鮮明な月

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間章 ソノサキの合間の話

間話27.知っているか3

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あの時突然生家にフラフラと現れた暢気な顔をした結城晴の姿に、正直庄司陸斗に呆れると同時に殺意に近い感情が沸き上がったのは事実だ。

自分はお前の敵だろ?

自分は明良との間を邪魔する敵な筈なのに、大体にして何しにここまで来て、何のために独りで乗り込んできたんだろう。それにどうして陸斗がここにいると思ったのか。誰にも生家に独りでいるとは話していないし、マンションの方にいるとは思わないのだろうか。まぁ引き払ってしまったマンションそれほど知っている人間は少ないのは事実で、仕事の忙しさで殆ど家に誰かが来ることはなかったが。流石に風間祥太ならマンションの住所を知っているが、そう簡単に…………いや、そこら辺は相手が外崎宏太の配下なのだから、簡単に分かることなのだろうか。外崎宏太の事は調べようとしても、直ぐに行き詰まるばかりで一年で調べられたのはここいら近郊に住んでいるらしい事とコンサルタント業の社長だと言う程度なのだった。大体にして家族構成すら息子が1人としか調べられないが、妻の存在はハッキリしない有り様だ。調べれば調べるほど迷路に嵌まり込んで、相手の仕掛けた糸に絡めとられて、まるで架空の人物を探しているみたいな気分だった。まぁ仕事も辞めたから、2度とあの男のことは調べなくてすむ訳だけれど。兎も角今は何も考えたくも触れたくもなくて生家に籠っていたのに、何で一番遭いたくない奴が家に忍び込んでくるのだろうか。
今度は顎の骨だけでなく他にも何処が1本か2本骨に皹が入るくらい覚悟しとけよと腹立たしく思いながら、声をかけこちらを向かせた筈だったのに相手の瞳が明らかに憐憫に見開かれたのに戸惑ってしまっていた。

何でそんな目で見る

大事な宝物だった明良。孤高の純粋な宝石のようだった明良を醜い性欲なんて汚いもので汚染しまくって、しかも自分の想像も出来ない人間臭い嫉妬なんてものまで引き出してしまった男。その事を改めて思い出すと更に腹立たしくて、苛立ちが吹き上がる。

お前が現れなかったら……

庄司陸斗が戸惑いに揺れたのは一瞬で、次の瞬間には最初の狙いどおり暢気な馬鹿に向けて手を伸ばしていた。ところがだ、今回が想定と違ったのは、その馬鹿の視線がシュッと滑るように陸斗の指先に動き、伸ばした自分の手に向かって相手も手を伸ばしてきたのだ。次の瞬間何が起きたのか分からない内にクルンと身体が返っていて、容赦なく背中に向けて手首を捻り上げられていて。

『捕縛術』?!なんでだ?!

陸斗がアッサリ家の壁に押し付けられ、ガッチリと押さえ込まれたのは警察学校でも習う『捕縛法』とか『捕縛術』とか呼ばれる抵抗する相手を押さえ込む技の1つ。いやいや、この男は武術は何一つやっていない筈だろ。そこで抵抗しなきゃそのまま終わったのだろうが、思わず陸斗がそこから更に動こうとしたものだから…………

「折ったのは晴だもんね?」

手加減なんて出来る筈のない素人の晴にも分かるミキミキという骨の軋む音。お陰でそれまでの陸斗の戦意は、痛みと共に物の見事にへし折れていた。そして痛がる陸斗に慌てた晴が、親身になって心配し身支度やら何やら甲斐甲斐しく手伝ってくれたわけで。
骨折とはいっても実は橈骨にヒビが入っただけなのだが、医療では正確にはヒビが入ることも『骨折』と呼ぶのである。そんなことは分からない晴は自分がしたことに更にアワアワとして、不自由な間は自分が世話するから!!とろくに話も聞かずに自分をここに連れ帰った訳である。

馬鹿?

うん、確かに話を聞かない単純馬鹿だなとは思うけれど、最初にこの家に乗り込んだ時も思ったが馬鹿正直な奴なんだと陸斗も思う。隠し事のない純粋培養みたいな正直さ、裏表もなくって嬉しい時にはヘラヘラと暢気に笑うし、自分みたいな敵にすら弱っているのを見るとこんな風に心配する。しかも家に連れかってから風呂だのなんだのと、頼んでもいないのに晴は本気で甲斐甲斐しい。

嫁か……?

