわけではないが、外崎宏太の下で働くという意味がちゃんと分かっていて、あえてそれができたとしらある意味大物だ。まぁそれならそれでありなのかもしれないけれども、種類も色も大きさも様々なあれをただ『分類』といわれて眺めてみて、これだと何かに気がつくには普通なら時間がかかる。普通ならば何も記録媒体の中身の確認機材については説明もされてないから、単純に考えれば中身を確認しなくても分かることだと直ぐに思うだろう。が、そこら辺は当然ながら、外崎宏太の意地悪が忍び寄ってくる。あの段ボールの媒体の中からフロッピーディスクを確認できる機材とディスク再生用の機材が、まるでこれを使えと言わんばかりにでてきたりするのは正直底意地が悪い。しかもUSBに関しては、普段なら了と晴が使う筈の未使用のパソコンも2台程室内にはあるわけだし。ちょっと頭が回る奴だとそれを利用しろと言うことかと、勝手に1人で勘ぐってしまいかねない。
そして陸斗は、そういうタイプだよな。
晴から聞いていた人となりとか宏太が調べ上げた人柄とか。組み合わせて考えると、陸斗はわりと勘がよく人当たりもそつなくこなし、周りから頭が回ると考えられているタイプだ。普通ならそれで十分世の中渡っていけちゃう素晴らしい素地なのだが、宏太が相手じゃ相手が最悪、運が悪かったよなとしか了にも思えない。何しろ宏太と来たらこう考えるだろうの先の先の先…………下手するとそのもう1つ先位まで網に引っ掛かる罠を仕掛けるのが、何よりも得意というか好きなのだったりする。
因みに結城晴の時のお仕事試験は紙媒体で、それの選択も晴が仕事柄以上にパソコンに明るいのを察して選定されていた。ついでに晴自身の情報から、紙媒体に視線を走らせる癖みたいなものまで想定していたとかいないとか。なんでそんなことまで分かるのか驚くが、当時の晴は了の恋人志願だったせいで宏太からだされたのは途轍もない嫌がらせ混じりのお仕事試験だった。
下手にドツボにはまる前に、同じタイプのもので積み上げて見たりしないかね?
了が準備したものは単体では分かりにくいが、同じタイプの記録媒体を纏めてみたり積み上げたりするとわりと分かるからだ。晴も迷いに迷って試しに書類を内容のタイプごとに重ねていてハッとそれに気がついて、その束を全て重ねて横から見て暫しプルプルしていたくらいだ。(晴の場合お仕事試験(仮)が1日では終わらなかったのは想定内だが、その答えの最後に宏太から『気がつくのが遅い、バーカ。』とあったのはここだけの話である。)とはいえ、これは何に気がつくかという宏太なりの試験らしく、紙媒体の準備を一応手伝った了も知っているが晴の試験にはあと2つの分類ネタを仕込んであったのは今も晴には秘密である。
今回の陸斗のものには目立つものが1つと、面倒臭い方法でないと見つけられないものが後2つ仕込んである。面倒くさい方の2つを仕込んだのは今回のは了だけではなく、久保田惣一が協力してくれスイスイと楽しげに仕込んでくれたのが昨日の話である。全くもって最近では引退したとか言いながら胡散臭いこんなことを楽しそうにやる辺りが、惣一と宏太が兄弟みたいに気が合う理由だと了は染々思う。しかも一流のデータ作成会社が数人で数日かかるようなことを、ほんの数時間もかからない時間でやってしまう惣一の能力にも呆れるばかりだ。それにしても少なくとも難しい方の『分類』はスルーして、簡単な了が仕込んだ方を探しだしてくれたらいいけどとは思う。とはいえ晴の時の紙と違ってUSBとかは嵩があるし、集めても量があるからちょっと気がつかない可能性もなくはない。となると陸斗の方も下手すると、気がつくまでかなりの日数がかかる可能性はある。もしくは気がつかなさすぎて、今日は休みのが仕事にでてきて『それさ?』と助け船をだすとか?
