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間章 ソノサキの合間の話
間話26.知っているか2
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既にそこには誰か人の住んでいる気配は微塵もなくて、躊躇い勝ちに豪奢な佇まいの門柱から庭を覗き込んでみた結城晴はどうしたものかと首を捻る。勿論ここは普通の一般家庭である晴の実家ではないし、空手道場経営なんて立派な狭山明良の日本家屋全とした実家ではない。この晴の様子からして当然外崎邸のわけもないし、最近新築されたばかりの鳥飼邸の筈もない。言っておくが、戸建てではない榊家でも同棲中の自宅でもないから悪しからず。
ここまでの間話の流れからなら説明するまでもないことかもしれないが、この目の前の立派な日本家屋は庄司陸斗の生家だ。外崎宏太からの情報で父親が急に亡くなって仕事を辞めたのだとは聞いていたが、既に喪中の札は引き下げられており葬儀の気配は微塵もない。まあこの世の中なかなか自宅で葬儀をするようなことはないだろうが、警察官僚だったらしい父親の葬儀だから自宅でやったというのは一応は耳にしている。
父親は事故で一年ほど都立総合病院に長期入院していたといい、母親だけが独りで暮らしていたそうだ。その母親は看病疲れから体調を崩して既に嫁いだ姉の家で面倒を見てもらっているそうで、最近では誰もここで暮らしてはいなかったらしい。そして、今も母親は戻ってきていないらしいから、今のところ広大な庭園の中の家屋には人の気配はないようだ。それぞれの子供はそれぞれに住居をかまえているだろうから、ここは無人なのかもしれない。門柱にはセキュリティのシールは一応あるけれど、今のところ稼働している防犯カメラの存在が無さそうだなと晴は庭の中を眺め判断してしまう。そんな自分が、ほんの少し玄人染みていている気がしなくもなかったり。
外崎宏太から庄司が警官を辞めたと聞いて…………
ここから自由に自分達の邪魔をするために辞めたのだとは思えなかった晴は、素直に宏太に何が起きてるのか聞くことに切り替えた。勿論自分でも庄司の家庭環境に関しては幾分調べはしていたけれど、晴にみえていたのは尊敬される父親が突然の事故に遭ってしまった家庭。その夫の看病に尽くした母親と、そして父の後継ぐように成長した3人の子供の図。マトモな上に不幸な事故に遭ってしまった家族としか見えなくて、その中の息子が何故こんな行動に出たのかはサッパリだ。
まぁ、そんなもんだろうな。
宏太は晴の調べた内容を聞いて低く呟いたが、晴に調べられたのは表側にしか過ぎなかったようだ。というか、世の中はその表だけで十分生きていけるもので、裏側の顔なんか本来は見ねぇで生きていけるもんなんだがなと宏太が鼻で嗤う辺り。
宏太自身も自分が暴いてきたものが、マトモな世界でないのは分かってるんだろう
つまりはマトモに見えた庄司家には、宏太の調査でないと見えないドロドロの裏側があるということなんだろう。
コソリと門柱から中を覗き込んで玄関までのアプローチを見渡すけれど、熱気に枯れた庭木の葉の飛び散っている飛び石の敷かれた前庭は整えられる気配もない。恐らくは喪中の鯨幕が外されてから、ろくに掃き掃除をする人間もいないのだろう。もしくは既にこの家には誰も人が残っていないか。それでもここに晴が足を向けたのは、庄司陸斗が仕事を辞めたと同時にマンションを引き払ったからだ。他の兄姉は既に婚姻関係にあるからそうそう住居を変えることはないが、陸斗はまだ独身だし仕事を辞めたのだから職場傍に住む必要もない。
でもここにいる必要もないかなぁ…………?
