鮮明な月

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間章 ソノサキの合間の話

間話33.2人の距離感3

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陸斗と2人きりを容認するのは嫌だ。

それでも陸斗の真の目的が外崎宏太であるのなら、晴に何かして晴だけでなく宏太の心証悪くしたりするのは陸斗だって下手なことはしない筈。何しろ宏太はバイトとして雇ったと言うことだったし、今日だって陸斗の仕事の調整目的なのか急遽『休み』と連絡を寄越したわけだし。
と、晴は建前的に話していたけれど、何故か狭山明良としてはその言葉どおりに受け止められていない。どうせ、宏太の事だから相変わらず外崎了の体力をゴリゴリに消耗させて、熱でも出させたんじゃなかろうか?大概あの人も限界を見ない人だからと、自分の事は棚に上げて密かに思っていたりする。何しろ『t.corporation』と来たら、恐ろしい高給の癖に簡単に本日は『休み』と言い出す。何てその経営スタイルで常時黒字経営で安定できているのか信じられないと密かな不満を漏らしたら、晴に内緒だけどと『しゃちょーはさ、俺等の何倍も同じ時間で仕事こなしてて』と恐ろしい真実を告げられた。晴と外崎了の仕事量だって聞いていればそれほど少ない訳ではなく、実質で言えば営業だけの明良に比較して幅広く内容も企業の種類が広いから多種多様なのだ。

飲食店とかだけならいいけど、物流はなぁー

晴がそう呻きながら物流のターミナルや流通販路に首を捻っていたのを、傍で見ていた明良は知っている。ところが外崎宏太が同じ時間で、2人の何倍も仕事をこなせてしまうときたら。やっぱり外崎宏太は普通とは違うということなのだろうけど、そう言うわけで外崎宏太が独りで常人の何倍も稼いでいるのなら安定の黒字も分からなくもない。それに外崎宏太自身の洞察力や分析力も高いから、コンサルタントとしても能力が高いのだ。
そんな宏太の破格さはさておき、それでも明良としては大事な晴と陸斗を2人きりにしておくの本当は嫌なのだ。陸斗の晴に惚れているというのが例え嘘だとしても、陸斗が自分に嫌がらせをするのは目に見えている。その手段として晴に何かしないとは思えない。同時に晴の魅力に陸斗が本気で惚れ込んで、乱暴な手段にでないともいいきれないのだ。でもそう明良が必死に訴えても相変わらずの恋人は折れてくれなくて『大丈夫だよ!』と笑うばかりで、せめて宏太のところに行って欲しいと願っても『でも、しゃちょーが来るなって』ときた。

なんで今日に限って……っ

そう思う。でも昨日の今日だから、それほど何も起こらないだろうと宏太だって思っているのだろうとも思える。それならせめて榊恭平のところでもと懇願しても、晴は『だから大丈夫だよ。』と笑うばかりなのだ。

《大丈夫だよ!今ね、洗濯してた!》
《洗濯かけおわったとこ。仲良くしてるよ、大丈夫!》
《お昼食べた~!明良の唐揚げやっぱり美味しかったよー!》

昼過ぎまでは、そんな風に明良の問いかけにこまめにLINEで返答してきてくれていた晴が、パタッと連絡が取れなくなったのは午後3時過ぎ位で。その後は既読にすらならなくなったのに、強い不安を覚えてはいた。それでも流石に陸斗だって幼馴染みの恋人にこんな早々に下手なことはしない筈と信じたい部分は、明良にだって多少なりとあったのかもしれない。

そう願っていたのに

相変わらず既読にすらならないLINEと、連絡がつかない晴に明良は早々に仕事を上げて帰途についていた。やむを得ず陸斗に連絡を取ればとも思ったが残念ながら明良は陸斗の電話番号すら知らないし、もしこれで陸斗が電話に出てとんでもない状況に落ちていたら。それも考えたくない。
そうして駆け込むようにして帰宅した明良が見たのは、ベットで横たわっている晴と流石に慌てた様子で顔色を変えている陸斗の姿だった。一瞬で明良が放つ気配にピリッと空気が変わって行くのを感じさせながら、明良はベットにかけよりグッタリしたままの晴に手を伸ばす。

「晴…………。」

ベットの中の晴はホンノリ頬を薄い薔薇色にして、眠っているように赤く腫れた目蓋を閉じたまま。明良が声かけ頬にふれても目が覚めるようすもないのに、明良は射殺す様なキツい視線で陸斗の事を睨み付けた。その視線に珍しく自分がしたことを反省したとでもいいたげに、陸斗は視線を足元にそらして言い訳染みた声を溢す。