そういや、晴…………やり過ぎだろうな……うん
今朝、狭山明良から高熱をだしたので今日は晴を休ませますと嬉々として連絡が来たので、恐らく昨夜にでも晴は明良に滅茶苦茶に愛されまくった訳だと了はふんでいる。少し位の熱なら晴当人から電話かLINEが来る筈なのに、嬉々として明良があえてかけてきたところがその理由の1つ。しかも病院にも行かず病名もないところもそう考える理由だし、ついでに言えばそれに対して文句もでないのは自分達の事を棚に上げてと思うからでもある。それにしても陸斗が怪我の間は家に預かっていると聞いていたのに、明良と来たら我慢ができなかった模様。
まぁねぇ、向こうは若いしね
たいして年は変わらないんだけどとか突っ込まれたくはないが、もっと若い筈の『待て』の出来る男・榊仁聖と違って、残念ながら明良は『待て』ができない宏太と同系統だ。最近では晴の事もお気に入りの独りにした宏太が、余りにやり過ぎる明良に天誅を食らわしたのは大分前の事。それでも時々こういう自体は互いに起きたりもするので、これに関しては時が過ぎてお互いが上手くやっていけるようになるしかない。と言うわけで。
これに関しては余りやり過ぎるとお前また宏太からお説教だからな?と了が、先んじて電話口で釘を刺しておいた。が、明良は電話口からラブラブの花弁でも溢れだしそうな朗らかであっかるい声で、『分かってます!』と元気よく答えた訳である。あれは絶対に分かってない。と言うよりここから成長した明良が、ある意味で宏太みたいになりそうなところがあって、了としては少し怖いと思うし晴がちょっとだけ不憫でもある。晴自身が少しニブチンなお陰で明良の強烈な暴走は案外受け止められているけれど、宏太もそうだが時々それは人としてどうなの?という過剰暴走をしたりするのだ。こうなってくると、俄然『待て』を躾た榊恭平は偉い。たまに話していて思うけれど、相手の身体を労って『今日は我慢するよ』とちゃんと仁聖は言えるらしいのだ。
どうやったら『待て』が出来るようになるのか、今度恭平か仁聖に聞いてみたらいいかもな。
最初の頃はそうでもなかったと恭平は苦笑いしていたし、仁聖自身も昔はねと苦笑いしていたのである。というか昔はねってお前ら、そんなに完璧な熟年感を醸してるんじゃないと常々了が思っているのはここだけの話。
「了。」
考え事に耽りながら調理をしていたからか、宏太がいつの間にか仕事場から出てきていたのに了は全く気かつかないでいた。この間のお約束をきちんと守ってキッチンには入らず不思議そうに宏太が首を傾げてこちらを伺う様子を見ると、どうやらキッチンに来てからも少しの了は何も反応もしてなかったようだ。
「ごめん、考え事してた。仕事は?終ったの?」
「いや。」
宏太が今朝から『耳』での依頼で、街の中の音の聞き分けをしていたのは了も分かっている。こちらの仕事は基本的に宏太の聴力に期待したものだから、企業というよりは風間祥太からとか他の個人的な特別な依頼だ。だからこっちの仕事に関しては、最近晴は全く詳細を聞かされない事が多くなった。ただ今回は風間祥太からの依頼で、三浦和希関係でもあるから了は何かあった時のためにと説明は聞いている。
元々宏太は三浦和希に瀕死の重傷を負わされて生死の淵をさ迷い、生還後も三浦が生き残ってしまった自分の事を恨み続け殺しに来るという妄想に囚われてしまった。(これを妄想だと言い張ったのは宏太自身で、目が見えないことで耳しか頼りがなくなった宏太は聞こえすぎる耳のせいで人間不信にもなっていたのだと思う。)そして宏太自身が身体に残る多くの障害と不安感から強いPTSDを負って独りで暮らしていたのだ。勿論傷跡に関するものも視力に関するものもそうだが、味覚障害もその一つだろうと了は今では思う。そして何よりも大きな障害として三浦の存在があって、宏太は恐怖から逃れるため三浦を再び逮捕なりなんなりして世界から隔離しようと『耳』の仕事を始めたのだ。(晴はそれだけじゃないと思うと何時も言うけれど、了としてはそう思っているわけだ。)