そんなことを頭の中で想定しながら、ソロリと晴は足を進めていく。足音はそれ程たたないけれど、熱気で乾燥した枯れ葉のカサカサという砕ける音だけが響き渡る。それでも玄関先に掲げられた庄司の表札を見上げて、自分は何がしたいのかなぁと染々と思ってしまう。
勿論明良との事を邪魔されるのは嫌だ。
晴にとって明良第一なのは変わらないけれど、宏太から聞かされた内容を聞いてしまうと何となく放っておけない気がしてしまう。だからと言って独りでこんなことをしたら、明良に後からとんでもなく怒られるだろうとも思ってはいる。
外崎宏太とて別段個人情報を漏洩して流布させようとしている訳ではなくて、ただ単に自分の必要な情報のみを活用するだけだ。調べる為の手段の中に過去の自分の仕事が含まれていて、庄司陸斗の父親が調教師としての宏太の顧客に名前を連ねていたからと言って、今更どうこうするつもりもないだろう。
(因みに顧客と言っても了の元父親の政治家………成田哲だったか?あんまり政治に興味の無い晴にとって既に一年以上も表舞台に出てこない元政治家なんて名前すら忘れそうなのは許してもらいたい……のように個人的な仕事はしたことがなく、………………というか、個人的な仕事ってなに?と聞きたかったが、了の顔が怖かったので聞けなかったのはここだけの話。宏太が働いていた噂の会員制のSMバーとやらの常連の一人ということらしい。常連って?と思うが、宏太曰くわりと政治とか関係のお偉いさんが勢揃いしていたので、今となっては男女問わず弱みを握るのは最適の場所だったそうである。とは言え後から話に加わった了が『まぁ警察関係だしなぁ、そこら辺は成田の屑よりはマシじゃねぇ?』と久々に見る極寒の笑顔で吐き捨てていたので詳細はそれ以上は無理。話はそこら辺で終わりになってきっとあの後宏太が必死で了のご機嫌を取るのに違いないと、地味に晴は確信している。何しろあんな極寒の笑顔のする了を、見えないとはいえ気配を過敏な程に察する宏太が放置できる筈がない。)
それでも調べていた以上の裏を知ってしまったら警察関係者揃いの家系の中の醜聞に、本当に自然に父親は寿命を迎えたのだろうかと勘ぐってしまうのはやむを得ない。そこら辺に関しても宏太は何か知ってそうだけれど、お前には不要だの一言で済まされてしまったのだ。
しゃちょーがそういう言い方したら、後ろめたい事があるに決まってるし
分かってしまうけれど、それと陸斗の退職を繋げて良いかとなると不確定要素が多いし、だからと言って晴がそれに対して何をするべきかと問われると難しい。陸斗の事を放置しておけば良いだけかもしれないし、自由に動き回れるようになった陸斗を更に牽制する何かを考えないとならないかもしれないのだ。
玄関を横目に庭の方にソロソロ歩きながら、辺りの物音に耳を澄ますけれど家の中はまるで人気はない。外崎邸に慣れてしまったから流石に驚く事はないけれど、庄司の家も古風で立派な大きなお屋敷だ。縁側なんかはないけれど、幾つかの部屋から見事な日本庭園を眺めることの出きる部屋の作りをしている。そんな窓をソロソロと覗きながら忍び足を続けていた晴は、ふと窓の中の室内が異様に荒れているのが目に入った。
…………書、斎…………かな……
大きな書架に見事な木彫の机。恐らくは家長の書斎だったのだろうと想定できる室内が、まるで物取りにでもあった後のようにグチャグチャに掻き回されていた。手当たり次第に物を投げ出し、壁や書架の硝子戸に向けて力一杯に投げ付け、棚という棚の抽斗を引き抜いた後。
…………ヤバい…………?
言われなくても、何故かそれをしたのが誰か分かる気がする。伴侶や子供のいる人間ではないだろうし、看病疲れの妻にも無理。親戚一同が葬儀の最中に故人の書斎に?それもないだろう。そうなると、答えは残り二つ。本当に物取り空き巣の類いか、ここの主が何か後ろめたい事をしていたと知ってしまった身軽に動けて激情家の面を隠し持つ…………
「不法侵入。」
「ひゃあ!!!」
背後から唐突に冷え冷えとした低い声で言われた言葉に、思わず珍妙な悲鳴を上げて飛び上がる。最悪の事態に青ざめた顔でソロソロと振り替えった晴は、そこにいた男の想定外の顔付きに目を丸くした。
「何だよ。何しに来た。」
目の前にいたのは、言うまでもないが庄司陸斗。ただし想定していた以前晴の顎を割る勢いで痣を作った時の陸斗では、なかった。相手は警察官でもあって仕事のために、自己管理も完璧にされていた筈だ。でも、晴が今ポカンとして見つめているのは、目元に濃い隈を浮かせて無精髭を生やしゲッソリと頬を痩けさせた顔色の悪い男。
「…………何とか言えよ、お前。」
伸びてきた相手の手が視界に入った瞬間、晴は陸斗の想像には全くない行動に出ていた。
※※※
「で…………?」
絶対零度の低い声で明良にそう問いかけられて、えっと…………と晴が首を傾げて見せる。と、言うのも2人の愛の巣であるマンションのリビングには、何故か庄司陸斗が当然のようにソファーにユッタリと腰かけているからなのだった。しかも陸斗の右腕の前腕には、真っ白な包帯が巻かれていてベルトで繋がれていたりする。
「はーる?」
「怒るなよ、明良。」
何でか賑やかな笑顔で手を振って見せる陸斗が暢気にそう言うのに、明良は逆鱗にでも触れられたような視線で陸斗を睨み付ける。
陸斗が自分から友人や彼女を奪い続けてきたと聞かされ、明良自身はその可能性がある相手を一人ずつ行方を探して確認をとるなんて事態に陥っていた。最近の話なら兎も角、彼女が初めて出来たのは中学の頃だから、現状何をしているかを探すのは一苦労だ。それでも結果的に7割がたの友人や元カノから話を聞いて見た結果。
陸斗君とは付き合ってないわ
庄司?友達にはなったけど、今どうしてるのかな?
