鮮明な月

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間章 ソノサキの合間の話

間話28.知っているか4

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そこまでなんとか堪えながら話を聞いていた外崎宏太が限界とばかりに盛大に吹き出したのは、結城晴が狭山明良に『ちゃんと面倒はみるから!』と宣言したと言うくだりの辺りのことだった。
前日宏太が確かに庄司陸斗の件で晴と話したばかりなのは事実だが、その後の晴の行動は相変わらず宏太の想定の斜め上を飛んでいき、確実に宏太の笑いのツボを捕らえてやまないらしい。その横では昨晩は恐らくしこたまベットで宏太に甘やかされたのか疲労の色気になって全身から滲み出ている気がしなくもない外崎了が、ある意味残念としか言えない顔で宏太に笑われて唖然としている晴を眺めている。

「何がおかしいんだよ?!しゃちょー?!」
「ふははは、お前っ何……恋敵を捨て猫みたいに拾って……ふははは!」

確かに晴の話の主語が『猫』となったら、完璧に捨て猫を思わず拾ってきて、ちゃんと世話するからとごねる子供のような内容だ。そう言われているのに、流石に晴も気がついてしまった。宏太としては庄司はもう絡んでこないから行動に出なくていいだろうと教えるために、情報を流してやったつもりだったのだ。が、まぁ宏太の情報提供も最小限なので、分かりにくい面もあるのは言うまでもない。表舞台に戻ってこないなんて遠回しな表現でなく、お前のことなんか構ってられる状態じゃなくなったようだと教えてくれたら簡単だった。それに加えて晴の捉え方も、表舞台じゃないなら裏で活動する気なの?なんて斜め上の捉え方だったのもある。それにしても恭平直伝の護身術はイレギュラーだったのは兎も角、相手が弱ってたからって拾ってくるとは思わなかったと宏太の笑いが止まらない。

「明良……怒ったろ?」
「お、怒ってた……。」

当然怒るよなと話に溜め息混じりの了から憐憫の視線を向けられるし、宏太は笑いが止まらないしで晴は真っ赤になってプルプルしてしまう有り様だ。いや、流石に行動を理解して欲しいとは思ってないけれど、目の前であんな風に何時もと違うヨレヨレに弱りきった姿を見たら放っておけないとは思わないのか。

「思わんなぁ、俺ならザマみろと追い討ちしてる。」
「誰にだよ、止めてくれよ?警察沙汰は。」

了が呆れ声を上げているが、邪魔物には容赦がない宏太なら確かに追い討ちをかけて、恋敵なんてコテンパンの再起不能にしそうだ。それにしても警察沙汰でなければ追い討ちはいいの?と了にも聞きたくなってしまう。何しろ一時的ではあったが自分はその恋敵的立場にいたことが実際にあるわけで、下手したら宏太の追い討ちにやられかねなかった訳である。

「それで家に連れてきたんだな、明良も。」

今朝だって仕事に行く前の明良に絶対に陸斗と2人っきりになるなと外崎邸の玄関まで送り届けられ、しかも陸斗は今も外崎邸のリビングに拾われてきた猫よろしく留め置かれていたりするのだった。

「…………しっかしまぁ…………くくく……世話するって……犬か猫じゃあるまいし……くくくっ。」
「もー!!笑うなってば!!くそしゃちょー!!!」
「それにしても、庄司も凄いこと言い出すよな。」

そう2人きりにしたくないから明良は陸斗をここに連れてきたのだが、反面連れてこられた方の陸斗自身はただの捨て猫としてついてきた訳ではないではなかったのだ。了が口にしたその話になって、宏太はやっと笑いの発作から逃れたみたいに深い息をついて、顎に指をおしあて考え込む風に黙りこんだ。

「うちでねぇ…………。」

そう庄司陸斗は明良に晴をダシにして外崎邸に自分を連れていくように仕向けていて、何故かここに来て陸斗は《t.corporation》で働きたいと申し出たのだった。陸斗は実際には風間祥太の関係から宏太の存在は分かっていても、外崎邸の場所までは知らなかったのだろうと宏太は言う。勿論陸斗には表側のコンサルタント業には、全くもって知識があるわけではないのは言うまでもない。それに最近では縮小傾向で検討されている『耳』に関連した活動の存在を、僅かながらにだろうが知っていての発言だろう。