以前は三浦が近寄ると発作を起こして倒れたりすることがあった宏太なのだけれど、昨年直接対決した三浦和希がなんとまぁ宏太の事を何一つ記憶していないのを知ったのと、他の事件で自分が聞いた妄想がなんだったのかを知ったらしい。そして結果として三浦と面と向かっても宏太は殺されるどころか、直に対決して生き残り無事返ってこれてしまったわけで。それが鍵になったみたいに了も傍に居てくれるという環境も加わってか、宏太の発作は格段に軽減し症状は改善した。最近では三浦に関して失神するなんて事は殆んど無いが、それでも時には少しは気分が悪くなったりすること後無いわけでもない。そういう時には了を抱き締めて暫く緩和を待つのが、宏太には手っ取り早いようで。
「どうした?何かあったのか?」
今は別段顔色が悪い訳ではないから、何か不快なものを聞き付けたわけではなさそうだ。それでも陸斗を仕事場に置いて(独り置いているからと言って何か不穏な動きをしたら、宏太の耳には直ぐに聞き取られてしまうのは言うまでもないことだけれども。何しろ宏太と来たら、1階から2階の奥の客間のベットの軋む音くらい聞き取ってしまう。)出てきたのは少し珍しい行動だ。その問いかけに宏太はアイランドキッチン越しの定位置に腰掛けると、口元に薄く苦笑いを浮かべて見せる。
「ん…………。笑いだしそうになってきたからな、休憩にした。」
笑う?と思わず聞き返してしまう。というか了としても最近の宏太の大きな変化の1つは、わりと声をたてて笑うようになったことだと思う。これに関しては感情の起伏自体が以前より豊かになったのもあるし、その中でも晴の行動なんかよくよく笑いのツボに入るらしく先日もそうだったがバカウケすることが増えた。何分普段がそう言う感じになりつつあるので、背後で頭を抱えている陸斗の物音に次第に笑いだしそうになったのだと分かって了は呆れ返ってしまう。
「そんなら、あんな意地悪いテストしなきゃいいのに。」
「んー?使えねぇバイトは無駄になるだろうが。」
実はこれまでも『t.corporation』には仕事上のバイトはいないが、何故か特殊荷物配達という名目で槙山忠志をバイトとして雇うことがあった。宏太と槙山とは遠坂喜一が生存していた辺りからの付き合いだといい、喜一曰く『現代の鼠小僧』とか言うわけの分からないネーミングがあるらしい。なんでネズミなの?と訳が分からなくて了も聞いたが、平成生まれには理解できない事だから気にするなと宏太が話をその遮っている。忠志の方もその意味は分かっていなかったらしいが、怪盗の方がいいとか言うから一応は内容は聞いて知っているようだ。そんなわけで最近でも忠志はバイトに来たことがあるのだが、忠志が扱う荷物は基本的に『耳』関連の仕事だ。例えば『耳』の報告書を緊急配達とか言う名目で、宏太が晴や了には触れさせない記録媒体なんかをどこぞに配達する特殊バイトとして特別に雇われているのだ。
おっさんの仕事は高額だし、俺強いし平気だし。
なんて平然と笑いながら言って、何時もさっさか荷物を届けに行く。宏太曰く忠志は確かに強いし、時分の仕事はかなり高額バイトでわりがいいから助かっている筈との事。ただ時折もう少しマトモなとこから届けさせろ!と忠志から怒りの電話がかかってくる……というか、殆んどかかってくる。一度余りに怒りまくっている忠志の電話にどこに届けさせたの?と聞くと、宏太は平然として『あ?24階の社長宅に窓から』とか訳の分からないことをいう。それでも何度も忠志はお届けものバイトを重ねているし、まぁ少なくとも怒りはするけど忠志が届けられる場所ということのようだと了も理解している。そして確実にその仕事の内容の方は、晴と了にはほぼ詳細は教えられない。そこに無理に踏み込んでも宏太が嫌な顔をするのが分かるし必要なら宏太からいわれるのも分かっているので、宏太自身が妙な様子を見せたり変に危なっかしくなければ了も追求はしないことにしている。
「使えないと思ったら最初から雇わないだろ?宏太は。」
「どうかね、ああいう気合いは嫌いじゃないがな。」
「まったく…………珈琲でいい?」