確かに自分と交流が出来てから友人になったりはしているが、陸斗が言っていたような事態を認識していた人物はいない。確かにそうとれなくもない状況は一度か二度あるが、元カノと交際した陸斗はあっという間に相手と分かれてもいた。しかもそれは相手の二股であって、陸斗が交際する前からの事だったらしく……つまりは明良が交際中も二股だった!!という呆れた答えなのだ。結果として陸斗がこんなあからさまな行動に出たのは、晴が初めてであるとしか言えない。
それはさておき、何故かその問題の陸斗が当たり前みたいに2人の愛の巣にまた来ている。しかも、当然みたいに寛いでいるというのは、晴の部屋着を当たり前の顔で着ている訳で。
「はーーーー、るーーーー?」
「いや、あのね?護身術って恭平さんから、合気道の技一個だけね?!」
あわてふためいて晴が説明したのは、想定外の事態。以前何も出来ずに顎を割られかけた晴を見ていた榊恭平が、護身術だよと同じ様に手を伸ばされて来た時の対処法を1つだけ晴に身に付けさせていたのである。相手は晴が武道を何も身に付けていない素人としか思っていない陸斗だから、恐らくは同じ様に手を伸ばして顎を割ろうとするだろうと恭平は合気道の技を1つだけミッチリと教え込んだ。自分の顔に伸ばしてきた手を掴み半身を翻して、その腕を背にネジ上げる動き。そして案の定陸斗は晴に向かって想定どうりの行動に出てきて、晴は素直にその腕を恭平に教えられた通りに対処した。
「そしたら骨折られちゃってさぁ?晴は凄いねぇ。」
流石に技を教えたのが以前風間祥太の手首を一瞬で粉砕した恭平だけあって、ずぶの素人の筈の晴ですら言われた通りにしたら何とまぁ陸斗の手首の骨をへし折ってしまったと言うのだ。それに慌てて晴が陸斗を病院に運び込んで、手首の骨折の診断とギプス固定と相成った訳である。まぁそうしなかったら晴の顎を砕くつもりだったので、折られたとは言え大事にはしないと言う話に落ち着いたのだと言う。
「そ、れで?…………何で……家にいるんだ。お前。」
「え?晴が俺の日常のお世話してくれるって言うからだけど。」
グルンと明良の顔が陸斗から晴に向けられたのに、晴は小動物が肉食動物に睨まれたかのようにピャッと飛び上がった。少なからず晴の方が不法侵入ではあったのだし、骨を折ってしまったのも事実。しかも利き手の右手なのだから、不便なのは言うまでもない。だから4週間程のギプス固定の間、面倒を見ると晴が申し出たというのだ。
「はぁあ?!指は動くだろうが!!というか、家族はどうした!!」
「えー、晴が面倒見てくれるっていうからー。」
「晴って呼び捨てんな!!晴は俺のだ!!」
噛みついてくる明良にあからさまな呆れ顔を向けてから、何故か陸斗は立ち上がるとヒョイヒョイと晴に歩みより背後から抱きすくめる。想定外の陸斗の行動に面食らって固まる晴と明良には、まるで気を遣うでもなく晴の耳元に低く囁く。
「はーる、こんな嫉妬深い明良の何処が良いの?俺の方がよくない?」
「ふぁ?」