何がしたいのかね……父親の関係ではなさそうだが

恐らく父親・庄司陸詞の死の誘因は、次男・陸斗ではないだろう。宏太がそう判断したのは人柄とか性格的な事だけではなく、確かな理由がある。陸斗が父親の死の直前に病室に面会に来たのは事実だが、陸斗が病室から出て陸詞の心停止まで大きなタイムラグがあるのだ。そして情報筋からは面会簿に記録しないで病院を出入りした人間が他に存在し、その人間が病院を出て数分の間に恐らく心停止した筈と想定された。心停止した陸詞が発見された時、人工呼吸器の警報音は消音にされ室内にだけ響く心電計の音量も消音にされていたのはここだけの話。数十分程度の後に看護師が見つけた時には、人工的な呼吸の動きを繰り返すだけの物言わぬ遺体がベットの上にいたわけだ。

ただ基盤の操作履歴は医療従事者でないと知らないことだろうがな………

実は人工呼吸器の基盤操作の時刻が履歴として残っているというのは、機械操作に慣れていないと知らない事実だ。勿論慣れた看護師は履歴をリセットする術も知っているのだが、履歴のリセットは1人の患者が機械を使用している間は殆ど行われないから普段の行動では見られない。それを知っている情報件があるからこそ、宏太はその操作を看護師でない履歴が残ることを知らない誰かが行ったのを知っているのだ。
それに面会簿に記載がなく出入りは出来ても、院内の防犯カメラにはその人物は写る。どうせなら当然のように病室に残り続け、心停止を確認してから看護師をナースコールで呼び出し死亡確認した方が後腐れがないと言うものだ。それでもこの事実が全く表には出ず大事にもならなかったのは、その患者の家族が真実の追求を求めず心停止を内心言葉は悪いが嬉々として受け入れたからだろう。往々にして長期の入院や介護の場では、死んだ方が楽だと言う現実が付きまとうこともある。今回の事態にしても本来であれば、別に直ぐに死を望んだわけではないだろう。ただ直ぐに殺したかったのではないかもしれないが、後ろめたい真実から何とかして家族が逃れるのに父の死は少なからず必須事項だったのは言うまでもない。

まぁ端々に気にかかる行動は前からしてるからなんとも……な

実は何度も陸斗を初めとした家族が機械の操作について問いかけていたのは事実であって、それが在宅で介護をしようとしている家族の問いかけなら看護師は答えるしかない。それでもそれが年単位の問いかけなら看護師は慣れてしまうのも、年間に何百と患者を看ている医療現場という場所なのだろう。この事実を調べようとしていた宏太がここにいなければ、ただの心停止で事は全て終焉したに違いない。事実宏太が何をするわけでもないので庄司陸詞の葬儀は滞りなく終わり、死亡診断書はそつなく死因が病名で書き込まれ役所に提出され受理されている。
人工呼吸器の基盤操作と死が関係しているかどうかを立証するのは困難だが、基盤操作を看護師でも医師でもない人間が行う可能性は在宅医療でもない限りほぼ零に近いということを知っているのが何人いるだろう。

とはいえ誰もが闘病の末の死を受け入れたのは事実だ

だから掘り返す必要がない真実は、これまでと同じく蓋をする。庄司陸詞の死はそれで終わりを迎えた過去の事なのだが、そこからの庄司陸斗のこの申し出は正直想定外だ。自分がしたことではないとは言え父親の死の真相を調べるためにここにくると言うのは、今更と言えば今更だろう。かといってあえて今になって、外崎宏太の下で働きたいなんて言い出す理由は何かあるだろうか。

…………警察辞めた理由のせいかね……

ここで働きたいと言われても、はいそうですかと答える訳には流石に晴の時とは状況が違いすぎる。何しろ庄司陸斗自身についても、ここは密かに身辺調査をした場所でもあるのだ。しかも相手は上層部の命令で、宏太が風間祥太の様々な情報源にもなっているという事も薄々とは言え調べていた筈。

「こぉた?」
「しゃちょー?」

2人を配下にして働かせているのは、了は勿論だが結城晴の方も信頼に足るからだ。陸斗にはその利点があるか、陸斗自身がここに来たい理由はなんだろうか。そう無言で考え込んでいる宏太の様子に、むくれ顔だった晴も僅かに表情を曇らせ了も心配げに眉を潜める。当然の事ながら自分達の仕事の一端が正当性のない違法な面を持っているのも分かっているし、宏太が『駄目』と判断するようなことに手を出すつもりもない。

「駄目なら駄目って言えばいいよ、しゃちょー…………。」

躊躇いがちにオズオズと気を遣って言った晴に宏太が再び吹き出したのに、晴が何で?!と言いたげに目を丸くする。人が折角気を遣ってやってるのにと膨れっ面になった晴の頭を子供にするように撫でながら宏太が笑っているのをみて、了も思わず理由を察して苦笑を浮かべてしまう。