そうして呑気に珈琲を飲みながらリビングで寛いでいる宏太はさておき、奥の仕事場ではUSB相手に陸斗が独り頭をかきむしっているのだった。
まぁ見てれば気がつくとはいえ、あの山の中だし
幾ら目敏くても先ず目に入るのは、山のような同じような色形の記録媒体の数々。勿論ただ単に記録媒体の種類で分類するとい方法がないわけではないが、外崎宏太の下で働くという意味がちゃんと分かっていて、あえてそれができたとしらある意味大物だ。まぁそれならそれでありなのかもしれないけれども、種類も色も大きさも様々なあれをただ『分類』といわれて眺めてみて、これだと何かに気がつくには普通なら時間がかかる。普通ならば何も記録媒体の中身の確認機材については説明もされてないから、単純に考えれば中身を確認しなくても分かることだと直ぐに思うだろう。が、そこら辺は当然ながら、外崎宏太の意地悪が忍び寄ってくる。あの段ボールの媒体の中からフロッピーディスクを確認できる機材とディスク再生用の機材が、まるでこれを使えと言わんばかりにでてきたりするのは正直底意地が悪い。しかもUSBに関しては、普段なら了と晴が使う筈の未使用のパソコンも2台程室内にはあるわけだし。ちょっと頭が回る奴だとそれを利用しろと言うことかと、勝手に1人で勘ぐってしまいかねない。
そして陸斗は、そういうタイプだよな。
晴から聞いていた人となりとか宏太が調べ上げた人柄とか。組み合わせて考えると、陸斗はわりと勘がよく人当たりもそつなくこなし、周りから頭が回ると考えられているタイプだ。普通ならそれで十分世の中渡っていけちゃう素晴らしい素地なのだが、宏太が相手じゃ相手が最悪、運が悪かったよなとしか了にも思えない。何しろ宏太と来たらこう考えるだろうの先の先の先…………下手するとそのもう1つ先位まで網に引っ掛かる罠を仕掛けるのが、何よりも得意というか好きなのだったりする。
因みに結城晴の時のお仕事試験は紙媒体で、それの選択も晴が仕事柄以上にパソコンに明るいのを察して選定されていた。ついでに晴自身の情報から、紙媒体に視線を走らせる癖みたいなものまで想定していたとかいないとか。なんでそんなことまで分かるのか驚くが、当時の晴は了の恋人志願だったせいで宏太からだされたのは途轍もない嫌がらせ混じりのお仕事試験だった。
下手にドツボにはまる前に、同じタイプのもので積み上げて見たりしないかね?
了が準備したものは単体では分かりにくいが、同じタイプの記録媒体を纏めてみたり積み上げたりするとわりと分かるからだ。晴も迷いに迷って試しに書類を内容のタイプごとに重ねていてハッとそれに気がついて、その束を全て重ねて横から見て暫しプルプルしていたくらいだ。(晴の場合お仕事試験(仮)が1日では終わらなかったのは想定内だが、その答えの最後に宏太から『気がつくのが遅い、バーカ。』とあったのはここだけの話である。)とはいえ、これは何に気がつくかという宏太なりの試験らしく、紙媒体の準備を一応手伝った了も知っているが晴の試験にはあと2つの分類ネタを仕込んであったのは今も晴には秘密である。
今回の陸斗のものには目立つものが1つと、面倒臭い方法でないと見つけられないものが後2つ仕込んである。面倒くさい方の2つを仕込んだのは今回のは了だけではなく、久保田惣一が協力してくれスイスイと楽しげに仕込んでくれたのが昨日の話である。全くもって最近では引退したとか言いながら胡散臭いこんなことを楽しそうにやる辺りが、惣一と宏太が兄弟みたいに気が合う理由だと了は染々思う。しかも一流のデータ作成会社が数人で数日かかるようなことを、ほんの数時間もかからない時間でやってしまう惣一の能力にも呆れるばかりだ。それにしても少なくとも難しい方の『分類』はスルーして、簡単な了が仕込んだ方を探しだしてくれたらいいけどとは思う。とはいえ晴の時の紙と違ってUSBとかは嵩があるし、集めても量があるからちょっと気がつかない可能性もなくはない。となると陸斗の方も下手すると、気がつくまでかなりの日数がかかる可能性はある。もしくは気がつかなさすぎて、今日は休みのが仕事にでてきて『それさ?』と助け船をだすとか?