何でか甘く低い声で囁きかけながらとんでもないことを言い出してきた陸斗に、ポカン顔の晴が目を丸くしている。同時に何を言い出しているんだと嫌悪感を露にした明良に向かって、陸斗は満面の笑顔を浮かべて見せていた。
「知っているか?」
ここまでの間話の流れからなら説明するまでもないことかもしれないが、この目の前の立派な日本家屋は庄司陸斗の生家だ。外崎宏太からの情報で父親が急に亡くなって仕事を辞めたのだとは聞いていたが、既に喪中の札は引き下げられており葬儀の気配は微塵もない。まあこの世の中なかなか自宅で葬儀をするようなことはないだろうが、警察官僚だったらしい父親の葬儀だから自宅でやったというのは一応は耳にしている。
父親は事故で一年ほど都立総合病院に長期入院していたといい、母親だけが独りで暮らしていたそうだ。その母親は看病疲れから体調を崩して既に嫁いだ姉の家で面倒を見てもらっているそうで、最近では誰もここで暮らしてはいなかったらしい。そして、今も母親は戻ってきていないらしいから、今のところ広大な庭園の中の家屋には人の気配はないようだ。それぞれの子供はそれぞれに住居をかまえているだろうから、ここは無人なのかもしれない。門柱にはセキュリティのシールは一応あるけれど、今のところ稼働している防犯カメラの存在が無さそうだなと晴は庭の中を眺め判断してしまう。そんな自分が、ほんの少し玄人染みていている気がしなくもなかったり。
外崎宏太から庄司が警官を辞めたと聞いて…………
ここから自由に自分達の邪魔をするために辞めたのだとは思えなかった晴は、素直に宏太に何が起きてるのか聞くことに切り替えた。勿論自分でも庄司の家庭環境に関しては幾分調べはしていたけれど、晴にみえていたのは尊敬される父親が突然の事故に遭ってしまった家庭。その夫の看病に尽くした母親と、そして父の後継ぐように成長した3人の子供の図。マトモな上に不幸な事故に遭ってしまった家族としか見えなくて、その中の息子が何故こんな行動に出たのかはサッパリだ。
まぁ、そんなもんだろうな。
宏太は晴の調べた内容を聞いて低く呟いたが、晴に調べられたのは表側にしか過ぎなかったようだ。というか、世の中はその表だけで十分生きていけるもので、裏側の顔なんか本来は見ねぇで生きていけるもんなんだがなと宏太が鼻で嗤う辺り。
宏太自身も自分が暴いてきたものが、マトモな世界でないのは分かってるんだろう
つまりはマトモに見えた庄司家には、宏太の調査でないと見えないドロドロの裏側があるということなんだろう。
コソリと門柱から中を覗き込んで玄関までのアプローチを見渡すけれど、熱気に枯れた庭木の葉の飛び散っている飛び石の敷かれた前庭は整えられる気配もない。恐らくは喪中の鯨幕が外されてから、ろくに掃き掃除をする人間もいないのだろう。もしくは既にこの家には誰も人が残っていないか。それでもここに晴が足を向けたのは、庄司陸斗が仕事を辞めたと同時にマンションを引き払ったからだ。他の兄姉は既に婚姻関係にあるからそうそう住居を変えることはないが、陸斗はまだ独身だし仕事を辞めたのだから職場傍に住む必要もない。
でもここにいる必要もないかなぁ…………?