まさか泣きじゃくってまで暴れて嫌がるとは思わなかったのだ……と

少なくとも拒否の段階は見極められると思ったし、パーソナルスペースの確認や性格の観察をしていた限り、この方法で晴にいうことを聞かせられそうだと判断したから仕掛けたのだと陸斗は呟く。警察官になって数年が経ちこの判断が間違うのは最近はほぼなかったから、その能力を過信していたといわれても仕方がない。それでも途中までは、かなり上手くいっていたから。そうシドロモドロになりながら言う陸斗もこんな状態になるとは思っていなかったのが、その態度からは分かる。分かるけれども、その話には重大なポイントが濁されてハッキリしない。

「上手くって……何やったんだ。」

明良から怒鳴られても仕方がない。でもこんな風に晴が意識がなく倒れたのを見て陸斗は何もしていないは通じないだろうし、倒れるからにはその前後の状況を見ていたのは陸斗独りだ。

大体にして晴が目が覚めて、事の次第を全て白状されたら隠しても無駄というもの。

となるとその前に陸斗から自己申告してしまっておいた方が、ある意味では傷は小さくてすむ。陸斗がしたことで明良が激怒して同じ他にも骨がおれるとしても、後から晴から状況を聞いて全身の骨をへし折られるのと、自己申告で両足をへし折られる程度で済むのとは違う。そう言うわけで陸斗は午前中から上手いこと前ふりを仕込み、タイミングよく晴が話に乗ったのを良いことに自慰を手伝わせようとしたと素直に白状した。

「な…………。」

それでもセックスしようではなく自慰に控えたと憮然とした口調でいわれ、明良は目を丸くして想定以上の嫌がらせだったと驚愕する。

「惚れてもいない晴に……俺への……嫌がらせで…………?」

そこまでするのかと唖然として呟いた明良に、不意に不満げな顔を隠しもしないで陸斗はちょっと待てよと声を上げた。
晴が勝手に陸斗が明良に惚れていると誤解するのは、こっちもそう言う風に誤解するよう何気なく行動で仕向けているから仕方がない。でも、明良は長い付き合いなのだから、そこら辺は理解していたと勝手に思い込んでいたが明良ですら微妙に自分の言葉を過少に受け止めている。

「俺は惚れたっていったろ?晴は優しくて男前で、惚れたって。」
「それは外崎さんに取り入るための口実だろ?」
「口実だなんて何時言った?俺はお前の前で惚れたと言った。」

不機嫌に繰り返された言葉に明良は確かに、陸斗が晴の事を抱き寄せて明良に向けて『惚れた』と口にしたのは認めるしかない。それでもそれ事態が嫌がらせの一つなのだと明良が考えていたのだと分かって、陸斗は不機嫌を隠しもせず明良の顔をジットリと見つめる。

「明良って何時もそうだよな?俺の言葉をそのまま聞いたことがない。」

不意に投げつけられた言葉に、明良は戸惑いを感じながら陸斗を見つめ返す。これまで何時も皮肉や嫌がらせの言葉を投げつけ、明良にしたら得意ではないと感じていた陸斗が、明良の方が自分の言葉をまともに聞かないというのだ。

………明良は練習しなくても出来るから良いけど、他の奴らは違うんだよ。

自分の事を見ない。そう感じた言葉だけど、もしかしてあの言葉は別な意図から見える言葉だったのだろうか。不意にそんな戸惑いに飲まれたけれど、それと目の前で倒れた晴の事は別問題だ。

「それは……後でちゃんと話を聞く…………っ。晴に何をした?」

自慰を手伝わせようとしたけれど陰茎を出させることには成功したが、流石に晴がそれ以上は手を出さない。だから先ずは今後の晴の貞操のハードルを引き下げる段階として、陸斗が主体で素股で抜こうとした。そしてその直後に晴が起こした反応を、陸斗が説明する。明良はその状況に絶句した後に憤怒の視線で陸斗を睨み付けて、何か言おうと口を開きかけていた。

「…………お前…………。」
「…………き……ら…………ぁ?」

吐き出された吐息と一緒にボンヤリと掠れた晴の声がして、明良は一瞬で言葉を飲み込み晴に駆け寄る。そして明良は一瞬でその顔を普段の晴に向ける柔らかな表情に塗り替え、枕元に膝を折ると顔を寄せていく。そっと頬をなぞり優しい微笑みで晴の瞳を覗き込む明良に、ベットの中から晴が不安そう瞳を揺らして見上げて呟く。