そういや、晴…………やり過ぎだろうな……うん
今朝、狭山明良から高熱をだしたので今日は晴を休ませますと嬉々として連絡が来たので、恐らく昨夜にでも晴は明良に滅茶苦茶に愛されまくった訳だと了はふんでいる。少し位の熱なら晴当人から電話かLINEが来る筈なのに、嬉々として明良があえてかけてきたところがその理由の1つ。しかも病院にも行かず病名もないところもそう考える理由だし、ついでに言えばそれに対して文句もでないのは自分達の事を棚に上げてと思うからでもある。それにしても陸斗が怪我の間は家に預かっていると聞いていたのに、明良と来たら我慢ができなかった模様。
まぁねぇ、向こうは若いしね
たいして年は変わらないんだけどとか突っ込まれたくはないが、もっと若い筈の『待て』の出来る男・榊仁聖と違って、残念ながら明良は『待て』ができない宏太と同系統だ。最近では晴の事もお気に入りの独りにした宏太が、余りにやり過ぎる明良に天誅を食らわしたのは大分前の事。それでも時々こういう自体は互いに起きたりもするので、これに関しては時が過ぎてお互いが上手くやっていけるようになるしかない。と言うわけで。
これに関しては余りやり過ぎるとお前また宏太からお説教だからな?と了が、先んじて電話口で釘を刺しておいた。が、明良は電話口からラブラブの花弁でも溢れだしそうな朗らかであっかるい声で、『分かってます!』と元気よく答えた訳である。あれは絶対に分かってない。と言うよりここから成長した明良が、ある意味で宏太みたいになりそうなところがあって、了としては少し怖いと思うし晴がちょっとだけ不憫でもある。晴自身が少しニブチンなお陰で明良の強烈な暴走は案外受け止められているけれど、宏太もそうだが時々それは人としてどうなの?という過剰暴走をしたりするのだ。こうなってくると、俄然『待て』を躾た榊恭平は偉い。たまに話していて思うけれど、相手の身体を労って『今日は我慢するよ』とちゃんと仁聖は言えるらしいのだ。
どうやったら『待て』が出来るようになるのか、今度恭平か仁聖に聞いてみたらいいかもな。
最初の頃はそうでもなかったと恭平は苦笑いしていたし、仁聖自身も昔はねと苦笑いしていたのである。というか昔はねってお前ら、そんなに完璧な熟年感を醸してるんじゃないと常々了が思っているのはここだけの話。
「了。」
考え事に耽りながら調理をしていたからか、宏太がいつの間にか仕事場から出てきていたのに了は全く気かつかないでいた。この間のお約束をきちんと守ってキッチンには入らず不思議そうに宏太が首を傾げてこちらを伺う様子を見ると、どうやらキッチンに来てからも少しの了は何も反応もしてなかったようだ。
「ごめん、考え事してた。仕事は?終ったの?」
「いや。」
宏太が今朝から『耳』での依頼で、街の中の音の聞き分けをしていたのは了も分かっている。こちらの仕事は基本的に宏太の聴力に期待したものだから、企業というよりは風間祥太からとか他の個人的な特別な依頼だ。だからこっちの仕事に関しては、最近晴は全く詳細を聞かされない事が多くなった。ただ今回は風間祥太からの依頼で、三浦和希関係でもあるから了は何かあった時のためにと説明は聞いている。
元々宏太は三浦和希に瀕死の重傷を負わされて生死の淵をさ迷い、生還後も三浦が生き残ってしまった自分の事を恨み続け殺しに来るという妄想に囚われてしまった。(これを妄想だと言い張ったのは宏太自身で、目が見えないことで耳しか頼りがなくなった宏太は聞こえすぎる耳のせいで人間不信にもなっていたのだと思う。)そして宏太自身が身体に残る多くの障害と不安感から強いPTSDを負って独りで暮らしていたのだ。勿論傷跡に関するものも視力に関するものもそうだが、味覚障害もその一つだろうと了は今では思う。そして何よりも大きな障害として三浦の存在があって、宏太は恐怖から逃れるため三浦を再び逮捕なりなんなりして世界から隔離しようと『耳』の仕事を始めたのだ。(晴はそれだけじゃないと思うと何時も言うけれど、了としてはそう思っているわけだ。)