その気がなかくても自分に惚れてるの?と思う位に甲斐甲斐しく世話をする晴は丁寧で優しい。そんなに優しくされると今の心の弱りきっている自分にはとってもヤバい。正直ここ数日闇の底みたいな気分に落ち込んだまままるで泣けもしなかったのに、手が使えないんだからと頭を洗われる優しい指の感触に涙が溢れだしたのだ。それを結城晴は諸に目にしたのに何一つ口にせず、丁寧に風呂上がりにはドライヤー迄かけてくれたのだった。それにへし折られたままの戦意どころか、何でか甘やかされてしまった胸の奥がキュンと締め付けられている。孤高の宝石のような高嶺の花とは違う、優しく甘い砂糖菓子のように響く別な感覚。そうして知っているか?と思わせ振りに告げた陸斗は、賑やかに微笑みながら言葉を続ける。

「晴は男前だし優しい。」
「は?」
「ふぇ?」

背後から晴を抱き締めたまま満面の微笑みで陸斗が言うと、般若の様相の狭山明良とポカンとした小動物みたいな晴がそれぞれに珍妙な声を溢す。しかも抱き締めるために回した腕は折れている右腕なのだから晴は無下にそれを振り払うことも出来ず、目の前にに立つ明良は全身から怒りの焔を立ち上らせながら陸斗見据える。

明良ってこんな風に怒ることも出来たんだなぁ

自分が見ていた明良はこんな風に怒りを表に出すなんてなかった人間だったから、ある意味この反応を引き出したのは腕の中の晴なのだ。そして明良に纏わりつく虫か何かのようなものと思っていた筈の晴なのだけれど、正直あれからの短期間で自分の撃退のための技術を1つとは言え身に付けられた才能に驚く。チャラチャラしてそうな見た目だと思っていたけれど、こうしてよく見れば整った顔立ちで、しかも元来の性質も優良。それに優しい。自分の草臥れきった闇の底に落ちていた心を拾い上げて癒してくれるくらいに優しい。

「晴は男前だし優しいし、惚れてもおかしくない。だろ?明良。」
「あぁ?!」
「ふぁ?!」

お前だって惚れたんだしねと笑いながら言ってやると、明良はどんな嫌がらせだと唖然とした顔で陸斗を見つめる。嫌がらせとしても最高級だけど、そう言えば以前に晴に問いかけたどっちがネコ?の答えはまだ聞いていない。想定では晴が明良を組み敷いてなんて事を考えてもいたのだけど、どうしても自分の頭の中では組み敷かれる明良が微塵も想像も出来ないでいるのだ。というか、男同士でどうやったらセックスに至れるのかとも思っていたのだけれど(いや、知識としては分かってはいるが、男の身体に欲情出来るものなのだろうかというのが陸斗の本音。)、腕の中に納めた晴の身体はホンノリ暖かくて思ったより柔らかく抱き締め心地がよかったりする。

もしかしたら、晴なら出来ちゃうかも?

裸にひんむいて組み敷いて、感じる場所を指や舌で弄くって。自分の手で歓喜に泣く姿をじっくりと見てみたい気がする。まぁ自分が突っ込まれるのは尚更想像も出来ない訳なので、晴がネコだろうとタチだろうとネコをして貰いたいなぁと思うのは言うまでもない。というか抱いてみても良いな……なんて考えている自分が突然に現れたのに驚くばかりでもあるが。

「俺、セックス上手だよ?俺と付き合おっか?晴。」
「ふぁ??」
「何言ってるんだ!陸斗!!」
「え?口説いてるだけだよ?惚れたんだから口説くよね。普通。」

ね?とニコニコしながら耳元で低く囁く。その言葉に敏感なのか耳朶を赤くして晴が身悶え、目の前の明良の顔色が更に青とも赤とも言いきれない憤怒に変わる。まぁ2人の関係を知っていてこんなことをするのは正に出刃亀なのだろうとは思うけれど、以前のように敵対してみるのではない2人の反応が実は面白い。

これは……暫く楽しめるかも…………

そう1度泣いて闇の底から這い出し、楽になった心の中で暢気に考えている自分に気がついた陸斗なのだった。



※※※



まるで話にならない陸斗を一先ず客間に押し込めて、何でなんだと問い詰めても大事な晴は困惑顔で上目遣いに明良の事を見つめてくる。そうしてさっさと陸斗を追い出そうと宣言する明良に、想定外に晴は反対派に回ったのだ。

「だって、知ってる?独り暮らしで骨折れてるの大変だよ?!」
「知っているかって…………あのねぇ晴!」
「俺、大学の時スノボで転けて右手折ったことあるけど。」

過去に自分が骨折して大変な経験をしたからと、思い詰めた顔で晴は必死に説明してくる。その時は親友だった白鞘千佳が食事やら何やら色々してくれて、本当に助かったんだと口にしたのも癇に触るがそれはさておき。自分がやらかしてしまったと言う思いがある以上に、独り暮らしでの骨折のしんどさを痛感していたからこその行動だったらしい。それは優しいことだけれど、相手が悪すぎる。あり得ないけどこれが榊恭平とか榊仁聖とか、槙山忠志とかだったら『そっか、仕方がないね。』と言えるかもしれないが、相手が陸斗なのだ。