「なんだよ!人が心配してんのに!何で笑ってんだよ!」
「いや、お前の口からそんな言葉が出るとはな。」
「はぁ?!」
「お前が最初に押し掛け社員で居座ったんだろうが?あ?」

確かに言われてみれば晴は再会した了目当てでここに押し掛け、働かせてと直談判して居座り社員になった訳で。でもここでそれを言う?心配したのにと膨れ顔になっている晴に、宏太は案外穏やかに笑いながら変わらず晴の頭を撫で回している。

「まぁ、一先ず理由くらいは聞いてみるか?ん?」

そう言いながら宏太は緩やかな動きで音もなく立ち上がり、預かられた猫のように大人しく待ち構えている陸斗のいるリビングに向かっていた。



※※※



実際に『外崎宏太』という人物と直に対面したのは、実はその日が初めてだった。当然の事ながら風間に相棒として付けられる前に情報として名前だけは知っていたし、警察署に何度か聴取のために訪れたのも調書を見ていたから知っている。

三浦事件の数少ない生存者

その情報は真っ先に与えられ、幾つか三浦に怪我を負わされ後遺症があるという話も知っていた。ただし言葉通りに被害者として認識してはいけないと伝えられたのは、その男が遠坂喜一の有力な情報源として暗躍していた可能性があるからだ。遠坂喜一の関わった幾つかの事件の影でチラホラするアンダーグラウンドの存在、それが外崎という男であると上層部では考えていて。遠坂の後を引き継いだのが風間だから、自分が新たな監視役として付けられる。そして風間の再三連絡を取りあっている存在として再び上げられているのが、この外崎という男。この街に住んでいる筈なのに行動も捕らえられなければ、住居もハッキリしない。それがこんな絶妙のタイミングで、陸斗が仕事を辞めた途端にアッサリと目の前に現れるなんて皮肉な話だと思わずにはいられなかった。
事前に目が見えないというのは既に知っていたが、自宅の中だからか杖もなく滑らかな動きで室内を横切って歩いてくる姿は盲目とは思えない。まるで見えているように歩いてきて目の前に腰かけた男は、元は整った顔立ちだったのが想像に足る骨格をしている。あえて骨格をとするのは何しろ顔を左右に横断する大きな傷跡。驚く程に顔を抉られた傷痕に、よく生きていられたものだと思わずにはいられない。
そして艶やかな漆黒の短髪、見事な筋肉の乗った四肢。確か何処かの調書に『合気道』をしているとか何とか記載があった筈だが、四十過ぎの筈の男の動きは寸分の隙すら覗けない。

何なんだ…………この男…………

目が見えない筈なのに、こちらの気配を確実に読み取っている様子で隙なんて微塵もない。恐らくはタイミングをみて飛び掛かっても無駄なのだろうし、下手をするとまるで相手にされずに反撃されるだろうと思えた。自分がそう考えているのを向こうも察しているのか、肉感的な形のいい唇の端を微かに持ち上げて見せる。

「で?…………何でだ?ん?」

低く抑揚もなく室内に響く問いかけの声に、相手が何故ここで働きたいと問いかけているのだと気がつく。気がつけばキッチンの方に息子という自分と変わらない年の頃の青年が、晴と一緒に悠然とした雰囲気を漂わせながらお茶を入れ始めている。2人はここで前から働いているのだから、自分との話は何を聞かれても平気ということなのだろう。

「…………知りたいことが、あるからです。」
「知りたいこと?」
「…………何も知らないと嘲笑われるのは、俺の性にあわない。」

あの男に何も知らないと嗤われ、あの男の目で見たものを知っているか?と伝えられても陸斗には信じることなんか出来ない。真実ならなおのこと自分で確かめ自分の目で見ないと信じられないから、その真実を知る方法が永遠にない場所にはもういられないのだ。父親の事のように何もかも包み隠すだけで真実をみつけられないなら、真実をみつけられる場所に自ら飛び込む方が自分の性にあっている。

「…………それがここだってのか?あ?」

その問いかけに陸斗は、『一先ずは』と真っ直ぐに見据えたまま答えた。まだ答えなんか知るよしもないが、この行動は闇の底に沈んで独り踞るよりは遥かにましな行動だと思う。そう答えたら何故か傷跡だらけの男は、暫し考え込む様子で黙り込んでいたのだった。
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