以前は三浦が近寄ると発作を起こして倒れたりすることがあった宏太なのだけれど、昨年直接対決した三浦和希がなんとまぁ宏太の事を何一つ記憶していないのを知ったのと、他の事件で自分が聞いた妄想がなんだったのかを知ったらしい。そして結果として三浦と面と向かっても宏太は殺されるどころか、直に対決して生き残り無事返ってこれてしまったわけで。それが鍵になったみたいに了も傍に居てくれるという環境も加わってか、宏太の発作は格段に軽減し症状は改善した。最近では三浦に関して失神するなんて事は殆んど無いが、それでも時には少しは気分が悪くなったりすること後無いわけでもない。そういう時には了を抱き締めて暫く緩和を待つのが、宏太には手っ取り早いようで。
「どうした?何かあったのか?」
今は別段顔色が悪い訳ではないから、何か不快なものを聞き付けたわけではなさそうだ。それでも陸斗を仕事場に置いて(独り置いているからと言って何か不穏な動きをしたら、宏太の耳には直ぐに聞き取られてしまうのは言うまでもないことだけれども。何しろ宏太と来たら、1階から2階の奥の客間のベットの軋む音くらい聞き取ってしまう。)出てきたのは少し珍しい行動だ。その問いかけに宏太はアイランドキッチン越しの定位置に腰掛けると、口元に薄く苦笑いを浮かべて見せる。
「ん…………。笑いだしそうになってきたからな、休憩にした。」
笑う?と思わず聞き返してしまう。というか了としても最近の宏太の大きな変化の1つは、わりと声をたてて笑うようになったことだと思う。これに関しては感情の起伏自体が以前より豊かになったのもあるし、その中でも晴の行動なんかよくよく笑いのツボに入るらしく先日もそうだったがバカウケすることが増えた。何分普段がそう言う感じになりつつあるので、背後で頭を抱えている陸斗の物音に次第に笑いだしそうになったのだと分かって了は呆れ返ってしまう。
「そんなら、あんな意地悪いテストしなきゃいいのに。」
「んー?使えねぇバイトは無駄になるだろうが。」
実はこれまでも『t.corporation』には仕事上のバイトはいないが、何故か特殊荷物配達という名目で槙山忠志をバイトとして雇うことがあった。宏太と槙山とは遠坂喜一が生存していた辺りからの付き合いだといい、喜一曰く『現代の鼠小僧』とか言うわけの分からないネーミングがあるらしい。なんでネズミなの?と訳が分からなくて了も聞いたが、平成生まれには理解できない事だから気にするなと宏太が話をその遮っている。忠志の方もその意味は分かっていなかったらしいが、怪盗の方がいいとか言うから一応は内容は聞いて知っているようだ。そんなわけで最近でも忠志はバイトに来たことがあるのだが、忠志が扱う荷物は基本的に『耳』関連の仕事だ。例えば『耳』の報告書を緊急配達とか言う名目で、宏太が晴や了には触れさせない記録媒体なんかをどこぞに配達する特殊バイトとして特別に雇われているのだ。
おっさんの仕事は高額だし、俺強いし平気だし。
なんて平然と笑いながら言って、何時もさっさか荷物を届けに行く。宏太曰く忠志は確かに強いし、時分の仕事はかなり高額バイトでわりがいいから助かっている筈との事。ただ時折もう少しマトモなとこから届けさせろ!と忠志から怒りの電話がかかってくる……というか、殆んどかかってくる。一度余りに怒りまくっている忠志の電話にどこに届けさせたの?と聞くと、宏太は平然として『あ?24階の社長宅に窓から』とか訳の分からないことをいう。それでも何度も忠志はお届けものバイトを重ねているし、まぁ少なくとも怒りはするけど忠志が届けられる場所ということのようだと了も理解している。そして確実にその仕事の内容の方は、晴と了にはほぼ詳細は教えられない。そこに無理に踏み込んでも宏太が嫌な顔をするのが分かるし必要なら宏太からいわれるのも分かっているので、宏太自身が妙な様子を見せたり変に危なっかしくなければ了も追求はしないことにしている。
「使えないと思ったら最初から雇わないだろ?宏太は。」
「どうかね、ああいう気合いは嫌いじゃないがな。」
「まったく…………珈琲でいい?」
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