「家族に頼めば良いだけだろ?なんで晴がするわけ?!」
「だって、陸斗のお母さん体調崩してて家にいないんだよ?!一人ぼっちなんだよ?」

なんでそこを知ってる。というか、陸斗って呼ぶな。と、先ずは力一杯に晴に突っ込みたいが、マンション暮らしの陸斗が実家に帰っている事も母親が家にいない事も何故知っていて自分に教えない。どうせ外崎宏太の情報提供があったのだろうと諦めるけれども、せめて暴走しないでくれと頭を抱えたくなる。大体にしてなんで1人で陸斗の家にいく必要があるんだよと改めて怒鳴り付けたいが、聞いたら晴は晴で陸斗が警察を辞めたと聞いたから動いたのだと言う。つまりは陸斗が警察を辞めて、自由に自分達の傍を出歩く状態なのかを確認したかったのだろう。それにしても手を折るような護身術を教えるなよと、善意でしかないのだろう恭平にすら明良としては恨めしい。

「だからって家に連れてくる必要はないでしょ……家に。」
「でも、独りぼっちでしんどそうだった…………。」

いや、そのしんどそうな男に以前晴は怪我をさせられて、しかも今度は貞操まで狙われてますけども?!あれの何処がしんどいんだよと本気で頭を抱えてしまう明良に、晴は流石に申し訳なくなったらしくて『ごめんなさい』と呟く。

「俺がちゃんと世話するから…………。」

明良に迷惑かけないからと泣きそうに呟くけれども、そうじゃない!そこじゃない!!そんなことさせたら余計に陸斗に貞操を狙われるでしょと明良が呻く。

「晴の事狙ってるんだよ?分かってる?」
「え?冗談だろ?だって、陸斗は明良が好きなんだよ?」

そこからして全く互いが噛み合ってないのに、今更ながらに気がつかされてしまった明良は暫し呆然としてしまう。陸斗は確かに自分に執着していた部分はあるだろうけど、それはある意味では恋愛感情なんか微塵もないと思う。言うなれば観賞用の宝石とかなんかみたいな扱いで、陸斗の子供の頃からの性格を知っている明良としては声を大にして言いたい。

あいつは収集したものを飾って眺めるのが趣味みたいな奴だから!!

つまりは陸斗は明良に対して触れずに遠巻きに眺めておく程度。趣味の一端程度の感情しか持ち合わせていない訳で、その陸斗が逆に人前で誰かに『惚れた』なんて言葉を使ったのは初めて聞いた。何しろ陸斗が交際していた女の子の話なんて興味がないから聞いた事がない上に、自分と晴の関係性を知っていて、わざとらしく手を出す行動までして見せたのだ。

あいつは俺に対する嫌がらせなら何でもする。絶対!

今回の自分の過去の友人や元カノのことで、いやと言うほど痛感した。陸斗は明良に嫌がらせをするのには積極的なんだと。何しろ行方を探す二度手間をかけてみたのに、結果としては陸斗の言うようなわざと明良から引き離すような行動はないし、彼らも何の事?と言う感じで中には陸斗のことすら覚えていない相手までいたのだ。つまりは陸斗が接触すらしてないか、ほんの少ししか関わってない有り様だった。
こんな陸斗の性格の悪さを理解してしまったら、尚更のこと晴にちょっかいを出してくるに違いない。しかも天使みたいな晴の事だから骨が折れてるんだからと親切にしまくって、ひねくれてネジ曲がった陸斗のハートすら掴みかねないのだ。何しろ既に晴は無意識に狭山家一同のハートを鷲掴みにする天然の人タラシなのだから。

「大丈夫だよ、俺がちゃんと世話をして明良にはちょっかい出させないから!ね?!」

だーかーらー!!!そうじゃない!そこじゃない!!ともう一度叫び出したい。明良はここまでの交際で、勘の良い晴がある点では天然記念物並みの鈍感なんだと知っている。流石にもう少し明良の危惧に気がついてよと呻いしまう。そんな明良の苦悩の様子に晴は暫し迷った様子でいたけれど、思いきったように明良の頬に触れ唇にそっと唇を重ねていた。柔らかくて甘い蕩けるような口付けに、明良の苦悩が吹き飛びそうになる。

「大丈夫!俺がちゃんとするから、ね?」

賑やかにそうガッツポーズで宣言されて一瞬頷きそうになってしまってから、ハッとしたように我に返った明良はそうじゃなーい!と叫びそうになってしまっていた。
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