そんなことを頭の中で想定しながら、ソロリと晴は足を進めていく。足音はそれ程たたないけれど、熱気で乾燥した枯れ葉のカサカサという砕ける音だけが響き渡る。それでも玄関先に掲げられた庄司の表札を見上げて、自分は何がしたいのかなぁと染々と思ってしまう。
勿論明良との事を邪魔されるのは嫌だ。
晴にとって明良第一なのは変わらないけれど、宏太から聞かされた内容を聞いてしまうと何となく放っておけない気がしてしまう。だからと言って独りでこんなことをしたら、明良に後からとんでもなく怒られるだろうとも思ってはいる。
外崎宏太とて別段個人情報を漏洩して流布させようとしている訳ではなくて、ただ単に自分の必要な情報のみを活用するだけだ。調べる為の手段の中に過去の自分の仕事が含まれていて、庄司陸斗の父親が調教師としての宏太の顧客に名前を連ねていたからと言って、今更どうこうするつもりもないだろう。
(因みに顧客と言っても了の元父親の政治家………成田哲だったか?あんまり政治に興味の無い晴にとって既に一年以上も表舞台に出てこない元政治家なんて名前すら忘れそうなのは許してもらいたい……のように個人的な仕事はしたことがなく、………………というか、個人的な仕事ってなに?と聞きたかったが、了の顔が怖かったので聞けなかったのはここだけの話。宏太が働いていた噂の会員制のSMバーとやらの常連の一人ということらしい。常連って?と思うが、宏太曰くわりと政治とか関係のお偉いさんが勢揃いしていたので、今となっては男女問わず弱みを握るのは最適の場所だったそうである。とは言え後から話に加わった了が『まぁ警察関係だしなぁ、そこら辺は成田の屑よりはマシじゃねぇ?』と久々に見る極寒の笑顔で吐き捨てていたので詳細はそれ以上は無理。話はそこら辺で終わりになってきっとあの後宏太が必死で了のご機嫌を取るのに違いないと、地味に晴は確信している。何しろあんな極寒の笑顔のする了を、見えないとはいえ気配を過敏な程に察する宏太が放置できる筈がない。)
それでも調べていた以上の裏を知ってしまったら警察関係者揃いの家系の中の醜聞に、本当に自然に父親は寿命を迎えたのだろうかと勘ぐってしまうのはやむを得ない。そこら辺に関しても宏太は何か知ってそうだけれど、お前には不要だの一言で済まされてしまったのだ。
しゃちょーがそういう言い方したら、後ろめたい事があるに決まってるし
分かってしまうけれど、それと陸斗の退職を繋げて良いかとなると不確定要素が多いし、だからと言って晴がそれに対して何をするべきかと問われると難しい。陸斗の事を放置しておけば良いだけかもしれないし、自由に動き回れるようになった陸斗を更に牽制する何かを考えないとならないかもしれないのだ。
玄関を横目に庭の方にソロソロ歩きながら、辺りの物音に耳を澄ますけれど家の中はまるで人気はない。外崎邸に慣れてしまったから流石に驚く事はないけれど、庄司の家も古風で立派な大きなお屋敷だ。縁側なんかはないけれど、幾つかの部屋から見事な日本庭園を眺めることの出きる部屋の作りをしている。そんな窓をソロソロと覗きながら忍び足を続けていた晴は、ふと窓の中の室内が異様に荒れているのが目に入った。
…………書、斎…………かな……
大きな書架に見事な木彫の机。恐らくは家長の書斎だったのだろうと想定できる室内が、まるで物取りにでもあった後のようにグチャグチャに掻き回されていた。手当たり次第に物を投げ出し、壁や書架の硝子戸に向けて力一杯に投げ付け、棚という棚の抽斗を引き抜いた後。
…………ヤバい…………?
言われなくても、何故かそれをしたのが誰か分かる気がする。伴侶や子供のいる人間ではないだろうし、看病疲れの妻にも無理。親戚一同が葬儀の最中に故人の書斎に?それもないだろう。そうなると、答えは残り二つ。本当に物取り空き巣の類いか、ここの主が何か後ろめたい事をしていたと知ってしまった身軽に動けて激情家の面を隠し持つ…………
「不法侵入。」
「ひゃあ!!!」
背後から唐突に冷え冷えとした低い声で言われた言葉に、思わず珍妙な悲鳴を上げて飛び上がる。最悪の事態に青ざめた顔でソロソロと振り替えった晴は、そこにいた男の想定外の顔付きに目を丸くした。
「何だよ。何しに来た。」
目の前にいたのは、言うまでもないが庄司陸斗。ただし想定していた以前晴の顎を割る勢いで痣を作った時の陸斗では、なかった。相手は警察官でもあって仕事のために、自己管理も完璧にされていた筈だ。でも、晴が今ポカンとして見つめているのは、目元に濃い隈を浮かせて無精髭を生やしゲッソリと頬を痩けさせた顔色の悪い男。
「…………何とか言えよ、お前。」
伸びてきた相手の手が視界に入った瞬間、晴は陸斗の想像には全くない行動に出ていた。
※※※
「で…………?」
絶対零度の低い声で明良にそう問いかけられて、えっと…………と晴が首を傾げて見せる。と、言うのも2人の愛の巣であるマンションのリビングには、何故か庄司陸斗が当然のようにソファーにユッタリと腰かけているからなのだった。しかも陸斗の右腕の前腕には、真っ白な包帯が巻かれていてベルトで繋がれていたりする。
「はーる?」
「怒るなよ、明良。」
何でか賑やかな笑顔で手を振って見せる陸斗が暢気にそう言うのに、明良は逆鱗にでも触れられたような視線で陸斗を睨み付ける。
陸斗が自分から友人や彼女を奪い続けてきたと聞かされ、明良自身はその可能性がある相手を一人ずつ行方を探して確認をとるなんて事態に陥っていた。最近の話なら兎も角、彼女が初めて出来たのは中学の頃だから、現状何をしているかを探すのは一苦労だ。それでも結果的に7割がたの友人や元カノから話を聞いて見た結果。
陸斗君とは付き合ってないわ
庄司?友達にはなったけど、今どうしてるのかな?