「あき、ら、…………俺…………。なに、…………おれ?」

その言葉に、晴が混乱しているのが明良には分かる。恐らく激しいパニックになって倒れたせいなのだろう、今の状況に晴自身が理解が追い付いていないし、それなら話は違うと明良は心の中で呟く。きっと聞いた限りの状況から察するに、晴は以前白鞘千佳に犯されそうになった後と同じような状態になったのだと感じたに違いない。不安感と嫌悪感、あの後暫く精神的にも落ち着かなくて、よく泣いたり不安がったりしていた。でもパニックを起こして何が起きたか結び付かなくなっているし、触れた頬の感触から別なことにも明良は気がついた。

「晴、大丈夫?倒れたんだよ?」

優しくて頬を撫でながら囁くのが明良だということで、尚更倒れる前のパニックの時と今の状況が晴の頭に結び付かないのだ。

「倒れ…………おれ、なんか、その…………。」

それなら絶対に結び付かないようにしてしまえば、晴は陸斗に嫌なことはされていないと信じさせるのも可能な筈だ。そう明良は今は余計なものになる怒りを、完全に取り繕った微笑みで押し隠す。

「凄い魘されてたよ?悪い夢見てたんだね?どんな夢だったの?」
「ゆ、め?……あれ、夢?……え、でも…………。」
「駄目だよ?熱があるのに無理してたなんて、ちゃんと気を付けなきゃ。」
「熱…………?」

肩越しに遠目に心配そうに覗き込む陸斗に僅かに視線が泳ぐが、明良が穏やかに微笑んでいるのに晴は不思議そうに瞬きする。恐らく陸斗の話が本当のことだったらと頭の中で戸惑っているのだろうが、ここで明良が陸斗には何もしてないし怒ってもいないから迷っているのだ。

夢だったと信じて……

そう願いながら、呆れたように明良が言葉を繋ぐ。

「昨日シャワーでビシャビシャになってたのにちゃんと頭拭かなかったから、風邪引いちゃったんだよ?駄目でしょ?陸斗は骨が折れてるから適当にしか拭けないんだよ?左手だけで服も録に着替えらんないんだろ?晴。」
「え、あ…………そっか、そうだよね。」

言い含める明良の言葉を耳にして、陸斗は呆気に取られたように明良を見る。これまでの明良なら晴に起こったことを突き詰め、陸斗を糾弾し家から追い出すまで怒りを納めない筈だったのに。明良は昼間の事はまるっと無かったことにして、あれは熱の悪い夢で納めようとしている。そしてパニックの余波で弱っていた晴の方も、それに素直に流されて明良のことを見上げた。

「……あのね……なんか…………チカのとき……みたいな………夢、みてた……おれ。」
「それは嫌な夢だったね?でもあの時も俺がそんなのは蹴散らしてやったでしょ?ちゃんとそこまで夢で見た?晴。」

頭を優しく撫でられて頬に明良から口付けられ、そう言われると晴が少しおかしそうにクスクスとそうだねと声を立てて笑うのが見えた。『チカ』というのが誰なのか陸斗には分からないから戸惑いはしているが、それでも晴の顔に笑顔が戻ったので明良は安堵したように『今晩は安静ね』と微笑みかけ立ち上がる。

「夕飯……お粥さんがいい?それとも柔らかなおうどん?」
「……うどんがいい…………。何時もみたいに…カニカマ入った……トロッとしたの。」
「ふふ、あれお気に入りだもんね?じゃ、寝てるんだよ?起こすから。」

うんと布団の中で素直に頷いて目を閉じた晴の姿を確認してから、立ち上がった明良が全く晴に見えないところで般若のような顔を浮かべてクイッと指でリビングに行けと示す。それに陸斗は素直に従い、2人は晴の傍から一端離れたのだった。



※※※



まだ同棲になる前の半同棲くらいの頃、何となく風邪っぽくって食欲の無い晴に実家で風邪を引いた時に父が作ってくれる餡掛けうどんを作って上げた。何故か狭山家では風邪を引いた時には父の餡掛けうどんが定番で、実際には明良自身はレシピを知っていたわけではなかったのだ。適当に、でもこんな味だったと作ってあげたら、晴は大きな瞳をウルウルと潤ませて、大感動しながら食べてくれたのだった。

それから何度か晴が元気がない時には、これを作ってとお強請りされて

今では適当にいれた筈のカニカマは冷蔵庫に常備だし、すりおろしの生姜のチューブも切らしたことがない。手際もかなりよくなって、うどんを麺汁入の出し汁で煮込みながら、着々と具材を煮込む。

「…………無かったことにするからな。」
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