確かに自分と交流が出来てから友人になったりはしているが、陸斗が言っていたような事態を認識していた人物はいない。確かにそうとれなくもない状況は一度か二度あるが、元カノと交際した陸斗はあっという間に相手と分かれてもいた。しかもそれは相手の二股であって、陸斗が交際する前からの事だったらしく……つまりは明良が交際中も二股だった!!という呆れた答えなのだ。結果として陸斗がこんなあからさまな行動に出たのは、晴が初めてであるとしか言えない。
それはさておき、何故かその問題の陸斗が当たり前みたいに2人の愛の巣にまた来ている。しかも、当然みたいに寛いでいるというのは、晴の部屋着を当たり前の顔で着ている訳で。
「はーーーー、るーーーー?」
「いや、あのね?護身術って恭平さんから、合気道の技一個だけね?!」
あわてふためいて晴が説明したのは、想定外の事態。以前何も出来ずに顎を割られかけた晴を見ていた榊恭平が、護身術だよと同じ様に手を伸ばされて来た時の対処法を1つだけ晴に身に付けさせていたのである。相手は晴が武道を何も身に付けていない素人としか思っていない陸斗だから、恐らくは同じ様に手を伸ばして顎を割ろうとするだろうと恭平は合気道の技を1つだけミッチリと教え込んだ。自分の顔に伸ばしてきた手を掴み半身を翻して、その腕を背にネジ上げる動き。そして案の定陸斗は晴に向かって想定どうりの行動に出てきて、晴は素直にその腕を恭平に教えられた通りに対処した。
「そしたら骨折られちゃってさぁ?晴は凄いねぇ。」
流石に技を教えたのが以前風間祥太の手首を一瞬で粉砕した恭平だけあって、ずぶの素人の筈の晴ですら言われた通りにしたら何とまぁ陸斗の手首の骨をへし折ってしまったと言うのだ。それに慌てて晴が陸斗を病院に運び込んで、手首の骨折の診断とギプス固定と相成った訳である。まぁそうしなかったら晴の顎を砕くつもりだったので、折られたとは言え大事にはしないと言う話に落ち着いたのだと言う。
「そ、れで?…………何で……家にいるんだ。お前。」
「え?晴が俺の日常のお世話してくれるって言うからだけど。」
グルンと明良の顔が陸斗から晴に向けられたのに、晴は小動物が肉食動物に睨まれたかのようにピャッと飛び上がった。少なからず晴の方が不法侵入ではあったのだし、骨を折ってしまったのも事実。しかも利き手の右手なのだから、不便なのは言うまでもない。だから4週間程のギプス固定の間、面倒を見ると晴が申し出たというのだ。
「はぁあ?!指は動くだろうが!!というか、家族はどうした!!」
「えー、晴が面倒見てくれるっていうからー。」
「晴って呼び捨てんな!!晴は俺のだ!!」
噛みついてくる明良にあからさまな呆れ顔を向けてから、何故か陸斗は立ち上がるとヒョイヒョイと晴に歩みより背後から抱きすくめる。想定外の陸斗の行動に面食らって固まる晴と明良には、まるで気を遣うでもなく晴の耳元に低く囁く。
「はーる、こんな嫉妬深い明良の何処が良いの?俺の方がよくない?」
「ふぁ?」
何でか甘く低い声で囁きかけながらとんでもないことを言い出してきた陸斗に、ポカン顔の晴が目を丸くしている。同時に何を言い出しているんだと嫌悪感を露にした明良に向かって、陸斗は満面の笑顔を浮かべて見せていた。
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